個人情報保護法ってヘンな法律

人々

 おかしな法律が出来たもんだ。私はいつもそう思っている。「個人情報保護法」という法律だ。もちろん、法律そのものがおかしいというわけではない。私は法曹界の人間でもなければ学者でもない。たかが田舎の百姓である。だから、理屈ぬきでおかしいと思うのだ。




 私達が日常を生きている上で、堅苦しい法律なんか考えることどころか、眼中にない。普通にというか、まともに生きていれば、法律など知らなくてもいいし、考える必要もない。何か特別の悪さを考えたり、その抜け道の必要性にでも迫られない限り、法律は空気のような存在なのだ。


人々2

 もしあるとすれば、道交法くらいのものだろう。地域柄、交通手段をマイカーに依存せざるを得ない私達は、そこで規定されている飲酒運転やスピード違反は、否応なく気にするし、気にしなければならない。もし警察に捕まり、処分されたら、罰金もさることながら、明日からの「足」がなくなる。そのことを知っているからだ。




 ところが個人情報保護法というヤツは、なぜかみんなの日常生活の中に入り込んで、特別の存在のように一人歩きしているのだ。一人歩きというより、みんなが過敏に反応、その情報をことさらにシャットアウトしてしまうのである。典型的なのは行政だ。例えば、民生委員を委嘱したとする。ところが、その関連情報を、個人情報保護の名の下に出さないというのだ。民生委員にしてみれば、実態を知らずして真の活動など出来っこない。秘密の厳守は十分に心得ているだろうし、それが出来なければ任に当たれないはずだ。



人々3

 私はこの春から区長を仰せつかっている。先月のことだが、9月15日の「敬老の日」に因んで開く敬老会事務局担当者がやって来て、こう言うのだ。



 「区長さん、敬老会にお招きするお年寄りのみなさんの名簿が手に入らないのです」


 「市役所に行けばすぐ分かるよ」



 「それが、市役所は個人情報に関わることだから、出すわけには行かない、と言うんです」




 お年寄りはお亡くなりになるケースもあれば、若い人と同じように移動、つまり、地域を出たり、入ったりするケースだってある。地域行政がらみでの敬老会だから、ご案内はそそうのないようにしなければならないのは当然だ。




 交通安全協会というのがある。そこで15年以上無事故、無違反のドライバーを表彰することになった。そのデータは公安委員会、つまり警察にあるはず。ところがこれまた個人情報保護法だ。学校も同じ。万一に備えて作った電話番号入りの連絡網名簿を廃止しているところが増えているという。個人情報はそこまでして保護しなければいけないのか。法律の精神は人が安心して円滑、かつ合理的に生活するためのルールであるはずなのに。


車

 その背景にあるのは、お役所や学校の事なかれ主義にほかならない。私のブログはハナから理屈っぽいことは書かないことにしている。評論は評論家先生にお任せすればいい、と思っているからだ。でもコレだけはどこかおかしい、と思っている。あまたある法律の中で、恐らく、これほどみんなが神経質になつたり、趣旨を履き違える法律はないだろう。





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あっ、赤とんぼが・・・

赤とんぼ  


 地図で見る限り、山梨県は日本列島のど真ん中だ。少なくとも私はそう思っている。山に囲まれた海なし県。それゆえに冬は乾燥し、夏は湿度が高く、蒸し暑い。内陸地方特有の気象なのだ。今は田舎暮らしになって、幾分、過ごし易いが、なべ底のような盆地の底・甲府に住んでいた時分は、夏場の夜など寝苦しくて眠れたものではなかった。今住んでいる山梨市とは標高が200mは違うだろうし、第一、緑の量も家並みの空間も違う。


緑


 毎年の事ながら日本列島を丸太に大移動したお盆休みも終わり、働き蜂のサラリーマンは、また職場に戻った。そんなお盆休みの後、区の役員さんに呼び掛けて、地域のふれあい広場に除草剤を散布した。今月末に予定している地区の防災訓練に備えるためである。防災訓練は9月1日の「防災の日」を前にした地区ぐるみの大掛かりな訓練だ。




