FC2ブログ

地球は丸い

137_convert_20120517085612.jpg


 「お父さん、やっぱり地球は丸いんだね・・・」


 船の14階デッキで、手摺りに寄りかかりながら、海を眺めていた弥次喜多の一人・女房は、相棒(弥次さん)の私に話しかけるともなく、つぶやいた。3,500人を超す乗客、乗員を乗せてイタリア・ベニスの港を出た船は、大海のど真ん中にいた。


P1010547_convert_20120517085937.jpg



 「お前、今更、何バカなこと言ってるんだよ。地球は丸いに決まってるじゃないか」


 そんなことを言う自分も遙か先というか、すぐ近くにも見える水平線を眺めながら、そんなことを思っていた。ヘンな表現だが、目の前に広がる水平線は「水平」ではなく、「弧」を描いているのだ。この場面に遭遇したら、誰だって「地球が丸い」ことを実感するはず。その「水平線」は手の届くようなところにある。海の水が零れ落ちないかと心配になるほどだ。出航から2時間。現地時間に合わせた腕時計は午後7時を回っていた。




 太陽は西に傾いたとはいえ、日差しは強く、真っ昼間のよう。空は限りなく青く、紺碧の海は、信じられないほど静かだ。船首が両脇に分ける海水の波と泡だけが、とてつもなく広い海の一点にに変化をもたらしていた。物静かな広大な海のちょっとしたアクセントでもあった。


144_convert_20120517090454.jpg


 船のスクリュー音と海を切り裂く波の音が。14階のデッキからだから、遙か下に見え、聞こえる。船の揺れなど全く感じられない。「この船も全く揺れないんだよね」。相棒の喜多さんが言うように船は、私たちに揺れを感じさせずに、静かな海を切り裂いて前へ前へと進んでいく。



 一部15階もあるが、みんながくつろげるスペースが広くとられている14階は事実上の屋上だから、そこからの眺めは、まさに360度。何もない紺碧の海がぐるっと取り囲んでいる。カメラの魚眼レンズでのぞいた風景と同じだ。女房の喜多さんならずとも地球の丸さを実感するのだ。



 「お父さん、こうしてみると地球は丸いことは分かるよねえ。でも、それを理論的に説明した人は偉いわよねえ」



 「それはなあ・・・」



 そんな水平線を眺めながら、かつて読んだことがあるモノの本の記憶を拠り所に、これまた独り言のように説明してやった。

154_convert_20120517090119.jpg


 「地球が丸い球体であることは、あのアリストテレスや後のプトレマイオスなどギリシャ・ローマの時代でもすでに知られていた。でも、誰が言い出したかは定かではないんだそうだよ」



 「後のルネッサンス時代の15世紀にイタリア・フィレンツェの天文学者であり、数学者であるトスカネリという人が、科学的に地球が丸い、と言うことを再発見したのだそうだ」



 「へえ~、お父さん、よく知っているね」


 バカな夫婦、弥次さん喜多さんのそんなやりとりをよそに太陽は、水平線に沈もうとしていた。私たち海のまっただ中にいれば、東西南北、方角は分からないのだが、この時だけは西の方角がよく分かる。「さあ、夕食だ。レストランに行くか」。(次回に続く)


P1010582_convert_20120517085730.jpg

※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


スポンサーサイト



アクロポリスの丘

P1010528_convert_20120515105655.jpg


 これが財政破綻の国? そう思えるほどギリシャの首都・アテネ活気に溢れていた。もちろん国家財政の破綻が街の表情にそのまま反映するものではないことは分かっているが、短絡的というか、本能的にそう思った。




 国会議事堂前のさもない公園を囲むように軒を連ねる商店街は、たくさんの人を飲み込み、タクシーやマイカー、営業車の往来も激しかった。時計はまだ午前9時を少し回ったばかり。国会議事堂を中心にしたこの付近は最近、日本の茶の間でもテレビニュースとして登場して来るのでお馴染み。政治の混乱、住民生活の不具合やシワ寄せに抗議する相次ぐデモの場面である。その財政危機はEU諸国・経済圏にとどめず、身近な日本にまで円高などの形で影響を及ぼそうとしているのだ。


P1010495_convert_20120515110137.jpg
ギリシャの国会議事堂前


 ギリシャの国会議事堂周辺は、霞ヶ関の官庁街を従えた永田町、つまり、国会議事堂や首相官邸など日本の政治の中枢の有り様とは、大きく違っていた。



 「あそこに立つ衛守は、ギリシャ警察のエリートなのです」


 エクスカーションのバスガイドは、国会議事堂玄関口の両脇に立つ衛守を指さしながら言った。そこに立つ衛守は、全て身長190㎝以上だという。そんな余談を聞きながらバスは、そこから目と鼻の先とも言えるアクロポリスの丘へ。私たちの知識でもお馴染みのアクロポリスの丘に立つ神殿は、アテネの市街地からも望むことが出来る。



 もちろん、これも世界遺産だ。ユネスコ(UNESCO=United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization=国際連合教育科学文化機構)のマークでもお馴染み。皆さんに笑われるかもしれないが、ここで気づいたのは神殿の柱が6本(U・N・E・S・C・O)ではなかったことだ。
053_convert_20120515110420.jpg
 「あれねえ、UNESCOが頭文字6文字を柱になぞらえただけ。実際の柱の本数は8本だったり、17本だったりするのです」



 たわいもない質問に現地ガイドさんは、こんな説明をしてくれた。小高い丘の上に建つ神殿跡は、やはり地震で壊れ、復元作業中。その作業ぶりは日本人ではおよそ考えられないほど、のんびりしていた。その日に訪れたオリンピア遺跡もそうだし、もう10年ぐらい前に訪れたスペイン・バルセロナのサクラダファミリア建設作業もそうだ。何百年計画で建設したり、復元したりする西欧人の胆の長さに敬服どころか理解に苦しむのである。せっかち人間は困ったものだ。
118_convert_20120515111019.jpg


 ギリシャの古代遺跡は、みんな大理石の建造物。そういえば、この国は古くから大理石の輸出国。日本の建造物にもギリシャの大理石が使われている。アクロポリスの丘から遙か向こうに、その採石場が見える。



 恐らく5キロ以上、10キロ近くもあるのだろう。そこから大理石を切り出し、この丘まで運び上げ、壮大な古代都市を作り上げた人たち。全てが人力だ。古代ギリシャの人たちに果てしないロマンを募らせた。(次回に続く)

