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ワイドショー

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 私たちが住む国・日本は、そんなに悪い国だったのか…。「政治が悪い」、「社会構造に欠陥がある」、「医療システムが未熟だ」…。落ち着く所は大方、「政府が悪い」、「政権がダメ」、「総理の指導力の欠如」である。




 テレビのワイドショー番組は毎日、コメンテーターと称する方々をお呼びして、コロナウイルス感染症をテーマに体制批判の大合唱。テレビの前で、アホ面して観ているお気楽オジサンは「そんなに馬事雑言を浴びせなくても…」、と思う一方で、いつしか「そうなんだ」と思い込む。メディアは魔物だ。体制批判の大合唱は世論調査にも敏感に反応するのである。案の定、内閣支持率は急落した。

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 二か月も三か月もテレビのワイドショーはコロナ、コロナの毎日。よくも同じテーマで番組が作れるものだ、と感心したりもする。でもタネあかしは簡単。毎朝の新聞をネタにして「ああでもない、こうでもない」と、やっているに過ぎない、と見るのは、お気楽オヤジの単なる藪睨みか。




 そんな藪睨みで番組を見ていると、お気楽オジサンでも«気付く»ことがある。タレントのMC(司会者)は台本に添ってかどうかは知らないが、コメンテーター氏に順繰りに質問を振ってゆく。コメンテーター氏は、いかにも自信たっぷりに論評・評論を展開する。その内容は今朝、オジサンも茶の間で見たような気がする新聞の記事や論説を基に喋っているのだ。




 中には「報道によると…」と前置きする先生もいるが、ほとんどが、その日の新聞記事を拝借?自分の主観を前面に得々と述べるのである。つまり、多くが取材の痕跡はない。内容は「あれも悪い、これも悪い」。その矢面は体制批判。政府や関係省庁は、それに怒らないことを知ってか、言いたい放題だ。オジサンたちは新聞やテレビでしか情報を得ることが出来ないのだから「へえ~」と丸呑みするしかない。新聞やテレビから流されてくる情報は「正しい」とハナから思っているからだ。

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 やれ緊急事態宣言だのステイ・ホームだのと日常生活が制約され、会合、会議はむろん、仲間との飲み会もなくなってストレスが溜まりがちなお気楽オジサンもコメンテーター氏がやってくれる体制批判は痛快にも聞こえるから不思議。逆から言えば、そんな大衆心理を番組を作る側も計算に入れているのかも。自らの情報網や自らの«足»で集めた情報を基に話すタイプと比べると過激とも思える体制批判をするコメンテーター氏の方が、視聴者のウケがいい?らしい。




 ひと頃、医療現場も批判の対象になった。ところが最近は、なにしろ「正義の味方」。医療現場を批判する先生方は誰もいなくなった。まるで手の平を返したよう。総じてメディアは「いい者」と「悪者」を決めたがる。「コロナウイルスと戦う医療関係者を激励しました」と、航空自衛隊のブルーインパルスが演じて見せたアクロバット飛行を大々的に報じたりもした。時も時。空など見上げている人などいっこないのに…。ここでは「こんな無駄遣いを」とは、なぜか先生方は言わない。国や防衛省・自衛隊に対してだ。




 「〇〇知事がこう言った」、それに対して「〇〇知事がこう反論した」。体制批判に事足りずに、言葉尻を掴んでの論評も。どう見ても建設的とは思えない。非常時というのに国会でつまらぬ政府批判ばかりを繰り返す先生方と同じ。いずれにしてもテレビのワイドショーは、来る日も来る日もコロナ一色。チャンネルを変えてコロナ以外の番組に出会うと何故かホッとするのは私だけか…。




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どっこいしょ

腰痛2


 「いっせいの~」、「よいしょ」、「どっこいしょ」…。一見、何の意味も持たないような、こんな言葉が一瞬とは言え、思はぬ「力」を発揮させるのだ。そのためにあるのかも知れない。「いっせいの~」はみんなで気脈を合わせる時などに使うし、「よいしょ」は重いものを持ち上げたり、動かいたりする時に使う。綱引きもそう。その使い方に老若男女は関係ない。しかし、「どっこいしょ」は«高齢者用語»と言ってもいい。子供や若い方々には縁がない。




 最近、その「どっこいしょ」が女房から口をついて出るようになった。テーブルから立ち上がる時などにフと出る言葉なのだが、そんな時、「ああ、女房も歳を取って来たのだなあ~」と内心、思ったりもする。「お前はどうだ?」。私の場合は、もう何年も前から、その現象が。でも口に出さないようにしているだけだ。女房も「どっこいしょ」と言った後、思わず照れ笑いをするのである。




 女房は私と二つ違いの76歳。この2月に新しい歳を数えたばかり。いたって丈夫で、これと言った持病がある訳でもなく、足腰も不具合を訴えたことはない。あえて言うなら、昨年ちょっとした弾みで転んで肩の骨を痛め、それが元で、今度は反対側の肩を痛めた。入院による手術治療を強いられた。私にもシワ寄せして不自由な生活を余儀なくされたことは言うまでもない。考えてみれば、これだって「高齢化現象」の前兆かも。


病院3

 みんなそうかも知れないが、我が女房殿、自分が好きだったり、考えたことだったら、有無を言わずに行動する。陶芸、絵画、ペン習字などの趣味。体操教室にも行く。甲府に離れて住む孫娘を気遣って、頻繁に飛んでも行くのだ。ただ、飽き易いことも確かで、どうやら陶芸や絵画には、今はご執心ではないらしい。




 体操教室だけは長続きしている。もう10年ぐらい続いているだろうか。話に聞けば、この体操教室は、若い人たちのエアロビックスや新体操のようなものではなく、屈伸や跳躍、指圧など体の機能調整のようなもの?らしい。それを女性の先生の下で、ご婦人たちがゲーム感覚でやるのだそうだ。「2時間、3時間、それをやっている時はきつく、汗だくになるけれども、後がスッキリするのよ」。女房は、いつもそんなことを言う。



そんな体操教室だからか受講者は年齢の高いご婦人ばかりらしい。何事にも飽きやすい女房が10年前後も続けているのだから、それなりの効果を実感しているのだろう。



 

私も職場をリタイアして今の田舎の実家に戻る前の数年間、それまでの住まいがあった甲府で何年かスイミングプールに通ったことがある。634歳の頃で、狙いはダイエット。泳ぎもさることながら、プールの中を歩く有酸素運動?である。足腰などに負荷をかけ、減量を図ろうというものだ。25mのプールを40分ぐらい懸命に歩き、2300mぐらい泳いだあと、ジャグジンの温泉風呂でくつろいで帰るコースであった。


プール

 その頃は、足腰の衰えなど全く実感しなかった。それから10年ちょっと。あっちこっちに故障が。60の半ばと比べ、ウソのように体が傷んで来る。女房の「どっこいしょ」が、その前兆であって欲しくない。




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ブログは肝臓の良薬?

