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見栄と体裁

 人は「見栄を張るな」とか「見栄を張るもんじゃない」とよく言う。私も言って来たし、言われたりもした。その通りだと思う。でも待てよ。見栄って張ってはいけものないもなのか・・・。むしろ最近は、見栄って張るくらいの方がいいと思うようになった。人がおしなべて見栄を張らず、体裁も考えなくなったら、世間はしたい放題、やりたい放題になってしまう。第一、人間、成長なんかしなくなる。


風景1


 もちろん見栄には、必要以上の背伸びや振る舞いをも含んだ意味がある。ここで言う「見栄」は単なる「虚栄」ではなく「恥ずかしい」とか「みっともない」と言った極めてありふれた心のありようを言うのだ。




 「お父さん、そんな格好でみっともないじゃあありませんか。顔くらい洗ってからにして下さいよ。お客様が来たらどうします。パジャマぐらい着替えてからにしたらいかがですか」




 朝、寝起きのまま無精髭も剃らずに新聞を読み、そのままゴロゴロしていると、女房は私をたしなめるように言う。現役時代はそんなことは絶対無かったし、そんな暇もなかった。でも「毎日が日曜日」だとこんなことは日常茶飯事。これが男だからいいが、女房や娘に置き換えてみたらゾッとする。100年の恋もいっぺんに冷めるに違いない。





 「そんなこと、当たり前じゃあないか」。そういう人も多いだろうが、見栄の原点はこの「みっともない」「恥ずかしい」にある。それがちょっと間違えたり、行き過ぎると人のひんしゅくを買う「虚栄」に繋がるのだろう。そうなると可愛くもないが、一方、考えようによったら、この虚栄が人間の成長を促しもする

風景2



 「身の丈」「身の程」という言葉がある。それに甘んじていたら人生、代わり映えもしなければ、第一、面白くも、なんともない。身の程知らずに何かに挑んだり、振舞ったりするから面白いし、そこに新たな可能性や結果が生ずるのだろう。むしろ若い方々は、もっともっと見栄を張ればいい。その裏づけのために人並み以上の努力もするだろうし、苦労もする。それが結果として成長や成功をももたらす。


風景3



 なにも聖人君子ぶったり、年寄りじみたことを言うつもりはないし、そんな資格もない。でも今の世の中、「恥ずかしい」とか「みっともない」とという言葉がどこかにいってしまったような気がするのだ。事あるたびに言いたい放題のことは言うし、電車に乗ればボックス席ならいざ知らず、衆目の座席でお化粧もすれば物も食べる。それもみんな若い女性だ。そんな人に限って身障者が来ようが、お年寄りだろうが絶対に席を譲ることもしない。




 人様のことだが「お化粧くらい、家でして来いよ」と言いたくなる。でもみんななんとも言わない。しかし心の中では「あいつバカだなあ~」と思わないまでも、いぶかしく感じていることは確か。化粧の話は些細なこと。「みっともない」ことは私達の周りにはいっぱいある。そんなことを言っている自分だってやっているかもしれない。それを知らないから困る。見栄を張るくらいの気持ちがあったら、そんなことはしない。




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薔薇のトゲ

薔薇1


  ハナから読めないならまだしも、読めるけれども、いざ書いてみろといわれれば書けない漢字は案外多いものだ。その一つが「薔薇」である。「林檎」もそうだろう。でもパソコンとは便利なもので、キーさえ叩けば一発で出してくれる。なにも軽い頭を使って覚えなくていいから、また困る。私なんか一生書くことが出来ない字の一つかもしれない。
薔薇4


 薔薇は日本人にとって桜と共に馴染み深い花。童謡や流行歌にも歌われ、小説や映画、ドラマにもしばしば登場する。日本では「花」といえば「桜」。花の代表格だが、これも日本だけ。しかし「薔薇」は世界的。日本語訳がそうしたのかもしれないが、あの有名な「野ばら」もあれば、「薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が・・・♪」と誰もが口ずさみたくなるようなものや、ちょっと渋い水原ひろしの「黒い花びら」なんて歌もある。


紅い薔薇


 人間に愛されながらもトゲがあるのもこの花だけ。「美しいものにはトゲがある」などと美しい女性に例えられることもある。「お前にはトゲがないからいいよなあ~」。冗談交じりに喧嘩を売られたとも知らない、うちのかみさんは「何なの?それ・・・」と、キョトンとしながらも、その意味を知って「失礼しちゃうわ。まったく・・・」。



 そのかみさんが植えた薔薇が庭の植え込みのあっちこっちで今が盛りとばかり咲いている。赤、ピンク、橙。大輪のものもあれば、比較的小さいものも。それぞれ咲いている期間は結構長い。種類によっては、これから夏、秋、さらに冬の寒い時期まで咲く薔薇だってある。一年中、楽しめるのだ。よく見ると満開だったり、もう峠を過ぎた花の隣で次々と蕾をつけるのである。


