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simple is best

 [Simple is best]。うまいことを言ったものだ。フレーズだって、まさにシンプル。この言葉は古今東西、普遍のような気がする。人間、単純であった方が何事にも分かり易い。しかし、これまた古今東西、単純に行かないのが人間であり、人間の世界かもしれない。

パソコン


 ここで言いたい「Simple is best」は、そんな小難しいことでも屁理屈でも何でもない。このブログをやっていて、つくづく思うことである。アナログ人間が遅ボケにパソコンを習い、インターネット、果てはブログにハマリ、パソコンに向かいながら痛感することなのだ。自ら記事を発信する一方で、人様の記事やメッセージを一人でも多く拝見させて頂く。このこと自体、当たり前なことだと思っている。




 ところが、目指すページがなかなか開かないのだ。「待機中」「不明なゾーン」。10秒、20秒ならまだいい。これが1分、2分となるとイライラするのだ。10分、20分、ましてや1時間、2時間を考えればわずかな時間だが、この待つ時間がなんと長いことか。「お前は気が短いんだよ」とお叱りを受けるかもしれないが、正直言ってうんざりするのである。


時計


 その時どうするか。おっしゃる通り、せっかち者だから、お目当てのページが開かれるのを待ちきれずに次ぎのステップに移ってしまうのだ。百歩譲って、それがまかり通ったとしても、その後にはツケが回って来るのである。




 それを繰り返すと結果的にパソコンがストレスを貯めてしまうのだ。アナログ人間が「ストレスを貯める」などと、分かったようなことを言うのは似合わないかもしれない。しかし経験から、それを繰り返していると必ず、パソコンはトラブルを起こすのだ。その時に、為すすべを知らないので、やることは一つ。再起動して振り出しから改めて手順を踏んでいくのだ。これがまた煩わしい。せっかち者の所以である。




 その原因をアナログ人間なりに考えた。「大きなお世話」とお叱りを受けるかもしれないが、ブログのベテラン、つまり、それへの知識と技術をお持ちの方に、トラブルの原因が多いようにお見受けした。高度なテクニックを施すものだから、コンピュータだって解析するための時間を要するのだろう。動画文字もその一つ。これは単なる私の経験則。シンプルな発信をしてくれるブログにトラブルは少ない。


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 他山の石。同じ轍は踏むまいと思っている自分も人様にご迷惑をかけているのではないかと思うことがある。私のブログは日常生活の中で見たもの、感じたものを文字と写真で綴っているエッセイ。素人なりに文字はともかく写真の多用は、それなりの負荷を招いているのではと思ったりする。事実、次ぎへのステップに時間がかかるようになった。




 私が住む山梨市は甲府盆地の東北部。山間部とはいかないまでも、それに近い。これもアナログ人間の経験則だが、お天気の悪い時の接続はよくない。科学的な根拠を持って言っているのではないのだが、雨の日などは極めて接続がよくないのだ。総じてこの世界に知識豊かな若い方々と反対に、一般的にアナログ層のブログの方がお訪ねの接続がし易い。Simple is bestである。発信する文章は読んで頂くもの、写真は見て頂くものだ。




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葡萄の種

ブドウ


 葡萄の種は気にならないが、西瓜の種は気になる。その反対もあるだろう。それを取り巻く習慣や生まれ、育ちなど環境の違いかもしれない。知人の一人に西瓜を食べる時、ダイナミックにかぶりつき、種まで飲み込んでしまう男がいた。西瓜の産地の人だった。私なんか、あのバラバラにある種がどうにも気になり、スプーンやフォークの先で予め取り除いてから食べるのだ。そんな時、西瓜に種がなかったらいいのになあ~、と正直思う。




 そんな自分はというと、葡萄の種なら平気。何の違和感もなく飲み込んでしまうのだ。甲府盆地の東北部に位置する、この辺りは「勝沼」を中心に古くから葡萄の産地。そんな環境に生まれたせいか、子供の頃から当たり前のように葡萄の粒を種ごと飲み込んだ。汚い話をして恐縮だが、その頃、この辺りはトイレの浄化槽も、ましてや下水道も整備されていなかったので、その種はトイレの槽の底に溜まるのだ。


ブドウ畑



 トイレの糞尿は溜まると「下肥」として野菜作りの肥料に。その頃は今のような少子化の時代と違って子供の数だって4人、5人は当たり前。大勢の家族が食べる葡萄は決して少なくない。必然的にそこに溜まる葡萄の種は半端ではないのだ。下肥の水分は当然、畑に沁み込む。畝(うね)にはその半端でない葡萄の種が残るのである。人間の胃袋を通って排泄された種は、綺麗に洗われてリアルな形で再び世に出てくるのだ。




 西瓜の種にも同じことが言えるのだろうが「葡萄の種をそのまま飲み込むと盲腸(虫垂炎)になる」と言った人がいた。生理学的にも医学的にもそんなことはないはず。もしそうだったら葡萄の種を飲み込んでしまう習慣があった山梨県人は、みんな盲腸になってしまっていることになる。


ブドウ畑2



 「葡萄に種なんかあるの?」。都会の消費者、特に種なし葡萄に慣らされた若い方々は首を傾げるに違いない。ジベレリンの開発と実用化は一部の品種を除いて葡萄の種なし化を可能にした。これは今に始まったものではなく、歴史は古い。この地方では、デラウエアー種に始まったジベレリン処理は巨峰、ピオーネなどの大房系の葡萄に到るまで幅広く取り入れられ、技術的にも完全に成功。今では種なしが当たり前になった。果肉が柔らかい甲州種を除けばほとんどの品種で、この技法は成功している。




