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お寺の鐘

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 「ゴーン…」、「ゴーン…」・・・。


 冷たい空気を揺さぶるように遠くお寺の鐘が…。西の空に冬の陽が沈もうとする頃であった。お墓参りの客が撞いているのだろう。それとも和尚か。巖松山信盛院の境内から余韻をはらんで静かに響く鐘の音は、人々の心を洗い、一日の疲れを癒すのに十分だ。



 その余韻の中にふと鐘楼の脇に佇む水蓮の池を思い返した。70年近くも前の幼い頃である。縦横4~5mほどの今でもある小さな池だが、その頃は大きな沼に見えた。時季には水面に浮かぶ睡蓮がパラフィン細工のような花を付けた。池の水は粘土質の墓地から染み出て来るのだろう。いつも白濁色に濁り、それが神秘的に映った。


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 池にはイモリが棲んでいて、子供心に不気味に思ったものだ。イモリはこんな得体のしれない水の中に棲むもの、と今でも思い込んでいる。イモリとヤモリは、お腹の色を除けば、その形はそっくり。似て非なるトカゲより、どっしりしていてグロテスクだ。だから子供たちの好奇心をくすぐるのだろう。池の上の傾斜地には300前後の墓が並ぶ。




 学生の頃、辞書を片手にマーク・トウエインの「トムソーヤの冒険」を読んだことがある。その中にわんぱく盛りのトムソーヤとハックルベリーが夜の墓地を«探検»する場面が。洋の東西を問わず、墓地には不気味さを醸し出す何かがある。それが冒険心をくすぐるのか、トムソーヤさながら信盛院の墓地はわんぱく小僧たちの格好の遊び場にもなった。


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 その墓地も年月とともに様変わり。白木の墓標や提灯はウソのように姿を消した。提灯、とりわけ破れ提灯はお墓の不気味さを演出するのに十分。今でも怪談噺や夏の風物詩「お化け屋敷」には欠かせない存在だ。墓地の姿は変わっても、お化けは«生きて»いる。足のないお化けを描いた江戸時代の画家・円山応挙も草葉の陰でホくそ笑んでいるだろう。




 土葬から火葬へ。松明を先頭に野辺の送りをした自宅葬が斎場葬に変わったのが契機だった。斎場葬への移行は葬儀の在り様に留まらず、墓地の様相まで一変させたのである。幾つもあった石塔も、いつしか「墓碑銘」に整理され、何処の墓地もスッキリと変身。

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 わんぱく小僧の遊びの在り様もガラリと変わった。インターネットやスマホ、身の回りにあふれんばかりのゲーム機が、子供たちの遊びのツールはむろん、その舞台まで変えたのである。電話すら満足になかった時代から見れば、まさに雲泥の違いだ。第一、わんぱく小僧そのものもいなくなり、「鼻たらし小僧」などと言う言葉はもはや死語になった。




 いつの世にあっても「時」という魔物が人々の日常を容赦なく塗り換える。日常の生活や、それに関わるツールは、好むと好まざるとに関わらず変わっていくのだ。しかし人間がそもそも持ち合わせている純真で人を思いやる心だけは失いたくない。


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 お寺は単なる人間の終末の場ではない。先人・祖先を尊び、安寧を求める地域の人々の拠り所であり、平安を祈る発信基地でなくてはならない。余韻をはらんで響く鐘の音は、そんなことを訴え、あれもこれも変わる世相に何かを問いかけているようにも聞こえた。




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認知症の始まり?

風景

 無意識のうちだが、昔と今を比較したり、懐かしんだりすることが多くなった。そんな自分に気付いて、一人苦笑いすることがある。このブログをお読み頂いている方々は、先刻お気付きだろう。ブログでも知らず知らずのうちに、子どもの頃や若きよき時代を振り返っているのだ。




 「おじさん、それって、歳を取った証拠だよ」。


 お若い方々にはそう言われるに決まっている。それならまだいい。「それって、痴呆の前兆じゃないの」と、言われるのが恐ろしい。それというのも、明らかに痴呆が始まっていた今は亡きおふくろを思い起こして、そう思うのだ。




 おふくろは大正5年生まれ。93歳ぐらいの頃。。内臓は悪くなかったのだが、足腰が不自由で、自力での歩行は困難。仕方なく介護医療の病院で看てもらっていた。暑さ寒さばかりか、食べることなど全てが至れり尽くせりの生活のせいで、緊張感がないのか、痴呆はどんどん進んだ。。


車イス



 「どなたさんでしたっけねえ」。せっかく病院に見舞いに来てくれる自らの友人、知人に、そんな事を言うものだから傍にいてハラハラするのだ。それならまだいい。自分のお腹を痛めた私たち息子の顔すら思い出せないことも。




 そんなおふくろが一方で、よく童謡文部省唱歌、軍歌を歌うのである。それも歌詞もメロディーも間違わず、しっかりと歌うのだ。そのおふくろ、元気な頃はほとんど歌を唄うことがなく、歌らしい歌を聴いたことがなかった。「荒城の月」なんか見事に唄う。看護士さんに「おばあちゃん、上手だね」と、褒められると、有頂天になったりもする。こんな時には病室のお年よりも一緒になっての人気者。それがまた痛々しい。