薔薇2



 三分咲き、五分咲き、八分咲きと徐々に花を開いて、春の柔らかい風に吹かれてハラハラと一斉に散ってしまう桜とは違って風情こそないが、そこはかとない重厚さがある。「薔薇」は「ばら」のほか「そうび」とか「しょうび」とも読む。今6月の誕生花で、俳句で言えば夏の季語。ただこの花は不思議な花で「冬薔薇」(ふゆそうび)となると冬の季語になる。季語では≪二重人格≫なのだ。世に多いブスのひがみ。美人の女性にオーバーラップして使われるのもそのためだろう。ラテン語ではRosa。ローズピンクというように色の代表としても使う。クレオパトラの薔薇の硬水は有名だ。
 薔薇の種類は100種類にも及ぶという。我が家にだって、よく見たら10種類以上もの薔薇がある。いずれも、かみさんが、いつももように後先かまわず、行き当たりばったりに植えたものだが、花を付けているうちはいい。いくら無粋者の私だって美しい花を愛でる目ぐらい持っている。


薔薇3


 でも、これほど頭に来る、というか腹が立つヤツはない。花を落とした後だ。当然のことながら秋から冬場にかけて植木の手入れをする。この時、シャツやズボンならまだしも手足まで傷だらけにさせられるのだ。薔薇のトゲは半端ではない。それなりの注意はしているのだが、ことごとくに邪魔をするから正直、頭に来るのである。悔し紛れに剪定鋏で・・・。そこからご想像の夫婦喧嘩。「どうして切ってしまうのよ」。目を剥いて怒るのだ。トゲがあるのは美人だけと思ったら、うちのかみさんにもでっかいトゲがある。そんなかみさんも植え込みから薔薇を切り取って来ては 居間などの花瓶にいけている。女である。




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商社マンと玉葱

ビール


  「やあ~、お久しぶり。今、どこの部署に?」



 「今は本社さ。半月ほど前、東南アジアから帰ったばかり。5年ぶりの本社勤務だよ。やっぱり日本がいいねえ」


 「東南アジアでは、どんな仕事を?」


 「百姓さ。百姓。厳密に言えば百姓の棒頭さ」


 「商社マンが百姓? 棒頭?」


 「そうさ。分かり易く言えば、人件費の安い東南アジアで玉葱などの農産物を作らせ、日本への輸入を図るんだよ。毎日、その現場指揮をしていたのさ」


タマネギ


 もう大分前のことだが、久しぶりに会った友と酒を酌み交わしながら、こんな話をした。この男は大学を出たあと、大手の商社に入り、れっきとした商社マンとして活躍していた。その仕事ぶりは私がイメージしていた商社マンと違っていたから、一つ一つ話は面白かった。久しぶりの再会も手伝って話は弾み、酒も進んだ。この商社マン氏によれば、人件費削減のターゲットとする国は、月給が日本円で1万円以内の所だという。


酒


 「あなたも知っている通り、農産物に限らず、商品のコストダウンを図るためには、まず人件費の削減だ。それだけじゃあダメ。こちらが求める質と量を安定的に作らせることだ。その上にもっと肝心なことがある。玉葱であれ、キューリであれ、全てを同一規格にすることだ。そうでなければ、我々はひとつたりとも引き取らない」


たまねぎ


 「安定供給もさることながら、同一規格にすれば国内で流通させる場合の箱詰めひとつとっても無駄なく、合理的に出来る。第一、値札を付ける場合に、いちいちハカリを使わなくても済む。スーパーなど小売店の省力化、つまりはコストダウンに繋がる寸法さ。形も目方も同じだから、売る側は機械的に値札だけを付ければいい」


トマト


 「そう言えば、スーパーに限らず、生鮮食料品の小売店でハカリが姿を消しちまったよなあ・・・」



 「ハカリで計るという行為ひとつ取ったって、商品のコスト計算上はバカにならないものがあるんだよ」

キュウリ


 山梨市の田舎で生まれた百姓の倅でありながら学生時代からサラリーマン時代のざっと45年間を東京や甲府で過ごしてしまった。自ずと食卓に載る全ての野菜はスーパーや八百屋さんから。現在のように女房と二人で作る曲がったキューリなどお目にかかりようもなかった。一転して今はナスもトマトも大根やサトイモ、玉葱、サツマイモも、みんな形がまちまちであるばかりか、傷モノもいっぱい。でも味は変わらない。むしろ、自分が作った贔屓目かもしれないが、こっちの方がうまい。真っ直ぐであろうが、曲がっていようがキューリの味は同じだ。
 商売上のコスト削減や流通の合理化が、いつの間にか消費者の商品概念を変えた。でも、その反動からか、それが次第に見直されている。「道の駅」など田舎の直売所では形にこだわらないナスやキューリが売れている。消費者だってバカじゃあない。地域の農家と、そんな消費者がうまくかみ合い、どこも人気上昇中なのである。





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趣味のキルト展

キルト1


 へえ~、と思うことがある。玄人はだしという言葉があるが、趣味で始めたことが、やがてプロ顔負けの技を、いとも簡単にやってのけることがしばしばある。もちろん、私のような盆暗には望むべくもないが、そこには人知れない、それへの興味というか執着と努力があることだけは確か。それがまた、技術や奥行きを深めてゆくのだろう。




 先日、甲府市内の総合市民会館でご婦人たちの趣味のグループが開いたキルト展を見せていただいた。普段なら私ごときの野暮天が覗く所ではないが、麻雀仲間でもある高校時代の同級生の奥さんの作品発表とあって喜んで足を運んだ。そこには所狭しと、メンバーの作品が並んでいた。