 ジベレリン処理は種を抜くという画期的な技のほか果実の促成にも役立つ。2回に分けて行なうのだが、ポイントは処理の時期ジベレリン水溶液の濃度。どちらを間違えても失敗するのだ。当初、デラウエアー種で成功したこの手法は果樹試験場などの研究機関ばかりでなく、果樹栽培農家の試行錯誤が今の完全実用化をもたらした。


ブドウ2


 核、つまり種の周りに酸味が多いのが果実の特性。現代人はなぜか酸味を嫌う。種を抜くと同時にこの酸味を少なくするのだからジベレリン処理の効果は一石二鳥。私なんか種があって、適度の酸味があった方が美味しいように思うのだが・・・。確実に種ありの方が味がいい。でも葡萄には種がない、と消費者に思い込ませてしまった今、あと戻りは出来ない。今がそのジベ処理の最盛期。小さな房には雨除けの傘、蝋紙をかけるのだ。




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時代劇とワイドショー

水戸黄門


 女房や娘たちから笑われるのだが、私は時代劇大好き人間。「鬼平犯科帳」、「桃太郎侍」、「遠山の金さん」、「暴れん坊将軍」・・・。でも、そんな時代劇がテレビから知らぬ間に姿を消した。かすかに残っているものがあるとすれば、「水戸黄門」ぐらいのものだ。残念ながら、これも風前の灯火だろう。




 週末を除いて職場と自宅を往復していた現役時代と違ってリタイア人間の居場所は、言うまでもなく自宅。畑があるから仕方なくやる野良仕事と、こちらは使命感にも似た気持ちで出て行くボランティアのような活動の会合や催しを除けば、家に居る。




 野良仕事はお天道様と相談しながらだが、一向に収まることを知らないコロナウイルス騒動は«問答無用»に人の外出を鈍らせた。「自粛」要請が解かれても、自らの警戒心に留まらず、世間への遠慮から出歩きの足は鈍る。野良仕事は雨が降れば休みだ。




 同級生や地域の人たち、志を共にするグループなどとの「無尽会」と称する飲み会はむろん、あらゆる会合や催しは、みんな中止、中止。家に居るよりほかはない。そこでは本を読むか、テレビを見るか、パソコン遊びをするか…。歳を食ったリタイア人間のやることと言えばタカが知れている。




 「よ~し、じっくり本でも読むか」。そう決め込んで、今話題の本を何冊か通販のアマゾンでまとめ買いして読み始めるのだが、眼がくたびれて、いつしかダウン。仕方なくテレビのリモコンへ。ところがこちらは相も変わらず、どのチャンネルもコロナ一色のワイドショー番組。「どこかで、映画かドラマでもやっていないか…」と、チャンネルを回すと、あった、あった。時代劇「水戸黄門」が。一瞬、ホッとするのである。




 時代劇はみんな「いい者」と「悪者」がいて最後は悪者が懲らしめられるという筋書きだ。いわゆる勧善懲悪のパターンである。クライマックスは「静まれ~、静まれ~。この紋所が目に入らぬか」(水戸黄門)、「この桜吹雪を知らねえとは言わせねえぞ」(遠山の金さん)、「愚か者。オレの顔を見忘れたか」(暴れん坊将軍)といった決め台詞・小気味のいい啖呵で私のような«お気楽オジサン»を喜ばせてくれるのだ。


遠山の金さん

 でも待てよ。テレビのワイドショーなど総じてメディアのやり方だって時代劇とそれほど変わらない。「悪者」を作り、こちらは寄ってたかって袋叩きにするのだ。「国民の声」と称して、街角で«意図する»声を拾い、暗に正当付けもするのである。相手が権力者なら容赦なく言いたい放題。アホ面して観ている私なんか、いつしか痛快感を味わうのだ。




 新聞、雑誌などの活字や、テレビ、ラジオから流れる電波は不思議な力をもっている。その時々の人々の判断や心の持ち様をも、知らず知らずに変えてしまうのだ。活字と電波のメディアが両面で大合唱するのだから、そのターゲットになった人たちはたまったものではない筈。政権なら当然のように世論調査の数字にも反映する。




 この風潮はどんどんエスカレートしそうな気配だ。政治や私たち消費者のマインドまでメディアに左右されないか。考えれば怖くもある。これ、暇なオジサンの考え過ぎ?




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ベランダ菜園と百姓

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 ベランダでナスやキューリ、トマトはもちろん、最近では私達、百姓の倅にすら分からないような外来野菜まで立派に作ってしまう。その種や苗は探さなくても、いくらでも手に入るし、それを栽培するための土や肥料も簡単に入手出来る。テレビのチャンネルをひねれば、「先生」と呼ばれる家庭菜園の専門家?が懇切丁寧に、その作り方から管理の仕方まで解説付きで教えてくれる。




 自らを「百姓の倅でも・・・」と言ったのは、農家に生まれながら、60歳を過ぎるまで農業とかけ離れた生活をしてしまったからだ。中学、高校まで家業の農業に携わった。年齢で言えば、18歳まで。子供の時代なので「手伝った」という方が正しい。以来、東京で生活した学生時代の4年、さらに、これまで、人生の大半・ざっと60年近くを農業とは無縁のサラリーマンとして生きてしてしまった。



ブドウ


 会社人間に終止符を打った時、「よ~し、今度は思う存分、百姓をやってやる」と、正直、心に決めた。ところが、歳月はそれを許してくれなかった。一つ果樹栽培を例にとっても、品種もその栽培技術もガラリと変わっていた。そればかりではない。木や棚の仕立て方、消毒薬やその取り扱いまで一変してしまった。




 決定的な決め手は身体体力と言った方がいい。栽培方法や技術は覚えればいいし、勉強すれば追いつける。でも、体力だけはそうはいかない。若い頃は時間的にも仕事全てに、かなりハードな所に身を置いたし、大抵のことならへこたれない根性も身に付けたと思っている。しかし歳はウソを言わない。


