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ハワイの寿司屋

すし屋3


 「やあ~、お久しぶりですねえ。一年ぶりですかねえ。今回はどちらに?・・・。まあ、お座りになってくださいよ。旨いヤツ、握りますから・・・」




 鍵型に15人ぐらいは座れるカウンターには5、6人の白人や日系人らしいお客が座っていた。私達夫婦の顔を見るなり、まるで古くからの客のように、この寿司屋の大将は満面に笑みを浮かべながら迎えた。寿司屋の大将は、日本ならねじりハチマキが似合うのだが、ここはハワイ。白ずくめで、コックのような帽子を被っている。


すし屋4


 店の名前も「KABUKI」(歌舞伎)。ホノルルの市役所や図書館などがある市のいわば官庁街の一角にある。日本の新婚さんが結婚式を挙げることでも有名な教会のすぐ近くだ。夜の帳を下ろすと、この一帯もなんとなくムードを変える。店に入ると30人ぐらいは座れそうなテーブル席、その隣には畳の座敷が。カウンター席はテーブル席の左の奥まった所にある。比較的大きい部類の寿司屋さんだろう。


kabukiレストラン

 私自身もそうだが、店の大将は、古くからの顔馴染みのように思っているらしいが、この店に来るのは4度目。最初は仕事絡みで来た5、6年前のハワイ、ラスベカスの旅。次いで一昨年のハワイ6島クルーズ、昨年のアラスカクルーズ、そして大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋クルーズの今回だ。




 最初のラスベカスを除いて、いずれも女房との弥次喜多旅行。8日間から、今回のように15日間の船旅だ。ステーキやローストビーフ、ロブスター、スパゲテーなど≪あちら≫のものばかり食べさせられていると、旅の何日目かになると、無性に寿司や天ぷらが食べたくなる。いつもハワイを拠点に動くことにしているから、ハワイに戻ってくると決まってこの店に。不思議と日本に帰ってきたような気持ちになるのだ。


寿司

 大将は新潟県出身で、64歳。三十数年前にハワイに来て、寿司屋を開いたという。同世代ということもあってか、妙に気が合うのだ。1年ぶりなのに私の好みまで覚えてくれている。「最初は鮪でしたね・・・。ヘイ鮪」と言いながら、私の好きなトロやウニ、イクラ、コハダやアオヤギ、アナゴなどを黙っていても握ってくれる。




 メニュー表はもちろん英語「ヘイ、ツナ(鮪)」。私たちとの会話は日本語だが、ほとんどが英語。当たり前のことだが、英語と日本語を使い分ける大将が奇妙に写る。正面には神棚が設えられていて、その脇には大きな目を見開いた招き猫が。


招き猫

 日本酒もあれば、キリンやアサヒ、サッポロと日本のビールも飲める。やっぱり日本酒がいいし、日本のビールがいい。でも、ビールの味が心なしか違う。カナダなどの工場で作っているのだそうだ。「やっぱり分かりますか」。大将は頷くように言った。




 「このシャリ、旨いね。新潟産?」



 「とんでもない。なんでもそうですが、日本から取り寄せたんじゃあ採算に合いませんよ。カリフォリニアですよ。結構いけるでしょう。日本人はカリフォリニア米をバカにするけど、旨いんですよ。寿司米は何も高級米でなくてもいいんです」

※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


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異国の文化

スシ
 よく考えてみれば、異国の文化などというものはそのまま伝わったり、そのまま受け入れられるものではないのだ。今度のアメリカ旅行中、あっちこっちで見たり、接した日本の文化は、一見へんてこりんに、見ようによってはものの見事にアレンジされて、人々の間に、何事もなげに息づいていた。食の文化もしかり、風俗習慣もしかりだ。言葉だってそうかも知れない。




 確かに寿司は日本生まれだ。だからといって、そのシャリはササニシキやコシヒカリなど日本米でなくて、あの大きくて細長いカリフォリニア米でいいし、その国の舌に合わなかったらシャリに酢を打たなくたっていい。ネタだって鮪や海老、烏賊や蛸、コハダやアオヤギなどの生鮮海産物ではなく、果物野菜だっていいのだ。現に日本の回転寿司だってアボカドやメロンの寿司も登場している。家族連れの子供たちは、むしろ自然に受け入れてしまっているのだ。




中華


 立場を変えて、私たちが日本で口にしている中国料理は、はたして本当の中国料理か。北京料理とか上海、広東、四川といった料理は大なり、小なり日本風にアレンジされているのである。日本人の舌に合わせてあるのだ。横浜の中華街で食べる中華料理だって何の違和感もないのはそのためである。




 もう20年ぐらい前のことだが、北京に近い河北省の省都・石家荘を訪ねたことがある。そこは、かつて日本軍が駐留したこともある所だそうだが、私が訪ねた当時、日本人観光客は極めて少ない地域だった。食事をした時のことだ。テーブルに並ぶ美味しそうな料理はどれも香料?が強い。当然のように、その感じ方が口を突いて出る。中には「ふりかけか梅干でも持ってくれば良かった」と、言う人も出る始末。


中華2

 驚いたのはその翌日だ。日本人の鼻を突いたその香料がものの見事に消えていた。言葉が分からないかのように前日は、何の反応も見せなかったレストラン側が、中国料理を私たちの口に合わせてしまったのである。同席した日本人は顔を見合わせて一瞬ホッとした。でも待てよ。私たちはお陰で滞在中、本当の河北料理を食べなかったことになる。





