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ホームレスのオヤジ

隅田川3


 「あっちゃあいけねえもの、捨てなきゃあいけねえもの、とは何なのかねえ?




 プライドだよ。プライド。これだけは捨てなきゃあ、この稼業は一日たりともやっちゃあ行けねえ・・・。世の人たちは俺たちのことをホームレスと呼んでくれるが、何と呼ぼうが、そんなことはどっちだっていいのさ。でもねえ、正直言って俺たち、世間の人たちが見たり、感じたりするほど屈折したり、不自由はしてねえんだよねえ・・・」



 「へえ~、そんなもんかねえ

 


 東京・隅田川の川っ淵に自分で設けたダンボール小屋を根城に、ホームレス生活を続けるオヤジと山梨の田舎から出て行った物好きなオジサンとの会話である。≪手土産≫?代わりにポケットに忍ばせて行ったワンカップの冷酒も話をするうち、底を突いて来た。



 「俺にも、ワンカップがちょうど二つある。ダンナ、今度はこれを飲むかい?」


隅田川6


 この≪脱サラホームレス≫のオヤジ、予期せぬ変わり者の訪問者に、どうやら気を許したらしく、ダンボール小屋の隅に転がっていたワンカップの酒2本を持って来て、うち1本を私に差し出した。二人とも申し合わせたようにコックのつまみを引っ張って栓を開けた。酒飲みなら誰でも知っている。大事な酒をこぼさないように上手に蓋を取るのだ。




 堅苦しい宮仕えに嫌気が差して、まだ50代の働き盛りなのに会社を飛び出し、自ら好んでホームレスになったこの男。奥さんにも逃げられたという。面と向かっては言えないが、そんな男に奥さんだってついて行くはずがない。俺がもし、そんな道を選んだら、うちのかみさんだって、さっさと逃げていくだろう。この男は「そんなことは平気」と言わんばかりに、こうも言う。

 
 「職場もない。家族もなければ、友達や隣近所など世間のしがらみもねえ。傍から見りゃあ、この変わり者めとか、寂しくはねえか、と言うかも知れねえが、大きなお世話。当の俺にしりゃあ、さっぱりしていていいのさ。第一、毎日が自由。これが俺の財産だよ・・・」


隅田川2  



 「こんなことをしていて歳取ったら、どうするんだい?」



 「その時はその時さ」




 「暑い夏は裸でいりゃあいいかもしれないが、寒い冬なんかどうして過ごすんだね?」



 「ダンナ、俺たちのことや俺たちの知恵というもの、まったく分かっちゃあいねえな。毛布だって暖房のコンロだってあるじゃあねえか・・・」



 「毛布?コンロ?




 「そうさ。そんなもの、必要とあれば、いつでも揃う。朝飯前だよ。ちょっと早起きしてゴミ置き場をぐるっと回ればいいのさ。真新しいヤツが何時でも手に入る。しかも、みんな只だ。ゴミ収集車だって俺たちが持って行ってくれりゃあ、処理する量が減って助かるというもんだ。ゴミ置き場に行けば何でも揃うなんてことは、サラリーマンをしていた時分はまったく気付かなかったがねえ・・・。口を開けば、不景気だの、やれ何だのと言うが、日本という国はいい国だよ・・・」



 「ところで、肝心のメシはどうしているんだい?」(続きは次回で)




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隅田川のダンボール小屋

 「お前の物好きというか、野次馬根性にはあきれるよ・・・」


 もう10年以上前のことだが、ある休日、野暮用で上京した折、隅田川沿岸を歩いたことがある。東京五輪を控え、今では姿を消しただろうが、当時は、そこを根城にするホームレスと話をするためだ。親しい仲間が言うように確かに物好きかもしれない。スーツとズボンの両方のポケットに駅のキヨスクで買った4本のワンカップの酒を忍ばせて隅田川に向かった。街ゆく人たちは、まだコートの襟を立てて歩いていたから桜の春には、ちょっと早い時季だった。


隅田川5
 仲間が言う「どっちでもいいこと」を思い立ったのには、ちょっとした訳がある。誰と一緒だったか忘れたが、浅草から水上ボートや屋形船で、何度か隅田川の川下りを楽しんだことがある。幾つもの橋をくぐり、日の出桟橋か、その先辺りまで4~50分の「船旅」。頬を刺激する冷たい川風が逆になんとも気持ちいい。船内アナウンスは両国国技館や高級マンション群、それに橋の数々をくぐるたびに、そのいわれやエピソードを説明してくれる。



隅田川桜


 そんなアナウンスを聞くともなく聞きながら目に留まったのが沿岸のダンボールやビニールシートで囲った小屋だった。目に留まるなどといった感じのものではなく、隅田川の両側にへばりつくように並ぶ、その数々の小屋の風情は異様にさえ見えた。沿岸の陽だまりを選ぶように並ぶそれは、小屋と呼ぶにもふさわしくないほど粗末なもの。言ってみれば雨風をしのげればいいといった程度のものだった。




 川下りの水上ボートには100人ぐらいの乗船客がいただろうか。中国人や韓国人の団体観光客も目立った。みんな私たちと同じ顔をしているが、ガヤガヤと、なにやら早口で話す言葉で否応なく日本人ではないことが分かる。「あれはなんだろう」と言っているのか、岸辺を指差して奇異な目つきで話しているのだ。




 「いい天気だねえ。花見にはちょっと早いが一杯やろうぜ」



 ダンボール小屋の前で日向ぼっこをしていたホームレスの男に話しかけた。この男、予期せぬ来客に一瞬、疑い深そうなまなざしを向けてきた。

 「こんな所にやって来て、『一杯やろう』などと、ダンナも物好きだねえ」

 
「川下りをした時、ここの住人と一度、話をしてみたいと思ったのさ。ここに来がけにワンカップの酒を買ってきた。一緒にやるかい?」

ワンカップ  


 最初は構えていた二人が、なんとなくうちとけるのにそう時間はかからなかった。「俺にもあるが、せっかくだから頂くか」。二人でワンカップの酒をちびちびやりながら話し始めた。男は50代半ば。ダンボール小屋の内側に同じようなワンカップが転がっていた。




