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自衛隊協力会がご縁の興味

 人間が何かの物事や事象に関心を抱いたり、のめり込んだりするきっかけは、ほんのちょっとした事から始まることが多い。それは何気ない人や組織との出会いであったり、新聞やテレビなどの情報、新聞の折込チラシや街角の広告看板だったりする。もちろん、何の関心や興味も抱くことなく、空気のように通り過ぎていくものがほとんどだ。


 私が今、パソコンやインターネットにハマっているのも、ITにめっぽう詳しい萩原さんという高校時代の同級生との再会がきっかけ。もし、彼に出会うことなく、パソコンの初歩を教わらなかったら、こうして拙いながらもブログを書いていることも恐らくなかっただろう。女房は「お父さんのおもちゃ」と半ば笑っているのだが、私自身は結構、真剣だ。


 子どもみたいだ、と笑われるかも知れないが、今、船や飛行機に興味を持っている。過日、2時起きして静岡県の航空自衛隊浜松基地で開かれた航空祭に飛んで行ったのも、昨年夏の横須賀沖での護衛艦体験航海も自衛隊協力会の発足に関わったことがきっかけである。


 山梨市に自衛隊協力会が発足したのはもう10年ぐらい前。ひょんなことで準備段階から関わったこともあって、役員の末席を汚すハメになった。半ば地域の≪義理≫から始まった事だが、その活動に携わったり、参加するうちに自衛隊ばかりでなく、船や飛行機、陸上での火力演習などにも興味を持つようになった。


航空祭5


 いつも女房を連れて行くのだが、「お父さん一人で行けばいいじゃんけ」という、その女房も行ってみるとまんざらでもなさそう。行く先々で、お土産を買ったり、お楽しみを食べたりしながら、結構楽しんでいる。


 何でもそうだが、体験に勝るものはない。書物などとは違って、理解し易いから、勢い興味も増幅する。例えば、海上自衛隊横須賀総司令部から護衛艦に乗ってみると、護衛艦そのものにとどまらず、船の運航の仕組みや人の命令系統まで手に取るように分かる。その後に起きた漁船とイージス艦の衝突事故を新聞やテレビで見ても見方が違うのである。自分の体験と事故のニュースをオーバーラップして考えることが出来るからだ。



自衛隊2

 操舵室や船橋(ブリッジ)の仕組み、船橋脇での見張りとその伝達方法、先方に障害物を発見した場合の面舵(右旋回)取り舵(左旋回)の角度と操舵室への指示の仕方など興味深いことばかり。かつては方向や距離、それに伴う角度などを別々に定めていたミサイル発射装置も、今は真上に打ち上げ、コンピュータの自動制御でミサイルが標的を追うのだそうだ。


自衛隊3

 陸上自衛隊のミサイル攻撃も理屈は同じ。東冨士演習場の火力演習で見たミサイルも2km、3km先の標的を一発の狂いもなく命中するのである。ただ、航空自衛隊のブルーインパルスが見せる、あの華麗なアクロバット飛行のように真摯に積み重ねる訓練とチームワークによるものが基本。チームワークを乱せば、何年か前の航空シヨーで起きた墜落の惨事に直結するのである。何事においても真摯な努力とチームワークは大切だ。

自衛隊1

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大空への夢のブルーインパルス

航空祭3


 本格的な秋空とはいえないまでも、浜松の空は青かった。航空自衛隊の浜松基地滑走路を次々と飛び立つ6機のブルーインパルスは大空で編隊を組んで、さまざまな曲芸飛行を繰り広げる。地上で空を見上げる観衆は、どよめきにも似た歓声を上げ、その一方では、機関銃のように切られるカメラのシャッター音が。


航空祭2  


 この秋、静岡県の航空自衛隊浜松基地で開かれた航空祭のハイライトである。広大な敷地の一画に設けられた広いスペースの見学者ゾーンには、さまざまな機種の戦闘機パトリオットミサイルが展示され、大きな格納庫では航空機への体験搭乗サービスも。南北の玄関口からの通路、また航空管制塔や格納庫、それに研修棟などの管理施設に繋がる道路には焼きそばや、たこ焼き、お弁当などの屋台、それに航空自衛隊グッツの販売コーナーがずらりと並び、お祭りムードもいっぱい。航空ショーが始まる午前9時には見学者ゾーンは数万人の観客で埋まった。


体験登場サービス  
体験搭乗サービス


 目の前のかなり離れた滑走路から発進して行く訓練用の戦闘機。大空で、縦横無尽に展開する編隊飛行の爆音はけたたましい。その下では大型ヘリ2機を使って地上からの人命救助のデモンストレーションも。前座とも言えるショーの数々が終わると、ブルーインパルスのアクロバット飛行だ。


 ロープで区切られた観客席の目の前には、一番機から六番機が給油車をはさんで、一定間隔で並んでいる。午後1時ちょっと前、ブルーの上下つなぎの制服、純白のネッカチーフ姿のパイロット、つまり、ブルーインパルスのメンバーが登場すると、観客席は拍手喝采。一緒に行った女房も無心になって拍手していた。航空機の脇には3人一組の整備士ら補助者が整列。場内アナウンスはメンバーを次々紹介していく。


航空祭4

 いずれも、2~3等空佐、1~3等空尉の将校クラスのベテラン達だ。給油や整備士の点検の後、これから大空に「夢と感動」を描くアクロバットチーム「ブルーインパルス」の搭乗機が観客席の前をすべるように滑走路に向かう。一番機を先頭に最初が3機、その後を3機が相次いで追う。メーンイベントの開幕だ。