 漢字。いうまでもなく日本には中国から伝わった。しかし、同じ字を書きながら≪本家≫の中国と日本ではその意味が全く違うものは少なくない。例えば、中国ではトイレットペーパーの意味がある「手紙」がどうしたことか日本に来たら、便りの手紙に。中国の「火車」は日本では「汽車」。因みに日本の「汽車」は、中国では「自動車」なのだ。




 伝わる過程で変わったのか、故意に変えたのかは分からないが、文化の移動には、こんなことはおおよそ付き物だろう。≪本家≫から見たり、自分側から見れば、へんてこりんだが、実は人種や国境を越えれば、当たり前のことかもしれない。私たちが今、何事もないように受け入れている外国の食文化や習慣、マナーだって≪本家≫の国の人達から見れば、へんてこりんに写ることはいっぱいあるに違いない。片方の違和感で目くじらを立てたって仕方がない。文化とはおおよそそんなものだろう。

※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


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文化とは何だ

ショー


 何かヘンだ。外国人から見た日本の文化とは一体なんだ、とつくづく思った。実際とみんな何かちぐはぐなのだ。15日間の大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズを中心にした約1ヶ月のアメリカ旅行で、そんな場面に度々出っくわした。
例えば、今度の旅のメーンとなった船の中。インフォーメーションカウンターやロビーがある7階には「スシバー」(SUSHI BAR)がある。その隣には「鉄板焼きバー」(TETSUPANYAKI BAR)が。鉄板焼きはともかく、なんとなく違和感を感ずるのは寿司屋だ。


スシバー1  寿司あー2


 カウンターはそこそこ。その中で寿司を握っているのは、恐らく東南アジアの若者らしい男だった。私よりかなり≪日焼け≫していた。新鮮な魚介類を扱う職人が持つ「威勢」や「愛想」などというものは微塵もなく、黙々と客の注文に応じている。お客はみんな白人だ。箸と並んでフォークも。それはそれでいい。問題は寿司そのものだ。





 もちろん、鮪もあれば、海老もある。ところが、メーンは巻き寿司。海苔巻きかというとそうではない。太巻きの中の渦には海苔が見えるのだが、周りには海苔はない。中身の芯はピーマンパプリカ。日本の定番、芋の弦やかんぴょう、玉子焼き、キュウリなどは入っていない。シャリはというと、細長い大きな粒のカリフォルニア米。もっとピンとこないのはシャリに酢を打っていないことだ。


 

 そういっては失礼だが、食えたシロモノではない。寿司の命はシャリ。酢の微妙な使い方も旨さを醸し出すコツだ。日本の寿司屋では「むらさき」と呼ぶ醤油は、欧米では「ショウイソース」として、テーブルに載り「キッコウマン」や「ヤマサ」は知る人ぞ、知っている。ところが、酢というのは舌が理解しないのだろう。




 日本ならこんな寿司屋にお客は来ないに違いない。ところが毎晩、そこそこ賑わっている。目を内装に向けると、壁のデザインは唐草模様の原型。あのラーメンのどんぶりに描かれているデザインだ。店の雰囲気は中国風といった感じ。欧米人は日本と中国の区別が分からないらしい。


芸者ショー


 船には1,500人前後のキャパシティをもつ立派なシアターがあって、毎晩、趣向を凝らしたステージを繰り広げる。ジャズやクラッシックのコンサートもあれば、プレビューやマジック、コントのショーも。14日間、乗客を飽きさせない。そのフィナーレは「芸者」(GEISHIYA)をテーマにしたダンスのショーだった。足の長い、それは綺麗な白人や黒人女性が和服に草履、下駄履き姿で登場、ロックミュージックに乗って踊るのだ。


芸者ショー2


 ショーには二本差のサムライや忍者も。朱の欄干、滝、朱の鳥居もバックで彩を添え、ステージから客席に向けては、頭上に提灯が。その提灯に書かれている文字は「吉祥」や「大吉」。日本のゲイシャをロックで表現、提灯は中国風。その違和感が面白い。女房は
「あれなあに。へんてこりんよねえ・・・」


 

 寿司にしろ、ステージにしろ異国の文化を受け入れる側は、それを自在にアレンジする。

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レディファーストの苦労

名称未設定-4

 日本の「かかあ天下」はともかく、アメリカのレディファーストの精神は徹底している。アメリカというより欧米といった方がいいのかもしれないが、とにかく日常に根付いている。車の乗り降りもそうだし、エレベーターだってそうだ。車もドアを開け、ご婦人を乗せた後、男性は、その反対側に廻って乗り込むのである。降りる場合も同じだ。




 エレベーターだって男性は女性を乗せて、後から乗り込む。船では毎朝、周回できるデッキを散歩、ウオーキングするカップルが。年配者が目立つ。ご夫婦だろう。ほとんどが手を繋いでいる。日本でも手を繋いで街ゆく若いカップルが目立つようになった。恋人、愛情の表現だろうが、待てよ。アメリカのそれは、日本の若者達のそれとちょっと違うような気がした。