 「俺ねえ、自分で言ってはなんだが、そこそこ名のある会社に勤めていたのさ。でもね、堅苦しい宮仕えが無性に嫌になっちまって、この世界に飛び込んじまった。ダンナと同じだよ。あっち(隅田川の上)から川っ淵のヤツらを見て、なんとなく惹かれちまったのさ。もちろん、そんな俺に女房がついて来るわけねえよ」



 「ダンナねえ、この稼業もまんざら捨てたもんじゃあねえ。でもねえ、ただ一つだが、絶対にあっちゃあいけないものがあるんだよ・・・」。(この続きは次回)。




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 やたらにクソ暑いから畑に出るのをサボり、会議など外に用事でもない限り、日中は家の中にいることにしている。ボツボツ9月の声を聞くというのに山梨県地方は相変わらずの猛暑日が。特に四方を山に囲まれ、すり鉢の底のような地形の甲府盆地は、ただの暑さではない。湿度をはらんで蒸し暑いのだ。エアコンでもなければ、やりきれない。


夏


 エアコンを点ける前、居間の温度計を見たら30度を超していた。この夏、ひどい時には35度を超したこともあった。くどいが、家の中である。温度計などと洒落たものではなく、デジタル時計の下に湿度と共に表示されるのだ。どなたかの結婚式の記念品としていただいたものだが、そこに表示される湿度は毎日のように60%を超す。この辺りと標高が200m近くも低い甲府の人たちには同情したくなる。夏場なんか暑苦るしくて眠れまい。




 そうは言っても時季は時季。昆虫や植物の花は素直に反応する。蝉はその種類ごとに時期に合わせてリレーし、日本アサガオとは時期を遅らせて咲く西洋アサガオが大きな花を。毎年の事ながら珍しいと思うのだが、この朝顔、日本アサガオのように夏の真っ盛りに咲くのではなく、その開花時期をずらし、晩秋まで咲き続ける。霜が降りる11月頃まで咲いているのだから晩秋どころか初冬といった方がいいかもしれない。


アサガオ


 蝉は、この辺りでは梅雨が明けるのを待ちわびるように、まずジージーゼミが「我が世の春」とばかり鳴き始め、アブラゼミミンミンゼミへとリレーするのだ。この頃になると外気の暑さと相まって、その蝉の声が無性に暑苦しく感ずるのである。それがしばらく続くと今度はヒグラシが。晩夏というか、初秋のこの時季、特に朝夕に「カナカナ」と鳴くこのヒグラシは別名カナカナゼミとも呼ばれる。




 「静けさや 岩に沁みる入る 蝉の声」




 俳句の世界では、蝉は夏の季語。しかしヒグラシは秋の季語である。日暮、蜩、秋蜩、茅蜩とも書く。いくら周りが暑かろうが、このヒグラシが鳴き始めるとなんとはなしに秋の到来を感ずるのだ。しかし実際には、ヒグラシの成虫は梅雨の最中の6月下旬から発生、活動を始める。他の蝉より早く鳴き始めるという。その上、9月中旬まで夕方の日暮れ時に鳴くものだから「日を暮れさせるもの」としてヒグラシの和名がついたのだそうだ。




 いくら暑い、暑いと言っても季節というものは正直。朝夕の空気はひと頃とは明らかに違うようになった。暑いことには変わりはないのだが、どこかしら秋が近づいていることを感じさせるのだ。それに一役買っているのがヒグラシかもしれない。周りの葡萄園では巨峰ピオーネが真っ黒に色付き、収穫期を迎えた。デラウエアー種などからのリレーだ。


ブドウ


 今しばらくはミンミンゼミとヒグラシの競演。この二つが鳴き止むと、今度はスズムシやコウロギの出番。本格的な秋の到来を意味する。考えてみれば人間など、我がままでもあり、たわいもないものだ。「暑い、暑い」と言って、やれエアコンだの熱中症だのと言って大騒ぎをし、それが収まるとケロリと忘れ、やがて「寒い、寒い」と言って騒ぐのだ。虫はその時をひたすらに鳴き続け、誰にも気付かれないように静かに姿を消していく。




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芝生の緑

庭


 山梨市を車で走っていたら中年のご夫婦が庭先の芝生の草取りをしていた。8月ももう終わろうというのに残暑は止まない。山梨も連日30度を超す猛暑だ。麦藁帽子を被り、芝生に座り込むようにしながら黙々と草をとっている。取っているというより、抜いているといった方が正しい。額から汗がこぼれるのだろう。時折、首に掛けた手拭で汗を拭う。信号で一時停車しながら、見るともなくそんな光景を見ていた。




 真新しいご自宅の前にある芝生は結構広い。何という種類の芝だろうか。真新しく青々としている。最近、山梨市の田舎でもモダンな造りの住宅が増えた。一緒に造られる庭も、このお宅のように芝生を基調に造られているものもあれば、なんとなく西洋風なイメージのものもある。枯山水や、どっしりとした植え込みを持つ庭は少なくなった。私が住む田舎のこの辺りと違って、町場に近くなればなるほど、そんな贅沢なスペースはないのだ。



 第一、今風のモダンな住宅には枯山水の庭や重厚な植え込みは似合わない。日本型の庭だから五葉など松が基調。当然のことながら維持管理に手間暇もかかれば、お金もかかる。今の人たちは、そんな不合理をあえて求めようとはしない。純日本型の田舎家に住む私だって親父や祖父、曽祖父、いやもっと前から引き継がれてきたものだから仕方なしに管理しているのだが、こんな面倒くさい庭など捨ててしまいたいくらいだ。若い時だったら、それに踏み切ったに違いない。