 痴呆の特徴は、昨日、今日のことは忘れるが、昔のことは案外覚えているのだそうだ。ご飯を食べたことを忘れ「家の嫁はご飯をくれない」とひがんでみたり、昔のことは覚えているものだから嫁ぎ先から今は昔の「実家へ帰る」といってみたり・・・。隣のベッドのおばあちゃんを見舞いに来る、65歳前後の息子さんは「うちのおふくろなんか、私が昨日来たことすら忘れちまうんですよ」と、寂しそうに話ていた。私も言った。「うちのおふくろもそうなんです」。


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 ただ、ちょっと不思議に思うのは、二日に一度と言っていいほど頻繁に行く女房、つまり、嫁の顔は忘れない。病院に行く頻度が女房と比べて少ないからか、息子の私を時々忘れてしまってもだ。痴呆がだんだん進みながらも、一番世話になっている嫁だけは、どこかで意識し、一目置いているのだろう。言葉には表さないが、感謝の気持ちがそうさせているような気がする。それがいじらしくもある。




 自分自身、我武者羅に働き、無茶と思えるほど飲んだり、遊んだりした若い頃が、つい昨日のような気がする。そんな人間が身近にいた認知症の親に年齢に一歩一歩間違いなく近づいて行く。やがては人事ではない年齢になるのだ。「へえ~」と他人事に受け止めているお若い方々だって、自分に限らず、遅かれ早かれ、そんなケースに出っくわすのですぞ。





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ブログと庭先の小鳥

 暖冬と言われるが、寒い。本当に寒い。歳のせいか。それもその筈。二十四節気の一つ、大寒を過ぎたのだから無理もない。天気がいいので、外に出て、ちょっとは仕事をしなければと、頭では考えるのだが、それが億劫になる。この時期は、農閑期といっても田舎暮らしをしていれば仕事は山ほどある。むしろ、この時期にやらねばいけない植え込みや柿の木の剪定だってその一つだ。ほとんど燃やしてしまうのだが、剪定した枝などの始末もしなければならない。


枝


 イチョウ、カリン、杏、ざくろ・・・。みんな葉っぱを落として裸になっているが、徒長枝は伸び放題。ここで切り落としてやらないと、いい芽が出ないばかりか、そこからまた新しい芽が出て、植え込みがボウボーになってしまうのである。松やチャボヒバ、棕櫚、モミの木などの常緑樹だって同じことだ。


木


 柏の木のようにいつまでも枯葉を落とさず、見苦しいというか、無残な姿をさらけ出しているものもある。この柏の葉っぱは、特異で他の落葉樹と違って、新しい芽を出すまで枯葉を落とさない。逞しさの象徴で、やがて来る端午の節句で、あの柏餅を包むのもそのためだ。周囲の木々がみんな枯葉を落とし、春への準備をするのに、なぜかこれだけはなかなか葉っぱを落とさない。今日も空っ風に吹かれて、枯葉がカサカサ音を立てている。


柏餅


 「明日にしよう」と、そんな植え込みの剪定の先送りを決め込んで、パソコンに向かっていると、庭の植え込みに何羽もの小鳥が。「あっ、あれがメジロか」。いつも見せて頂く東京の「のりぴー」さんのブログを頭に浮かべた。早速、「のりぴーさんのブログ」を訪問。期待通り、今日も見事な小鳥の写真を掲載していた。




 定かなことは分からないが「のりぴー」さんは庭先にミカンやいくつかの餌を置いては、毎日やって来る小鳥をいたわり、望遠レンズでカメラに収めているのだろう。そのひとコマひとコマは実に爽やかで、生き生きしている。メジロもいればヒヨドリやシジュウカラ(四十雀)ジョウビタキも。小鳥というものは、その時々、こんなに豊かな表情を見せるものかと、感心させられたりもする。周囲の植え込みをも写してくれるから、その時の季節感も一緒に伝わってくる。先日は、梅数厘が花開いていた。山梨より東京の方が、春が早いのだろう。


四十雀


 この写真ブログには一口コメントもついている。それによると、小鳥にもはっきりとした力関係があるのだそうで、一見強そうなジョウビタキはメジロが来ると逃げる。シジュウカラはもっと弱いのだそうだ。「のりぴー」さんはカメラのレンズを通して、いつも小鳥達と会話しているから、その力関係や喜怒哀楽まで分かるのだろう。




 そんな事を考えながら、我が家の庭にくる小鳥達を見ていると、無知な自分なりに新たな発見が。「あっ、あれはメジロだ」「ジョウビタキ、シジュウカラもいる」。見慣れぬ小鳥がやってくる、とばかり思っていたら、結構ポピュラーなヤツもいる。.同じ関東の界隈。同じような小鳥が生息しているに決まっている。人間、ちょっと関心をもつか持たないかで普段見えないものも見えたりするから不思議。それにしてもブログとは便利なものだ。


ジョウビダキ


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姿を消した雀

 あの雀たちはどこに行ったのだろう。勤めていた会社を定年で辞め、山梨市の田舎に戻って10年ちょっと。春夏秋冬、一年を通して、ほとんどと言っていいほど雀を見かけない。寒くて外に出るのが嫌なものだから、こうしてパソコンを叩きながら、ふと顔を上げ、窓越しの庭や植え込みに眼をやっても、そこにやって来ているのは、見知らぬ鳥ばかり。


鳥

 ざっと40年。今の田舎暮らしから見れば都市部での生活といっていいサラリーマン時代の日常で、雀はおろか小鳥そのものを見たこともなかった。正確に言えば、見るゆとりもなく、慌しく過ごしてしまったと言った方がいい。しかし、≪毎日が日曜日≫だと、周囲がよく見えるようになった。