レディーファースト

 つまり、愛情の表現もさることながら、そこには男性の女性に対する、いたわりの心、ナイトの精神があるように思えた。ナイトといえば、同意語のように武士が。外国人は、日本といえば侍をイメージし、腹切り(切腹)をイメージする人が少なくないという。事実、今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズ中、毎晩のように通ったカジノでもデーラー達は日本人の私に、親しみを込めて「サムライ」「ハラ キリー」と言った。




 三島由紀夫著書「葉隠れ入門」の中で葉隠れ武士の精神だろう「武士道とは死ぬことと見つけたり」と書いている。とにかく、外国人に日本―サムライ―ハラキリと言われるのは愉快なものではない。男の哲学だろうが、武士道にだってナイトにも似た哲学があるはずなのだ。レディファーストを全てに地でいく船の中でそんな事を思ったものだ。

船


 タキシードを着たボーイは、レストランで私たち二人をテーブルに案内すると決まって、奥まったところの椅子に女房を座らせた上で、メニュー表も先に渡してオーダーを取るのだ。全てが女性優先。まあ、そんなことはどっちでもいい。スープ、サラダ、ステーキ、チキン、アイスクリームくらいは分かるが、その中身の説明もさることながら、メニュー表いっぱいに書かれている横文字を見ているとチンプンかんぷん。それだけで、食欲をなくすのだ。田舎者の私なんか、こんな高級レストランより大衆的なビッフェの方がいい。


料理

 そこにいくと女は逞しい。女房はこれから出てくるご馳走を想像してか目を輝かせている。もちろん、メニュー表の横文字なんか読めるはずがないから「これとこれ」と言った具合に指差すのだ。だから、何が出て来るかは分からないのだが、前菜、スープ、メインデッシュ、デザートと一応形は整う。




 失敗は明日への糧。自信にも繋がる。最初のクルーズ、つまり3年前のハワイ6島の旅で、女房はメニュー表が読めないばかりか、前菜もメインデッシュの区別も分からず「これとこれ」とやったものだから、テーブルにはメインデッシュが3つも4つも。冷や汗ものだった。さすがに、女房も今度はその徹は踏まない。レディファーストに懲りたのか、今度は「お父さん、これなんとなく美味しそうだよねえ」と、私の顔を見るのだ。その顔は、やっぱり「レディファーストはもういいよ」と言いたそうだった。


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レディファーストと女房

船上  

 「お父さん、外国じゃあ、みんなあのようにするんですよ。レディファースト、レディファースト。お父さんもそうしなきゃあ・・・」




 「バカ、俺は日本人だ。そんな事が出来るか・・・」



 ディナーのレストランで、隣のテーブルに案内されてきた紳士然とした男性は、恐らく奥さんだろう、連れ添って来た女性の椅子を静かに引いて座らせ、その後で向かいの席に座った。それを見ていた女房はいかにも私にもそうしろ、と言わんばかりに、そう言う。


レストラン

 大西洋―カリブ海―パナマ―太平洋クルーズの船の中では、13ある大小のレストランで朝、昼、晩、それぞれの好みで食事を取れるようになっている。この13のレストランの中には、一部「スシバー」とか「テッパンヤキ」といった、いわゆるバー方式のレストランがあるが、これを除いて、いずれも無料。食べ放題だ。
 
スシバー

 ビッフェと言うのだが、日本風に言うバイキング方式の大衆型のレストランもあれば、見るからに高級なワインやシャンパンを並べ、タキシード姿のボーイがオーダーのためのメニュー表を渡してくれるレストランもある。


メニュー表  

 「お父さん、このワインやシャンパン、只じゃあないんでしょうね」



 「バカ、そんなにでっかい声で言うな。当たり前じゃあないか。ドリンク類だけはどこだって有料だよ」


 「そうなの?大きな声って言うけど、みんな日本語なんて分かる人、いないわよ」



 貧乏人は毎晩、そんな高級ワインやシャンパンを飲むわけには行かない。ボーイの問いに「ノー サンキュー」。こちらには、そんな事もあろうかと、成田の免税店から買い込んで来た高級日本酒があるのだ。免税だから「久保田の万寿」だって、そこそこ安い。


演奏  

 ブレックファーストやランチはともかく、ディナーの時には、ほとんどが正装?に着替えてやって来る。男性はスーツ姿、女性はイブニングドレスだ。昼間、プールやデッキ、バスケットボールコートやゴルフの打ちっ放しでくつろぐ姿とは装いを変えるのである。




 女房がまるで鬼の首でも取ったように言うレディファースト。その言葉に、なぜか、甲府にある山梨学院大学に初代の学長をお訪ねした若い頃の事を思い出した。現学長のお父さんで、みんなが「髭の学長」というほど立派なカイゼル髭を蓄えていた。その学長先生はカイゼル髭をねじり上げながら、ちょうど子供ほどの若い私にこう言うのである。




 「先生はナイト武士の違いが分かりますか」


 「先生などと、おっしゃらないでください。それはともかく、ナイトと武士はヨーロッパと日本の違いで、その根底にあるものは同じではないでしょうか.ナイトはイギリス中世の騎士階級に由来した称号…」



 その時、学長は答えを言わなかった。ここでは女房の言うレディファーストとナイトをオーバーラップしたのだが、日本はいまやレディファーストの先進国。「かかあ天下」という言葉がそれで、世の女房族の多くは亭主を尻に敷いているのである。欧米の弱きものをいたわるレディファーストなんて言葉は日本では逆だ。