 サラリーマンの足を洗って甲府から山梨市の実家に戻って10年を超えた。この間に、たまたまだが松3本が枯れた。松くい虫によるものだ。自分で言うのはちょっとヘンだが、見事な赤松と黒松だった。「もったいないことをしましたね」。近所の人たちはしきりに同情してくれるのだが、当の私はなんとも思わない。むしろ「しめしめ」とさえ思っているのである。見事であればあるほど「こんな面倒なものを・・・」と思っても、切ってしまうのは忍びないし、若い頃ならいざ知らず、この歳になったら、そんなことは出来ない。第一、亡くなって久しい親父や祖父たちのバチが当たる。

庭3


 でも、松くい虫が枯らしてしまったのだから仕方がない。そんな言い訳を心の隅で考えながらも、一方では「この松くい虫め・・・」と恨み節のひとつも言いたくなる。人間とは勝手な動物だ。近所の人に手伝ってもらってチエンソーで切り倒したのだが、そのオジサン、女房にお酒を持ってこさせて≪清めの儀式≫をした後、枝にロープをかけて慎重に切り倒した。「この松は何代もの人たちと共に生きて来たんだよねえ。粗末にしたらいけません」とも。




 芝生の庭はシンプルでいい。しかし、これほど手のかかるものはない。草取りを丹念にしてやらなければ、やがて芝生としての体をなさなくなる。コンクリート社会の都会ではいい。そこらここらに草の種がある田舎では、その種を風が運び、鳥が運ぶ。あっという間に草だらけになってしまうのだ。なまけ者には芝生は禁物だ。今年も残暑の合間を縫って植木屋さんの真似事を始めた。これも年金生活者の≪稼ぎ≫のひとつなのだ。脚立から落ちないようにだけは注意している。





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百日紅の花

百日紅_convert_20110808224142



 久しぶりに青空が広がった。植え込みの木々は心なしか青さを濃くした。水を存分に吸ったためだろう。その緑の上に紅い百日紅の花が。一つ、二つ、三つ…。まるで穂のように花を付け始めた。その下には向日葵のま~るい花が黄色く笑っている。緑の“地”に映える二つの花のコントラストがいい。


ひまわり_convert_20110808223955  


 百日紅が開花すると、何故か梅雨明けが間近いことを直感するのである。百日紅(さるすべり)。うまい字を充てたものだ。幹は猿でも滑りそうなほどツルツルしていて、その枝には、百日と言わないまでもロングランで紅い花を付ける。




 例年の事ながら、ボツボツ梅雨が終わりを告げる頃、花を開き始め、9月いっぱいは咲き続けるのだ。猛暑の夏には向日葵がよく似合うが、その一方で百日紅も逞しく、暑い夏を彩る。




 長雨のせいにしてほったらかしにしておいたタマネギを遅ればせながら収穫。隣の畑では、サツマイモや大豆が元気がいい。長雨で存分に水を吸ったサツマイモや大豆は、今度は太陽の恵みをいっぱい吸って、その勢いを増すに違いない。




 ジャガイモの後を追っかけて、サツマイモは毎年作るが、大豆は久しぶりだ。久しぶりと言うより、ある種の思い入れを込めて蒔いた。懇意にさせていただいている方から「曙大豆」の種をいただいたからで、今から収穫の時期が待ち遠しいのである。



 曙大豆2
身延町商工会より



 「曙大豆」は甲府盆地の南部、身延町・曙地区でブランド化した大豆。枝豆としてビールのつまみによし、味噌や醤油の原料によし。地元の商工会や農協は“種の保存”に力を入れている。

曙大豆



 甲府盆地の東北部・山梨市のこの辺りは昭和30年代の半ば、それまでの米麦養蚕の農業構造から一変、葡萄、桃の果樹地帯に衣替えした。最近ではサクランボも加わって、観光客を集めるようになった。農業感覚は完全に様変わり。大豆や小豆などを作る農家はゼロと言っていい。




 米を作っていた時代は、畦豆と言って水田の周り(畦)にも大豆を作った。ビールのつまみなどと言った、そんな趣向品めいたものではなかった。生活の必需品である味噌、醤油の原料にするためである。




 そう言えば、生活はみんな自給自足であった。大豆や小豆ばかりではない。大根も作れば、白菜も作る。人参やゴボウ、ウドや蕗、ミョウガ、ニラ、何でもあった。キュウリ、ナス、トマト…。ジャガイモや里芋は当たり前。




 裏庭の鶏小屋では、鶏が卵を産み、その隣では山羊が草をはんだ。池には鯉が。みんな大家族のタンパク源であった。子供達は牛乳ではなく、山羊乳で大きくなった。むろん、乳搾りは子供達の役目。




 「食糧自給率」などと言う言葉もなかった。果物?葡萄や林檎、梨、スモモ…。みんな有った。それがいつの間にか…。畑や裏庭は姿を変えた。(次回へ続く)





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貧乏農家の絆

 中学時代や高校、大学の頃、明日は試験というのに何の準備もしていなかった時「困った」と素直に思う一方で「え~い、今更・・。どうにでもなれ」と、開き直った経験は少なからず、どなたにもおありだろう。怠け者のご粗末を、どなたでもと言ったら叱られる。


畑


 百姓の実家を離れ、東京で気ままに過ごした学生時代はともかく、だだっ広い農地を抱え、四苦八苦していた親父たちを見ていた中学、高校の頃、子供たちの畑仕事への手伝いは当たり前に思った。戦後の農地解放で田畑の面積は大幅に減ったとはいえ、それでも2丁歩以上の土地が残った。親父たちは苦労した。機械力もない時代である。自らの農地を手にした人たちは、その耕作に専念しなければならないので、他人(ひと)の手伝いをしたくても、それを許してくれないのだ。勢い、それぞれが頑張るしかなかったのである。そんな親達が心配にもなった。学生の頃も休みで実家に戻れば文句なく畑仕事を手伝った。親孝行などとたいそうなものではなく、当たり前だった。





