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メールと手紙

船
 スマホやパソコンなどによるメールのやり取りは、人々の間に猛烈な勢いで根付き、手書き文字による手紙を、どんどん隅っこに押しやっている。とは言っても、「負けてなるものか」とばかり、嗜好を凝らした「絵手紙」の静かなブームも見逃せないのだが…。




 「遅くなりましたが、海上自衛隊のカレンダーが手に入りましたのでお送りいたします。一両日中には届くと思います」




 海上自衛隊の中堅幹部をとっくに«卒業»した友からのメールだった。高校時代の同級生で、船が好きなことを知っていてくれての贈り物。私の船好きは、元はと言えば、この友の影響もある。海上自衛隊の観艦式を見学させてくれたり、折に触れてのメールでのレクチャーが、その一つだ。


    贈り物のカレンダーには、別紙で月々の写真の解説が。1月は最新鋭潜水艦「ずいりゅう」、2月は護衛艦と冬景色(雪の舞鶴港)、3月が幹部候補生学校卒業式(江田島)と言った具合に続く。一目瞭然、分かり易く説明してくれているのだ。

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 海ばかりでなく、空にも詳しく、レクチャーは海や空の防衛はむろん、事故や北朝鮮をめぐるミサイル発射問題など多岐にわたる。テレビでもっともらしく?お話になる評論家先生とは違って実務体験を踏まえているから説得力があるし、分かり易い。




 「カレンダー、ありがとう」


 当たり前だが、お礼を言う。日頃の通信も含めて、みんなメール。いまさら言うまでもないことだが、メールとは本当に都合がいい。電話なら深夜や早朝など時間帯によりきり遠慮もするし、第一、憚る。手紙の場合は郵便局や最寄りのポストまで足を運ばなければならない。メールは時をかまわず、しかもパソコンやスマホさえあれば、どこにいても「ワンタッチ」で«こと»が足りるのである。
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 新年会でお酒を飲む機会が日常化していた1月。深夜の«ご帰還»が多い時でもメールは十分に用を足してくれた。人間、一度、楽な道を知ると、どっぷり、それにハマる。総じて連絡事はメールでいい。でも、ことによりきり、手紙を書かねば、と思っても、つい、メールに手が出る。贈り物に対するお礼くらいは手紙で、と心では決めているのだが…。




 アナログおじさん。はて?メールと手紙の違いは何だろう、と考えた。メールには発信する者と受信する者との間に距離感が全くない。ワンタッチでことが足りるからだが、それよりも何よりも「心」がない。活字は誰が打っても同じ文字。一方、手紙の文字は送り手の個性が文面に滲み出る。大きな字、小さい字。上手、下手もある。その一つ一つが「心」として相手に伝わるのだ。


手紙2


 パソコンやスマホなど電子ツールは、活字文化の姿をどんどん変えてゆく。昔はなかった「絵文字の文化」をも生み出した。アッ、と言う間に正月が過ぎて、年賀状のシーズンは終わった。やがて、この年賀状も消えて行く運命なのか…。




 こんな感傷的なことを言っているのは、アナログ世代の人間の証拠。広辞苑も10年ぶりとかの改定で、中身を大幅に増やした。巷には«新語»がどんどん登場するのだから、アナログおじさんには、改訂広辞苑はありがたい存在だ。




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子供は育てるもの?育つもの?

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 育児。良くも悪くも人間、そんな時代が華かもしれない。大分前になるが、石和温泉郷にあるリハビリテーション病院でムチウチ症のマッサージ治療(PT=理学療法)を受けながら交わした若い理学療法士さんとの会話の一方で、そんなことをつくづく感じた。この若いお父さんのように育児で悩み、やがてまた教育投資も含めた子育てで苦労もする。考えてみれば誰もが大なり、小なり通らなければならない道かもしれない。



 私にも一人娘がいる。もう40も半ばになる。振り返ってみれば、育児などと難しい事を考えたことは一度もなかった。仕事、仕事で追われ、子供のこと、つまり育児のことなど女房にまかせっきりだった。もちろん、可愛い我が娘のこと、そのやり方を巡って女房と喧嘩をしたことがなかったわけではない。

親子

 育児を女房にまかせっきりだったからと言うわけではないが≪子供は育てるものではなく、育つもの≫だと、今でも思っている。女房と育児を巡る喧嘩があったとすれば、「過保護にするな」の一点ぐらい。過保護に育てたら、やがてそのツケを背負わされるのは、子供自身だと思っているからだ。

 「年寄りっ子は三文安」。昔の人はうまい事を言ったものだ。その時の感情で孫を気ままに可愛がり、あとは野となれ山となれ、そのツケは孫に行くの例えである。私にはたまたま娘一人しかいないが、私達の世代では自らの子供は2~3人が普通。私の兄弟は4人。おふくろの兄弟も親父の兄弟も9人。だんだん子供の数は減っている。3世代で世代が変わる度に半減している勘定で、今では一人っ子は当たり前。統計で見てもわが国の出生率は1・25人ぐらいだからそれを裏付けている。


赤ちゃん

 昔の親は偉かった。4人、5人、8人、9人を平気で育てたのである。自分の場合を例にしても、私は戦中生まれ、姉は戦前。弟二人は戦後間もない頃の生まれ。経済的にも最も貧しい頃だった。食べることにも事欠いた。物がなく、小学校時代、配給物資をくじ引きで分け合ったこともある。食生活が貧しいから栄養失調の子供も。私もどちらかと言えば、その一人だった。肥満が溢れ、栄養失調という言葉が死語になった今とは大違い。