キルト2



 まさに、へえ~、である。キルトはアメリカやメキシコ、スペインなどの専門店やお土産物屋さんで何度も見たことはあるが、そこで見た≪商品≫と優るとも劣らない作品がずらり。グループの作品発表の場なので作品の脇には出展者の名前が。野暮天の私をいざなってくれたご婦人は同級生の奥さんだから、言わずもがな60歳を超している。


キルト4


 普段は日本一の葡萄の産地・山梨県勝沼町で一丁五反もの葡萄園を栽培するご主人を支え、一年を通しての果樹園の仕事と、シーズンには直売所で観光バスやマイカーでやって来るぶどう狩りのお客さんを見事にさばいてみせる。文字通り内助の功を発揮するのだ。私と同じように、どちらかといえば麻雀しか取り得のないご主人とは、ここから先が違う。




 忙しい畑仕事の合間を縫ってキルトの趣味グループで頑張っているのだ。何年ぐらい続けているかは定かではないが、2年や3年ではないことだけは確かだ。このご婦人、そればかりではない。書道は師についてもう何十年と習い、今では師範格の腕前。毛筆でも硬筆でも、それは見事な字を書く。ご主人はお酒を飲まないのだが、私達、男どもが麻雀や酒に現を抜かしている間に、さまざまな趣味と取り組み、力をつけているのだ。同じ麻雀仲間に限ってみても、定年でその職を後進に譲った元特定郵便局長夫人はピアノの先生、清涼飲料の販売会社を営むオーナー夫人は日本舞踊の師匠。いずれも趣味の域を超えている


キルト3


 キルト展の会場には男性客は珍しい。そんな中で私のような野暮天がもう一人。




 「やあ~、お久しぶり。あなだも義理のお付き合い?」。




 「そうですよ。女房の下働き。小間使いみたいなものですよ」。



 調子に乗って野暮天などとは失礼千万だが、この方は私がサラリーマン現役時代お付き合いをさせて頂いた電力会社の幹部で、実はこのキルト展の主催者、つまり先生のご主人だった。「かみさんの意向を聞いて作品の額を用意したり、展示作業を手伝ったり。いわば小遣さんです」。そのお人柄だろうか、まんざらでもなさそうにニコニコしながら話してくれた。



キルト5


 キルトはヨーロッパの寒冷地で保温着として生まれた。布地の有効利用のために余り布を繋いで作ったのが始まりだという。日本では、この展示会のように多色の布を縫い合わせたパッチワークキルトが主流だそうだ。その織り成す変化は無粋者でも見ていて楽しい。




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いびき

ネコ


 「お父さんねえ、うちのミーコ(猫)、今朝起きたら玄関先で気持ち良さそうに、いびきをかいて寝ていましたよ」



 「バカ言え。お前じゃああるまいし、猫がいびきをかくか」


ミー子


 ミーコとはいつの間にか我が家に住みついた野良猫だ。女房とそんな話をしていたら、いつもこのブログにお出でいただく「なめネコれお君の母」さんから、たまたま、こんなコメントが。


 「・・・。パソコンを叩いている脇でれお君(猫)がいびきをかいています。・・・」




 やっぱり、うちのかみさんの話は、まんざらの冗談ではなかった。勝手に住みついた野良猫と、恐らく居間の中で我が子のように可愛がられている猫の違いがあるにせよ、そのいびきの様を想像しただけでも愛嬌があって可愛いい。思わず笑ってしまいたくもなる。


ミー子2


 転じて、うちのかみさん、こうして私がパソコンを叩いている後ろのベッドで、それは見事ないびきをかいてみせる。猫のいびきと違って、お世辞にも可愛いいとは言えない。しかし、このいびき、なにも今日に始まったものではないから、それ程気にもならない。ところが、突然、そのいびきが止んだと思ったら「お父さん、何時までパソコン、叩いているんですか。眠れないじゃあありませんか。早く電気を消して寝てくださいよ・・・」




 「バカめ。自分のいびきを棚に上げて勝手なことを言うんじゃないよ」と心のうちでは思うのだが、それを言ったところで仕方がない。「分かった、分かった。もう寝るよ」と、適当にあしらってパソコンを叩いていると、またいびきが・・・。天下泰平である。


1


 うちのかみさんのいびき、それは半端ではない。時にはまるで地響きのようないびきをかく。でも人間、慣れとは恐ろしいもの。一緒に寝ていても子守唄にも聞こえるから不思議。とは言っても、それを気にも止めず、腹も立たないと言ったらウソになる。翌日の事を考え、一刻も早く眠らなければならない時だ。そんな時、私にはちょっとした≪処方箋≫がある。指先で肩を押し、身体を横向きにさせれば、いびきはピタリと止む。かみさんも無意識ながらも、それを知っているのだ。




 いびきは横向きにうずくまった状態ではかかない。反対に仰向けに寝ると顎が上がり、生理的にもいびきをかき易くなるのだそうだ。かみさんのいびき、お尻を大きくし、我が家での存在感を増すに連れ顕著に。連れ添ってもう48年。それが証拠に20年前、30年前、ましてや新婚時代は、こんないびきはかかなかった。加齢に従ってだんだん温厚になる亭主族とは裏腹に女房族は、どんどんしたたかになる。憎らしくなることもあるのだ。