※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


母校の「花園」出陣

日川ラグビー_convert_20161230081945


 全く「コロナ」が恨めしい。仲間たちとの無尽会という名の飲み会はむろん、公の団体の理事会や役員会もみんな中止。7月から再開した週1回のロータリークラブの例会も再び「中止」へ。高校生たちのサッカーやバレーボール、バスケットボールなどの全国大会。こちらは中止ではないが、みんな「無観客試合」。もちろんラグビーの全国大会も同じだ。




 そんな中で25日朝、母校・日川高校のラグビーチームの出発壮行式が開かれた。もちろん「花園」への出陣だ。100回目の記念大会。壮行式では学校長が挨拶した後、同窓会の部活動後援会長や、ラグビー部のOB会長、保護者会の会長が激励の言葉を。私も部活動後援会の立場で激励のエールを送った。

  日川高校ほか+010_convert_20110430202245


 日川は大会2日目の28日、大阪代表の大阪常翔学園と対戦する。地区予選では第3位の強豪校だ。壮行出発式でのエールもみんな熱を帯びた。「日頃の練習の成果を存分に…」、「母校や同窓はむろん山梨のみんなか応援している…」。一方、言っていることは、いつもと変わらないが、檄を飛ばしている側にも「無観客試合」が一抹の寂しさを誘うのである。




 100回を迎える「花園」大会の歴史で、日川は今回まで15年連続、50回目の出場。イレブンにエールを送る人たちは毎年、その応援団の先頭に立ってきた。大会には何台ものバスを仕立てて大阪に繰り出すのである。所要時間は6~7時間。山梨からばかりでなく、東京からも応援バスを出すのだ。ところが今年は「無観客試合」とあって、この応援バスが全面ストップ。「花園フアン」にとっては返す返すもコロナが恨めしい。

日川高校旗

 日川は50回の花園出場記録の中で、優勝こそないが、ベスト4進出・8回の実績を持っている。うち一つは優勝候補に挙がったことも。あのユーミンこと松任谷由実の楽曲「ノーサード」が生まれた年だ。この年、日川は準決勝で強豪・天理(奈良代表)と対戦。下馬評では「優位」を言われながらも1ゴール差で敗退。辛くも勝った天理は大分舞鶴(大分)と決勝戦を戦った。その戦いぶりをテーマにしたのがユーミンの「ノーサイド」であった。




 その因縁の準決勝戦に臨んだイレブンの一人と、たまたま職場を共にしたことがある。まだ若かった彼は「私のパスのミスが日川の決勝進出、果ては下馬評の優勝への道を絶った」と時を超え悔やんでいたのを今でも覚えている。「花園」という「聖地」を踏んだ高校生ラガーならではの「悔み」であり、永遠に忘れることの出来ない思い出なのだろう。

日川高校ほか+011_convert_20110428212323

 100回大会のうち50回の出場記録は全国4番目。65回の記録を誇る秋田工業、それに大分舞鶴や天理に次ぐ。そんな≪自負心≫が出発壮行式の檄の中にも見え隠れするのだ。最近は1回戦、または2回戦での敗退。暮れのうちに帰陣する。だから「正月を花園で迎えよう」が、みんなの合言葉だ。ただ、フォアード陣の平均体重が例年にも増して劣るのが、ちょっと気がかり。




 今年の出場校は記念大会を理由に、いつもより増えて62校。その顔ぶれを見ると日川のような県立高校は年々、少なくなり、私学の台頭が目覚ましい。この傾向はラグビーに限らず、野球やサッカーなど全てのスポーツに言えること。山梨でも日川の王座が脅かされる時代が来るのだろう。現に東海大甲府や山梨学院は確実に力を付けている。いいことだ。競い合ってこそ、力がついて行く。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


五輪の聖火

写真(1)_convert_20120513153755
山梨日日新聞より


 「お父さん、出ているわよ。ほら、あの時の。あれよ。あれ。これ見て・・・」


 「朝っぱらから、なに言っているんだよ。オレ、夕べ遅かったんだよ。静かに寝かしておいてくれよ」


 うちの女房、いつもこうだ。自分だけ分かっていてモノを言う。今日に限ったことではない。いつもとそれほど変わらない弥次喜多夫婦の朝。だから特段、驚きもしないのだが、仕方なくベッドから顔を出した。手には届いて間もない、その日の朝刊(山梨日日新聞)を持っていた。


065_convert_20120513154952.jpg



 「ロンドン五輪聖火 発祥の地で採火式 オリンピア、リレー始まる」



 そこには、そんな見出しでギリシャのオリンピア遺跡で行われたロンドン五輪の聖火採火式の記事と写真が。1面のヘソとも言える所に掲載されていた。


オリンピア_convert_20120513155541


 その写真は、女房ならずとも、なんとも身近に感じた。ちょうど半月前、女房と二人して訪ねたオリンピア遺跡での写真だったからだ。人間とは不思議。もしそこに足を運んでいなかったら「そうだよなあ。もう聖火リレーが始まるんだよなあ・・・」と言った何事もない受け止め方で終わってしまうはず。ところが我が子や自分自身が新聞に載ったような親近感で食い入るように見るのである。




 新聞とは、そういうものだという。ニュースペーパーの名の通り、自分が知らない新たな情報を得るのはもちろん、自分の身近で起きた出来事であればあるほど、そこに引きつけられるのだそうだ。例えば、その大小はともかく、隣近所で火事が起きたとする。翌朝の新聞で真っ先に見る記事は、その一部始終を知っている近所の人だという。



 山梨の弥次喜多夫婦が今度のアドリア海・エーゲ海クルーズの旅ギリシャを訪れたのは、半月ほど前の先月(4月)26日(現地時間)だった。船はアテネ近郊の港・ピレウスに寄港。下船してバスでエクスカーションするのだが、そこで真っ先に見たのが古代オリンピック発祥の地・オリンピア遺跡。広大な面積に競技場跡やオリンピックに関わる神殿などが広がっていた。

P1010419_convert_20120513154818.jpg


 ただ、主に大理石を使った神殿など建造物はことごとく地震で倒れ、復元された石の柱が、あっちこっちに立っているだけ。「ここが○○の跡、これは○○」。現地ガイドが説明してくれるのだが、私たち見物客は散在したおびただしい大理石群や復元した石柱から、古代オリンピックをイメージするのである。古代へのロマンにしたるのに十分だった。


