役所言葉と挨拶文
茶の間で女房と二人して阿呆面して観ているテレビ。そこに登場する漫才やコントのタレントさん。その内容の受け止め方は人それぞれだろうが、面白いものもあれば、チャンネルを変えたくなるようなものもある。その一方で「タレントさんとは、大変な商売だなあ~」と、すくづく思う。「素人のくせに…」と、おっしゃる方もお出でだろうが、視聴者とは押しなべて、観客と同時に《評論家》なのだ。
静かなブームと言ってもいい漫才やコントの世界では、次から次へと新しいギャグ(言葉)が生まれては消えてゆく。面白いものには、人、特に子供たちはすぐ反応する。僅か4歳にも満たない孫娘は「アイ ハブ ア ペン…」とか「サイトウさん…」、「私、失敗しないので…」と、真似をする。このギャグが《後世》に残るかどうかは分からない。
人それぞれだろうが、私には何十年か前の漫才やコントのギャグを今にして覚えているものがある。花菱アチャコの「アチャ パー」とかコンビの名前は忘れたが、「田園調布に家が建つ」といった漫才ギャグ。「田園調布に…」は、東京の自由ケ丘や、さらに先の田園調布が世に出ようとした時代であった。つまり、東急電鉄が渋谷から神奈川に向けて地下鉄を絡めて電車の路線を伸ばし、当時とすれば画期的な沿線の「田園開発」をした時代であった。その地域の《今》があるのも、その「田園開発」のおかげと言ってもいいだろう。
若者言葉であれ、商売が絡んだ漫才、コントのギャグであれ言葉はむろん、それを文字にした文章も時代と共に変化していく。でも変わらない、というよりは変えようとしない言葉、文章だってある。例えば役所や会社、団体が発する通知文書。まず、時候の挨拶から始まって「日頃(平素)は…」とお礼の言葉が続き、「さて」で本論へ。その後に「つきましては…」と用件が続く。このパターンは10年、いや30年、40年…と変わらないのだ。
このこ忙しい世の中で、決まりきった時候の挨拶や「平素は云々」の決まり文句など捨てて、用件を伝えたらいいのに、と私のようなせっかち人間は考えてしまう。決まりきった通知文書がいかに多いかを物語るように、パソコンで案内通知を作ろうとすると、「前略」または「謹啓」で始まるソフトがあり、最後は何もしなくても「敬具」で結んでくれるのである。せっかちな私のみならず、お若い方なら間違いなく笑ってしまうに違いない。
文章だけでなく、用語もしかりだ。私は民間のある公な協力機関に関わっているのだが、その公、分かり易く言ってしまえば霞が関から来る連絡文書。その、あっちこっちに出て来る「組織体」という言葉。「組織」で分かるのに、わざわざ「体」を付けるのである。どっちでもいいことだろうが、《役所用語》の一端を彷彿とさせられる。
恐らく《短絡語》を当たり前に使いつつある若者たちに言わせれば、「オジサンたち、何時までも古臭い言葉を使っているんじゃあねえよ」と、言うだろう。良くも悪くも言葉は時代とともに変化する。漫才やコントのギャグの消長と同じで、定着するか否かは聞く人、使う人が決める。ただ、標準語の名のもとに地方の方言が消えてゆくのは、ちょっと寂しい。(次回へ続く)
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