FC2ブログ

「どっこいしょ」

6182bb0fb23840f83a133ca2a30ecd19_s_convert_20190228222047.jpg


 「どっこいしょ」。炬燵を立ち上がる時などに、わが女房、こんな言葉を口にするようになった。つい最近からだ。普段、決して腰の軽い方ではないが、自分の好きなことならパッパと飛び歩くし、5歳になる孫娘の世話も母親である娘に代わって労を惜しまない。亭主の私とは1年3か月違い。でも私と比べれば、健康年齢は確実に若いと思っていた。


 たかが「どっこいしょ」かも知れない。でも、その言葉を聞いた時、「ハッ」と思った。オレばかりではなく女房も間違いなく歳を取っているのだと。大雑把に言えばオレとは同年齢みたいなもの。当たり前と言えば当たり前。私の場合、持病の心房細動(不整脈)ばかりか、3年前に手術した腰の術後も思わしくない。言ってみれば体のあちこちがガタガタ。




 それに比べると女房殿、これまで体の故障を訴えたことなど一度もなかった。「どっこいしょ」の言葉と前後して、些細のことからつまずいて転び、肩の筋を痛めた。しばらくして反対側の肩も。「弱り目に祟り目」とはこのことか。いつもなら、酒飲みの私の送り迎えも辞すことがなかった女房。立場代わって私が病院への送り迎えをするハメになった。




 「どっこいしょ」は「六根清浄」から来たという説がある。金剛杖を片手に「六根清浄、お山は晴天…」と唱えながら富士山に登る時のアレだ。その字面のイメージからも分かるように元々は仏教用語だそうだ。どのように転じて「どっこいしょ」になったのかは浅学な私に分かるはずがない。




 私たち夫婦は来年1月で結婚から50週年。世に言う「金婚式」を迎える。愛し合って…などとキザなことを言える世代の人間ではないが、共に笑い、共に泣き、二人三脚で生活を共にして来たことだけは確かだ。頻繁に喧嘩もした。夫婦とはヘンなもので、いくら喧嘩をしても何時しか空気のように忘れてしまう。

6062a9f3741952f46cfe430bca4a5434_s_convert_20190228222133.jpg


 夫婦である期間が、仮に40年であれ、50年であれ、60年であれ、泣き笑いの人生を一緒に過ごす。元をただせば、見ず知らずの他人同士。しかし親兄弟よりはるかに長い年月を同じ屋根の下で過ごすのである。考えるほど不思議だ。人生と言う長いスパンで考えれば、かけがえのない時間空間であり、かけがえのない«相棒»だ。




 「お前百まで、わしゃ九十九まで…」


 夫婦の絆を表す古(いにしえ)からの言葉だ。この言葉が統計的には現実味を帯び始めている。私たち夫婦に当てはめている訳ではない。あくまでも医学的な動態調査によるものだ。「お前百まで…」の「百」は女なのか男なのか、「わしゃ九十九まで…」は…。どっちにせよ人間誰一人、行きつく果ての「その歳」を知っている者はいまい。




 「どっこいしょ」の言葉はともかく、自らが肉体的にも精神的にも衰えていくことは自然の摂理。日常の歩行速度や瞬発力、さらには物忘れ…。挙げ出せばきりがない。しかし、それを自らの年齢のせいと思いたくないのが、また人間の性かも知れない。「どっこいしょ」と言う女房をしり目に、この女房と一緒にならなければ恐らく今、オレはここにいないし、娘も、さらには«目に入れても痛くない»孫娘もいない、と考えると人生とは摩訶不思議だ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!




スポンサーサイト



春の足音

富士山_convert_20110225000018


 日が長くなった。午後5時半。ついこの間まで、5時と言えば真っ暗だったのに、まだ明るい。最も日が短い時季だと4時半といえば暗くなった。その頃と比べると1時間以上も長くなった勘定だ。日本列島は東西に長い。だから日の出も日没も地域によって違う。
 列島のど真ん中。内陸の山梨のことである。門柱の向こうに黒く連なる御坂山塊の上にどっかりと浮かぶ富士山が夕日を浴びて輝いている。前衛の御坂山塊が黒く見えるのは、一足早く日差しを失ったからだ。今年は積雪が例年になく少ないとはいえ、今の富士山は、もちろん白い。




 こうしてパソコンを叩きながら、ボ~ッと窓越しに外を眺めながら、いつも思うのだが、富士山という山は不思議な山だ。一っ時とも同じ顔を見せたことがない。さっきまで西側の頬を夕日に赤く染めていたかと思えば、それもつかの間。青い氷のように表情を変える。甲府盆地は四方が山。下界が暗くなるに連れ、周囲の山はどす黒くなり、その稜線がまだ明るさを保つ空との境界を神秘的に分けるのだ。西の山の稜線辺りに広がる夕陽の残照が消えると、それまで荘厳さを保っていた富士山も暗闇に消える。このパソコンの隅に表示されるデジタル時計を見たらちょうど6時だった。防災無線から、その6時を告げる童謡「花かげ」のメロディーが。


富士山2_convert_20110225000123



 日中の日差しもなんとなく違ってきた。まだ外気は寒く、寒がりの私の身体ではそれ程実感しないのだが、寒さだって日に日に和らいできているのだろう。そういえば庭の白梅がいつの間にか花をつけ、晩生の紅梅も蕾を目に見えて膨らませている。私のように鈍感な人間と違って自然界は正直。タイムリーに反応する。


白梅2_convert_20110225000225


 「お父さん、フキノトウが出てきたわよ。まだ採っちゃあ、もったいないかしらねえ・・・」


 畑にネギを採りに行った女房が、まるで宝物でも見つけた子どものように窓の外でこちらを見て得意そうに言った。その顔は純真。嬉しそうでもある。足元を女房が可愛がっている3匹の猫がまとわりつくように歩いていた。「おまえ達には苦くて食べられないよねえ。酢味噌和えと言って、お父さんのお酒のつまみにするんだよ」。女房は人間の言葉など分かりもしない猫たちに、そんなことを言っていた。