 この夏、山梨県地方は梅雨明けが早かったものの、その後もまるで梅雨空のようなお天気が続いた。どうやら晴れ上がって夏らしくなったのは8月も10日過ぎ。草だって伸び放題だ。広場の周りで太くなったソメイヨシノや枝垂桜、栴檀やハナミズキなどの剪定をする一方で、除草剤を噴霧散布するのである。




 暑い。みんな汗びっしょりだ。女房が用意したペットボトルのお茶や水をがぶがぶ飲みながらベンチで一服。こんな時には水が何よりのご馳走だ。手拭で噴出す汗を拭いながら、ふと空を見上げるとトンボがいっぱい。赤トンボやアキアカネだろう。「もう秋だよなあ」。役員さんの一人がつぶやくように言った。トンボが近づくを告げていた。


赤トンボ  


 今年の夏は雨や曇天が多かったせいか、例年の夏とどこか違う。いつもならアブラ蝉ミンミン蝉とリレーするように蝉が鳴き、モクモクと湧き上がる入道雲の空の下の水辺にはシオカラトンボが舞った。それが夏を象徴し、暑さを煽り立ったものだ。そんな暑さの中で、子供の頃は越中フンドシひとつで河原でトンボを追い回し、水浴びに興じた。木によじ登って蝉も採った。


網


 アブラ蝉からミンミン蝉、ヒグラシなど蝉の順番どころか、一足飛びに赤トンボだ。いつもの年だとミンミンゼミが暑苦しいほど鳴くのだが、今年はほとんどその声を聞かない。昔、「日本で一番長い日」という映画があった。終戦の日8月15日をテーマにしたものだが、そこでも、いかにも暑い夏を印象付けるように蝉が鳴いていた。




 は一年のほとんどを土の中で過ごす。木に張り付いてミンミン鳴くのは死ぬまでのわずかに1週間前後だという。そう考えると、この夏の天候不順は、蝉にとっても恨めしいに違いない。世に出て、鳴き声もあげずに死んでいってしまう蝉もいるのだろう・・・。


蝉の抜け殻  


 天候不順の犠牲
になったのはばかりではない。農家も同じだ。野菜農家は日照不足による不作に泣き、果樹、特に桃栽培農家は春先の猛暑と遅霜、それに収穫期の日照不足がたたって核割れをもたらした。葡萄だって同じ。糖度はもちろん、色付きは昼間と夜の温度差が大切。雨続きで昼間の温度が上がらなかったため、巨峰、ピオーネの色付きはよくない。やっぱり冬は寒く、夏は暑くなければダメだ。狂ったのは今年ばかりか・・。どうやら地球規模で狂っているらしい。




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運命の泣き別れ

雨  


 馬の背を分けるという。この時期、夕立などに見られる現象だ。今、ここでは降っていないのに、すぐ先は雨。その逆もある。もちろん夏の時期ばかりではない。雨が落ちていないところは日が差しているから、「お天気雨」などともいう。山の稜線でも≪馬の背を分ける≫ことがある。あちら側は雨でもこちらは晴れ。やがて一帯が雨雲に覆われることも。




 「じゃあ~、あばよ」。一緒に仲良く落ちてきた雨粒は、山の稜線を境に一方は山のあちら側に、一方はこちら側に泣き別れするのだ。このふた粒の雨は結果的に行き着く先がまったく違うのである。例えば、山梨県の甲府盆地と富士山麓地方を分ける御坂山塊の場合、甲府盆地側に落ちた雨は日本3大急流のひとつ富士川を経て駿河湾に流れ込むし、反対側の富士山麓側に落ちれば桂川に流れ込んで相模湾に。


海2


 山梨県を流れる水系は、たったのふたつ。富士川桂川だ。もちろん、笛吹川や釜無川など、それぞれに支流はいっぱいある。いずれにしても山梨県に降った雨は、みんな太平洋に注ぐ。お隣の長野県の場合、天竜川などを経て太平洋に流れるものもあれば、まったく違う日本海に注ぐものもある。日本列島をアルプスで背を分けるのである。


川



 馬の背分けやお天気雨は、自然界ばかりではない。さっきまで泣いていた人が笑ったり、昨日まで一緒にいた人が、いつの間にかいなくなったり・・・。前者を人は「お天気やさん」という。感情の起伏が激しいのだろうが、これも案外始末が悪い。