 親父の背中を見て4人の子供たちは、不平を言わなかった。言わなかったというより、子供心にも言えなかった。朝は学校に行く前、野良仕事を手伝い、帰ってくれば当たり前に田圃や畑に。お蚕さんと呼んだ養蚕の時期には桑やりを蚕のお腹に合わせなければならないので、夜中も朝っぱらも関係なかった。蚕を「お蚕さん」といい、桑を与えることを「あげる」と言ったことからも、蚕がいかに大切だったかがお分りだろう。眠たい目をこすりながら手伝うのだ。最も忙しい農繁期ともなれば朝飯を食べるのは、いつも野良。時間稼ぎである。子供たちは学校の始業時間に合わせて飛び返り、学校へ。


蚕      繭


 こんなことを並べ立てると、まるで子供をこき使う収容所のように聞こえるかもしれないが、そこは自由奔放な田舎の子供。地域の子供たちと群れになって遊んだし、わんぱくもした。それに加えての百姓の手伝いである。当時も学校の先生がよく言った予習も復習も疲れて出来るはずがない。朝も同じで、学校では居眠りか、目を開けているのが精いっぱい。元々が勉強嫌い。どう考えたって、そんな子供の成績がいいはずがない。


畑2  


 教育ママ、教育パパが氾濫している今では、およそ考えられないし、ひんしゅくを買い、場合によっては「なんとひどいことを・・・」と叱られるかもしれない。でも、当の子供たちはなんとも思わなかった。一方の親父やおふくろたちはどう考えていたかは知る由もないが、恐らく忸怩たる思いをしていただろうことは、自分がその立場になってみると分かる気がする。心の内は生活の現実と子どもたちの教育の狭間に立たされていたはずだ。




 時はそんな経緯を知らないように経って行く。不思議なことに子供たちは、みんなそこそこに育ち、今を生きている。翻って今の子供たちが羨ましくも見え、かわいそうにも思えるのだ。学校から帰れば塾通い。家に戻ったら戻ったで勉強、勉強だ。夏休みや冬休みも塾通いだから休みがないのも同じだ。社会人への入り口・就職試験で父親の職業について聞かれ、農業であることは知っていても、その畑や果樹園がどこにあるかさえ知らない人がいっぱい。家庭の連帯や家族を思う心は確実に希薄になっている。今、新聞やテレビを賑わわせている高齢な親のほったらかしや所在不明騒ぎ。何も小難しいことを言うつもりはないが、勉強、勉強優先の家庭教育は、そんな社会をさらに助長していくのだろうか。




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蚊の空襲

ゼロ戦


  真っ暗闇に戦闘機が。ブ~ンという飛行音だけで姿は見えない。辺りが静かな真夜中のせいか音だけが際立つ。隣でいびきをかきながら寝ているかみさんが無意識ながら太い足をピシャリ、ピシャリと叩いている。空襲に気付いて、かみさんより一足早く目を覚ました。戦闘機はどうやら一機。皮膚がむき出しになっている足や腕はもちろん、顔をも無差別攻撃してくるのだ。




 だ。静まり返っているので、その音は、まさに戦闘機。「よ~し、叩き落してやる」。そう思って耳を澄ませば澄ますほど、自在に飛び回る蚊の音が本物の戦闘機のように聞こえるのだ。戦闘機といっても、実は本物の戦闘機の音は聞いたこともないし、ましてや空襲なんか体験したことはない。




 昭和17年11月生まれ。確かに戦中生まれなのだが、戦争を知らない子供たちの一人なのだ。昭和20年8月15日。日本が終戦を迎えた時は2歳と9ヵ月。山梨市の田舎に生まれ、空襲の体験もないので戦争の記憶はまったくない。同年齢の仲間たちの中で甲府に生まれ、ショッキングな空襲の憂き目に遭った人たちは、幼心にもその記憶を鮮明にしているという。今年もまた、その8月15日・終戦記念日がやって来た。


夏  


 私にとって空襲の場面はリアルに描かれる映画のそれでしかない。真夜中、しかも真っ暗闇の蚊の急襲は目に見えないので、イメージが膨らんで、ことさらリアルになるのだ。音といい、そのタイミングといい、空襲という言葉がぴったり。迎撃の兵器はないので、こちらは音だけを頼りに姿が見えない戦闘機を、ただの感だけで叩いているに過ぎない。




 「畜生、今度は叩き潰してやる」。戦術を変え、今度は捨て身の作戦に。血を吸わせて置いて・・・。狙いを定めて「ピシャリ」とやるのだが、敵もさる者。どうやら撃墜作戦はまたも失敗。戦闘機との格闘は続く。同じような肉付き、言葉を変えればメタボ人間なのに、戦闘機は私の方だけを集中攻撃してくるように思えるのだ。「俺の血より、いつも旨いものを食っている、かみさんの血の方がずっと旨いはずなのに・・・」。


ブタ蚊取り線香


 同じ条件でこちらばかりを狙うのは、やっぱりお酒か。蚊はアルコールが好き、と誰かに聞いたことがある。連日のこの猛暑。蚊だってビールの一杯や二杯飲みたいはずだ。そんな馬鹿なことを考えるヒマもなく、戦闘機は二次、三次の襲撃を仕掛けて来る。「お母さん、蚊取り線香どこにあるの?持って来いよ」。いびきをかき、白川夜船のかみさん、無意識ながらも戦闘機の空襲下にあることに気付いて、蚊取り線香を。戦闘機は引き上げ、空襲はピタリと止んだ。


蚊取り線香


 ハエも蚊も同じ。沢山よりも一匹の方が気になる。こんな山梨市の片田舎でも滅多にお目にかからないから、なおさらかもしれない。大勢の家族揃っての夕食のあと、うちわ片手にたわいもない団欒。みんな揃って蚊帳の中に入って寝た子供の頃が懐かしい。気付いてみたら蚊やハエの一匹で大騒ぎしている自分がおかしくなる。ただ年寄りがよく言った「おかんなりさん(雷)が鳴ったら蚊帳の中に入れ」の訳は今でも分からない。