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ワイドなスクリーン

海1

 船のデッキで手摺に寄りかかって見るのもよし、デッキに並べられた長椅子に寝っ転がって見るのもよし、そこから見える空は圧巻だ。何も考えずに、である。大西洋のキューバやカリブ海の南米・コロンビア、そこからパナマ運河を通り抜けると、そこは太平洋。さらに船は中南米のパナマ、コスタリカ、エクアドル、ガテマラ、メキシコと地図上では、その沿岸を進むのだが、島のひとつ、ましてや大陸の端だって見えない。いわば、船は海のど真ん中を航行するのである。ただ見えるのは青い海青い空だけ。海によく似合うカモメだって一匹もいない。




 「何も考えずに・・・」と書いたのは、大西洋や太平洋のど真ん中に、ちっぽけな自分の身を置いたら、不思議な事に何も考えなくてもよくなるのだ。考えるとすれば「この海は日本にも繋がっているのだなあ」という、ロマンだけだ。大きな海と大きな空を見ていたら、みみっちく、煩わしい日常なんか入り込む余地がない。


海5


 それが海のもたらす魅力だ。私がクルージングにはまっているのも実はそこにある。決してお世辞にもロマンチストと言えない女房でさえ、デッキで心地よい潮風を頬に受けながら、こんなことを漏らした。




 「お父さん、海っていいね。この海、何にもない海を見ていると、ちまちましたことなんか、どっちでもよくなるね」


海6

 確かにそうだろう。誰がどう言ったとか、果てはスーパーの大根が一本いくら安い、などといった日常を過ごしている女房にしてみれば、なおさらかも知れない。




 一言で海とか空と言っても、その様は千変万化。朝、昼、晩、その時々に見事といっていいほど表情を変える。よく見れば一度として同じ顔を見せないのだ。海のことは前回のブログで書いた。海も、その変化はとても文字や文章で表現出来るものではないが、空だって全く同じである。


海2

 船のデッキや甲板の船首、船尾で見る海と空は、まるで手が届くようなところにある水平線がその境界をくっきりと分けている。どこにいても180度見える水平線は、地球が丸いことを思わせるように弧を描いている。それほど遠くない水平線の向こうで、海の水がこぼれてしまわないかと思うくらいだ。




 大きな空は、まるで大パノラマだ。あのプッツリ切れる水平線の向こうには何があるのだろうか。コロンブスやマジェランが大海に漕ぎ出した気持ちがよく分かる。大航海時代、土佐の海から漕ぎ出したジョン万次郎の気持ちも全く同じだったのだろう。一方で、この海のどこかで、今も昔も海賊が暗躍すると思うと、映画の世界にでも飛び込んだような気分になる。



海3

 銀幕の世界で、ワイドスクリーンが生まれた頃、シネマスコープという言葉が使われた。水平線から始まる空は、とてつもなく大きなシネマスコープで、4層、六層の屏風なんてものではない。狩野派や洋画のどんな優れた画家だって、このキャンパスは埋められまい。


海4

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表情豊かな海

海


 「海は広いな 大きいな・・・・」
ご存知、童謡「海」の一節だ。子供の頃よく口ずさんだ。「松原遠く 消ゆるところ・・・」と歌い出す、やはり海をテーマにした文部省唱歌もある。





 童謡や文部省唱歌ばかりではない。クラッシックにだってあの有名なショパンの「大洋」のように海をテーマにした曲は世界にも多い。日本の歌謡曲だって同じだ。海をテーマにした歌は、恐らく山よりはるかに多いだろう。人間の海への憧れがそうしたに違いない。



海2

 私は、このが大好きだ。周囲を山に囲まれた山梨の片田舎に生まれ育ったせいなのか、海への憧れは人一倍強い。内陸に住む人間の≪ないものねだり≫なのかもしれないし、あるいはコンプレックスの裏返しかも。





 娘が小さいころは、なかなか取れない勤めの休みをやり繰りして伊豆や湘南へ海水浴に出かけた。若い頃は、ガールフレンドと海を見に何度もドライブしたことも。おっと、このブログ、女房に覗かれてもいけないので、あえて注釈をつけておく。「若い時」だ。


デッキ2

 今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズもそれへの憧れのひとつにほかならない。昨年6月のアラスカ、一昨年のハワイ6島のクルーズに次ぐ、私たち夫婦にとっては第3弾の海の旅である。前2回は8日間、今回は15日間。海への憧れもさることながら、ホテルを移動しなくても済む船の旅は、ものぐさ人間にはうってつけなのである。


デッキ

 レストランでのちょっと早いディナーで、シャンパンやワインを飲み過ぎた時、船の中の遊びに飽きた時、決まって7階のデッキや13階、14階の甲板に出た。海風を吸うためだ。そんなこともあろうと、成田空港で買い込んで来た何冊かの本もデッキの椅子に寝っころがって読んだりもした。サングラスをした白人や黒人も、やはり同じことをしていた。



プールの前で  

 船は次の寄港地まで二日も三日も走り続けることもある。見えるのはただでっかい海と抜けるような青い空だけ。そんな海や空を見ていても少しも飽きない。飽きるどころか、時を忘れるほど面白いのだ。海と空は、その時々、その節目が分からないように表情を変えるのである。