パソコン


 六十の手習いならぬ六十五の手習い。遅蒔きながらパソコンを覚えて12年。親しい友に«おだてられ»てブログを始めたのが10年ちょっと前。そのパソコンやブログが今は、私にとって欠くことの出来ない存在になった。




 朝起きて第一にやるのはパソコンを開くこと。前の晩のメールを確認した後、ブログを開く。訪問者のブログを読ませていただくのだ。その内容は共感したり、感動させられるものばかり。その日の何気ない出来事をさりげなく綴ったものもあれば、野鳥やその時々の花を紹介しているものも。見事なカメラワークとシャッターチャンスで捉えた写真は、朝を一層爽やかにしてくれるのだ。



 政権の在り様をこっぴどく批判してやまない硬派のブログもあれば、シリーズで我が国の歴史をズームアップして解説してくれるブログもある。コラムニストよろしく小気味よく?世相を切って見せるブログも。勉強させられることがいっぱいだ。愛犬、愛猫のブログも少なくない。そこからは我が子のように可愛がっている飼い主の日常がいやが上にも伝わって来る。音楽や読書、釣りなど多岐にわたる趣味…。女性らしい美容やファッションについてのブログも。競馬は予想や結果を解説してくれる。




 職場をリタイアした後、毎週末のように、石和温泉郷の一角にある場外馬券場に通い詰めた。«遅ボケ»の競馬だ。女房には嫌がられたが、「やると決めたら、とことんやるさ」とばかりアホなこともした。同じ類。同級生で、勝沼のブドウ作りの篤農家や郵便局長さんもいた。でも今はやっぱり«足»を洗ったらしい。それが証拠に酒の席でも、そんな話は出ない。


競馬


 勝負事など総じて遊びは熱病にも似ていて、それが覚めると「そんなこともあったなあ~」と思うから不思議。懐かしい競馬に関わるブログを拝見しても「昔の虫」が起き上がらない。そんな男のロマン?や心の変化は、女房には分かるはずがない。




 毎日、お出でいただくブログを拝見するのは、むろん時間がかかる。朝と夜に結構、時間を分けて読ませていただくのだが、二日がかりになってしまうこともしばしばだ。




 「お父さんはタブレット端末で遊ぶチビちゃんと同じで、パソコンがいい玩具ね」




 台所で夕餉の片付けをしながら、タブレット端末のアニメに夢中の孫娘を横目にそんなことを言う。孫娘は、この4月で7歳になった。大人の眼からすれば、どうして、あんなにアニメに夢中になるのか分からない。いつの間にか操作の仕方を覚え、自分で探すのだ。




 考えてみれば、女房が言うように、自分だって幼い子供と同じようなものかも知れない。ひと頃までは、時間にかまわずに飲んでいた晩酌も今ではさっさと切り上げ、パソコンの前へ。当然のことながら、酒量も格段に減った。«上戸»とは、習慣で大きくもなれば小さくもなる。もちろん歳のせいもあるのだろうが、無尽会などの酒席でも。お蔭で、ひと頃は当たり前のようにあった二日酔いは最近、全くない。むろん、この数か月はコロナウイルス騒動で無尽会も、みんな中止だ。


パソコン


 我が«肝臓君»も楽をしているに違いない。肝臓にとってパソコン遊び?は良薬になっていることは確かだ。毎晩の晩酌のたびに「その位にしたら…」の女房のお小言も今ではウソのよう。代わりに「パソコンは目に悪いわよ」のお小言が。ことごとくのお小言。女房とはありがたい?ものだ。




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あなたは性善説?性悪説?

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 親が子供を虐待したり、果ては殺してしまう。反対に子供が親に暴力を振るったり、平気で殺す。先頃、死刑判決を受けた男は障害者施設で、入所者を手当たり次第に手にかけて大勢の尊い命を奪った。「障害者など、この世の中にいらない」。考えられない短絡的な動機だった。かなり前の話だが、殺人の動機を「人を殺してみたかった」と平然と言ってのける若者も。«動機なき»通り魔無差別殺人も後を絶たない。虐待の親を除けば、いずれも若者だ。




 一体、この世の中、どうなっているの?人間だったら誰だって首を傾げたくなる。意見の食い違いで、口論になり、場合によって殴り合いの喧嘩になることはある。でも、どこかで、理性が働く。それ以上やってはいけないと無意識のうちにもブレーキがかかるのだ。人間ならば、誰もが持ち合わせている真理。だから世の中の秩序が成り立ち、社会が回っているのだろう。




 昔は、と言ったら、懐古趣味に聞こえるかも知れないが、誰だって目に入れても痛くないはずの可愛い我が子を虐待し、ましてや殺したり、自分を産んでくれた親を殺すようなことはなかった。もしあったとすれば、自らも病弱で、年老いた親の介護に窮した挙句、ぎりぎりの選択として涙ながらに手をかけてしまうケースだ。もちろん、人を殺める行為を肯定出来るものではないが、同じ人間として一抹の同情は出来る。

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 「個」の尊重。この行き過ぎた結果が、時代背景にあるような気がしてならない。ひと頃流行った「自己虫」などと言う言葉は、その象徴と言えないか。もちろん、個の尊重が悪いということではない。むしろ、「個」を大事にすることによって人間一人一人が持つ計り知れない能力を引き出していく。全体という大枠でくくったら、それを潰してしまうことだってある。ただ「自己虫」の«繁殖»は何処かに原因が…。



 言ってみれば、世の中、その両方のバランスの上に成り立っている。世の中の全てに言えることだろうが、物事がバランスを崩した時、往々にして、あってはならないことを惹き起こす。いずれにせよ、教育は一歩間違うととんでもない方向に人間を導くことは確かだろう。




 人間性善説と性悪説というのがある。古く紀元前の中国で荀子が唱えたのが性悪説。孟子の性善説に対抗した説だそうだ。対抗というより、発展させたと言った方がいいのかも知れない。つまり、孟子は「人間の本質は生まれながらにして善」という。




 荀子が言う性悪説は、その反対。さてどちらが正しいのか。その答えはないのだろう。何故なら2000年以上も、これに答えを出した者はいないからだ。永遠に答えが出ない論争であり、答えのない論争なのだろう。

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 私は心情的には孟子の性善説かも。私たち人間の本性は、少なくとも生まれながらには「善」であって欲しいからだ。一方で、無邪気に遊ぶ孫娘を見ながら、人間、元々は我儘で、悪いことも辞さない、いわゆる「悪」の本性を持っているのではないか、と思うこともある。自らの欲求が満たされなければ泣きわめく。いたずらや、いじめもその一つ。無邪気と言えばそれまでだが…。そんな子供も成長と共にみんなが「善悪」をわきまえるのである。




