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興味が開く人生の扉

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 物事に、ちょっとした関心を持って、それをきっかけに発展する趣味や道楽。そんな何気ない«入り口»が人の心の持ち様や人生をも変えて行くと思うと不思議だ。そのハマり方や行き着く先は人それぞれ。そこには、私のような凡人とはどこか違う«何か»がある。人生のゴールの仕方や距離はみな異なる。でも与えられた一日の時間は須らく同じ。そんな時間の中で、ちょっとした興味が、味わい深い人生の扉を開いてくれることがあるのだ。




 「わたしゃあねえ、御朱印に興味を持ち、寺社仏閣巡りをするようになった。いや、動機はその逆さかも知れませんがねえ…」




 そんな話を何気なくしてくれたのは母校の先輩でもあるTさん。根っからの高校ラグビーフアンでもある。14年連続、49回目の「花園」出場を果たした日川高校ラグビーチームを応援するため今年もご一緒して「花園」へ向かうバスの中。たわいもない世間話からだった。

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 趣味の御朱印集め。それがもう何年になるかは、お聞きしなかったが、既に溜まった御朱印帳は28冊。歩いた寺社仏閣は800にも及ぶという。スマホを片手に地図を調べ、自らの足で一か所一か所、丹念に歩く。交通手段は電車とバス。「自分で調べ、自分の足と知恵で歩く。これが大切なんです」。Tさんは、これまた何気ないように言う。確かにそうだ。自分の足で歩かないと、すぐに忘れる。




 この人の寺社仏閣巡りのツールはスマホだけ。御年81歳。アナログ世代と思いきや、若者顔負けにスマホを操る。目的地や、そこまでのアクセス、細部のロードマップはむろん、その寺社仏閣の沿革や、そこを取り巻く歴史まで何でも調べてしまう。そればかりではない。記憶を損なわないためにと、スマホに「メモ帳」を設けていて、いつでも、どこでも思い起こせるように丹念にメモするのだそうだ。「歳のせいでしょうか、忘れっぽくなっていますからねえ…」。ニッコリ笑うのである。


 「ここは滋賀の○○。ここにはあまりメジャーではないが〇〇寺があって、この寺は…」

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 高校ラグビー応援バスの旅は、山梨―長野―岐阜―愛知―志賀―京都―大阪と中央道、東名・名神高速道路行で6府県にまたがるが、その折々で分かり易く解説してくれる。観光バスツアーのガイドさんのように通り一遍ではなく、自らの足で集めた«血の通った»話だから面白い。片道7時間近くの長旅の退屈を埋めるのに十分の話題でもあった。歩くことには自信がある。




 「夏なら5時。冬でも6時には起きて毎朝ウオーキングをするんです。少なくとも1万歩、大抵2万歩前後は必ず歩きます」




 十数年前までは山梨県内でも名のある製菓会社の社長さん。どうやら今は悠々自適の身。そんな方だから世間も黙っていない。地域や県の様々な役職も努めている。800もの寺社仏閣巡りをし、28冊もの御朱印帳を持つ人は、あまたいまい。思い立ったら吉日。スマホ片手に旅に出る。81歳のお歳で、しかも一人旅。その旅先が全国に及ぶからすごい。




 高校ラグビーの日川は、2回戦で島根県の強豪・石見智翠館に敗れてベスト16への進出はならなかった。来年は100回大会。恐らく、それへの切符も掴んでくれるだろう。今年と同じようにバスの中で全国の名刹とそれにまつわる«物語»をお聞きするのも楽しみだ。


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「花園」の歓声

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 今年も、また一年が終わる。過ぎし一年を、それなりに振り替えるのも、この時季だ。楽しかったこと、つらかったこと、新しい人との出会い…。友との悲しい別れもあった。台風がもたらす集中豪雨や夏の猛暑も。今は寒さに震える。歳のせいだろうか、年々、冬の寒さが強まっているように体が感ずるのだ。先月、喜寿を迎えた。




 人には人それぞれの年中行事というものがある。私の暮れの«年中行事»と言えば、ここ4年、夜を徹しての大阪・花園ラグビー場行きがその一つ。全国高校ラグビー選手権大会に出場する母校・日川の応援のためだ。部活動後援会の会長を仰せつかって以来の毎年変わらぬ行事となった。好きとか嫌いを超えた«使命感»のようなものもある。

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写真:日川高校ラグビー部face bookより

 同大会は今年が99回目。「年中行事」といったのは、日川は花園出場の常連校だからで、今年で14年連続。通算では49回を記録。全国最多の出場記録を誇っている。恐らく100回大会の来年も県大会を勝ち進んでくれるだろうから、50回を記録することは間違いない。100回の歴史の中で、2年に1回、つまり全体の半分に出場したことになる。「偉業」という言葉に異議を唱える方はお出でにならないだろう。





 開幕日は12月27日。1回戦は27日と28日に。日川は二日目の28日、山口県立山口高校との対戦。県立高校同士の顔合わせである。キックオフは12時35分。それに合わせてバス5台を連ねた応援団は午前4時半、母校、またはその周辺から出発。東京出発バスも配車した。山梨ー長野ー愛知ー岐阜ー滋賀ー京都ー大阪と、中央道と東名・名神高速道路を乗り継いでの«遠征»である。途中3度のトイレ休憩と食事も。到着は11時ちょっと過ぎであった。

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 花園の空は青かった。小春日和というのはこのことを言うのだろう。「会長、このトレーナーを着て下さいよ」。4年前の花園行の時、いただいたフード付きで、ひざ下まで丈がある紫紺のそれは、胸と背中の「金平糖」の校章をあしらった温かく、立派なもの。そのトレーナーが暑苦しく感ずるほどの陽気だった。もちろん、競技場特有の熱気もある。ワールドカップ開催を機に改修したとあって人工芝のピッチやスタンドなど全般に1年前とは、ちょっと装いを変えていた。




 キックオフのフォィッスルは予定通り12時35分。日川は前半4分、ナンバー8の小嶋大士が先制トライ。5-7の11分にロック渡辺朝陽がトライで再逆転し、17-7で折り返した。後半9分に山口にトライを喫して5点差にされたが、17分にフラッカー大西ひろとのトライ・ゴールで突き放して24-12で初戦を突破した。

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 日川応援団は正面向かいのスタンド中央に陣取り、校章入りの小旗を振りながらの熱い声援。一喜一憂の応援が続く。一方で「これ飲みながら…」と、地元・大阪で迎えてくれた同窓から温かいウイスキーのお湯割りが。先輩もいれば、後輩もいる。同窓とはいいもので、初めての出会いでも、あっという間に«旧知の仲»。ここは、みんな«同窓バカ»ばかりなのだ。