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花火の町は和紙の町

神明の花火
神明の花火大会


 コンピュータ制御だろうか。次から次へと打ち上げられる花火。夏の夜空で繰り広げられる光と音の競演を観ながら、ふと、どっちでもいいことを考えたりもした。華やかに、リズミカルに上がるスターマイン。迫力満点、夜空に花開くニ尺玉。直径は500mにも及ぶ。花火は一発一発の色や形の工夫と、それを立体化する連続技が花火師さんのいわば職人技である。それぞれにテーマがあって、何発もの花火で演出、観客を魅了するのだ。


神明の花火大会


 日本の花火の歴史はそんなに古くない。戦国の時代、種子島に伝来した鉄砲の火薬が後に花火へと発展、江戸の世になって庶民を巻き込んで花開くのである。史実によれば、花火を最初に見たのは徳川家康だという。花火といっても極めて幼稚で、竹筒に火薬を詰め、火を吹かせるだけのもの。今でも静岡県三河地方に残る「平筒花火」はその名残だといわれている。富士五湖の一つ河口湖の湖上祭でも、これに似た手筒花火をやって見せる。


神明の花火3


 「音はすれども姿は見えず」。華やかな舞台を演出する花火師という名のアーティストは、いつの世も表舞台に姿を見せない。映画や舞台のディレクターよりもっと神秘的な存在なのだ。目の前といってもいいほど近くで花火を仕掛けるのだが、何人が、しかもどのように動いているのかすら分からないのだ。夜陰に紛れた、その動きはいかにも神業である。


花火


 どちらかといえば静岡県に近い山梨県の市川三郷町は知る人ぞ知る花火の町。平成の町村合併前は市川大門町と言った。もう30年ぐらい前になるのだろうか。今、甲子園を沸かせている夏の高校野球で、この町の市川高校は準決勝にまで進出。「ミラクル市川」と話題をさらった。たかがといったら失礼だが片田舎の県立高校が、あれよあれよと上り詰めた快挙だから判官贔屓の高校野球ファンやマスコミは黙っていなかった。もちろん花火の町。町の人たちは、ここぞとばかり花火を打ち上げて市川ナインの快挙を祝福したものだ。



神明の花火2

 この町にはもうひとつの顔がある。手漉き和紙だ。これが本当の町の「顔」である。住宅事情の変化や生活そのものの多様化が足を引っ張って業界はジリ貧状態にあるが、わが国屈指の和紙の町であることには違いない。書道用紙の多くはこの町から出ている。町の一角には書のメッカ・中国は西安の「碑林」を模した「碑林公園」もある。西安まで足を運べない漢字ファンや書道家達はここを訪ねるのだ。


和紙      碑林公園
市川手漉和紙                     碑林公園


 市川三郷町は、その名の通り三つの町から成っている。この市川大門町と六郷町、三珠町が合併して出来た町。残る六郷町も三珠町も、ある意味でメジャーな一面を持つ町である。六郷町はわが国屈指のハンコの町。それだけではない。案外、知られていないのだが、ハンコは通信販売の元祖なのだ。越中富山の薬屋さんが訪問販売の元祖なら、こちらはわが国の通信販売を初めてやってのけた業界なのである。今で言う「ダイレクトメール」はそこから発展した。毎日、ポストに入っているあれだ。


ハンコの里
六郷印章業連合組合から


 一方こちらはちょっぴり地味だが、三珠町は歌舞伎の市川団十郎発祥の地。先頃、奧さんを亡くした海老蔵の市川家だ。町には歌舞伎公園もあって、歌舞伎発祥の歴史を今に伝えている。大掛かりな牡丹の植栽でも有名だ。こちらは花火の「玉屋」、大川橋蔵の「玉屋」ならぬ「成田屋~」である。


歌舞伎公園    歌舞伎公園2
歌舞伎文化公園 ふるさと会館 と ぼたんの花 (市川三郷町HPより)



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花火の醍醐味

神明の花火大会
神明の花火大会


  夜空に次々と描かれる光の芸術。その広大なキャンパスにアクセントをつけるような「ド~ン」「ド~ン」という音。まさに光と音の競演だ。夏の夜空を彩る花火は、江戸の昔から庶民の間で親しまれた夏の風物詩でもある。浴衣姿の若いお嬢さんたち。甚平さん姿のオジサンもいる。老若男女が集まって大空を見上げるのだ。


花火を見上げる観客
観客席


 今年も山梨県の南部・市川三郷町の富士川水系の河川敷を舞台に開かれた「神明の花火大会」。主催者発表で20万人を超す見物客で賑わった。辺りが暗くなる7時半から9時まで2万発の花火を打ち上げる山梨県内では最大の花火大会である。回を重ね、山中湖や河口湖など富士五湖で繰り広げる湖上祭の花火を上回る規模になった。


神明の花火大会3


 河川敷には特設の桟敷席が設けられていて、目の前で打ち上げられる花火の競演に「わあ~」と歓声が。拍手だって沸く。「玉屋あ~」。どこで覚えてきたのか子供の可愛らしい掛け声も。お父さんか、おじいちゃんにでも教わったのだろう。「玉屋」は江戸を代表する花火師の屋号。花火好きの人ならお馴染みだ。


神明の花火2


 その「玉屋」は江戸時代、「鍵屋」と人気を二分した。転じて見事な花火に掛ける賞賛の掛け声になったという。人気二分の花火師「玉屋」と「鍵屋」の関係が面白い。モノの本によれば、「玉屋」は日本橋横山町の花火師・「鍵屋」六代目弥平衛の番頭・清六。「鍵屋」に暖簾分けしてもらって独立した身だ。両国吉川町で「玉屋市兵衛」を名乗り、やがて隅田川の上流を「玉屋」、下流を「鍵屋」と二大花火師が棲み分け、隅田川花火を競演して見せたのである。現在の隅田川花火大会の会場が上流と下流の二つに分かれているのもその名残だろうか。


市川花火2


 花火好きの江戸庶民は、この二つを競わせて応援、その掛け声が「たまや~」「かぎや~」になったのである。しかし、今では主従が逆転、子供さえ言う「玉屋ぁ~」の掛け声の方がポピュラーに。因みに清元の「玉屋」、それに振り付けした日本舞踊の「玉屋」はシャボン玉売りのことを描いたもの。「玉尽くし」「おどけ節」が入った楽しい曲だ。歌舞伎の名跡・大川橋蔵の屋号はご存知のように「玉屋」である。