 そんな兄弟も立派にとはいかないまでも世間様にご迷惑をかけない程度の大人に育った。男3人だから兄弟喧嘩もした。わんぱくもした。その度に親父から怒られ、ゲンコツを食った。日常茶飯事だった。そんな親父は怖かった。学校に行けば先生から、これまたゲンコツ。それを家に帰って話そうものなら「お前が悪いからだ」と、またゲンコツだ。いたずらをして近所のオヤジから怒られることも珍しくはなかった。みんなが、みんなで子供を戒め、見守った。


男の子

 「ヘタに叱って性格が歪んだら・・・」。若い理学療法士のお父さんや、その奥さんが言うような迷いや心配は誰もしなかった。むしろ、そんな親父や先生、近所のオヤジのやり方がわかり易かった。今、国では子供手当て云々の論議をしている。もちろんあった方がいいに決まっている。でも、これだって、みんなの税金。裏を返せば借金の先食いだ。親に対する≪過保護≫にもみえる。むしろ、貧しいながらも何人もの子供を育てた昔の親達に、その根性を学びたい。子供手当ては、本当に政治家先生が言う少子化対策になるのか・・。




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若いお父さんの育児

 「うちの息子は5歳。その息子が最近、ウソを言ったり、言うことを聞かなくなって困るんです。我が家ではその育児を巡って毎日、夫婦喧嘩です。女房は『あなたがちゃんと教えないからですよ。このままだとこの子、大人になったら大嘘つきになってしまう』と私に責任を転嫁するし・・・。正直言って僕にはどうしたらいいか分からないんです」

男の子

 つまらぬことからムチウチ症を患った時、私は二日おきのペースで石和温泉郷にあるリハビリテーション病院に通っていた。週に一度のハリ治療もあったが、主には首の牽引とPT(理学療法)OT(作業療法)と呼ばれるマッサージ治療をするためだ。このリハビリ治療は2ヶ月近く続いたから、担当の理学療法士さんとも顔なじみ。お互いに気心も通じ合うのだ。マッサージをしてもらいながら、たわいもなく色々なことを話す。


リハビリ室

 育児の悩みを打ち明けたのは、年恰好から30歳過ぎて間もないくらいの若い理学療法士さん。私はうつ伏せになっているから、その表情こそ分からないが、育児の悩みは真に迫っていた。イケメンであるばかりか、いかにも真面目そうな青年で、そんな育児の悩みがなければ、可愛い子供を囲む美男、美女の仲睦ましいカップルであることが容易に想像できる。

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 この若者の打ち明け話とも、相談ともつかない話はさらに続く。



 「いう事を聴かないこともさることながら、平気でウソを言うのが心配。女房は『あまり怒ったら性格が歪む』と言って、手をこまねいているし、僕だってどうしたらいいか分からないんです」





 「その子は一人っ子ですか?」


 「そうです。始から一人の計画ですが、そうでなくても、こんなに難しいものなら、とてもこれ以上は無理ですよ。経済的にゆとりもありませんしねえ・・・」



 「経済的なゆとり?」



 「僕たちのような安給料じゃあ、二人、三人の子供なんか育てることは出来ませんよ」



 「安給料なんて、当たり前じゃあないの。何時の時代だって、あなたのようなお若い方々の給料なんて沢山くれるはずはありませんよ。経済的なゆとりはともかくとして、子供が悪いことをしたり、ウソを言ったら叱るのが当たり前。私はあなたより少しばかり歳を取っているからと言って、お説教じみて言うわけじゃあないけど、親が叱らなかったら子供はどうするんです」




 「でも、どう叱ったらいいか・・・」



 「あなたが感じたままを子供さんに伝えればいいんですよ。あんまり考えちまったらダメなんだよねえ。そのまま叱ればいいんじゃあないの。大きな声を出さなければならないこともあるし、時にはゲンコツだって・・。子供さんには、その意味が必ず伝わりますよ


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 話を聞いたら、この理学療法士さんも一人っ子だという。いい子で叱られたことなどなかったのだろう。この若いお父さんの育児の悩み、今の世の中、どうやら特異なケースではなさそう。





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ギャンブルと女性

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 黒駒の勝蔵、竹居の咆安(安五郎)といえば穴生徳(あのうとく)と並び、清水次郎長伝に出てくる悪役だ。これは講談や映画の世界のお話で、甲州人、今の私達山梨県人にとっては迷惑千万。地元にあっては黒駒の勝蔵も竹居の咆安も、実は立派な貸元だったのである。江戸と京を結ぶベルト地帯の東海道。中でも将軍家・幕府のある江戸と目と鼻の先の駿河(静岡)を拠点に勢力を持つ清水一家。明治の初期も含め、時の政権が利用しない手はない。政治の舞台裏で、陰に陽にテコ入れしては治安の維持に活用したことは、容易に想像できる。


清水次郎長
清水次郎長

 かつて大学紛争が華やかなりし頃、大学側が体育会系の学生をその親衛隊にしたことにもよく似ている。それはともかく、次郎長はもちろん、大政、小政、森の石松・・・。みんなカッコいい。悪役に仕立て上げられた黒駒の勝蔵や竹居の咆安だって、それなりに味がある。しかし今も昔もご婦人からは嫌われ者の博打打ちだったことには違いはない。


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 「やまびこさんには博打好きのイメージではありませんでした。私の知る山梨県の人は、みんな真面目の人ばかりでした」