 海。青いと思っていたが、大間違い。ある時は青く、ある時はエメラルドに。藍より青い時もあるし、どす黒い海に変わることもある。同じ青、同じ黒といってもみんな微妙に色合いを異にするのだ。太陽光線の強弱や角度によっても変わるし、風によっても表情を変える。船のスクリューにかき回され、それにピタッと合った光線を浴びれば、エメラルドに。光線の角度によって、えもいわれぬエメラルドグリーンにも変わる。もちろん朝の顔と、昼間や夜の顔も違う。


海へ  

 星空の下での航行もいい。夜のデッキに立つとちょっぴり肌寒いが、どす黒く、不気味でさえある海とは対照的に、今にも降って来そうな無数の星が。誰だってロマンチックになる。「南十字星はどこだ?」と、独り言のようにつぶやくと、隣にいた女房が「お父さん、見えるわけ、ないじゃん。ここは北半球なのよ」。つい勘違い。女房のおっしゃる通りだ。


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船のパイロット

船のパイロット   

 パナマ運河は、アメリカからその管理運営権を勝ち取ったパナマ政府にとって、まさにドル箱に違いない。運河を通してもらう経費は半端なものではない。航行する船に乗り込んで船内アナウンスをする広報担当嬢によると、この運河で働く職員はざっと9,000人。この人数から類推しても、いかに経費がかかるか、おおよそ見当がつこうというものだ。運河の構造や歴史をアナウンスするこの担当者も運河の職員の一人なのである。大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋の航路を持つ客船だから、運河を紹介するアナウンスくらい自前でやればいいのに、と思うのだが、港湾労働者の掟なのだろう。


自衛隊

 海の港には、一般には知られざる≪掟≫がある。それぞれの港にいるパイロットと、そのパイロットの指示に従って船を押すタグボートの存在だ。空の港・空港で飛行機が勝手に離発着できないのと同じである。飛行機はいかなる事があっても管制塔の指示を受けて航行しなければならないのだ。飛行機のパイロットには離発着の裁量権はない。


タグボート


 飛行機の機長に当たるのが、言うまでもなく船では船長。大海では船の航行の一切を指揮するが、港への入港、また出港は全てその港のパイロットに指揮を委ねるのである。パナマ運河もそうだが、港の沖合いまで来ると、どこからやって来るのか、モーターボートの男が船に乗り込む。港のパイロットである。モーターボートは航行中の船のデッキにピタリと張り付き、パイロットを乗り込ませるのだ。港を出港する場合も同じで、船を沖合いまで出すと、迎えに来たモーターボートで航行中の船から帰って行くのである。


 

 掟と言うより、港の安全管理上、欠かせないシステムなのだ。パイロットは港の隅々まで熟知している。次々にやってくる船舶を安全、的確に港に迎え入れ、また沖に出すのだ。その秩序を崩し、万一、港の中で事故やトラブルでも起こしたら、大混乱を招くばかりか、場合によっては港としての機能を失うことになる。スエズ運河で起きた大型貨物船の座礁事故は、港湾関係者にとって≪信じられない≫事故だろう。


船のパイロット2

 パイロットの指示で船を動かすのがタグボート。パイロットを乗せたモーターボートと前後してやって来て、船の両側にピタリと付いて押して行くのである。入港にしても、出港にしても全ての船舶は、この2艘のタグボートに全面的にお任せ。見ていると、こんなに小さな、たった2艘のタグボートのどこにそんな力があるのだろう、と思うほど大きな船を自在に操るのである。




 船が桟橋に接岸、ブイにロープがかかると、パイロットの任務は終わる。タグボートもどこかに姿を消す。出港の場合は、港のはるか外の沖合いまで誘導、Uターンするのだ。船はだんだんスピードを上げ、さらに沖へと進んでいく。パイロットはそのスピードを上げる船から巧みにモーターボートに乗り移って帰って行くのである。

船のパイロット3


 客船であれ、軍艦であれ、船の航行指揮はブリッチ(船橋)で執る。そのブリッチは船首の一番高いところにあって、実際に船を動かす操舵室は別の部屋。つまり、ブリッチから操舵室に指示が流れて船は動くのだが、恐らく、入港、出港時は港のパイロットとタグボートにその全てを任すのだろう。タグボートは、いわば操舵室の役割を果たすのだ。


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陸のタグボート

ボート

 PANAMA KANALは中央アメリカのパナマ地峡を横断して、カリブ海と太平洋を結ぶ運河である。具体的にはカリブ海側のクリストバルという港から太平洋側のバルホアという港までの全長82kmの水路を言うのだ。




 閘門式を採用しているのが特徴。つまり、カトゥンの三段式の閘門、ペトロ・ミクルの一段式閘門、ミラプロレスの二段式閘門で構成されている。分かり易く言えば、閘門は船舶を高低差の大きい水面で昇降させる装置。二つの水門で仕切られた、いわばプールのような閘室を駆使して船を標高27メートルの丘陵に持ち上げ、また下ろしていくのだ。