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人間の運命

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 人間、歳を重ねれば、身体のあちこちに故障を生ずるのは、いわば必然。私のように普段、不養生な人間ほどそれが顕著で、お医者さんの診察券が年ごとに増える。虫歯や歯周病などの歯科、腰痛治療の整形外科、もう通院が長く、持病と言ってもいい心房細動の循環器内科…。最近では白内障の眼科や、頻尿で泌尿器科も加わった。頻尿は間違いなく高齢化現象だ。




 女房が見つけて来てくれたビニール製の診察券入れは保険証を含めて満杯。歯医者さんや泌尿器科のように開業医もあれば、心房細動や腰痛などの総合病院もある。この診察券、少ないうちは窓口で一枚ずつ出していたのだが、最近では、それが面倒になってケースごと丸投げする始末。受付嬢も、そんな開き直りを理解してか、笑って処理してくれている。

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 虫歯や歯周病など歯科の病は、治療してもらえば、すぐよくなる。痛い思いをして我慢していた自分がアホらしく思えることさえあるのだ。そんな経験をしたのは私だけではあるまい。ただ、限られた自分の歯が一本、また一本と消えて行くことだけは確か。ふと寂しい思いをする患者をよそに、歯医者さんは、こんなことを言う。





 「歯は人間にとってモノをかみ砕いて食べる機械。故障したり、役に立たなくなったら取り代えればいいんです。悪い歯を後生大事にしているのは意味のないこと。義歯にした方がよっぽど合理的。もっと言えば、総入れ歯の方がずっと具合がいいんです」





 「他人(ひと)のことだと思って…」と一瞬思うのだが、確かにそうかも知れない。



 しかし、心房細動(不整脈)や腰痛はそうはいかない。心臓を取り換える訳にはいかないし、腰の骨だってそうだ。そんな病だって治療はピンからキリまで。医学の進歩で、かつては手術に困難を極めた疾病でも簡単な手術で完治するケースだって珍しくなくなった。

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 心房細動。いかめしい病名だが、何のことはない。心臓の血管が局所的に細くなり、血液の流れを阻害する疾患だ。正常な心臓は規則正しく脈を打ち、弛むことなく全身に血液を送ってくれるのだが、そのパイプが痛んで、細くなっているから勢い、血液の流れを悪くし、正常なリズムを損ねる。いわゆる不整脈の現象を起こすのである。





 血液は空気に触れたり、一定のリズムで流れていないと凝固する。その血液の塊・血栓が心臓に飛びつけば心筋梗塞、脳に飛びつけば脳梗塞を発症するのだそうだ。その治療は今では簡単に出来るようになった。足や腕の付け根から動脈にカテーテル(管)を入れて、心臓の細くなった血管にバルーンを。生死を分けかねない心臓切開手術は昔のこと。今は全身麻酔もなく、しかも患者にライブの映像画面を見せながら、2時間前後で手術を済ましてしまうのだという。





 「だったら、お前もその手術を受ければいいじゃないか」



 誰もがそう仰るに違ない。そこに人間の運、不運が。主治医によれば、私の場合「欠陥部分が今の医療技術だと手術が困難な所にあって、その成功確率は70%。つまり30%のリスクを承知で手術は出来ない」のだという。





 主治医は言う。「血液がサラサラになる、この薬を飲み続けて下さい」。万一、薬が効かなくなったらオレはアウト?それはないよ…。でも、遺伝なのか親父も心筋梗塞を発症、70歳台半ばで逝った。人間ドックが今のように普及していなかった親父の世代。心房細動などという疾病すら一般的に知られていなかったに違いない。





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タンポポの花

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 コロナ、コロナで大騒ぎしている人間どもをよそに自然界は新緑から青葉の季節へと着実に移行しつつある。窓越しの富士山も、どんどん雪化粧を落として、筋状に青く地肌を見せ始めた。雪解けと残雪がもたらす「農鳥」が今年も姿を現して、ほぼいつもの年のリズムで夏へのステップを進めている。先頃は遠く沖縄地方からは梅雨入りの便りが。




 庭先のツツジは、いつの間にか花を落とし、サツキへのバトンタッチを待つ。真っ白い大小の花の競演を見せてくれたコテマリとオオテマリは一足早くコテマリが茶色く顔色を変えて、オオテマリに後を託した。その脇では真っ赤な薔薇が順繰りに花を付ける。薔薇の種類は豊富で、赤もあれば、白や黄色、ピンクも。ビロードもある。多彩な表情を見せる一方で、鋭いトゲを持ちながらも人に愛される、こんな花は他にあるまい。


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 世界中を混乱のるつぼに叩きこんだコロナウイルス騒動は別としても、日常、ことある度に一喜一憂する人間。泣いたり笑ったり、時には些細なことで罵り合いまでして見せる人間どもと違って、自然界は全てに動じることなく、泰然自若を貫くのである。ウイルス一つで、世界中の人間が慌てふためき、それが原因で猜疑心を呼び、犯罪まで惹き起こす愚かな人間どもを尻目に自然界は、まさに«他人(ひと)事»とばかり、ものともしないのだ。




 そんな自然界の片隅で、短い春を謳歌して来たタンポポ。黄色い花びらをすっかり散らして、白いダウンのような種を付けている。ちょっとした風にも舞い、人知れずどこかに飛んでいく。その行く先は風の向くまま。落ちた先が新たな子孫繁栄の出発点になるのだ。

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 桜やツツジ、サツキ、バラ、チューリップ、コテマリやオオテマリ…。確実に、その折々に存在感を放つ花々と違って、タンポポは極めて控えめな花だ。植え込みの樹々のさもない根元や畑の淵、野辺の片隅で、ひっそりと花開き、やがては風に舞って跡形もなく消える。




 そんな地味な花なのに、タンポポを知らない人はいない。田舎暮らしだとか、都会暮らしに関係なく、何故かタンポポは人の心を捉え続ける花なのだ。私の場合、田舎生まれだから、小学校の帰り道でもタンポポの花を摘んで遊んだ。道から逸れて桑の実を食べたりするのと同じ。そこには男の子、女の子の区別もなかった。わんぱく小僧をも惹きつけるのである。




 実は、そのタンポポに«異変»が起きて久しいことをご存知か。在来種の日本タンポポが姿を消して、西洋タンポポに代わっているのである。少なくとも果樹地帯のこの辺りでは日本タンポポはお目に掛かれない。茎が短く、いかにも控えめなタイプの日本タンポポに対し、西洋タンポポは茎が長く、花も含めて全体的に大柄。葉っぱのギザギザも顕著で、見るからに逞しい。