 縦横無尽に大空で繰り広げるアクロバット飛行。編隊、分裂を繰り返しながら、上下、左右、特に垂直上昇、垂直下降は迫力満点だ。ハイライトは大空に大きなハートを描き、矢で真ん中を射たり、それよりもっと大きいお星様のマークを描く妙技は、まさにダイナミックそのもの。観客席はどよめきにも似た歓声に包まれた。子どもならずとも大空への夢を駆り立てられる瞬間だった。



航空祭1

 今から55年前の昭和39年10月10日、東京オリンピックの開会式が行われた国立競技場の上空を思い出した。当時大学の4年生だった。高度3,000mの大空に直径1,800mといわれる五輪の輪で描いていく。千駄ヶ谷駅前で見た、その時の感動は今でも忘れられない。これもブルーインパルスの妙技だったのである。初代のブルーインパルスで、その機体F-86は当時の主力戦闘機だったのだそうだ。


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朝顔の大輪

朝顔2


 朝顔、昼顔、夕顔。これに「寝顔」を付けくわえると、一転、無粋になってしまうのだが、ここで取り上げたいのは粋な朝顔の花。今から1,100年以上も前の奈良時代に中国から遣唐使によってわが国に伝えられたという朝顔は、庶民の間で大きなブームを巻き起こした江戸時代に品種改良が進み、観賞用植物に変わったのだそうだ。


朝顔  



浮世絵にもいっぱい描かれているから、朝顔は下町の夏をいや応なく連想させてくれる。その朝顔が、今、我が家の庭先で見事な大輪をいくつも咲かせている。「いい品種の朝顔だから植えてみて」と、近所の人がくれた園芸用のポットに植えつけたものだ。直径10~11cmもある大輪は赤もあれば青もある。これまでもさまざまの朝顔を見てきたがこんな見事なものにお目にかかったことはない。


朝顔2  


 持って来てくれた人が「いい品種」と言うだけあって、改良品種であることは十分に理解できる。だが、作り方を明らかに失敗。園芸用のポットから大きな鉢に植え替え、ツルを這わせる棒を2本立て、横棒も渡すなど工夫したまではよかったが、縦の棒が短過ぎたのである。分かっているようで分かっていない。無知とは恐ろしいものだ。朝顔のツルはグングン空に向かって伸びるのだが、途中で支えを失うから、下に落ちるしかない。




 ツルは折り返した途中でくちゃくちゃになるばかりか、地に落ちたツルは土の上をどんどん這うのである。その勢いは逞しい。一面が瞬く間にツルだらけになる。そこでは決して花を付けない。空中でなければ花を咲かせない植物なのだろうか。


朝顔3



 この朝顔とは別に、ぶどう園の周りでいっぱい野生の朝顔が咲く。花の大きさ、美しさは比べものにならないが、これも逞しさでは負けない。支線を伝わってぶどう棚にどんどん這い上がるのである。在来種ではない。恐らく、肥料に混じって外国からやってきたものだろうが、繁殖力は強く、自然に落ちた種は来年、何十倍にもなって生えてくる。一般雑草用の除草剤では枯れない。




 昼顔や夕顔も同じだ。野生とか、観賞用を問わず、私達の身の回りには見慣れない植物がいっぱい。花好きの女房がやたらに買ってくる鉢植えや土に下ろす花を見ても、およそ日本のものとは思えない、名前すら分からないものばかりだ。畑や道端の雑草だって「こんなもの、あったっけ」と、思うものがいっぱいだ。タンポポなどは、在来種は完全と言っていいほど駆逐され、葉っぱがギザギザした逞しい外来種に変わった。みんな肥料や飼料が媒介しているのだろう。


庭の花



 朝顔は東京の下町の夏を連想させる。爽やかな花をポツンポツンと飛ばした朝顔の緑で涼をとる庶民ののどかな暮らしを髣髴とさせてくれる。一方、朝顔は「源氏物語」の五十四帖の巻きの一つに登場する。もっとも花ではなく、作中人物だが、その朝顔は源氏に好意を抱くのである。



 失敗作とはいえ、立派な大輪をつけた我が家の朝顔。花が終わったら種を取り、欲しい人に分けてあげたいと思ったのだが,実はこの朝顔、種を付けない。霜が降りる11月初旬まで花を付けているのも特徴だ。朝顔の季節ももう終わりに向かう。





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大根の間引き

 雨続きで、このところ秋特有の青空を見たことがない。こんな年も珍しい。葡萄など果樹農家はもちろん、行楽客相手の観光農園も痛手だろう。我が家の畑も雨続きのあおりを食って、草だらけだ。一番気がかりなのは大根畑。サツマイモやサトイモ、トウノイモ、落花生などは成熟して、収穫真近かだからいいが、大根は今からが成長期。しっかり草くらい取ってやらないと、草に負けてとぼれてしまうのである。植物の世界だってサバイバルなのだ。


サトイモ


大根はほうれん草などと違って発芽率は高い。我が家の場合、蒔いた種はほぼ100%発芽した。ところが、雨や野暮用を理由に草取りを怠ったら、発芽したはずの大根もいつの間にかダウン。30cm位の等間隔に列で蒔いた大根は、あっちこっちで、まるで歯が抜けたよう。「雑草のよう」という言葉どおり、雑草は強く、逞しい。