 もちろん、私達の年齢の人たち、仲間たちは今も立派に百姓をやっている。決定的に違うのは60年という歳月のブランクだ。「日曜百姓」と言われるように週末だけでも畑に出る生活をすればよかったのだが、仕事柄、そんな事も許されなかったし、しようとも思わなかった。




 悲しいかな、今の私には「ベランダの野菜作り」の方が理解できる。その一方で「いい世の中」「便利な世の中」になったもんだ、と思う半面、これからの農業はどうなっちまうんだ、と思ったりもする。ベランダ菜園は趣味であったり、遊びだからいい。不気味なのは一方で進む工場農業だ。


トマト


 もう40年ぐらい前になるが茨城県で開かれたつくば万国博覧会で、とてつもなく大きいトマトの水耕栽培を見たことがある。正直言ってド肝を抜かれ、やがて日本の農業は・・・と考えされたりもした。


つくば博
つくば'85


 この時の水耕栽培は今や博覧会のレベルではなく、さまざまな工場農業技術として実用化され、珍しくもなくなった。そこにあるのはコンピューター。太陽の光も土も要らない。そんなやり方は農業ばかりでなく、既に養鶏などでは当たり前になった。コンピューター管理の、しかも無菌状態のハウスの中で食用のニワトリを大量生産する。本当に太陽光や土は要らないのか。そんなことを考えると、まだ自然があるベランダ菜園の方がいい。




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見栄と体裁

 人は「見栄を張るな」とか「見栄を張るもんじゃない」とよく言う。私も言って来たし、言われたりもした。その通りだと思う。でも待てよ。見栄って張ってはいけものないもなのか・・・。むしろ最近は、見栄って張るくらいの方がいいと思うようになった。人がおしなべて見栄を張らず、体裁も考えなくなったら、世間はしたい放題、やりたい放題になってしまう。第一、人間、成長なんかしなくなる。


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 もちろん見栄には、必要以上の背伸びや振る舞いをも含んだ意味がある。ここで言う「見栄」は単なる「虚栄」ではなく「恥ずかしい」とか「みっともない」と言った極めてありふれた心のありようを言うのだ。




 「お父さん、そんな格好でみっともないじゃあありませんか。顔くらい洗ってからにして下さいよ。お客様が来たらどうします。パジャマぐらい着替えてからにしたらいかがですか」




 朝、寝起きのまま無精髭も剃らずに新聞を読み、そのままゴロゴロしていると、女房は私をたしなめるように言う。現役時代はそんなことは絶対無かったし、そんな暇もなかった。でも「毎日が日曜日」だとこんなことは日常茶飯事。これが男だからいいが、女房や娘に置き換えてみたらゾッとする。100年の恋もいっぺんに冷めるに違いない。





 「そんなこと、当たり前じゃあないか」。そういう人も多いだろうが、見栄の原点はこの「みっともない」「恥ずかしい」にある。それがちょっと間違えたり、行き過ぎると人のひんしゅくを買う「虚栄」に繋がるのだろう。そうなると可愛くもないが、一方、考えようによったら、この虚栄が人間の成長を促しもする

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 「身の丈」「身の程」という言葉がある。それに甘んじていたら人生、代わり映えもしなければ、第一、面白くも、なんともない。身の程知らずに何かに挑んだり、振舞ったりするから面白いし、そこに新たな可能性や結果が生ずるのだろう。むしろ若い方々は、もっともっと見栄を張ればいい。その裏づけのために人並み以上の努力もするだろうし、苦労もする。それが結果として成長や成功をももたらす。


風景3



 なにも聖人君子ぶったり、年寄りじみたことを言うつもりはないし、そんな資格もない。でも今の世の中、「恥ずかしい」とか「みっともない」とという言葉がどこかにいってしまったような気がするのだ。事あるたびに言いたい放題のことは言うし、電車に乗ればボックス席ならいざ知らず、衆目の座席でお化粧もすれば物も食べる。それもみんな若い女性だ。そんな人に限って身障者が来ようが、お年寄りだろうが絶対に席を譲ることもしない。




 人様のことだが「お化粧くらい、家でして来いよ」と言いたくなる。でもみんななんとも言わない。しかし心の中では「あいつバカだなあ~」と思わないまでも、いぶかしく感じていることは確か。化粧の話は些細なこと。「みっともない」ことは私達の周りにはいっぱいある。そんなことを言っている自分だってやっているかもしれない。それを知らないから困る。見栄を張るくらいの気持ちがあったら、そんなことはしない。




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孫娘の告白

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 「ママ、キョーちゃん、○○君と結婚するの」


 孫娘が、一緒にいた母親と私たち夫婦の団欒の場所で、こんな「告白」をした。「キョーちゃん」とは孫娘の愛称だ。孫娘は当時、6歳。「結婚相手」は、同じ私立幼稚園のお友達だという。一瞬、ビックリしたが、その無邪気さが可愛らしくもある。




 「〇〇君はキョーちゃんが大好きだって。キョーちゃんも大好き。〇〇君はイケメンなんだ」


 そんな話をするちょっと前だったが、孫娘は、こんなことも言っていた。


 「キョーちゃんは大きくなったら、お巡りさんになるの。〇〇君のパパは警察官だって。かっこいいんだよ」


 今時の子供たちが、幼稚園で交わしている会話や無邪気な日常を垣間見た思いがした。


 「痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」。例えは悪いが、好きになれば…。子供も同じか?