景色


 リフォームして家は少し変わったものの、窓越しに見える庭も植え込みも子供の頃とほとんど変わっていない。のっぺりした幹の百日紅も大きなの老木も、また金木犀銀木犀五葉の松椿、カリン、柏、石榴、杏、石楠花、キョウチクトウ、南天、くちなし・・。みんな昔のままだ。ところが、そこに来る小鳥はガラリと変わっているのに気づいた。


百日紅     庭


 雀の三倍もありそうなカラフルの鳥もいれば、これも大きく、長い尾をピクピクさせながら、いつも番(つがい)でやってくる小鳥もいる。植え込みの向こうを走る電線に、群れを成して飛んできては一列に規則正しく停まる鳥たちも雀ではない。




 かつて、雀は田舎ののどかな風景のひとコマであった。この時期、子供たちは陽だまりに遊ぶ雀を捕まえようと、笊(ざる)の端を棒で支え、その下に米粒をまいて仕掛けを作り、隠れて紐をひいては遊んだ。朝は雀の鳴き声で目を覚ました。春先の産卵期ともなればわんぱく小僧は高い屋根に上って雀の巣を獲った。雀が巣を作るのは軒先。無邪気にも、瓦を剥がして獲るものだから親父にこっぴどく叱られたものだ。


スズメ2

 「親方、少しは雀の巣、ありますかねえ」




 「ねえねえ。わしら、こうして屋根の葺き替えも沢山やらせてもらうが、最近、雀の巣なんて見たことがねえですよ」




 我が家では、昨年の夏、築90年の母屋と四つの蔵、そして二つの物置の屋根を思い切って葺き替えた。親方以下、3~4人の屋根職人が二カ月がかりの工事だった。クレーン車など重機を使っての作業だから、ひと頃よりは楽だろうが、高い屋根の上を軽業師のように飛び回る職人さんたちを見て、さすが、と思った。子供の頃が懐かしい。


屋根修理  
≪屋根葺き替え中≫

屋敷  
 

 「どうして、雀がいなくなっちまったんですかねえ」



 「分からねえねえ。多分で言っちゃあいけねえが、餌が減ってしまったことが原因じゃねえですかねえ。それと、見慣れぬ鳥は地球温暖化というヤツのせいじゃあ・・・」


スズメ  スズメ  スズメ

 そうかも知れない。米麦中心の農業形態から葡萄、桃、サクランボなど果樹地帯に姿を変えたこの地方は穀物が一粒もなくなった。消毒するから虫も少なくなった。雀たちにとっては住みにくい世の中になったのだろう。変わって登場した野鳥は逞しい。柿も食べれば葡萄も食べる。サクランボなんか、うかうかしていたら、丸裸にされてしまう。


屋敷


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スマホと孫娘

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 「この子が20歳、30歳、果ては私たちの年齢になった時、世の中はどうなっているのだろう」。




 ママのスマホや私のタブレット端末を«占領»して、無邪気に遊んでいる孫娘を見てふと、そんなことを考えた。IT、AIの世界は想像もつかない進化を遂げているに違いない。孫娘は平成25年生まれの6歳。4月には小学校に入る。入学先の小学校も既に決まった。
孫娘のスマホやタブレット端末との戯れは今に始まったことではない。その操作は、誰に教わった訳でもないし、もちろん、「使用書」が読める訳でもない。いつの間にか、パパやママに電話したり…。自由に遊んでいるのだ。最近では簡単なメールまで打つようになった。





 タブレット端末に至っては自分の好きなアニメを次から次へと探しては観ている。正直言って私には、アニメをどこから引き出せばいいのかすら分からない。孫娘は、遊んでいるうちに、それをいつの間にか探してしまうのである。「習うより、慣れろ」とは、よく言ったものだ。アニメはともかく、80に近い私だってスマホやインターネットは面白い。




 私たち大人は新しいものに出会った時、とかく二の足を踏む。「私たち」と言ったら語弊がある。「自分の場合」と言わなければいけないのかも知れないが、使用書を読まなければ前に進めないのだ。しかし家庭の電化製品にせよ、IT機器にせよ、その説明書きは小さな文字なのでので、ハナから読む気になれない。その場で人に教わればいいのだが、それすら怠る。勢い、分からず仕舞い、ということに。

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 娘たち夫婦の住まいは甲府。休みの日には孫娘を連れて山梨市の田舎に。孫娘は私の顔を見るなり「爺じ、あれは?」と、タブレットの端末をせがむのだ。どうやら、パパやママは娘のそんな心の内を読んで、最初から持たないようにしているらしい。その反動からか、タブレット端末と遊べる我が家に来るのが楽しみのよう。




 それが分かるから、タブレットやスマホを必ず充電しておいてやるのだ。「お爺ちゃんは、この子に甘いんだから…」。母親である娘は、私をなじるように言う。よく分かる。私だって内心そう思う。見始めたら1時間でも2時間でも、いや3時間でも…。よく飽きない。




 それだけならまだいい。夢中になるあまりに、目を近づけて食い入るように見ているのだ。スマホにせよ、タブレット端末にせよ、コントラストが強いので、目にいいわけがない。「目を離して見るんだよ」と、促すのだが、正すのは一瞬だけ。子供だから無理もない。でもそんなことを放任していると、やがては「牛乳瓶の底のような」眼鏡を掛けなければならなくなるのは必至だ。