 先頃、私のブログによくお出で頂く「ゴールデンチルド」さんから、こんなコメントを頂いた。不真面目でごめんなさい。私が毎週のように麻雀をし、時にカジノを求めてソウルのウォーカーヒルまで飛んで行く道楽者であることをブログで知ったからだろう。


カジノ



 黒駒の勝蔵の顕彰?碑は山梨県笛吹市御坂町の上黒駒にある。私が住む山梨市とは南へ目と鼻の先である。そのまた近くに竹居の咆安が。博打好きと言ったら品がないし、聞こえが悪いから、勝負事と置き換えるが、私は、そんな甲州人の血を引いているのか・・・。




 「バカ言えよ。俺達ゃあ、そんな柔な、小者の博打打ちじゃあねえんだ。講談の世界じゃあ、次郎長の陰に隠れちまったが、やせても枯れても甲州の東部一円を仕切った貸元よ。一緒にされたら笑止千万」


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 生きていれば間違いなく、お叱りを受けるに違いない。「飲む」「打つ」「買う」は昔から男の遊びの3要素。それは時代と共に変化していることは確かだが、このうち「打つ」が勝負事、ギャンブルだ。その勝負事。これほど、人の性格が現れるものはない。勝負に、あっけらか~んと臨む者もいれば、終始、こだわる人も。お金への執着や決断力のあるなしも表れる。私のような、どちらかといえば、ズボラな上、せっかちなタイプもあれば、その反対の石橋型の慎重派も。タイプはさまざまだ。「このうち強いのは誰?」。それは誰もが想像する通りだろう。ただ、カジノなどのように≪一か八か≫の勝負は別かも。




 カジノは日本では認められていないから、ギャンブルといえば競馬や競輪がその代表格。競馬、競輪はともかく女性、特に年齢の高いご婦人は総じてギャンブルにアレルギー反応を示す。うちのかみさんもその一人だ。リスクや冒険を嫌う女性の本能だろう。でも若い女性はちょっと違う。その証拠に、このブログにお出で頂く方々の中には競馬の予想やエッセイを書く若い女性が何人もいる。競馬場を見ても若い方々が多く、カップルのデートコースにも。ギャンブルの概念もやがては変わるのだろう。




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プロの洞察力

望月春江
望月春江 : 泰山木


 「例えばですが、私は鯉を描こうとする時、鱗の一枚一枚まで数えるのです。木々が付ける葉っぱだって同じ・・・」




 何年か前、ムチウチ症の治療のため、一週間に何度か通っていた病院で、診察の待ち時間中、暇つぶしに眺めた中庭の池の中。そこに泳ぐ鯉を見ながら、ふと、ある老人を思い出した。老人といっては失礼だが、この方は日本画、特に花鳥画にかけてはわが国を代表する画家だった。画伯と言った方がいい。その名を望月春江と言った。もう鬼籍に入って久しい。


望月春江写真
望月春江

 私が30歳の半ば過ぎ、会社の東京支社にいた若造の時分だから、もう40年ぐらい前になる。山梨の同郷のよしみということもあったのだろう。仕事でお目にかかったのをご縁に、なぜか可愛がって頂き、お宅にもよくお邪魔した。アトリエを兼ねたお宅は上野の池之端という所にあった。不忍池のすぐ近くだ。庵といった方がいいかもしれない。





 「鯉の鱗一枚まで・・・」「葉っぱのスジまで・・・」。何気なく、穏やかに話すお顔を拝見しながら、私は目に見えない斧で頭をガツ~ンとやられたような思いをした。あっけらか~ん、と言えばまだ聞こえがいいが、のんびり生きている自分を省みたからだ。のんびりというのもちょっと違うかもしれない。サラリーマンの、仕事の、「忙しさ」と言う隠れ蓑を被って、ややもすると目先だけで動き、本質を見失いかねない自分がいたからだ。


美ヶ原
望月春江 : 美ヶ原

 プロはすごい。「へえ~、すごい絵だなあ~」と、思いながらも、素人が当たり前のように見る一枚の絵。そこには限りない観察力と緻密な計算があったのだ。木一本を描くにも漫然とではなく、緻密な計算と奥深い観察をする。例えば、そこに幾つもの架空の点と線を引いては枝と葉っぱの関わりなどをつぶさに観察するのだという。鯉だって同じ。泳ぎ方の一部始終を見、その仕組み、構造まで摑んでしまうに違いない。





 その観察力が限りない洞察力に繋がっていくのだろう。そんな望月春江にかかれば鯉一匹、草木一つが本物より本物らしく、生き生きと生まれ変わるのである。俺達凡人には逆立ちしたって出来っこないのだが、プロには、それをやってのける日頃の鍛錬が導く、研ぎ澄まされた洞察力があるのだ。画家ばかりではない。音楽家だって、役者だって、物づくりのプロだって、みんな同じに違いない。凡人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえ、また感じないものが感ずるのだ。


惜春
望月春江 : 惜春

 お茶を、時にはお酒を頂きながらの私に、いつものように穏やかに話す画家・望月春江は、ある時、こんなことも言った。



 「あらゆる動物がそうであるように、人間も事あるごとに群れたがる。でも私はそれが嫌だった。だから、いずれの派閥にも属さず生きてきた。それが良かったか悪かったか・・」



 その口元には貫き通した信念とは裏腹に一抹の寂しさのようなものが・・・。




 病院の中庭で見た池の鯉も群れていた。人が近づけば群れていた鯉は我先にとそこに集まって来る。餌を求めてだ。しかし、不思議なことに一匹や二匹、その群れに入らないヤツがいる。でも、よく見ると寂しそうに見えるその鯉は悠然と、むしろ輝いて見えた。