夫婦


 千葉県の柏にお住まいで山梨の我が家にも時々遊びに来る知人が、お酒を酌み交わしながらこんなことを言ったことがある。「女房のいびきに付き合いきれない時は別の部屋に寝るんですよ・・・」。この方は、かみさんの学生時代の同級生のご主人。いびきの主の共通点は≪体格≫がいいこと。もう一つは屈託がないというか物事に大らかな性格の持ち主だ。女性のことは分からないが、男の場合、総じて私のようなデブの方が、いびきが大きい。




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釣りキチの季節

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 6月の声とともに山梨県地方でも早い所は鮎釣りが解禁となった。太公望には待ちわびたシーズン到来というところだろう。同じ≪釣りキチ≫でも、それはさまざまのようで、鮎釣りしかやらない人もいれば、海釣り専門派やヤマメや岩魚など渓流釣り専門の人もいる。何故か何でもやるという人は少ないのだそうで、いつの間にかそのいずれか一つの方向に絞られていくのだという。





 前にも書いたことがある高校時代の同級生の≪釣りキチ≫さんは、海釣りもやれば渓流釣りもやった。元々秀才タイプだが、へそ曲がりなところがあって昇任試験を受けようとせず、山梨県警時代を名うてのデカ(刑事)で通した。バンカラな性格に緻密さも備えているから、まさにデカにはうってつけ。



 「落としの〇さん」として名をはせもした。退官に近い晩年、「手口」も担当したから犯罪者心理にも詳しい。犯罪者の心理を斟酌し、それと真正面から向き合うデカの仕事。渓流に獰猛な山女や岩魚を追う、この「釣りキチ」さんの気持ちがなんとなく分かるような気がする。


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 現役時代からの「釣りキチ」は、退職後も。一足早く«あの世»に行って久しいが、元気な頃は何処から何処まで山女や岩魚を追っかけては渓流から渓流へと飛び歩いた。自らが住む山梨県は言うまでもなく、お隣の長野県や岐阜県、新潟や富山県にも足を伸ばす。自分の足で歩くので、地図には滅法詳しい。山深い渓流に入り込んで行くのだから、幹線道路ばかりでなく、各地の林道、地図にもない山道まで知っていた。



 クマやイノシシ、サルにもちょいちょい出っくわす。時には何百㌔もありそうなツキノワグマに目の前で仁王立ちされ、度肝を抜かれたこともあるという。元来、肝っ玉が据わったこの男でも「真っ青になった」。「釣りキチ」は、単なる「釣りキチ」にとどまらず、それに関連して遭遇する、どんなことにも知恵を生み出していくらしい。




 デカと犯人の心理戦と同じように、一端でも弱みを見せたら負け。体の大きさだけではない。咄嗟に逃げ出さずに、対峙することが大事だそうだ。虚勢でもいい。「いくら柄が大きくてもクマだって相手の人間が怖いんだよ」。そんなことを話してくれたことがある。目指す山女や岩魚は、もっと神経質で敏感な魚。無神経に足音を立てたり、人影を見せたら≪戦≫は負けだと言っていた。そんな釣りキチが懐かしい。あの世でも釣りをやっているのだろうか…。 


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 多くの「釣りキチ」が凝るように、この男も竿など釣り道具には、ちょっとうるさいらしい。釣り道具と一口に言っても竿や仕掛けばかりではない。服装も含めてだ。毎月13日、無尽会名目で同級生が集まっては飲み会を開くのだが、「今日、ここに来る途中で買ってきたんだよ」と、立派なウエットスーツを見せてくれたことがある。長靴から連動、胸まである防水処理のスーツのお値段は3万円近いとか。





 同じハンターでも鉄砲撃ちと呼ばれる獣ハンターは、チームプレイ型。しかし、釣りハンター、とりわけ渓流派は単独型が多いのだそうだ。




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海釣りと一宿一飯の恩

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 磯の香りとか潮の臭いという。私のように山国・山梨の片田舎に住む人間にとって、この磯の香り、潮の臭いは新鮮で、たまらなく好きだ。だから旅行や行楽といえば、真っ先に考えるのは、ほとんどが海辺りのリゾート地である。娘が小さい頃は、伊豆や下田などによく行ったものだ。その娘も四十路を過ぎ、立派な人妻に。今は昔の話である。



 昔話といえば、海釣りに行ったことがある。高校時代の同級生に≪釣りキチ≫がいて、やはり静岡県の沼津にキス釣りに連れて行ってもらった。この男、当時は山梨県警の敏腕デカ(刑事)。一般的なサラリーマンと違って「泊まり」「明け」などという変則的な勤務ローテーションがあって、それを逆手に、時間を上手に遣り繰りしては趣味の釣りをするのである。




 キス釣りは、浜辺で大きな錘をつけたリールを沖に向かって投げては獲物を狙うのだ。元来せっかちな私には、所詮、釣りなど似合わないと思い込んでいたのだが、これが結構、面白い。最初は横にばかり飛んで、前に真っ直ぐ飛ばなかったリール投げもすぐにマスター。キスという魚がそれほど大きくないせいか、それとも重い錘をつけているためか、あまり手ごたえを感じないのだが、面白いように釣れるのである。


