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パソコンと消しゴム

消しゴム_convert_20101130200045


 今はどうか知らないが、私たちが子供の頃、消しゴムは文房具の中で数ある脇役の一つだった。もちろん主役は鉛筆。鉛筆削りなどという器用な道具はなかったから、筆箱の中には消しゴムと並んで折りたたみ式の小刀が入っていた。脇役といっても小刀は消しゴムと並ぶ必需品。シャープペンが登場するのはずっと後のことである。




 小刀はわんぱく小僧にとっては曲者でもあった。消しゴムをサイコロ状に刻んでは遊び、時には授業中に仲間同士、ぶっつけっこするのである。もちろん先生からは大目玉を食う。そんな子どもの学業成績は言わずもがな。いいわけはない。小刀は鉛筆を削るばかりではない。工作やさまざまな遊びにも使った。今は筆箱の中から姿を消した。物を刻んだり、紙を切ったりするのはカッターナイフに代わっている。

鉛筆_convert_20101130200145



 鉛筆からシャープペン万年筆からボールペン小刀からカッターナイフ。子ども達や学生さん達の≪筆箱事情≫は様変わりした。こうしてパソコンを叩く私の机の上にも筆箱ならぬ≪筆皿≫がある。鉛筆が影を潜めて、ポールペンがいっぱい。太書きもあれば、細書きもある。いずれも自分で買い求めたものではない。何かの催しのグッツとして頂いたものだ。


筆皿_convert_20101201200047


 若い頃、かなりのお金をはたいて買ったり、知人から頂いた万年筆は、インクが乾いたままホコリをかむっている。今年もやって来た年賀状書きの時季になっても出番はない。万年筆からバトンを受けたボールペンも最近ではほとんど使わない。消しゴムにいたっては完全に用無しの存在に。パソコンがそうさせた。仰々しく言えばパソコン革命である。




 万年筆、鉛筆、ボールペン・・・。書く道具もいらなければ、消しゴムも必要ない。パソコンとは実に便利なものだ。文章を書いていて不都合があったり、間違えたらワンタッチ。Backspace か Deleteキーを叩けば一瞬に消してくれる。消しゴムもいらなければ、修正液もいらない。そればかりか文章を組み変えたり、貼り付けたりすることも自在である。


キーボード_convert_20101130200338


 好都合極まりない。お陰ですっかり文字を書かなくなった。一日おきに原稿用紙3枚程度の分量でエッセイの真似事のようなものを書いているのだが、これも全てがパソコン。ブログに投稿した後も気になることがあれば、すぐにでも手直しできるからいい。そんなことをしていると面白いことに文章が≪生き物≫であることを実感するのだ。




 山梨市教育委員会から≪ボランティア先生≫(学校支援コーディネーター)の委嘱を受けて、毎週のように市内の小中学校にお邪魔するのだが、どの学校にもパソコン実習のための教室がある。温度調節された教室にはパソコンがずらりと並び、子供たちは嬉々としてキーボードに向かっている。




 どうやらキッツ用のパソコンのようで、子供達に使い易く作られている。危険なアクセスが出来ないようにフィルタリングが施されていることは言うまでもない。消しゴムの存在など、まさにどっちでもいい。自在にパソコンを操る子供たちを見ていて、これから先、手書きの文字はいったいどうなって行くのだろう。ふと、そんなことを思った。



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馬鹿と阿呆

 「バカ」

 「バカとは何よ」

 「そんな事ですぐ向きになるからお前はバカなんだよ」

 「なにも、バカなんて言わなくたっていいじゃない。まったく~」


妻

 私と女房のよくある口喧嘩だ。不思議にもこの文字数が示すように、およそ夫婦喧嘩の発端はたわいもない事から始まって、エスカレートするものだ。





 この「バカ」(馬鹿)という言葉。かなで書いても、漢字でも二文字。しかし、その使い方、受け止め方によって喧嘩にもなれば、叱咤激励にもなる。「バカ、そんなことはないよ」といった具合に否定の接頭語的な役割を果たす事だってある。「バカ」に「め」をつけて「バカめ」となると女房はもっと向きになる。





 私はこの「バカ」という言葉を気にもしないし、気にもならない。関西人が「この阿呆」とよく使うように、むしろ、挨拶代わりみたいなものだ。もちろん、親しい仲間、気の置けない仲間同士のことだ。これをどこででも使ったら、失礼千万。

子供


 もう一つ、気にしなくなった訳がある。わんぱくな子供の頃、いたずらをする度に親父から「バカめ」「馬鹿野郎」と怒鳴られた。河原で水浴びをし、近くの畑のスイカ採りの競争をすれば、当たり前だが、見知らぬ親爺から「馬鹿野郎」。この言葉はわんぱく小僧の勲章のようなものだった。
子供2

 「そんな事が分からないのか」「もっとしっかり掃除しろ」。学校に行けば先生から叱られる。その言葉の頭と尻につく言葉はまた「バカ」だ。社会人になって会社に入れば先輩から遅いの、早いので怒鳴られる。ちょっとひどくなると「死んじまえ」だ。その後ろと前にはやっぱり「バカ」が付くのである。考えてみれば「バカ」と言われなかったのは大学の4年間ぐらいのものだ。ただ、そんな教授の顔は一人も覚えていない。






 この「バカ」「バカめ」には、全く悪意はなく、いわゆる親心の叱責であり、親身になっての励ましの意味まで含んだ表現であることが多い。人間、褒められたことなど記憶に残っていないものだが、叱られたことは覚えているものだ。教訓として受け止めているからだろう。叱られた先生や先輩ほど懐かしい。不思議な事に間違いなく親近感が増すのだ。