鯉

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果樹の剪定

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 果樹地帯のこの辺りは今、剪定作業の真っ盛りだ。ブドウのそれは峠を越し、モモやスモモ、サクランボへ。果樹農家は「寒い」などと言ってはいられない。寒風が吹きすさぶ中を防寒具に身を固め、黙々と作業を進めてゆく。ビニールハウスでの栽培者は、これより作業を先行させることは言うまでもない。

 剪定作業、とりわけブドウは、ひと頃よりぐ~んと時期を早めた。甲府盆地が例を見ない大雪に見舞われた年、大きな被害に遭遇した苦い経験からだ。棚一面の枝に積もる雪の重みで、ブドウ棚が軒並み倒壊したのだ。徒長枝を中心に、無駄な枝が主には上方向に延びるモモやスモモ、サクランボなどと違って、ブドウのツルは棚の上で«面»で伸びる。勢い、ブドウ棚は雪の重みを一身に背負い込むのである。

山梨の葡萄棚


 剪定作業を急ぐ理由(わけ)がそこにある。いつ見舞われるか分からない大雪に備えるのだ。こうした露地栽培のブドウと違って、ハウス栽培のブドウ園は始末が悪い。ひとたび大雪に見舞われれば、ハウスごと倒壊の憂き目に晒される。豪雪地帯で見る屋根の雪下ろしと同じように寸暇を惜しんで作業に取り組まなければならない。




 屋根からの雪下ろしは、土台となる部分が瓦であったり、トタンだからいい。ところが、こちらはすぐに破れるビニール。それを支える骨組みだって鉄やアルミのパイプだ。夜明けを待ってからという訳にはいかず、積雪前に掃き下ろすのである。夜を徹しての作業になることは当たり前だし、ハウスの中では平常時の何倍もの油を炊く。内から外から雪害対策を講ずるのだ。




 剪定作業は、それぞれの品質や収穫量を高めるために、後に迫られる消毒や摘粒、摘果、袋掛けなどと共に必要不可欠な作業。これを怠ったり、手を抜いたりしたら、収量や収入は言わずもがなである。寒い、などと言ってはいられない理由(わけ)が、そこにある。




 植え込みの剪定も「木づくり」の意味では理屈は同じ。でも、こちらは「収入」を伴わないから気は楽。「寒い」を口実に一日伸ばし、二日伸ばしに。あまり«強い»剪定をしない柿も同じで、どうしても後回しになるのだ。でも、自然は正直。モタモタしていると、樹々は芽を吹き、春への活動を始めてしまう。白梅にせよ、紅梅にせよ、梅はその典型で、早咲きものは、もう蕾を膨らませ始めている。




 案外、面倒なのは剪定で切り落とした大量な枝の処理。ひと頃は周りに障害のない畑で焼却したが、最近では消防署がうるさい。それを見込んで、伐採した枝の粉砕機も現れた。農機具メーカーも抜け目はない。購入経費は掛かるが、消防署に叱られることなく、始末が出来、やがては肥料となる土に返せるので、いわば一石二鳥。




 一連の剪定作業が終わるころになると、自然界は春へと動き出す。2月の声を聴けば、早咲きの梅は紅く、白く花を開き、それを合図に、周りの樹木や草花も躍動し始めるのだ。

   ただ、この冬は、いつもの年より寒い。どうやら歳のせいばかりではなさそう。人間はむろん、作物に打撃を与える寒波や大雪だけはご免だ。特に甲府盆地は、構造的に雪には弱い。





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過ぎゆく正月

どんど焼き
どんど焼き

 正月三が日、七日正月や小正月(14日正月)も、いつの間にか過ぎて、またいつもの毎日に。会議であれ、人と人との出会い・ふれあいであれ、「あけましておめでとうございます。本年もよろしく…」の「枕詞」も色あせて来た。いつもと変わらない日常の歯車に戻るのである。一年中で最も時の経つのを早く感ずるのは、この時季。アッと思う間に正月は終わる。小正月行事「どんど焼き」の火の中に消える正月飾りは、それを象徴していた。



 「今年こそは良い年でありますように」


 みんなの願いだ。日銀や各種の調査機関によれば、我が国の景気は上昇基調にあるという。しかし、多くの事業主も、そこで禄を食むサラリーマンも多くは実感がない。そうだろう。円高なども影響する輸出関連の大企業ばかりでなく、通常の受注や製品の取り引きが増え、働く人たちの給料が増えなければ、それを実感出来るはずがない。




 政府挙げての景気浮揚策。賃上げ交渉は労働界のお家芸だったが、ここ数年、政府が、その音頭取り。経済界への働きかけは、イデオロギーを超えて反論する者はいまい。要は働きかけが真に実を結ぶかどうかだ。それなりに実現しなければ、私たち庶民は、現実とデータのはざまで身もだえるばかりであることは言を待たない。


 一方では「働き方改革」が唱えられ、サラリーマンの«生活改善»の動きも。表向きは誰しも異論をはさむ余地はない。でも、事実上の給料(手取り)減となったら元も子もない。«3K»を嫌う風潮の若者たち。そんなことはないだろうが、「働かない改革」になったり、ムード化したら、これも怖い。

 
サラリーマン


 年金生活で手も足も出ない私らには、一見他人(ひと)ごとかも知れないが、本当はそうでもない。食うや食わずの時代に生まれながらも、いつの間にか世界第二位の経済大国に。それも束の間。その座をお隣の中国に奪われて陥落。そればかりではない。隣国間での領土や領海問題、さらには国家としての安全保障問題に至るまで揺れ動いている。世界の«地図»は、やがて塗り替えられていくのだろう。