 今年は我が家の畑の片隅に生えるフキノトウが顔を出すのが遅いような気がする。夕飯時のテレビが伝える天気予報では「3月中旬の気温」と言っている。私の勘違いなのか。でも、いつもの年と同じように、ほろ苦いフキノトウで一杯やれる日が近いことだけは確かだ。女房が言うようにフキノトウは酢味噌和えが一番いい。酒飲みはヘンなところにこだわるものなのだ。


ふきのとう



 夕方6時に防災無線から流れる童謡「花かげ」。作詞者・大村主計は山梨市牧丘町の出身。夕方の定時予報の代わりに市内全域に流れているのだ。隣の甲州市では「七つの子」、また別の地区では「靴がなる」。そんなメロディーと共に一日が暮れて行くのである。因みに「花かげ」は「十五夜お月さん ひとりぼち 桜吹雪の花かげに 花嫁姿のお姉さま ・・・」の歌詞で始まる。 大村が自分のお姉さんをモデルに作った、といわれている。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


柏の外交官

 私は、そのご婦人を「柏の外交官」の愛称でお呼びしている。はっきりとモノを言い、そのくせ、物事に角を立たせない。誰とでもすぐにお友達になってしまうのだ。性格は底抜けに明るく、屈託がない。初対面でも決して構えないから、相手側もスッと引き込まれるのだろう。「でもねえ、物事、大雑把過ぎて困るんですよ」。一緒に居るご主人は、そんなことも言う。確かに大雑把であることは間違いない。だからいいのだろう。




 このご婦人、うちのかみさんの女子大時代の同級生。ご婦人だから、あえてお歳を言わないが、言わずもがな≪それなりの≫お歳だ。そんなご縁で、もう長い間、家族ぐるみのお付き合いをさせて頂いている。お住まいは千葉の柏。山梨の片田舎の我が家にも、ちょいちょい遊びに来てくれる。同級生の女友達数人の時もあれば、ご主人をお連れすることもある。お陰で、ご主人とは、いい酒飲み友達になった。2~3日お泊り戴いて、ゆっくり酒を酌み交わしながら、たわいもない話をする。来ない時にはうまい酒が届く。


酒


 ご主人はたまたま私と同い年。数年前、大手鉄鋼電線メーカーの幹部を退き、今は私と同じ「毎日が日曜日」。私がズボラで、どちらかと言えば文系の人間としたら、こちらは典型的な理系タイプ。物事を几帳面に処理し、やる事なす事、全てが論理的だ。私のように不器用で、型にはまったり、面倒臭いことが嫌いなタイプの人間とは対照的。我が家に来ても電気器具のちょっとした修理なんか朝飯前だ。そんな対照的な私達は妙に気が合う。もちろん、奥さんの性格とも対照的。世の中、夫婦も、友達も性格が異なる者同士の方がいいのかもしれない。電流(極)のプラス、マイナスの原理かも。




 「今度、一緒に上海に行きませんか。私も上海の現地法人の社長として、その立ち上げに奔走したことがあって1年以上、現地にいたことがありますし、中国人の知人も何人かいます。不自由はお掛けしませんよ。上海ばかりでなく、そこからそう遠くない蘇州も案内します」


上海


 何年か前のことだった。瓢箪から駒。酒飲み話から発展、私たち夫婦は、そのご夫婦と上海、蘇州へ。5日間の旅を案内してくれたのは、ご主人が言う親しい中国人の2夫婦。日本語はぺらぺら。自宅の高級マンションにも招待してくれ、中国のバブルぶりをまざまざと見せてもくれた。一画は特別なセキュリティーが施され、高級レストランやショッピングセンターが配置された、いわばセレブの街。
 その時である。「私、ちょっとお友達にも土産届けて来るわ」。そう言い置いて「柏の外交官」は、広大な敷地に広がる閑静なマンション団地に消えて行った。後でお聞きしたら、その「お友達」は、以前、柏からご主人の元を訪ねた時に知り合った中国人。久しぶりの再会を喜び合い、話が絶えなかったという。


上海3


 ことほど左様。もうお一方の中国人案内者は商社マン。若い頃、サントリーに勤め、今は関連の飲料を数カ国を股に商いしている。仕事柄、千葉に≪別宅≫を持っていて、その奥さんと「柏の外交官」がスポーツジムのプールで顔見知りになったのがきっかけ。家族ぐるみの交流に発展した。その交流は山梨にも波及。昨年夏の来日の折には我が家にも泊って、数ヶ月前の思い出話に花を咲かせた。中国、日本ばかりでなくシンガポールなど各地を飛び回る商社マンだから今でも行く先々からメールが届く。あっけらか~ん、と振舞う「柏の外交官」は、私たちにも海を越えた交流を育んだ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


ハウスの中の転落

病院4


 脊髄の圧迫骨折。何年か前の話。知人が救急車で病院に担ぎ込まれた。脚立から落ちて腰を地面に叩きつけられたのが原因である。サクランボのハウスの中で作業中、ちょっとした弾みでバランスを崩して脚立ごとひっくり返った。8段、高さ2・5mぐらいの脚立の中段、やや上からだった。私も経験があるが、脚立は怖い。今の脚立はアルミ製で軽く出来ているので、持ち運びや移動には便利だが、バランスを崩すと、ひっくり返り易いのか欠点。知っているだけでも何人かの人たちが痛い目に遭っている。



 「俺ねえ、注意はしてたんだよ。ビニールハウスの鉄骨の歪みをなくそうと力を入れた、ちょっとした弾みだった。ひどい目に遭っちまったよ。やっぱり脚立は怖いね」



 私より四つ上だから今は80歳。奥さんと一緒に1ha近い果樹園を耕作している。巨峰やピオーネなど大房系のブドウとサクランボが中心。夏から春のブドウ、春から夏のサクランボと、上手に労力配分しているのだ。冬場には枯露柿作りも。いわゆる篤農家。そればかりではなく地域のリーダー的な存在で、私の前任区長としてもご苦労頂いた。その前は山梨市の市議会議長。若い時は市の消防団長も務めた行動派の方である。