 IT、ICTの進化は目覚ましい。僅かの期間のポケベルに変わって登場したケイタイが普及し始めたのは20年ちょっと前。さらに、さまざまな機能を内蔵したスマホが登場。今や国民一人に一台以上の普及を見るようになった。身近な家電、人間の足・交通機関、工場の生産工程や医療現場など、ありとあらゆる現場を、このITが席巻しているのだ。やがてAIが人間どもを«支配»する。恐らく、その進化は留まるところを知らない。孫娘は確実に、そんな社会を生きて行くのだ。




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氷雨と炭

 未明からの雪が止んで、今度は雨。その雨は淡い雪を徐々に消して、降るとでもなく、止むともなく降り続いている。この時期の雨は独特だ。すっかり葉っぱを落として裸になった木々。茶色の絨毯のように周りに散った落ち葉の上の雪も溶かしていく。秋雨や春雨とは明らかに違う。ましてや五月雨をやだ。いかにも寒々しい。これを氷雨というのだろう。


枯れ葉

 「氷雨」。数々の歌にもなっている。秋雨や春雨にはない人々の感傷を綴るのにふさわしいのかも知れない。「飲ませてください もう一度・・・」で始まる日野美歌の「氷雨」。もちろん、その歌詞はこんな田舎を舞台にしたものではないが、雨の降りようはいかにもぴったりだ。かつて日野美歌の「氷雨」は黒人歌手のジェロが歌って、さらにヒット。これがスターダムへのステップとなってジェロはあの歌謡テレビ番組「紅白歌合戦」にも登場した。でも最近は、すっかり茶の間のテレビに姿を見せなくなった。 


ジェロ



 辞典によれば、氷雨は、空から降ってくる氷の粒のこと、また冬の季節に降る冷たい雨のことを言う。気象学的には、氷の粒の直径が5ミリ以上を雹(ひょう)5ミリ未満のものを霰(あられ)と言うのだそうだ。ご存知、雹や霰はこの時期・冬には降らない。夏の時期だ。昨年は、この地方一帯の果樹地帯で「いたずら」をし、桃や葡萄に大きな被害をもたらした。突然のようにカタカタと屋根を叩いたり、アスファルトの道路をカラコロと転がるあの氷の粒。だから氷雨は夏と冬の季語。俳句をおやりの方ならご存知だろう。





 氷雨降る、こんな日は畑仕事だって出来ないし、外に出ることすら億劫になる。炬燵に入って、みかんでも食べながらテレビでも見るに限る。我が家の炬燵は掘り炬燵。床をくり貫いて腰掛式になっている。炭から電気に変わって久しい。スイッチ一つで暖かくしてくれるのだから電気炬燵は便利だが、よく考えてみれば、炭のあのぬくもりは忘れられない。


コタツ


 氷雨は人を感傷的にするのか、ふと子供の頃を思い出した。台所が今のように電気やガスではなく、薪を使っていた、いわゆる「かまど」の頃のことである。そこから出る「オキ」を火種にし、そこに乗せた炭火が炬燵の暖房の主流だった。その暖かさは単なるぬくもりだけでなく、そのぬくもりを持続させた。





 しっとりとした暖かさで、なぜか電気のように乾燥する感じはなく、炬燵で転寝しても不思議な事に風邪を引かなかった。科学的な根拠があるわけでもないし、ただの「感じ」でしかないが、電気と炭は歴然と違うのである。



雪


 とにかく、氷雨や雪、空っ風が吹く冬の時期、この地方のどの家庭にもこの炭があった。しかし、時代の変化は人々の頭から炭を忘れさせて久しい。山間僻地の貧しい生活の生業(なりわい)を象徴するような炭焼きは、今では人のゆとりを表すような趣味にイメージを変えた。人々の貧しい食生活の一部だった「おやき」が観光土産品に変わったように、炭はぜいたく品になってしまったのである。


夕暮れ

 冷たい氷雨が降る夕暮れ、コートの襟を立てて入る焼き鳥屋やおでん屋。そこでの炭は店の売り物にもなっているのである。そんな所で飲む酒はなぜか、体ばかりではなく、心をも暖かくしてくれる。





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小正月の道祖神祭り

 「十四日祭礼、お祝い申~せ」
 「家内安全、お祝い申~せ」


 ひと頃より、少しは日が長くなったとはいえ、まだまだ暗くなるのが早い。この夕暮れを待って、子供たちは今年も可愛らしい声を夜空に響かせながら、地域の家々を廻った。みんな手に手に灯篭を提げ、その後ろを育成会のお父さんやお母さん、それに交通安全協会の役員さんが見守っている。


道祖神お札



 十四日正月、つまり小正月、この地域に伝わる道祖神祭りのひとコマである。道祖神祭りの風習というか行事は、地域によって、みんな違うのだろうが、この地域では毎年、1月13日の夜、「きっかんじ」といって灯篭を担いで家々を廻り、五穀豊穣家内安全無病息災を祈った。




 この時ばかりは子供たちが主役。子供たちは七日正月が過ぎたところで、家々の松飾りや正月飾りを集めて道祖神場に「オコヤ」と呼ばれる小屋を作り、道祖神を祭るのである。今は生活改善や自然保護のため、松飾りをせずに、紙の代用品の松飾りになってしまったので、子供たちはこの「オコヤ」作りの素材集めに苦労しているらしい。米作農業から果樹農業に完全に転換されてしまったから、松ばかりか藁も手に入らない。