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 そういえば、私にとっては娘であるママが、こんなことを言ったことがある。


 「朝、幼稚園バスの停留所まで連れて行く途中、横断歩道で信号待ちしていると、よくパトカーに出会うの。そんな時、キョーちゃんは『敬礼』をするの。それも直立不動でよ。私が教えた訳ではないのに…。パトカーのお巡りさんも、それに気付いてニコニコしながら『敬礼』を返してくれるの」




 「キョーちゃんのパパのお父さん(お爺ちゃん)も警察官だったんだよ」


 「フ~ン…」


 そんなことはどっちでもよく、どうやら〇〇君と、お巡りさんのパパの方がいいらしい。


 孫娘は、この3月、卒園式を済ませて4月から小学生。しかし、卒園も、新たな小学校への入学もコロナ禍の煽りを食った。卒園式は形だけで春休みへ。迎えた小学校の入学式も、これまた形だけ。そのまま臨時休校になって5月下旬まで、ずっと休みだった。

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 お友達を作るどころか、担任の先生の顔すら覚えられなかっただろう。バラバラになって小学校に進んだ幼稚園のお友達もみんな同じに違いない。コロナウイルス感染症予防のため、ということは何となく理解しているにしても、未知なる小学校。幼稚園の延長線上とは思っていないだろうが、さりとて小学校がどんな所かは分かる筈がない。




 5月も終わる頃になって、やっと休校が解けた。でも最初の頃は一日おきの登校。クラスを半分に分けての分散授業で、給食もなくお弁当持参。学校側の神経の使いようも半端ではなかった。今はほぼ平常に戻ったらしい。今では毎朝、自らバスを乗り継いで学校に行っている。ママは心配で、後ろからそっと見守っているのだという。

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 「キョーちゃん、お友達出来た?」


 「ウン、41人で来たよ。お友達、バスの中でも出来たよ」


 子供同士、すぐに仲良しになる。大人には真似が出来まい。もう〇〇君のことなど、すっかり忘れてしまったようだ。女心ならぬ幼心とはそんなものだろう。


 無邪気ながらも、ちょっぴり緊張気味に学校に出かける孫娘。本当の「彼」を連れて来るのは恐らく20年ぐらい先だろう。悲しいかな孫の「彼」の顔は見れまい。




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リークと告げ口

週刊誌


 子供の頃、わんぱく小僧のいたずらを先生に告げ口するのがうまいヤツがいた。社会人になってからも、そんな人間の後ろ姿を見たことがある。むろん無邪気な子供と違って、その手口は巧みだ。上司のやり方に不満を持った部下が「あんなやり方で、本当にいいんでしょうかねえ…」と、問いかけるように上層部に告げ口をするのである。




 「お父さん、買い物に行ってコンビニで立ち読みしたら、今、盛んにテレビでやっているアレ載っていたわ。面白そうなので買ってきましたよ」


 女房が手にしていたのは話題の週刊誌。そこには政治家のスキャンダルが大見出しで何ページにもわたって特集されていた。「〇〇日発売の週刊〇〇によりますと…」と新聞が一斉に報じたアレだ。ページを思いっきり割いてのスクープ記事だから«後追い»の新聞記事より遥かに面白い。




 一方で、どうせ追いかけるなら何故、新聞はハナから書かないのか、という疑問がここでも頭をよぎるのだ。新聞は戦力的にも週刊誌を凌駕する情報ネットワークを備えている筈。ところが、週刊誌がスクープし、それを新聞が後追いするパターンはメディアの世界では、何故か当たり前になった。この種のスッパ抜きは今や週刊誌の専売特許。




 野次馬根性旺盛なオジサンの関心は、そのスクープが出来た経緯だ。もちろん、情報の出所を明かす筈はないが、スクープ記事の舞台裏を勝手に想像してみると面白い。そこには新聞の不可解な«思惑»と、やはり表に出ない奇々怪々の人間模様がありそうだからだ。テレビドラマさながらの陰謀や策略…。




 容易に想像できるのは、子供の告げ口や市井にもままある仲間同士の足の引っ張り合いを、もっと陰湿にしたドロドロした何かがあることだ。単純なやっかみや足の引っ張り合いとは違った策略や陰謀が渦巻いているとしたら、その方が面白い。




 東京高検の検事長さんをめぐる定年延長問題に端を発した政府と野党のバトルの末に出て来た賭け麻雀事件。麻雀の面子となった新聞記者の«同僚»による週刊誌へのリーク。その一点だけでも興味を引く。さらに検察庁内部の権力闘争や政権内部の足の引っ張り合いがあったとしたら…。




 もう大分前、竹下内閣の頃だったが「褒め殺し」という言葉が流行語になったことがある。右翼が大量の街宣車を繰り出して時の政権にダメージを図ろうとした事件だ。ところが、ある日突然、「褒め殺し」の街宣がピタリとやんだ。その舞台裏で何がったのか。その顛末は謎だが、仕掛けと顛末にそれなりのドラマが隠されていたことは想像に難くない。




 新聞やテレビ、いわゆるメディアは、いつも「正義の味方」のような顔をしている。週刊誌の後追いをしたくせに、いつしか、それを我が物顔に尾ひれを付けながらの大合唱。私たちのような弥次喜多夫婦だって否応なく、その事件に関心を持たされる。メディアの表現は、いつの間にか「国民的な関心事」に置き換わる。よく考えたら国民的な関心事ではない。「メディアが煽って出来た虚像」と言ったら言い過ぎか。オレ、検察庁の人事なんて関心ないよ。第一、オレらには検察庁の人事の流れなど分からないもん。これ、ホント。




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新聞と週刊誌

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 「タレントさんばかりでなく、政治家やお役人のスキャンダルじみたニュースのスクープはみんな週刊誌なんですね。新聞がスクープしたことあったかしら…」




 茶の間で、ひとりお菓子をモリモリ食べながらテレビを見ていた女房が独り言のようにつぶやいた。




 確かにそうだ。パソコンを叩きながら女房の独り言を聞くともなく聞いていたお気楽オジサン。言葉には出さないまでも「俺もそう思うよ」。テレビで報じていたのは、東京高検検事長の賭けマージャン事件。卓を囲んでいた面子は新聞記者だ。