陸のタグボート


 順を追って説明すると、2,500人を超す乗客と約1,200人の乗員を乗せた船は、カリブ海側の港・クリストバル港から運河を11km航行、川をせき止めて造った人造湖・カトゥン湖へ入る。そこからパナマ地峡の背骨ともいえる丘陵地帯を掘削して造ったクレプラ掘割へ。次いでペトロ・ミゲルの閘門で船は、標高17mまで下げられ、さらにミラプロレスの閘門で海水面まで下げられるのだ。そこから約13㎞航行すると太平洋側のバルホア港に着くのである。この間の所要時間は約8時間。


陸のタグボード2

 一番の見所は、閘門と呼ばれる扉で仕切られ、水が増えたり、減ったりする水路を船が航行する瞬間だ。往復だろう何本かの水路があって、私たちの船の隣の水路では、3艘のヨットと、それほど大きくないタンカーが同じように太平洋方向に静かに移動していた。

   その場面はちょうど最後の閘門、つまり太平洋側の港の海面水位まで下げていく瞬間だから、プール状の水路の水はどんどん吐き出されていく。船は見る見る水路の底に沈んでいくのだ。その水位が海面とひとつになったところで、観音開きの分厚い鉄の扉が開いて、船は何事もなかったように海水面に出て行くのである。





 ここでの船は自力での航行はしない。水路の両側には電車のレールのようなものが敷かれてあって、そこを機関車のようなものが両側から等距離に船と繋いだロープで引っ張り、慎重に誘導するのだ。タグボートについては次回、改めて触れるが、このレールの上から誘導する両側の機械は、いわば≪陸のタグボート≫みたいなものだ。


陸のタグボード3


 もちろん、専門的な呼び名があるのだろう。船内アナウンスの広報担当者は当然、この事にも触れているのだろうが、英語を聞き取れない日本人、いまさら地団駄を踏んだところでどうにもならない。


船

 私たちが乗った船は、このパナマ運河を航行する最大級の大きさなのだろう。船体と水路の両側のコンクリート壁の間は1m足らず。≪陸のタグボート≫は、そのどでかい船体を両側のわずか1本のロープで、事も無げに運河を渡してしまうのである。水路のコンクリート壁に船体の一部と言えどもこすろうものなら、船は万事休す。そこに立ち往生せざるを得なくなるのだ。

 
 パナマ運河は中東のスエズ運河と並んで世界の海のバイパス。大小を問わず世界の船がひっきりなしに航行するのである。造った人達のロマンもさることながら、運行を管理する人達のロマンも平凡な私にも伝わってくる。


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パナマ運河の感動

パナマ運河2

 感動した。思わず拍手したくなった。どでかいホテルのような客船が山の上の人造湖から流れる水をせき止めた運河を次々と渡って、標高約27mの丘陵を越えて別の海に出るのである。大西洋・カリブの海から82㌔、そこはもう太平洋だった。ざっと100年前にやってのけたアメリカ人の開拓魂の逞しさと男達のロマンに思いをはせる一瞬でもあった。




 カリブ海を挟んで大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河。PNAMA CANALだ。完成が1913年というから、その計画を思い立ったのはさかのぼって1800年代。今のような重機もなかった時代、アメリカ人は人力で大西洋と太平洋を繋げてしまうという途方もないことを思い立ったのである。山のてっぺんに人造湖を作り、その両側に掘割の運河を作った。



パナマ運河3   パナマ運河4


 当時、大西洋と太平洋を行き来するには南アメリカの南端をぐるりと廻るしか方法がなかった。それへの船舶の所要日数はさっと65日。それを、わずか8時間に短縮したのだ。経済効果ひとつとっても計り知れない。


 マラリア、黄熱病。その舞台裏でさまざまの苦難と犠牲があったことも事実。一方で、その利権を巡って隣接国の紛争やアメリカを中心にした関係国の綱引きが行なわれたのも無理はない。経済効果にとどまらず、軍事戦略まで絡むのだから、一口には言い表せない複雑は歴史があったのだろう。





 北アメリカ大陸の南端、フロリダのマイアミを出港した船は、大西洋を航行、細長く横たわるキューバ沖を這うように進んでカリブ海へ。途中、南米・コロンビアに寄った後、このパナマ運河を渡るのである。出港から4日目の午後。船内アナウンスはパナマ運河航行を告げた。マイアミからロス・アンゼルスまで15日間のクルージングのいわば第一のクライマックスなのだ。


パナマ運河5  

 ある者は自分の部屋のテラスから、ある者は7階のデッキや13階、14階の甲板から一斉に外を。誰ともなく歓声が上がり、みんな思い思いにデジカメのシャッターを切った。船はタグボートに両側を押され、ゆっくりと進んでいく。閘門と呼ばれる堰に入ると、また別の機械が。その間、船内アナウンスは運河の構造や建設、完成までの歴史を説明する。




 アナウンス嬢は船の職員ではなく、運河の広報担当職員だ。走行中の客船に、どこからともなく、やって来た一艘のモーターボートが沖あいでピタリと張り付き、広報担当者を乗せるのだ。この広報担当は運河を渡りきり、太平洋の沖あいに出ると、また走行中の船からモーターボートに乗り移って帰っていくのである。


パナマ運河1


 説明によれば、パナマ運河は二重のコンクリート壁と導水管からなる代表的な閘門式の運河。水深は一番浅い所で14m。幅は33~109m。川(チャグレス川)をダム(カトゥン・ダム)でせき止めて、水面標高27mの人造湖(カトゥン湖)を設け、その丘陵(ゴールド・ヒル)地帯の両側に深さ14メートルの掘割を造ったのである。