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 浜辺の後ろには、夏の賑わいがウソのように人っ子一人いない海の家が。海水浴のシーズンを終え、間もなく取り壊される運命の「海の家」は廃墟のように寂しい。そういえば私たちが釣りを楽しむ海も海水浴の頃の静かな海と違って心なしか荒々しい。はっきりとは覚えていないが、その時季は海仕舞いをして間もない8月終わりの頃だったのだろう。



 「ところで、今夜は何処に泊まるんだい?」


 「ここさ・・・」



 友が指差したのは、今は夏の賑わいから忘れ去られ、浜と道路の間に寂しくたたずむ、その海の家だった。お互い、年端も中途半端な貧乏サラリーマン。今宵の宿がバラック同然の海の家であることに何の抵抗感もない。まだ本格的な涼風が立つには早い。そこでのゴロ寝でも大丈夫、という計算だ。


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 ところが釣り行きには慣れたはずの、この男の計算違いは藪っ蚊。日が落ちる頃になると、そのけたたましい≪襲撃≫が始まるのだ。そもそもが、田舎者の二人。蚊の一匹や二匹にはビクともしないのだが、海辺の蚊はすごい。「どうやら今夜は眠れそうにない」。覚悟を決め込んだ矢先に≪救いの神≫が。



 「あんた方、ここに寝るつもりかい?この辺り、海の蚊は半端じゃあないよ。よかったらうちに来て泊まりなせえよ」



 見ず知らずの親爺さん。年格好は今の私たちと同じくらい。70歳半ばとお見受けした。親切にも、何処の馬の骨とも分からない二人を自宅に連れて行き、泊めてくれたのである。全くの善意。しかも酒に肴付きである。一宿一飯、この親爺さんの顔とご家族の恩は今も忘れない。一方で、自分もかくありたい、と思っている。世の中、いつの世も捨てたものではない。




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磯の香り

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 花粉症の季節はぼつぼつ峠を越す。でも、その症状をお持ちの方にとっては、まだ安心するわけにもいくまい。花粉症を患う人は、私の周りにも結構いる。そんな仲間達に「オレのような田舎者は絶対に花粉症なんかにはならんよ」と、豪語するのである。




 山梨市のこの辺りは田舎で、氏神さんの境内であれ、何処であれ、あっちこっちに杉が植えられていて、その真っ只中で、杉鉄砲で遊んだ。わんぱく小僧の時代である。今は山梨市に合併されたが、隣村の牧丘町や三富村の場合は、山付き地帯の多くが杉や檜の山林。その時季になれば、付近の空が真っ黄色になるほど花粉が飛んだ。花粉症にお悩みの方だと、そんな話を聞いただけでも具合が悪くなるだろうが、それが当たり前だから、気にも留めないどころか、取り立てて目にも映らないのだ。


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 今その杉の山林から、かつての何倍もの花粉が飛散しているのだそうだ。安い外材の進出で国産杉の需要が低下、何処の山も荒れるに任せている。下刈りや間伐など山に手を入れないから杉林は痛む。勢い、子孫を残そうとする植物の本能から多く実を付けようとする。花粉の飛散量が増える原因がこんな所にもあるのだ。




 そんな社会的な環境はさて置き、アレルギーに敏感な人たちの方が花粉症の餌食になり易いのだろう。裏を返せば、私のような鈍感者は、その≪魔の手≫から逃れることが出来るという訳か。でも、花粉症の仲間たちは「花粉症はアレルギー現象だから、バカにしていたら、お前だって・・・」と、脅かしてくれるのだ。




「あいつは鼻がいい」。そんな言葉がある。物事の変化を機敏に察知することを言うのだが、世の中にはそんな「鼻のいい」人間は居るものだ。その「鼻がいい」とは別に、本当に鼻の感覚、つまり臭覚がいい人間が居るものである。もう何十年も前の若い頃の話だが、夜を徹して海釣りに行き、翌日、普段通りに職場に就いたのだが、身近にいた女性の一人は、それをズバリ察知したのだ。潮の香りだという。




 その前夜、仕事が終わった後、親しい市役所の幹部二人と甲府市内の肉屋の座敷でしこたまお酒を飲んだ。結果的には、その市役所幹部は予め計画していたのだが、そのまま静岡県の沼津に近い美津浜という所に海釣りに行こうということになった。その時代、東名高速はあったが、中央道はない。甲府からだと、富士五湖の河口湖や山中湖、雁坂峠を経て、御殿場へ抜け、沼津から目的地に向かうのだ。


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 夜中の12時過ぎに出ても明け方前に美津浜へ着く。夜明けの4時には沖に船を出し、7時には浜に戻って甲府に帰るのだ。メジナのような大物は私のような素人には望むべくもないが、メバルは自分でも信じられないほど釣れた。それぞれの釣果を車のトランクに納めて、何食わぬ顔で職場に。家にも帰らず、職場に直行だ。もちろん、一睡もしていない。

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 若いから夜中までの深酒もウソのように抜け、海風を受けて来たせいもあって気分は爽快。しかし、その潮の香りが仇となって、若気の至りの悪行は敢え無くバレバレ。世の中には感というか、鼻のいい人はいるものだ。釣果のメバルは言うまでもなくその人に。




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『箱根八里』

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箱根


 私の母校・日川高校の校歌もそうだが、何気なく歌い、後世に歌い継がれている歌の中には、字面を見ると難解とも思える歌詞が少なくない。難解でなくても、歌う側の立場によって、頷けるものもあれば、そうでないものだってある。