 テレビの伝え方は、もちろん「〇〇日発売予定の『週刊〇〇』によりますと」と、いつものパターン。いくらお気楽オジサンでも明日の新聞が目に浮かぶ。翌朝、新聞を開くまでもなく、全国紙、地方紙を問わず、大見出しで、そのニュースを伝える。むろん、いつもの「週刊〇〇によると」である。




 この類のスキャンダルニュースは、みんな同じパターンなのだ。聞けば、検事長さんと卓を囲んでいた新聞記者の«同僚»が週刊誌にリークしたのだという。何とも陰湿な舞台裏を連想させられた。

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 «政治的な仕掛け»の匂いがプンプンする、この検事長さんのスキャンダルはともかく、悲しいかな私たち凡人は有名人の私生活を覗き見するのが案外好きかも。タレントさんやスポーツ選手、果ては政治家に至るまで有名人の不倫や熱愛など、いわゆるゴシップネタだ。





 それをスクープしたのは、かつては写真週刊誌。«現場写真»を抑えられているから当事者たちもグーの音も出ない。並行してスポーツ紙も。大見出しで、しかも1面で報ずるのだ。スキャンダル報道は政治の舞台裏にも及び、その仕掛人は一般週刊誌にも広がった。




 それが時の政権を揺るがしかねない事件に発展することも珍しくない。最近では法務大臣夫婦の選挙違反事件もその一つ。検察は国会の閉幕を待って新たな動きを見せるのだろう。これとは別に、写真で現場を押さえられた香典を巡る選挙違反事件もあった。




 全国紙と言われる大手の新聞社は、東京を中心にあらゆるところに情報網を張り巡らせている。その戦力となる新聞記者の数は半端ではない筈だ。「遊軍」という名の部隊も配置しているという。そう言っては失礼かもしれないが、その戦力は週刊誌の比ではない。記者クラブの名のもとに政治や経済の中枢にまで食い込んでいる。




 そこまではお気楽オジサンにも何となくわかる。分からないのは、そこから先。どうせ、鬼の首でも撮ったように執拗に後追い記事を書くのなら、自分で書けばいいのに…。




 「週刊〇〇によると…」は国会の先生方も同じ。政治や、とりわけ政権絡みだったら、押っ取り刀で食いつくのである。




 それを待っている?のも新聞。「国会の〇〇委員会で追及しました」と、これまた一斉に書き立てる。市井の人達もインターネットなどで反応。特にテレビのワイドショー番組はそれを、待ってましたとばかり、取り上げて煽りたてる?のである。単純のように見えて奇々怪々な構造。その舞台裏を知りたいものだが…。妬みや誹謗、中傷。果ては政界の権力闘争?…。(次回に続く)




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梅雨入りとカタツムリ

紫陽花


  関東、甲信地方も梅雨入りした。鬱陶しい季節の到来である。特に今年は、私にとって嫌な梅雨。自らの不注意とはいえ、ムチ打ち症(頚椎捻挫)を患っているからで、恐らくこれから一ヵ月半近く、嫌な思いをしなくてはならないと覚悟を決めている。


雨傘


 今でも一週間に2~3回、石和温泉郷の一角にある温泉病院に通ってリハビリを続けているのだが、必ずしもはかばかしくない。事故からもう9ヶ月。PT(理学療法)、OT(作業療法)、ハリの治療を続け、もちろん薬も飲んでいる。いたずらに時だけが過ぎていくようで、「いったい完治するのか・・・」と、一抹の不安を抱かないでもない。でも続けていくより道はない。




 そんな心の内を一瞬変えてくれるのが病院の大きな治療室。午前9時、治療室の扉が開くと、廊下に待ち構えた入院患者や私のような外来患者がそれぞれの症状にあわせた治療に取り組むのだ。車椅子の人、松葉杖や杖の人、足を引きずったり、首にギブスをつけた人もいる。当たり前だが、みんな障害を持った人達だ。


病院1


 共通点は、みんなが明るく振舞おうと心掛けていること。病や犯された患部は、暗くしていたらよくならないことを知っているからだ。みんながそれを申し合わせたわけでもなく、医者から指示されたものでもない。なんとしても自らの病や患部を治したいという強い心の内の現われにほかならない。



 これも当然。その症状はまちまち。脳障害で身体を思うように動かせないばかりか、言語もままならない患者もいる。私のように首の障害から来る、肩や背、腰に到る障害の症状なんか、そんな患者さんから比べれば、初歩の初歩のようなもの。この程度のことでへこたれていたら笑われてしまう。


リハビリ


 治療は患者と理学療法士や作業療法士とのマンツーマン。いわゆるマッサージやハリ治療ばかりでなく、お手玉やゴムボール、たらいに入れた大豆を使っての機能回復訓練をしている人もいる。手すりを使ったり、プールで懸命に歩行訓練に取り組む人も。そこに共通しているのは自らの病や患部を治そうという強い意志だ。もう一つはお互いに励ましあい、いたわり合っていることである。




 梅雨空を恨めしそうに見上げながら畑仕事が気にもなるのだが、大自然のなせる業には、ちっぽけな人間、どうにも為すすべがない。こうしてパソコンを叩きながら庭先に眼をやるとボツボツ開き始めた紫陽花の茎をカタツムリが。梅雨の雨に濡れた紫陽花の葉っぱをなめるように、ゆっくりとゆっくりと進む様は、リハビリ治療に取り組む私達に「お前達もあせらずにのんびりとやれよ」と、言外に語りかけているようにも見える。


カタツムリ


 考え過ぎても仕方がない。それがいいかどうか分からないが、夜になれば晩酌もするし、仲間から誘われれば、麻雀もする。知らない人は「どこが悪いの?」というかもしれないが、詳しい説明なんかどっちでもいい。「人間、何とかなるさ」と、考えることにしている。




