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屋根の上の猫

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 「あれ、うちの猫じゃない。あんな所を歩いているわ」



 畑仕事を手伝ってくれていた女房がびっくりしたように言った。「うちの猫」と言うが、正確に言うと、我が家に住み着いた「野良」だ。お隣の家の屋根の上を我がもの顔で悠々と歩いているのである。




 お隣の家といっても山梨市の片田舎のこと。都市部と違って軒を並べているわけではない。そこそこ広い畑を挟んでいる。ナス、キュウリ、トマト。私たち夫婦は夏野菜の植え付けをしていた。夏大根の種蒔きも。ジャガイモはもう一回目の土寄せをする段階になっている。夏野菜ばかりでなく、サトイモやトウノイモ、サツマイモなど秋野菜の植え付けもした。サツマイモは「植え付け」とは言わず、「挿す」という。種芋から出た茎を切り取って盛り土に挿しておけば秋には立派なイモを付けてくれるのである。


サツマイモ3


 まだ5月の半ばと言うのに今日はやけに暑い。二人がまるで申し合わせたように額の汗を拭いながら顔を上げた時、目線の先にいたのが我が家の野良。たまたまその近くで働いていた隣の親爺さんはこちらの方を向き、ニコニコしながらぺこりと頭を下げた。「よくお稼ぎになりますね」と言いながら我が家の畑に歩み寄って来た。




 この親爺さん。私とひと回り違う午年の生まれだから今年88歳になる。自ら「腰痛の持病持ち」と言いながらも立派な桃や葡萄を作る。私たちの目線を追って自分の家の屋根の上を見た親爺さんは、優しそうに顔をほころばせてニッコリ笑った。


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 「うちの猫、いつもお宅で遊んでいるんですか? いたずらしていたら叱って下さいよ」


 「いやいや、いたずらなんかしませんよ。でも猫はいいですよねえ。人間と違って、何の垣根もなく自由奔放に何処でも歩けるんですから。可愛いもんですね」


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 私と同じように、どちらかといえば、この親爺さん、あまり動物好きには見えないが、奥さんは人一倍の動物好き。大きな犬を飼っていて、いつもこの犬と話しをしているのだ。その会話が面白い。「おはよう。あら、今朝は元気がないじゃない。夕べよく眠れなかったの」「これ、美味しいんだよ。早く食べな」「うちのお父さん、腰が痛いんだって・・・」「今日は雨が降るかもしれないね」。その会話はまるで人間同士のよう。奥さんは85歳前後か。




 朝と夕方、決まった時間に散歩もする。この時も大きな声で犬と話をしながら歩くのだ。その様はいかにも微笑ましい。昨年、それまで飼っていた甲斐犬が老衰で死んだ。奥さんが憔悴したことは言うまでもない。その後、どこからか貰ってきたのが今の柴犬だ。「なかなか、なついてくれなかった」。気性が乱暴なのか散歩中に暴れ、ロープで引っ張りまわされて転び、怪我までさせられたことも。そんな犬も優しい、犬好きの奥さんには勝てないのだろう。いつしか従順になった。


裏道


 そんなお隣さんだから我が家の野良も遊びに行き易いのかもしれない。猫の行動範囲は意外と広い。現に300m、400m離れたお宅の飼い猫が我が家にもちょいちょい遊びに来る。用事でやって来た飼い主が我が家でハチ合わせ。「おまえ、こんな所まで来ているのか・・」。




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野良猫の掟

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 何年間ぐらいだっただろうか。野良猫と付き合ったことがある。付き合ったと言うより、見て来たと言った方が正しいかもしれない。現役のサラリーマン時代だった。甲府の飯田町という所に住んでいた時分の事だが、縁の下にいつの間にか1匹の野良猫が住み着いた。その野良は、これもまたいつの間にか子どもを生み、大きくするのである。なぜかいつも3匹ずつ。


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 母親は人間どもに細心の注意を払いながら子どもを育てるのだ。我が子をしっかりと見守る一方で、ある程度大きくなると餌の奪い合いまでやって見せる。世の中で何がかわいいと言って子猫ほど可愛いものはないと思えるほどだ。小さな身体に似合わないほどクリクリした大きな目。それも3匹一緒。母親でなくても目の中に入れても痛くないほど可愛い。そんな子どもを母親は決して自分より前に出そうとしない。その警戒心は剃刀のようだ。いつも研ぎ澄まされている。

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 一方、餌の奪い合い。そこそこ子どもの体が大きくなった頃を見計らって演じて見せるのだ。親子でである。ノロマをしていたら生きていけないことを、身をもって教えているのだろう。奪い合いは壮絶。教える、などと言った類ではない。まさに親子ではなく、そこにあるのは動物対動物。弱肉強食そのもの。迫真極まるのだ。その親の気持ちが分からないでもないから、いじらしくもある。




 そんな母親の教育を受けて子ども達の目つきは、いつしか母親のそれと同じになるから不思議。子どもの教育の良し悪しは人間様も同じかも。もっと不思議なのは、ひとり立ち出来た一匹を残して、みんな何処かにいってしまうことだ。それが野良猫の掟なのか。代々同じことを繰り返すのである。いったい何処に行くのだろう。母親はまた流浪の旅に出、成長した子ども達は、母親と同じ≪人生≫を歩むのか。それとも外に出されたのは子ども(子孫)を生めない男だからなのか。なぜか残るのはメスなのだ。





 こんな野良とは対照的に今、我が家に住み着いた3匹は、全くおおらか。警戒心が全くないと言ったらウソになるが、どこか人懐っこい。目つきもいい。人を信じることも知っている。特に三度のメシをくれる、うちのかみさんには、文句なしに従順。正直言って、あまり猫が好きではない私にだって媚を売るように近づいてくる。野良仕事をしている傍で、また植木の手入れをしている時も近くにいて仕事を見守っているのだ。可愛くもなる。どこかの飼い猫であったことは間違いない。

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 「おまえ、どこから来たんだ?飼い主が心配しているぞ。早く帰ってやれよ。それとも捨てられたのか。それなら、うちにいていいぞ。遠慮はいらん」



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 人間の言葉など分かるはずもない猫に話しかけている自分がおかしくなった。一方で、かみさんの方にばかりなつく野良へのひがみが潜在的にあるのか、こんなことも。