 日本タンポポから西洋タンポポへのチェンジは農薬のなせる業に他ならない。農薬(除草剤)によって駆逐され、輸入肥料や飼料に交じって持ち込まれた逞しい外来種にその座を奪われたのである。強いものだけが生き残る。これが自然界の掟なのだ。コロナウイルス一つで世界中が右往左往する人間界を、したたかな自然界は、あざ笑っているに違いない。アメリカなのかヨーロッパなのか知らないが、外国からやって来たタンポポはしたたかだ。




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パソコンに向かっている時間

 机に向かっている時間、正確にはパソコンに向かっている時間と言うべきなのだろうが、そんな時間が長くなった。


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 「お父さん、子どもの頃から、これほど熱心に机に向かえば、さぞかし、今頃は博士か大臣か、でしょうね」


 近くでわたしの晩酌の後片付けをしていた女房が、皮肉混じりにこんな軽口を叩いた。



 「お前、俺の子どもの頃なんてよく分かるじゃあないか」



 「分かるわよ。もう50年も夫婦、やっているんですもの。お父さんがそんなに勉強しなかったことぐらいお見通しよ」


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 確かにそうだ。パソコンを覚えて14~5年。特に、このブログを始めて10年以上。暇さえあれば机に向かっている。自分でも不思議に思うくらいだ。コロナウイルス感染症騒動で外出の機会を失ったこの数か月は特に顕著だ。インターネットはおろか、パソコンすら触ろうとしない仲間達は「歳とって、そんな肩の凝ることを・・・。第一、目に悪いよ」と、笑うのだが、とにかく惹かれるのである。




 肩が凝るのは今に始まったことではないから、このパソコンが原因じゃあない。もう一つの目もくたびれない。夜、遅くなっても、案外、眠くならないのである。言葉には出さないが、女房が言うように、子どものころこれほど熱心に机に向かっていたら、俺の人生が変わっていたのではと、正直思う。


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 考えてみれば、子どもの頃、こんなに意欲的に机に向かったことも、いわんや勉強したこともなかった。女房の言う通りだ。今の教育ママと違って、親達もたくさんの子どもを抱え、生活そのものも楽ではなかったからか、子ども達にそれほど「勉強しろ」などと言わなかった。そんな暇もなかったのだろう。それが幸か不幸か・・・。



 宿題をしていかないと明日、先生から怒られるので、仕方なく机に向かうのだが、これまた昼間の遊び疲れで、すぐに眠くなるのだ。そんな事を繰り返しながら中学、高校へ。3年生になる頃になって大学受験を意識して「これじゃあ困る」と、自覚?にも似た心境になるのだが、その体質が一夜に変わるはずもない。面白くないから、また居眠りだ。




 ところがどうだ。これまでだらだらと飲んでいて女房から嫌がられた晩酌も、さっと切り上げて机に向かうし、お酒を飲んで午前様で帰っても一度はパソコンに向かう。メールやブログを開き、留守中の訪問者にコメントを返すのだ。



 「お父さん、今何時だと思っていらっしゃるの。眠れないじゃない。早く電気消して、寝てくださいよ」



 女房がうるさいから、仕方なく止めるのだが、このうるさいヤツがいなかったら・・・。



 何事にも言えることだろうが、興味を持つということは恐ろしいものだ。矢印マークやハンドマークを動かしては手当たり次第にクリック、そこにまた「へえ~」と思える発見が。ブログ記事のカット写真を作るため、デジカメも持ち歩くようになった。若い頃、仕事にも使ったアナログのカメラは押入れの中だ。レンズの先の視点も変わった。




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薀蓄のある言葉

 「いればうるさい、でも、いなきゃ寂しい」
女房のさりげない一言だが、言い得て妙。大げさだが、薀蓄すら感ずる。亭主とは、また、夫婦とは、よく考えてみればそんなものかもしれない。

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 この言葉は、今は家を空けることなど以前と比べればめっきり少なくなったのだが、それでも仲間との一泊二日、二泊三日の小旅行、飲酒運転が出来ないので宿泊形式でする忘年会や新年会、それに、今こそなくなったが、徹夜マージャン、そんな時の女房のちょっとした台詞だ。むろん、コロナウイルス禍の今、旅行もなければ、同級会などもない。




 若い頃というか、サラリーマン現役時代は、そんな蘊蓄めいた事を言ったり、ましてや感心したりしている心の余裕や暇はなかった。朝起きれば決まった時間には家を飛び出し、帰宅する夜も遅い。時には午前様だって珍しくない。それが当たり前だから、正直言って家も女房も省みたことはほとんどなかった。


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 仕事が終われば、仲間と居酒屋へ。仕事をめぐって青臭い議論もすれば、上司や先輩を酒の肴に愚痴も言う。はしごの先に行き着くところはマージャン荘。そこから先はお決まりの午前様。家で待っている女房達はともかく、自分たちにとっては格好のストレス解消策だった。そんな事を繰り返していても疲れなかったし、逆に生き生きしてさえいた。もちろん、振り子のような規則正しい人間もいないわけではない。が、そんなバカなサラリーマンが多かったことも事実。

サラリーマン
 こんなことを言ったら世のお父さん、お母さんから白い目で見られ、ひんしゅくを買うかもしれないが、ここで白状すれば、一人娘が顔を見るたびに、大きくなるのがよく分かった。仕事柄、朝や昼、夜が不規則だから、幼い娘の顔を見ることが少なかったからだ。娘側から見れば、私は時々来るどこかのおじさんみたいなものだったのかもしれない。
子供
 こんな事があった。娘が幼稚園の頃だっただろうか。ある日曜日、娘が友達の家に行ったら、そこには、お友達のお父さんがいて、子ども達と一緒に犬小屋を作り、一緒にインスタントラーメンを食べた。それが、うちの娘にはびっくりするほど特別の事に映ったのだろう。家に帰った娘は母親である女房にそのことを話したという。




 ハッとした。これじゃあいけない、と思った。それからは、時間を見つけては少なからず娘と遊ぶことを心掛けた。休みをやりくりして海にも行った運動会幼稚園の父親参観にも顔を出してやった。その時の、娘の嬉しそうな顔を今でも忘れられない。その娘が今では、このブログ作りやパソコンの先生の一人である。その子、つまり孫はそのころの娘の年齢を超え、小学一年生だ。




 夢中と言ったら大げさかもしれないが、そんな若かりし時期、女房だって「いればうるさい、いなきゃ寂しい」なんて、感傷的なことを言っている暇もなければ、余裕もなかっただろう。そうとは思いたくないが、歳をとった証拠かもしれない。それにしても、夫婦とは空気のようでいて、空気ではない妙なものである。

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パソコンの落とし穴

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 「足コメありがとう。しかし、随分と上から目線での物言いですねえ。年長者でも、使っていい言葉と、そうでない言葉がありますよ。お気をつけ下さい」