071_convert_20120513155111.jpg


 やっぱり観光客に人気なのはオリンピックイヤーの4年に一度行われる聖火の採火式場。何人もの乙女が並び、純白の衣装をまとった女神が太陽光から採火した聖火を渡すお馴染みのシーンだ。



 4年に一度は必ず報じられる光景がみんなの頭に入っているのか、女神よろしく代わる代わるポーズをとって記念写真をパチリ、パチリ。フィールド競技場でも同じだ。ただ、70歳にもなろうとする弥次さん喜多さんには、そんなまねは出来なかった。(次回に続く)

※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


弥次喜多の旅のスタート

P1010356_convert_20120511212714.jpg


 ベニスと言えば「水の都」。これも後ほど紹介するが、港に隣接したサンマルコ島を指しているのだろう。島には車は一台もなく、全てが水路交通。もう一つ、ベニスと言えば、誰もが頭に浮かべるのがシェクスピアの戯曲「ベニスの商人}(The Merchant of Venice)である。




 ウイリアム・シエックスピアが16世紀の終わり頃書いたと言われる名作。どなたの翻訳だっただろうか、若い頃読んだ、うろ覚えの記憶によれば、ベニスの善良な商人・アントニーオと、強欲が故に、いつも憎まれ役のシヤーロックを中心とした物語。ひと頃は本も読んだ。でも最近はと言えば、ほとんど読んでいない。面倒くさいと言うか、さらさらそんな気にならないのだ。歳のせいだろうか。




 「肉は与えるが、契約書にない血は一滴たりとも流してはならぬ」。物語では、あの小気味いい名裁きの場面がある。いわゆる「人肉裁判」。シヤーロックへの借金のカタに自らの肉1ポンドを差し出す、としたアントニーオ。判決はアントニーオに自分の肉1ポンドを差し出すことを命じ、一方、シヤーロックには「契約書にない血は一切流してはならぬ」という大岡裁きともいえる判決を下すのである。


 「お前、ベニスの商人って知っているか?」


 「そんなの誰だって知ってるわよ。あの有名な、あれでしょう」


 「物語の中身だよ」


 「そんなの知ってるわけないじゃない」



 うちの女房はいつもそうだ。船の甲板の手すりにもたれながら弥次さん喜多さんの夫婦は、たわいもない会話を交わしていた。ついさっきまで中世の町並みや教会を絵のように演出してくれたサンマルコ島は、だんだん小さくなり、船は大海原へ。この頃になると、船は滑るようにではなく、海を切り裂くように進んでいく。時速で言えば、40キロ近いスピードになっているのだろう。


P1010369_convert_20120511213026.jpg



 クルーズはベニスから始まるのだが、旅の始まりは山梨市の片田舎。約20キロ先の甲府まで車で出て、JR甲府駅前から高速バスで成田空港に向かうのである。地元の山梨交通と富士急行、それに千葉交通の3社が甲府の郊外ともいえる竜王と成田を結ぶ高速の直行バスを運行してくれている。




 田舎者の弥次さん喜多さんは、そこそこ労り合いながら大きなトランクを引っ張って空港に向かうのである。甲府からだと順調にいけば、ざっと3時間の距離。しかし途中、交通渋滞が日常化している首都高速を通らなければならないので、この時間は、全く当てにならないのだ。


005_convert_20120511213142.jpg



 「安全」を考え、弥次さんと喜多さんは前泊を決め、空港近くのホテルへ。翌朝、シャトルバスで成田空港第1ターミナルに向かった。今回は前3回のクルーズ旅行の時と違って成田集合・解散のツアー。全国各地からの20人が顔をそろえた。(次回に続く)


※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


more...

新たな旅の出航


004_convert_20120509153058.jpg


 2年ぶりだろうか。女房を連れてアドリア海・エーゲ海クルーズの旅に出た。この1月、96歳になる母が逝った。10年近い入院生活の末であった。女房はそんな母の面倒を献身的に看た。看る方も、恐らく逝く方も悔いはなかった。母も喜んでくれたに違いない。照れくさいからそんなことは言わないが、そんな女房へのご褒美。もう一つ、気分転換の旅でもあった。




 空路、ドイツのフランクフルト経由でイタリアのベニチュアに飛び、そこから船の旅イタリアの島々を訪ね、ギリシャクロアチアを回って再びベニチュア戻る8日間のクルーズである。前後を入れると今回は12日間の旅であった。


075_convert_20120509153316.jpg


 日本ではゴールデンウイークが始まるちょっと前。乗客、乗員約3,500人を乗せた豪華客船MSC(ムジカ)は、現地時間で午後5時、汽笛とともにベニチュアの港を出港。ここは日本よりずっと西だから5時と言っても日暮れまでにはまだ3時間以上もある。まだ真っ昼間のよう。




 波も立てず、まるで海面を滑るように沖へと向かう。後ほど紹介することにするが、左手には中世の家並みが並ぶサンマルコ島が。15階建ての大きなホテルが海を走ると考えればいい。全長293・8㍍、幅員は32・2㍍。14階、15階のデッキからはサンマルコ島が丸ごと見える。ビルの上から島を見下ろしている感じだ.客室のテラスからだって同じだ。


023_convert_20120509153506.jpg



 サンマルコ広場を埋めた人たちがアリのように見える。よく見ると海岸寄りの人たちが出港する私たちに、懸命に手を振っている。船の下に目を転ずれば、港と島を行き交うボートが何隻も。いずれも50人、100人乗りだが、それすら木の葉のように見える。後方にはMSCとほぼ同じようなタイプのイタリア船が停泊、次の寄港地への出発を待っていた。



 「お父さん、あの船、いつか座礁して転覆した船会社の客船だってよ。そう、船長さんが真っ先に逃げてしまった、あれ。この船、大丈夫かしら。私、泳げないんだから・・・」



 女房が後方のイタリア客船を指さした後で、甲板から遙か下の海面を見下ろしながら言った。その表情はおどけと不安が入り交じっていた。



 「バカ、この船が簡単に沈むものか。飛行機も船も今や安全な乗り物なんだ。万一の万一、沈むことがあってもオレと一緒だ」



 この船も出航の1時間前、救命避難の訓練をした。以前、乗ったハワイ4島巡り(8日間)やアラスカ(同)、大西洋―パナマ運河横断―太平洋(15日間)のクルーズの時と同じ。2,000人を超す乗客は、船内アナウンスの指示で、デッキや甲板、普段はラウンジバーとして使用される大きなホールが訓練会場。乗客はそれぞれの客室のクローゼットに備えられた救命胴衣を抱えて集まるのだ。救命胴衣の着け方や脱出ボートの乗り方などを教えてくれる。


011_convert_20120509153637.jpg


 飛行機での出発前のそれと同じように、何人もの職員が解説付きでやってみせる。ボートへの乗船訓練まではしない。黄色い救命胴衣を頭からスッポリ被り、後ろからのベルトを胸元で締めるのだ。船はそんな訓練をした後の出航だった。(次回に続く)



                  ※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


more...