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 昔のことを言ったら笑われるかも知れない。でも私たちが子供の頃、考えてみたらもう65年以上も前のことだが、その時分は大きな「オコヤ」を作った。東北地方の冬の風物詩でもあるあの「かまくら」にも似て、子供たちはその「オコヤ」でモチを焼いたり、みかんを食べたりして遊んだ。悪ガキ達が集まる夜のコミュニケーションの場でもあったのである。
 


道祖神2



 灯篭も縦5~60cm、横4~50cmもある立方体の骨組みを作って、障子紙を張り、色とりどりのリボンや造花で飾った。灯篭の四面には「家内安全」「五穀豊穣」「無病息災」などのことばを書き込み、デスプレイするのである。子供たちはそれをいかにカラフルに、豪華にするかを競ったりもした。


道祖神


 しかし、半世紀の時はさまざまな面で変化をもたらした。この灯篭一つ例にとっても、子供たちの手作りではなく、みんな親が作ったか、専門家が作ったもの。そのスタイルも竹竿の先に固定して担ぐのではなく、形をぐ~ん、と小さくして、手にぶら下げる方式に変わった。子供たちは「団子食うべし、虫歯の薬、お祝い、申~せ」といった言葉を今も引き継いでいるのだが、その意味すら分かっているかどうか。米、麦、粟・・・。「五穀豊穣」の五穀も見たくても見ることが出来ない。


どんど焼き


 五穀は桃や葡萄、サクランボに置き換えればいい。しかし、肝心なのは祭りを担う?子供たちが激減してしまったことだ。その一方で、過保護のお父さん、お母さんだけはどんどん増えている。「きっかんじ」の行事も、へたをすれば一人っ子に二親が付き添って廻るのだから、子供の数より大人の方が多いのである。子供たちはほとんど親掛かり。育成会のリーダーがちょっと手を抜けば、この伝統行事もあっという間に消滅しかねない。




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消えゆく手書き文字

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 松の内が去ったと思ったら、あっ、という間に小正月。一年中でも正月は時が過ぎるのが一番早いような気がする。親しい友や親戚、知人からの年賀状も、もう色あせたような感じがする。年賀状の束は、その顔ぶれを一部変えて、また今年の暮れまで引き出しに入る運命なのだ。




 引き出しで眠らせる前、もう一度、目を通すこの年賀状。今、改めて見ても、なんと味気ないものか。みんな、申し合わせたように活字で宛先や名前が打たれ、裏返して本文を見ても印刷の活字。その内容も、似たり、依ったりで、ほとんど同じだ。そう言う自分だって最近では同じことをしている。


パソコン加工



 パソコン普及の功罪はこんなところにもある。パソコンが身近になかった時分は、もちろん、みんな手書きだった。自分もそうだが、字の下手くそな人もいれば、びっくりするほど上手な人もいる。大きな字を書く人や縮こまったような字の人も。また、文章が上手だったり、そうでない人も。




 つまり、みんな個性があったその字が家族の団欒の話題になったり、贈り手の心の温もりを伝えた。一人一人の顔や生活ぶりまでが目に浮かんだ。年賀状一枚一枚に血が通っていた。ところがどうだ。今のパソコン年賀状は大なり、小なり、みんな同じだから味もそっぺもない。決まり文句の本文なんか読むまでもないし、言ってみれば、どなたからの年賀状であるかを確認するに過ぎない。ちょっと言い過ぎだろうか。




 パソコンのソフトメーカーも、こうした声を反映しているのだろう。毛筆に似た字体のソフトを改良したりしているのだが、所詮は作り物。人の心や感情を活字に映し出すことは叶うまい。第一、みんな平均的で、上手過ぎるからいけないのだ。機械が書いた字が人の心を表せる筈がないし、掴める筈もない。





 私は勤めの現役時代、その職責柄、山梨県のいくつかの書道会の新年会や表彰式に招かれた。その名の通り、書家たちの集まりだから、当然のことながら、年賀状はもちろんのこと、日常の手紙も直筆でお書きになるだろう。現に、頂く年賀状はみんな個性豊かな毛筆だ。自分も、こんな字が書けたらと、つくずく思う。

習字

 挨拶をせよ、というので、その都度、私はこんなことを言わせて頂いた。



 「私の年賀状の95㌫以上はパソコンなど印刷文字。どうか自筆の文字を大切にし、それを書くことを教え、育み続けてほしい。そうしないと、日本人が日本人でありながら日本の文字を書くことを知らず知らずのうちに忘れてしまう。そんな気がしてならないのです。先生方はどうお考えになりますか」




 確かにパソコンはいい。この年賀状一つ例にとっても、原稿さえ作れば、備え付けのプリンターで大量に印刷が出来、宛名書きだって、そのソフトさえ組めば自動的にやってくれる。作業に要する時間だって、大幅に短縮できる。




 でも、それだけでいいのだろうか。こんなことに頼っていたら早晩、年賀状の習慣は廃れていくに違いない。現に、若者達はその通信がパンクするほどメール志向に走っている。今年の年賀状の中にはこんなのも。「年賀状は今年をもって終わりとします」。こちらは年配者の「年賀状終結宣言」だ。




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スクラップと日々の情報

 「俺ねえ、先生のお宅にお迎えにいったんですよ。そうしたら、部屋の中は新聞の切抜きでいっぱい。足の踏み場もないほど。それはすごいもんです」


新聞



 同級会で一言ずつしゃべった仲間の一人が90歳近くになる恩師を前に、その近況を垣間見る話をした。私たちと一回りも歳が違う。やはり年老いた。その上、奥様をお失くしになって、やもめ暮らし。「足の踏み場もない」の何気ない一言は、年老いた男一人の生活ぶりを見事に表現していた。それはそれとして、山ほどの新聞の切抜きである。このことだけは歳を感じさせないほどお若い、この先生の健康の秘訣は、ここにあるような気がした。