病院3


 それが一転、しおらしくなって病院のベッドの上に。転落から救急車までの顛末を話してくれた。それによると、サクランボのビニールハウスは山地にあって一人で作業中だった。脚立ごとひっくり返った時、しばらくは唸ったまま身動き出来なかった。この時季の日暮れは早い。夕刻が迫っていた。「このままではヤバイ」。必死の思いでハウスの外に這い出し、止めておいた軽トラックで、やっとの思いで自宅に戻った。無我夢中だった。



 「救急車を呼んで病院へ・・・」と促す奥さんを「一晩寝れば大丈夫だ」と一喝。泥だらけの身体だけ洗ってもらって床に就いた。救急車が嫌だったという。翌朝。痛みが治まらないばかりか、起き上がりようにも全く身体が動かない。救急車に頼るほかなかった。





 この辺りは、南アルプス市の白根という地域と並んでサクランボの一大産地。サクランボの本場といえば、もちろん山形。その植生上、山梨はわが国の南限。本場の山形に対抗するためには、タイムラグを狙うほかはない。気温差の露地ばかりではなく、ビニールのハウス栽培に力を入れている。大きな木を畑ごと包み、加温して促成栽培をするのである。


サクランボ


 もちろん燃料は重油。このところの重油の値上がりで、ハウス栽培農家は頭が痛い。温度調節は自動制御。たまたま降った雪を尻目にハウスの中は、もう春。間もなく白い花を着け、授粉作業へとリレーする。4月から5月にかけて収穫期を迎えるのだ。真っ赤なサクランボが、本場山形に先駆けて東京や関西などの市場に出回るのである。人は「赤いダイヤ」という。もちろんお値段は・・・。出始めは私たちの口にも入りにくい。



 「治療はどうやら時間がかかりそう。場合によっては、ハウス栽培を諦めて露地栽培に切り替えなきゃあならんかなあ・・。この身体、ミノムシのようにギブスで固めるんです」



 そんな治療が待っていた。後を委ねる後継者が居るわけではない。気丈な人だけに泣き言は言わないが、その言葉の裏には限りない、無念さがにじみ出ていた。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


独身貴族の結婚

 独身貴族といったら、ちょっと言い過ぎだし、歳を取り過ぎているかもしれないが、そんな友がついにゴールインした。もう8年ぐらい前のことである。何歳だって? 私の中学時代の同級生だから、紛れもなく当時の年齢は68歳。お相手は45歳の才女であった。ご両人とも初婚だ。蛇の道は蛇。そんな≪ビックニュース≫が仲間たちの耳に入るのにそれほどの時間はかからなかった。


指輪2_convert_20110218222850  

 「〇〇が、この度、めでたくゴールインしました」


 毎月一度、無尽会形式で開いている同級生の飲み会で、仲間の一人が口火を切った。照れ臭さが先に立って自分から言い出せなかった本人に代わっての≪暴露≫だった。暴露と言うより、親心ならぬ≪友達心≫と言った方がいい。




 渡りに船。「実は・・・」。当のご本人は照れ臭そうな表情を見せながらも、ニコニコとゴールインの顛末を披露し始めた。「いち早く、ここに居るみんなには報告しなければいけなかったんですが、なんとなく言いそびれちまって・・・。歳も歳だから晴れがましい結婚式なんかしないつもりさ」。


 「形式なんか、どうでもいいじゃあないか。とにかく、よかった、よかった」



 「奥さん、45歳? 若くていいなあ~。おまえ、贅沢だよ。とにかく早く子供を作れ」


 冷やかしが半分、仲間たちの正直な気持ちだった。


 「次回は、こいつのお祝い会だ」


 「幹事、お祝いの記念品を用意しろ」

バラ_convert_20110218222942


 同席していた14人の仲間たちの間からどこからともなく、そんな声が飛んだ。ちょうどその時、≪新婚さん≫のケイタイが鳴った。≪新妻≫からの電話であることはいうまでもない。ニコニコ話している≪新郎≫に、幹事役のY氏は「オレにその電話を貸せ」。



 「今、ご主人から話を聞きましたよ。おめでとう。大事にしてあげてくださいよ。ところで、お祝いの品を差し上げたいのだが、どんなものがいい? 1万円ぐらいで・・・。時計みたいなものがいいかなあ・・・」



 「そんなご心配は・・・」。相手側の声は聞こえないが、幹事と新妻のやり取りが手に取るように伝わってくる。


 「おめでたの記念品だ。1万円などとシケタことを言うな。幹事、もっとしっかりしたものを用意しろよ」


 これも何処からともなく、そんな声が。気心が知れた、いわば幼馴染。この日に限らないが、みんなが言いたい放題。何事も最後は、回り番この「幹事一任」。話は早い。


ユリ_convert_20110218223044



 この日の飲み会は終始、独身貴族が奏でてくれたゴールインの話題。平たく言えば酒のつまみになった。芸能人や有名タレントならメディアだって放っておかない話題だ。


 「オレも、ふた回りも違う若い嫁さんを貰いてえよ」


 羨ましい。そこに居合わせた男たちの共通した思いだった。「バカ言え。そんな人が俺たちに来てくれるはず、ねえじゃないか。第一、そんなこと言えば、かみさんに追い出されるぞ」。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


ニトロのペンダント

 心筋梗塞で倒れ、九死に一生を得た友は言った。

 「人間というヤツは痛い目に遭わないと分からないことがいっぱいあるもんだ」

 確かにそうだろう。そんな分かったような事を言っている私だって本当は分かっていない。健康とはそんなもの。例えは悪いが、親や女房、あるいは立場を変えて亭主など、居て当たり前の存在が突然いなくなった時、そのありがたさを痛感するのと同じ。もっと大事にしておけばよかった、と思ってもあとの祭りなのだ。