 「おまえ達に餌をくれるのは≪餌やりオバサン」。本当の主はオレなんだぞ」



 その野良、何の意味か分からないが、大きなあくびをした。「こんな時に、あくびするな」。

 
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吾輩は猫

 時には仲間喧嘩もしないでもないが、結構、友達とも仲良くする。暑さや寒さも平チャラ。精神力も逞しい。その上、社交的。どこへでも、どこの家にでも気軽に行き、おやつやご飯も戴く。屈託などまるでない。愛嬌だってある。だから可愛がられるのだろう。

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 これは人間様ではない。その吾輩は、猫である。昨年、一匹の野良猫が住み着いたのをきっかけに、我が家には野良や近所の飼い猫が集まるようになった。畑仕事が暇な時、こうしてパソコンを叩いている窓越しには、いつも決まっていくつもの猫がやって来る。そのうちの何匹かが我が家の軒先に住み着くようになった。押しかけ女房ならぬ、押しかけニャンニャンだ。最初の野良猫が≪道筋≫をつけたことは言うまでもない。いつか知らぬ間に3匹に。みんな我が家の家族を気取っている。その手助けをしたのは、紛れもなくうちのかみさん。いつの間にか「キャッツフード」と書かれた大きな袋を買い込んで来た。ホームセンターからだろう。昔の猫なら喜んで食べたはずの、めざしの頭や食べ残しの魚には見向きもしない。今時の猫は贅沢極まる。「猫メシ」と言って女房はバカにするが、私は今でも時々、ご飯に味噌汁をかけて食べる。うまい。だが、これにもそっぽを向くのだ。




 猫の種類など、からきし分からないから、正確に表現することが出来ないが、先陣を切ったのは虎模様のメス。「ミーコ」と名付けてやった。二匹目は白で、顔は茶色と黒。ペルシャ系か。三つ目は真っ黒。「クロ」と呼んでいる。白いヤツは「シロ」「シロ」と呼ぶようになった。共通しているのは、みんなそれなりに「品」がある。贔屓目なんかではない。野良猫にはとても見えない。第一、愛嬌がある。野良猫特有の鋭い目つきではない。


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 「お父さんねえ、これ、みんな飼い猫だったと思うわよ。野良猫だったら、こんなに人間になつかないわよ。かわいそうに。捨てられたのかしらねえ・・・」


 「そうだよなあ。ここが住みいいということかもしれんな。まあ、何かの縁だ」




 かみさんとそんな話をした。前にも書いたことがあるが、私はかつて野良猫と≪付き合った≫経験がある。職場を退いて現在の山梨市の実家に戻る前のサラリーマン時代、甲府の自宅に住み着いた野良猫だ。縁の下で3匹ぐらいずつ子どもを生んでは育て、世代交代していく。つまり、やがては内一匹だけを残して親も子も、どこかに消えてしまうのである。この間に人間への警戒心だけは徹底して教え込んでいるのだ。餌をくれる女房ですら本当には信じ切っていない。そのことはあらゆる仕草から見て取れる。


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 その頃は仕事で忙しく、野良猫なんかにかまっていられなかったし、ましてや観察している暇もなかったのだが、親は幼い頃から子供に人間への警戒心を叩き込んでいたことだけは確かだ。まさに「雀百まで踊り忘れず」。そんな教えを受けた野良猫は大人になっても絶対に人を信じないのだ。そうでもしなければ、危ない人間社会の片隅で生きていくことなんか出来っこないと思い込んでいるのだろう。野良猫の宿命かもしれない。




 所詮は野良。子どもを作るお相手は、同じ野良同士でもいいし、通りがかりのご近所の飼い猫でもいい。相手の男は全くの無責任で、いつか知らぬ間に、どこかに行ってしまう。




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パソコンは利口者

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 「おかあさん、英語の辞書、どこへやった?」


 「そんな事、知らないわよ。お父さんの辞書なんでしょう。私なんか、英語の辞書なんて関係ないわよ。まったく・・・」



 そんな女房との会話を聞いていた娘が


 「お父さん、英語の辞書、何するの?」


 女房が女房なら、娘も娘。


 「バカっ、単語、調べるに決まっているじぁないか。こんな、コメント、入っているんだけど、分からない単語があるんだよ。お前分かるか」


キーボード



 夕食が済んで母親とお菓子をむしゃむしゃ食べながら、なにやら話していた娘が、晩酌を済ましてパソコンに向かっていた私の後ろに来て



 「ああ、それのこと。お父さん、この英文で分からないことがあったら、パソコンに翻訳機能 があるんだから、それ、使えばいいじゃない。いちいち辞書なんか引かなくたっていいんですよ。パソコンんて、お利口さんなんだから・・・」



 「へえ~、そんなこと出来るのか?」



 「お父さん、何にも分かっていないんだね」



 「バカっ、お父さんに分かるわけねえじゃねえか」と開き直ったら、茶の間にいた女房が



 「お父さん、分からなかったら素直に娘に教わればいいじゃない。すぐ、バカ、バカと言うんだから・・・。まったく・・・」


パソコン加工


 女房は事ある度に娘の弁護をする。その後につくのは「まったく・・・」である。それはともかく、娘がいくつかのキーを叩いたら5~6行の英文コメントはあっという間に和文に翻訳された。「おじさん、そんな事、当たり前だよ」と、このブログをお読みいただくお若い方々に笑われるかも知れないが、私にとっては「目から鱗」であった。




 その翻訳文は、私たちが学生の頃やってきた、ぎこちない訳し方だが、そこそこの日本語になっている。若者達が、といったら叱られるから、娘達と置き換えるが、辞書を引く習慣が失われていく現実がよく分かる。国語の辞書であれ、英語の辞書であれ、そういう自分だって、あの小さな文字をページで追うことが億劫になって、今では電子辞書。いわゆる字引ではなくキーを叩いているのである。


パソコン


 娘が言うようにパソコンと言うヤツは本当に利口者だ。視覚でなんとなく覚えていれば、変換キーで難しい漢字でも、そこに導いてくれるし、お目当ての字が見つからなければ手書きで入力すれば、その字を探してくれる。表計算だってやってくれるから、無し無しの頭を使わなくてもいい。それも絶対に間違えないのだ。英語だって同じだ。