 校歌を高らかに歌い、勝っての帰郷はみんな明るい。折り返しの約7時間のバスの旅が短く感ずるから不思議である。明日30日は2回戦で島根県の強豪・石見智翠館と対戦する。




 翌31日の大晦日、NHK恒例の紅白歌合戦でユーミンこと松任谷由実が自身の名曲「ノーサイド」をうたう。この歌は日川にとって因縁の曲。1984年の同大会決勝・天理―大分舞鶴戦がモチーフなのだが、実はその時、準々決勝で第1シードの強豪・伏見工に完勝、準々決勝に躍り出て優勝候補と言われたのは日川。準決勝の天理は練習試合で一蹴していた。

 しかし、その天理にワンゴール差で、まさかの敗北を喫したのである。「ればたら」の話だが、それがなければ「ノーサイド」のモデルになった、あの劇的な決勝戦・天理ー大分舞鶴戦もなかったことになる。むろん、紅白歌合戦で「ノーサイド」が歌われることもなかった。

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 同窓バカは言う。「30日の2回戦を勝って花園で、因縁の『ノーサイド』を聞き、正月の3回戦を迎えてほしい」。山梨県民の願いでもある。先のワールドカップは確実にラグビーフアンを増やした。ラグビーなど、およそ興味を示さなかった女房でさえテレビの前にいた。




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カラマツの親爺さん

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 長野県の佐久に近い道の駅の温泉で粋のいい親爺さんに出会った。口の利き方も、いわゆる、江戸っ子のような気風を備え、およそ信州人というニュアンスの人ではなかった。人をどこからでも受け入れるような雰囲気を持っていた。



「長野にもけっこうカラマツが多いですねえ」



 広い湯船の窓越しに見えるカラマツの山を眺めながら、目の前で手ぬぐいを頭に乗せて湯船に浸かっていたその親爺さんに話しかけると、その親爺さんはお湯を両手ですくって顔をぶるっと洗いながら昔を思い出すように話し始めた。



 「昔はあのカラマツが面白いほどどんどん売れた。今じゃあ考えれんがねえ。トラックにカラマツの丸太を積んではひっきりなしに東京に運んだもんだ。そのころのトラックじゃあ4本も積めば限界だったがねえ。あの頃は良かった。若い頃だったが、今考えると懐かしいねえ。いい時代だったよ」



 「カラマツがそんなに売れた時代があるんですねえ」



 外材に押され、スギやヒノキでさえ、国産材はことごとく敬遠され、需要を失っている今、信じられないような話だ。日本のスギやヒノキが悪いわけではない。伐採などに経費がかかりすぎるから、安上がりの外材利用に走ってしまっているのが実情だ。だから宝の山も持ち腐れ。あっちこっちにスギやヒノキの山が転がっている。それどころか下刈りなど山に手を入れないから山という山はどこも荒れ放題だ。ある学者の説によれば「花粉症の要因」まで惹き起している。ただでも素材の悪いカラマツが相手にされるわけが無い。



 今年77歳になる私より一回り以上も違いそうなこの親爺さんは「わしよりお若いあなた方はご存じないかもしれないが、戦争で焼け野原になった東京ではとにかく材木が必要だった。おっとりっこだった。素材がうんぬんだとか、節があるだの、多いだのなんてことは二の次。その後も東京湾の埋め立てにも引く手あまただった」と話してくれた。




 東京湾埋め立て用のカラマツは杭として使ったのそうだ。安上がりの上、脂が強いので、水や土の中で長持ちするのだという。昔わが国では住宅の基礎や、湿気の多いところにはクリ材を使った。しかしカラマツのほうが安上がりで、効率的であることは間違いない。カラマツはスギやヒノキなどに比べ成長が早い。それを見込んでわが国ではこぞってカラマツを植栽した時期がある。


  山梨県では明治天皇から国有地を下賜され、恩師林という名の県有地がどーんと増えた。そこに植えたのが主にカラマツだった。それが今ではお荷物になってしまっている。甲府城址に立つ謝恩塔は国有地ご下賜への感謝の象徴だ。山梨県ではそのカラマツをなんとか商品化しようと林業試験場が中心になって開発研究に努めているが、その決め手は見つかっていない。




 カラマツは落葉樹だから秋には山を茶色に染め、冬は葉を落とす。別荘の建物の屋根の上にはカラマツの葉が汚らしく積もっていた。これまた別荘地のお荷物である。




 カラマツの話をしてくれた親爺さんは昔は材木屋を営んでいたという。「代々の材木屋で、それはいい時代もあったよ。でも今じゃあ材木屋じゃあ食っちゃあいけねえ。だから店も閉めちぃまったよ」。そういう親爺さんの顔はちょっぴり寂しそうだった。



 「うだつがあがらねえ、という言葉を知っているかね。俺にうってつけの言葉だがねえ」。材木屋に見切りをつけざるを得なかった自らを振り返ってでもいるよぅに≪うだつ≫の説明をしてくれた。



 「うだつは隣からの火事を防ぐために屋根に載せた土造りの塀みたいなもんさ。俺なんかにゃあ、そんなマネできっこねえけどなあ」



 「よくいろいろのことを知っていますね」



 その言葉に気をよくしたのか、今度は中山道と甲州街道が合流するところにある下諏訪の諏訪大社(下社)について話し始めた。




諏訪大社



 「家というものにゃあ必ず屋根の両側に波風というやつが2枚ずつ着いている。だけど社の場合、棟のところでクロスして上に突き出している。あれにもオスとメスがあって、上に突き出しているてっぺんが平らのやつはオス、斜めのやつはメスなんだよ。下諏訪にある諏訪大社の下社は女、諏訪湖を挟んで反対側の上諏訪(諏訪市)にある上社は男。だから波風の造りも自ずと違うんだよ。下社には春宮、秋宮、上社には本宮と前宮がある」