市川花火


 この時期、市川三郷町に限らず、全国には、おらが自慢の花火大会が星の数ほどある。中でも東京・隅田川の花火は、その伝統や規模の大きさからも有名。毎年、テレビ中継もされるので、いわば国民的と言っていい。うちの娘なんか両国に住まいするお友達に会うのを楽しみに毎年のように飛んでゆく。25年ぐらい前になるのだろうか。娘は学生の時分、雑踏で転んで足を骨折、痛い思いをしたばかりでなく、私たちまで心配させたのに懲りた様子もない。


神明の花火大会2


 花火はどんな人間をも純粋にさせる。大空で繰り広げる音と光の競演を誰もが無心に眺めるのだ。大人も子供も老人も、この時ばかりは頭の中を空っぽに。不思議なことに心配事も悩み事もみんな吹っ飛ばしてくれる。うちのかみさんばかりではない。みんな口をあんぐり開けて上を見詰め、無意識に歓声と拍手を送っている。片手にビール片手にうちわ。そんな自分だって同じだ。花火は光の芸術もさることながら、お酒と同じように五臓六腑に染み渡る「ド~ン」「ド~ン」という音の響きがいい。花火は近くで観るに限る。それが花火の醍醐味だ。


神明の花火


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イタチごっこ

葡萄畑       ブドウ
ブドウ畑


 都会と違って田舎、特に農村地帯だから、畑ばかりではなく、家屋敷も狭くはない。そこで、この時期、格闘が続くのが雑草との闘いだ。幸か不幸か、いや不幸にも我が家は屋敷分だけでも約一丁歩。このうち6反歩ぐらいは、ピオーネと巨峰の葡萄。私がサラリーマンで耕作出来ないものだから知り合いに委ねて作ってもらって来た。ぐ~たら人間。退職後もその延長線上にある。残るざっと4反歩は、住宅や植え込みの他は柿畑や主には野菜畑である。興味半分に何本かの林檎(ふじ)も植えた。




 他人(ひと)に委ねている所は、草が生えようが、葡萄がよく出来ようが、その反対だろうが正直言って他人(ひと)任せ。しかし、残り、つまり4反歩は自分で始末しなければならない。家や幾つかのお蔵が建っている部分には草は生えないが、野菜畑ばかりでなく植え込みまで、ちょっと気を許せば草だらけ、草ボウボウになる。「草などそんなに気にしないでも・・・」。そうおっしゃる方もお出でかもしれないが、放っておいたら草に埋まる。確実にお化け屋敷になる。屋敷ばかりではない。周りの道路や石垣も同じだ。




 植え込みの手入れも含めて「この始末だけは俺の仕事」と、心に決めている。野菜畑だから今の時期だとナス、キューリ、トマト、インゲン、ピーマン、枝豆を作る。オクラ、シシトウ、モロヘイヤだって。サツマイモもツルを伸ばしている。ジャガイモ、タマネギは既に収穫した。来月・9月になれば大根や白菜も蒔く。カボチャやサトイモ、トウノイモは今、成長中。ニラやニンニク、茗荷や蕗は手がかからない。春、冬野菜のほうれん草やコカブ、アカカブ、エンドウ、春菊など一年を通じてみると、20種類を超す。


タカのツメ           大根


 その一つ一つの量は小家族の我が家だけで食べきれるものではない。ほとんどはご近所にお配りしたり、来客に持たせて帰すのである。富有や御所などの柿も同じ。甲州百目は枯露柿に。職場をリタイアしてから植えた林檎(ふじ)もようやく実をつけた。これらも辿るコースは似たり、よったりだろう。


枯露柿     枯露柿2
枯露柿


 「そんなことだったら、何も苦労して作らなくても・・・」。これまた、そうおっしゃる方がお出でだろうが、実はここがミソ。何も作っていなければ、当然のことながら草ボウボウになる。何かを作れば、いくら怠け者といっても草取りもすれば、肥料もやり、それなりの手入れもする。正直言えば、ぐ~たらオヤジが自らを律する手立てなのだ。




 月に何度か中学時代や高校時代の中間達が無尽会を口実に集まっては酒を酌み交わす。年齢からサラリーマンは、ほとんど全てが職場をリタイアした。話題の多くが健康や趣味。中には手頃な土地を借りて家庭菜園を楽しむ仲間も。目を輝がやかせ、嬉嬉として話すのだ。種蒔きや植え付け、消毒の時期までよく知っている。百姓顔負けである。




 そんな仲間達の話を専業農家の人たちはニコニコしながら聞いている。私だってその一人だ。ただ専業農家と私では多分、温度差があるに違いない。中途半端な≪百姓もどき≫だからである。生産性のない草とのおっかけっこ、イタチごっこは明日(あした)も続く。




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ブヨ

真夏


 真夏日。熱帯夜。やっぱり暑い。家の中の温度計は31度。温度計といっても、どなたかの結婚式の引き出物に頂いたデジタル時計。大きく算用数字で刻まれる時間の下に温度と湿度が表示されるのだ。電波時計というヤツで、同じシステムの壁時計、テレビやラジオの時報と1分、1秒違わない。例え狂ったとしても、どこかで必ず合わせてくれるのである。電波でコントロールしているのだそうだが、その理屈がアナログ人間に分かるはずがない。そんな時計に付いているのだから温度計だって正確だろう。




 山梨は県丸ごと内陸地帯に位置しているので、蒸し暑さでは天下一品。特に四方を山に囲まれた甲府盆地は天然の蒸し風呂みたいなものだ。太平洋側であれ、日本海側であれ、海に面した所にお住まいの方々が羨ましい。娘が小さいころは私と女房の両方の親も連れて伊豆の海に行った。避暑などとかっこいいものではなかったが、娘を海で遊ばせてやりたい気持ちと暑さ逃れであったことは間違いない。伊東であったり、下田や土肥の海岸であったりした。そんな親爺達もみんな逝ってしまった。