 日本全体でも人口はどんどん減り、都市と地方の格差は拡大する一方。正直言って日本はむろん、「オレたちが住む田舎はどうなっていくのか?」。無邪気に遊ぶ孫娘を見ながらそんなことを思った。




 「働き方改革」の口火となった「過労自殺」や「過労死」。菩提寺の新春法要に招かれ、方丈の読経をお聞きしながら、「今の若者は、どうして簡単に自らの命を絶つのだろう?」と、法要とは違うことを考えていた。どうして、そこまで自分を追い詰めなければならないのか。オレだったら、そこまで行く前に辞める道だって選ぶだろうし、仲間にも相談する。




 人間、自ら手をかけなくてもやがては死ぬ。これだけはこの世に生まれて来た以上、避けて通ることは出来ないのだ。誤解を招くことを承知で言わせてもらえば、死ぬ人は自らの決断だからいい。でも残された家族や、周りの人の悲しみや、場合によって計り知れない«迷惑»をかけることを知るべきだろう。


 ただ、子供のいじめ、それが導く自殺は、殺人にも値する。新春法要で淡々と続く読経。ひときわ響いた木魚の音で一瞬我に。とにかく、今年が良い年でなくてはならない。みんなが健康で笑顔の一年でありたいものだ。時の経つのは早い。つい昨日掲げたと思っていた1月のカレンダーは、間もなく消える。





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郷土史と郷土愛

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  なぜか、山梨では無尽会が盛ん。その昔、堺の商人たちの間で盛んだったと言われる「頼母子講」の延長線上とも言えるが、今では、その性格を異にし、人々の«社交の場»。お金を用立て合う頼母子講の性格はなくなった。同級生や親しい仲間が集う場で、毎月、日日や曜日を決めて行うのが一般的。「○○日会」とか「〇曜会」、または学校の卒業年次を名前にするなど、名付け方は様々だ。


酒


私も高校時代の同級生(18日会)やユネスコの仲間たち(5日会)など4つの無尽会に入っている。その一つに旧村地域の人たちで集う無尽会がある。「20日会」と言って毎月20日、地区内にある中華料理屋さんで開く。メンバーは20人弱。年齢は60から90歳近い人まで幅広い。お酒を酌み交わしながら、交流を図るのである。果樹栽培の話もあれば、健康管理の話、政治や経済に及ぶことも。話題は尽きない。ある時、90歳近い長老の一人が、こんなことを言った。この人は若い頃、教職に身を置いた方だ。






「今の学校は、子供たちに自分たちが住む地域のこと、つまり歴史や生い立ちを教えないんです。これでは将来にわたっても郷土愛など育まれるはずがない」



この地域にも少子化はむろん、過疎化の波がじわじわと忍び寄っている。人々に郷土愛が失われたら過疎化への道にますます拍車がかかると言うのだ。


「地域には地域の歴史があり、それが築き上げて来た誇りにも似たものがある。算数や国語など教科書だけが教材ではない。«語り部»がいなくなってからでは遅い」とも。現に武田信玄は知っていても、この地域を治めた岩手氏のことは知らない。




確かにそうだ。私のように70歳も半ばを過ぎようとしている人間ですら、自らが住む地域の歴史を知らないことがいっぱい。高校時代の同級生で、何事にも勉強熱心な男がいて、ふとしたことから思わぬことを教わることが多い。私のパソコンの師匠でもあるこの男、興味を持てば郷土の歴史であろうが、山野草であろうが何でも食いつくように追究するのだ。




人間、歳を取ると、だんだん«出不精»になるのが常。ところが疑問を持てば現地に足を運ぶ。山であろうが、川であろうが、時には外国までも飛んでゆく。先ごろは雲海の写真をメールで送って来た。丘と言っても言い過ぎでない450m級の山から撮ったもので、御坂山塊や富士山はむろん、塩の山(甲州市)や荒神山(山梨市)まで雲海の上に浮かんでいるのだ。


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富士山や南アルプス、八ケ岳など標高の高い山では、確かに雲海を目にし、そこから登る朝日の荘厳さに感動。雲海は高い山から見るものとさえ思っていた。ところが送られてきた写真は、我が家と目と鼻の小高い丘にあるフルーツパーク富士屋ホテルからのもの。「へえ~」と思った。近くを笛吹川(一級河川)が流れている気象の条件もあるだろう。


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生き字引ともいえる先輩や物事を知る人たちに身近な自然や郷土の歴史を教わっておいて損はない。でも現実は…。こんなことをパソコンで書いている私の横では、4歳半ばになる孫娘がママのiパットで、アニメやゲームに夢中。郷土の歴史や自然などを知っておきたいなどと思っているのは、爺が思い込んだ時代遅れの郷愁に過ぎないのか。






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教科書の変化



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 戦国の時代、川中島の合戦で名をはせた武田信玄と上杉謙信。言うならば天下取りを目指した甲信越のライバル同士。我が山梨では今もなお、英雄として人々の心に深く刻まれている。その信玄や謙信が教科書から消えるとあっては、少なからず、心穏やかではない。後に上杉鷹山を輩出した謙信の地元だって同じだろう。近代日本の先駆者となった坂本龍馬も教科書から消える候補の一人だという。積み重ねる歴史の運命とはそんなものだろう、と頭では分かっていても一抹の寂しさは隠すことが出来ない。