 「じゃあ波風の造りは伊勢神宮の内宮、外宮も同じですか」


 「そうさ」


 「ところで、親父さん、商売はなにやっているんですか」


 「俺は建設屋さ。いってみりゃあ大工だよ」


 「それじゃあ詳しいわけですねえ」


 親爺さんはニッコリ笑って湯船を立ち上がった。


 一足遅れて出て行ったら、この親父さん、脱衣場で噴き出す汗を拭いながら涼んでいた。ニコニコしながらまた話しかけてきた。


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 「山梨から来たんだってねえ。甲州じゃあ、かかあ天下にからっ風って言うんだってねえ。でもねえ、女があんまり威張っちゃあいけねえよ。女はとかく見たまんまを口に出して表現する。目先だけでものを見、全体を見ないんだ。そんな女が段々強くなる今の世の中、絶対よくねえよ。世間全般、細かことでくよくよ言ったり、すぐ物事にヒステリックになる。こんなことじゃ日本は悪くなるねえ」



 気心の知れた仲間のような口ぶりで話す。湯船でのわずか2、30分の出会いだったが、裸の付き合いとはよく言ったものだ。親爺さんがカラマツ材を東京に運んでいた頃のことを「トラックで夕方長野を出て東京に着くのは翌日の朝。碓氷峠を越え、旧中仙道沿いに群馬、埼玉と夜っぴで走ったもんだ」といい、佐久から板橋まで中仙道の宿場町を立て板に水で追っかけてみせたのがなぜか印象的だった。




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お歳暮の蟹と大吟醸

 「お父さん、○○さんからお歳暮が届きましたよ」

 「いつも悪いよなあ。今年はお前と一緒に作った枯露柿、送ってやるか」


枯露柿


 東京に住む親しい友人から今年も大きなタラバガニが届いた。私が蟹大好き人間と知っていてこの人は毎年、蟹を送ってくれるのである。もう何年になるだろうか。その度に、夜が早いこの時期、早めの晩酌をしながら、じっくり頂くのだ。保冷技術もよく、しかも前日発送された物は翌日の午前中に届いてしまうのだから、鮮度も抜群。旨い。勢い、お酒も進む。


タラバガニ


 蟹好きの私は、女房が笑うほど上手に、しかも綺麗に食べるのである。足も本体も、そして最後はミソも合わせて甲羅酒。これがまたいい。つまり、みんな、しっかり頂いてしまうのだ。




 蟹といえば、私には忘れられない味がある。もう45年ほど前になるが、当時の総理府の外郭団体に「北方領土対策協議会」というのがあって、その案内で北海道・根室の納沙布岬に行ったことがある。確か引揚者対策の施設だったと記憶しているが、根室の市長もお出でになって懇談した折、ご馳走になったタラバガニである。




 何月だったか覚えていないが、とにかくコートの襟を立てるほど寒い時期だった。蟹とはこんなに旨いものかと思うほど美味しかった。市長ら地元の人たちのダイナミックな食べっぷり。「今が旬」と話していた。産地だから獲り立ての蟹だったのだろう。旨いはずだ。寒さも、味に彩を添えたのだろう。お歳暮に蟹を頂く度に、根室を思い出す。


お歳暮


 当たり前だが、このお歳暮、その人の住む環境や立場によって意味合いや心も変わるもの。例えば、会社勤めの現役時代がいい例だ。お中元も含めて、お歳暮のやり取りの多くはそのときの立場やポジションによって行き来する。もちろん、心がないわけではないが、多くは義理である。部下から送られてくるものもあるし、取引先の会社から機械的に送られてくるものもある。いわゆる儀礼なのだ。




 それが証拠に、会社を辞めれば、潮が引くようにそれがなくなっていく。職場を去って3年。その儀礼的なお中元、お歳暮はほとんど全部と言っていいほどなくなった。その代わり、残ったお歳暮のやり取り、新たに生まれるやり取りは、みんな心が通ったものばかり。親しい友だから、お互いが好みまで知っている。だから、お中元とかお歳暮の時期に拘らずに旬に合わせたり、旅先からも送ったり、送られたりする。




 つい先日は広島から「賀茂泉」というお酒の大吟醸が送られてきた。家族ぐるみでお付き合いさせて頂いている女房の学生時代の友達で大方さんというご夫妻。昨年、広島にお邪魔した折、ご馳走になったそのお酒が「美味しい」と言ったら、折に触れては送ってくれるのである。お世辞抜きで、このお酒が旨いのだ。「賀茂泉」の社長が聞けば涙を流して喜ぶかも知れない。

賀茂泉


 意気投合したこのご主人は、まったくの下戸。こちらからは毎秋、葡萄をお送りする。喜んでくれるその顔がまた嬉しい。とにかく、今夜は蟹と「賀茂泉」で乾杯だ。




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岩魚の骨酒と二日酔い

 夕べは飲みすぎた。二日酔いで頭がガンガンする。
「あなたはいつもそうなんだから。これからまだ忘年会、幾つも続くんでしょう。体も身のうちって知ってるでしょう。まったく懲りないんだから・・・」


酒



 その通りだ。歌の文句じゃないけれど、分かっちゃいるけど辞められないのである。お酒とはこれまた不思議。沢山飲めば、というより自分のじょうごを超せば二日酔いをすることくらいハナから知っている。しかし、それを何十年と繰り返しているのである。二日酔いの朝、それが重度であればあるほど素直に反省し「もうこんりんざい飲まないぞ」と思ったりする。






 ところが、今でこそ今は昔だが、若い頃は街にネオンが輝く頃になると、身体も頭もそんな事をケロリと忘れてしまうのだ。あれほど不快感をもようした身体も快調、快調。元気いっぱい。それから先は言うまでもない。お酒を飲まない人や女房族は「なんて馬鹿な人達だろう」と、蔑みの目だ見るのだろうが、それが男、酒飲みの酒飲みたる由縁である。


酒


 「そんな事が分からねえのか」と、開き直っても見たいのだが、こればかりはその通り。反論の余地がないほど、みんなよく分かっている。「休肝日」という言葉だって知っている。週に何日かお酒を飲むのを休み、肝臓を労わるほうがいいに決まっている。まともな人なら「分かっているのならなぜ」と、言うのだろうが・・・。人間とはらちもない動物なのかも知れない。






 中学時代の同級生達が集まる無尽会。無尽会といっても、あの頼母子講的なものではなく、気心の知れた仲間達がワイワイ、ガヤガヤ、たわいもなく話し、お酒を酌み交わすのである。みんなとっくに定年を過ぎて職場をリタイアしているから出席率は抜群で、月に一度の集まりには14人のメンバーがほとんど全員顔を揃える。





 決まった会場となる街の割烹の店では、この時期だから工夫した鍋物などを出してくれる。酒、ビール、焼酎、ウイスキーなどメンバーの酒肴もさまざま。この日は仲間の一人が岩魚の骨酒を用意して来てくれた。この男は根っからの釣り好きで、地域の漁業組合の幹部も務めている。