 これも不思議。叱った方は、それを忘れている。女房が向きになって怒るように深刻なものではないからだろう。ただ、私には一つだけ、反省にも似た「馬鹿野郎」の相手側の反応がある。もう30年ぐらい前のことだが、若い社員を「馬鹿野郎」と怒鳴った。将来に向けて育てたいと思った男だった。その社員は怒鳴られた途端、大粒の涙をボロボロ。「男のくせに、涙を拭け」と言ったら、また涙だ。


サラリーんまん

 同僚幹部が言った。「今の若いのは親や先生から怒られることもなく、ましてや他人から馬鹿野郎、などと言われたことがないんですよね。それが≪いいぼこ≫であればあるほどですよ」。確かにそうだ。親も先生も、ましてや隣の親爺も子供を叱らなくなった。先生や隣の親爺は見てみぬふりだ。





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植木の剪定

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 「お父さん、無理して落ちないでよ。でも上手だわ。植木屋さんみたい」


 脚立に上って庭の植え込みの剪定をする私を見上げながら、女房が注意とも冷やかしともつかない言葉を投げかける。




 つい先頃まで「紅葉狩り」だの「紅葉散歩」などと言っていたのがウソのように周囲の山々も、身近な里もすっかり冬の装いに変わった。地球の温暖化が騒がれながらも大きな意味では、季節の移ろいは正直だ。樹々は赤や黄色に燃えた葉っぱを一枚、二枚と落とし、丸裸になった。「落ち葉掃き」などと言う言葉がピッタリ。放って置けば固い柿の葉などはカラコロと風に舞う。身に染みる冷え込みもさることながら、視覚的にも寒々しい。




 剪定作業は毎年、この時季に。職場をリタイアしてからだから、もう10年ちょっと経つ。現役時代は年老いたおふくろに実家を任せっきりの«放蕩息子»。それでも植木の管理は気になった。私が頼んだ植木屋さんが、やはりこの時季、黙っていても植木の手入れをしてくれ、住まいしていた甲府の家に請求書だけを送って来たものだ。


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 「オジサン(植木屋さん)、オレ、暇になったんで、自分でボチボチやってみようと思うんだが…。勝手言って済みませんね」


 「それはようございます。分からないことがあったら、電話でも何でもいいので、ワシに聞いて下さいよ」




 丸投げした我が家の植木の管理を長年やってくれた植木屋さんは、ニッコリ笑って、そう言った。当時80歳ぐらいだったから、ご存命なら95歳近くになっているはずだ。植木屋さんの送って来る請求書は長年、ずっと変わらず、40万円ちょっと。長い«お付き合い»がそうしてくれたのだろう。梯子を下り、キセル煙草に火を点け、上を見上げてはまた梯子に。そんな光景を何度か見た。今でも、その顔が目に浮かぶ。




 「暇になったから…」は口実。これからやらなければならない年金生活への覚悟があったことも事実だ。植木の剪定を好きで始めたわけではない。普段は着けない毛糸の帽子を深々と冠り、防寒具に身を固めて脚立に上るのである。この脚立、10段ぐらいのものだが、最近、高い所まで登るのが怖くなった。昔の脚立は鉄パイプ製だったので安定性があった。しかし、最近のものはアルミ製が増え、軽くて持ち運びには便利な反面、安定感が悪い。




 女房が「落ちないで…」と言ったのは、そこにある。私に言わせれば「落ちる」ではなく「倒れる」だ。それはともかく年々、高い所が怖くなった。そこで単純にも考えたのが自分流に作業しやすいように植木の背丈を縮めること。みんな背丈を低く切り落とした。




 「立派な古木をもったいない」。ご近所の長老は言うのだが«背に腹は変えられない»。無理して脚立から落ちたり、脚立ごと倒れたりでもしたら元も子もない。若い時なら何でもないことが今では通じないもどかしさを身に染みて感ずるのである。




 リフトの籠に乗って悠々と、しかも余裕たっぷりにイチョウなどの街路樹を剪定している植木職人を見ると羨ましい限りだ。もちろん、歳も若い。




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地球の温暖化と人間ども

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 人間とは身勝手な動物だ。夏の暑さに「暑い、暑い」と、ぼやき、「オレは寒い方がいい」と言い、冬になれば「寒い、寒い」と嘆く。その度に反対の季節や「やっぱり、春や秋がいい」という。




 今年の秋はヤケに短かった。記録的ともいえる「猛暑」から一転、秋を飛び越えて冬を迎えてしまった。一方、暑さの始まりが早かったせいか、春も短かった。




 加齢とともに時の流れ、一年の流れがやたらと早く感ずるせいかも知れない。ただ日本の四季は、長いスパンで見ると徐々に変化していることも確かだろう。季節のバランスが崩れ、時に猛暑や局地的な集中豪雨、冬の寒波や大雪など極端な気象異変すらもたらすのである。



 日本列島の四季の狂いは、地球規模で見れば、ほんの些細なもののように見えるかも知れないが、その異変は大きなうねりの中にある。太平洋の南で発生する台風のコース一つ例にとっても、日本列島周辺では従来の概念を覆した。この夏の台風は従来の西からの旋回・上陸を、逆に東から西へと旋回、いわゆる逆さ回りを見せたりもした。




 地球の温暖化。その元凶は、特に先進国と言われる国々の人間たち。つまり、もとはと言えば自分たちが蒔いた種なのだ。そのことに気付きCOP21は地球の温暖化対策に乗り出してはいるものの、各国の足並みは必ずしも一致していない。それぞれの国の経済振興に連動するからに他ならない。