 箱根の山は 天下の嶮 函谷関も 物ならず
 万丈の山 千仞の谷 前に聳え 後に支う
 雲は山をめぐり 霧は谷をとざす
 昼猶闇き 杉の並木 羊腸の小徑は 苔滑らか
 一夫関に当たるや 万夫も開くなし
 天下に旅する 剛気の武士 大刀腰に 足駄がけ
 八里の碞根 踏み鳴らす
 斯くこそありしか 往時の武士





 ご存知、中学唱歌の「箱根八里」だ。作詞は鳥居忱、作曲は滝廉太郎。明治34年(1901年)というから、もう100年以上も前に作られた歌である。かみさんと娘夫婦の4人が、娘婿の運転で箱根に一泊二日の小旅行をし、新緑の箱根路を走りながら、何気なく口ずさむ。100年も経っても、少しも色あせないし、大人も子供も、なんとなく「箱根」をイメージしながら歌っている。歌とは不思議な生命力を持っている。


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 でも歌詞の字面を見ると、これほど難解な歌はない。「天下の嶮」「万丈の山」ぐらいは、いいにしても「函谷関も」とか「一夫関に当たるや」となると、私なんぞの浅知恵では・・・。それもそのはず。この歌の歌詞は李白の漢詩「蜀道難」の一節「一夫當闕 蔓夫莫開」が引用されているのである。




 歌詞に登場する「函谷関」は中国の長安と洛陽の間「関中」の入り口にある関所。王朝のいわゆる死命を制する要衝として有名だ。そんなことを紐解くと「箱根八里」の奥がまた深くなる。箱根八里とは旧東海道の小田原宿から箱根宿までの4里と箱根宿から三島宿までの4里を言った。大井川をしのぐ東海道の難所・天下の嶮であったことは間違いない。




 この唱歌の面白い所は一章(一番)の歌詞が「昔の箱根」なら、二章(二番)が「今の箱根」。歌詞は微妙に違ってくる。その二つを重ね合わせても、少しも違和感がない。前にも書いたが日川高校の校歌。同窓でなければ、全く関係がないし、どっちでもいいことなのだが、その3番。



 質実剛毅の魂を 染めたる旗を 打ち振りて 
 天皇(すめたみこと)の勅(みこと)もち 勲したてむ 時ぞ今




 堅物の方が字面だけで読んだら確かに違和感がないでもない。でも歌は理屈ではない。それぞれの心の窓であったり、思い出のひとコマ。人生をオーバーラップしたりもする。




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老舗ホテルと大名家

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箱根富士屋ホテル


 箱根の山は緑が爽やかだった。標高差のせいだろうか。里の青葉と、ちょっと趣を異にし、まだ若葉の感も。老舗ホテルの「箱根富士屋ホテル」は、そんな初夏の自然と見事に調和していた。建物の造りとは不思議。何故かそれが古風であればあるほど、新しい周囲にも、古い周囲にもよく似合うのだ。古くも新しくもない今の自然は、その主役達と普遍の調和をもたらす。




 箱根富士屋ホテルと同じように、今は経営の実権がどのようになっているのかは,私たちには分からないが、国際興業グループの経営といわれる山梨の「フルーツパーク富士屋ホテル」もその一つ。私が住む「隣村」みたいな所だから、結婚式であれ、宴会であれ、ちょいちょい行かせて頂く。JR山梨市駅から車で5~6分の小高い山の上。


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フルーツパーク富士屋ホテルより盆地を望む(HPから)



 そこからの眺望は素晴らしく、御坂山塊を従えた富士山が正面に、その下に甲府盆地を一望できる。特に夜景はロマンチックで、恋人達のデートスポットに。新日本三大夜景にも選ばれた。あの福島原発騒ぎに端を発して電力消費の削減がうるさいが、そこへの山道に連なる葡萄を型取った街路灯は、見る所によってはロマンチックであり、幻想的だ。夜、中央道を走ったことのある方なら、よくご存知だろう。そこからもよく見える。


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新日本三大夜景



 レンガ色のホテルの背景には、春から夏は緑や青葉の山が、なだらかな斜面の前衛にはフルーツパークが。葡萄、桃、梨、林檎、柿、石榴、栗,銀杏。甲州八珍菓はちょっと古い引用だが、山梨県を代表する、いわゆる果物の殿堂だ。フルーツパークの名の通り、さまざまな果物にお目にかかれるし、シーズンには、瑞々しく味わうことも出来る。ここにあるのも自然。ビジネスホテルはさて置き、リゾートのホテルは、それが人工であれ、天然であれ、≪自然≫を無視したら成り立たない。緑や、やがての紅葉は人間の癒しの源なのである。お気付きだろうか。かつては青色だった青信号が緑に近い色に変わっていることを。


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フルーツパーク(山梨市)


 東京などコンクリートの都会にある老舗のホテル。ここだけは緑に囲まれた別世界。東京のど真ん中でこんな緑の庭園が・・・。それもそのはず。多くはその昔、大名家の江戸屋敷だった所。広大な緑の典型は皇居。元はと言えば、徳川政府の官邸であり、公邸であった江戸城だ。江戸幕府の中枢だった所である。