 ただ、こんなに融通の利かないヤツもない。例えば「つ」と「っ」、「ず」と「づ」、これを間違えたら絶対に許してくれない。巷にいそうな人間の利口者とよく似ている。





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パソコンに向かっている時間

 机に向かっている時間、正確にはパソコンに向かっている時間と言うべきなのだろうが、そんな時間が長くなった。


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 「お父さん、子どもの頃から、これほど熱心に机に向かえば、さぞかし、今頃は博士か大臣か、でしょうね」


 近くでわたしの晩酌の後片付けをしていた女房が、皮肉混じりにこんな軽口を叩いた。



 「お前、俺の子どもの頃なんてよく分かるじゃあないか」



 「分かるわよ。もう40年以上も夫婦、やっているんですもの。お父さんがそんなに勉強しなかったことぐらいお見通しよ」


マウス


 確かにそうだ。パソコンを覚えて14~5年。特に、このブログを始めて10年以上。暇さえあれば机に向かっている。自分でも不思議に思うくらいだ。インターネットはおろか、パソコンすら触ろうとしない仲間達は「76歳を過ぎて、そんな肩の凝ることを・・・。第一、目に悪いよ」と、笑うのだが、とにかく惹かれるのだ。




 肩が凝るのは今に始まったことではないから、このパソコンが原因じゃあない。もう一つの目もくたびれない。夜、遅くなっても、案外、眠くならないのである。言葉には出さないが、女房が言うように、子どものころこれほど熱心に机に向かっていたら、俺の人生が変わっていたのではと、正直思う。


鉛筆


 考えてみれば、子どもの頃、こんなに意欲的に机に向かったことも、いわんや勉強したこともなかった。女房の言う通りだ。今の教育ママと違って、親達もたくさんの子どもを抱え、生活そのものも楽ではなかったからか、子ども達にそれほど「勉強しろ」などと言わなかった。そんな暇もなかったのだろう。それが幸か不幸か・・・。



 宿題をしていかないと明日、先生から怒られるので、仕方なく机に向かうのだが、これまた昼間の遊び疲れで、すぐに眠くなるのだ。そんな事を繰り返しながら中学、高校へ。3年生になる頃になって大学受験を意識して「これじゃあ困る」と、自覚?にも似た心境になるのだが、その体質が一夜に変わるはずもない。面白くないから、また居眠りだ。




 ところがどうだ。これまでだらだらと飲んでいて女房から嫌がられた晩酌も、さっと切り上げて机に向かうし、お酒を飲んで午前様で帰っても一度はパソコンに向かう。ブログを開き、留守中の訪問者にコメントを返すのだ。



 「お父さん、今何時だと思っていらっしゃるの。眠れないじゃない。早く電気消して、寝てくださいよ」



 女房がうるさいから、仕方なく止めるのだが、このうるさいヤツがいなかったら・・・。



 何事にも言えることだろうが、興味を持つということは恐ろしいものだ。矢印マークやハンドマークを動かしては手当たり次第にクリック、そこにまた「へえ~」と思える発見が。ブログ記事のカット写真を作るため、デジカメも持ち歩くようになった。若い頃、仕事にも使ったアナログのカメラは押入れの中だ。レンズの先の視点も変わった。




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ハナミズキの競演

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 街路樹の定番と言えば、イチョウだったり、桜やポプラ、ケヤキもある。もちろん緯度などその地域の気候とも相まって種類は異なるのだが、並木道の風情はいいものだ。散歩していても車で走っていても、何かしら心が落ち着く。「ポプラ並木の 薄っすらと・・・」。普段、歌を歌うことが少ない私でさえ、思わず口ずさませる魔力がある。



 国会議事堂がデンと居座る永田町界隈はイチョウだし、六大学野球の熱闘に歓声が沸く神宮のイチョウ並木もいい。他の木々と同じように、春に柔らかい若葉をつけ、だんだん緑を濃くしてゆく。葉っぱを厚くして暑い夏を過ごし、秋を迎えると、どの顔もまるで申し合わせたように真っ黄色に染まるのだ。


国会議事堂


 葉っぱを拾って栞代わりにする女の子も。イチョウには雄と雌があって実をつけるものもあれば、つけないものも。銀杏(ギンナン)は茶碗蒸しの定番だ。落ちたばかりの銀杏は生皮をかむっているから、なんともいえない異臭を放つが、そこは≪色気よりか食い気≫。並木の下で銀杏を拾う人たちの姿は秋の風物詩でもある。


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 ポプラ並木も街路樹にはよく似合う。「欅通り」などと地域の通りの名前にもなるケヤキ並木もあれば、伊豆の大島のように「椿街道」と呼ばれる椿の並木もある。並木の街路樹は、その地域のシンボルであったり、気候や風土を象徴して、そこに根ざしているのだ。人々の日常に深く溶け込み、心の中に沁み込んでいるものかもしれない。




 「いつまでも新参者扱いはよしてくれよ」。そんなことを言われそうだが、各地でどんどん勢力を拡大しているのがハナミズキ。ハナミズキの街路樹など、その昔はほとんどなかった。でも最近はいたるところに。街路ばかりでなく、公園や学校、一般家庭の庭先にまで、どんどん≪進出≫しているのだ。

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 桜やイチョウ、ケヤキなど日本古来の街路樹とは、どこか違う。ダイナミックでもなく、そうかと言って質素かと言うとそうでもない。一見、女性的だが、勢力は逞しく、黙っていればグングンと伸びる。これと言って風情があるわけでもないし、形の美しさがあるわけでもないので、築き庭には似合わないが、なぜか洋風の庭にはよく似合う。


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 窓越しの植え込みの向こうにある広場でも今、このハナミズキが白や赤の花を咲かせている。我が家の裏でも母屋と土蔵の間にある堀端の植え込みでも同じように咲き誇っている。おふくろが元気な頃、植えてくれたものだが、今ではすっかり大きくなって少々、やぶせったく感ずるほどだ。だからこの冬、かなり枝を落としてやった。