 この日のために冷凍保存しておいてくれた岩魚を熱燗の中に入れて飲むのである。岩魚は27~8cmもある立派なものだ。解凍したばかりの物を生のままお燗に入れるのだが、これがまったく生臭くないのである。べっ甲色になった骨酒は味と言い、香りと言い、絶品だ。


お酒


 「どうして生臭くないの?」「こんなでっかいヤツ、どこで釣った?」




 当然のことながらあっちからもこっちからも質問が飛ぶ。そこでまた当然のように、その男の解説が始まるのだ。その解説を肴にまた飲む。本当に、えもいわれぬ程旨いのだから盃が進むに決まっている。そして二次会はお決まりのカラオケ。今度はビールや焼酎。行き着く先は午前様。そしていつもの二日酔いである。明日は別の新年会だ。





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馬鹿と阿呆

 「バカ」

 「バカとは何よ」

 「そんな事ですぐ向きになるからお前はバカなんだよ」

 「なにも、バカなんて言わなくたっていいじゃない。まったく~」


妻

 私と女房のよくある口喧嘩だ。不思議にもこの文字数が示すように、およそ夫婦喧嘩の発端はたわいもない事から始まって、エスカレートするものだ。





 この「バカ」(馬鹿)という言葉。かなで書いても、漢字でも二文字。しかし、その使い方、受け止め方によって喧嘩にもなれば、叱咤激励にもなる。「バカ、そんなことはないよ」といった具合に否定の接頭語的な役割を果たす事だってある。「バカ」に「め」をつけて「バカめ」となると女房はもっと向きになる。





 私はこの「バカ」という言葉を気にもしないし、気にもならない。関西人が「この阿呆」とよく使うように、むしろ、挨拶代わりみたいなものだ。もちろん、親しい仲間、気の置けない仲間同士のことだ。これをどこででも使ったら、失礼千万。

子供


 もう一つ、気にしなくなった訳がある。わんぱくな子供の頃、いたずらをする度に親父から「バカめ」「馬鹿野郎」と怒鳴られた。河原で水浴びをし、近くの畑のスイカ採りの競争をすれば、当たり前だが、見知らぬ親爺から「馬鹿野郎」。この言葉はわんぱく小僧の勲章のようなものだった。
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 「そんな事が分からないのか」「もっとしっかり掃除しろ」。学校に行けば先生から叱られる。その言葉の頭と尻につく言葉はまた「バカ」だ。社会人になって会社に入れば先輩から遅いの、早いので怒鳴られる。ちょっとひどくなると「死んじまえ」だ。その後ろと前にはやっぱり「バカ」が付くのである。考えてみれば「バカ」と言われなかったのは大学の4年間ぐらいのものだ。ただ、そんな教授の顔は一人も覚えていない。






 この「バカ」「バカめ」には、全く悪意はなく、いわゆる親心の叱責であり、親身になっての励ましの意味まで含んだ表現であることが多い。人間、褒められたことなど記憶に残っていないものだが、叱られたことは覚えているものだ。教訓として受け止めているからだろう。叱られた先生や先輩ほど懐かしい。不思議な事に間違いなく親近感が増すのだ。





 これも不思議。叱った方は、それを忘れている。女房が向きになって怒るように深刻なものではないからだろう。ただ、私には一つだけ、反省にも似た「馬鹿野郎」の相手側の反応がある。もう30年ぐらい前のことだが、若い社員を「馬鹿野郎」と怒鳴った。将来に向けて育てたいと思った男だった。その社員は怒鳴られた途端、大粒の涙をボロボロ。「男のくせに、涙を拭け」と言ったら、また涙だ。


サラリーんまん

 同僚幹部が言った。「今の若いのは親や先生から怒られることもなく、ましてや他人から馬鹿野郎、などと言われたことがないんですよね。それが≪いいぼこ≫であればあるほどですよ」。確かにそうだ。親も先生も、ましてや隣の親爺も子供を叱らなくなった。先生や隣の親爺は見てみぬふりだ。





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子供たちのケイタイ

 もうすぐクリスマスやお正月。子供たちにとってクリスマスプレゼントやお年玉がもらえる心弾む季節だ。夏休みほど長くはないが、楽しい冬休みにもなる。その一方で大人たちは「子供対策」を考えるのである。プレゼントやお年玉ばかりではない。冬休み中の「生活指導」の方策だ。


クリスマスケーキ   プレゼント   お正月


 昨夜、公民館で「青少年育成地区市民会議」が開かれた。四つの地区の区長を始め、PTA育成会体育協会老人クラブ人権擁護委員民生委員消防団に至るまで各種団体の代表が集まって冬休み中の子どもたちの生活指導について協議するのである。もちろん、小、中学校の校長先生や生活指導担当の先生など学校側の代表も出席する。


青少年育成会議1


 気が緩みがちな子供たちの非行防止や健全育成について地域や家庭、学校の立場から話し合うのだが、その中身は、地域ぐるみの挨拶運動の展開、家族の間でのコミュニケーションを促すための団欒など主だったものは同じ。だが、だんだん重きを増しているのは、やっぱりスマホインターネットの存在だ。




 「携帯電話やインターネットの使い方について家族でよく話し合うと共に、アダルト、出会い系サイトへの接続防止ソフトやプロバイダのフィルタリングサービスを利用し、青少年に視聴できないようにしましょう」




 「携帯電話は安易に買い与えないようにしましょう



 資料のプリントには、こんな所にアンダーラインや◎が。論議も、このスマホやインターネットに集中する。


青少年育成会議2


 論議の行き着く先は「子供に携帯電話は必要か」「学校に持ち込ませないように規制すべきだ」ということになる。学校側は「教育現場では必要ないものだが、子供の安全対策連絡のため必要、というご父兄の声もある」と、戸惑いも。つまり、総じて大人たちは、このケイタイを「モシモシ」の電話としてだけしか捉えていないのである。





 この論議を子供たちが聞いたら「今の大人たちは何にも分かっちゃあいねえんだよなあ~」と笑うだろう。子供たちにとってケイタイはもはや電話ではなく、もっと高度な、もっと「普通な」IT機器なのである。その奥深い、子供たちには当たり前のケイタイを知らないのは、そこに居る先生も含めて、私たち大人たちだろう。