大根1



 雨が止むのを待って、畑に出た。大根より大きくなった雑草を取り、3つ、4つにかたまった小さな大根を間引きしていくのである。今ではホームセンターに行けばローラー式の小さな腰掛があって、中腰にならなくて済むから、腰痛持ちでも多少は楽だ。ただ、畑は長雨をたっぷり吸い込んでいるので、地下足袋は泥まみれである。


大根4



 通りかかった隣のおじさんが愛想良く話しかけてきた。


 「よくやりますねえ。わたしゃあ腰が悪いから草取りがどうも苦手でねえ。大根の中の草だから除草剤を使う訳にもいけんし、よわったもんです」



 この人はかなりの面積の桃や葡萄を栽培する果樹農家だが、80歳近くなって「もう果樹作りは無理。困ったもんですよ」と、よくこぼす。隣の畑に眼をやると、あっちもこっちも草まみれ。我が家と同じように小さい大根と、ツルを張ったサツマイモが雑草にうずもれていた。




 我が家もサツマイモを植えたが、実を言うと、畑に草をはやさないためだ。サツマイモは実に逞しい野菜で、グングンとツルを張る。だから草を≪食って≫くれるのである。サツマイモは、本当は植えるのではなく、差すのである。種芋から出た芽を20cmぐらいに伸びたところで切り取って、盛土の列に30cmぐらいの間隔で差していくのである。いわば、さし木で、根がなくても100%根付く。今年はゴールデンウイーク中の5月3日に差した。土地がそれほどよくない所でも出来るので栽培は簡単だ。


大根3


 雑草の話に戻るが、今では篤農家といわれる人ほどこの雑草を気にしない。忙しくて、気になんかしていられないこともあるのだろうが「草生栽培」という名の≪草との共生≫方法を取っている。ただ、これは果樹栽培に限ったことで、野菜作りには通用しない。



 だから、本格派の果樹農家は自家用の野菜作りなんかしない人が多い。そんな手間をかけるのだったら、買って食べた方が安いというのである。山梨市などこの地方は果樹地帯だから水田は完全といっていいほど姿を消し、農家はお米も買って食べている。野菜作りは、いわば趣味か農家のなれの果てといったところかも知れない。





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秋の虫のオーケストラ

 「うるさいほどの鳴き声」と、表現したら、なんと情感に乏しい人、と蔑まれるかも知れないが、今、我が家の庭先の植え込みとその周囲からは毎夜、虫の音がすごい。恐らく、鈴虫やキリギリス、コオロギなどだろうが、私には判別できない。どうやら分かるのは鈴虫くらいで、本当はキリギリスもコオロギも鳴き声を知っている訳ではない。


鈴虫


 とにかく、その鳴き声は、虫とは思えないほど大きく、明け方まで続くのである。「うるさい」ほどに感ずるのは、我が家が田舎で、車の騒音も聞こえなければ、ご近所の家もちょっと離れているので、人の話し声も聞こえないからかもしれない。寒さと共に虫の鳴き声が途絶える冬場は何の音もないから≪シーンという音≫がする。何らかの騒音が日常的な都会人には理解できないだろうが、本当なのである。



 若い頃はその≪静かな騒音≫が嫌で、音がする都会にあこがれたこともあった。我が家はちょっとした高台にあるから、子供の頃は近くを流れる笛吹川の水の音が聞こえたものだが、上流にダムが出来たことによって、水量が激減、いつの間にかその音も消えた。



 ≪静かな騒音≫を紛らわしてくれているのが虫の音だ。こうして部屋の中でパソコンを叩いていても、近くの居間で勝手に鳴っているテレビの音に負けないほどの虫の音が外から聞こえてくる。夕食後、決まってタバコを吸いながら外に出るのだが、そっと歩く足音にも虫たちは敏感に反応する。ぴたっと音が止み、通り過ぎるとまた鳴き出す。


夜の庭


 母屋から植え込みを過ぎて、ちょっと離れた石の門柱の脇の道沿いに腰掛けて、一人静かにタバコを吸っていると、暗闇の中で、あっちこっちから虫の音が。それも無数といっていいほどの鳴き声だ。ステージで聞く100や120のオーケストラなんてものではない。


 
 どでかい自然をステージにした虫たちのオーケストラの演奏を聞きながら、遠くに黒く連なる山塊の麓に見える帯のように小さく光る家々の灯りをボーッと眺める。あの光が笛吹市一宮町神沢の友の家だろうか、とか、あれが甲州市勝沼町の親戚の灯りだろうかと、思いを巡らしてみたりする。その間も虫たちのオーケストラは絶え間なく続くのである。


虫


 今、鳴いている鈴虫は、もちろん野生のものだ。かなり前のことだが、甲府に住んでいた頃、会社の同僚の中に鈴虫をふ化させる事が得意の人がいて、時期になると、しばしば、その幼虫をもらっては金魚鉢のようなガラスの器で飼っては部屋の中でその鳴き声を楽しんだものだ。騒音と雑音の中で忙しく仕事をして帰った自宅で聞く鈴虫の音は、つかの間の憩いであり、安らぎだった。

 

 かつて鈴虫のふ化は珍しく、毎年その時期になると新聞の話題になった。しかし、実際はそんなに難しいものではなく、そのことを知った同僚は、自分でふ化することを覚え、毎年大量の鈴虫の幼虫を生み出しては私達にくれたのである。今もふ化をさせ続けているに違いない。