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 ハナミズキには、ほのぼのとした何かがある。そんなハナミズキの近くで、今は峠を過ぎた椿が青く、厚い葉っぱの間に間に真っ赤な大きな花を。その下では水仙やチューリップが咲いている。近くではシバザクラがピンクや白の小さな花をいっぱい付け、地べたに這いつくばっている。スズランもいっぱい青い芽を出した。このスズラン、花は可憐で弱々しいが、どうしてどうして。地下茎は実に逞しく、踏みつけたり、雑草と一緒にかじりとっても負けじと顔を出すのだ。自然の息吹は逞しく次へのステップを着実に踏んでゆく。


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人間の運命

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 牛6頭が名だたるホテルに化けた―。明治の初期、アメリカに渡った一人の青年が酪農に興味を持ち、6頭の牛を日本に連れ帰る。その牛が予期もしない東京大学の研究素材に。とてつもない金額で買い取られて行く。そのお金が資金になって現在の箱根宮ノ下の「箱根富士屋ホテル」に化けるのである。かみさんと娘夫婦を連れて出かけた箱根の旅で知ったホテルの誕生秘話だ。


富士屋



 「れば、たら」を言ったところで仕様がないが、もし、その青年・山口某が牛を日本に連れ帰らなければ、このホテルはなかったし、東京大学農学部が買い取り話を持ち込まなかったら・・・。このホテルの「館内ツアー」や博物館は触れていないが、後にこのホテルを買い取る小佐野賢治がわが国のホテル王などと言われなかったし、国際興業というバス産業もなかったに違いない。人間の運命とは不思議なもので、その歯車は思わぬところに人や社会を導くのだ。




 モノの本によれば、このホテルの買い取りには、もちろん奇妙ないきさつがあるのだが、とりわけ米軍の接収、進駐が小佐野にさまざまな転機を与えたことは確か。新しいホテル経営もさることながら、進駐軍の輸送に端を発した人の輸送は、大きなバス産業へと発展して行くのである。ホテル界にあっては、小佐野は後にハワイにまでその名をとどろかせるのだ。外国をも股にしたホテルチェーンをつくる。小佐野が手がけたホテル群の中で、自前で建設したのは山梨市の「フルーツパーク富士屋ホテル」だけというから面白い。バス会社についても同じことが言え、「乗っ取り王」などの異名を持つ由縁でもある。


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フルーツパーク富士屋ホテル(山梨市)



 「箱根富士屋ホテル」の買い取りを巡っては当時の財界人との関わりもあっただろうし、それとは直接的な関係はなくても日本の黒幕といわれた児玉誉士夫、後に内閣総理大臣となる田中角栄にも出会っていく。皮肉にもあのロッキード事件のトライアングルの一角を担うハメになるのである。3人は「刎頚の友」と言われた。

小佐野


 ロッキード事件とは昭和50年代初頭、米ロッキード、グラマン両社の日本への航空機売り込みに合戦に絡む戦後最大といわれた疑獄事件。「首相の犯罪」として裁かれ、「受託収賄」という当時としては耳慣れない刑法用語を国民の間に一般化した。ロッキード社の副社長コーチャンの名前や賄賂単位の隠語「ピーナッツ」などという言葉が当時の日本人の流行語になったのである。その3人の≪役者≫は既にこの世を去り、事件そのものも風化しつつある。


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箱根富士屋ホテル博物館



 「箱根富士屋ホテル」の博物館の年表では、小佐野賢治に関わる記述は「昭和41年、小佐野賢治、代表取締役社長に就任」の一行だけ。ただ、その入り口を入ったすぐの所には創業者である山口家の一族と並んで小佐野賢治の胸像が。その展示の仕方、胸像の位置づけなどから、この博物館が小佐野の手により設けられたことは容易に想像できる。


 小佐野は山梨県出身。葡萄の全国産地・勝沼の出で、私が今いる山梨市の目と鼻の先。小佐野の死後、国際興業が建設した山梨市の「フルーツパーク富士屋ホテル」はもっと近くだ。時代の流れなのか、小佐野が率いた国際興業が今、どんどん元気を失っているのが気になる。東京駅八重洲口の「八重洲富士屋ホテル」がなくなって、もう何年も経つ。甲府富士屋ホテルは、この3月いっぱいの«店仕舞い»。関連の甲府駅前にある山交百貨店も店を閉じた。 




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チャップリンの部屋

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 「お父さんねえ、私たちが泊まるこのお部屋、チャップリンが泊まったんだってよ・・・」


 女房と娘がまるで特ダネでも掴んできたように言った。チャップリン。誰もがご存知、世界の喜劇王と言われた英国の映画俳優・チャールズ・チャップリンである。



 私たち夫婦は、娘夫婦と一緒にドライブも兼ねて箱根に旅した。とかく多くの人たちがそうであるように、旅先が決まり、次に迷うのは宿泊先。私達はモダンなホテルよりクラッシックと、箱根宮ノ下の「箱根富士屋ホテル」を選んだ。部屋は本館の大きな角部屋。


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チャップリンが宿泊した 箱根富士屋ホテル本店45号室


 このホテル、明治11年の創業と言うから130年の歴史を持つ。明治24年に建てられたという本館は、後の菊華荘や西洋館、メインダイニングルーム、花御殿などとともに国の登録有形文化財に指定されている。当たり前だが、今風のスマートさはないが、何処を見ても言うに言われぬ味わいが。外観ばかりでなく、内部の天井や壁、ドアや窓、さらに部屋の机や整理箪笥など全てがクラッシック。風情がある。不思議と落ち着くのだ。


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 例えば、窓はサッシではなく、全て木枠で、鍵はねじ。もちろん回転扉も木製。一歩、中に踏み入れると床や階段はスマートで、今も堂々とした石畳。赤絨毯の階段の手すりがまたいい。重厚に、しかも格調豊かに刻まれた手すりが直線に、また、ら旋状に上に伸びている。現代の手が加えられているとすれば、目立たぬように工事された冷暖房の設備か、デジタル化された大型テレビぐらい。



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 チャップリンの話は、部屋に案内してくれたボーイさんの説明なのだが、このホテルでは、新たに入館するお客さんを対象に40分ぐらいの行程で、「館内ツアー」をやってくれる。ホテルの歴史やご自慢の箇所、さまざまなエピソードを紹介してくれるのである。