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 地球の温暖化は、農家の作付にも変化をもたらそうとしている。果樹地帯である身近なこの辺りを見ても、夏から秋にかけての桃や葡萄はむろん、春から初夏にかけてのサクランボボ栽培にも温暖化の弊害が影を落とそうとしているのだ。桃や葡萄は生育や色付きにはっきりと影響を与え、サクランボ栽培者は、立地から来る作付け自体を心配する向きも出始めた。




 サクランボの栽培は山梨が南限とされている。言うまでもなく元々の本場は山形。気象の«タイムラグ»を生かして早出し地域の産地化に成功した。南アルプス市の白根や山梨市の岩手(いわで)地区がその一例だ。果樹農家は春先からのサクランボから夏の桃、すぐ続く葡萄と労力を分散したサイクルを作り上げた。




 ところが地球の温暖化は、作付けの南限地域を北上させようとしているのである。品種改良によって、それを乗り越えようという期待もないではないが、確たる見通しは立っていない。一方、ミカン栽培の北限はお隣の静岡。しかし、そのミカンが山梨でも…、という人もいる。かつて黄色くならずに青いままだった、いわば盆栽の域を出なかったミカンが最近では黄色く色づくようになった。青くカチカチだったミカンが「果実」としての体を成すようになっているのである。気象の変化の威力は、言うまでもなく人間の知恵や力には及ばない。




 冬至を過ぎ、冬も名実ともに本番。寒さもこれから。でも待てよ。よく考えたら、昔、つまりオレたちが子供の頃と比べたら雲泥の差。田んぼという田んぼ、小川、湖に至るまで全面結氷した。いつの間にか温暖化に慣らされた人間どもは、やっぱり「寒い、寒い」。




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振り込め詐欺にご用心

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 「お母さん、振り込め詐欺になんか引っかかるなよな」

 「私なんか、どんな電話がかかってきたって、騙されるようなへまはしませんよ」

 「バカ言え、そういうヤツがすぐ引っかかるんだよ。娘やおふくろでもヤツらに仕掛けられたら一発さ」



 地域防災無線で今日も繰り返される振り込め詐欺の被害情報と注意を呼びかけるアナウンスに、女房と交わした会話である。女房は最後にはこうだ。



 「お父さん、大丈夫、大丈夫。うちには何百万ものお金をポンと振り込むほどのお金、ないもん」


 これには一本とられた。バカな夫婦のこんなやり取りはともかく、≪振り込め詐欺に注意≫のアナウンスはこのところ毎日である。




 「山梨市役所と日下部警察署から振り込め詐欺に注意のお知らせをいたします。昨日、山梨市内の70歳代の女性が振り込め詐欺の被害に遭いました。山梨市の職員を名乗る男から電話があり 『 後ほど社会保険庁からも連絡があると思うが、お宅は社会保険料の未払いがある。連絡があり次第お金を振り込んでください 』 と言われ、この女性はATMから振り込んでしまいました。市役所はこのような電話はいたしません。もしこんな電話があっても絶対に振込みをせず、市役所か警察にご連絡、ご相談ください」




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 防災無線については前にもこのブログで書いたが、こうした注意情報は各地に設けられた地域基地局から市内全域に一斉に流れる仕組みである。振り込め詐欺の手口は、保険料の未払いや子ども、孫の交通事故を装ったものなどさまざま。市役所や県庁、警察などを言葉の上で巧みに絡ませて騙すもので、ターゲットはお年寄りや主婦。1万数千世帯ぐらいの山梨市内で毎日、誰かどうか被害になっている勘定だ。





 犯人は東京なのか大阪なのか分からないが、日本のどこかで電話を使って大量の仕掛けをしているのだろう。私はこうした騙しの電話に出っくわしたことはないが、言葉は極めて巧みなのだろう。皆がみんな「私は絶対、引っかからない」と言いながら、巧みな言葉に騙されてしまうのである。



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 被害の連続にたまりかねたのか今日はこんなアナウンスも流された。


 「市老人クラブ連合会は明後日、地区公民館で、悪徳商法予防講習会を開きます。お年寄りや主婦の皆さんのご出席を・・・」



 市役所や警察が老人クラブとタイアップして地域ごとに振り込め詐欺予防の出前講座を計画したのだ。毎日のように出る被害から類推すれば、ものすごい数の騙し電話がかかっていることは容易に想像できる。



 「私だけは絶対騙されない」。そんなあなただって引っかかるかも。普段、亭主の言葉なんかに敏感に反応しない女房も、娘のことでも引き合いに出されれば・・・。石川五右衛門ではないが「世に盗人の種は尽きまじ」とはよく言ったものだ。悪いヤツは今日もどこかで暗躍している。





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焚き火と焼き芋

青空


 昨日の終日の雨とうって変わって今日はいい天気になった。空は雲ひとつない。秋の時期なら「抜けるような青空」と言うのだろうが、この時期だとそうはいかない。地上からの放射熱が上昇して空中に水蒸気の層を作るから秋の空とはどこか違う。




 「冬の空は下から見上げるといい青空に見えるが、空の上から見るといつも霞がいっぱい。特に都市部、つまり、住宅街の上空はそれが顕著。オフイスや家庭から放出される暖房熱のためだ。航空写真をとる場合、雨の少ない冬の時期は好都合のように思われがちだが、案外駄目。こうした暖房熱が少ない山間部はすっきりと下が見えるのですが・・・」