虫2


 田舎の実家に戻って、毎晩、うるさいほどの虫の音を聞いていると、あの頃が無性に懐かしくなったりもする。人間とはわがままで、贅沢な生き物である。





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どこへ行った秋の青空

 いったい、秋の青空はどこに行ってしまったのだろうか。全く、よく降る。今日も雨だ。庭や畑の草は伸び放題だし、水をたっぷり含み、土が緩んでいるから雨が止んでもしばらくは畑にも出られない。洗濯物もさることながら、女房も「お父さん、これじゃあ、布団も干す時がないわねえ」とボヤクことしきりである。


 「女心と秋の空」という言葉がある通り、天気が変わり易いのも秋の特徴だが、それは初秋の一時期のこと。誰しも、秋の空といえば、たいてい抜けるような青空をイメージするはずだ。私にとって忘れられないのは、東京オリンピックが開幕した日の朝の青空だ。

★東京オリンピック★

 55年前のちょうど今頃、正確には昭和39年10月10日の朝だった。お若いブロガーの方は東京オリンピックも、その日の朝も、もちろんご存知ないだろうが、それは素晴らしい青空だった。わが国が戦後の復興期を抜け出し、高度成長期へと走り始めていた時期で、日本中がこのオリンピックに注目、固唾を呑んで見守った。いうまでもなく、わが国では初の開催だった。「東洋の魔女」とか「金メダルポイント」といった言葉を生んだのもこのオリンピックだ。

空1

 この日、代々木、千駄ヶ谷の森は、半ば興奮気味の人たちでごった返していた。当時、貧乏学生だった私は、開会式の入場券など買えなかったのだろう、メーン会場となった国立競技場と目と鼻の先にある新宿御苑に仲間数人と立っていた

新宿御苑


 みんな空を見上げていた。東京という大都会で空を見上げる機会など滅多にない。しかし、この日だけは違った。どこからともなく、5機の編隊で飛んできた航空自衛隊のアクロバットチーム・ブルーインパルスが国立競技場の上空に鮮やかな五輪のマークを描いたのである。もちろん、ブルーインパルスなどという、カッコいい飛行チームが出来た事など知るよしもない。因みに、ブルーインパルスの登場はその5年前だそうだ。



 国立競技場の上空といっても、高度は3,000m五輪の直径一つが1,800mというから東京の大部分の所で見ることが出来ただろう。みんなが見上げた東京の大空はすき透るような青さだった。その真っ青な大空のキャンパスにブルーインパレスの編隊が青、黄、黒、緑、赤の五輪の大輪をカラフルに、しかもダイナミックに描くのだから私のみならず、誰だって度肝を抜かれ、同時に大きな拍手を贈りたくなったのも分かるだろう。



 はっきりとは覚えていないが、前の晩、雨が降った。その雨が代々木の空をいっそう青くしたのかもしれない。青空をバックに描いた5色の大輪は、神宮の森や新宿御苑のどっしりとした緑と見事なコントラストを見せていた。


 このオリンピックを契機とするように、わが国のモータリゼーションは大きく加速、いつの間にか東京の空から青空が消えた。その後にやってきたのは灰色の空だった。大都心といわれる東京。朝から晩まで忙しく動き回る働き蜂たち。恐らく、その空を見上げることもなかっただろう。


オリンピック


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水利権

川
 地球はどうなってしまうのだろう。相次ぐ台風は大量の雨を降らせ、日本列島の河川を各地で反乱させ、甚大な被害をもたらした。ここでは、そのことはさておいて、日常の川のお話。

 
「川」という字は「鳥」などと共に象形文字の典型。大きな「河」と違って、山間の、のどかで、素朴な流れを髣髴とさせ、街の中や田園地帯をひっそり流れる「せぎ」や「小川」をも連想させる。「川の字に寝る」という言葉もあって、字の形がかもし出すイメージは穏やかな日常そのものだ。





 しかし、その川が知らず知らずのうちに変わってしまった。どの川も水量を減らした。そればかりならまだいい。川は汚れる一方だ。洗剤などを多く含んだ家庭雑廃水や工場廃水が川を汚す。工場廃水のたれ流しは法的規制もあって、さすがに減っているが、下水道化が遅れている地方では、どうしても家庭の雑廃水が流れ込む。





 昔は地方へ行けばいくほど、田舎へ行けばいくほど、川を大事にした。川は人々の生活の生命線だったからだ。人はそこで食卓に上る野菜を洗い、顔や食器まで洗った。だから、みんなが川を大事にした。川自体も自浄能力が強く「3尺流れればお水神様が清める」とまで言った。


川2


 無邪気な子どもが川に向かって小便でもしようものなら、大人たちは「おちんちんが曲がるぞ」といって、戒めたものである。ところが、今は子どもを戒めるはずの大人が平気で川に立小便をし、お母さん達は台所の野菜くずを川に捨てる。川をゴミ捨て場と勘違いしていると思えるような若いお母さんさえいる。





 川自体の水量も減った。無理もない。上流にダムが出来、本来下流に流れるはずの水が灌漑用水としてスプリンクラーで畑にまかれ、上水道水になった。水が減れば汚れを滞留させ、酸素を入れないから自浄作用も低下させる。それが、一方で紛争の火種すら起こそうとしている。


川3



 農業形態や生活環境の変化で人々が忘れかけていた「水利権」という≪寝た子≫を起こそうとしているのである。同じクラブでご一緒するロータリアンに、この地方一帯の水利権組合を束ねる連合会の会長さんがいる。彼は頭を抱えながら、こう言う。




 「地域の水にみんなが無関心になった。それをよいことに行政も水利権者と締結している協定を無視、行政だけの都合で水を使おうとする。例えば水道水への転用だ。水道に使ってはいけない、と言っているのではない。そのバランスを考えなければ将来必ず禍根を残す。田んぼを作ろうと思ってもそれも出来ないし、万一火事があっても川に水の流れがなければ消火作業すら間々ならなくなる。挙げ出せばきりがない。水というものは一つの目的ばかりでなく、多様性をはらんでいるのだ」




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more...