おじいさん

 毎日の新聞を読んだ後、気づいた記事を切り抜いては、情報と知識の整理をなさっているのだろう。恐らく、今日や昨日始めたものではないだろうから、山にもなるはず。私のかつての職場の大先輩にもこの先生と同じような方がいた。周囲が「切抜きさん」とか「鋏さん」と、あだ名するほど毎日、新聞の切抜きをしていた。


はさみ


 そんな方だから、家の中は、その切抜きの山。ズボラな私なんか、この大量のスクラップをどのように整理し、どう活用するのだろうと、大きなお世話かもしれないが心配すらしたほどだ。そういう自分だって、若い頃、同じ事をしたことがある。ただ、このお二人とまったく違うのは、仕事上の必然があった時だけで、それがなくなってしまえば、「ハイさようなら」である。





 確かに、スクラップは、いざという時、便利だし、そうすることによって頭の中にも残るからいい。しかし、最近のように情報のデジタル化というか、データベース化が進んで来ると、このスクラップするという行為がなんとも前近代的に見えてしまうのである。

 こうしてパソコンを叩いていても、分からないことに出っくわしたり、かつて新聞に紹介された記事を見ようと思えば、インターネットに接続すれば即座に見れる。大抵の新聞社はそのサービスをしてくれている。スクラップなどしなくてもいいように縮刷版も出していてくれたものだが、こちらは、さすがにあまりお目にかからなくなった。


インターネット



 私たちの情報に対する日常が知らず知らずのうちに変わってしまっていることに気づく。スクラップするという行為が示すように、私たちは情報というものを≪蓄積する≫と言う概念を持っていた。しかし、いつの間にか≪消費する≫に変わった。考えてみれば、使い捨てでいいのかもしれない。




 ただ、知識だけは確実に違う。使い捨てにはしないはずだ。ところが、インターネットなどで検索した知識は、どうしてもその場限りになりがち。私だけかも知れないが、例えば、漢字や、その意味にしても辞書を引いて調べたものは案外記憶に残る。つまり、スクラップするという行為、大げさだが、苦労が記憶を促すのだ。



 「おじさん、すぐ忘れるのって、それ歳のせいだよ」。そう言われれば、返す言葉のすべもない。まだボケは来ていないと思っているが、アナログ人間の自覚だけはある。インターネットを駆使して、どんな情報も知識も集めてしまう若い方々が羨ましい。





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酔っ払いの七草粥

 七草粥

 「お父さん、今日は七草粥ですよ。ちょっと意味合いが違うかもしれませんが、お酒の飲みすぎにもいいかもしれませんよ」



 「もう7日か。その前に、ちょっと迎え酒をくれ」




 「駄目ですよ。身体も身のうち、と言うでしょう。さあ~,さあ~、お粥,お粥・・・」



 7日の朝、女房はいつもの年と同じように家族のために七草粥を用意した。七草粥といっても入っているのは、どうもスズナ(大根)スズシロ(かぶ)くらいのものらしいが、これが結構旨い。二日酔いにはこれがいい、と内心思った。


お酒


 七草粥は新春を寿ぐ行事の一つ。古くは中国から伝わった。7日の未明、人々は七草ばやしを歌いながら、包丁で草を叩いて、拍子をとりながら粥を作って神に供え、家人も食べて一年の無病息災を祈った。




 そんな純真な日本の伝統が、いつしかお正月のご馳走ずくめで疲れた胃袋の休養食の意味合いにも。私のように「二日酔いにはこれがいい」などと言ったら神様に「このバチ当たりめ」と叱られるだろう。




 七草は春と秋の二通りあるのだが、ここで言う七草は春の七草。つまり、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロだ。私はこれを覚えるのになんとはなしの語調からスズナ、スズシロ、セリ、ナズナまで行って、ひと区切りして後に続けることにしている。まあ、そんなことはどっちでもいい。

七草

 物の本によれば、七草はそれぞれに効能があるのだそうだ。セリ解毒、食欲増進、神経痛、リュウマチナズナ高血圧、貧血、食欲増進ゴギョウ咳止め、痰きり、利尿作用ハコベラ歯槽膿漏、催乳、健胃整腸ホトケノザ体質改善スズナスズシロ骨粗しょう症、腸内環境改善に利くのだそうだ。




 古来、人々は二十四節気や雑気に合わせて、さまざまな行事や食を楽しみ、生活に区切りをつけたり、気分の転換も図った。それは健康、言い換えれば無病息災であったり、五穀豊穣への祈りだった。夏の土用にはうなぎを食べ、冬至にはゆず湯に入る。春、秋の彼岸には牡丹餅やオハギを仏前に供えたりもする。よく考えれば、日本人は風情というか情感豊かな民族なのである。
おはぎ
 しかし、そんな風習や文化が時代の流れの中で、知らず知らずのうちにかき消されつつあることも確か。このブログで年末年始に触れた時、何人かから、こんな意味合いのコメントを頂いた。




 「家庭の中で親がしなかったら子供たちは知るよしもない。お正月飾りやおせちだってしかりで、私はささやかなりとも、子供たちに教えたいと思っています」


おせち料理


 確かにそうだ。おせち一つとってみても、お母さんが作るものではなく、デパートやスーパーで買ってくるものと思っていたり、お屠蘇とお酒の違いが分からない人が増えていないだろうか。そんな事を基にした家族の団欒や心のゆとりがどんどんどこかに行ってしまうような気がする。