武田信玄

 折しも山梨の県都・甲府は来年、「開府500年」。武田氏が現在の甲府市北部の躑躅が崎に館を築き、甲斐の国を開いた、つまり「甲斐の国府」・「甲府」が出来たのである。そんな時に降ってわいた教科書記述問題は、山梨県人なら誰しも寂しいに違いない。甲斐も、武田も、甲府も、関係ない他県の皆さんだって、その気持ちだけは、ご理解いただけるだろう。




 武田氏は躑躅が崎に館を構えて南に«下町»を作った。時間は遥か後になるが、「新住居表示」とやらで、豊臣や徳川政権など後の時代をも含めた町の名前は、みんな消えた。往時を偲ぶと言えば、敵の侵入を妨げる鍵型の道路が中心部に一部残されているくらい。これとて車社会の現代では«邪魔者»になり下がった。




 躑躅が崎の館の裏手は信玄が生まれた要害山(温泉)。帯那山―太良峠を経て現在の山梨市に。つまり躑躅が崎の館の「裏(北)の護り」を任されたのは岩手氏。モノの本によれば、岩手氏は今の山梨市や甲州市など11ケ村を所領とし、峡東地方と呼ばれる一帯に«睨み»をきかせた。


 一方で、武田家の旗奉行も務めた。旗奉行とは戦(いくさ)時には前線に本陣からの指示を伝え、その報告を担う役目。一番槍の言葉に代表されるように敵の首を幾つ取ったかが、武門の誉とされた時代にあっては役目柄、目立たぬ存在であったことは想像に難くない。




 岩手氏の何代目に当たるのかは定かではないが、縄美の子に信盛(のぶもり)という人物がいた。岩手氏は元々、武田氏の親戚で、信盛は信虎の従弟に当たる。この地に残る名刹・信盛院(しんじょういん)は、その名の通り信盛の開基。信盛(信盛院殿宥山雲公大庵主)の墓は今も信盛院にある。



    信盛院は5年前、先代住職の死去に伴う新住職・村上隆司師の晋山(入山)に合わせて450遠忌の法要を営んだ。逆算すると、信盛院は開府して間もない頃、生まれたことになる。隆司師は、信盛院開基以来、代々寺親を務める我が家を「安下処」として晋山した。


信盛院


 信盛院の目と鼻の先には、やはり信盛が庇護したと言われる大石神社がある。その名の通り、小高い丘ともいえる山の上に直径10m、20mを超す巨岩が幾つもあって、今では関東一円のアマチュア・ロッククライマーの人気スポットとなっている。なぜ、こんな山の上に巨岩が? 古代、地層の隆起がもたらした産物なのだが、見た人は疑問を持つに違いない。岩手氏は武田氏滅亡後も生き延び、徳川の世でも旗本をキープするのである。


大石神社


   我が家の前を走る古道・秩父往還の裏街道は、車社会では用なしの、ただの散歩道に過ぎなくなった。往時を偲ぶものもなくなって、大きな歴史のるつぼに消えてゆく。おしなべて多くの歴史遺産の伝導は教科書への記述に留まらず、それぞれの歴史に詳しい語り部によるところも少なくない。そのいずれもがなくなったら先人が築いてきた「過去の歴史」は巨大な消しゴムのように次々とかき消されるのだ。




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人生への扉

風景



 晩酌をしながらテレビを見ていたら野村克也元楽天監督が、その選手たちに言った「心が変われば人生が変わる」という言葉が引き合いに出されていた。その話のコーデネーターをしていたのは松岡修造。プロテニスの元アスリートだった。野村元監督も野球という世界のいわばアスリートなのだ。「心が変われば・・・」。人間、誰もが大なり小なりこの言葉を言われたり、噛み締めたりしたことがあるはずだ。親から、先生から、時には先輩から・・・。多くは戒めの言葉であり、野村監督が選手たちに言ったように、ある意味、叱咤激励であったり、しごきの言葉であったかもしれない。



選手



 実は私もこの言葉が好き。好きというより、只でもズボラで体たらくな自らの戒めにしている。こうしてパソコンを叩く机の脇に張り紙しているのだ。「お前のようなヤツには絶対この言葉が必要」と思ったのだろう。親しい友がプリントして持って来てくれた。表題は「人生への扉」。誰が考え、誰が作ったかは分からないが、うまい事を言ったものだ。




    心が変われば、態度が変わる
  態度が変われば、行動が変わる
  行動が変われば、習慣が変わる
  習慣が変われば、人格が変わる
  人格が変われば、運命が変わる
  運命が変われば、人生が変わる



 


 そのプロセスはともかく「心が変われば、人生が変わる」。まさに言い得て妙。誰だってこれに反論は出来まい。しかし、簡単に行動に移せないのが人間かもしれない。その大切さはみんな分かる。私なんか壁に張り紙しながらも、一向にそれがちっとも実現出来ないばかりか、近づく事すら出来ないのだ。家庭という一番小さな社会にあっても、心が変わらないから毎日の生活態度も変わらない。だから行動も変わらないし、習慣も変わらない。そんなヤツに人格が変わるはずがないし、運命も、ましてや人生も切り開いていけっこない。ふがいない自分にうんざりする。



人生への扉


 勝負や記録に挑むアスリートたち。過酷ともいえる訓練にも耐える。人の意見、忠告にも真摯に耳を傾け自戒もする。それをバネに次への挑戦もする。それがその人の運命を変え、人生を変えるのだろう。そのこと自体は私のような凡人でも分かる。肝心なのは、それが出来るか出来ないかだ。凡人と非凡のその差がそれぞれの人生の、また運命の差として表れるのかもしれない。