 これは、もう何年か前のことだが、私が自分のブログにおいで頂いた方に書かせていただいた、足あとコメントの返事だ。一瞬、ドキッとした。明らかに叱責だ。抗議でもある。何か失礼なことを書いてしまったのだろうか。いや、そんなことはない。見ず知らずの方だから、失礼にならないようにコメントを書かせていただいたはずだ。

マウス



 すぐに私が書いたコメントを見てみた。結論から言おう。とんでもない変換ミスをしていたのである。恥をしのんで、お叱りを招いたコメントの内容を掲載してみる。




 「(前略)よくいらっしゃいました。私は山梨の田舎ですから、子どもの頃、大きなウサギ小屋を作って何匹ものウサギを飼ったことがあります。そんな時代を懐かしく思い起こしました。(中略)こちらからも、または意見しに伺います




 (前略)の部分では相手方のブログを読ませていただいた感想を、また(中略)の部分では山梨の近況を書かせていただいた。お叱りを頂いた「随分と上から目線での物言い」は、最後の部分だった。自分では「こちらからも、また(ブログを)拝見しに伺います」と書いたつもりが「こちらからも、または意見しに伺います」になってしまったのだ。




 つまり、変換ミスで「また拝見しに・・・」が「または意見しに・・・」に。ブログを拝見させて頂くのではなく、意見をしに行くことになってしまったのだから、まったくの、大きなお世話で、お怒りになるのも当たり前。




 「拝見」と「は意見」。一字違いで意味がまったく異なってしまう。パソコンほど利口者はいない、と思っていたら、とんだ落とし穴が潜んでいたのである。変換ミスをご理解頂ければ、何の事はない、笑い話のような話だが、このパソコンのいたずら、場合によっては人を傷つけたり、傷つけられたりするのだ。いつでも起こり得るから怖い。


キーボード


 助詞とか、接続詞との組み合わせから生ずる変換ミスばかりでなく、同異語の変換ミスもあるだろう。いわゆる、誤字、脱字の類なら「あいつ、バカだなあ」で済まされもするが、それによって文章の意味がまったく違ってしまったら、場合によって「ごめんなさい」では済まされない。大抵の変換ミスは文脈を乱して、意味が分からなくなるからいい。しかし、私のご粗末のように、よく見れば一字、不自然な「は」が入ってはいるものの、全体では意味を違えて読み下してしまえるから始末が悪い。




 手書きの文字だったら、こんな間違いや、そこから生ずるトラブルはまずなかった。あっても「あいつ、また、こんな誤字を書いて・・・」と笑われるくらいで済んだ。そういう自分だって、それをしかねないから、目で笑って終わりだ。

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 しかし、パソコンというヤツは時に、アナログ人間を狙い撃ちにして落とし穴にはめる。キーを叩き損ねて、また打ち直す。変換ミスどころか、そんな悪戦苦闘をしているのだから困ったものだ。パソコン様、くわばら、くわばらである。



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気まぐれな石楠花

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 庭先のシャクヤク(石楠花)が、いくつもの花を付けた。直径20cmぐらいはあるだろうか。淡いピンクの大きな花だ。我が家のシャクナゲはもう古木。親父が生前、植えたものだから、少なくとも40年以上は経つのだろう。



 なのに、これまで花を見たことがなかった。職場をリタイアして、ここ実家に戻って10数年。身体も心も花を愛でるぐらいの余裕は出来たはずだが…。モノの本によれば、シャクナゲは暑さに弱い植物だという。このところ毎年のように続く夏の猛暑が影響しているのではないかと、勝手に思ったりした。

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 ツツジ科のツツジ属。原産は中国だという。夏の暑さに弱いのも原種は高山に自生するため。しかし、園芸用の改良品種はどんどん開発されていて、今では世界で5000種を超すシャクナゲが栽培されているのだそうだ。そう考えると、我が家のシャクナゲは改良前の極めて古い品種ということか。そればかりではなく、シャクナゲは毎年咲かない花らしい。




 丁度、今頃の季節。ワラビやウドなどの山菜採りで近くの里山を飛び歩いた子供の頃、時々、野生のシャクナゲの花を見た。ポピュラーな山ツツジや山桜と違ってシャクナゲの花は、子供心に、なんとも神秘的に映ったものだ。

石楠花  


 中学生時代の同級生が、このワラビと冷凍にした稚鮎を持って来てくれた。ワラビは奥さんが友達と一緒に山に出かけ、採って来たものだという。「オレ?もう、山を飛び歩くのはきついよ」。コロナウイルス感染症予防を気遣って家の中に入るのをためらった友を居間に誘い、茶飲み話にひと時の花を咲かせた。




 この男、趣味は多彩。釣りもやれば山菜採りもする。花卉園芸にも興味を持ち、何年か前には立派な月下美人の鉢植えをいただいたこともある。体もしっかりしていて、若い頃から続けて来た柔道は六段。今では指導的な立場にあって、締める帯も白や黒ではなく、珍しい「紅白」の帯だ。釣りだって半端ではない。そんな男だから地域漁協の役員も長年勤めた。




 言ってみれば、山や川は自分の庭みたいなもの。ワラビに限らず、タラの芽やコシアブラなどを採っては食べさせてくれるのだ。タラの芽やコシアブラは天ぷらがいい。コシアブラは酢漬けにしても美味い。酒の肴にはうってつけだ。




 去年までは、いつものように山菜採りで山を飛び歩いていたこの男も、どうやら歳には勝てないらしい。同い年なのに私は、とっくに脱落である。この男、釣りはまだ現役。アユの稚魚は、今年も富士川の下流で今年も釣って来たものだ。そこは山梨の県境を越えた静岡分。遡上する天然のアユの稚魚である。知る人ぞ知る稚鮎釣りの«穴場»は、川の構造からそれ以上の上流への遡上が出来ずに稚魚が«プール»している所だという。




 「稚魚は餌釣りをするんだよ」。そう教わったのは数年前のこと。目から鱗だった。鮎は「友釣り」が一般的。餌釣りは出来ない魚とばかり思っていたからだ。川虫など餌は一切食べず、食べるのは川底の石などに張り付いている水苔だけ。だから、はらわたはきれいで、人は鮎を丸ごと食べる。同じ川魚でもヤマメやアマゴは空中を舞う虫なぢ何でも食う。アユの稚魚が何故、餌を食べ、成魚になると何故食べないのかは、この男も知らないらしい。シャクナゲの花が気まぐれで、毎年花を付けない理由は聞き損ねた。