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チャールズ・チャップリン(左)富士屋ホテル来館


 シルクハットにステッキ、まん丸な目、鼻の下にはちょび髭。銀幕の世界で強烈に印象付けられた人々は、普段の姿のチャップリンを最後まで発見できなかったという。ジョン・レノンや、ご成婚を間近に控えた正田美智子さまご一家、へレン・ケラー、また、大津事件で不発に終わったロシア皇太子(ニコライ)幻の宿泊などエピソードには事欠かない。


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正田美智子さまご一家が宿泊された西洋館



 ホテルにはツアーの観光バスも立ち寄る。「館内ツアー」をリードする職員は手馴れたもの。40分の時間が短く感ずるほど、面白おかしく、それは上手にお客さんを案内するのである。創業者の山口某は若くしてアメリカに渡る。そこで酪農に興味を持ち、牛6頭を日本に連れ帰る。この牛が東京大学農学部の研究素材として当時とすれば想像もつかない大金で買い取られ、そのお金がホテル建設の資金になったこと、さらには戦後間もない時の米軍による接収エピソードだってある。

  
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 本館の右側にある花御殿の地下には博物館もあって、ホテルの歴史の一部始終を年表で紹介する一方、さまざまな物品資料を展示している。時代、時代、経営陣にも栄枯盛衰があったのだろう。創業の山口家はいつの間にか姿を消し、昭和40年代初頭には小佐野賢治氏の名前が。「乗っ取り王」と揶揄され、今は故人となった国際興業の小佐野氏である。東京・八重洲や山梨など全国各地で展開した「富士屋ホテル」グループの原点になったことは間違いない。

  時の流れは、しばしば残酷なことももたらす。ホテル王と呼ばれ、我が国のホテル業界で栄華を誇った国際興業グループは、今どこに?。オーナー家・小佐野氏の出生地・山梨の「甲府富士屋ホテル」の経営権は譲渡され、この春から呼び名も「甲府記念日ホテル」に変わった。


箱根富士屋ホテル

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初鰹

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 「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」



 そんな季節になった。一足早く奄美地方は梅雨入りし、梅雨前線も徐々に日本列島を北上して来るのだろう。山や里が若葉で萌えたのはついこの間。その若葉もいつの間にか青葉へ。我が家の植え込みも緑が氾濫、見ようによっては鬱陶しくもある。梅雨にはちょっと早い。日本列島のど真ん中のこの辺り・山梨に到達するまでには、まだちょっと時間がかかるはずだ。


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 そんな緑の植え込みの中では、ツツジが赤やピンクの花をつけ、コテマリが白い花を咲かせ始めた。椿、水仙はもちろん、チューリップやシバザクラは跡形もなく花を散らし、その後塵を拝したツツジやコテマリの花はひと際鮮やか。新緑の庭によく似合う。まさに絶妙なアクセントの役割を演じている。6月になればサツキも色とりどりの花をつける。真打登場と言っていい。サツキは、ツツジとはまた違った格調があり、味わいがある。昨年、近所の人の忠告に従って、花が終わった後、すぐに刈り込み(剪定)をしてやったので、今年はいい花を咲かせてくれるだろう。

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 花より団子。初鰹もまたいい季節。山国・山梨の片田舎に住む人間には魚のことはよく分からないが、句に詠まれるくらいだから、美味しい鰹が水揚げされる時季でもあるのだろう。


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 「お母さん、夏野菜の種蒔きや植え付けが終わったことだし、海の地方に一泊か二泊で、うまい魚でも食べに行こうか・・・」



 パソコンを叩きながら独り言のように言ったら、うちのかみさん、反射するようにこう言うのである。


 「お父さんねえ、海、怖いわよ。津波でも来たらどうするのよ・・・」



 あの東日本大震災は、我が女房にも津波の怖さを無条件に植え付けた。海は文句なしに津波を連想させる言葉になってしまったのである。ひと頃「海辺の観光地が閑古鳥」。そんなニュースが閑古鳥にまた拍車を掛けた。本当に困ったものだ。正直言うと、そういう私だってその類である。人間とは限りなく思慮深い動物であるようだが、どうしてどうして。すぐに動揺し、間違った風評まで惹き起こす。でも何年かすると「そんなことがあった?」と、忘れてしまうのも人間だ。電力など身に迫った不自由が付きまとえば別である。




 鰹。私は鰹、特にたたきが大好き。なぜか酒の肴にはうってつけで、その意を知って、家のかみさんは夕餉の晩酌の肴に、この鰹のたたきを出してくれる。鰹のたたきとの出会いは二十数年前。業界の会議で高知県にお邪魔した時、ご馳走になったのがご縁。うまかった。だから陽気に、しかもたらふくお酒を頂いた。その味は今でも忘れられない。
 以来、シーズンオフがどこであるかは分からないが、我が家の食卓に鰹のたたきが乗ることは多い。私がその虜になっていることを、かみさんも心得ているのだろう。「太るから焼酎に変えたら」と、友には言われるのだが、この時季、やっぱり日本酒党には鰹のたたきがよく似合う。山ホトトギス初鰹である。


日本酒

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若葉の七変化

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 春のヒロイン・満開の桜が葉桜に姿を変える頃になると、周りの落葉樹の木々もコスチュームを整えて、脇役としての存在感を思い思いにアピールし始める。単に芽を吹き、緑に装いを変えるばかりではない。こうしてパソコンを叩くちっぽけな書斎から窓越しに望む庭先の植え込みでは、木々達が個性豊かに芽吹きを競っている。




 特にカエデ平凡な緑色もあれば、赤や深紅、橙色もある。実にカラフル。その葉っぱを日に日に大きくしていくのだ。五葉の松やチャボヒバ、椿、金木犀、銀木犀などの常緑樹の中にあって、ひと際異彩を放つ。一口に常緑樹と言っても、その色合いはみんな違う。青に近いような緑もあれば、淡い緑もある。そのコントラストがまたいい。


