目線の勘違い(再)

 8月24日付で書かせて頂いた「子どものいじめと大人たち」に早速、書き込みを頂きました。子どもたちの指導に真剣に取り組まれ、ご苦労をされている先生とお見受けしました。


葉


 ブログとはいいものですね。どこからでも投げかけたり、投げかけられたりしたブログをテーマに、ともに考え、見えないところでも議論が出来るのですからねえ。私の拙いブログ日記にいくつもの書き込みを頂いています。私は山梨ですが、遠く北海道からも頂きました。当たり前の事ですね。ブログを通じての意見の交換には時間も距離も関係ありません。




 書き込みを頂いたあなたを、ここでは仮に「先生」とさせて頂きます。先生が「ある学校の話」と前置きして疑問を呈しておられる「いじめる方にも問題があるけれど、いじめられる方にも問題がある」という学校側の指導に私も頭を傾げます。はっきり言わせていただければ、びっくりしました。




 少々乱暴な例かも知れませんが、それでは「盗人にも三分の理屈」に等しいと思うのです。確かに、いじめられる側にも何らかの原因があるのでしょう。しかし、それを言ってしまったら、いじめ問題の解決にはなりません。いろいろな事象への対処の仕方をマニュアル化することは悪いことではありません。




 でも事はいじめ。弱者が強者をいじめることはありません。だから「いじめは絶対駄目」。これは鉄則です。親達も含めて複雑化する子どもたち。学校現場の先生達の間に、ある種の≪迷い≫があるような気がしてなりません。例えば、体罰問題もそのひとつです。子どもたちが悪いことをしたら先生が叱る。それは役目というより使命です。その叱り方にケースによって拳骨やびんたがあっていいし、多くの親もそう考えていると思います。




 要はそのスタンスです。教育的な指導者として、また愛情を持って殴ればいいのです。当事者の子どもも、その親も必ず分かります。目くじらを立てて学校に噛み付いたり、教育委員会に告げ口をする親もきっといないでしょう。



雲


 子ども達と先生の会話やふるまいを目の当たりにすることがあります。そこでびっくりするのは、子どもたちの先生に対する口の聞き方、つまり言葉遣いです。子どもたちが先生に対して、まるで自分達のお友達のような語り口調で話しをしているのです。そこには目上の人に対する尊敬とか畏敬の念は微塵も感じられません。




 時に、教育現場の人たちから「子ども達の目線での教育」という言葉を聞きます。なにか「目線」を勘違いしているのではないでしょうか。子ども達の教育やさまざまの指導をしなければならない先生が、言葉遣いも含めて≪同格≫であるはずがありません。そんなスタンスで殴るから、子ども達にも親達にもその意味すら理解されないのです。




 私も子を持つ親です。先生達は迷わずに、自信を持って子ども達の前に立って欲しいのです。そうしないと、あっちにもこっちにもおかしな人間がつくられていきます。





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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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