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カラスと女房

ネコ


 「お父さんねえ、カラスだけはいじめない方がいいわよ。しっぺ返しが怖いんだって…」
何処で聞いて来たのかは知らないが、女房は真顔で、そんなことを言う。





 いつも裏庭の駐車場の隅っこに置いてやる猫の餌を横取りする2羽のカラスを横目にしながらの話だ。カラスは他の小鳥にはない「何か」を持っていることは確か。




  「バカ言え。追っ払わないとミー(猫)が可哀そうじゃないか」


 「ダメよ。ミーには、また後で(餌を)やればいいじゃないの…」




 カラスは他の小鳥と違って獰猛だ。知恵もある。猫の一匹や二匹、押しのけてでも我がもの顔で餌を横取りする。意気地がないもので、当の猫はカラスの横暴を「指をくわえて」遠巻きに見ているだけ。「こん畜生」。判官びいきで咄嗟に追い払おうとするのだが…。

ねこ2


 知り合いが、カラスなどの鳥獣被害について、こんなことを話してくれたことがある。


 「シカやイノシシはいいが、カラスとサルだけは、どうにも手の施しようがない」


 シカやイノシシの場合は、有刺鉄線や電流柵で防ぐことが出来るが、知恵があるカラスやサルにはそれが通用しないという。特にカラスは種蒔きをするのを上から見ていて、後からみんなほじくってしまう。作物が実れば、片っ端から食い荒らすのだそうだ。「自家製の野菜を全てハウス栽培に頼るわけにも行かないし…」。頭を抱える。




 この方のお住まいは県境の町・山梨市三富町。すぐ隣は埼玉県の秩父地方。いわゆる奥秩父の一角である。県境の町と言っても我が家から10数㌔。地図の上では牧丘町をはさんで、いわば、目と鼻の先だ。平成の合併で山梨市と一緒になる前の三富村の収入役を務めていた。のちに人権擁護委員をご一緒して親しくさせていただいた間柄である。




 役場の現役当時は、この鳥獣対策に本気で取り組んだだろうことは言うまでもない。でも、そこには動物愛護の建前との板挟みもあって限界が。今では成すすべがなく、お手上げ状態だという。「今や«共存共栄»ですよ」。諦めきっている。




 私たちが住む、この地域だって決してよそ事ではない。シカやイノシシは既に勢力範囲を広げて我が地域にも来ているし、サルがやって来るのも時間の問題だろう。カラスはとっくからのさばっている。何故か、カラスの天敵?である鷹やトンビはほとんど見かけなくなった。以前は大空をぐるりと輪を描いて舞い、そうかと思えば急降下。餌を捕るトンビが姿を消してカラスは今や我がもの顔。気のせいか、そのカラスが最近とみに増えた。




 そこのけ、そこのけ。横暴ガラスを指をくわえて観ているしかない我が家のミーは、実を言うと10数年前から住み着いている野良猫。女房は毎日三度、三度のメシであるキャッツフードを買い込むのはむろん、動物病院に連れて行って去勢手術を施しもした。毎朝、夜が明ける頃になると勝手口に来てニャン、ニャン餌を求めるのだ。




 私が畑で仕事をしていると、近くで寝転んだり、転がったり…。可愛い。何時しか、野良と話をしている自分がいた。女房が言う「カラスのしっぺ返し」とは、どんなものか知らないが、我が家の野良は知っているのかも。今日も餌をカラスに横取りされているのだ。




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叱らない?大人たち

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テレビ東京HPより


 テレビで「三匹のおっさん」というドラマを見た。仲良し三人組の「おっさん」が街の不良どもを身体を張って叱るのだ。不良と言っても、実は反抗期の若者たち。「子供たちの脱線を、観て観ぬふりは出来ない」とばかり「おっさん」たちは、乱暴な子供たちと真正面から向き合う。体力的には若者たちにかなわないのだが、「おっさん」たちの心意気は通じた。




 この「おっさん」たちの振る舞いに何故か感動にも似たものを覚えた。私たち大人は「叱る」ことをいつの間にか忘れてしまった。「昔は」と言ったら、また懐古趣味に聞こえるかも知れないが、子供が悪いことをすれば、親ばかりではなく、近所の大人たちや通りすがりの大人ですら叱った。叱られる側の子供達だって、当然とまでは思わなかったにしても、それなりに納得した。叱られたことが大人になって懐かしい思い出だったりすることもある。




 いつの世の子供だって心の片隅では大方の善悪の区別はついている。でも、調子に乗っていたずらをしたり、粋がった反抗心から善悪をはき違えて行動することだってある。それを「良し」とするものではないが、子供とはそんなものであり、むしろ、それでいい、とさえ思う。「反抗期」という言葉が示すように親や大人たちに意味もなく抵抗したり、反抗してみたくなる時期だってある。私たち大人が自らも通って来た道かも知れない。




 子供を叱らなくなった親…。その一方で、「モンスターピアレント」が生まれた。自分の子供が学校で先生からゲンコツでも食おうものなら大変。学校に押し込んで猛烈な抗議をするのだ。モンスターピアレントに閉口し、先生たちも子供たちを叱らなくなる。近所のオヤジも同じ。こんなパターンは今や当たり前になりつつある。




 それどころか、「パワハラ」という言葉が、それを後押し。まるで水戸黄門の印籠のように威力を発揮するのである。小学校や中学校の日常に限らず、高校や大学の運動部にまで波及。マスコミの「後押し」も手伝って監督は血祭りに挙げられたりもする。監督さんに同情したくもなる。いわゆる親心や「愛のムチ」とみるのは間違いか。可愛い選手をもっと、もっと伸ばしてやりたい。チームを強くしたい。そんな情熱の発露ではないのか。




 でも、そんな情緒的な見方は、今は通用しないらしい。文部科学省や都道府県、市町村の教育委員会は「暴力」という名の下に子供たちに「手を挙げる」こと自体を厳に戒めている。「暴力」は悪いに決まっている。でも、そこには「教育的な指導」は存在しないのか。先生の「ゲンコツ」は全て体罰なのか。怖いのは指導的な立場にある教師に子供たちを叱ることを放棄させてしまうことだ。

三匹のおっさん2


 統計では、少子化は世代が変わるごとに進み、今や2人を大きく割り込んでいる。平均ではどの家庭にも1・25人ぐらいしか子供がいない。一方で教育への投資は増える。一見「いい子、いい子」で、親からも先生からも、ましてや周りの「おっさん」からも叱られずに大きくなる。叱るのではなく褒めるのが「教育」だそうだ。きっと次の世代には叱る親も、先生も近所のオヤジもいなくなる。テレビの「三匹のおっさん」は、そんな世の中の風潮に警鐘を鳴らしているようにも見えた。子供はわんぱくでいい。叱られて大きくなるのだと…。




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巣作りも鉄筋?

鳥の巣


 あれは何だろう?