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 植え込みの木々だから形も違えば、背丈や体格も違う。桜の前座を担った白梅や紅梅はぼつぼつ実を結ぶ準備に入っている。桜と同じで花を散らせば存在感は一気に減退する。しかし、控えめな緑も、それはそれで脇役としての役目を十分に果たしているのだ。そんな中にあって百日紅(さるすべり)は、ドンと構えて動こうとしない。「オレはゆっくり行くぜ」とでも言わんばかりに太い幹を今も茶色くさらしたままだ。近くにあるイチョウは「一足お先に」と、一直線の太い幹の下のほうから控えめに緑の葉っぱをつけ始めた。




 カエデは古来「もみじ」という。どちらかと言えば、秋に主役の座を張る。諸々の樹木の紅葉を牽引するのである。「もみじ」は「紅葉」とも書くように木々の色付きの総称でもあるのだ。秋の主役であるカエデがこの時季、こんなに紅葉するとは・・・。モノを書くことはいいこと。書くために観察もするのだ。よくしたもので、こんな時には普段見過ごしていたものまで見えるから不思議。カメラのレンズを通しても覗く。


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 何本もあるカエデの一本一本が、みんな異なる色で芽吹くばかりか、空っ風に煽られて落葉するまでに≪七変化≫をして見せるのである。例えば橙色に芽吹き、葉を付けたカエデはあと半月もすると真っ黄色に変わる。黄金色と言った方がいいかもしれない。それが徐々に緑に変わり、真夏になると真っ青に。それが秋に向けて紅葉を始めるのである。




 一方、深紅の枝垂れはその色合いを徐々に徐々に変えながら秋のゴールを目指すのだ。今赤いカエデは、だんだんその色合いを濃くして深紅のコスチュームに変わっていく。実を言うと、このカエデが一番気に入っている。だから植え込み全体の手入れの時も念入りに剪定を施すのである。木の形を整えるための冬場の剪定にとどめず、繁茂して形を崩す夏場にもきちっと手を入れてやるのだ。柔らかい緑で芽吹き、秋の紅葉で落葉するシンプルなヤツでさえ、淡い緑から同じ緑でも、段々とその緑の色合いを変化させて行くのである。昨日が雨だったせいか空は青い。色彩豊かなカエデの向こうに真っ白い富士山が。


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 これらのカエデは脚立を使わなければ手入れが出来ないほど大きいが、背丈を縮めたカエデもあっちこっちに。10本を超す。盆栽よりも2周りも、3周りも大きい、いわば露地の盆栽だ。だから形作りをする意味では面白い。自由と言ったらいい過ぎだが、思いのままに形作れる。若葉の七変化、芽吹きも、秋の紅葉も大きなカエデと全く同じだ。




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女房の存在

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 「お父さん、私がいなくなったら、どうするんです? 何も出来ないんだから・・・」



 「お前は大丈夫。俺より長生きするさ。お前のお気楽、極楽ぶりじゃあ、あと50年、100年生きるよ」


 「失礼しちゃうわ。お父さんは(困れば)いつもそうなんだから・・・。自分のことぐらい自分でやってくれなきゃあ、困りますよ・・・」


 セルフのガソリンスタンドで、車の給油をしながらの、うちのかみさんとのやり取りである。車の運転もさることながら、ガソリンの給油も最近では、みんな女房任せ。実を言うと、車の運転はともかくとして、私にはセルフ給油の操作が分からないのだ。




 「まず車の給油口を開け、取り外したコックをここに置いたら、ここをタッチ。次にガソリンの種類を選定、給油作業に入る前にここにタッチして体の静電気を取り除くんです。給油が済んだら、ここを・・・」

ガソリンスタンド

 女房は馴れた手つきで、それをやって見せる。当たり前だが、セルフの給油機は、全てが指による機械操作だ。利用者の確定処理から始まって、料金請求のレシートを受け取るまで利用者が指示してやらなければ、給油が完了しない。


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 「へえ~い、いらっしゃい」


 車で通勤していた現役時代は、頻繁にガソリンスタンドに寄った。その頃はスタンドに車を横付けにしさえすれば、顔馴染みの店員さんが黙っていてもやってくれ、最後は「毎度あり・・・」。そればかりか、タバコの灰皿から窓ガラスの拭き掃除までサービスは≪満タン≫だった。




 もちろん、そんなガソリンスタンドがなくなったわけではない。でも、ただででも利幅が少ない、この業界は長引く経済不況と原油の高騰というダブルパンチにあえぎ、四苦八苦。閉鎖に追い込まれているスタンドだって珍しくない。生き残りを賭けた自衛策に懸命なのだ。「少しでも安く」。そんな消費者ニーズと人件費の削減などスタンド側の思惑がピタリと合ったのがセルフのスタンド。街にはこのタイプがどんどん増えている。徹底したサービスで勝負するか、それとも「安さ」で勝負するかの戦いといっていい。


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 普段からモノの値段には敏感な,特に主婦達は、はしっこい。普段はノロマな、うちのかみさん,いつの間にか銀行口座を設けて、セルフのスタンドでの給油に切り替えた。「全く何も出来ないんだから・・」「自分のことは自分で・・」。待てよ? うちのかみさん、亭主に向かっていつの間にか、子供にでも言うような口の聞き方をするようになった。




 考えてみたら、その時期は会社勤めをリタイアした頃からかもしれない。現役時代は少なくとも、そんなことはなかった。その金額が多いか、少ないかは別に、サラリーを運んでくれる≪打ち出の小槌≫だったからだろう。女とは現金なものだ。いくら年金生活に舵を切ったとはいえ「お前が今、こうしてメシを食っていられるのは誰のお陰だ」と開き直ってもみたくなる。でも、そんな女房がいるから我が家がもっているのかもしれない。




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日本人の通り道

  獣道。文字の通り、鹿や熊など獣が通る道だ。山を歩いたことがおありの方なら、そんな「道」に出っくわしたことがおありだろう。人間ばかりでなく、獣だって習慣的に通る道があるのだ。今は女房からでさえ「メタボ人間」と蔑まれるわが身では、山登りどころか、ハイキングに毛が生えた程度の山菜採りだっておぼつかないのだから、そんな道に遭遇するはずがない。今は昔、そんなメタボ人間にだって、スリムで山を自在に飛び回った頃もあったのだ。