生み


 誰もがお気付きだろうが、暑い、暑いと言っているうちに、ジワジワと日が短くなっている。ひと頃は7時半頃まで明るかったものが今では6時半といえばボツボツ薄暗くなる。日中は、しゃら暑いので夕方から畑に出て野良仕事の真似をするのだが、日が短くなるのが何かもったいないような気がするのだ。まだちょっと早いが、「秋の日はつるべ落とし」という。すぐそんな時期になる。




 日が長くなったり、短くなるのは季節の変化の証。それはそれで仕方がない。問題は野良にしかいないブヨや夕方から活動し始める藪っ蚊の存在だ。この時期、まるで我が世の春、とばかり畑の草むらや植え込みの中で暗躍。なにしろ小さいので姿、形はほとんど分かり難いから始末が悪い。襟元であれ、顔であれ容赦なく喰いついてくる。足首や手首は地下足袋や手袋で防備できるからいいが、顔や襟元は防ぎようがない。



ブヨ     ブヨ     ブヨ



 人間の体温が彼らを寄せ付けるのか、それとも汗の臭いなのか。仕方なく丸いケース入りの蚊取り線香を腰にぶら下げて作業をするのである。犬の散歩で通りかかった近所のおばさんは「私なんか、うっかりしていたら、この始末ですよ」と、自分の襟元を指差した。ブヨに食われた痕が何箇所も真っ赤に腫れ上がっていた。75歳も過ぎると色気もなくなるのか襟元をさらけ出すようにして見せてくれた。


蚊とり線香

 

 この蚊やブヨ。篤農家の果樹園や野菜畑にはほとんどいない。果樹園はひっきりなしに消毒するし、野菜畑は丹念に草取りをしているからだ。怠け者の畑が彼らの楽園。畑や植え込みをほったらかしにしていると、隅々から必ずつけ込んで来る蔦と同じだ。蔦というのは葦と同じ不思議な植物で、人間が手を加えないことが分かると、ここぞと、ばかり、はびこって来るのである。都会の方々はご存知ないかもしれないが、ブヨは蚊よりも始末が悪い。食われた痕はかさぶたのようになり、周りは真っ赤に腫れ上がるのだ。子供の頃はびっくりもしなかったが、免疫が薄れたせいか、今では百姓の倅も真っ赤に腫れ上がる。





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カブト虫

カブトムシ


 横浜に住む知人夫婦がやって来た。手には虫籠を。中にはカブト虫がうようよ。50匹ぐらいが入っていた。立派な角を持ったものもいれば、角のないヤツもいる。真ん中に置かれた桃に群がり、競うように果汁を吸っている。




 「こんなに沢山のカブト虫どこで採って来たの?」


 「甲州市の塩山です。桃畑にいっぱいいるんですよ」


 「へえ~・・・」


 この二人、夫婦だから、もちろん子供ではない。二人とも40歳近くになるれっきとした大人である。ご主人がカブト虫大好きのようで、日曜日の未明、横浜の自宅を山梨に向けて車で出発。予め話をつけておいた桃畑に直行したという。未明の出発を試みたのは夏の行楽シーズン真っ只中。交通渋滞を避ける意味合いもあった。

虫かご


 「これだけ獲るのに、そんなに時間はかかりませんでしたよ」


 「そんなに沢山いるの?」


 「それがいるんです。木の下に落ちた果熟の桃に一匹、ニ匹と・・・。まるで桃に喰らいつくように、甘い汁を吸っているんです」




 栽培農家は、農協―市場―小売店という流通ルートの所要時間を想定、果肉が硬い未熟のうちに出荷する。完熟してしまった桃は商品にならないのだ。傷物と一緒にジュース用に回されるか、畑に落ちて腐ってしまう運命なのである。カブト虫にとっては格好のご馳走ということになる。出荷期を控えた農家は大分前から消毒をしないので、カブト虫にとって身の危険もない。


桃


 カブト虫は、なにもお百姓さんに叱られないように落ちた不要の桃だけに群がるわけではない。これから商品になる桃にだって喰らいつく。農家にとっては招かざる邪魔者なのだ。「だから天敵駆除にも一役買っているわけ。農家の人たちも快く獲らせてくれました」。カブト虫少年ならぬカブト虫オジサンは真顔で話してくれた。




 私たち田舎者にとってはカブト虫など珍しくも何でもない。畑に行けば一匹や二匹出遭ったし、植え込みにもいた。夏のこの時期、夜、窓を開けていれば茶の間の灯りに誘われ、蝉やカナブンブンと一緒に飛び込んでも来た。クーラーなんかない時代である。春先から初夏の時期、農業用の堆肥置き場をかき回すと「のけさ」と、この地方では呼んだカブト虫の幼虫がいっぱい出てきた。大人の親指ぐらいの太さをした白濁色で、いつも丸くなっているのだ。「これがカブト虫に?」。子供心に不思議でならなかった。


虫取りあみ


 カブト虫やクワガタは、いつの世も子供たちの人気者。横浜からの知人のように大人だって惹きつけるのだ。デパートにはカブト虫コーナーがお目見えし、街角にもカブト虫ショップが。その多くはどこかで養殖しているのだろう。田舎の果樹園では生産性を向上させるための農薬が幅を利かす。当たり前にいたカブト虫は、そこから追いやられる運命なのだ。桃畑で獲れなくなるのも時間の問題だろう。




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一匹のハエ

うちわ

 暑い。汗びっしょりになって野良から帰ったら、かみさんと娘がなにやら大騒ぎしているのだ。それほど広くもない茶の間をうちわ片手に飛び回っているのである。部屋の中は程よく冷房が効いている。