 「お天気やさん」はともかく、ふた粒の雨と同じように人の出会いと別れは不思議なものだ。人間、一生のうちに出会う人の数は膨大なものだろう。もちろん、その人の性格や生活環境、生き様などによっても違う。いずれにしてもその舞台は小、中、高、大学などの学校だったり、社会人になれば職場や趣味、広い意味での遊びだったりする。社会人になってからの方が人の出会いは格段に多い。




 初対面の時、名刺交換をする。その一枚の名刺がいいビジネス取引に繋がったり、かけがえのない生涯の友への切符になったりもする。その逆に、たった一度の出会いで終わることだってある。その場合、名刺の交換だけだから、お互い顔すら覚えていないのだ。


名刺交換


 勤めをリタイアした今、在職中にいただいた名刺が山ほどある。40年を超す歳月の重さをいやが上にも思い知らされるのだが、それを整理していながら、ほとんどが顔と名前が一致しないのだ。相手側もまったく同じだろう。人の出会いの入り口であり、その証のような名刺の交換がいかに儀礼的で、儚いものかを今更ながら思い知らされたりもする。


名刺


 たまたま分水嶺に落ちる雨ではないが、子供の頃、小学校や中学校、高校や大学で机を並べた仲間が卒業という分水嶺で別れ、同級会などで再開した時、その変わりようにびっくりすることがある。ふた粒の雨のようにたまたま落ちたところの違いで、駿河湾にも相模湾にも流れれば、太平洋にも日本海にも分かれるのだ。行き着く先の海ばかりではない。そこまでの過程もまったく違う。水の流れとなって、もみ合う仲間の雨も違えば、ぶつかり合う石や岩、岸辺など環境そのものがまったく違うのだ。そう考えると、自然界や人間界には、動かしがたい運命のようなものがあるような気がしてならない。


海


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月下美人と女房

月下美人1


 「お母さんは間違いなく長生きするよなあ・・・」

 いつものように居間で晩酌をしながら、夕餉の支度をする女房をからかうように言ったら、キョトンとしながらも、からかわれたことに腹を立てたのか、ちょっぴりオカンムリ。


 「お父さん、急に何をおっしゃるんですか。人をバカにするようなことを言わないでくださいよ」



 「そうだろう、美人薄命と言う言葉、知ってるか?」




 そこまで言ったら女房は「私はブスと言うことですか」とう代わりに「そうですか。咲いたんですね」と言いながら、飛んで来て居間のサッシ戸を開けた。わが女房、まんざらの鈍感でもない。居間の外側に置いてある月下美人が咲いたことを直感したのだ。




月下美人2   月下美人3



 私は晩酌の途中でかかってきた仲間からの電話に立った時から、開花に気付いてワクワクしていた。女房を驚かせてやろうと、我が家にとってはこの大ニュースを温めていたのだ。女房だって開花がいつか、いつか、と思っていた一人なのである。サッシ戸を開けた途端、なんともいえないあのかぐわしい香りが。四つもいっぺんに咲いたのだ。




 その匂い、なんと表現していいか分からない。なんともソフトで、気品がある。シャネルなど女性たちが追い求める、世界の香水ブランドだってこの匂いを作り出すことは出来まい。強くもなく、そうかといって弱くもなく、あたり一面に芳香を漂わせるのである。匂いの発信元がどこか分からないほど穏やかなのだ。


月下美人6


 かぐわしいのは、匂いだけでなく、その姿、容姿だ。15~6㎝はあろう花の大輪は、真っ白というか白濁色。写真でご覧頂くように花の中央にはおしべ、めしべまで、くっきりと見て取れる。花全体が醸し出す気品は半端ではない。春夏秋冬、花はあまた咲くが、この花の気品には恐らく、勝つものはないだろう。




 初春にいただくシンビジュームやカトレア、コチョウランも確かに気品を備えた花だが、その気品、品格は月下美人には及ばない。この花を何よりも神秘的にしているのは、一夜限りの花ということだろう。「美人薄命」などといわれる所以もそこにあるのだが、いかにもドラマチックだ。お隣甲州市の友人夫婦にも電話で知らせ、夜中まで美人を愛でた。