 ヘリコプタやセスナ機で航空写真を撮ることが多い知り合いのカメラマンがこんな話をしてくれたことがある。


飛行機と空



 今、朝の8時半。窓越しに見える富士山は、下界では雨だった昨日、雪の衣を厚くして青い空にくっきりと浮かび上がっている。東側の四分の一ぐらいの部分を朝日でまぶしく輝かせている。残る影の部分は青白い。そのコントラストが壮厳な富士を演出してくれる。下界と違って、そのうち、この富士の上空で風が起これば東斜面の雪が吹雪となって舞い上がる。その光景もまたいいものだ。





 こうしてパソコンを叩いているデスクの窓越しに見える富士は、30mぐらい先にある石の門柱のちょうど左側の肩に浮かんでいる。門柱の手前には種類の異なるカエデやイチョウがあるが、今は枯葉を落とし出して、みすぼらしい姿をさらけ出そうとしている。一ヶ月ほど前だと、イチョウは黄色に輝き、種類の異なるカエデはあるものは黄色に、またあるものは真っ赤に燃えていた。高く伸びた棕櫚(しゅろ)や各種の常緑樹の緑とマッチして見事な紅葉を見せてくれた。


富士山



 地面を見れば、その残骸ともいえる落ち葉がいっぱい。一足早く落とした柿の葉っぱなどとともに枯葉のじゅうたんである。ものの哀れさすら覚えるのだが、そんな感傷的な事ばかり言ってもいられない。厄介者を熊手でまとめては燃やすのである。そう、あの童謡にもある落ち葉焚きだ。


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 「お父さん、サツマイモを持って来ましょうか」



 普段、気が利かない女房がこんな時ばかりは嬉しそうに飛び回る。そのためでもないが、今年は我が家でサツマイモを作ったからいいが、昨年などは3~4㌔先のスーパーまで行ってサツマイモやホイル用の銀紙を買って来るのである。普段、用事を言いつければ、なんやかやと理由をつけては逃げてしまうのに、嬉々としながら率先するのだ。



サツマイモ3



 女という動物は元来、焼き芋が好きなのか。まあ、それはともかく、濡れ新聞紙やホイルに包んで焚き火の中に放り込んで置くと、確かにうまい焼き芋が出来る。濡れ新聞紙やホイルの銀紙まで用意して焼き芋をしたい女房の気持ちも分からないでもない。何より、冷え込む一方の冬空の下では、焚き火は暖かい。この機会に剪定で切り落とした植木の枝も処分するのだ。焚き火。そういえば、都会では味わえないかも知れませんね。





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俺は粗大ゴミ?

ゴミ置き場


 もう年末が近いのか。地域防災無線から流れる「粗大ゴミ回収のお知らせ」のアナウンスを聞いて、そんなことを思った。私達の地域の場合、粗大ゴミは通常のごみ収集とは別に、年に数回、日時を指定して回収している。年末が中心だ。有料(テレビや冷蔵庫などの電化製品)と無料があって、業者を巻き込んだ大掛かりな回収である。




 この地区は旧村の岩手村(昭和の合併で山梨市に)という所で、今の世帯数は500戸ほどのこじんまりした地域である。回収の指定場所は、この時期は休眠状態に入っているJAの果実共選所前の広場だ。年末にはちょっと早いようだが、市内を一巡するには今から始めないと間に合わないのだろう。



 「粗大ゴミの回収だそうよ。お父さんも行くんでしょう」



 アナウンスを聞いていた女房がかる口を叩いた。



 「おい、おい、俺は粗大ゴミかよ」



 「冗談よ、冗談。お父さんが粗大ゴミであるわけないでしょう」



 女房はちょっと言い過ぎたと思ったのか、ニヤニヤしながら慌てて打ち消した。でも、よく考えてみれば今の俺は女房にとって粗大ゴミみたいなものかも知れない。風が吹いても嵐が来ても毎朝、決まった時間に出勤し、月末にはきちんと給料を運んできた数年前までと違って、今は、毎日が日曜日。時に、やぶせったい存在に違いない。


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 三度の食事だって作らなければならないし、箸の上げ下ろしまでとは言わないまでも、いなければ聞かなくてもいい小言だって聴かなければならない。ナスやキユウリ、白菜や大根、サツマイモやサトイモ、そんなものを作る百姓の真似事だって、ほとんど女房も一緒。今はこまごました家事を考えれば一日の仕事量は女房の方が多いのかも知れない。





 人間とは、夫婦とは面白いものだ。毎日、朝から晩まで忙しく仕事をしていた頃は、少なくとも≪粗大ゴミ≫などという言葉を口にしなかった。そこには無意識のうちにも給料という名の生活費を稼いで来てくれる≪一家の主(あるじ)≫としての受け止め方があったのだろう。「のどもと過ぎれば・・・」。先人はうまいことを言ったものだ。給料の運び屋を辞めて10年以上も経つと、女房たちはいつの間にかその≪ありがたさ≫を忘れてしまう。
妻

 「お前は今、誰のおかげで飯を食っていると思っているんだ」
時々、女房の言葉の節々が妙に引っかかって、冗談とも本気ともつかない、こんなことを言うことがある。世の女房族のみなさんには案外分からないかも知れないが、男には「沽券(こけん)」というものがあるのだ。

夫

 サラリーマン時代からそうだが、私は、家事は一切、女房に任せている。その代わり給料は全部女房に渡して来た。それをどう使おうと口を挟まないことにしている。今は銀行振り込みになったが、給料袋の時代もずっと丸投げした。先日の「振り込め詐欺」についてのブログ記事で、私は被害者にならない事を前提に人ごとのように書いたのはそのためだ。お金と言うお金は全て女房任せ。騙されても振り込みようがないのだ。