 大人たちは大抵の事なら子供たちのする事、考える事は分かる。自分が来た道だからだ。しかし、ケイタイやインターネットは、その来た道に全くなかった。「俺たちは・・・」とハナから遠巻きに居る人達はもちろん、分かっているようなつもりでいる大人たちでさえ、実はほとんど分かっていないのだ。




 そこにケイタイやインターネットをめぐる指導の難しさがある。事実、この日の会議でも同席した校長先生は「実は私たちにも・・・」と本音をちらり。こうしている間にも子供たちは、どんどん、その奥へ奥へと入っていっているのである。もし、指導をするとすれば、もはや家庭の域を超えていることに気づいていない。しっかりしないと事故が起きる。





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ロータリアンのクリスマス

クリスマスツリー


 もう、そんな季節がやって来たのだ。夜、車で走っていると、あっちこっちの家にクリスマスの電飾が。赤、青、黄色。さまざまに模られたイルミネーションが闇に浮かび、子供ならずとも、心弾むような、ロマンチックな気分にさせてくれる。なぜか、その電飾は数軒ずつかたまっているのである。ある知人が、こんなことを言った。




 「あれねえ、隣近所というか、人間の心理を見事に反映しているんですよ。最初、どこかの家で、この電飾を始めますよねえ。すると、それが両隣に波及するんです。そこで、もう一つ面白いのは、波及の方向。全てとはいえませんが、その波及の順路は道を挟んで反対側ではなく、一方づきながらやがて反対側にも広がるんです」


電飾


 へえ~。そんなものかなあ、と注意して見たら、やっぱりそうだ。まあ、そんなことはどっちでもいい。子供達と一緒に楽しそうにクリスマスの電飾の飾り付けをする若いお父さんやお母さん。平和な家庭の証だ。微笑ましくもあるし、傍から見ていても楽しい。


クリスマス2


 私たちのロータリークラブでは毎年、12月の第二土曜日と決めてクリスマス家族会を開いている。メンバーが子供達やお孫さん、おじいちゃん、おばあちゃんまで連れてきて、みんな一緒に和やかなひと時を過ごすのである。メンバーの奥さんはもちろんだ。歌やゲーム、子供達や奥さん達へのプレゼントもいっぱい。


クリスマスサンタ



 名前の通りの家族会だが、恒例で市長やライオンズクラブ、JC(青年会議所)の代表をもお招きする。クリスマスならではのカラフルなとんがり帽子やレイがみんなよく似合う。催しの裏方を務めるのはクラブ内で分担しているクラブ管理運営委員会の親睦担当のメンバーたち。事前に「炉辺会談」という古めかしい名の打ち合わせ会を開いて、その趣向を凝らす。




 街のアマチュアバンドを呼んで来たり、時にはプロの歌手をお呼びすることも。今年は町のソーラン踊りのグループをお招きした。いずれにしてもみんな手作りである。夫婦揃っているから金婚式や銀婚式を迎えた会員カップルのお祝いもする。お祝いの花束は会員が営む花屋さんから。子供達や奥さん達へのプレゼントは出来るだけメンバーに関係するお店から調達する。大はしゃぎで喜んだり、楽しんだりしているのは子供達ばかりではなく、お父さん達も同じ。和やかなクリスマスの夜は更けていく。



クリスマス会ステージ


 この家族会が済むと、わがロータリークラブの年内の行事はあと一回の例会を残すだけ。7月から始まるロータリー年度は前半から後半へと折り返す。対外行事は別として、クラブ内の行事は親睦旅行も済んで大きな行事は一段落。一年交代の今年の三役(会長、副会長、幹事)も内心ホッとしているだろう。




 一年が経つのがやたらと早い。あと半月足らず、クリスマスが終わって街の電飾が消えれば、すぐ除夜の鐘だ。今度はお寺の鐘を突く。一夜明ければお正月。手のひらを返したように、あっちこっちの神社に初詣だ。よく考えれば日本人は面白い民族である。世界的にも珍しいに違いない。

門松


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隣の奥さんの愛犬

裏の道1


 もちろん、日の出や日没時間に違いがある夏と冬とでは異なるが、毎日、我が家の前の小道を犬を連れて散歩する隣の奥さんがこの一両日、通らない。この小道は古(いにしえ)の≪幹線道路≫と言われているが、車時代になった今、その機能を散歩道に変えた。コンクリート舗装はされてはいるものの、2m足らずのこの≪幹線道路≫が今の時代に受け入れられるはずがない。我が家の庭、そしてこうしてパソコンを叩いている私の机の窓越しからでも2~30mぐらいの所にある道だ。




 隣の奥さんは人一倍の犬好き。朝が遅く、日暮れが早いこの時期だと、朝は7時半前後、夕方は4時半前後には必ずといっていいほど大きな犬を連れて通るのである。連れて、と言うより連れられてと言った方がいいが、この奥さんは私がいる時には遠くから目を合わせるように軽く頭を下げて通り過ぎる。連れている犬は老衰で死んでしまったという前の犬に変わって見つけてきた雑種犬。なんとなくだが、前の犬と違って双方の呼吸が合わないのか、奥さんが犬に引っ張られているようにも見えた。


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 その奥さんが昨日も今日も通らない。なんとなく気になった。ご主人は私と年齢が一回り以上も違う90歳近い歳だから、もう80歳も半ばを過ぎているだろう。



 「奥さん、この一両日、姿が見えないですね。風邪でも引いたんですか」



 畑で遅まきながらサトイモを掘っていた私が顔を上げたらニコニコしながらこちらにやって来た隣のご主人に私はこう言った。そのご主人は笑顔を崩さないまま



 「いやあ、風邪じゃあないんですよ。実は、犬に引っ張られて転んだ弾みで肋骨にひびが入ってしまってねえ・・・」



 「えっ、それで、入院しているんですか。どんな具合です?」



 「いやいや、入院なんちゅうもんじゃあないんですが、家に居ると女はどうしてもこまごま動いてしまうので三日、四日、病院に預かってもらうことにしたんですよ」



 「いずれにしても心配だ。わたしゃあ組長だからみんなで見舞いに行かんといけんね」


 「いやいや、ホント。すぐ帰って来るんですよ」



 それから三日後、その奥さんがニコニコしながらやって来て「心配かけちゃいましたねえ」と言いながら事故の顛末を話してくれた。それによるとこうだ。




 根っからの犬好きのこの奥さんは20年近くも飼っていた犬が老衰で死んだ後、犬が諦め切れず、知り合いから「拾い犬」という、やはり雑種犬をもらってきた。ところが、警戒心がひときわ強い犬で、なかなか慣れてはくれなかった。それでも、必ず慣れてくれる、と信じながら毎朝、毎夕の散歩も欠かさなかった。その大事に仕方は人並みではない。