 「空気や水のよう」。私達は日常生活の中で、よくこんな言葉を使う。あって当たり前で、その大切さが分からないことの例えだ。しかし、その水が都会にお住まいの方々ばかりでなく、私のように田舎暮らしをする者ですら、時にお金を出して買う時代になっている。ブランド名はともかく、どこのご家庭の冷蔵庫にも一本や二本、水のペットボトルが入っているだろう。遊び感覚だが、富士山頂などでは「空気の缶詰」も売られている。


空気の缶詰


 水代わりのお茶もそうだ。山梨では葬式の香典返しにお茶を袋で引くケースが多く、お茶なんかいっぱいあるのに、ペットボトルのそれを買って飲むのに抵抗感すらなくなった。女房に「もったいないじゃないか。あれ使えよ」と言った自分も、いつの間にか平気になった。  いつもお邪魔する仲間の家のマージャンルームには家庭用のものをちょっと小型にした冷蔵庫がポツーンと置いてあって、中には清涼飲料がいっぱい入っている。もちろん、コーヒーや各種のジュース類もあって、水やお茶ばかりではない。ペットボトルやカンは便利だ。お茶にしてもわざわざお湯を沸かさなくてもいいから気軽である。





 この仲間はそのお茶やコーヒー、ジュースを自動販売機で売る清涼飲料水販売会社のオーナーである。何台もの車や大勢の従業員を使って、県下各地に設置している系列の自販機を巡回して中の飲料水の管理や集金をしているのである。パチンコ屋さんなど設置場所がいいところに当たれば、一般では考えられないような売り上げをするのだそうだ。お茶やスポーツドリンクなどと並んで水もよく売れるという。

水


 全く別の仲間だが、いつか、こんな愚痴を言ったことがある。


「俺達が汗水たらして売る牛乳は水より安いんだよ。全く、やっていれねえよ」



 この男は富士山の西山麓にある冨士豊茂という所で、牛を何頭も飼う酪農家だ。富士山のすぐ麓だから夏は涼しいが、冬ともなれば一面の銀世界。凍てつく、という言葉がぴったりの寒さの中に巻き込まれる。




 草がある夏場のうちにサイロに牛達の餌になる枯れ草を確保して越冬しなければならない。牛との生活だからハエだつてブンブン。汚いだの、うるさいだのと言ってはいられない。冨士豊茂は山梨県でも最も大きい酪農基地。八ヶ岳山麓の田舎町からここに婿養子に来た男だから、まさに水は空気のようなもの。今の自分の苦労と重ね合わせるから「水が牛乳より高い」現実に割り切れないでいるのも無理はない。


牛乳



 県外から山梨に来たお客さんが新聞などのインタビューに応えて「水が旨いし、空気が旨い」と口を揃えるように言うのを聞くと「なんとキザな」と感じたものだ。しかし、いったん東京など都市部で暮らしてみると、そのことが逆の立場からよく分かる。




 確かに旨い。キザでもなければ、お世辞でもない。たかが、甲府から山梨市の実家に戻っただけでもそれを感じるのだ。しかしその水、旨い、旨いと有頂天になってばかりではいられない。例えば、水道水。最近、滅菌用の塩素が強くなったような気がするのだ。





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健康欲で頭で食べる

 頭で食べる。決して進んで食べたいと思っているわけではないが、食べているものがある。その一つがゴーヤだ。この付近では「ニガウリ」ともいう。女房は「体のためにいいんだそうですよ。沖縄の人たちが長生きするのもゴーヤや豚肉の料理を沢山食べるからだそうよ」と、いかにも知ったかぶりに言いながら、このゴーヤ料理を出してくれるのだが、私にとってお世辞にも旨い、とは言えない。


ゴーヤ


 我が家では卵や豆腐などと炒め物にして食べる。独特の苦が味と食感、進んでは食べたくないシロモノだ。しかし、何も言わずに食べている。それも全部である。健康のため、という≪欲≫のためだ。酒のつまみにめざしを出させたりする。近くにJAの直売所があって、そこに、ちょっと乾燥気味の旨いヤツが売っているのである。





 これも、健康、という≪欲≫のためだ。ゴーヤもそうだが、栄養的にどうのこうのと知っている訳ではない。若い時は、食べ物に、健康などということを考えなかったが、70歳も半ばを過ぎると、そんなことも考えるようになるのである。苦い薬でも我慢して飲むように、年齢を重ねれば重ねるほど健康への欲が優先するのかもしれない。





 食卓に上るゴーヤはすべて我が家の自前。ゴーヤばかりではない。春先のこかぶやエンドウ、春菊、夏場のタマネギ、ジャガイモ、トマト、ナス、キュウリ、インゲン、秋のサツマイモ、大根、サトイモ、冬場のほうれん草などみんな自前である。今、食べているカボチャやモロヘイヤもそうだ。百姓の真似事をするようになって、野菜は買ったことがない。


野菜



 高さ約2m、長さ15mぐらいの三角屋根のような棚の両側斜面に張ったネットにゴーヤは青々とまではいかないまでも、今もツルを張り、実をならしている。ほぼ同じ頃に植え付けしたキュウリやインゲンは、もう完全に枯れ、トマトももう駄目。ナスもひところの勢いを完全になくしてしまった。