病院


 ロータリークラブの例会で自らの反省を踏まえて「病気の予兆を見逃すな」「万一の場合は救急車に頼れ」と説いた友のA氏は、首にニトロを入れたペンダントを吊るしていた。大分前になるが、突然の狭心症発作で病院に担ぎ込まれ、治療を受けたあとのフォローだ。心臓の血管に出来た狭窄部分にバルーンを入れた。「もう大丈夫」と言う。ペンダントは、主治医はむろん、奥さんや息子さん夫婦らご家族の勧めだろう。備えあれば憂いなしである。




 A氏が卓話(ミニ講話)のキーワードにした「病気の予兆」「救急車」は、実は面白い関係にある。病気の予兆は、それなりに必ずある。ところが≪その時≫には気付かなかったり、無視してしまう。「そう言えば、あの時に・・・」。そんなことは大なり小なり誰でも経験がおありだろう。一方、救急車。≪その時≫に誰もがひらめくし、普段からもその大切さも知っている。

 
救急車_convert_20110216215346


 近所で救急車のサイレンが止むと「どなたが、具合が悪いんだろう」と、その家族の顔まで思い浮かべながら心配する。その裏返しなのか、当の本人がその対象になると、尻込みしてしまうのだ。A氏が言うように「ご近所に心配をかける」ことが躊躇に結びつく。「ピーポ、ピーポ」。私だってあのサイレンの音が嫌だ。結果的に狭心症で苦しんでいた頑固オヤジのA氏の場合も「救急車を呼ぶのならサイレンを止めるように言って・・・」と奥さんに促したという。




 緊急車両だからと言ってしまえばそれまでだが、あの音、何とかならないものか。患者にだって精神的に、いいはずがない。最近ではと言うより、随分前からだが、サイレンを鳴らしながら「右に曲がります」「左に曲がります」と、それも夜中、通行の車も人もいないのに所かまわず、アナウンスするのだ。救急車両が右左折のウインカーを出せば、自動的に発声する仕組みになっているのだろうが、「救急車のお通りだい」は無神経極まる。


病院


 横道にそれた。根っから真面目なA氏は「万一の場合の参考に、出来るだけ多くの人に自らのケースを話したい。知ってさえいれば、避け得る大事もあるはず」という。この人によれば、狭心症の≪体験者≫は意外に多い。お見舞いに来てくれた人に限ってみても、5~7%に及んだという。実は私の親父も狭心症で突然倒れた。享年は75歳だった。


 

 健康とは、損なってはじめて、そのありがたさを知るものかもしれない。ただA氏が体験から話すように自らや周囲の人たちがちょっとした知識を持っているか、いないかで事態は大きく変わる。場合によって、それが生死を分けるのだ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


病の教訓

 「正直言って死ぬとは、こういうことかと思いましたよ」

 何年か前のことだが、お見舞いにお伺いした病院のベッドで、ロータリークラブでご一緒させて頂いていた親しい友のA氏がしみじみ言った。心筋梗塞で倒れ、間一髪、助かった。発作が起き、担ぎ込まれた病院で、意識がもうろうとなっていく。不思議なことにそれまでの激痛を伴う苦しみが和らいだ。「自分はこのまま死んでいくんだ」。そう思った。これも不思議なことに言い知れない安らかな気持ちになったという。因みにこの方は当時69歳だった。


車いす_convert_20110214224317
 発作を起こしたのは車の中。暮れもぼつぼつ押し詰まろうとしていたある日の夜。10時ごろのことだった。山梨市の自宅から10㌔ぐらいの石和温泉郷のホテルで開かれた同級生の無尽会に出席しての帰り道。少しだが、お酒を飲んだので、代行運転者を頼み、自宅に向かっていた。




 脇の下から肩にかけて激痛が走った。突然だった。「運転手さん、悪いけど窓を少し開けてよ」。身体がやたらと熱くなった。12月。山梨の夜はかなり冷え込む。それなのに上着のスーツを脱ぎ、肌着同然になっても熱い。「お客さん、苦しそうですね。このまま病院に行きましょうか?」。代行車の運転手さんも気遣った。「大丈夫。すぐに収まるよ・・・」。本人も一歩間違うと、自分の命を奪いかねない病魔が襲いかかって来ていることなど知る由もなかった。




 「その時、どうして病院に行かなかったんですか?」。帰り道には二つの大きな総合病院があった。後の祭りだ。お宅に帰ってからも、もちろん、発作は収まらなかった。奥さんや二世帯住宅で同居同然の息子のお嫁さんも心配して大騒ぎ。当然、救急車を呼ぼうとした。ここでも頑固オヤジぶりが・・・。「救急車なんか呼ぶな。ご近所に心配をかける」。結局、家族の運転する車で病院へ。「救急車で来なきゃあダメじゃあないか。あなたはバカだねえ。死んじまったらどうするんだ」。医者からこっぴどく叱られたという。



 今の医学は進んでいる。私たち素人には分からないが、心臓の血管にバルーンを入れ、狭窄部分を治療してしまうのだ。この方の場合、足の付け根から血管を通して管を入れた。手術の所要時間は3時間にも満たなかったという。そんな事故からちょうど40日。ロータリークラブの例会に姿を見せ、心筋梗塞の発作と、そこに到る≪予兆≫の顛末を語った。「病に遭遇して知識があるとないでは生と死を分けるほどの違いがある。私の体験談が皆さんや皆さんの周りの人たちのお役に立てば・・・」。卓話という20分そこそこのミニ講話を買って出た。この頑固オヤジは結果的に家族の咄嗟の思いやりに救われたと言っていい。