 「お前達、何やってるんだ?」

 「ハエよ、ハエ・・・」


 「たかがハエ一匹。大騒ぎすること、ないじゃあないか」

 「だって汚いじゃあない・・・」


ハエ


 見れば大きなハエが一匹。むきになって追い回す二人をあざ笑うように右に左に、上に下にと飛び回っている。ハエだって命は欲しい。バカな二人に易々捕まってたまるものか、と思っているのだろう。女二人とハエの闘いだ。第一、うちわなんかでハエが獲れるはずがない。女どもは単純だ。

ハエ


 「サッシ戸を開けてやれば外に逃げるじゃあないか」

 「ダメよ。こいつは死刑よ。絶対逃がさないわよ。絶対・・・」

 「勝手にしろ・・・」



 女は執念深い。


 この辺りは、山間部とまではいかないまでも山梨市の片田舎。そういえば、ここしばらくハエにお目にかかったことがない。かつては、わんさといたハエは、いったい何処に行ってしまったのだろう。子供の頃を思い出した。リフォームしてイメージこそ違ってはいるものの、夏のこの時期、我が家の部屋という部屋、ハエがブンブン飛んでいた。



 何処の雑貨屋さんにもハエタタキはもちろん、ハエ取り紙というヤツが売っていて、どの家でも1ダースのケースごと買って来るのだ。それを天井からぶら下げるのである。モチのような油紙にハエが張り付く仕組みなのだ。しばらくすると真っ黒になるほどハエが捕れる。

  実はこのハエ取り作戦も焼け石に水。ハエは次から次へと湧いてくるのだ。だから正直、ハエを気にしていたら一日も過ごせない。うかうかしていたら、ちゃぶ台(食卓)に置かれた麦飯ご飯もハエで真っ黒に。習慣とは恐ろしい。みんなビクともしなかった。

 ヘンな例えだが、ある意味で農村の風物詩のようなものだった。「わあ~、汚い」。娘はもちろん、農村育ちではない、かみさんはそんな話に顔をそむけるのだが、田舎育ちの私なんかハエ一匹、どっちだっていいのである。ハエ取り紙もハエ叩きも完全に姿を消した。


リボンハエ取り
リボンハエ取り


 農業形態や生活環境の変化が確実にハエを駆逐した。農耕用の馬や牛。それに家畜の豚や山羊、鶏もいなくなった。番犬として外で飼った犬もほとんど姿を消し、代わって可愛い猫や犬が座敷に上がった。米麦、養蚕に代わって家の周りを埋めた果樹園では病害虫駆除のための消毒が。ハエなんか住める環境ではない。

 目に見えるハエ。目には見えない消毒の影響。さて、どっちの方が・・・。かみさんや娘が追い回す一匹のハエを見ながら暮らしの変化を思い知らされた。ただ、いっぱいいるハエより、時々紛れ込む一匹のハエの方が確かに気になる。不思議だ。





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料理への反応

パスタ

 昼間、テレビのチャンネルを回せば、どこかで必ずといっていいほど料理番組をやっている。たわいもないといったら叱られるのだろうが、料理番組は主婦達の間で人気がある証拠だろう。うちのかみさんも真顔でテレビに向かい、そのレシピをメモにとっている。主婦の端くれだから、それはそれでいい。




 番組はタレントさんを使って出来立ての料理を食べさせて見せる。これも当然といえば当然。面白いのはここからだ。みんな「美味しい」「うまい」と表情豊かに身体全体で表現するのだ。そこはタレントさん。職業柄、演技は堂に入っている。10人が10人、100人が100人、間違っても「まずい」などと言う人はいない。中には口に入れるか入れないうちに「うまい」と、身体丸ごとを使って表現して見せるのだ。見ている方からすれば、それがいかにも白々しいのである。



ピザ



 食べ物は噛み締めたり、喉を通した後に初めてその味わいを実感するもの。タレントさんであろうが凡人であろうが、人間はみんな同じだろう。でも、それを端的に表現することは案外難しい。文字ならばさまざまな工夫で表現することが出来るからいい。しかし、言葉、しかも短時間というか瞬間的に表現することは大変だ。そこに引っ張り出されたタレントさん達の苦労が分かるような気もする。




 「うまい」「美味しい」がありふれていて≪味気ない≫と考えたのか、ひと頃、「甘い」という言葉が流行った。若い特に女性のタレントさんが「甘~い」と満面に笑みを浮かべて言って見せるのだ。見ている方、聞いている方からすれば、これが白々しいばかりか、えもいわれぬ違和感を感ずるのである。やっぱり、食べ物は「うまい」「美味しい」だろう。しかし、それを、いかにもうまそうに、美味しそうに表現するかがタレントさんや芸能人の真骨頂なのだ。おやっ、と思ったら最近、「甘~い」という言葉がピタッと影を潜めた。「甘~い」の乱発をディレクターさんから叱られたのかもしれない。


料理



 私には料理番組でこそないが、この食べ物に関係した番組で苦い経験がある。現役サラリーマンの頃、新聞社、放送局のハウス広告代理店の役員をしたことがある。山梨の大手生菓子メーカーが、ここぞと売り出した「信玄桃」という名の生菓子が、あるテレビキー局の番組に登場した。石鹸・洗剤の大手メーカーがスポンサーで、今でも続いている真っ昼間のバラエティー番組だ。テーブルに置かれたこの「信玄桃」を口にしたタレントさん、よせばいいのに「これ酢っぱ~い」とやってしまったのだ。


信玄桃


 たまたまだが、生菓子メーカーの社長も含めて新聞社、放送局の大口クライアントの社長さんをご案内して10日余りのヨーロッパ旅行から帰った日のことだった。そこは儀礼。会社には相次いでお礼の電話が。ただ一人、生菓子メーカーの社長の電話は違った。「会社に戻ったら大騒ぎ。うちの目玉商品をどうしてくれるんです」。早速、問題になった番組のビデオテープを見た。司会者の小堺一輝は何とかつくろったが、あとの祭り。キー局や、ましてやタレントさんだけのせいにしているわけにもいかない。キー局に抗議する一方で放送局の幹部を生菓子メーカーに飛ばして平身低頭したのである。因みに、そのタレントは後の番組から姿を消した。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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