月下美人5


 そもそも比較しては≪美人≫に叱られるかもしれないが、「百日紅」と書く「さるすべり」のように長期間咲いている花とは対照的。月見草は、昼間は花を閉じるが、次の夜にはまた開く。しかし、この花は、全くの一夜限り。誰が名づけたか月下美人、転じて美人薄命とはよく言ったものだ。


月下美人4


 月下美人はメキシコが原産で、サボテン科の植物。2年ほど前、親しい仲間からもらったものだが、これだけは大事にしたいと女房にも言い聞かせている。いわゆるサボテンの一種だから、あまり水はいらないのだろう。だんだん、幹も太くなり、背丈も150cmぐらいになった。鉢と土を変えてやらねばと思っている。ところが無粋な人間とは困ったもの。その要領を知らないのだ。どなたかご教示を頂ければ有り難いのですが・・・。




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人間ドックのトラウマ

人間ドック2


 人間ドックは毎年欠かさず受けている。現役時代は会社の厚生担当が否応なくスケジュールを組み、ドック入りを促すので、いわば待ったなし。職場をリタイアした後も年に一度のドック入りは守っている。現役時代は会社の同僚達と一緒だったが,今は女房と一緒。「お父さん、いつが、都合がいいですか?」。女房が我が家の厚生部長。みんな段取ってくれるのだ。


 

 病院は甲府市内。今は娘夫婦に譲ったが、現役時代住まいしていた家のすぐ近く。長く親しくさせていただいている公立病院の院長が定年後、天下り?した病院。ドックもそこに変えた。JA関係の団体病院で、詳しいことは分からないが、どうやら人間ドックが主力の病院のように見える。


人間ドック



 医療設備にとどまらず、そのためのシステムやスタッフも充実していて、実に気持ちがいい。ちょっと見では、毎日100人を超す検診をこなしている。医師をサポートするスタッフもしっかり教育されていて、受診者を手際よく裁いている。みんな若い女性。愛嬌よく振る舞うから、緊張気味の受診者にとってみれば、心が和むのだ。


 人間ドック3


 元公立病院院長の“天下り”に着いて来たのは単なる親しさからだけではなく、診察の全てに誠意を持って看てくれるからだ。そんな先生だから人気は抜群。公立病院時代は誰が言うともなく、その先生の名前をとって「○○銀座」と言われるほど患者が列を成した。




 専門は消化器内科。今でも,この先生にお願いしているのは胃カメラの検診。これには、ちょっとした訳がある。現役時代のことだ。そう言っては、我が儘に聞こえたり、第一、失礼だが、私に胃カメラを飲ませてくれる先生は、“下手くそ“ばかり。見るからに“新米”で、それも何故か若い女医さんばかりだった。




 カメラを押したり、引いたり。胃袋の中を不器用にかき回すのである。ある時は、その女医さん。カメラの管を持つ手をブルブル震えさせながら「これなあ~に、これなあ~に…」と、子供のように大騒ぎ。私の胃袋の中にアニサキスの幼虫がいたのである。それを始めて観た女医さんが動転したのも分からないでもないが、カメラを突っ込まれている私の身にもなってくださいよ。それも不器用に腹の中をかき回した挙げ句である。 騒ぎは検査室全体に波及したことは言うまでもない。。


病院


 この後にも当事者の私なら笑うに笑えない話があるのだが、ここではあえて省略する。とにかく、そんな話を親しい開業医と酒飲み話にしたら「あなた、そんなことは当たり前だよ」と、一笑に付された。そのドクター氏はこんなことを言った。




 「どんな名医だって“始めて”があるんですよ。経験を積んで名医になるんです。もちろん、重症患者に新米を充てるようなことはしません。はっきり言わせて貰えば、あなたのように肥っていて、鈍感そうな人には、新人を充てますよ。あなただって、もし、医療現場のチーフなら、そうするはず。まあ、医療の発展のためさ…」



 「オイオイ、そうするとオレは新米先生の練習台なのかね?」


 何度もでっくわした新米先生の胃カメラ。今でもそのトラウマは消えない。(次回に続く)





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内視鏡とアニサキス

病院

 人間ドック、内視鏡、病院。こんなキーワードを耳にした時、私は必ず、と言っていいほど、ヘンな体験を思い出す。もう何年も前のことだ。甲府市内のある社会保険病院で、人間ドックを受診した時のことである。いつものように手術台のような硬いベッドに横になり、黒い管の胃カメラを飲み込んでゲエ~、ゲエ~しながら脂汗を掻いている時だった。