 暇つぶしに読んでいた本から目を離して窓越しに外を眺めたら、植え込みの向こうに立つ電柱のてっぺんで、2羽の小鳥が何やらせわし気に行ったり来たり。どうやら、巣作りのようだ。藁屑のようなものをいっぱい貯め込んで、その屑の塊は、上から下へ4~50㎝ぐらいのところまで膨らみを見せていた。小鳥は産卵の季節なのだろうか。


鳥の巣2


 考えてみたら巣作りの素材は、やっぱり藁屑ではないらしい。一昔前なら、いざ知らず、この辺りは、それまでの米麦、養蚕からブドウやモモ、スモモ、サクランボなど果樹地帯に変貌を遂げて久しい。藁など、一本たりともお目に掛かれない。だから素材は、あちこちにある何でも使うらしい。針金も、その一つ。今や小鳥の巣も「鉄筋」なのである。




 ブドウ園には針金は欠かせない。ブドウの棚に張り巡らすアレだ。果樹地帯ならではの素材だ。小鳥たちは、農家が時として残しかねないブドウ棚用の針金の切れ端をも見逃さない。一方で、この針金の切れ端が、停電の原因になることもしばしばだという。

鳥の巣3


 いつか、東京電力の知り合いが、こんなことを話してくれたことがある。


 「私たち、分かり易く言えば電線を管理する部署の人間にとってカラスなど小鳥は、いわば天敵なのです。針金など紐状の金属で電柱に巣作りしたり、それを咥えて運ぶ途中、電線にとまり、そのことが原因でショート、停電を起こして私たちの生活を混乱させるのです」




 小鳥が巣作りした電柱は庭の植え込みを挟んで5~60m先。高さ15m前後のコンクリート製の円柱である。電線は2段になっていて我が家はむろん、付近の家庭に配線されている。巣作りの様子を知りたいのだが、わざわざ見に行くのも面倒。机の脇に転がっていたデジタルカメラ(望遠)で覗いてみた。ものぐさ人間のなせる業。十分に分かるはずがない。

鳥の巣5


 巣作りをしているのは2羽。恐らく番の夫婦だろう。大きめの鳥だ。カラスのようにも見えるのだが分からない。私が毎日のようにお邪魔するブログの主・country walkerさんなら一目見るだけで何の鳥かすぐに分かるだろう。country walkerさんは毎日、小鳥の写真を紹介している。いずれも見事なシャッターチャンスで捉えたキレのある写真。その種類は多岐にわたる。




 私は数ある生きものの写真の中で小鳥ほど難しい被写体はないとさえ思っている。窓辺の机で、こうしてパソコンを叩いたり、本を読んでいて、ふと庭先に見る小鳥。植え込みを飛び回る、そのさまは、いかにもせっかちで落ち着かない。1秒たりとも羽を休めないのだ。羽を休めることがあるとすれば、電線に2羽、3羽ととまる雀ぐらいのもの。そんな意味で
country walker さんのブログを拝見する度に被写体に立ち向かう執念のようなものを感じ取りもするのである。ズボラ人間には絶対に真似の出来る技ではない。





 庭先にやって来る小鳥をよく見ると、みんな2羽ずつ。夫婦仲良く植え込みの木から木へ、枝から枝へと飛び回っている。その種類は多く、10種、20種にも及ぶ。そんなことに気付いたのも暇人になった証拠。でも、その種類となると、全く分からない。分かるのはスズメとカラス、ハトぐらいのものだ。country walkerさんが羨ましい。 




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ツツジと祭り

ツツジ


 毎年、5月の声と共にツツジが花開く。我が家の庭先でもツツジが咲き始めた。色鮮やかな赤もあれば、淡いピンクもある。周囲の新緑といかにもマッチし、小気味のいいアクセントを醸し出すのだ。あと一か月もすれば、このツツジの後を追ってサツキが咲き始める。むろん、ツツジは花を散らして、サツキに後を譲るのである。


ツツジ3  


 我が家から、そう遠くない所に「大石神社」という名の神社があって、社(やしろ)に上る石段の両側にはたくさんのツツジが群生。時季になると一帯は見事なツツジの花で埋まる。神社の例大祭は5月5日。子供の日でもある。私が子供の頃、つまり、60年、70年前のことだが、神社の鳥居付近には綿菓子やおでん、ヨーヨー、金魚すくいなどの屋台が並んで、祭りをいやが上にも盛り上げるのである。
  大石神社
大石神社


 一方で、鳥居に近い傾斜地の一番下には特設の芝居小屋が出来て、祭り客は一面に咲き誇るツツジと共に演芸のひと時を楽しむのだ。演ずるのは村の青年団。三度笠やカッパ(合羽)姿の「旅がらす」を演じて見せる時代劇やスマートな水兵さんのマドロス姿もあって、その一幕、一幕に村人は拍手喝采する。ツツジが群生する境内の傾斜地は格好の観客席になるのである。




 社がある小さな山の上には、社を囲むように、それは大きな石があって、神社の威厳を高めているようにも見える。石の大きさはいずれも周囲30mぐらいはある。「大石神社」の名前の由来も、そこにあるのだろう。アマチュアのロッククライマーは、この大石を見逃さない。専門誌にも取り上げられるせいか、一年を通じて愛好者が集まって来る。




 山の下・神社の鳥居近くの広場には、いつも何台もの車が並ぶ。品川、足立など東京ナンバーのほか、埼玉や千葉、神奈川などのナンバーもある。車には岩の下に敷くマットなどロッククライミングの練習に欠かせない「装備」を積み込んでいる。「東京から100キロ圏。しかも平地にある小山だから、手軽に行くことが出来る«穴場»なのです」。フアンは、そんなことをいう。




 私は、東京など県外から我が家に来てくれるお客さんを、しばしば、この大石神社にお連れする。お客さんが決まって口にするのは「どうして、こんな山の上に、こんな大きな石があるの?」だ。そんな時、私は「昔、この村には、それは、それは、とんでもない力持ちがいて、この石を下から投げ上げたのです。天の岩戸伝説のタジカラオウノミコトより力持ちだったんです」と、真面目顔で話してやる。お客さんは半信半疑で聞いている。むろん作り話。理屈は極めて簡単。地球の草創期、隆起現象がもたらした遺産に過ぎない。

つつじ0


 ツツジの管理は地域ぐるみでやっている。花が散る5月下旬には地域の有志が草刈りをしたり、剪定もする。枯れるものがあれば、補植もする。しかし、祭りは確実に衰退。祭りの演出に一役買った屋台も影を潜めた。コロナウイルスの影響ではない。時代の趨勢と言っていい。どこの祭りも少なからず同じだ。祭りに花を添えた芝居小屋は言わずもがな。それどころか青年団は跡形もなくなった。ツツジと共に楽しんだ祭りは、今は昔の話である。