送られて来た友の著書

book_convert_20201217224631.jpg 


 本を読まなくなった。世に言う「活字離れ」などと言う、もっともらしい理由ではない。一口に言うならば、「歳」のせいだ。眼が疲れて、すぐにギブアップしてしまうのである。「若い頃は…」と言ったらヘンだが、夜の時間など、退屈しのぎで、本に暇つぶしを求めたものだ。




 ところがどうだ。「最近」などと限定しなくても、この数か月で読んだ本は一冊あるかないかだ。≪積ん読≫だけが増える。特に夜。この時季、日暮れが早いから、いつもの晩酌を済ませば、その後の夜は長い。最近では、読書の代わりはパソコンだ。インターネットでブログを読ませていただいたり、自らも、つまらぬエッセイじみたものを書いたりもする。




 パソコンは「暇なおじさん」を、そこそこ遊ばせてくれる。いい歳をして、知らないことばかりが多い「おじさん」にとってパソコンは≪玉手箱≫のような存在なのだ。あの小さな文字の漢和辞典や英語の辞書など、まっぴらごめん。第一、ページをまくる手間もなく、キーさえ叩けば何でも教えてくれる。
パソコン



 パソコン操作はもとより、webの世界に弱いアナログおじさんにとっては、パソコン遊びは、毎日が冒険であり、未知なる世界への探検なのだ。ここでは詳細は避けるが、その≪冒険心≫が良からぬところへ足を踏み入れ、閉口させられたこともあるし、普通の人ならなんでもないだろうシステムトラブルにハマったことも。



 そんな本を読まなくなった私のもとに、友人から一冊の本が送られてきた。自らが上梓したもので、表題は「ディランと良寛 表現するヒト」。この男、もとはと言えば、新聞記者。群馬県で、確固たる歴史を持つ地方紙・上毛新聞で活躍。論説委員も務めた。著書を出版したのだから、名前を書いてもいいのだろう。送り主は群馬県高崎市在住の小林忍、という。




 もう40年近くも前になるだろうか。生業の勤務先は違ったが、東京で仕事をご一緒させていただいたことがある。私とは7つ8つ若いから当時は20代。私と同年代の仲間で後に、やはり論説委員長や群馬県の教育委員長などを務めた方の≪相棒≫として頑張っていた。
  r
良寛

 人間とは、所詮は身勝っ手、都合のいい理由を付けたがる生き物かも知れない。「眼が疲れるから…」を口実に、読書から遠ざかっていた人間が、この時ばかりは違った。ほとんど全てと言っていい書物は、読者は著作者を知らない。しかし「ディランと良寛 表現するヒト」は違った。


  「あの人がどんなことを書いたのだろう」。約200ページを一気に読んだ。ボブ・ディラン。米国のシンガーソングライターで、ノーベル文学賞を受賞した人、くらいのことは知っているが、ハナから音痴の私が、その音楽など知るはずもない。ちょっとしたジェネレーションギャップもある。




 片や良寛。こちらは日本人なら誰でも知っている。でも本当の良寛を知っているかというと、そうでもない。著者は良寛の生まれ在所・新潟県に何度も足を運び、良寛の「素顔」と「表現」の奥深さに迫った。評論家手法ではない、≪足で書く≫新聞記者らしい一面が作品の節々に現れている。


 「ディランと良寛 表現するヒト」。表題からも硬派の読み物であることも間違いない。それもそのはず?筆者は大学(早稲田)では哲学科を専攻。兎に角、興味深い作品だ。お正月にでも、もう一度読み返してみようと思っている。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


アナログ人間のリモート会議

リモート大再編    


 「へえ~、案外、簡単に出来るんだ!」


 今時、笑われるかも知れないが、初めてのリモート会議に参加させていただいての率直な感想だ。我が家の居間に居ながらのオンライン。公益社団法人日本ユネスコ協会連盟の計らいで、ユネスコの中部東ブロック4県連(山梨、神奈川、静岡、長野)の会長会議。事前に事務局の皆さんの懇切丁寧なリードがあったことは言うまでもない。

ユネスコ


 今年1月。中国・武漢に端を発した新型コロナウイルス感染症は、あっという間に世界中に蔓延。地球上の全てと言っていい人間の日常に、取り返しのつかないような影響を与え、生活の基盤でもある経済まで、どん底に叩き込もうとしている。政治まで翻弄、その成り行きによっては世界の指導者の≪首≫まで左右しかねない勢いなのである。




 職場や家庭、街ゆく人たちは、誰もがマスク姿。異様とも思える光景は今や当たり前になった。週末、ママに連れられてやって来る孫娘を抱きしめようものなら、その口から出るのは「お爺ちゃん、ソーシャルディスタンスだよ」。ハイタッチも「グー」だ。その孫娘(小学1年生)によれば、この寒空に教室の窓は開けっ放し。平常なら考えられない光景である。




 コロナ騒動は、そんな日常の一コマ一コマばかりでなく、世界中の働く人たちの在り様まで変えつつある。「ワ―ケーション」などと言う奇妙な言葉まで生んだ。リモートという名の在宅勤務もその一つ。仕事も、それにまつわる会議もオンラインで。何もかも変わろうとしているのだ。

パソコン加工


 コロナ騒動は、私のようなアナログ人間の≪デジタル化≫をも、大なり小なり促していくに違いない。平常なら、リタイア組で、しかもアナログ人間の私がリモートによる会議など、およそ出っくわすことはなかっただろうし、その便利さに気付くこともなかったに違いない。