犬2



 ところが、ある朝の散歩中、この犬が急に走り出し、ロープで繋がれていた奥さんは犬に引っ張られて転倒、胸を打った。体重が2~30㌔はある大きな犬だから、女性の力ではどうにもならなかったのだろう。でも犬好きのこの奥さん、今日もその犬と散歩を続けている。「奥さんの気持ち、きっとこの犬に伝わりますよ」と、言ってあげた。





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焚き火と焼き芋

青空


 昨日の終日の雨とうって変わって今日はいい天気になった。空は雲ひとつない。秋の時期なら「抜けるような青空」と言うのだろうが、この時期だとそうはいかない。地上からの放射熱が上昇して空中に水蒸気の層を作るから秋の空とはどこか違う。




 「冬の空は下から見上げるといい青空に見えるが、空の上から見るといつも霞がいっぱい。特に都市部、つまり、住宅街の上空はそれが顕著。オフイスや家庭から放出される暖房熱のためだ。航空写真をとる場合、雨の少ない冬の時期は好都合のように思われがちだが、案外駄目。こうした暖房熱が少ない山間部はすっきりと下が見えるのですが・・・」



 ヘリコプタやセスナ機で航空写真を撮ることが多い知り合いのカメラマンがこんな話をしてくれたことがある。


飛行機と空



 今、朝の8時半。窓越しに見える富士山は、下界では雨だった昨日、雪の衣を厚くして青い空にくっきりと浮かび上がっている。東側の四分の一ぐらいの部分を朝日でまぶしく輝かせている。残る影の部分は青白い。そのコントラストが壮厳な富士を演出してくれる。下界と違って、そのうち、この富士の上空で風が起これば東斜面の雪が吹雪となって舞い上がる。その光景もまたいいものだ。





 こうしてパソコンを叩いているデスクの窓越しに見える富士は、30mぐらい先にある石の門柱のちょうど左側の肩に浮かんでいる。門柱の手前には種類の異なるカエデやイチョウがあるが、今は枯葉を落とし出して、みすぼらしい姿をさらけ出そうとしている。一ヶ月ほど前だと、イチョウは黄色に輝き、種類の異なるカエデはあるものは黄色に、またあるものは真っ赤に燃えていた。高く伸びた棕櫚(しゅろ)や各種の常緑樹の緑とマッチして見事な紅葉を見せてくれた。


富士山



 地面を見れば、その残骸ともいえる落ち葉がいっぱい。一足早く落とした柿の葉っぱなどとともに枯葉のじゅうたんである。ものの哀れさすら覚えるのだが、そんな感傷的な事ばかり言ってもいられない。厄介者を熊手でまとめては燃やすのである。そう、あの童謡にもある落ち葉焚きだ。


落ち葉 秋 紅葉_convert_20121206193103


 「お父さん、サツマイモを持って来ましょうか」



 普段、気が利かない女房がこんな時ばかりは嬉しそうに飛び回る。そのためでもないが、今年は我が家でサツマイモを作ったからいいが、昨年などは3~4㌔先のスーパーまで行ってサツマイモやホイル用の銀紙を買って来るのである。普段、用事を言いつければ、なんやかやと理由をつけては逃げてしまうのに、嬉々としながら率先するのだ。



サツマイモ3



 女という動物は元来、焼き芋が好きなのか。まあ、それはともかく、濡れ新聞紙やホイルに包んで焚き火の中に放り込んで置くと、確かにうまい焼き芋が出来る。濡れ新聞紙やホイルの銀紙まで用意して焼き芋をしたい女房の気持ちも分からないでもない。何より、冷え込む一方の冬空の下では、焚き火は暖かい。この機会に剪定で切り落とした植木の枝も処分するのだ。焚き火。そういえば、都会では味わえないかも知れませんね。





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人の行動パターン

 私たちは毎日、それぞれの日常生活を送っているが、みんな、個々に共通した行動パターンがある。朝起きる時間がほとんど同じなら、夜、寝る時間もほぼ同じ頃。食事をしたり、新聞やテレビを見てくつろぐ居間での座る位置も毎日同じ。みんな無意識のうちにそんな行動をしているのである。


家庭



 これはありふれた日常だが、この「座る」という事を例にとっても、その行動パターンは定例の会合や無尽会、果ては飲み会に至るまで、いつの間にか同じになっているのである。今、町にも銭湯を見かけなくなったが、恐らくそこでも同じだろう。私の場合、週に何度か通うスポーツジムでも同じ事をしていることに気づく。例えば、下足のロッカーや更衣室のロッカーでも無意識のうちにほぼ決まったロッカーを使っている





 山梨ロータリークラブの例会は毎週水曜日の午後零時半から山梨市の割烹旅館「秋月」で開く。この時も同じなのだ。もちろん、三々五々集まってくる。思い思いにテーブル席に着く。しかし例会の開会を告げる会長の点鐘の時、全体を見ると、みんながほぼいつもの席に座っている。年に何度かある夜間の例会の場合も同じ。
 例会行事の後の酒席で、気づいて見れば隣や前でお酒を酌み交わす顔ぶれはいつもほとんど同じである。そんなことを考慮して、ある時から席を«抽選式»にして広い相互交流が出来るようにした。 





 酒席を伴う場合は別だが、通常の例会にはみんなマイカーでやって来る。その駐車位置も大体同じ。やって来る時間もそれぞれが、ほぼ同じだから、後から来る人達は「ああー、○○さんはもう来ているな」とすぐ分かる。イレギュラーがない限りみんながほとんど行動パターンが同じとあれば、空いている所もまた同じ。このことはスポーツジムの更衣室でも同じことが言える。

ロッカー



 更衣室はかなりのスペースをとっているが、入り口を使う人もあれば、真ん中も、また奥まった所を使う人、それぞれさまざまだ。トレーニングを終えて更衣室に戻った顔を見ると、そこには決まった顔がある。隣のロッカー、前のロッカーとほぼ同じ顔ぶれだ。勢い話もはずみ、親しみも増幅してくるから不思議である。




 スポーツジムの下足ロッカーは小さいスペースで済むので、ロビーを過ぎて一段上がった所に壁状に沢山のロッカーが並ぶ。そこには算用数字で規則正しく番号がふってある。上段を使う人、また中段、それに出来るだけ下の方のロッカーを使う人と、行動パターンが現れるのだ。ここで面白いのはロッカーナンバー