 キュウリと違って、表面がトゲのようにごつごつして、グロテスクなゴーヤ。いかにも逞しい。その生命力が、それを食べる人間にもいいのだろう。知らなかったが、モロヘイヤも逞しさでは負けない。私の身の丈ほどにも大きく繁茂したモロヘイヤはイメージとは大違い。





 子供の頃、地元の岩手小学校の先生をしていて、今も親しくさせて頂いている知人から頂いたものを植えたものだ。最初は園芸用のポットに植えられた20本ぐらいだったが、若芽のように小さいが故に、グングン伸びるカボチャのツルに覆われて、ほとんどが消滅、残った数本だ。おしたしのようにして食べるのだが、そのネバネバ感が人の健康欲をそそるらしい。これも、ゴーヤと同じように決して旨いものではない。




 三角屋根のようなツル物の野菜作りの棚は、骨組みを竹で作っている。ホームセンターに行けば手軽に組み立てられるパイプ状の材料が手に入るのだが、私は自前の竹を使うことにしている。竹は冬場の12月ごろに切ったものがいいという。虫が入らないのだそうだ。近所の人や知人、先輩に教わりながら、一つ一つ自分のものにしたいと思っている。





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桃太郎の生みの親は白鳳?

桃太郎


 桃太郎が生まれた桃は「白鳳」だった?
 月に一度、定例的に開いているユネスコ関係の友達の無尽会で、お酒を酌み交わしながら、桃作りをしている仲間の話を聞いていて、つまらぬ事を≪発見≫した。この人は甲府盆地の一番東側の山付き、というより土地が肥沃な扇状地の笛吹市御坂町という所で桃作りをしている。



 御坂町は映画、講談の「清水次郎長伝」に必ず登場する悪役・黒駒の勝三の生誕地だ。そんなことはどっちでもいい話だが、彼はこの町では名うての篤農家。この人の話によれば、数ある桃の品種の源流品種といっていい「白桃」と「白鳳」の違いの一つに果肉と種がはなれ易いか否かがあるという。



 「白鳳」は、「白桃」が果肉と種がしっかりくっついているのに対して、それがはがれ易いのだそうだ。桃太郎伝説は、山に柴刈に行ったおじいさんとは別に、川へ洗濯に行ったおばあさんが上流からどんぶりこ、どんぶりこと流れて来た桃を拾って割ってみると、中から大きな男の子が出てきたというご存知のお話である。



 このとき、桃がパックリ割れないとこのお話は、うまく後に繋がらないのである。酔っ払って、たわいもない事を言っているじゃないよって? その通り。どっちでもいい話である。 桃太郎さんはさておき、白鳳と白桃の2系列を源流とした桃は、品種といったらさまざまで、その数は50を超すという。


桃



 町の果物屋さんやスーパーではほとんど「白鳳」「白桃」としか表示していないから消費者の皆さんはご存じないかも知れないが、その桃にはみんな○○白鳳、○○白桃といった具合に名前がついているのである。特に白桃に品種の数が多い。特によく知られているものの一つに「浅間白桃」がある。「浅間」とか「日川」「山根」というように山梨県の地名をとったものが多い。




 御坂町の篤農家さんによれば、日本の桃の原点は中国の水蜜桃。これが日本の風土に合わせて改良されて、比較的早生品種の白鳳の流れを作っていった。この論理からすると、元々は白桃が改良されて白鳳が生まれたことになる。とにかく白桃を中心に桃の品種が多いということは、改良に改良を重ねた先人達の苦労があったことを意味する。




 暑さ、寒さも彼岸までという。その彼岸もあっという間に過ぎた。あの信じられないような猛暑が消えて、季節は名実共に秋。山梨の果実峡であるこの地方は桃のシーズンから葡萄の季節に移行。その葡萄も終盤戦に。一口に葡萄といっても、さまざま。白鳳の後、つまり、比較的奥手の白桃系の桃と収穫がオーバーラップするデラウエアー種から始まって、人気のシャインマスカットや巨峰、ピオーネ、甲斐路など、大房系の葡萄へとリレーして来た。


葡萄



 これにネオマスカット、べリーA 、甲州種など、これまでに挙げたポピュラーなものを中心に品種の数は多い。在来種は甲州種ぐらいのもので、ほとんどが外国品種との改良品種である。ただ、桃と違うのは食べてみなくても、その形状、色などで素人でもすぐに区別がつくことだ。とにかく、この地方の実りの秋は、まだしばらく続く。リンゴや柿とリレーして行くのである。





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退化する体と脳みそ

 何事にも言えることかもしれないが、普段使わなければどんどん忘れ、人間の機能だって退化する。最近そのことをしみじみ思う。例えば、中学、高校と習った連立方程式や因数分解を今やってみろと言われればちんぷんかんぷん。中学校から大学まで習った英語だってしかりだ。




 そんなことはまだいい。今、痛切に感じ始めているのは手足など体の機能である。車に頼り、歩かないから足腰は弱くなる一方。「少しでもいいから、毎日ジョキングか、ウオーキングでもしたら」と言われるのだが、そのじちもない。だから、毎日、何時間かは畑に出ることにしている。




 そうすれば、中腰で鍬を使ったり、転がって草むしりもする。嫌でも足腰や腕の筋肉を使うからだ。汗びっしょりになる。特に夏場だと、その汗はシャツを搾るほど。おかげで体重も3㌔ぐらい減らすことが出来た。昼飯の時に飲む一杯のビールがうまい。つい、一杯が二杯、二杯が三杯に。