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  藪を縫い、曲がりくねりながら伸びる細い道。恐らく、人間には計り知れない動物達の悲喜こもごもの「ホームグラウンド」であり、「生活道路」の証なのだろう。その道のどこかに鹿や熊の親子が・・・。そんな思いを巡らすと、何故か少年のような夢の世界にも、いざなってくれる。毎年夏、ボランティアでユネスコの国際子供キャンプを率いて山梨、埼玉の県境にまたがる奥秩父連峰の乙女高原に行くのだが、あっちこっちに散らばる鹿やウサギの糞に出っくわした時、そこを飛び歩いていた野生動物の姿が頭に浮かぶ。そんな瞬間は結構楽しいものだ。このGW中も、その下見で登った山で何度も出会った。


乙女高原
乙女高原


 人間の通る道を獣道と一緒にしたら叱られるかもしれないが、人間にもそんな道があるような気がするのだ。外国旅行、特にツアー旅行の時である。ハワイであれ、イギリス、フランス、スペイン、イタリアであれ、日本人が歩く道は大なり小なり同じ。その昔、「ノーキョーさん」と揶揄された「旗」を立てての旅行はさすがに姿を消したものの、時代と共に変わる人気スポットは、ツアーを仕組む旅行社が違っても、そんなに変わるものではないらしい。私達はそのことに案外気付かないのだ。

旅行
コロンビアで


 いるいる。どこに行っても日本人に出っくわす。むろん相手側もそう思っているのだろう。二月、三月の春先には、卒業旅行と称した学生さん達、また一年を通しておばさんたちのグループが目立つ。新婚旅行らしい若いカップルだって少なくない。行く先々で日本人に会うものだから、とてつもなく沢山の日本人が外国のあっちこっちを歩いているような錯覚に陥るのだ。




 よく考えてみたら、何の事はない。成田や関空を毎日同じ時間に飛び立ち、同じような観光スポットを歩いているのだから、やたらと日本人に会うのは当たり前。会わない方がおかしいのだ。野生動物の獣道ならぬ人間達の旅行道を歩いているのに過ぎないのである。恐らく飛行機、一機か二機分に過ぎないお客の数だろう。



クルーズ


 それが証拠に、日本のツアーを外れて旅行してみたら、不思議と思えるほど日本人とは出っくわさない。何年か前のアメリカ旅行(大西洋―パナマー太平洋クルーズや、中国旅行(上海、蘇州)では、まったくと言うほど日本人の顔を見なかった。ちょっぴり孤独感を味わわないでもないが、広い外国、それが当たり前だ。出発時間、朝食、荷物出しの時間に到るまで、時間に縛られた旅行はもううんざり。これからは獣道ならぬ旅行道から外れた気ままの旅の方がいい。




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生活改善の不合理

 昔、生活改善という言葉があった。日常生活をいろいろな意味で合理化していこうというものだから、まったく結構なことで、未来永劫、その改善はあっていい。むしろ、何時の時代にあっても人々が暮らし易くする工夫は怠ってはいけない。しかし、ここで言う生活改善は、ちょっと違った。暮らしのパターン、特にお金、つまり経費を伴うものに、ことごとく規制をかけてしまうのである。それを今に引きずっているものも多い。


お金



 例えば、祝儀、無祝儀、病気見舞いの金額を決めたがるのだ。その殺し文句、口実は決まって「生活改善」。同じ地区内でも人は付き合いの程度、深さはみんな違うし、過去からの流れも違う。心の中ではみんな一抹の戸惑いを感ずるのだが、何事も「華美に陥らないように」という表向きの精神に反論する余地はない。




 この辺りまでだったらまだいい。地域によっては葬儀の場合の生花を飾る習慣にまでブレーキをかける地域も。お葬式は隣組を中心に運営されるが、施主のお付き合いの範囲は、当然のことながら、その地域にとどまらず、広範囲にわたる。そんな「生活改善運動」を知るよしもない相手側は弔意の印としての生花を届けてくる。さて困ってしまうのが施主側。「地域の約束事だから・・・」と、その生花をそのまま処分してもらったという笑うに笑えないような話さえあった。その量は沢山で、当然のことながら関係者に平身低頭したばかりか、かなりの経費を伴ったことは言うまでもない。


鯉のぼり


 こんなケースも。かなり前の話だが、山梨県の八ヶ岳山麓にある九つの町や村の町村長会は端午の節句にお目見えする鯉のぼり武者のぼりの掲揚自粛を決めてしまった。もちろん「住民の声」を踏まえた「生活改善運動」の一環。「みんなが競い合うようになってはいけない」というのだ。その時から、この地域から鯉のぼりや武者のぼりが消えた。



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 「これって、本当に生活改善なの?」



 「俺、そんなに経済的にゆとりがあるわけじゃあないんだが、可愛い初孫のために鯉のぼりや武者のぼりを立ててやりてえんだよなあ~」



 当然のことのようにそんな声が出た。


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 〇〇運動。そこには必ず、それなりの提案者がいる。その提案にはそれなりの社会性をはらんだり、一見共鳴できそうな理屈がある。こと「生活改善運動」提案の背景には「みんなでやれば怖くない」といった日本人特有というか、人間の性があるのだ。例に挙げた祝儀、無祝儀、お見舞いの金額規制にしても、鯉のぼりや武者のぼりの掲揚自粛にしても、それを出来るだけ出したくなかったり、したくなかったりする人の思惑が見え隠れする。「思い思いでいいじゃないか」という声の一方で「思いやり?」の大儀が優先するのだ




 みんなを同じにする。かつての小学校や中学校の制服の起こりも同じ。さすがに今は少なくなったが、県や各種団体が外国に使節団を派遣する場合、決まって揃いのブレザーやネクタイを作った。「みんな同じに・・・」。日本は総じて豊かな国になったという。でも、あっちこっちで貧しかった時代の影を引きずって歩いている?