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ジャガイモの種蒔き

じゃがいも


 ジャガイモが芽を出した。芽というより、もう葉っぱという方がいい。周囲の新緑と歩調を合わせるかのように日に日に、その緑を増していく。




 我が家では毎年、彼岸に種蒔きをする。


 「お父さん、もうジャガイモの種を蒔かないと遅くなるわよ」


 女房も今では、その時季を覚えていて彼岸が来ると「のんびり屋」の私のお尻を押すのである。種芋は黙っていても昨年暮れのうちに注文で確保しておいてくれるのだ。この辺りでは、ありがたいことに農協が回覧板で注文を取ってくれる。




 その量は毎年、決まって5㌔。種芋の5㌔は10倍にも20倍にも増える。夫婦二人暮らしでは食べきれるはずがない。甲府に住む娘夫婦と孫娘、女房の姉夫婦、それに親しい友に差し上げることを想定したものだ。玉葱やサトイモ、大根やキューウリ、ナス、トマトも同じである。田舎がゆえに幸か不幸か、作付けする畑には事欠かない。


じゃがいも2


 都会にお住まいの方はご存知ないかも知れないが、ジャガイモは、種芋を二つ、または三つに切って蒔き付けをする。大きいものなら三つ、小さいものは二つ切りにするのだ。発芽率が極めていい野菜だから、一芽だっていい。二芽残しは凍霜害を想定した、いわば「安全弁」。蒔き付けする時、切り口に灰を付けるのがコツ。腐ったり、病気を防ぐためだ。




 収穫は毎年、6月下旬から7月。あまり、のんびりしていたり、天気の悪い日に収穫すると腐り易いのもジャガイモの特性。ジャガイモの腐った匂いは鼻つまみものだ。兎に角、新ジャガは美味い。「探し堀り」といって本格収穫を前にしたジャガイモの味は一入だ。




 ジャガイモを追っかけるように先頃、サトイモも蒔いた。種芋は隣村に住む中学時代の同級生が毎年届けてくれる。種芋は、もう芽を出している。国鉄(現JR)を定年でリタイア、実家に戻って始めた農業だが、私のような生くら者と違って、しっかり者。主体の桃も、それは見事なものを作る。ジャガイモの種芋だって冬中、簡易のビニールハウスで、しっかりと管理、それを届けてくれるのだから、只々頭が下がる。




 一口にサトイモの種芋と言っても、厳密に言えば2種類。よく見ると、サトイモは芽が青白く、一方のトウノイモは赤みがかっている。芋自体もトウノイモの方がサトイモより大柄で、ゴツイ。成長すると、その違いは歴然で、サトイモの茎が緑色なのに対して、トウノイモは紅い。トウノイモは茎(つる)を食べる。そう。巻きずしの芯に使うアレだ。

サトイモ


 ジャガイモやサトイモに限らず、根菜類の野菜は総じて逞しい。サツマイモ、大根、ゴボウ、さらにはコカブに至るまで、全てに言えることだ。発芽率は100%と言っていい。サツマイモの場合は、種芋から切り取った苗(茎)を盛り土に挿しておくだけで時期には立派な芋を付けてくれる。




 逞しさは大根もしかりで、「ど根性大根」などという言葉もそこから来ているのだろう。時として都会の舗装道路の割れ目からも芽を出すのである。大根は殺菌作用が強くあたらない。「大根役者」の例えが、それだ。我が女房の「大根足」とは意味が違う。




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殺し文句

都会

 
         ※この記事は2009年5月に掲載したものです。今度のコロナ
         ウイルス騒動とスケールこそ違え、ちょっと似たところが。
         そんな意味で再掲載してみました。傍観者の意味ではあり
         ません。

 

 物騒なものの言いようだが「殺し文句」という言葉がある。ちょっとした事で議論になった時、往々にして楽観論と慎重論が交錯する。安全や安心に関わる事柄だったらなおさらだ。「そんなことで、大騒ぎしていたら、かえってパニックを招いたり、後に禍根を残す」という意見に対して出てくるのが「万一、間違いが起きたらどうする」という反論だ。




 この勝敗の帰趨は大方決まっている。この議論で勝つのはほとんどが慎重論だ。「一・・・」を強く言われれば、どんな人間であれ「絶対に大丈夫」と断言できないからだ。もちろん、その事柄によってだが、万一を主張されたら、どうにもならない。




 日本中をパニック寸前にまで追い込んだ新型の(豚)インフルエンザがそうだ。まるで日本中がインフルエンザに感染するような騒ぎになり、店頭という店頭からマスクが消えた。笑い話ではない。買い物など外に出ることが出来ないことを想定して、大量の水や食糧まで買い込んだ人もいるという。街ゆく人達はみんなマスクをかけ、異様な雰囲気を醸し出した。


エスカレーター

 幼稚園や保育園、小中学校、高校は相次いで休校策を取り、企業までも時差出勤や休業策をとる所も。一方、時あたかも修学旅行シーズンの学校は、相次いで計画を中止した。みんな「万一」だ。ここまで来ると人間、はたと考える。例えば、修学旅行での売り上げを当て込んでいた京都や奈良などのホテルや旅館、土産物屋さんはたまったものではない。




 こうした経済界に生きる方々だって所詮は人の子。政府やマスコミから連日、どかすかと流れる情報を目の当たりにすれば、インフルエンザが怖くないといったらウソになる。しかし、経済活動への影響が出始めて来ると話は別。得体の知れないインフルエンザ騒ぎにばかり震え上がっているわけにもいかない。当然の事ながら政府や自治体に「慎重な対処」という名の「圧力」をかける。




 政府だってこれを無視するわけにもいかない。これでもかというほど大量のニュースで「怖いインフルエンザ」のイメージを国民に焼き付けたマスコミも一転、今度は火消し役に。「怖い」を前提にニュースや番組を作ってきたマスコミは「冷静に」へと舵を切り、そこに登場する学者先生や評論家の先生方も、かつてのトーンと手のひらを返すのだ。ニュースはマスクから、元気に登校する子供たちをことさらにアップするのである。そして、あと何日かすると、インフルエンザの「イ」の字もなくなるのだ。俺たちは≪情報という名の魔物≫に踊らされたのか、勝手に踊ったのか・・・。


街

 慎重と過剰は、相反するようで、実は紙一重。必ずしも適当な例えではないかもしれないが、毎朝、毎晩、日常的にお目にかかる天気予報がそれだ。気象庁が発表する警報は、決まってオーバー気味。これだと、多少差し引いて受け止めればい。



                     
 正直言うと私はちょっと前、騒ぎの震源地・メキシコにいた。女房との旅行の途中だが、そこはいたって冷静だった。今度の騒ぎの根底には、万一を考えたお役人の事なかれ主義や保身術が潜んでいないいか。それがあったとしたら踊らされる国民は迷惑千万だ。今度の騒ぎで一番気の毒なのは犯人扱いされた感染者だろう。「たかが風邪」と言ったら、慎重派?に叱られるよね・・・。






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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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