病院2

 卓話のキーワードは二つ。その一つは「病気の予兆」。確かにそうだが、どんな病にも後で考えれば、それなりの自覚症状がある。簡単に考えたり、見逃してしまうだけだ。A氏の場合、しばらく前から、脇の下から肩にかけて刺すような痛みを覚えた。単なる肩こりと思っていたという。もう一つは「救急車の的確な活用」。私なんかもそうだが、田舎人間はとかく救急車の利用を嫌う。「ご近所に心配をかけては・・・」。そんな気遣いからだが、病院に着いてからの対応、つまり一刻を争う治療の順番も違う。A氏はさまざまな体験談を話した。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


「世論」は化け物

 「百万人と言えども、われ往かん」


今の時代では、何か古めかしい響きさえある言葉だ。お前はどうだ? 俺? 気概としては持ちたいのだが、さて・・。やっぱり「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の類かな。


1


 この言葉、正しいと思ったら勇敢、果敢に物事に立ち向かっていくことを言う。その根本を一歩間違えると、一転、頑固オヤジ、偏屈人間に成り下がる。しかし、しがない私達のような市井の人間はともかく、国の将来を左右する政治家の先生方には、少なからずこの気概をお持ちいただきたいものだ。茶の間で、アホ面してテレビを見ながらそんな事を思った。世論なんてクソ食らえ。国家百年のため・・。そんな先生がいたっていい。





 柄でもない、ちょっと堅苦しい話になるが、大勢いる、あの衆参両院の先生方が「世論」の名の元に、みんなで右往左往している。言葉を変えれば、その「世論」を背中に背負って、言いたい放題。そこには政治家としての「自分」があるようには見えないのだ。世論、という百万の味方を背にしていると思っているからか、その顔は自信たっぷり。


国会議事堂


 でも、この「世論」とはいったい何者だろう。ヘンな世の中、こんなことを閣僚や政党のボスが言ったら、その日のうちに首がすっ飛ぶのだろうが、この「世論」というヤツ、私は、得体の知れない、いわば、化け物だと思っている。政治家先生だって、むやみに「世論」を言うわけにはいかないから、新聞やテレビ、いわゆるマスコミの論調を引き合いに出したり、多くはそこが実施する「世論調査」のデータを楯にする。




 さて、その世論調査である。新聞やテレビがその都度明記するサンプル数は、およそ3,000。全国でである。当然、回答率は100%というわけにはいかないから、いつも、その数は1,600~1,700。多くても2,000に満たない。一億2,000万人分の、その数だ。統計学的にはそれでいいのだそうだが、感覚的には、なんとなく首を傾げたくなる。


電話



 調査の手段は電話。私の家も過去に、たまたまその対象になったことがある。感情移入を避け、調査の公正化を期すためだろう、音声はコンピュータ。そこで、はたと考える。男女とか年齢が偏らないだろうか。独り暮らしならともかく、一家で電話に出る場合、確実に主婦・女性の方が多いはずだ。もちろん、統計学的には回答者の中で分析すればいいのだろうが、全体的なウエイトは主婦層に掛かっていることは間違いない。住民票の台帳を基にした、かつての調査方法と比べればかなりラフだ。




 そんなことはどっちでもいい。問題は、結果的に「世論」として世に出て来る個々の回答だ。身近な問題ならいざ知らず、内閣支持などといったら、私なんか、何を判断基準にしたらいいのかわからない。勢い、知らず知らずのうちに新聞やテレビの論調に左右されている。特に今のテレビのように、良きにつけ、悪しきにつけ、ことある度にあの大合唱をされたら、しがない私なんかどっちだって行ってしまう。ただ、私たちが普段、野良や炬燵でするお茶飲み話と、国会の先生達やマスコミが言う「世論」とは、何か、ちょっと違うことが多いような気がする。誘導されているような気がして。私ばかりだろうか。



.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


子どもたちのお天神講

 「東風(こち)吹かば 匂ひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘れそ」
ご存知、菅原道真の和歌だ。今年も1月25日、地域の子ども達が私の屋敷の一角にあるお天神さまに天神飾りの奉納にやって来た。


お天神講1


 赤、青、黄色・・・。七夕飾りにも似た大きな笹に色とりどりの短冊が。「勉強が出来るようになりますように」「成績がよくなりますように」「今年一年健康に過ごせますように」。短冊には子どもたちのさまざまな願いが記されている。





 その可愛らしい短冊の内容をカメラに収めようと思っていたのだが、ちょっとタイミングをはずしてしまったせいか色があせてしまい、時期をを失した。それはともかく、お天神講は、小正月の道祖神祭りと共に、この地域の子ども達の一大行事。お天神さまは、もしかして学業の成績を上げてくれるかもしれないから、子ども達にとっては道祖神よりありがたい存在かもしれない。

お天神講


 このお天神講、今の子供たちはどんな形でやっているのか定かではないが、私たちが子供の頃はある意味で盛大だった。子ども達はお米や野菜を持ち寄り、各戸持ち回りで、今風に言えば食事会を開くのだ。裏方のお母さん達は大きな釜で炊き出しをした。わいわい言いながら食べた、お母さん達が作ってくれた真っ白いご飯、サトイモや大根、人参などの煮っ転がし、熱い味噌汁・・・。うまかった。この歳になっても、その味は忘れられない。


白米


 リーダー役の6年生は自転車で隣町の文房具屋さんに行ってノートや鉛筆、消しゴム、筆箱、下敷き、クレヨンなどを調達して学年別に配る。いわゆるプレゼントである。それも、嬉しかった。その頃の家は、今のような住宅構造と違って田舎風の造りだったから、内部のふすまを取っ払えばいっぺんに大きな部屋になる。子供たちはそこで腹いっぱい食べ、一日をなんとなく遊ぶのである。戦後の貧しい時代だった。






 菅原道真は、生まれたのも、没したのも25日。それも丑年だった。だから、子ども達の天神講もその日を充てているのだろう。ものの本によれば、わずか5歳で和歌を読み、11歳で漢詩を作った。14~5歳の時には「天才」と言われ、後に「文道の太祖、風目の本主」と仰がれた。天神講は、庶民の教育機関として寺子屋が普及した江戸時代、書道の上達や学業の成就を祈願して行われるようになったという。