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改元と枕詞

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 オレは偏屈オヤジなのか、バカなのか…。元号が「平成」から「令和」に変わる前、日常の、ことある度に「平成最後の○○」と言った具合に«枕詞»が付いた。5月1日、「令和」に変わったら「令和になって初めての〇〇」と、また、この«枕言葉»をくっつけるのである。。元号の改定は歴史を捉える意味でも、確かに大きな出来事。でも事象のこと如くに「平成最後の…」、「令和最初の…」と、あちこちで聞く度に「なんで、こんな枕詞を繰り返すの?」と、ちょっと首を傾げてしまうのだ。でも、そんな自分も会議などで「平成最後の…」、「令和最初の…」とやっている。




 今度の元号の改定は、これまでにないパターン。従来だと、こんな枕詞を付けようがなかった。今度のように生存中の皇位継承と違って、天皇崩御によるものであった。昭和から平成への改元は混乱の中での移行。足掛け64年、60歳定年下で官民を問わず、«その時»に遭遇した人たちは«前例»を知らないのだから、今考えれば、混乱するのも無理はない。混乱と言うより、対応に困惑した、と言った方がいい。




 昭和天皇の崩御は1月。松が明けようとする時期であった。「下血」報道で、事態を何となく察しながらも、いざ、その時に遭遇すると、みんなが慌てた。各種行事の幕開けに使う花火や太鼓はむろん、正月の祝賀行事も急遽、中止。中止。あちこちで予定していたニューイヤーコンサートにも及んだ。全てが戸惑いの中での«にわか対処»であったことは間違いない。混乱が混乱に輪をかけた。




 中には今考えれば、笑い話のようなことも。ある大きなお店の宣伝担当課長。同社のロゴマークに紅い丸が大きく入っていたから頭を抱えた。「紅を反転、黒にしなければ…」と言うのだ。「消費者に誤解や反感を買ったら元も子もない」と言うのである。動かしようもないはずのロゴマークにまで神経を尖らせた。

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 枕詞とは昔の歌や文に見られる修辞法の一つで、特に和歌などで特定の語句に冠して修辞した句調を整える語句を言うのだという。日本人は古来、この枕詞が好きな国民なのかも知れない。平安、室町の時代から、和歌を詠んだ文化人たちは好んで、この枕詞を用い、後世に数々の名歌を残した。元号「令和」の元(出典)となった万葉集もその一つだろう。




 山梨市など甲府盆地の峡東と呼ばれる地域を北から南へ縦断するように流れる一級河川・笛吹川の一角に「差出」という所があって、そこには、こんな歌が刻まれた大きな歌碑がある。




 「君が代は 差出の磯に 鳴く千鳥…」


 「君が代は…」。そう言えば、こんなこんな言葉(枕詞)が付いた歌はいっぱいあって、あっちこっちで、お目にかかる。国歌もそうだ。「差出の磯」の「差出」という地名も同じで、この「差出」は「差し出たる所」という意味だから、何処にでもあるに決まっている。ギターリストでもあった山梨出身の作家・深沢七郎は小説「笛吹川」中で、かつて、この「差出の磯」にあった茶店「ギッチョンかご」に触れている。どんな枕詞もスュチュエーションを変えれば、新鮮にも映る。「令和最初の…」も、その時々の事柄さえ変われば、当面、いくらでも使えるのかも知れない。




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子供は疲れを知らない?

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 6歳になったばかりの孫娘を見ていて、こんな小さな体に、なんで、あんなにバイタリティーがあるのか、と不思議にさえ思う。スマホやタブレット端末で遊んでいたと思ったら、私が野良仕事で疲れ、昼寝しているベッドをトランポリン代わりに跳ね回り、女房が趣味に描いている油絵にも興味を持って絵筆を執ろうとするのだ。庭を舞う蝶々を追い回して駆け回るのも«朝飯前»。台所でママが料理をしていると、それにも手を出そうとする。




 なんでもかんでも首を突っ込もうとするのである。好奇心も旺盛なのだ。だから子供は成長するのかも知れない。一日中、動き回って疲れると思いきや、どうやらヘイチャラ。疲れの一かけらも見せない。




 「明日も、幼稚園があるんでしょう」。黙っていれば夜も何時でも起きている。その代わり、一旦寝付けばバタンキュー。朝まで一度も起きない。寝顔を見ながら女房と「このまま、どこかに連れて行かれても気付かないよなあ~」と、顔を見合わせるほど、深く眠るのである。寝ていても布団を蹴ったり、寝返りも。健康の証だろう。無意識だ。




 それが証拠にディズニーランドやスキー場にパパやママに連れられて行く時も、朝が早いので、眠ったまま車に乗せられて行く。もちろんパジャマ姿。現地で、それなりの着替えをするのだそうだ。自分が子供の頃を振り返ってみれば、昼間は近所のいたずら小僧たちと遊びこけ、夜はバターンキュウ―。もちろん、遊びは全て外。夜は布団を濡らす寝小便まで。今と比較できない当時の栄養事情や室内の温度管理の差もあったかも知れない。


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 先頃、東京家庭教育研究所の鷲山佐和子さんの講演を聴いた。役員の末席を汚している「明るい社会づくり運動協議会」の総会での記念講演。鷲山さんは「子供に学ぶ家庭教育~伝わるふれあい してますか?~」と題して1時間ちょっと話してくれた。その中で、こんなことを…。


 「子供は疲れを知らない。(中略)勉強は後からついて来る。子供には遊びこそが大事だ」と。




 因みに「明るい社会づくり運動協議会」は、新入学児童の交通事故防止などを狙いに「黄色い帽子」を贈る運動など、いわゆる「明るい社会づくり」と取り組む民間団体。毎年、総会に因んで、さまざまな講師をお呼びし、お話をお伺いする。




 「子供は遊びこそが大事」。孫娘の日常をオーバーラップしながら妙に納得した。しかし、現実の家庭教育の在り様にいささか疑問も。ウイークデーの孫娘の一日。朝9時過ぎ、園児バスが家の前に。午後は3時半前に同じように戻る。問題はこの後。日替わりで、塾やスポーツ教室、ピアノなどのレッスンに行くのだそうだ。




 恐らく、このパターンは小学校、中学校、高校と内容を変えながら続くのだろう。サラリーマンは一定の時間と仕事さえ済ませば、後はフリー。カフェでコーヒータイムも取れば、赤提灯や麻雀荘にも。そんなパパたちをよそに、子供達は忙しい。同情したくもなる。でも、それって違うのだという。今時の子供たちは「当たり前」に受け止めているのだそうだ。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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