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目に青葉・・・

庭のサツキ


 6月もぼつぼつ半ば。庭の植え込みの間では薔薇ばかりでなくサツキも咲きはじめた。一見、いつもの年と同じように花を開いているようだが、今年は開花がちょっとイレギュラーしているようにも。4月5月のバカ陽気がそうさせたのだろう。事実、私達がロータリークラブの例会でお邪魔する山梨市駅前の割烹旅館のご亭主によれば、今年は1週間から10日は開花が早いという。



サツキ2


 この親爺さんは80歳も半ばを過ぎたが、サツキの盆栽作りにかけては自他共に認める玄人はだし。自宅の庭に200鉢近い盆栽を作り、愛好家仲間ばかりでなく付近の人達の目を楽しませている。いつも陽気な奥さんが「うちの旦那は旅館の仕事や私達家族より盆栽の方が大事なんですよ」と、冗談とも本音ともつかないように話すほどの盆栽好き。そうでもなければ、人々、とりわけサツキのベテラン盆栽愛好家を唸らせる作品など作れまい。


盆栽


 どんな花もそうだが、一年でみれば花をつけるのはほんの一時期。ツツジの後を追うように咲くサツキの場合も6月のこの時期だけ。問題は暑い夏場や乾燥する冬場の管理だ。一年を通して水遣りもしなければならないし、ジワジワ伸びる枝や葉っぱの調整や全体の形作りもしなければならない。時には盆栽につく虫も取ってやる。


 大事にしなければ来年、いい花をつけてはくれないのだ。第一、放っておいたら盆栽としての体を失ってしまう。奥さんが冗談にも「私達より大事」と言うように、まさに手塩にかけて大事にしてやらないと来年どころか「今」もないのである。


秋月サツキ


 人間であれば百人が百人、綺麗な花が咲いていれば誰だって水遣りもすれば、大事にもする。問題はその後だ。花を落としてしまうと、その存在すら忘れて、ほったらかしにしてしまいがちだ。私のようなズボラ人間だと枯らしてしまうのがオチ。凡人と親爺さんのような盆栽気違いの違いはそこにある。


 丹精込めた≪我が子≫は「どうだ」と言わんばかりに胸を張って他人にも観せる努力もする。親爺さんは今年もライトアップまでして夜の見物客の便に供した。照明に浮かび上がるサツキの盆栽は、えもいわれぬ風情がある。


サツキ



 天候の乱れによる影響は、なにもサツキに限ったことではない。この辺りの果樹農家は軒並みそのシワ寄せを食っている。葡萄、桃、サクランボ・・。そのいずれもが1週間から10日も進んだという。サクランボはハウス物の出荷がすでに終わり、露地物へ。桃は摘果を既に終え、袋かけの最盛期。葡萄は伸びたツルを棚に縛り付ける「ツル結っけ」や房づくりをしながら、葡萄の種を抜くジベレリンという薬品処理の作業が真っ最中。

 



 サツキだったら開花が1週間早まうが、10日は早まろうがかまわないが、果樹栽培農家はそうはいかない。戦々恐々。生育の成否にとどまらず、価格への跳ね返りが心配だ。例えば、気温差のタイムラグを狙った山梨のサクランボの場合、本場・山形産との競合だ。お天気のいたずらは農家の財布をも左右するのである。


 財布を作用するのは天候ばかりではない。今年はコロナウイルスが果樹農家にも痛烈なパンチを。果樹の先発・サクランボはハウスものが終わって、間もなく露地ものに移行するが、ハウスものと同じで、観光バスの予約はゼロ。その後を追っかける桃や葡萄も…。


さつき


 平たく言うと今は目に青葉・・・の季節。人間とは贅沢で、わがままなもの。その新緑や青葉が重苦しくさえ感ずるのだ。只ででも混み入っている我が家の植え込みを見ながら、煩わしい剪定作業が気になり始めた。大雑把にせよ植木だって盆栽管理と同じなのだ。


盆栽1      盆栽2


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薔薇のトゲ

薔薇1


  ハナから読めないならまだしも、読めるけれども、いざ書いてみろといわれれば書けない漢字は案外多いものだ。その一つが「薔薇」である。「林檎」もそうだろう。でもパソコンとは便利なもので、キーさえ叩けば一発で出してくれる。なにも軽い頭を使って覚えなくていいから、また困る。私なんか一生書くことが出来ない字の一つかもしれない。
薔薇4


 薔薇は日本人にとって桜と共に馴染み深い花。童謡や流行歌にも歌われ、小説や映画、ドラマにもしばしば登場する。日本では「花」といえば「桜」。花の代表格だが、これも日本だけ。しかし「薔薇」は世界的。日本語訳がそうしたのかもしれないが、あの有名な「野ばら」もあれば、「薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が・・・♪」と誰もが口ずさみたくなるようなものや、ちょっと渋い水原ひろしの「黒い花びら」なんて歌もある。


紅い薔薇


 人間に愛されながらもトゲがあるのもこの花だけ。「美しいものにはトゲがある」などと美しい女性に例えられることもある。「お前にはトゲがないからいいよなあ~」。冗談交じりに喧嘩を売られたとも知らない、うちのかみさんは「何なの?それ・・・」と、キョトンとしながらも、その意味を知って「失礼しちゃうわ。まったく・・・」。



 そのかみさんが植えた薔薇が庭の植え込みのあっちこっちで今が盛りとばかり咲いている。赤、ピンク、橙。大輪のものもあれば、比較的小さいものも。それぞれ咲いている期間は結構長い。種類によっては、これから夏、秋、さらに冬の寒い時期まで咲く薔薇だってある。一年中、楽しめるのだ。よく見ると満開だったり、もう峠を過ぎた花の隣で次々と蕾をつけるのである。