選手2



 同じテレビの番組で、電卓の全国大会に臥薪嘗胆、挑む女子高校生クラブを取り上げていた。顧問教師や厳しい臨時コーチの指導に涙ながら食いついて行く女子高生達の姿に感動した。わずか16~7歳の女の子。すごい。その技術もさることながら、その精神力に脱帽した。なんでもそうだ。本気にやる気になれば、人間、びっくりするようなことまでやってのけ、到達するものだと。いい歳をしたオジサンが女子高生に改めて教えられた。




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富士の表情

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 「お母さん、今日は風が吹くぞ」


 朝起きて窓のカーテンを上げながら、つぶやくように言うと、一足早く起きて朝餉の支度をしていた女房が「お父さん、そんなことよく分かるわねえ…」と。




 パソコンに向かう窓越しの御坂山塊の上にポッカリ浮かぶ富士山。その表情は毎朝違う。朝日を浴びて、例えようがないほど爽やかな顔を見せる時もあれば、山の脇に雲を沸かせて不穏な雰囲気を醸し出す時もある。その雲は甲府盆地に大なり小なり風をもたらすメッセージでもあるのだ。従える雲は、今にも荒れ狂いそうなものもあれば、穏やかなものも。そのありようが風の強弱に現れるのである。そこに雲がない時には絶対に風は吹かない。


富士山



 雨天の日はむろんだが、富士山が見えない日もある。雨が降らなくても盆地が雲に覆われれば、富士が望めないのは当たり前。その雲が偏西風に押されて、西から東へと流れ、次第に姿を見せる富士も、また味わいがある。御坂山塊の向こうにある富士五湖の一つ本栖湖の対岸では今、湖面越しに「ダイヤモンド富士」が望めるのだそうで、毎朝、アマチュアカメラマンで賑わっているという。写真に挑む者なら押さえて置きたいアングルだろう。


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 「ダイヤモンド富士」とはご存知、富士の山頂から朝日が昇り、文字通り宝石のように輝く光景だ。富士山と太陽が織りなす僅か2分前後の光のショーである。カメラマンでなくともワクワクする瞬間に違いない。防寒具に身を固め、白い息を吐きながら未明からジッと待つ人たちの心の持ちようは、暖房の部屋の窓越しに富士を眺める野暮天の私にだって、よく分かる。




 朝日を浴びて輝く富士が爽やかな象徴とすれば、夕暮れの富士は、風情では爽やかさに負けない。御坂山塊の稜線が黒く浮き上がり、その上が下から湧き上がるように紅色に染まる。そこに均整の取れた富士が浮かぶのである。静岡側、つまり「東富士」と違って山梨側から見る「北富士」は、春夏秋冬、その様相を異にする。一口に言えば、東富士が女性的だとすれば、北富士は明らかに男性的だ。身びいきではなく、私は男らしい北富士が好きだ。


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 静岡側だと、風情を際立たせる御坂山塊を前衛にした夕暮れの光景は望めまい。富士山が西側を中心に赤富士に装いを変えたかと思うと、次第に黒ずみ、前衛の御坂山塊の向こうが大きな帯状に紅く染まる。甲府盆地、特にこの辺りでは御坂山塊とその西にある南アルプスが一連の屏風のように見えるのだが、その稜線の向こうで見せる夕暮れの大パノラマは圧巻。その様は御坂山塊や南アルプスの向こうで、とてつもないスケールの照明を施しているようにも見える。東富士だと三保の松原など雄大な海とのコラボが楽しめるだろう。


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 富士山はユネスコの世界文化遺産に登録された。単なる山ではなく文化の山。その昔、江戸八百八町にあったといわれる富士講の信者たちは白装束で富士の頂を目指し、葛飾北斎や横山大観は、こぞって富士を絵にした。北斎の浮世絵はゴッホにも影響を与えたのである。時代を超え、国境を超え、富士はみんなから愛され続けている。夏山シーズンともなれば、国の内外の人を惹きつけ、活気に溢れる。ただ、この冬は雪化粧が薄いのがちょっとヘン。





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七草粥と飲ん兵衛

 うちのかみさん、外国旅行から帰ったばかりの時、しみじみと、こんなことを言った。


 「お父さん、やっぱり私は温かいご飯味噌汁漬物、それに焼き魚でもあれば十分。パンやステーキの生活はうんざり。なにもなかったらお茶漬けでたくさんよ」


ごはん


 私だってそう思う。次々と出されるボリュウムたっぷりのご馳走よりも、そんな淡白な食事の方がいい。日本人の胃袋に合っているのかも知れない。しかし、人間とは浮気で贅沢な動物。そんな質素な食生活が続くと、また・・・。かみさんは言うのである。




 「お父さん、たまには美味しいものでも食べに行きましょうよ。今度、あそこに出来たレストラン、美味しいお肉を食べさせるそうよ」


肉


 おいしそうな料理を目の当たりにすると、私は不思議とあるブレーキが頭をよぎる。「太ったら困る」。ただ、食べ放題だとか、只だったら話は別。そこが貧乏人の性(さが)で、あとで反省することを知りながら、欲で食べてしまうのである。見ていると、悲しいかな、うちのかみさんも同じ。貧乏人の女房だ。ここで私とちょっと違うのは「太ったら・・・」などと、その時点では全く考えないらしい。結果でしか考えないのが女?