湯島天神


 お宮は、おしなべて皇室を祭ったもの。わが国で平民を祭ったお宮は徳川家康の東照宮(日光と久能山)と菅原道真の天満宮だけ。このうち、東照宮は徳川家が自らの権力でなさしめたものだが、天満宮は、ちょっと違う。庶民の人気とは裏腹に左遷されたり、不遇を受けた道真が亡くなった後、天変、地変が相次いだことから、時の権力・平安京が祭ったものだ。道真の怨霊を恐れたのである。

お天神講3


 お天神講の子ども達にとっては、そんなことはどっちでも良かった。たらふく美味しいご飯を食べ、ノートや消しゴムをもらうことの方が喜びだった。俺達「成績がよくなりますように」なんて短冊、書いたっけ?子ども達が奉納した短冊を見ながら今の子供たちとのレベルと世相の違いをまざまざと感じた。そしてなによりも違うのは子ども達の数・短冊の激減だ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!



春を告げる祭り

 立春が過ぎ、暦の上では春を迎えたとは言え、いつものことながら寒い。でもデータ的には例年より温かいのだそうだ。3月上旬並みの陽気だという。二十四節気に触れるのは、いつもこのブログにおいで頂き、歳時記にはめっぽう詳しい秋田のmatsuyamaさんにお任せするとして、ここでは山梨の春祭りにちょっと触れてみることにする。


大神宮祭り
大神宮祭(サンニチmiljan)


 甲府盆地に春を告げる祭りと言えば、その第一弾は、県都・甲府のど真ん中に程近い通称柳町と横近習の一帯で繰り広げる大神宮祭。節分会に合わせて柳町と横近習の大神宮が同時開催するのである。今年は2月3日。1㌔ぐらい離れた二つの大神宮間の道路は車両の全面規制が行なわれてホコ天に。沿道にはダルマなどの縁起物からカヤ飴や切り山椒、さらにポピュラーな綿菓子やたこ焼き、おでんなどの屋台がずらりと並ぶ。福を求めて近郷近在からやって来る善男善女で夜遅くまで賑わうのである。


 屋台              屋台2



 今年は用事で失礼したが、私もこの大神宮(横近習)の豆まきに毎年お招きを受けていた。さまざまな節分会の儀式のあと豆まきをし、参拝客に福をお分けするのだ。

大神宮祭


 「今年も(大神宮祭で)豆をまいているの?テレビで祭りの様子を中継していたので電話したのさ・・・。そう、今年は(祭りに)行っていないの・・・」


 友人は自宅で晩酌をしながら半ば冷やかし半分に電話してきたのだろう。電話では福(ツキ)は呼べまい。冗談、冗談。一夜明けると立春。



 甲府盆地の春祭りの第二弾は2月10日の「十日市」南アルプス市の若草町十日市場で開く。十日市に「ないものは猫の卵と馬の角」と言われるユニークな祭り。近郷近在から持ち寄って来るさまざまな品物で沿道の露天が埋まるのだ。


十日市_convert_20110206212746
十日市(南アルプス市HPより)


 二日、中を挟んで13日は甲府で開かれる厄地除け地蔵尊祭。武田信玄の時代からと言われる≪老舗≫の温泉郷・湯村の真ん中にある塩沢寺の春の例大祭である。この祭りもユニーク。寺にはそれは大きな耳をした地蔵さんが祀られていて、年に一度この祭りの時だけなんでも願い事を聞いてくれるというのだ。しかも期間限定。13日の正午から14日の正午まで。その時間帯であれば、願い事はなんでも、というありがたい地蔵さんとあって、この温泉郷一帯は人、人、人。人々は厄地蔵さんと呼ぶ。やはり近郷近在の善男善女で埋まる。


厄地除け地蔵尊祭



 祭りの期間が前日の正午から翌日の正午までだから、文字通り夜を徹しての祭り。特に厄年の人は厄除けのため、こぞってお参りする。その人の歳の数だけお団子を持って参拝、奉納するのである。このお寺さん、普段はひっそりしている。願い事を聞いてくれるのは≪期間限定≫だから無理もない。いつの時代からかは分からないが祭りを運営する寺と檀家さんはうまい事を考えたものだ。一年の稼ぎを一日に集約してしまった?下衆の勘ぐり、つまらぬことを言うとお地蔵さんに叱られる。



 甲府盆地の寒さは例年、この祭りを境に峠を越し、次第に本当の春へと移行していく。寒さへの我慢もあと少し。庭先の紅梅、白梅の蕾も心なしか膨らんで来た。



.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


女房の豆まき

節分


 「福は~内。鬼は~外」「鬼は~外。福は~内」


 我が家の節分の豆まき。今年はかみさんに任せた。ただ大きいばかりで、寒々しい田舎家の部屋を次々と開け放ちながら几帳面に豆をまいて行く。任された緊張感なのか。


 「豆まきは一家の主がするものよ・・・」




 そんなことを言いながらも、かみさんは結構、嬉々として、しかも部屋ごとに丹念にやっている。一階ばかりでなく二階にも。娘が嫁ぐ前は私が豆をまき、かみさんと娘がそれに従った。今はかみさんと二人の生活。そんなことを真面目くさってやるのが何とはなしに白々しくなって、その役目を女房に振ったのである。言い換えれば面倒になったからだ。


豆まき2


 「もっと大きな声でやらないと鬼は出て行かないし、福だって来ないぞ。第一、もっと沢山握ってまかなきゃあ・・・」


 「そんなこと言ったって、そんなに大きな声なんか出ませんよ。お父さんは何でも面倒臭がるんだから・・・。沢山まけと言ったって、部屋ごとにまくんだから豆がなくなってしまうんですよ。いらないような部屋、こんなに幾つもあるんだもの・・・」