 「あれ困ったわ。コレなあ~に。これなあ~に。いやだ~」





 私の検査を担当してくれた若い女医さんは突然、大声を上げて、動転しはじめたのだ。結果的には、私の胃袋に、それが一匹であるかニ匹であったかは分からないが、アニサキスという虫がうごめいていたのだ。自分の立場も場所も忘れて動転してしまったのだから、この女医さん、はじめて見たアニサキスによほどびっくりしたのだろう。

 

 そのこと自体は分からないでもない。でも、腹にカメラを突っ込まれて苦しい思いをしている私にとってはたまったものではない。女医さんの内視鏡を持つ手は小刻みに震えていた。これをお読みになっている皆さんには、その双方の光景が容易に想像できよう。




 私は、ただ唖然とするばかり。何が起きたかすら分からない。それを聞いてみようにも太い内視鏡の管を口から突っ込まれているので、口も聞けないのだ。内視鏡室では何人もが検査を受けていた。私と同じようにみんなが、何が起きたかも分からず、カメラの管をくわえたまま「いったい何事が起きたのだろう・・・」と思ったに違いない。



胃1

 当然のことながら、何人もいる先輩医師が黙って見ているわけはない。いかにもベテランらしい医師がすっ跳んで来て、今にも検査を放り出しそうな女医さんに言った。



 「先生、これアニサキスと言うんです。初めてでしたか。あとで取り出して患者さんに見せてあげてください」




 アニサキスという寄生虫の名は、このとき始めて知った。恐らく、一生忘れる事の出来ない名前だ。鯖やホタルイカなどに寄生する虫で、マグロなどにもいるのだそうだ。口の悪い仲間によると、寿司屋さんの舞台裏では、このアニサキスをピンセットで取り除く光景だって決して珍しくない。鯖を酢でしめるのは、ひとつにはこのアニサキスを退治するためだそうだ。因みに、人間の身体に入ったアニサキスは胃酸でやがては死滅するという。




 先輩の先生に、落ち着くよう言外に促された女医先生はやっと平静を取り戻したのか検査を再会。しかし下手くそは変わらず、カメラの管を私の胃袋の中で押したり、引いたり・・・。




 やっと検査が済み、拷問から開放されたような気分でベッドを降りた。ホッとしながら検査の所見を丁重に尋ねた。医者に悪態は損。結果は「異常ありませんね」。「ところでアニサキスは?」。「ああ、あれ。いないわ。カメラを抜く時、落としてしまったのかしら・・」


エコー
 

 これにはまだオチがある。すべての検査を終えて人間ドックの会計窓口に行くと「あなたは治療費がありますので本会計の窓口へ」と言うのである。アニサキスを除去したと言うのだ。検査と治療。検査の帰りにアニサキスを連れ帰ったのは立派な治療だという。そうだとしても俺、アニサキスの顔なんか見てねえんだけどなあ~。なんだか腑に落ちなかった。





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珍味のうるか

鮎
 もう何年ぐらい前になるだろうか。鮎釣りが三度のメシより好き、という割烹料理店のオヤジがいた。甲府市の中心街に程近い所で店を構えていたのだが、世間が「釣りキチ」というほど、時には仕事そっちのけの釣り三昧。「釣りキチ」といっても、なぜか鮎しかやらない。夏場だけで、山女も岩魚も見向きもしないのだ。




 「うちのダンナ、少し叱ってやってくださいよ」



 そこの女将がよく言った。釣り三昧を責めているのではない。女将も釣りキチは認めるというか、諦めているのだが、この男は世に言う一風流の性格で、いい、悪いをはっきりしないと気がすまないタイプ。だから客とも平気でぶつかってしまうのである。



 「お勘定はいらねえ。帰ってくれ」



 そんな啖呵も珍しくはない。その代わり、板前としての腕は一級品。常連の客なら誰でもが認めるほどの腕を持っている。だから、固定客をしっかり掴んでいて、いつ行ってもそこそこの客がいた。そんなオヤジと若い私はなぜか気が合った。