 赤坂、紀尾井町にある赤坂プリンスホテルやニューオオタニなどは、その名の通り紀伊、尾張、つまり徳川御三家の江戸屋敷跡なのだ。五反田の八方園も大名屋敷の一つ。目黒の雅叙園や目白の椿山荘も。六義園など東京に点在する名のある庭園のほとんどもそれである。桂離宮や浜離宮は皇室のそれ。




 明治維新とともに、大名家は没落、その一等地は財閥などの手に渡っていく。その過程では伯爵、公爵と呼ばれた時代だってある。だが、かつてのような石高、つまり経済のバックボーンは残念ながらなかったのである。箱根富士屋ホテルの別館ともいえる「菊華荘」は、天皇家からの払い下げ。平たく言えば、お金持ちが買い取って行くのである。逆に言えば、そんな逞しい力が今に古き文化を伝え、厳然と生きづいているのだ。


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漁港の食堂

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小田原港


 ツアーであれ、マイカーであれ、国内を旅する時、必ず立ち寄るのが、行く先々のお土産物屋さん。海辺の旅先だと海産物を扱う、いわゆる「魚センター」である。どこも平屋で、お世辞にも綺麗とはいえない、だだっ広い建物の中には、あるある。同じような海産物を並べた店がいっぱい。みんな間口が1間半から2軒ぐらい。そのたたずまいや相関的に醸し出す雰囲気が、私たちお客の購買欲を掻き立てるのだ。潮の香りが心地よい。




 私たち夫婦は、娘夫婦を連れて、いや娘夫婦に連れられて、といった方が正しいが、箱根に旅した後、小田原に足を伸ばした。小田原といえば、あの「小田原評定」小田原城であり、食いしん坊なら名産の蒲鉾。一夜をゆっくりと過ごさせて頂いた箱根宮ノ下の「富士屋ホテル」を10時にチェックアウト、ドライブ気分で箱根の山を降りた。恐らく、箱根駅伝の復路のコースを辿ったのだろう。


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箱根富士屋ホテル


 小田原魚市場に併設したような「さかなセンター」に着いたのは午後1時を回っていた。小田原城公園を散策していたからだ。私たちのような大人ばかりの家族連れや、子供の手を引く若いお父さんとお母さん、仲良く手を繋ぎ、のんびり歩いてゆく恋人カップル・・・。公園の中は、思い思いのスタイルの人たちが初夏の休日を楽しんでいた。天守閣の上からは、眼下に小田原の市街地が、振り向けば、すぐ近くに真っ青の海が見える。


小田原城_convert_20110601214143
小田原城


 「あの小田原評定、ここでやっていたんだね」。天守閣のてっぺんで、殿様にでもなった気分で眼下の街並みを見ていた私の傍で、かみさんが独り言のように言った。「小田原評定」とは戦国の昔、この地を治めた北条氏の重臣会議、つまり、国の諸事を決定する行政機関である。史実によれば、毎月2回ずつ開かれていたとか。



 ただ、この小田原評定、豊臣秀吉のいわゆる「小田原攻め」の時、外に撃って出るか、篭城かで会議の意見が分かれて結論が出なかった。このことから「いつになっても結論が出ない会議や相談」という意味の比喩に使われるようになったのである。



 何処のお城もそうだが、天守閣の階段はきつい。私のようなデブのなまくらには絶対に重臣は務まらなかっただろう。この日の朝、ホテルで温泉に浸かり、前の晩の迎え酒のようにビールをそこそこ飲み、たらふく朝飯をいただいたのに、よくしたもので腹が減る。旅先だから食べられる朝飯だ。天守閣の階段の上り下りは、それほど大きな運動量なのだ。


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 何処の魚センターにも美味しい海鮮料理を食わせる食堂がある。ここではセンターの中ばかりでなく、隣接した魚市場の2階のようなところにも。いかにも大衆食堂といった感じで、お客さんが列を成していた。ギュウギュウ詰めで80席ぐらいの広さ。みんなセルフサービスである。

おさしみ定食_convert_20110601215513


 1階のセリ場はこの時間だと、とっくに業務を終わってしまったのか、それとも日曜日だからか、人っ子一人いない。列を成しているのはみんな行楽客。お刺身定食、海鮮丼・・・。当然、魚料理ばかりだ。うまい。新鮮感覚が拍車を掛けるから、なおさらである。ビールが欲しくなる。「また、お飲みになるんですか」。かみさんの≪ブレーキ≫で思い止まった。




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食文化の違い

韓国


 日本のご婦人たちが追っかけまでした、あのヨン様ブームはどこへ行ってしまったのだろう。

ヨンさま


 日本と一番近い国・韓国。顔も体形もそっくりだから、言葉をしゃべらなければ、その区別はつかない。でも、当たり前だが、習慣やモノの考え方はまるで違う。食文化だってその一つだ。




 つい先日だが、在日の韓国のご婦人と昼食をご一緒する機会があった。カレーを注文、カレーをご飯にかけたまではよかった。あっ、と思ったのはそれからだ。ご婦人は一緒についてきたポットの小さなラッキョウや福神漬けを載せ、やおらにかき混ぜ始めた。そのかき混ぜ方は、そんな簡単なものではなく、皿の中のカレーライスは、なんとも言えないグロテスクなシロモノに変身していた。