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喜寿の同級会

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 人間とは不思議な動物。自らの悩みや不安が他の人達と同じであることに気付いた時、何故か、ちょっとした安らぎを覚えるのだ。腰や身体の節々が痛い、物事を忘れっぽくなった…。健康にまつわる事象に限ってみても、歳を重ねると人間には大なり小なり、人知れない悩みや心配事がある。「何だ~、俺ばかりではないのか…」。それを共有出来た時、それまでの心の持ち様が変わって来るのである。




 「オレ、来年は出て来れるかどうか分からないので、今年は何としてもと思って…」




 毎年正月2日と決めて開いている高校の同級会で、近況報告に立った仲間の一人がそんなことを言った。「オイ、オイ、そんな弱気のことを言うなよ」。仲間たちは口々にそうは言ってはみたものの、みんな自らの体に一抹の不安を感じ始めていることは確か。


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 同級会の仲間たちは早生まれの人達を除いてみんな喜寿に達した。早い人達はこの4月には78歳になる。傘寿が目の前に迫るのだ。近況報告で「オレ…」、と健康不安を訴えたのは一人だけではない。その度合いはともかく、多くが自らの健康にまつわる話。他には孫の成長ぶりなどを話して目を細めるお爺ちゃん、お婆ちゃんぶりが目立つのである。




 この同級会、18歳で高校を卒業して以来、一度も欠かすことなく、仲間たちでリレーして来た。よく考えたら今年で60回目を数えたのだ。正月2日を«定例日»としたのも、スタート当時、学生であれ、サラリーマンであれ、正月休みを利用してのことだろう。子供もいなければ、むろん、孫もいない。学生なら脛をかじる二親もいるから東京などで暮らしていても、みんな帰省する。1月2日という開催日はみんなの最大公約数だったのだ。




 30代、40代、50代…。職場を巡る立ち位置や家庭など、年齢を重ねるごとに環境は変わっても「健康」云々の言葉は出て来なかった。職場の定年と向き合う還暦・60代も同じ。さて70代の声。「近況報告」は、この辺りから«変化»を見せ始めた。



 孫の話は微笑ましいが、健康の話は身につまされる。自らを考えてみても、10年刻みでの60代までは、足腰はむろん、健康への不安など感じなかった。それが70代の声と共に体のあっちこっちに故障を覚えるようになった。70代からは10年スパンではなく5年スパン、いや1年ごとに故障が増えるような気がする。病院や医院の診察券の枚数が、その証だ。そんな変化が如実に表れ出したのが、ここ1~2年の近況報告である。




 もう一つ顕著なのは、出席者の数。年々、減少傾向に。中には一足早く逝ってしまった仲間も。高校時代全体の同級生は戦中生まれと言っても8クラス・400人もいた。確かな数は分からないが、既に2割を超す人たちが鬼籍に入っている。

 日川高校3


 同級会には恩師の先生もお招きする。むろん、お歳から言って、その数は減るのは残念ながら仕方がない。若い頃はサッカーの名選手で、母校の校長も努めたF先生のように「臥せってはいないが、体調が優れないので…」と、出ておいでになれない方もいる。

 「オレはお前たちが好きだ。生きている限り…」と豪語して憚らないN先生も、すっかり耳が遠くなった。今年の「訓示」はヤケに短かった。私たちと一回り違う御年89歳。無理もない。国語の先生で、私たちの歳でもある12年前は、その年の干支などを話題に長~い「ご高説」をたれていたのだが…。

 この一年、みんなが健康でありたい。





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ネズミの戯言

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 甲府盆地の今年の三が日は穏やかな日和だった。空は青く、風もなかった。新春を迎えた今、この言葉を使うタイミングが適切であるかどうかはともかく、小春日和というのは、このことか。今年4月には7歳、小学1年生になる孫娘を連れて、近くの臨済宗の名刹・恵林寺と放光寺に初詣した。むろん、ママや我が女房も一緒だ。放光寺には七福神の一つ・大黒天も祭られている。




 孫娘は、私が与えた小銭を賽銭箱に投げ入れて、本殿に向かって可愛らしい手を合わせる。太い手綱をちっちゃな両手で、やっと掴み、見上げるように鈴を鳴らす無邪気な顔は愛らしい。「健やかに育って欲しい」、そう願わずにはいられなかった。

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 境内には縁日とは、ちょっと雰囲気を変えた屋台も。今年の干支はネズミ。大小のだるまや破魔矢、熊手などの縁起物と共にネズミの置物などがズラリと並ぶ。ネズミは、この一年の主(あるじ)なのだ。12年ぶりに回って来た主役の座である。




 このネズミさん。一年中とはいかないまでも、少なくとも正月中は「いい者」として君臨する。人間とは器用で、普段は、どちらかといえば敬遠する存在でも、その時々、見方をガラリと変えて表現する。いわば、ご都合主義なのだが、よく言えば、その時の都合で、物事をどちらからでも捉えることが出来る柔軟性を備えている。