 「今夜、暇? 暇なんかありっこねえよなあ。とにかく、旨いやつ食わせるから来いよ。早いうちなんて言わねえ。遅くなってもいいから寄ってよ。必ずだよ・・・」




 夏の夕方、このオヤジから職場に電話がかかってくるのだ。「この小忙しいのに、何言ってるんだ」と、一瞬思うのだが、オヤジの電話の先にある「旨いもの」が気になる。会社帰りに店を覗くのである。いつも午前零時を廻っていた


酒


 「待ってたよ。のれんはもう下ろしたが、さあ、座った、座った。あんた方の仕事、夜が忙しいんだものなあ・・・。俺も一緒に飲むか」





 このオヤジが用意してくれていた旨いものというのは鮎の「うるか」だった。


 「最初はビールだったよなあ~。うまい酒もあるよ」



 「このうるか、旨いねえ」



 「そうだろう・・・」



 「もっとくれよ」


 「バカ言っちゃあ、いけねえよ。これだけの、うるか、作るのに何匹の鮎使うか、分かっちゃあいねえな・・・」




 うるか、といってもご存じない方もお出でだろうから、ちょっと説明するが、一口に言えば鮎の内臓の塩辛である。鮎は小さいうちは虫などの餌を食べるが、大きくなるとそれをしない。食べるのは水蘚だけ。だから内臓が綺麗。川魚で内臓を好んで食べるのは、あまたいる魚の中で鮎くらいのものだろう。


鮎2


 釣れる鮎は大小あるが、所詮は鮎。一匹から取れる内臓の量は知れたもの。そのことを考えれば、貴重品に違いない。オヤジは言った。




 「これなあ、商品じゃあねえんだよ。いくら沢山釣ったからといって、そこから採れるうるかは、何ぼもねえ。それに伴う苦労も考えりゃあ、値段なんてつけられねえよ」




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遊びの文化

 「買う」方は力不足で、からっきしダメだったが、残る「飲む」「打つ」はそこそこやった。人並み以上かもしれない。もちろん、人並みがどのあたりかは物差しがないが、自分ではそう思っているのだ。その感想?あまり、褒められたものではないし、今にして思えば、そんなお金があったらもっと違うところに使ったら・・・、といくばくかは後悔している。恐らく、家一軒ぐらいは建っただろう。


家


 今はそんな言葉は死語になりつつあるが、「飲む」「打つ」「買う」は、古くからの遊びの代名詞。遊びの三要素といってもよかった。もちろん、男の遊びだ。「なんと下品なオジサン」と、ご婦人やお若い方々からひんしゅくを買うかもしれないが、そんな時代があったことは事実だ。




 遊びは驚くほど多様化した。趣味も広義の遊びと捉えれば、まさに多種多様。情報化社会、交通網の発達が拍車をかけたことは間違いない。不況だの貧困、格差社会などといわれても、日本人、そこそこのお金をも持っている。子供たちは夏休みに入り、そんな子供たちを巻き込んでお父さん達の夏休み、いわゆる盆休みもやって来る。



スイカ


 この時期、日本中の高速道路は行楽を楽しむ家族連れの車であふれ、どの空港も海外でバランスを楽しむ人達でごった返す。今年も中央自動車道など、どの高速道路も、あの30㌔、40㌔の交通渋滞を生むのだろう。行く先のホテルや旅館は普段の5割増し、10割り増し。車の渋滞にうんざりしながらも、ホテルや旅館の料金の割高に閉口しながらも人は動く。普段忙しいサラリーマンにとって、お金より暇、時間の方が尊いのである。


道路


 あるある。書店を覗けば、趣味も含めて遊びをガイドする雑誌がいっぱい。釣りもあれば、ハイキングや登山、ドライブ、音楽、手芸、囲碁や将棋の入門書もある。マンションのベランダで出来る趣味の園芸も。種類はないものがないほど多岐にわたる。しかも、その切り口も年齢層で輪切りにしてあるのだ。顧客心理を掴むためターゲットを絞り込んでいる。





 大きなお世話だろうが、こんなに多様の本を出して出版社は採算に合っているのかと思ってみたくもなる。裏を返せば、それほど遊びのガイドを求めて止まない人達が多いということを意味する。