ビール



 女房は「せめて昼間は飲むのをやめたら」と、憎たらしくも言う。俺の身体を気遣っての言葉であることは分かっている。でも、このうまさは夜のそれとは比べものにならない。最近ではあきらめたのか、同じ事を言わなくなったが、冷蔵庫からビールを持ってくる顔は、やっぱり渋い。飲まない方がいいに決まっている。だけど・・・。




 肝臓というヤツも同じで、使わなければ機能をどんどん低下させる。お酒の引き合いに出すのは方便に過ぎないが、自分の経験から確実に言える。




 かつての会社仲間4人で「百石クラブ」という集まりを作って、時々、甲府のホテルなどあっちこっちで飲み会を開く。「百石クラブ」は自分達が新米の頃、仕事を共にした旧社屋が甲府市の旧百石町という所にあったことから名付けたものだが、昔話をおかずに飲む酒もうまい。


お酒



 しかし、みんなお酒が弱くなった。現役時代、浴びるほど飲んだ同僚や先輩がすぐに「俺はもう・・」と言い出すのである。「最近、飲む機会が少なくなったせいか、弱くなっちまって」ともいう。年齢のせいもあるが、確かにお酒も飲まないでいれば体が忘れさせてくれるし、肝心の肝臓がその機能をなくしてくれる。




 肝臓ばかりではない。人間の臓器や体は使わなければ確実に退化していく。特に、腎臓という臓器は、それが顕著で、いったん、人工透析などをしてしまったら、自分で働くことを忘れてしまうのだそうだ。




 頭、つまり、脳も同じ。ある年齢以降、緊張感をなくした生活をしていると、ボケること受けあいだと最近自分の事として思うようになった。こうして毎晩、パソコンを叩いてブログを書くのも、指先や少ない脳みそを少しでも使うからいいと思っている。私も大好き人間だが、マージャン仲間が、それをしない人から「好きだねえ」と、冷やかされたりすると「指の運動とボケ防止さ」と;言う。これは方便。徹マンが体にいい訳ないさ。




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若者達のコピペ

 コピペ? 「コピー アンド ペースト」の略だという。へえー、うまく略すもんだ。感心はしたものの、その意味はさっぱり分からない。テレビで見ていて、パソコンやインターネット用語だと分かった。文章など、さまざまなデータをコピーし、貼り付けることを言うのだそうだ。文字の通りだ。そこでまた、へえー。


コピペ



 家族で食卓を囲んでいた時、娘が晩酌中の私に向かって言った。


 「そんなこと、知らないの。お父さんだってやってるじゃない」


 何を言っているのか分からなかった。


 「俺がやっている?」


 「そうよ。お父さんだってブログ書きながら文章を置き換える時、コピーマークをクリックしてから貼り付けたりしてるじゃない」


 「へえー、そのことか」


 単純に頷いたが、テレビはこのコピペを問題意識を持って取り上げていた。コピーし、貼り付けるというこの単純な行為に頼ってしまうと人間の脳は考えることや創造する能力を退化させてしまうのだそうだ。ここでまた、へえー。


パソコン_convert_20110106220352



 テレビを見ていたら、問題視の意味がよく分かった。教育現場、つまり大学や高校、小、中学校に至るまで、このコピペがどんどん入り込んでいるのだそうだ。例えば、大学生にあるテーマで論文を書かせると、学生達はインターネットで、それに近い解説を探して、それを切り張りしながら論文を完成させてしまうのだという。

パソコンをたたく手



 自分で資料を探し、考えながらやれば何日もかかる論文作りをわずか30分足らずでやってしまうという。第一、インターネットからの写しで、自分の考えではないから研究論文とはいえない。このコピペは小、中学校の読書感想文や作文にも今や珍しくなくなったという。私は化け物だと思っているが、インターネットにはなんでもデータが入っている。




 テレビの大学教授は苦笑いしながらこんなことを話していた。


 「学生達の論文を見ていたら、同じ内容のものどころか字句まで同じものがいっぱい。いずれもインターネットからの引用、貼り付けで、ひどいケースだと全体の64%、つまり自分の文字は、文章のつなぎも含めて36%に過ぎなかった」



 子供の頃からテレビゲームで育っているから携帯電話でのメールも空気のようにこなす。パソコンやインターネットも自在だ。私のようなアナログ人間からみれば羨ましい限り。携帯電話を片手に別の事をしながら電話機を見ずにメールを打つ子供たちを見ると「へえー」と尊敬したくもなる。


マウス



 こんな人間からすれば、今の子供たちはものすごく進化しているように見えるのだが、どうして、どうして。幼稚といったら言い過ぎかもしれないが、やっぱり幼稚だ。インターネットの情報をそのままコピペすればすぐにバレてしまうに決まっている。ITは果てしなく進化する。しかし人間の内面はそれに追いついていけないでいる。




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出張菜園と空き家バンク

 先頃の「遊び感覚の農業」で書いた農業のNPO法人に再度触れてみよう。都会の人たちが田舎に、それぞれに見合った農地を確保、土に親しみ、それなりの農業を楽しむ。それは、実践者が言うように「こんな安上がりで、気軽なレジャーはない」。


 家族連れのサラリーマン氏はこんなことも言った。


 「コンクリートの道を歩き、コンクリートのビルで仕事をして、疲れて帰る所が、またコンクリートの家。女房や学校に行く子ども達だって同じ。ストレスだって知らず知らずのうちに溜まりますよ。だから出張菜園は手ごろのストレス解消策だし、家族の健康づくりの秘訣なんです。情操を豊かにしなければいけない子ども達にとっても格好の情操教育、自然教育の場だと思っています」