 リモートによる県連会長会議は、昨年秋、静岡・磐田市で開かれた同ブロックの研究大会以来の≪再会≫である。会長さんたちはむろん、協会連盟の理事長や事務局長、部長さんたち。コロナ禍に遭遇しなかったら先月、今年の研究大会の開催地・我が山梨県の甲府市で顔を合わせていたはず。



 何もかも歯車が狂った。画面での≪再会≫。リモートによる会議は、もちろん各県の活動の現況報告や今後の活動の在り様の検討だ。様々な情報を共有しながらコロナ禍にあっての組織運営や活動の在り様を模索することにある。

リもーーと


 コロナ騒動は、人間どもの習慣や価値観を良くも悪くも変えつつある。外国との往来はむろん、相互理解の源でもある「スキンシップ」を遠避けたり、元気よく(大声で)話すことすら戒めた。全国各地に何万といる民間のユネスコ関係者が志して来た活動の根幹・国際理解や相互理解の精神とは、少なくとも逆行。皮肉な現象をもたらしているのである。




 半面、とかく漫然と生きて来た私たちを、あらゆる場面で立ち止まらせ、生き様を見直し、チェンジするきっかけを作ったことも確か。大げさな言い方をすれば、人間の価値観、社会の価値観まで変えようとしているのである。


 「この機会に活動の在り様を根本から見直そう」。リモート会議では当然のように、そんな意見が。コロナが促したリモートの背景にある課題はいっぱいだし、それが私たちアナログ人間にとってもチェンジへの道しるべなのだろう。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


看板はなくてもいい?

 ハワイでも、シアトル、アラスカ、そしてカナダのビクトリアでも、なぜか街がスッキリしているように見えた。あっ、そうか。看板だ。商店にも、歯科医などのお医者さんにもケバケバシシイ看板がない。これとは対照的なのが中国や韓国である。カラフルと言えば聞こえがいいが、いかにもドギツイ。皮肉なことに、この看板のドギツサが中国や韓国のイメージにすらなっている。日本だって、それに近い。


 行く先々、ハワイやシアトルにも中国人街や韓国人街があった。やはり看板がドギツイ。もちろん国が違うから文字が違うのは当然だが、共通しているのは色だ。などの原色を使っている。看板の目的からすれば当たり前の色手法だ。しかし周囲との調和とか落ち着きと言う観点から見れば確かに疑問が多い。


中華街1

 ロサンジェルスのハリウッドに近いところにある ビバリーヒルズ に行ったことがある。ハリウッドなどの有名人が多く住む高級住宅街だ。この街には看板がなかった。町の政策で看板の設置を抑制しているのだそうだ。景観を保全するためである。そのためか街全体に落ち着きがあって、それが気品のようなものまで醸し出しているから不思議だ。アメリカでは景観保全が進んでいる。その入り口がこの看板かもしれない。

アメリカ景色住宅


 ホノルルに住む従兄弟夫婦が歯科医を営む息子のところへ連れて行ってくれた。その≪歯科医院≫はハワイ州庁などがある官庁街の一角にあるビルの一室にあった。20階建てぐらいの、普通のオフイスビルである。○○歯科といった日本にあるような看板もなければ、もちろんネオンもない。エレベーターで13階に昇ると、廊下の両側に何の変哲もない部屋が並んでいる。言ってみればみんなホテルの部屋のようだから、ドアにあっさり書いてあるネームを見なければ何の部屋かは分からない。



 「患者にとって不便だって?そんなことはないさ。日本のよぅに大きな看板がなくたって、十分にここに来られるんだよ。電話帳もあれば、住所や電話番号がある広告が載ったフリーペーパーもある。ここでは通りがかりで来る患者ではなく、ほとんどが予約制。歯医者ばかりでなく、患者側はみんなホームドクターを持っているんだよ」



 従兄弟は私の疑問になんでもないように答えてくれた。確かにハワイではこのフリーペーパーがかなりの数で発行されていて、スーパーなどには必ず置いてある。もちろんフリーペーパーは有料ではないから、発行者にとって広告は唯一の収入源。生鮮食料品から衣料品、自動車などあらゆる業種の広告を載せている。その歯医者の広告も載っていた。



 消費者は買い物帰りにこのフリーペーパーを店頭から自由に持ち帰り、ニュースを読み、広告を見るのである。フリーペーパーが進んでいるこの国では有料の新聞などとらなくても済むのかも知れない。フリーペーパーはみんなタブロイド版。中身も気軽に読めるよぅに工夫されている。日本の日刊ゲンダイもあった。


 確かにドギツイ看板は街の景観を壊す。スッキリした街並みは街往く人たちの心を落ち着かせる。日本は街の景観保全後進国かもしれない。ここでも米国に学ぶところは多い。

※(再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ)
.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


more...

人種の坩堝アラモアナの街


アラモアナ2



 ワイキキから車でそう遠くない所にあるアラモアナショッピングセンター。そこはショッピングセンターというより、それ自体が大きな街だ。香水や時計、めがね、バックなど世界の一流ブランドの店がずらりと軒を並べ、一日中、大勢の人達で賑わう。




 ハワイ、特に州都・ホノルルがあるこのオアフ島は、いわば世界のリゾート地。一年中常夏の島だから、世界中から、それぞれのスタイルでバカンスを楽しむ人達がやってくるのだ。こうした人達のショッピングロードでもある。もちろんショッピング街の構成は、ブランド品ばかりではない。地元の人たちのお買い物広場でもある。


アラモアナ1



 アメリカ本土のどこかは定かではないが、このアラモアナをしのぐショッピングセンターが出来て、その規模では全米№2となったというが、世界の知名度からすれば№1だろう。恐らくこのオハフ島にやってくる観光客で、ここに来ない人はいないといわれるくらいのスポットである。




 そこにはショッピング好きの人間達をひきつける魅力を十分に備えているのだろう。日本、とりわけ山梨の田舎からやって来た女房でさえ、ここに来ると嬉々とする。その気持ちも分からないわけではないが、私の場合、到底そんな気持ちにはなれないのだ。