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不況下のカレンダー

 本屋さんの店頭に、さまざまのカレンダ手帳が並んでいる。それぞれのメーカーが売らんかな、で趣向を凝らしているのは当たり前だが、これも年末、歳末の風物詩である。一方、会社や事業所もカレンダーや手帳をいつものように作って「来年もよろしく」とお客様回りに余念がない。こちらのスタイルは会社のイメージを大切にすべく、そのデザインも伝統を守っている。


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 しかし、日本列島、いや、地球規模と言っていいパパッとしない経済環境はこのカレンダーや手帳にも影を落としている。毎朝の新聞を見ても明るいニュースはない。こんな経済環境の中で、カレンダーも荒波を被っているのだ。





 我が家が頂くカレンダも毎年、一つ、二つと減っている。そればかりではない。サイズは小さくなり、気のせいだろうか、そのデザインもパッとしなくなった。かつてバブル景気といわれたよき時代には、サイズも大きく、デザインなどその質も良くて、全体に明るさがあった。カレンダーも景気を反映するのだ。


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 毎年の事だが、ある割烹旅館を営むロータリアンは12月最初の例会に決まって立派なカレンダーをメンバー全員に配ってくれる。



 「立派なカレンダー、毎年、毎年、済みませんねえ」



 「何十年と、このカレンダーを出していると待っていてくれる人がいるんです。だから、出さんわけにはいかんのですよ」




 もちろん、お客様やファンを考えてのカレンダー作りだが、その大変さを言外ににじませる。12枚綴りの大きなカレンダーには、その月々に合わせるような見事な水墨画があしらってある。



 「水墨画を基調にしたこのデザインは、もう何十年と変わらないんです。言ってみれば、これが家(うち)のイメージ。お客様もこのデザインを待ってくれているんですよ」




 確かにそうだろう。丸く筒に巻いて、ビニールの袋に入ったカレンダーを手にした途端、まだ見ぬ水墨画のデザインが髣髴としてくる。この割烹旅館は山梨ロータリークラブの毎週一回の例会の会場にさせて頂いている所。このロータリアンにしてみればお客様として気遣ってくれているのだろう


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 このほか、我が家には、やはりロータリアンの電気屋さん、無尽会でお世話になる割烹の店などからもカレンダーが届いた。また、富士山麓にあるユネスコ協会の仲間からはプラスチックに入った卓上の小さなカレンダーが。このカレンダーは同協会が地域の小、中学生を対称に募集した絵画コンクールの入賞作品を12枚のカレンダーにまとめたもので、工夫の手作り作品。コンクールの入賞作品は地元の銀行などで展示会をした後、このカレンダーにまとめたという。子供たちも、親達も大喜びだそうだ。





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芋茎(ずいき)と木枯らし

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 これが木枯らしというのだろうか。今日の甲府盆地は朝から冷たい風が吹いた。一番霜に遭ったのか、トウノイモのツル(茎)もひと頃の元気をなくした。毛糸の帽子を冠って畑に出たが、冷たい風が頬を刺す。庭先の御所柿も、その冷たい風に吹かれて、葉っぱをすっかり落とし、裸になった木に黄色い実だけをぶら下げている。


 「夕陽の丘のふもとゆく バスの車掌の襟ぼくろ 別れた人に生き写し・・・」



 ご存知の方ご存知、昭和30年代の後半、石原裕次郎と朝丘ルリ子が唄った「夕陽の丘」の歌い出しである。その3番はこんな歌詞だ。


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 「真菰の葦は風に揺れ 落ち葉くるくる水に舞う この世の秋の哀れさを しみじみ胸にバスは行く」



 この歌の舞台は、どこかのひなびた湖の畔(ほとり)だろう。私が住む農村地帯のスチュエーションとは違うが、季節はちょうど今頃。落ち葉が風に舞う光景は全く同じだ。一枚、二枚とどんどん落ちていく柿の葉はカラコロと音を立てて風に舞うのである。


落ち葉



 今日の風が春一番ならぬ木枯らし一番かどうかは分からないが、季節は本格的な 冬へとまっしぐらに進んでいることは間違いない。我が家も冬支度へやることはいっぱいだ。地区のグランドゴルフ大会など、出掛けることが多く、枯露柿作りの柿もぎもやりかけ。トウノイモやサトイモ、サツマイモも掘らなければならない。特に、トウノイモは霜に当てたら肝心のツルが駄目になってしまう。


 
サトイモ
サトイモ


 トウノイモとサトイモは掘り出してみればその違いが分かるが、外観ではほとんど区別がつかない。答えをお教えしよう。簡単な見分け方は、ツル、つまり、大きな葉っぱを一つだけつけた茎が赤いのがトウノイモ青いもがサトイモである。芋はサトイモがたくさんの小芋をつけるのに対して、トウノイモは親芋だけが大きく、小芋は少ない。トウノイモの親芋はもちろん食べられるが、どちらかと言うと大味だ。


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トウノイモ


 この二つは作り手のそもそもの狙いが違うのである。言うまでもなく、サトイモは芋を食べることが主眼。これに対して、トウノイモはむしろ、ツルの方を食べることに主眼を置いているのである。同じようなツルだが、サトイモのツルは食べない。




 トウノイモのツルはどうして食べるの?とお思いの方もお出でだろうが、あなたも食べたことがある筈だ。巻き寿司の芯に使うあれだ。と言っても、最近はカンピョウが多く、滅多にお目にかからない。味はピカイチだが、カンピョウのように量産が出来ないからだろう。