 分かり易くいえば、閘門式といわれる仕掛けのプールに乗って、徐々に山に登り、また降りていくのである。へえ~、よくこんなことを考えたもんだ、と感心せざるを得ない。詳しくは次回にお話しすることにしよう。


※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


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カジノの友達

 街  

 「ヤマーダサン オゲンキデスカ」

 カリフォルニア州サンディエゴの町のど真ん中で後ろから駆け寄ってきた5~6人の若者達に声お掛けられた。白人や東南アジア系の男達に混じって黒人の女性もいる。みんな親しみを込めてニコニコ笑っている。



 「オオー、アイム ファイン サンキュー、エブリバデー ハウアユー」




 旧知の友たちに会ったような気持ちになった。継ぎ足しの英語、英語なんてシロモノではないが、この若者達としばらく話した後、それぞれと握手して別れた。




 私の脇で、ハトが豆鉄砲でも食ったような顔で私を見詰めていた女房が言った。


 「お父さん、知り合いなの?でも、こんなアメリカの真ん中で、外人の知り合いに出会うなんて、不思議ね。こんなこと、あるのかしら」


カジノ#12860;

 「お前はバカだなあ。こんな所に俺の知り合いがいる訳ねえじゃねえか。ハワイでの日本人だったらいざ知らず、ここは白人どころか、スパニッシュの方が多いところだぞ。第一、外国人に顔馴染みなんかいるはずがねえよ。カジノだよ、カジノ


カジノ


 このブログをお読みの方々は、ここまでだったらまだお分かりにならないかもしれないが、女房は私のタネ明かしをすぐ理解した。


船

 15日間にわたった大西洋―パナマ―太平洋クルーズのフィナーレを明日に控えた5月2日の昼下がりだった。豚インフルエンザの発生で、アカプリコなどメキシコ2箇所の寄港をすっ飛ばしての、計画外の寄港地・サンディエゴだ。ざっと2,500人の乗客は、3日ぶりに船を降りて事実上、最後となった一日を思い思いに楽しんだ。


カジノ#12861;

 この日は土曜日。約1,200人の乗組員には曜日は関係ないのだが、この寄港地では昼間営業が出来ないのか、カジノのデーラー達も街の散策を楽しんでいたのだ。私の「カジノだよ、カジノ」の一言を簡単に飲み込んだ女房は



 「そうだよね。お父さん、船に乗ってから毎晩、カジノ通い。きっとカモみたいなお客さんだもの、カジノの人たちとも親しくなるはずよね」



カジノ4

 皮肉たっぷりだ。でもその通り。毎晩、毎日、ギャンブル好きの人たちで賑わう船のカジノで、英語をしゃべらない、いや、しゃべれないのは自慢じゃあないが俺一人。デーラー達にとっては≪手の掛かる存在≫に違いない。勝負に強くもなく、ただ一人の日本人だから、目立つに決まっている。名前だって覚えない方がおかしい。 


カジノ#12853;

 事実、私がカジノに行くとデーラー達はニコニコしながら一つ覚えのように「ヤマーダサン、オゲンキデスカ」と声を掛け、ある時期からゲームの要領を教えてくれたりもした。それを見ている白人や黒人、その≪中間≫のお客達もフランクで、いつしか言葉が分からなくてもお友達に。レストランやプール、ボウリング場でも声を掛け合うようになった。



プール

 カジノは、洋上ではフリーに営業するが、港に停泊中はクローズになることが多い。寄港地の国や州でカジノが禁止されている所は営業できないのだ。ギャンブルとは関係ないが、7階の廊下の両側にずらりと並ぶ免税店も、接岸中はシャッターを下ろすのである。


※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


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世界のリゾート地

マイアミ海5

 えもいわれぬエメラルドグリーンの海と背を分けるように大きな弓状に水平線まで延びる白浜。その広い白浜を挟んで海の反対側に何本も林立するビル。ホテルだろうかマンションだろうか。それともコンドミニアムか。その間に間に高い椰子の木が。ハリウッドのマフィア映画にでも出てきそうな広い屋敷の豪邸も見える。まるで絵葉書のような光景だ。

マイアミ4


 ここなら半袖のカラフルなシャツにサングラス、スーツなら薄手の白が似合いそうだ。弓状の浜辺は、私たち関東の人間が湘南や伊豆の海岸で見るそれとは大違い。真っ白く、どこまでも伸び、その白さと空の青さ、海のエメラルド色が見事なコントラストを見せていた。ハワイのワイキキもいいが、スケールはそんなものではない。

マイマミ2


 船からは一人一人のナイスバディーは見えないが、恐らく想像に難くないだろう。水平線まで続く白い浜辺では、表情こそ見えないものの沢山の人達が太陽に裸をさらし、のんびりと夏のバカンスを楽しんでいた。静かに大西洋の沖に向かう船から飛び降りて、ナイスバディーがいっぱいだろう、その白浜に行ってみたい衝動に駆られた。