カレーライス


 それを見ながら、ふと、私たちが焼肉屋さんで食べるビビンバを思い出した。親しい甲府の焼肉屋さんのご主人がこんなことを言ったことがある。



 ビビンと言うのは韓国語で混ぜる、はご飯の意味だ。簡単に言えば、混ぜご飯。よく混ぜることが美味しく食べるコツなんです」



 そのご主人というか、社長はカネの器のビビンバを上手にかき混ぜた。よく見ると、やはりグロテスクだが、それほど違和感はない。ビビンバとはそういうものだと思っているからだろう。ところが、目の前のカレーライスはいかにもグロテスク。人間の食に対する概念かもしれないが異様に写るのだ。




 食文化の違いなのである。日本ではかき混ぜる食は少ない。納豆やとろろなど、かき混ぜることによって粘りを生ずるものくらいのもの。盛り付けられた料理を丸ごとかき回すことはない。日本の食文化は味や香り、風味、食感など、いわゆる口や鼻で味わうばかりではなく、目でも食べるのだ。だから、色や盛り付けにも工夫を凝らす。


日本料理2



 考えてみれば、日本料理ほど、繊細な食は世界にないだろう。世界の3大料理と言われるフランス料理、中国料理、トルコ料理。さらに韓国料理やロシア料理・・・。おしなべて、みんな大雑把だ。食べ方ばかりではない。食を盛り付ける器だってそうだ。例えば、フランス料理だって、器のサラも極めてシンプル。


中華



 箸。欧米では主にはフォークやナイフ、韓国や中国では箸を使うが、その箸はカネや竹。これもシンプルである。ところが、日本では、この箸まで凝っている。ホテルや旅館、料理屋さんでは凝った割り箸を使う。そればかりか、綺麗な紙の袋や紅白の水引をもあしらったりする。もちろん使い捨て。古くから衛生面を考えたものだろう。


日本料理


 しかし、この割り箸、ようやく見直されようとしてきた。自然保護、省エネの観点からだ。いわゆるマイ箸の動きである。でも、それによって食の文化が変わるわけではない。





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蔦の爪あと

蔦3



 「蔦の葉絡まるチャペルで・・・」と歌われたり、高校球児のあの暑い夏を連想させる甲子園球場の蔦いかにもロマンチックであったり、爽やかな青春を思い起こさせる。街を歩いていて鉄筋コンクリートの建物を包み込むような青々した蔦を見ると、いかにもクラッシックな洋館を髣髴とさせ、そこに住む人たちの生活ぶりをのぞいてみたくなるのは私ばかりではないだろう。





 私がこれから言う蔦はそんなロマンチックなものだったり、爽やかなものではない。会社をリタイアして戻った実家のお蔵の白壁は蔦に覆われていた。覆われていた、なんてものではなく、あるものは枯れ、汚らしく二階の屋根まで這い上がり、大きなお蔵は廃墟をも連想しかねないぶざまな姿を露呈していた。


蔦  



 ご存知、蔦はタコの吸盤のようなものを持っていて、コンクリートでも、土壁でもどんどん這い上がってしまう。これを取り除くのに始末が悪いのは枯れた蔦である。生きていれば、引っ張ればつるごと取れるのだが、枯れているとポリポリ折れてしまう。腹が立つ。そればかりか、吸盤は小さいから壁に張り付いたままで、取れないのである。枯れた蔦も高い所は梯子を架けて取り除いたが、点々と壁一面に残る吸盤は今も残ったまま。長い間、お蔵にとどまらず、ほったらかしにしていた付けであり、証明である。





 というヤツは畑であれ、空き地であれ、絶対に真ん中には生えないのだそうだ。しかも綺麗にしているところには顔を出さない。つまり、建物や石垣の近くで、這い上がれる所があることが条件だ。蔦の葉か絡まるチャペルや甲子園の蔦は少なくとも人為的に作ったものだが、みんな垂直に這い上がっているのは共通である。いったん始末して、綺麗にしておけばもう顔を出さない。いって見れば、蔦という植物は人や自然の弱みに付け込んで生きる嫌なヤツなのである。


蔦2



 「放って置けば必ず森になる」。秩父多摩甲斐国立公園の山梨県側の一角に乙女高原がある。そこはかつてスキー場だった所。春から秋、色とりどりの野草が花を咲かせ、今では野草の宝庫とまで言われるようになった。その草原を守ろうと、山梨市のある小学校教諭の呼びかけで、ファンクラブが出来た。毎年11月23日に山梨県内外のファンボランティアが集まって下草刈をし、翌年5月にはロープの遊歩道作りをする。





 この下草刈をしないと、あっちこっちに生えるブッシュが、やがて森になってしまうのだそうだ。各地のスキー場がシーズンオフ、野草が咲き乱れる草原として人気を集めるのは、雪の上にブッシュが顔を出さないように秋の下草刈を欠かさないからである。




 蔦ばかりではない。我が家の周りの道の石垣には、かつては小さな芽に過ぎなかった木の芽が長く放って置いたツケなのか大きなブッシュとなって、あっちこっちで道をふさいでいた。この道は6尺ほどの幅を持つ古道。車社会になって忘れ去られようとしている道だが、朝夕犬を連れて散歩する人は結構いる。道をふさいだブッシュと雑草。こんな所でも人に迷惑をかけていたかと思うと「これからは・・」と肝に銘じざるを得なかった。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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