 ネズミは穀物などを手当たり次第に食べ荒らし、その時季が真近かになった雛人形であろうが、何でもかんでも、かじってしまう。いたずら者の典型。姑息な人間を「このネズミ野郎」などと言う人もいる。庶民に好かれたのは江戸時代、義賊とうたわれた「鼠小僧治郎吉」ぐらいのものだろう。むろん講談や映画の世界。科学や医学の世界で役立っているのは、モルモットだ。
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 良くも悪くも庶民にはなじみの深いネズミ。この辺りでは、すっかり見かけなくなった。孫娘どころか、40歳を超えた娘ですら我が家で見たことがないはずだ。米麦中心の農村地帯は昭和30年代中頃を境に、ブドウ、モモを中心とした果樹へと転換。コメ、麦、大豆など穀物は畑からも、むろん蔵からも姿を消した。




 その時季がネズミと私たちの決別の時であった。それまでは畑と言わず、穀物を貯蔵する、お蔵や母屋に至るまでネズミでいっぱい。お蔵はともかく、母屋も夜ともなればネズミと猫の«運動会場»。猫が獲物のネズミを追っかけて死闘を繰り広げるのである。

 農村地帯の田舎家は、今風の近代住宅と違って大造りだから、ネズミはむろん、それを追いかける猫も自由奔放。「キー、ストーン」。2階で繰り広げる«死闘»は、下の階に住む人間どもにも手に取るように分かるのだ。そんな話を孫娘にしてやっても分かるはずもない。それどころか、今の猫はネズミの捕り方すら知らないのではないか。


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 ドブネズミもいた。「せぎ」と呼ばれる農業用水路にはドジョウやフナなどの小魚、ゲンゴロウや春先にはオタマジャクシもいた。夏の時期には、そこを拠点に蛍も飛んだ。ドブネズミの格好の餌になったのは言うまでもない。

 そんな光景は今や「おとぎ話」。「せぎ」に果樹消毒のための農薬が流れ込むためで、ドブネズミの餌となる小魚や虫という虫はすべて死滅した。自らも身につまされかねない「回りくどい話」の例えに使う「風が吹けば桶屋がもうかる」のネズミと猫の説明を孫娘にしても分かるまい。




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煮干とお神酒

 「尾頭(おかしら)付き」とはうまいことを言ったものだ。鯛でもなければ、平目でもない。煮干一匹である。この煮干がお神酒と見事にマッチしてしまうのだ。煮干?そう、女房達が台所で味噌汁や料理のだし取りに使う、あの煮干だ。



 「新年明けましておめでとうございます」


富士山


 新元号となった2019 年が行って、何はともあれ新しい年が来た。今年もどうぞよろしく。そして、今年こそは災害や、何時までも残る不景気風?をぶっ飛ばして、穏やかな、平安の一年でありたい、そう思うのは私ばかりではないだろう。私たちの地区では毎年元日の朝、そんな願いを込めて、新年の拝賀式を兼ねた互礼会をする。氏神様に地区の人達が揃って参拝、一年の平安を願い、隣接する公会堂で、お神酒を酌み交わし、新年の挨拶をし合うのである。


氏神様2       氏神様


 このとき登場するのが、この尾頭付きの煮干。酌み交わすお神酒は公会堂に備え付けの湯飲み茶椀に一升瓶のお酒を注ぐ、いわゆる茶碗酒だ。一升瓶は、その前の拝賀式で氏神の神前にあげたばかりの日本酒である。役員が手分けで茶碗にお神酒を注ぎ、お盆の煮干をまわす。進行役から指名された地区の長老が「地区の皆さんが健康で、穏やかな一年でありますように・・・」といった内容の挨拶をして乾杯するのである。


神酒


 そこには喪中だったり、都合でこれない人達を除いて、一家の代表60人近くが集まる。煮干を噛みながら茶碗酒のお神酒を頂くのだが、これが旨い。それぞれの家庭が用意するおせち料理を食べる前の朝一番のお神酒だから五臓六腑に染み渡る。そのつまみとなるのが煮干。たかが煮干、されど煮干。これが、またいいのだ。つまみというものは、この一本の煮干を除いて何もない。


煮干


 へえ~、と驚かれる方もいるでしょうが、一本の煮干をかみ締めながらお酒を飲んでご覧なさい。へえ~、と思いますよ。不況だの、不景気だのといっていながら毎日、そこそこのものを口にしている今の日本人。仮に、一合の晩酌を煮干一匹でする人はまずいないだろう。一年に一度、それも元日の朝、かみ締める煮干の味は、何かを考えさせられる。


元旦


 この頭付きの煮干というヤツ、この地域でいつの時代に始まったかは定かではない。恐らく、貧しい時代の名残であったり、冷蔵庫など保冷の機器や技術が行き届かない田舎にあって、乾物の尾頭付き、つまり生の魚などを容易に手に入れるすべがなかった頃の名残だろう。乾燥しているから外での神事にはうってつけ。決定的な方便は「お頭付き」だ。


煮干2


 なぜ、鰯の煮干か。そんな田舎の生活環境もあったのだろうが、もう一つ、理由があるような気がする。あの節分祭と鰯、正確に言えば鰯の頭だが、この二つの関係が何かを語っているように思う。魔除けなど、どこかで迷信とか縁起と結びついているような気がする。どなたか詳しいことをご存知の方がおいでならお教えいただきたいものだ。




 新年拝賀式と互礼会。一昔前は、そこに集まる人の多くは「どてら」と呼ばれる冬の家庭着姿だった。しかし、いつの間にかスマートなスーツ姿に変わった。互礼会の前の拝賀式では区長がもっともらしく世界経済から説き起こし、地域に触れて挨拶をするのだ。その内容は今朝の新聞によく似ていた。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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