 人にはなぜか好きな数字というものがある。3 とか 5 とか 7,8,1 といった具合にそれぞれ何とはなしにお気に入りの数字を持っている。そんなに意識しているわけでもないが、下足を入れる時、その好きな数字に入れているのである。選ぶ所が沢山あればあるほど、この心理が働くのだ。





 こうした行動パターンが示すように人間は大きな変化を求めない動物なのかも。チェンジ。大きな変化があっても、またそれに対応できるのも人間だ。毎日、太陽が東から昇り、西へと沈む。四季をも繰り返す。人間は一定の行動パターンでそれに順応しているのだ。





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喪中の挨拶状

喪中


 「お父さん、○○さんのお母さんがお亡くなりになったんだそうですよ。今からでも、ご挨拶にお伺いしなきゃあ・・・」



 女房がポストに届いた「喪中」の挨拶状を私の手元に持ってくる。



 「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」



 文面はみんな同じだが、こんな挨拶状が11月に入れば毎日のように届き始める。もちろん、ほとんどが葬儀・告別式に弔問しているので心当たりがあるのだが、中には、この挨拶状で初めてご不幸を知ることもある。特に友の奥さんのご実家のご不幸の場合、知らせがなければ知る由もない。そんな時、早々に文(ふみ)をお送りしたり、お悔やみに駆けつけたりする。この場合、決まり文句のような言い訳を伴うのだ。「知らないこととはいえ・・・」。



喪中2


 この挨拶状は文言の通り、喪中であることを知らせ、予め年賀状など新年の挨拶をしないことを伝えるのだ。≪ブク≫を被らせてはいけない、という配慮からである。その習慣がどこにもあるかどうかは分からないが、ここ山梨ではある意味で年末を控えての風物詩でもある。時期は、人々が年賀状を書き始める前に発送することは言うまでもない。




 毎年、年賀状を交換している親戚、友人、知人など親しい人達を対象にする人もいれば、葬儀・告別式への参列者全員に出す場合もある。昨年の年賀状の控えではなく、香典帳を基にした、いわゆる儀礼的な発送だ。その場合、かなりの枚数になるから、作業も大変。時期が制約されているので、年賀状のように明日、明日と先送りは出来ない。




風景


 「あの人も・・」「この人も・・」。今年はお葬式が多かった。少なくても10件や20件ではない。年々その数が多くなるような気がする。このお葬式にお伺いする数は、人それぞれの交友関係のバロメーター。一般とは少々性格を異にするが、政治家は大変だなあ、と思ったことがある。「私なんか少ない方」と言う、ある県議会議員の場合、その数は350件を超すと言う。平均すれば、毎日、1件の割合でお葬式を廻っていることになる。




 法律で政治家の寄付行為は禁止されているとはいえ、お葬式の香典は古くからの慣行であるばかりか、相互扶助的な意味合いもある。手ぶらで弔問するわけにもいくまい。大きなお世話かもしれないが、その経費だけでも大変だろう。大政治家ならいざ知らず、県議会議員や市議会議員など、献金のような政治資金がほとんどない地方政治家の場合、頭が痛いはず。全く大きなお世話。選挙のためだから仕方がないか・・。



富士


 喪中の挨拶状が一段落する頃になるともう師走。一年が経つのがなんと早いことか。仕事に追われ、毎日を慌しく過ごしていた現役時代の方が一年が長かったような気がする。今年の幹事さんも手回しがいい。とっくに新年会(クラス会)の案内状が舞い込んだ。窓越しに見える富士山も下界に降る一雨ごとに雪化粧を厚くする。庭の柿の木も日に日に葉っぱを薄くしている。地面に落ちた枯葉がカラコロと音を立てて転がる。こうしてパソコンを叩く足元も冷たくなった。師走になると時間の経つペースはどんどん速くなる。一日送りにしていた年賀状だって書かなければならない





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縁側の陽だまり

 「夕方出かけて朝帰ってくるものはな~んだ」
 私達が幼い頃、こんな「なぞなぞ遊び」があった。答えは「雨戸」だが、今の子供達にこのなぞなぞを問いかけたら、きっと「家(うち)のお父さん」と答える子供さんが多かろう。家の娘だったら確実に「マージャン好きのお父さん」と答えるに違いない。特に、休日の前ともなれば、同僚とお酒を飲み歩き、その行く先はマージャン荘。決まって朝帰りだった。元気もあった。そんな生き生きした?現役時代が今となっては懐かしい。


夜明け


 今の子供達が「雨戸」を知らないのも無理はない。ここで言う雨戸は縁側の外側にある板張りの戸である。都会だったら100%お目にかかれまい。田舎だって近代住宅にどんどん変わってしまった今、縁側を伴った雨戸の家など見たくても見られなくなった。




 お若い方なら分からないだろうから、ちょっと説明すると、文化財として各地に残る古民家武家屋敷を注意して御覧なさい。いくつも並ぶ部屋の外側に板張りの廊下が設けてある。これが縁側だ。その外側に戸がなかったら防寒、防風にも困るし、第一無用心である。だから、この雨戸は昔の住宅では欠かせなかったのだ。隅々には必ず戸袋があって「夕方に(閉めた)出かけた雨戸は朝帰って」この戸袋に収まるのである。




 古来、わが国の民家は、多くがこのような構造で、部屋と部屋を仕切るのは壁ではなくてふすま帯戸、それに障子。これを取り払えば、一つの大広間になるのだ。親、子、孫までが同居する大家族制を維持せしめた家屋構造であり、一方ではさまざまな条件に対応できる、いわゆる多目的構造であった。地域の集会、ひとたび不幸が生ずればお葬式、また結婚式にも。地域によって、お蚕の飼育場に早代わりした家もあるだろう。


障子


 どちらが先かは分からないが、今の近代住宅構造は古来の大家族主義を根底からぶっ潰し≪個≫を助長する生活様式に変えた。一つの家に同居するにしても、親達は親達、年寄りや子供達も、またそれぞれの部屋を持つ。子供の場合、その数によって子供部屋を設けるのが普通となった。その良し悪しは別として≪個≫が優先するから≪家族団らん≫の風潮はだんだん希薄になっていくに決まっている。実質的な核家族化である。