 うちのかみさんもやっぱり主婦の端くれ。≪もったいない≫が先に立つのだろうか。


豆まき


 家庭にあって節分の豆まきは一家の主がするものかどうかは別にして、我が家の場合、≪政権≫はかみさんに渡ったのにも等しい。私は、かみさんのことを冗談に「将軍様」と呼ぶ。「北朝鮮みたいじゃあない」とひと頃は、この冗談をまともに受けていぶかしがったものだが、今では風に柳。ことごとくに「将軍様」ぶりを発揮するのである。




 職場を定年退職したのを機に山梨市の片田舎にある私の実家に戻って、ぼつぼつ15年。最初は確実に田舎暮らしを敬遠していたかみさんが、いつの間にか腰をどっしりと据えた。女は逞しい。今では近所付き合いから親戚づきあいまでほとんどやってしまう。



 「お父さん、帰って来なくてもいいんですよ。そのまま外で遊んでいたら?」



 もちろん冗談だが、最近ではそんな皮肉も平気で言う。飲み会で午前様になったり、朝帰りと言わないまでも麻雀で明け方に帰った時である。昔は冗談にもこんなことは言わなかったし、言わせもしなかった。




 考えてみれば結婚してぼつぼつ50年。この年月、時間にもお金にも無頓着な亭主と一緒にいれば、強くもなるはず。やり繰り上手にもなるのかもしれない。



 「亭主元気で留守がいい」。昔からうまい事を言ったものだ。女は強い。亭主に先立たれても落ち込むのはほんの一時。しばらくすると何事もなかったように、むしろ伸び伸びと頑張っている。若くして亡くなった友の奥さんを見ていてそう思う。「いればうるさい。いなきゃ寂しい」。うちのかみさんは冗談交じりにこんなことも言う。年金生活になった亭主とはそんなもの?節分が済んで立春。暦の上では今年も春が来た。歳を取るのが早い。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


野良猫の手術

猫_convert_20110507233227


 ある時、玄関先に鳥かごを頑固に、しかも大きく作り変えたような小奇麗な篭が。


 「コレ、なんだ?」


 「猫を入れる篭よ。鳥篭じゃあないわよ」


 「へえ~、こんなものあるんだ・・・」


 蛇の道は蛇。女房がご近所の愛猫家からお借りしてきたのだという。


 「ところで、こんなもの、いったい何に使うんだ?」


 「病院に連れて行くのよ」


 「病院?」


 「避妊手術を受けるのよ」


 そういえば、我が家に住みついた野良君。ちょっと≪美人≫で、案外モテルのである。近所の≪男友達≫が入れ替わり立ち代りやって来る。女房は先回りして避妊手術を思い立ったのだ。普段、物事にそれほど斟酌しない、うちのかみさんだが、女はすごい。男なら考えそうもないことを咄嗟に思いつき、それをすぐに行動に移すのだ。6㌔ぐらい離れた市内の動物病院へ。入院させて来たという。2泊3日。手術代は入院費用も含めて数万円がかかったという。

猫2

 「たかが野良猫の避妊手術。そんなにお金がかかるのか・・・?」


 「仕方がないじゃないの。人間と違って保険が利かないんですもの」


 かみさんは完全に野良も家族の一員として考えている。


 「俺にも相談して病院に行けよ」。心の内ではそう思った。お金のことではない。「こいつの二世はもう見ることは出来ない」と考えたら無性に寂しくなった。「こんな野良・・・」と口では言いながらも、家族の一員として捉えている自分が滑稽にも思った。




 「お父さん、猫でも犬でもいいから飼おうよ」。随分前から、かみさんにせがまれた。娘も嫁入りする前、「私は可愛い犬がいいなあ」と母親と共同戦線を張ったりもした。しかし、頑として聞き入れなかった。




 これには、それなりの訳がある。定かではないが、小学校2~3年の頃だった。飼い犬の死に遭遇して幼心に大きなショックを受けた思い出があるからだ。老衰だった。昭和20年代、山梨県の片田舎のこの辺りでは、どこの家でもと言っていいほど犬を飼っていた。今のような、いわゆるペットとしてではない。番犬である。ペットなど、時代と言うより経済が許さなかった。番犬と言ってもみんなで可愛がった。




 屋外に犬小屋を作ってやり、鎖で繋いだ。番犬とは言え今のペットと同じように家族の一員であることに変わりはなかった。私には姉がいるが、3人の男兄弟の頭だった。老衰とは言え≪家族の一員≫の死は衝撃だった。まだこの辺りは今のような果樹地帯ではなく、田圃や桑畑だった。そこに弟達と一緒に≪墓≫を作り、懇ろに弔ったことを覚えている。線香を手向け、ちっちゃな手を合わせた。もうこんな思いはしたくなかったのだ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


雪と人間

IMG_0589_convert_20190203163443.jpg


 樹々という樹々は一様に綿帽子を冠り、野も山も、辺り一面の畑も真っ白い雪に包まれて、視界は360度、銀世界に変わった。白銀の世界とはこのことだろう。朝日に輝く富士山も昨日までと打って変わって雪化粧を厚くして今朝はひと際、威風堂々と見える。




 カラカラ天気が続いた甲府盆地は1日未明から雪に。盆地の東北部に当たる山梨市のこの辺りの積雪量は、ざっと目で7~8㎝。それでも「銀世界」と呼ぶのにふさわしい。雪とは不思議な«生きもの»で、あたり一面に何とも言えない静けさを醸し出す。「雪がシンシンと降る」。降雪は朝起きて窓のカーテンを開けて初めて知った。予報では伝えられてはいたものの、白川夜船の人間に深夜の、しかもシンシンと降る雪が分かるはずもない。