麦わら帽子


 私たちが子供の頃と比べれば、遊びも、その環境も雲泥の差だ。当然のことながら子供たちには夏休みはあった。でも、この時期、一帯は桃や葡萄の出荷の真っ盛り。子供たちも当然のことながら、その手伝いに駆り出されるのである。それを逃げ出して遊ぶとすれば、水浴びか雑魚獲り。車なんかないからドライブや遠出の旅行など知るよしもない。


水遊び


 社会人となった昭和40年代初頭、サラリーマンはみんな働き蜂。昼間は仕事、仕事で終わり、夜はといえば、赤提灯、ネオンの下町へ。その帰りは我が家ではなく、麻雀荘。時代が過ぎて甲府市郊外ともいえる石和町に場外馬券場がお目見えすると、週末には決まって競馬だ。花札やソウルへのカジノにも通った。競馬はなんとなく卒業したが、麻雀は、まだ現役。週末ともなると「今日は?・・・」。いつものように同級生の仲間から誘いの電話が来るのである。そして午前様だ。


麻雀

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暑中見舞いの文化

スイカ


 一葉の暑中見舞いが舞い込んだ。「暑中お見舞い申し上げます」。なんの変わりばえのしない文面だが、「明けましておめでとうございます」の年賀状と同じように、なぜかその季節を感じさせる不思議な魔力を持っている。暑~い夏の到来をいやがうえにも髣髴とさせ、その反対に一抹の涼をも運んでくれる。年賀状からもう半年以上。一方で月日の経つのが早いことを実感させられたりもする。



風鈴


 暑中見舞いの送り主は、ロータリークラブの仲間で、ガス機器の販売会社を手広く営むオーナー会社の社長さん。「平素は格別のご愛顧を賜り・・・」の、これまたお馴染みの文面からしても、商いを主眼にしたご挨拶状に違いない。




 「お父さん、早速、お返事のご挨拶をしてくださいよね。それにしても暑中見舞い、珍しくなりましたねえ」


蚊取り線香  


 女房がいみじくも言うように、まったく暑中見舞いの習慣が日本人の日常から音を立てて崩れ、忘れ去られようとさえしている。商いというか、商取引上の儀礼はともかく、一般での暑中見舞い状のやり取りは、本当に少なくなった。暑中見舞いをいかにも珍しそうに言う女房だから、それを書いている姿なんか見たこともないし、ましてや娘にいたっては、その存在すら知っていないだろう。そういう自分だってもう何年も書いたことがない。何年どころか、何十年かもしれない。



花火


 暑中見舞いは、季節的には寒中見舞いと対極にある。一年中で最も暑い時期、寒い時期に親しい仲間、親戚や知人の健康を気遣う慣わしだ。その期間は暑中見舞いの場合、梅雨明けから立秋、一方、寒中見舞い寒の入りから立春の前の日、つまり節分までの間に出すものとされている。




 年賀状の後に来る寒中見舞いは、二十四節気で一定しているが、暑中見舞いは「梅雨明けから」とされているので、その期間は一定していない。今年の立秋は8月7日。つまり最後は固定しているが、梅雨明けはその地方によって流動的だから、梅雨が明けるのが遅れれば、その期間は勢い狭まることになる。暑中見舞いの後には残暑見舞いがある。



うちわ


 どうして暑中見舞いや寒中見舞いの習慣が希薄になっていくのだろうか。人々の日常がせわしくなったこともさることながら、ケイタイやパソコンの普及が、それに拍車をかけたことは間違いない。いわゆるメールに依存し、人々が手紙そのものを書かなくなった。単なる儀礼のような暑中見舞いや寒中見舞いは、簡単に忘れられるだろうし、今はまだまだ存在感がある年賀状だって、やがてはその運命をたどるのだろう。




 そして絵文字。ケイタイやパソコン、インターネット上で絵文字はアメーバーのように広がっている。絵文字も文字の文化として認知されるのかも。「浮気、不倫も文化」と、しゃあしゃあと言う芸能人も現れるくらいだ。俺だって内心そう思いたいが・・・。とにかく今は、何でもありだ。暑中見舞いのように忘れられる文化もあれば、新たに登場する文化もある。ジェネレーションギャップなどと嘆いてみたところで、止められるもんじゃない。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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