 陽だまりと縁側。この二つはよく似合った。そこにお年寄りでもいればなおさらだ。お年寄りが縁側の陽だまりで編み物をしたり、孫と遊んでいる光景があったら絵にもなる。近所の人たちが一人二人と寄って茶飲み話をする場ともなった。いわゆる地域の人達のコミュニケーションの舞台にもなったのである。


縁側


 雨戸と縁側が消えると同時に、かつてはどこの田舎にもあった、こんなのどかな光景をも一遍に消し去った。それはまた人々の心まで変えようとしている。都会、都市部では当たり前になった「隣は何をする人ぞ」の無関心風潮は田舎にも忍び寄っている。




 こんな硬苦しい話はともかく、縁側すら残る古い我が家の場合、リフォームして雨戸をサッシ戸に替えたからいいが、そうでもしなければ女房だって一緒に住んではくれまい。ただ、サッシでガードした縁側は、ただの廊下に成り下がった。




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女房と俺の差

 「お父さん、へんなこと書かないでよ」

 「何の事、言ってるんだ」

 「大根よ、大根。あなたの遊び(ブログ)に私を引き合いに出すことないじゃないの」

 人物

 69歳になる女房は時々、私のブログを覗いているらしく、ニヤニヤしながらブツブツ言った。私と同じようにITなどおよそオンチの女房もパソコンを開いて、インターネットに接続するくらいは出来るのである。ブログへは「お気に入り」があるから簡単。



 そう言えば、女房と一緒に山梨市のパソコン講座に通ったのは四年前の夏。乗って行く車のハンドルが焼け付くほど暑い頃だった。入門、ワード、エクセルの3講座があって、それぞれの講座が一日2時間で週4日。つまり1講座8時間だから、延べでは24時間勉強したことになる。



 今、考えてみれば、60も半ばの人間にとってはあの講座のスピードは、ちょっときつい。私の場合、今でも師匠と思っている萩原という同級生に基礎的なことを教わっていたからいいが、女房の場合、天付けだから無理もない。十分に理解しないまま講座を終え、よく分からないから、やらない、やらないから興味も沸かない、といった具合に悪循環で、せっかくの受講も今では台無し。



 娘に教わったりしながらブログを始めてぼつぼつ4年。毎日欠かさない晩酌の後、パソコンに向かう。外でお酒を飲んだり、マージャンで朝帰りの日はともかく、この日記は毎晩、書くことにしている。そう、新米の私がパソコンのキーを叩いている姿は、今、これをお読み頂いている皆さんが想像されている通りである。


キーボード


 キーを叩くホームが身についていないから文字を打つのが遅く、従って完了までにどうしても時間がかかってしまう。私の日記はワードの1ページ分、つまり、400字詰めの原稿用紙3枚半ぐらいと決めている。その分量は多くもなく、少なくもない1ページぴったりに収めているのだ。



 不思議なことに、いくら時間がかかっても飽きないし、疲れもしないのである。物事にハマっている時とはこんなものかもしれない。むしろ慣れてしまったら逆に飽きが来るのだろう。分からないからぶつかるもの全てに興味が沸くから面白い。子供の頃、こんな感覚で勉強にも取り組んでいたら・・・。



 何でもそうだろうが、パソコンも日常的に使わなければ忘れてしまう。例えば、エクセルも一通り教わったのだが、ワード・ブログにかまけていたら、みんな忘れてしまった。頭の老化現象も手伝っているのだろうが、綺麗さっぱりだ。人間の頭なんてたわいもないものだ。



 そんな事を親しい現役の経営者に話したら「私なんかその逆。表計算などでエクセルは毎日遣うからいいが、他の使わないものはみんな駄目。同じことですよ」と、慰めてくれた。それから考えれば、女房なんか当たり前だ。




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大根足と大根役者

大根5


 「この大根め・・」


 大根の収穫をしながら、なかなか抜けない大根にちょっぴり腹が立って独り言を言ったらそばにいた女房が何を勘違いしたのか


 「大根とは何よ。お父さんの足なんかゴボウじゃない。まったく・・・」


 なにやら女房は自分の足のことをいわれたと思ったらしい。いい歳をしてそそっかしいのは今に始まったことではないが、それにしても面白い。確かに大根はずん胴で、女房の足によく似ている。


大根4



 真面目に怒っているのがまた面白くなって「これなんか、おまんにそっくりだよなあ」といったら、また怒っていた。この会話が聞こえたのか隣の畑で仕事をしていた老夫婦はこちらを向いて、軽く頭を下げ、ニコニコ笑っていた。



 いい天気だ。小春日和とはこんな日のことを言うのだろう。



秋の空



 「今日は暖かいですねえ」と声をかけたら、その老夫婦は帽子を取りながらこちらにやって来た。


 「立派な大根を作りましたね。これじゃあ百姓顔負けですよ」



 「お宅じゃあ、大根作らなかったですよねえ。これ持って行って、沢庵に漬けてみて下さいよ」


大根2


 このあたりは葡萄や桃、サクランボなどの果樹地帯だから本格的な農家は手のかかる野菜作りは、どちらかというと敬遠するのだ。大根をネコと呼ばれる一輪車に載せて女房に隣の家まで運ばせた。大喜びしてくれる老夫婦がまたうれしい。大根足と勘違いしてさっきまで怒っていた女房も愛想よくニコニコしていた。





 さてその大根だが、殺菌作用も持ち合わせていて、決してアタル心配のない野菜だそうだ。刺身のつまや、そのパックの下に大根の千切り?が敷いてあるのもそんな理由からだ。それが転じて生まれた言葉が「大根役者」。当たらない、つまり、いつになっても人気が出ない役者のことを言うのである。女房が言う「大根足」は、その形容から誰とはなしに言うようになったのだろう。


大根2


 大根作りには土地が深い火山灰土の地域が適しているのだそうだ。山梨県では八ヶ岳と向かい合う茅が岳山麓の北杜市明野町の「浅尾大根」が有名。真っ直ぐであることはともかく、皮が薄く、沢庵漬けにはうってつけ。味もいい。茅が岳はあの登山家であり、エッセイストでもあった深田久弥さんが亡くなった山としても知られている。




 大根は、「青首」という種類のように地上にも伸びるが、当然、地下に生長する野菜だ。だから土の浅いところは適さないのである。私の地域は粘土質で土地が浅いから大根が真っ直ぐ伸びずに曲がったり、二股になりやすい。抜くのに一苦労する。そればかりか、力を入れると途中からポキンと折れてしまうのである。でも商品として出荷するわけではないからかまわない。今年も大根足ならぬ、しなびた女房の足のような沢庵が食べられる。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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