葡萄畑2


 このサラリーマン氏の場合、年数万円で山梨市に農地を借り、時期には毎週のように東京からやって来る。土曜日、または日曜日、しかも朝早く家を出るから東京からでも1時間半に満たない距離だ。夏休みなどには近くに安い旅館をキープ、家族旅行を兼ねてやって来ることもあるという。



 ちょっとショッキングな言い方をすればコンクリート地獄に住む都会の人たちにとって、このサラリーマン氏のような願望は決して少なくないように思う。願望があっても、その受け皿や、そこへのアクセスを知らないのが実情のよう。


葡萄畑



 山梨は首都圏から100㌔の圏域。しかし、農業後継者不足は、ここもご多分に漏れずで、農地は余る一方。だから農地は格安で借りられる。私の周りだって、その受け皿はゴロゴロしている。後継者不足と高齢化で耕作の手が回らないということであって、まだ農家がなくなった訳ではない。だから指導者はいる。




 同じクラブでご一緒するロータリアンの中に、宅建業界の幹部を務め、目下、空き家バンクの推進に尽力されている方がいる。都市集中現象。これもご多分に漏れずかも知れないが、山梨市を中心としたこの地方には空き家が少なくない。文字通りこの空き家を有効利用しようというものだ。


水車



 このロータリアンとこんな話をしたことがある。


 「空き家バンクと地域に増えつつある遊休農地をうまくかみ合わせ、都会の人たちに活用してもらうシステムは作れないものか。そうすれば利用者だけにとどまらず、後継者不足に悩む農家にも新展開になるのでは」



 もちろん、これには農地法の規制をはじめ、さまざまのネックがあることも確かである。宅建業界が超えられないテリトリーだってあるはずだ。しかし、行政の関係部署や農業委員会などの機関とが一緒になって、真剣に考えれば打開策はあるはずである。現に、NPO法人は農地の有効活用を角度を変えて実践し始めている。ただ利用者にとって、その受け皿が見えにくかったり、手続きの仕方が分からないから、そこに飛び込めないでいるのだ。これに道筋をつければ双方が助かる。






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ユリの花と本当の百姓

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

 そこまで書いたら、覗き込んでいた女房が「ヘンな事かかないでよ」と言いながら「立てばビヤ樽、座ればたらい、歩く姿はドラム缶、でしょう」と、かる口を叩いた。このところ、女房を引き合いに出して書くものだから、機嫌が悪い。「お前なんか、お世辞にも、立てば芍薬・・・なんて言えないよなあ」と、返そうと思ったがやめた。


ユリ2



 我が家の植え込み、畑の周りや隅々では今、ユリの花が満開 だ。真っ白いラッパのような花を付ける。一本に三つ四つ、多いものでは五つも六つも。その咲きっぷりはなんとなく控えめで、満開と言う表現はふさわしくないかもしれない。いかにも地味だが、白い花は周りの緑や真っ赤な百日紅の花と見事なコントラストを見せてくれる。



ユリ1



 この時期、我が家の周りで、花といえば、このユリや百日紅のほか、すごく地味な露草くらいのもの。コスモスにはちょっと早い。百日紅の開花時期の息は長く、9月終わりまで咲いているから、今を盛りと咲くユリは遅くに開いて、すぐ散る運命。花びらを落とすとその跡に種の袋が膨らむ。このユリ、今年はやけに大きい。2mを超すものもいっぱいだ。こんなに背丈が大きいユリは始めてである。天候異変のためだろうか。頭が重いので風でも吹けばひっくり返りそうだ。


ユリ3



 畑とは別に、5反ほどあるぶどう園は隣部落の人に作って貰っている。ピンポン玉をひとまわり小さくしたような大きな粒をつけたピオーネの房が収穫期を迎えている。勤めをリタイヤする時には「よーし、今度は俺がいい葡萄を作ってやる」と,本気で思った。しかし、その序盤でやってみた畑仕事、それよりなによりも、作ってくれている人のきめの細かい仕事っぷりや手法を見ていたら「これは駄目だ」と、思った。


葡萄



 なぜかって? 労力もさることながら、技術が全くない。技術なら覚えればいいじゃないか、とお思いの方がおいでかもしれないが、どうして、どうして。一朝一夕に覚えられるものではないし、経験が育むカンはすぐには掴めない。果樹農家は毎年、成功と、失敗を繰り返し、さまざまの研究を重ねながら、今日の葡萄を作っているのである。




 ぶどう狩りを楽しんだり、ただ食べている人たちには分からなくていい。果樹作りや百姓を甘く見てはいけないことを思い知った。そればかりではない。私にとって、絶対駄目だと思ったのは、地域ブランドを壊し、隣近所にご迷惑をかけかねないことだ。いい加減なものを作ればブランドの足を引っ張るし、消毒の手を抜けば病害虫の温床になり、隣近所に降りかかるのである。そんなことが出来るはずがない。


葡萄



 大根やジャガイモは種を蒔けば芽を出し、そこそこの収穫が出来る。しかし、そんな家庭菜園に毛が生えたような百姓とは違う。勝沼で一町七反のぶどう園を栽培するマージャン仲間の同級生は「どんなに遅く寝てもお天とう様が出る頃には畑にいる」と、言う。その手を見ると、グローブのように大きい。




 その仲間のように本当の百姓は、大根やジャガイモなんか作っていない。忙しくて、そんなところに手が回らないのである。俺はあきらめた。家庭菜園に毛が生えた百姓でいい。






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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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