IMG_0585_convert_20190203163553.jpg


 元々、甲府盆地は雪の少ない所。「甲州名物、かかあ天下に空っ風」の諺通り、冬は乾燥の空気に包まれるのだ。だからこそ、そこに住む人々は、ことさらに雪に新鮮さを覚えるのかも知れない。甲府にいる5歳の孫娘も大喜びをしているに違いない。少ない積雪とはいえ、今頃、幼稚園では、大はしゃぎで雪合戦をしていることだろう。その愛らしい様が目に浮かぶ。童心に帰り、子供達と雪合戦をしたいくらいだ。




 つい最近のことだが、週末ママに連れられて来た孫娘に「お爺ちゃんも幼稚園に行きたいよう」と言ったら「ダメ。絶対ダメ」と真顔で言う。「雪が降れば雪合戦も出来るし、お遊戯も出来るじゃあない」と言うと、「ダメ、ダメ」。幼稚園は子供たちの城、と思っているのだろう。


IMG_0590_convert_20190203163948.jpg


 つまらぬ余談を書いているうちに窓越しの樹々に積もっていた雪は、冬の日差しに溶けて水滴となって徐々に姿を変え、多くは水分を含んで重さを増し、塊のまま地面に落ちる。この分では夕方ごろまでには、樹々の綿帽子は全て姿を消すだろう。




 3日は節分。4日は立春。暦の上では春だ。でも、そうは問屋が降ろさない。自然界は人間どもが考えた暦通りには動いてくれない。本当の寒さはこれから。これまでのケースだと、これから二度や三度の降雪はあるだろうし、大雪が降るとすれば大体2月の半ばだ。豪雪地帯の方々には笑われるかも知れないが、大雪と言っても1m前後。1m4~50㎝の積雪などめったにない。それでも予想外の大雪だ。


IMG_0586_convert_20190203163740.jpg


 新聞社で禄を食んだことがある。報道と言う観点からの天気予報とは別に、雪情報にはひと際、神経を使ったものだ。予報によって「降版」と言う名の新聞作りのシフトを変えるのである。新聞は作っただけでは新聞ではない。読者のもとに届けられて初めて新聞なのである。販売店網を管理、監督する販売局は、新聞作りの現場である編集局に「降版」の時間的な前倒しを要請、編集現場はそのためのシフトを敷くのだ。




 「たかが雪。そんなことでオタオタしてどうする。豪雪地帯の雪国はどうするのだ」


 こんな«暴言»を吐いてひんしゅくを買った大幹部がいたが、普段雪が少ない山梨は、全く雪に弱いのである。場合によっては簡単に«陸の孤島»に陥る。余談はさておき、雪はいい。いっ時とはいえ、地上の汚いものを全て隠してくれる。気分的にも同じだ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


野良猫と女房

猫130918-1_convert_20130918144608


 いつの間にか野良猫が住み着いた。女房が玄関先に置いてやった小奇麗な発砲スチロールの箱に入って、今では我が家の一員のような、でっかい顔をしている。三度の飯も主の私より先。何年か前、母校・日川高校の同窓会の記念品として頂いた真新しい膝掛けがいつのまにかベッド代わり。刺繍されたコンペイトウの校章を背に、いかにもご満悦なのだ。




 この野良猫、正確に言えば野良かどうかは分からないのだが、毎日のように我が家に遊びに来ていた。こうしてパソコンを叩いていると、ほぼ決まった時間にやって来る。常口から堂々と歩いて来て、窓越しに目が合っても平気。そんな野良に女房が声を掛けるようになった。それが我が家に住み着くきっかけだ。




 よく「動物的な感」という。野良猫でも動物好きな人間は分かるのだろう。洗濯物を干したり、畑に野菜を採りに行く時も女房の後をつき歩くのである。ニャン、ニャン言いながら後になり、先になりながら歩く。時には足にへばりつくような仕草をするのだ。傍から見ていても可愛い。女房が可愛がるのも無理はない。

猫130918-4_convert_20130918145202


 この野良君、女房の行動は全部知っていて、玄関口とは反対の勝手口のドアを開けても、その音だけで飛んでいく。発砲スチロールの箱がある玄関口からは視界に入らないのだが、音だけで分かるのだろう。目を丸くして咄嗟に飛び出すのだ。人をちゃんと見ていて、私が勝手口を開けても知らぬ顔だ。「この野良め」と内心、僻(ひが)んでも見たくなる。女房の足音やドアを開ける音と私のそれをしっかり聞き分けているのである。なんじゃあない。「餌をくれるのは、このオバサン」と思っているのか。座敷猫とは明らかに違う。




 猫も見抜いているのだろう。どちらかと言うと、私は、猫はあまり好きではない。それには、ちょっとした訳がある。定年退職で、今住んでいる山梨市の実家に戻る前、長い間暮らしていた甲府の自宅に、やはり野良猫が住み着いた。その野良が子を生み、また大きくなって子供を生むのである。子を産むのはいつも縁の下。いつも三匹。それなりの時期になると、親猫は子供を外に連れ出すのだ。本当に可愛い。しかし、警戒感からだろう、親は子供を決して人間に近づけようとはしない。子猫はいつも遠巻きにいるのだ。




 そんな野良の親子がいじらしくなって、ある休みの日、昼間酒をしながら、つまみにしていたマグロの刺身を手のひらに載せて与えようとした。ところがどうだ。親の野良は私の手の平から、ひったくるように刺身を取って逃げた。猫の爪は鋭い。私の手からは血が噴き出し、しばらく傷跡が。可愛げがない。その時見せた野良の鋭い目つきが今でも忘れられない。

猫

 女房はそんな野良を弁護するようにこう言う。


 「猫の母親だって人間と同じ。子供を守るために細心の注意をするんですよ」


 そうかも知れない。でも野良は野良。飼い猫とは違い、ハナから人間を信じていないのだ。しかし、今度の野良君、どこか愛嬌がある。すれた都会の野良と田舎育ちの純朴な野良の違いなのか。場合によっては、どこかの飼い猫? どう見ても人の愛情を知っている。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!