 私たちは海に近い空港に降り、そこから程近いホテルに一泊、そのまま船に乗ってしまったからマイアミの街そのものはつぶさに見ることが出来なかった。しかし、ここはハワイと共に世界のリゾート地。ハワイをしのぐとも言われている。ハワイでもそう思ったが、こんな所で第二の人生を過ごせたらなあ~と、儚い夢が頭をよぎったりもした。


マイアミ5

 日本人にとってはマイアミよりハワイのほうが身近なリゾート地なのだろう。ハワイは成田からは、ざっと6,000キロ、空路8時間足らずの距離。それに比べマイアミは、少なくとも時間、距離共にその倍近くあるだろう。現に私たちはハワイからロス・アンゼルス経由で10時間以上かかった。日本の飛行機と違ってサービスが悪いノースウエスト機での10時間は、乗換えがあったにせよ、いささかうんざりしたものだ。




 マイアミの浜辺はどうであったか分からないが、帰りに再びワイキキに寄ってみると、いるいる。白人達と比べると一回りも、ふた回りも小さいが、ナイスバディーの日本の若者達が大はしゃぎで波に戯れていた。大西洋のマイアミからパナマ運河を経て太平洋を北上、ロス・アンゼルスまで15日間のクルージングを終えてホノルルに戻ったのは5月3日。日本のゴールデンウイークの真っ只中だから無理もない。日本、いや山梨はこの頃からずっと雨だったらしいが、ワイキキの空はいつものように抜けるような青さだった。


ハワイ

 ワイキキと並ぶハワイの観光スポットといえば、アラモアナショッピングセンター。ここにも日本人はいた。私は日本でもそうだが、女房のショッピングのお供は、まっぴら御免こうむっている。どうして女というヤツは、こんな表現をしたら世の女性からお叱りを受けるかもしれないが、買い物となるとこんなにも嬉々とするのか。この歳になってもまだ分からない。




 「お父さん、嫌なら、そこで待っていてね」


 お世辞にも普段、それほど機敏に動くでもない女房が目を輝かせて飛び回るのだ。


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エメラルドの海

マイアミ海2   

 やがては紺碧の海に変わるのだが、マイアミの海はエメラルド色だった。エメラルドグリーンといった方がいいかもしれない。4月19日午後4時、ざっと2,500人の乗客と1,000人を超す乗員スタッフを乗せた豪華客船「NORWEGIAN」は、動いていることすら分からないほど静かにマイアミの港を出港、15日間のクルウジングのスタートを切った。





 さすが北アメリカの南端、午後4時といっても日差しは強い。しかし焼き付けるような暑さではなく、全く爽やかだ。涼しい風と混じって心地いい。表現の仕様がないほど美しいエメラルドグリーンの海に、デッキに出ていた乗客は一様に歓声を上げた。隣にいた女房も同じように感激したのだろう。


マイアミ海  


 「お父さん、綺麗だね。こんな海、見たことないよね。写真撮ってよ。写真・・・」



 まるで子供のようにはしゃいだ。私は、そのエメラルドグリーンの海をどこを見るともなく真っ直ぐ眺めながら、女房との新婚旅行、南紀白浜の海を思い出していた。その時も、これほど見事なエメラルドグリーンではなかったものの、その素晴らしさに感動したものだ。




 私が28歳、女房が26歳。もう38年、いわば40年も前のことだ。昭和45年1月。この頃、日本列島の真ん中・山梨からの新婚旅行といえば、この南紀白浜あたりがせいぜい。思い切って足を伸ばしたとしても九州・宮崎くらいだったのだろう。それから間もなくハワイ、グアム、そしてアメリカの西海岸、東海岸、ヨーロッパと日本人新婚旅行のエリアは世界に広がっていくのだが、その時分は海の向こうなど思いもよらなかった。



マイアミ海4  

 大学を出て社会人となったのは昭和40年。通勤の足といえば50ccのバイク。仕事の足も同じだった。中古のマイカーを持てたのはそれから数年後のことである。昭和45年といえば、今の天皇が美智子さまとご成婚されてちょう10年。東京五輪を経てわが国は高度成長路線を走り、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)などという言葉が生まれた時代だった。





 新婚旅行の足は女房が花嫁道具の一つとして持って来たマークⅡ。 富士・河口湖に一泊、その足で山中湖から籠坂峠を越えて東名高速に乗り、京都、大阪、南紀へと向かったのである。エメラルドグリーンの海は、ドライブ中に見た、恐らく白浜か勝浦あたりの太平洋だ。その海は私たちがこれからパナマ運河を経て、やがて見る中南米の海と繋がっていたと思うと感慨深い。やや傾きかけた冬の柔らかい日差しに照らされて、きらきら輝くエメラルドの海が40年経った今も瞼の奥に鮮明に焼きついている。


マイアミ海7

 「お父さん、ダメじゃない。早く写真撮ってよ」


 同じように見たはずだが、40年も前の南紀の海や、まして新婚旅行のことなどみんな忘れてしまっているのだろう。女というヤツは現実的で、およそロマンなどというものは持ち合わせていないのだ。ただ目の前のものだけを見てはしゃぐ女房の声を聞くともなく聞きながらそんな事を思った。


マイアミ海6

 「早く、早く・・・」。振り向いて見た女房の顔は丸々太り、ウエストも大きなお尻とほぼ同じだった。そういう自分も出っ張ったお腹をデッキの手すりに引っ掛けていた。


マイアミ   

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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは、身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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