 芋茎(ずいき)ともいう。肥後芋茎が有名だ。「随喜の涙」という言葉があるが、これとは関係ない。しかし、意味深に結びつきそうな言葉だ。いずれにしてもここで詳しく説明するわけにもいくまい。八百屋さんではなく薬局で売っている商品だ。



 刈り取ったトウノイモのツルは皮を剥いて天日干しにし、保存するが、寿司の芯ばかりでなく煮物にしてもいい。酒のつまみには絶品だ。明日はそのツル剥きをする。




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木枯らしと枯露柿作り

小春日和


 小春日和。この時期、いかにものどかな冬の一日を連想する。どこか哀愁を秘めた「木漏れ日」とはまた違った味わいのある言葉だ。そこに住む人々の年代や人それぞれの地域や環境によって受け止め方は微妙に違うかもしれない。





 今は住宅構造がガラリと変わり、縁側のある家は皆無といっていい。サッシ戸が雨戸に取って代わり、のんびりした縁側空間は合理的ともいえる住宅間取りに飲み込まれて姿を消したのである。年老いたおばあちゃんが小春日和の柔らかい冬の日差しを浴びながら、縁側でのんびりと孫の手袋やマフラーを編む。その脇で玉糸にじゃれて遊ぶ子猫。田舎育ちの私達が子供の頃は、当たり前に目にした光景だ。

おばあちゃん

 この小春日和。今、私達の地域ではみんなが恨めしがっている。以前にもちょっと紹介したことがあるが、山梨県甲府盆地の東部一帯は「松里」という地区を中心に枯露柿の一大産地。知る人ぞ知る全国的な産地なのである。その枯露柿作りには小春日和ではなく、冷たい木枯らしが必要。温かい小春日和は、むしろ大敵なのだ。


枯露柿



 巨峰やピオーネ、甲斐路、甲州・・・。果樹の最終ランナー・葡萄の収穫を終えて農作業を一段落させた農家は、つかの間の息抜きを挟んで11月の声とともに枯露柿作りに取り掛かるのである。農家は仕掛けを作った竹竿を使って柿をもぎ取り、一家総出で皮剥きに精出す。夜なべ仕事になる事だってある。皮剥きした柿は縄や紐で、簾状に吊るし、天日干しする。吊るす前に硫黄薫淨を欠かさない。仕上がりの色付けをよくするためだ。 100度ぐらいの熱湯に湯通しする人もいるが、仕上がりの色は硫黄の方が優るのだという。ただ味は湯通しの方がいいのだそうだ。


柿



 ある程度乾いたところで平干ししながら仕上げにかかる。この過程では「筋切り」というこれまた欠かせない工程があって、全体を揉みながら形を整え、柿の脊椎ともいえる筋を切るのである。これにはちょっとしたコツがいる。この筋切りは、揉む作業とともに枯露柿作りの技術的なポイントでもある。これらの工程を経て平干しした柿はやがて「粉」と呼ばれる白い粉状な物を噴出すのだ。そこまで来るとほぼ完成。






 枯露柿作りの最大のポイントは乾燥。硫黄薫淨を除けば全てが自然に委ねるのが枯露柿作りの特徴。私は自然が作る、まさに高級菓子ともいえる芸術食品は枯露柿をおいてないと思っている。それだけに自然の成り行きを拠り所にしなければならない。


枯露柿



 最も肝心なのは天日による乾燥工程だ。暖冬だと乾燥が遅れ、カビが生えてしまう。生柿を乾燥させるためには、一定の寒さと木枯らしのような通風が大切なのだ。暖冬と雨続きがもたらす湿度の多さが大敵。暖冬と小春日和は厳密には意味が違うが、ある意味、紙一重でもある。誰だって寒い冬より暖かい冬の方がいいに決まっている。しかし、死活問題、と言ったら大げさかもしれないが、枯露柿農家にとっては生命線であることは確か。今年は甲州百目など原料の柿が不作。枯露柿は間もなく年末年始の贈答用品として市場に出回るが、例年より高値になることは避けられまい。







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長い夜

冬景色4  


 寒い。朝、布団から離れるのが億劫になるばかりか、畑に出るのも億劫になる。この時季、特に差し迫った畑仕事はないのだが、なんにもないわけではない。肥料掛けもあるし、植木の剪定だってしておかなければならない。剪定で出来たクズを畑で焼却処分するのも一仕事だ。




 「お父さん、サツマイモ、持って来ましたよ」


サツマイモ2


 ニヤニヤしながら言うのだが、家のかみさんの連想力は素晴らしい。亭主が畑で精出す剪定クズの焼却もかみさんにかかったら「焚き火」。格好の焼き芋の場だ。銀紙に包んだり、濡れ新聞に包んだりして火の中に投げ込むのである。焼き芋もいいが、「少しくらいは仕事の手伝いをしろよ」と言いたいのだが、まあそれもいい。かみさんのささやかな楽しみなのだ。かみさん流の「焚き火」云々は別に、農作業の合間での焼却作業は正直言って暖を取るのにはいい。つい、かみさんの焼き芋作りに同調してしまうのである。冷え切った体が温まる。



冬景色3


 私は若い頃からなぜか帽子嫌い。夏の暑い時期でもよほどのことがない限りかむらない。しかし、冬場の寒い時期、帽子が体の防寒にいいことに気付いた。特に毛糸の帽子を深めにかぶるのだ。温かい。毛糸だから圧迫感もない。麻雀仲間の同級生M氏がいつもこの毛糸の帽子をかむっているのが頷ける。髪の毛が薄い人にはうってつけなのだろう。