薔薇2



 三分咲き、五分咲き、八分咲きと徐々に花を開いて、春の柔らかい風に吹かれてハラハラと一斉に散ってしまう桜とは違って風情こそないが、そこはかとない重厚さがある。「薔薇」は「ばら」のほか「そうび」とか「しょうび」とも読む。今6月の誕生花で、俳句で言えば夏の季語。


 ただこの花は不思議な花で「冬薔薇」(ふゆそうび)となると冬の季語になる。季語では≪二重人格≫なのだ。世に多いブスのひがみ。美人の女性にオーバーラップして使われるのもそのためだろう。ラテン語ではRosa。ローズピンクというように色の代表としても使う。クレオパトラの薔薇の硬水は有名だ。
 薔薇の種類は100種類にも及ぶという。我が家にだって、よく見たら10種類以上もの薔薇がある。いずれも、かみさんが、いつももように後先かまわず、行き当たりばったりに植えたものだが、花を付けているうちはいい。いくら無粋者の私だって美しい花を愛でる目ぐらい持っている。


薔薇3


 でも、これほど頭に来る、というか腹が立つヤツはない。花を落とした後だ。当然のことながら秋から冬場にかけて植木の手入れをする。この時、シャツやズボンならまだしも手足まで傷だらけにさせられるのだ。薔薇のトゲは半端ではない。それなりの注意はしているのだが、ことごとくに邪魔をするから正直、頭に来るのである。悔し紛れに剪定鋏で・・・。


 そこからご想像の夫婦喧嘩。「どうして切ってしまうのよ」。目を剥いて怒るのだ。トゲがあるのは美人だけと思ったら、うちのかみさんにもでっかいトゲがある。そんなかみさんも植え込みから薔薇を切り取って来ては 居間などの花瓶にいけている。女である。




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商社マンと玉葱

ビール


  「やあ~、お久しぶり。今、どこの部署に?」



 「今は本社さ。半月ほど前、東南アジアから帰ったばかり。5年ぶりの本社勤務だよ。やっぱり日本がいいねえ」


 「東南アジアでは、どんな仕事を?」


 「百姓さ。百姓。厳密に言えば百姓の棒頭さ」


 「商社マンが百姓? 棒頭?」


 「そうさ。分かり易く言えば、人件費の安い東南アジアで玉葱などの農産物を作らせ、日本への輸入を図るんだよ。毎日、その現場指揮をしていたのさ」


タマネギ


 もう大分前のことだが、久しぶりに会った友と酒を酌み交わしながら、こんな話をした。この男は大学を出たあと、大手の商社に入り、れっきとした商社マンとして活躍していた。その仕事ぶりは私がイメージしていた商社マンと違っていたから、一つ一つ話は面白かった。久しぶりの再会も手伝って話は弾み、酒も進んだ。この商社マン氏によれば、人件費削減のターゲットとする国は、月給が日本円で1万円以内の所だという。


酒


 「あなたも知っている通り、農産物に限らず、商品のコストダウンを図るためには、まず人件費の削減だ。それだけじゃあダメ。こちらが求める質と量を安定的に作らせることだ。その上にもっと肝心なことがある。玉葱であれ、キューリであれ、全てを同一規格にすることだ。そうでなければ、我々はひとつたりとも引き取らない」


たまねぎ


 「安定供給もさることながら、同一規格にすれば国内で流通させる場合の箱詰めひとつとっても無駄なく、合理的に出来る。第一、値札を付ける場合に、いちいちハカリを使わなくても済む。スーパーなど小売店の省力化、つまりはコストダウンに繋がる寸法さ。形も目方も同じだから、売る側は機械的に値札だけを付ければいい」


トマト


 「そう言えば、スーパーに限らず、生鮮食料品の小売店でハカリが姿を消しちまったよなあ・・・」



 「ハカリで計るという行為ひとつ取ったって、商品のコスト計算上はバカにならないものがあるんだよ」

キュウリ


 山梨市の田舎で生まれた百姓の倅でありながら学生時代からサラリーマン時代のざっと60年間を東京や甲府で過ごしてしまった。自ずと食卓に乗る全ての野菜はスーパーや八百屋さんから。現在のように女房と二人で作る曲がったキューリなどお目にかかりようもなかった。一転して今はナスもトマトも大根やサトイモ、玉葱、サツマイモも、みんな形がまちまちであるばかりか、傷モノもいっぱい。でも味は変わらない。むしろ、自分が作った贔屓目かもしれないが、こっちの方がうまい。真っ直ぐであろうが、曲がっていようがキューリの味は同じだ。



 商売上のコスト削減や流通の合理化が、いつの間にか消費者の商品概念を変えた。でも、その反動からか、それが次第に見直されている。「道の駅」など田舎の直売所では形にこだわらないナスやキューリが売れている。消費者だってバカじゃあない。地域の農家と、そんな消費者がうまくかみ合い、どこも人気上昇中なのである。





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趣味のキルト展

キルト1


 へえ~、と思うことがある。玄人はだしという言葉があるが、趣味で始めたことが、やがてプロ顔負けの技を、いとも簡単にやってのけることがしばしばある。もちろん、私のような盆暗には望むべくもないが、そこには人知れない、それへの興味というか執着と努力があることだけは確か。それがまた、技術や奥行きを深めてゆくのだろう。




 先日、甲府市内の総合市民会館でご婦人たちの趣味のグループが開いたキルト展を見せていただいた。普段なら私ごときの野暮天が覗く所ではないが、麻雀仲間でもある高校時代の同級生の奥さんの作品発表とあって喜んで足を運んだ。そこには所狭しと、メンバーの作品が並んでいた。