 サラリーマンを辞めて「毎日が日曜日」の今、スーツも要らなければ、ネクタイやワイシャツ、靴だって要らない。スーツひとつとってもメタボになって体が入らないものも含めて、長いサラリーマン人生の中で買い込んだものがいっぱい。どうせ着ないのだから処分したいくらいだ。普段、忘れっぽいのでバックは持たないし、ブランド趣味などさらさら持ち合わせていないので、時計やサングラスなどにも興味がない。あらゆるものが機能的なもの、一つかふたつあればいいのだ。




 「お父さんて、ヘンだよね。マージャンや競馬、カジノなんかのギャンブルに使うお金はなんとも思わないのに・・・。まったくヘンよね。物だったら残るんじゃない」


カジノ#12861;


 女房には、よくそう言われるのだが、自分でも不思議なくらい興味がない。醒めているといった方がいい。




 とにかく女房の買い物が済むまで街路のベンチで座って待つことにした。これが面白い。ここは世界の人種の坩堝といってもいい。目の前をさまざまな人種の人達が行き交う。白人もいれば黒人もいる。私のように黄色いのもいれば、それよりちょっと日に焼けた人達もいる。目つきからロシアやドイツ人らしい人もいた。日本人らしい若者達も。でも中国や韓国人との区別はしにくい。年老いた人は比較的少ないが、デブもいればスマートな人もいる。なぜかブスが少ないから不思議だ。ここを歩くと綺麗に見えるのかもしれない。


アラモアナ3  


 目の前にはルイ・ヴィトンが、すぐ後ろにはディオールが。面白半分、覗いてみたら、いるいる。日本人女性たちが・・・。年の頃は2~30代から40代。スマートな黒いスーツの紳士然とした店員が日本語で丁重に応対していた。店内には10人近い女性がいたが、いずれもグループではなさそうだ。みんなのお目当てはどうやらブランドのバックらしい。


※(再掲載=クルーズ船の旅シリーズ)


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


続・季節の音

落ち葉 秋 紅葉2_convert_20121206192653  


 柿の木が橙色の実だけを残して、丸裸になると、地べたでは落葉がカラコロと風に舞う。まさに晩秋の風情だ。≪晩秋の音≫≪初冬の音≫と言っていい。カラコロと音を立てて舞うのは、この柿の葉ぐらいのものだろう。秋の葉、カエデやイチョウには、風に舞ってもカラコロと風情ある音は出せまい。




 石原裕次郎と浅丘ルリ子のデュエット曲の一節だっただろうか。「♪落ち葉 くるくる 風に舞う・・・」。歌の通りである。街路樹だろうか。イチョウやカエデが風に舞う≪音≫が目に浮かぶ。

落ち葉 秋 紅葉_convert_20121206193103


 ものの哀れや、もの悲しさを感ずるのもこの音であり、この時季。カラコロという音はうすら寒い霜を呼び、やがては木枯らしや冬将軍を呼ぶ。季節の移ろいは、紅葉や枯れ葉だけではなく、本当は≪音≫が知らず知らずに導いていくのである。


  氷が張り、その勢いを増して、割れる音は冬のさなかであり、やがて来る春の訪れの音である。山梨のお隣、長野の諏訪湖で見られる「御神渡り」はその一例。諏訪湖の湖水に張った氷が上諏訪の上社方面から下諏訪の下社に向けて割れて盛り上がり、ひと筋の≪道≫を作り出す神秘的な現象である。その時、「バリ、バリ」という音を伴うのだという。




 その音は≪厳冬期の音≫。空には「ヒュー、ヒュー」という木枯らしの≪音≫が。この時季の風を私たち甲府盆地に暮らす人たちは「空っ風」という。内陸地方特有の乾燥した風だ。子供の頃、その空っ風は家の戸障子まで揺るがし、毎晩のようにカタコトと「音」を立てた。今のようにサッシ戸に防護された住宅と違って昔風の田舎家だったから、その音は子供心に怖くもあった。

秋


 布団も今のように羽毛などといった保温性に優れたものではなかったので、子供たちは木綿のせんべい布団の中で身を丸め、寒い≪冬の音≫を聞くともなく聞くのである。植込みなど外の木々を揺らす音まで重なるから、寒々しさと、物寂しさが増幅するのだ。




 そんな≪冬の音≫も住宅事情が一辺にかき消した。そればかりではない。温暖化という地球を丸ごと変える異変なのか、空っ風そのものが吹かなくなった。≪季節の音≫の中にも消え去って行くものもある。そうではない。便利を追及したり、それを享受しようとする私たち人間どもが、その≪季節の音≫を消してしまっているのかもしれない。




 季節を感ずるのは、分かり易い気温や周囲の自然が醸し出す色ばかりではない。自然界は「音」でも季節の移ろいを語りかけてくれるのである。春雷や稲妻を伴う夏の夕立も≪季節の音≫。しかし人間どもは良くも悪くも、そんな≪音≫を消したりもするのだ。ただうるさいだけで、何の変哲もない自動車の騒音などがその一つ。

カレンダー
 

 里の秋はいつの間にか深まっていく。今年の秋はやけに短く感じた。歳のせいなのだろうか。それとも自然のいたずらなのだろうか。12枚あったはずのカレンダーも何時の間にか1枚になった。ロータリークラブの例会場としていつもお世話になる割烹旅館、農協や農機具屋さんなどから新しい年のカレンダーが。師走は猛スピードで駆け抜けて行く。コロナで明け暮れた一年。新しい年の≪音≫は果たして、どんな音から始まるのだろう?





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


more...

季節の音

柿2_convert_20121201143454


 真っ赤というか、橙色の柿の実がいっぱい。葉っぱをみんな落としてしまったので、≪晩秋の色≫とも言える柿の実だけが青い空に浮かび上がるのだ。木の幹と枝。そこに吊る下がった柿の実。葉っぱがなく、丸裸だから、いかにも寒々しい。もちろん、その実は一斉に実るわけではない。光という太陽の恩恵をひと際よく受けた実は、色付きばかりか形も大きい。存在感もある。人間どもを喜ばせるのだ。

柿3_convert_20121201143702

 一方、太陽に背を向け、葉っぱなどの陰で育った実は小さく、色付きも悪い。それはすべての動植物に言えること。人間だって逞しく育つ者もいれば、弱弱しく、頼りなく見える人だっている。太陽に向かって生き、自然の荒波や苦難乗り越える。自然界の掟かもしれない。