冬景色2  


 冬の夕暮れはいかにも寒々しい。しかも日没が早く、4時半を過ぎれば薄暗くなり、5時といえば真っ暗。「夏場だったら暑さを避けて、この時間から畑に出るのだが・・・」。昼間の時間が短いと、なにか損をしたような気にもなる。日没が早くなると勢い、夕飯も早くなる。


冬景色


 サラリーマン時代は、もちろん、日没と夕飯は関係なかった。5時、6時はまだまだ仕事の真っ最中。ましてや風呂に入って晩酌など考えもつかなかった。第一、かみさんと向き合って夕飯など食ったことなどなかった。

冬景色5


 職場をリタイアして10年を過ぎた。そんな生活が当たり前になった。太陽のサイクルでの生活は、いかにものんびりしている。でも何か物足りない。特に日が短いこの時季は、やたらに夜が長く感ずるのだ。本を読むのもいいが、歳のせいか目が疲れる。そう考えると、パソコンを覚えてよかった。夜の時間つぶしにはうってつけなのである。



 「お父さん、炬燵でおやりになったら・・・」


 晩酌を済ませて机に向かう私に、かみさんは、いつもそう言う。でも必ず机に向かう。その方が頭も身体もシャキッとするのである。



 「いつまで続くのかしらねえ。第一、そんなことしていて肩が凝らないのかしら・・・」


 かみさんはそんなことも言うが、どうしてどうして。子どもの頃のように嫌々ながらする宿題と違って好きでやることというのは恐ろしいもの。肩も凝らなければ、目だって疲れない。むしろ、かみさんが言うこのパソコン遊びがなかったら、こんな長い夜をどうしたらいいの、と考えてしまいもするのだ。




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冬に向かう里の秋

もみじ_convert_20101205223620


 里の秋は、どんどん深まって行く。深まるというより冬へとバトンタッチしているのだ。街路樹のイチョウ並木は黄色い葉っぱをハラハラと風に落とし、我が家の植え込みのカエデも紅葉の盛りを通り過ぎた。常口の前を東西に伸びる3尺程度の細い古道沿いに垣根代わりに植えられた山茶花が「今度はこちらの出番」とばかり開花し始めた。秋は山から里へ。ついこの間まで紅葉狩りの行楽客で賑わった山間の渓谷は人影をなくし、もはや冬のたたずまいである。自然界は季節の移ろいを見事に表現してくれる。


山茶花_convert_20101205223708


 紅葉を織り成す代表格は、何と言ってもカエデであり、ナナカマドウルシだろう。とりわけナナカマドは鮮やかだ。ナナカマドは火に燃えにくい木だそうで、七回も釜戸に入れないと燃えないことからその名が付いたという説がある。ウルシなどと共に真っ赤に染まり、周囲の松や杉など常緑樹と、これまた見事なコントラストを見せるのだ。


もみじ2_convert_20101205223801


 「もみじ」という植物はない。一般に「もみじ」と言われるのはカエデだ。このカエデにもさまざまな種類がある。我が家にも大小10本近いカエデがあるのだが、それぞれがみんな違う。真っ赤に色付くものもあれば、深紅や淡い赤、茶色っぽいものもある。それぞれが独自の色合いを表現するのである。初夏、若葉の色合いもまた異なる。ほとんどが緑の葉を付けるのに、まるで黄金色の葉っぱを付けるものもあるのだ。




 逆から言えばカエデは「もみじ」とも言われ、紅葉を「もみじする」とも言う。可愛い赤ちゃんの手を「もみじのような手」などという。若い女の子達は紅葉したカエデの葉っぱを栞代わりにする。カエデは古来、人々の心や生活に深く溶け込んでいる。料亭の会席料理にしばしば添えられるのもこのカエデ、つまりもみじだ。街路樹のイチョウが落とす銀杏も茶碗蒸しの具の定番。


イチョウ_convert_20101205223910


 イチョウが葉っぱを落とす頃になると、なぜか東京・永田町のイチョウ並木を思い出す。国会議事堂と衆・参議員会館の間を走る街路樹である。この辺りを毎日、仕事で歩き回っていた若い時分のことである。35~6歳、東チョン時代であった。品川に近い泉岳寺にある知り合いのホテルで仲間たちとしこたまお酒を飲み、朝帰りした。出勤にはちょっと早いが、なにせ単身赴任。そのまま仕事場に直行。地下鉄国会議事堂前で降りると、そのイチョウ並木の下で通勤途中のOLたちが競うように銀杏を拾っているのである。場所が場所。OLたちは国会職員や議員秘書だ。あっという間に落ちた銀杏は跡形もなくなる。


国会議事堂_convert_20101205222706


 「へえ~、こんな所に銀杏のなる木があったのか」。普段、何気なく歩いていた街路で再発見させられた思いだった。ご存知のようにイチョウは全てが銀杏を付けるのではない街路樹は一般的に実を付けないイチョウを植える。実が入り、落ちた銀杏は表現し難い異様な臭いを放つ。これが嫌われるのだろう。でも珍しさが先行するのかOL達はなんのその。「この銀杏、美味しいですよ」とお訪ねした議員事務所の秘書さん。「これは首相官邸から何本目のイチョウの木の下から拾ってきたものだね」と言ったらびっくりしていた。ともかくお陰でこの街路のイチョウで実を付ける木を今でもみんな覚えている。





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夫婦喧嘩

 パンダの蘭蘭ではないが、うちの女房にはヒゲではなく、「トントン」「ブータン」という愛称がある。どうして「トントン」「ブータン」なのかを文字で書くと角が立つのでやめることにするが、その女房を呼ぶ時、この「トントン」などのほか「お母さん」と呼んだりする。