 お正月。なんとはなしの正月気分と親しい友やお客さんの来訪も手伝って、やっぱり飲み過ぎ、食べすぎ。年末までプールに行くなどしたダイエットの努力も水の泡。普段、家では計ったことがないが、健康ジムでは必ず乗ってみる体重計が恐ろしい。そんなメタボ人間はさて置き、日本人の食生活の知恵と工夫はすごい。食べ過ぎたり、飲み過ぎたりする時期の後には七草粥のような薬膳料理を食べる習慣を作る。夏の暑い時期、つまり土用の丑の日には鰻を食べて精力をつけ、暑さを乗り切ることを考え、冬至にはカボチャを食べる。食べ物ではないが、ゆず湯の習慣もある。

うなぎ


 スズナ、スズシロ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。ご存知、春の七草である。何も決め事ではないが、なぜか書物などではその順序をセリ、ナズナから始め、スズナ、スズシロで結ぶ。私は覚え易い語呂と日常の食卓で馴染み易いものの順、つまりスズナ、スズシロ、セリ、ナズナ・・・の順で言うことにしている。七語調だから覚え易い。言うまでもなくスズナは大根、スズシロは蕪。セリもお馴染みだ。


七草

 「ところで、お母さん、秋の七草って知っているか?」



 「え~と、ハギでしょう・・・」。そのあとが出てこない。春の七草は知っていても、秋の七草は案外知らない。自らのために、ここでおさらいすると、秋の七草とはハギ、オバナ(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。万葉の歌人・山上憶良が「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」と詠んだのに由来する。この歌に7つの花が詠み込まれているが、最後の「朝顔が花」はキキョウという説である。因みに、秋の七草の覚え方は「お・す・き・な・ふ・く・は」がいいそうだ。




 春の七草と秋の七草。秋のそれがいかにも風情があるのに対し、春のそれはいかにも現実的。花より団子である。飲み過ぎ人間には七草粥は飛び切りのご馳走だ。




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鈍感力

 鈍感力。なぜか深みがあって惹かれる言葉だ。近くは数年前、当時の小泉首相がテレビの中で、ふと漏らしたのを覚えている。多分、自戒を込めて言ったのだろう。元々この言葉の元祖は作家の渡辺淳一。その著書「鈍感力」のズバリのタイトルだ。渡辺淳一は、その著書のキャッチコピーで、こう言っている。

鈍感力


 「些細なことで動じない≪鈍さ≫」こそ、今を生き抜く新しい知恵」



 この人は元々は整形外科医。「光と影」で直木賞を受賞したほか、それを前後して文壇でさまざまな賞を受賞している。異色作家の一人だった。私はその作風は好きだが、熟年の恋愛や恋心をリアルに書くものだから、「この助兵衛オヤジ」と悪口を叩く人もいた。でも「鈍感力」は人間が生きていく上で欠かせないかもしれない。


海


 助兵衛云々はともかく、渡辺淳一は「鈍感力」の中で、こんなことを書いている。


 「鈍感力は恋愛においても欠かせません。男が女を口説く時、鈍感であることは有力な武器となる。誠実さに鈍感力、この二つがあれば鬼に金棒・・・」




 なるほど言い得て妙だ。まだ渡辺淳一がこの「鈍感力」を書いていないから仕方がないが、もし私がもっと若い頃、この本に出会い、その極意を教わっていたら、もっと違った人生があったかもしれない。不謹慎? かみさんが年甲斐もなくツノを立てるかも。




 「じゅんいち」「恋愛」と聞くと、字こそ違うがタレントの石田純一を思い出す。渡辺淳一と石田純一。このお二人は、お歳も生業も全く違うのだが、何か共通項を持っている。幾つになっても失おうとしない「恋愛」への心だ。それをしっかり支えているのは「鈍感力」にほかならない。「鈍感力」の裏には必ず「敏感力」が培われているのだろう。


風景  

 石田純一は「鈍感力」を武器にして恋愛を楽しみ、そればかりか「不倫も文化」などとしゃあしゃあと言ってのけるのだ。世のご婦人、奥様方もこれといったバッシングをしないのだから、それ程の嫌悪感を覚えないのだろう。むしろそのキャラクターを当て込んで、クライアントは宣伝イベントにこぞって引っ張り出すのだそうだ。人が言う助兵衛オヤジは、今や奥様方からも人気者なのである。




 小泉元首相が引用した渡辺淳一の「鈍感力」。きっと小泉さんもこの言葉に身につまされたのだろう。政治家、とりわけトップに立たなければならない人達は、この「鈍感力」を身に付けていなければ一日も過ごせまい。あっちからもこっちからも追及、反論と言う名の鉄砲玉が飛んでくる。馬耳東風、馬の耳に念仏、品のない言い方だが「カエルの面に小便」でいなければならないこともあるだろう。「鈍感力」がないからか、自殺に追い込まれた大臣や大物政治家、さらに酒に溺れて不慮の死を遂げた政治家だっている。


海2  

 「鈍感力」の大切さは仲間やご近所、もっと身近な家庭にも言えそう。私たち夫婦に、この「鈍感力」が備わっていたら、日常茶飯事に繰り返される夫婦喧嘩もなくなるだろうに。私たち凡人には「鈍感力」は簡単に身に付きそうもない。ただ我が家では、この夫婦喧嘩がめっきり少なくなった。歳のせいだろうか。考えてみればこれも寂しい。




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人間と節目

ランドセル


  会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。



 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。 昨夜もたまたま誕生日だった親しい仲間と麻雀をしながらそんな話をした。




 人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。寒さを迎えれば、霜降、立冬,その後には小雪が。
 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される冬休みや夏休みが楽しいはずだ。




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。





 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、年の瀬になって、やがて迎えるお正月にウキウキする心の持ちようもないし、今、迎えている、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。


羽子板


 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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