 草食人間という言葉がある。ライオンなど獰猛な肉食動物に対してウサギやヤギなど草食動物の例えなのだが、その草食人間がどんどん増えているのだそうだ。その増加は社会現象にも表れているという。ある調査会社のデータによれば、草食系男子の非結婚率は極めて高い。結婚適齢期になっても異性を求めない人が多いのだそうだ。男性ばかりでなく女性にも言えるという。

うさぎ

 いい言葉ではないが、かつて「貧乏人の子沢山」というのがあった。経済的には貧しくても、親たちは、その「子沢山」を立派に育てた。親たちの世代は9人、10人は珍しくなく、戦中生まれの私たちの時代でも4人5人は当たり前だった。今の若者たちは「子供を産めないのは経済のせい」という。どちらが先かは別に、評論家先生たちも「経済的貧困」を説くのだ。




 果たして、少子化の原因が、それだけだろうか。特に若者たちの間で進行する「草食人間化」が背景にないのか。社会の在り様や経済のせいばかりではあるまい。兎に角、都市部と違って人口減少がどんどん進む地方では、わんぱく小僧たちが醸し出す「音」(声)は、どんどん消えている。。




 ひ弱な柿は外敵にも狙われ易い。いっぱい生る柿の実の中でも他よりも早く熟してしまうヤツは、害虫や病気に侵されているのである。そんな弱虫を鳥たちは、黙って見ていない。格好な餌食なのである。百舌鳥(モズ)やカラス。そのくらいは分かるが、名も知らない鳥もやって来ては、一足早く熟れてしまった柿の実を容赦なくつつくのである。




 柿は、数ある果物の中でも特異で、実が熟れる頃になると、それを支えてくれた葉っぱを、すべて落とす。丸裸になった木に赤い実がいっぱいついているから、実の存在がクローズアップするのだ。葡萄にしても、桃にしても、ほとんどの果物は実が熟すまで葉っぱを付けて援護する。

白い梅


 実ではないが、柿と同じような生い立ちをするのが梅の花。柿の実が秋の象徴なら、梅の花は新春の象徴。この梅も特異で、葉っぱを一枚も付けない丸裸の枝に花を付ける。そう、花さか爺さんの「枯れ木に花」だ。その花は白梅であったり、紅梅であったりする。実を付ける時、初めて葉っぱを付けて最後まで青い梅の実をガードする。春を告げる桜も同じだ。自然界は様々なスタイルで息づき、また黄昏を迎える。それを繰り返しながら年輪を重ねていく。そこには有形、無形の「音」がある。(次回に続く)




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


more...

写経の願望

 西安碑林
碑亭「石台孝経亭」:写真 中国石刻大全より


 
※再掲載の「クルージングの旅」シリーズを、ちょっと一服
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 この歳になっても、やってみたいことは山ほどある。写経もその一つだ。写経が持つ何となくのイメージから「歳」とか、「抹香臭さ」を感ずるかも知れないが、そうではない。一義的には毛筆が上手になりたい、という欲望。もう一つは心のゆとりへの願望だ。裏返せば、幾つになっても、それが出来ない人間の証かも。




 「11月から写経を始めました。テキストは(お経の)一言ずつを解説したものを使っています。毎日、コツコツと積み重ねることが大事だと思っています」

865736_s(2)_convert_20201206025711.jpg


 甲府に住む友人から、こんなメールが。山梨県の市川三郷町に行った折に思い立って、町にある「碑林公園」を紹介して差し上げたメールへの返事である。この方は県外の出身者で、勤務先の人事異動で甲府に赴任。どうやら、探求心や行動力は至って旺盛。思ったら、すぐにでも行動に移せるタイプらしく、毎日のジョギングも欠かさない。むろん健康づくりが狙いだ。しかし、一方で「赴任した地をより多く知りたい」という真摯な思いもあるのだろう。毎朝、夜明けを待たずして起床。出勤前の時間を活用しながら、走るのだそうだ。


市川三郷の碑林公園
市川三郷の碑林公園:市川三郷町HPより


 市川三郷町にある碑林公園には、中国・西安にある「碑林」をまねた漢字の碑が所狭し、と並ぶ。西安の「碑林」は漢字の殿堂ともいえる存在。もう40年近く前になるだろうか、私も訪ねたことがあるが、その碑林群の規模には圧倒された。西安の碑林は漢字の原点を残すもの。日本で書を志す人は、一度はこの地を訪ねる、と言われるほどだ。

西安2
寧静致遠碑(清康煕三十六年:1679年)他:写真 西安石刻大全


 言うまでもなく、中国は漢字の国。しかし、毛沢東による文化大革命によって、その略字化が急速に進んだ。例えば、雲は「雨かんむり」を略して「云」、技術の「術」は「へん」や「つくり」の一部を略して「ホ」といった具合。到底、私たち日本人には読めない「漢字」となった。略字化は本来の漢字全体に及んでいるのだ。




 文化大革命以降の中国人は、略字の漢字を教わって来た。つまり、略字の文字が中国の文字・「漢字」なのだ。「いまに、日本人が中国人に本当の漢字を教える時代が来る」と、笑い話のような話をする人さえいる。それはともかく、書を追求する人たちにすれば、碑林はお手本であり、神様のような存在かも知れない。




 市川三郷町は全国屈指と言ってもいい和紙の町。その中には書道用紙もある。同町の旧市川大門町が西安の「碑林」を模した「碑林公園」を作ったのも、そのためだ。書を志したり、漢字に興味を抱く人たちにとっては、格好の教材スポットでもある。全国的にもここだけしかないスポットだ。




 現代人は文字をだんだん書かなくなった。デジタル化が、それを後押ししているのだ。アナログ人間の.私でさえ、こうして文章を書くのもパソコン。手紙は電子メールに変わった。ボツボツ書かなければならない年賀状もパソコン処理だ。




 パソコン文字は手書き文字と違って、味もソッペもない。お正月、年賀状を拝見していて、稀にお目にかかる手書きの毛筆文字を見た時、「俺も、こんな文字を書けたらいいな」と、つくづく思う。友のメールを拝見しながら、「よう~し、俺も来年は写経で毛筆を習おう」と。よく考えたら、そんなことを決意するのは今回が初めてではない。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