子豚

 これに対する返事で、女房の心中の雲行きが分かるから面白い。不機嫌なときはこうだ。



 「わたしゃあ、あなたのお母さんじゃないわよ」




 もっと雲行きが悪くなると「あなた」が「あんた」に変わるのである。おっしゃる通りで、俺のお母さんではない。お袋が元気な頃、私が女房を「お母さん」と呼ぶものだから、調子が狂ったのか目をパチクリしたものだ。「あんた、とはなんだ」と、ちょっと声を強めたら、言い過ぎと思ったのか口をつぐんだ。




 私の場合、大抵の事なら、怒らない。ただ、言い訳だけは嫌いだ。ちょっとした女房の言い訳がきっかけで口論、これがエスカレートして、いわゆる夫婦喧嘩になるのである。例えばこうだ。



 「こんな天気の日に、何も洗濯なんかしなくてもいいじゃないか」



 「しょうがないじゃない。雨ばかり降っているんだもの」



 「少しは後先、考えてやれよ」



 「考えてるわよ」




 「言い訳するな。少しは考えてやれ、と言っているんだ。バカめ」



 「バカとは何よ」




 「バカだからバカと言っているんだ」


洗濯物


 我が家の夫婦喧嘩はざっとこんな具合で、この場合、私が洗濯など、天気のいい時にやればいいのに、と、注意したのがきっかけ。たわいもない事から、ちょっとした口論となり、それがエスカレートするのである。「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とはよく言ったものだ。





 その後を見ていれば分かるが、女房はかなりカッカとしている。しかし私の方は少しもカッカしていないのである。私の何気ない注意を≪売られた喧嘩≫と勘違い?したまでのこと。「考えてやれよ」と言われたときに「そうだよねえ」と言えば、そこで口論にも喧嘩にもならなかったはずである。





 私は結婚式の挨拶で時々こんなことを言うことがある。「夫婦だからこそ喧嘩する。どんどんすればいい。ただ喧嘩は売るもので、買うものではない。買わなければ本当の喧嘩には絶対にならない」と。八つ当たりして猫を蹴飛ばす、なんて話もあるものねえ。




 話のきっかけが何であったかは忘れたが、長野に行った時、道の駅の温泉で出会った大工の棟梁と名乗る親爺さんがうまいことを言ったのを思い出した。



 「女はとかく、目先だけでものを考え、後先考えずに直感でものを言う。だから怖いんだよなあー。そこへ行くと、男はそんなバカなことはしねえ」




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お年寄りの歓声

 ふれあい広場にお年寄りの歓声が戻ってきた。


 「1番ゲート通過」「3番にタッチ」



 ゲートボールを楽しむお年寄り達だ。広場の脇にはミニバイクや軽自動車が止まっていた。年の頃は70代から80代の女性ばかり7~8人。あれっ、あんなおばあちゃん達、この地域にいたっけ?見慣れない人たちばかりだった。多分、別の地区の人たちだろう。

ゲートボール

 この地域は、どこの地方にも珍しくない少子化と高齢化が進む一方。ここでは少子化はさて置くとして、70代、80代のお年寄りはいっぱいだ。これに60代も加えれば部落人口の大半は、いわゆる高齢者である。一方で、少子化のツケが、まるでボデイブローのように響いて農業後継者不足が深刻になりつつあるのも無理はない。




 我が家の植え込みと小さな畑をはさんですぐ近くにある、このふれあい広場には特別の思い入れがある。こうしてパソコンを叩いていても歓声が聞こえるほどのの距離にあるということもさる事ながら、広場を地域にお貸しした当事者であるからだ。かつて梅畑だった10アール弱の広場だが、そこから挙がってくる歓声は、なぜか我が事のように嬉しくなるのである。より多くの人たちのふれあいの場になって欲しい、そんな思いだ。




 普段、年に一度の防災訓練やわずかな子ども達のブランコ遊び、夏場に夕涼みがてら花火を楽しむ近所の家族ずれなど、限られたような利用頻度だった。お袋が元気だった6~7年前は天気さえよければ毎日のようにお年寄り達がゲートボールを楽しんでいた。しかし、いつの間にか広場からお年寄り達の歓声が消えて久しかった。

ゲートボール2

 お年寄りはいっぱいいるはずなのに、とお思いの方もお出でだろうが、ゲートボールのようなチームゲーム、特にお年寄りの遊びは誰か音頭とりをする人がいないと駄目のようだ。ゲームとか、お年寄りに限らず、音頭とりのある、無しはすべての事のまとまりの良し悪しに繋がるのだろうが、とにかく広場からお年寄りの姿が消えていた。




 私には、若い頃だが、ゲートボールに不思議なご縁があった。まだ40代の前半だった。当時、勤務していた新聞社の会長が山梨県ゲートボール協会の会長に就任したのがきっかけ。その橋渡しをしたことや、当時の会社でのポジションもあって、協会の筆頭理事に着かされてしまったのだ。会長が本業で忙しい時には、陰に陽にその代役をやれ、ということらしかった。





 県の体育協会の中でも、競技人口では最も大きい方の団体だから、もちろん、そのための副会長もいれば、理事長もいる。ただ、協会側にしても会長にしても、その間をつなぐパイプ役が欲しかったのだろう。生い立ちが生い立ちだから、へんてこりんな理事であった。協会幹部なのでゲートボールの競技そのものを熟知し、審判員の上級資格を持っていて当然。私には何もなかった。しかし、面白い仕事だった。新聞社が主催する大会にも多く携わった。おかげで山梨県内の主だったゲートボール愛好者とも知り合った。広場で歓声を上げる人たちの中にも顔見知りがいるのではと思ったのだか・・・。時代が変わっていた。



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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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