キルト2



 まさに、へえ~、である。キルトはアメリカやメキシコ、スペインなどの専門店やお土産物屋さんで何度も見たことはあるが、そこで見た≪商品≫と優るとも劣らない作品がずらり。グループの作品発表の場なので作品の脇には出展者の名前が。野暮天の私をいざなってくれたご婦人は同級生の奥さんだから、言わずもがな70歳を超している。


キルト4


 普段は日本一の葡萄の産地・山梨県勝沼町で一丁五反もの葡萄園を栽培するご主人を支え、一年を通しての果樹園の仕事と、シーズンには直売所で観光バスやマイカーでやって来るぶどう狩りのお客さんを見事にさばいてみせる。文字通り内助の功を発揮するのだ。私と同じように、どちらかといえば麻雀しか取り得のないご主人とは、ここから先が違う。




 忙しい畑仕事の合間を縫ってキルトの趣味グループで頑張っているのだ。何年ぐらい続けているかは定かではないが、2年や3年ではないことだけは確かだ。このご婦人、そればかりではない。書道は師についてもう何十年と習い、今では師範格の腕前。毛筆でも硬筆でも、それは見事な字を書く。ご主人はお酒を飲まないのだが、私達、男どもが麻雀や酒に現を抜かしている間に、さまざまな趣味と取り組み、力をつけているのだ。同じ麻雀仲間に限ってみても、定年でその職を後進に譲った元特定郵便局長夫人はピアノの先生、清涼飲料の販売会社を営むオーナー夫人は日本舞踊の師匠。いずれも趣味の域を超えている


キルト3


 キルト展の会場には男性客は珍しい。そんな中で私のような野暮天がもう一人。




 「やあ~、お久しぶり。あなだも義理のお付き合い?」。




 「そうですよ。女房の下働き。小間使いみたいなものですよ」。



 調子に乗って野暮天などとは失礼千万だが、この方は私がサラリーマン現役時代お付き合いをさせて頂いた電力会社の幹部で、実はこのキルト展の主催者、つまり先生のご主人だった。「かみさんの意向を聞いて作品の額を用意したり、展示作業を手伝ったり。いわば小遣さんです」。そのお人柄だろうか、まんざらでもなさそうにニコニコしながら話してくれた。



キルト5


 キルトはヨーロッパの寒冷地で保温着として生まれた。布地の有効利用のために余り布を繋いで作ったのが始まりだという。日本では、この展示会のように多色の布を縫い合わせたパッチワークキルトが主流だそうだ。その織り成す変化は無粋者でも見ていて楽しい。




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いびき

ネコ


 「お父さんねえ、うちのミーコ(猫)、今朝起きたら玄関先で気持ち良さそうに、いびきをかいて寝ていましたよ」



 「バカ言え。お前じゃああるまいし、猫がいびきをかくか」


ミー子


 ミーコとはいつの間にか我が家に住みついた野良猫だ。大分前のことだが、女房とそんな話をしていたら、このブログにお出でいただく「なめネコれお君の母」さんから、たまたま、こんなコメントが。


 「・・・。パソコンを叩いている脇でれお君(猫)がいびきをかいています。・・・」




 やっぱり、うちのかみさんの話は、まんざらの冗談ではなかった。勝手に住みついた野良猫と、恐らく居間の中で我が子のように可愛がられている猫の違いがあるにせよ、そのいびきの様を想像しただけでも愛嬌があって可愛いい。思わず笑ってしまいたくもなる。


ミー子2


 転じて、うちのかみさん、こうして私がパソコンを叩いている後ろのベッドで、それは見事ないびきをかいてみせる。猫のいびきと違って、お世辞にも可愛いいとは言えない。しかし、このいびき、なにも今日に始まったものではないから、それ程気にもならない。ところが、突然、そのいびきが止んだと思ったら「お父さん、何時までパソコン、叩いているんですか。眠れないじゃあありませんか。早く電気を消して寝てくださいよ・・・」




 「バカめ。自分のいびきを棚に上げて勝手なことを言うんじゃないよ」と心のうちでは思うのだが、それを言ったところで仕方がない。「分かった、分かった。もう寝るよ」と、適当にあしらってパソコンを叩いていると、またいびきが・・・。天下泰平である。


1


 うちのかみさんのいびき、それは半端ではない。時にはまるで地響きのようないびきをかく。でも人間、慣れとは恐ろしいもの。一緒に寝ていても子守唄にも聞こえるから不思議。とは言っても、それを気にも止めず、腹も立たないと言ったらウソになる。翌日の事を考え、一刻も早く眠らなければならない時だ。そんな時、私にはちょっとした≪処方箋≫がある。指先で肩を押し、身体を横向きにさせれば、いびきはピタリと止む。かみさんも無意識ながらも、それを知っているのだ。




 いびきは横向きにうずくまった状態ではかかない。反対に仰向けに寝ると顎が上がり、生理的にもいびきをかき易くなるのだそうだ。かみさんのいびき、お尻を大きくし、我が家での存在感を増すに連れ顕著に。連れ添ってもう50年。それが証拠に20年前、30年前、ましてや新婚時代は、こんないびきはかかなかった。加齢に従ってだんだん温厚になる亭主族とは裏腹に女房族は、どんどんしたたかになる。憎らしくなることもあるのだ。


夫婦


 千葉県の柏にお住まいで山梨の我が家にも時々遊びに来る知人が、お酒を酌み交わしながらこんなことを言ったことがある。「女房のいびきに付き合いきれない時は別の部屋に寝るんですよ・・・」。この方は、かみさんの学生時代の同級生のご主人。いびきの主の共通点は≪体格≫がいいこと。もう一つは屈託がないというか物事に大らかな性格の持ち主だ。女性のことは分からないが、男の場合、総じて私のようなデブの方が、いびきが大きい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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