日本人の寿司屋さん


船  


 「へぇい いらっしゃい」



 アラスカクルーズの豪華客船のレストラン・寿司バーでへんてこな寿司を食わされた私を気遣ったのか従兄弟夫婦はハワイに戻ってホノルルの官庁街に近い所にある日本人の寿司屋に連れて行ってくれた。この寿司屋は「歌舞伎」という屋号でもう20数年この地で営業しているのだそうだ。以前にも連れて行ってもらったことがある。



 大将はもちろん日本人。新潟県の出身だという。ふけて見えるが私より5つも若い60歳だ。



 「久しぶりですね。お元気でしたか」



 私の顔を見て大将はニコニコしながら愛想よく話しかけてきた。店のつくりは10人ほど座れるカウンター席と、その手前に10人ぐらいのテーブル席が並び、そのおくにはやはり10人ぐらい座れる座敷が設けてあった。通りすがりに見るとテーブル席にも座敷にもそこそこのお客が入っていた。



 カウンター席にはマグロやアナゴ、海老、烏賊、ハマチ、ウニ、イクラ、日本の寿司屋にけして負けないようなネタが並んでいた。シャリはカリフォリニア米を使っていたが、小粒で、決してまずくない。奥まったちょっと高いところには神棚、正面には大きな招き猫が置いてあった。棚には日本酒や焼酎も。ビールは日本のキリンを用意してくれていた。


寿司


 「やっぱり、寿司屋はこれだ」



 店のつくりや雰囲気を見る限りハワイにいることを忘れるくらいである。テーブル席と座敷にはいかにも日系人らしい家族連れと白人が桶に盛られた寿司を美味しそうにほうばっていた。まだ時間がちょっと早いのか、カウンター席にはお客はなく、大将との話は、はずんだ。



 その大将はアメリカンフットボールの大ファンだそうで、それに輪をかけたように大好きな従兄弟とよく話が合う。この大将と親子ほども歳が違うせいか、従兄弟夫婦はいつも「ヨシオ、ヨシオ」と名前を呼び捨てで呼んでいる。従兄弟夫婦も、その子供たちも寿司が大好きだそうで、週に一度か二度必ず来るのだそうだ。



 隣の席に夫婦らしい年配の白人が座った。



 「ヘロー」。そのヨシオはそれまでの新潟弁交じりの日本語から一転、英語で迎え、英語で話しかける。注文のマグロも「ツナ」変わるのである。そうなると店の雰囲気はガラリと変わり、なにかへんてこな気分になる。寿司は「スシ」だがネタはすべて英語である。




 寿司は日本の料理。だから、ネタの呼び名だって、日本語で言えばいいのに、と思った。そんな私の目を見ながら大将は「これ、しょうがねえんだよねえ。おれたちゃあ英語と日本語を使い分けなきゃならんのですよ」という。お客は普段、白人が多いから、言葉も英語のほうが多いのだそうだ。アメリカばかりでなく、あっちこっちの国で寿司が健康食として人気を集めているそうだが、その食べ方でも≪日本を主張≫できないでいる。

※(再掲載=クルーズ船の旅シリーズ)


.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
ブログの殿堂」をクリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


へんてこな寿司屋さん


 8日間のアラスカクルーズで日本人には一人も出会わなかった。ハワイからツアーできた日系人はいたが、純然たる日本人は私たちだけ。その日系人たちも日本語はほとんど駄目。いつもこの船には日本人が少ないのか、日本人向けのサービスはゼロに等しい。


イラスト寿司


 しかし、ちょっぴりカルチャーショックに陥りそうな私たち日本人にとって嬉しくなったのは寿司や鉄板焼きのレストランがあったことだ。のぞいて見るといつも白人達でそこそこ賑わっていた。「鮨バー」と大きく書かれてあって、中にはカウンターもある。鮪、烏賊、海老などそこそこのネタが並んでいるが、へんてこな巻き寿司が妙に気になった。海苔を使わず、キュウリなどちょっとした具を中心に渦巻状に巻くのである。




 へんてこといえば、このレストランはへんてこだらけ。まず、外観から気に入らない。店内の装飾は唐草模様。鮨を握っている親爺、というより息子といったほうがいいかもしれないが、その男は色がちょっと黒い。おそらくタイかマレーシア人である。のっけから寿司屋に行った気分にはならない。白人の男女達が、箸を使って、ワイングラスを傾けながらへんてこな巻き寿司を食べているのである。  


寿司



 食べてみたら、もっとへんてこ。シャリは細長いカリフォルニア米。百歩譲ってカリフォルニア米はいいにしてもシャリの味が全く駄目。シャリに酢を打っていないのである。「これが鮨か」、口には出さないが、腹が立った。それでも白人のお客たちはそこそこ美味しそうに食べているからなおさら腹が立つ。




 まだある。この鮨バーの入り口の壁には鮮やかな朱色で蛇の目傘が描いてあるのだが、その傘に書かれている文字がなんともへんてこである。漢字なのかなんだか分からない。ここばかりでなく船のデッキの壁面に書かれた蛇の目傘も同じだった。




 よく考えてみれば、このようなへんてこな場面は多々ある。たとえば、映画を見ていても日本人を描きながら、着ているものがチャイナ服のようなものであったり、部屋の家具がいかにも中国風であったりするケースによく出会う。欧米人は日本と中国、韓国など東南アジアの国国の区別がよく分からないのである。 




 「経済大国日本」、なんて言われているらしいから日本は世界によく知られると思っていたら大間違いということがよく分かる。日本の文化が私たちの意に反して以外に知られていないということである。国際化はどんどん進み、情報テクノロジーは急速に進化しているのに、その溝はまだまだ埋まっていない。へんてこりんな鮨バーだって、そのオーナーなり、担当者がちょっと勉強すればすぐ理解できるのに、と思うのだが・・。




 待てよ。その逆の場合はどうだ。私たちがアメリカやフランス、ドイツ、その文化を十分に理解しているだろうか。残念ながら、はなはだ疑問である。≪知っているつもり≫ だが、案外知らないことがいっぱいではないだろうか。
 同じ言葉を使うアメリカ人とイギリス人はおろかアメリカ人とフランス人の生活習慣や文化が分かるだろうかと考えたら、私はノーだ。他人事のようなことを言えた柄ではなかった。

※(再掲載=クルーズ船の旅シリーズ)



.ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の
ブログの殿堂」をクリック いただけると励みになります。
人気ブログランキング【ブログの殿堂】


ありがとうございました!


more...

ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは、身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!