水差しの水とワイン

★


 講演を終え、楽屋の控え室に戻ってきた茂太(モタ)さんは、なんとなくしょげていた。





 「今日の講演は、どうも、あとひとつ乗りが悪かった。聴いていて、良くなかったでしょう。こういう時は、いつも気分が落ち込むんです」




 「いやいや、そんなことはありませんでしたよ。面白いお話でした」





 「演壇の、あの水差しがお水ではなく、予定通りワインだったら良かったんだが・・・」



ワイン


 若い女子社員が差し出したおしぼりで手や顔を拭った茂太さんは、しばらくは浮かぬ顔だった。茂太さんとは精神科医で作家の斉藤茂太さん。ご存じない方がいるとすれば、あのアララギ派の詩人・斉藤茂吉のご子息と言えば誰でも知っている。「どくとるマンボウ航海記」の北杜夫のお兄さんでもある。何年か前に故人となられた。本来は「しげた」(茂太)とお読みするのだろうが、なぜかファンには「モタさん」で親しまれていた。


斉藤茂太  


 もう20年ぐらい前のことだ。今は取り壊してなくなったが、山梨県庁前にあった県民会館ホールに、このモタさんこと斉藤茂太先生をお迎えして文化講演会を開いた。演題は忘れたが、モタさんは講演前の控え室で、お世話役に充てていた女子社員に「水差しの中身をワインに替えて欲しい」と言ったという。




 「バカ言え。水差しにお酒など入れちゃあいかんよ。モタさん一流の冗談だよ。冗談」



 モタさんの≪要望≫をけげんな顔で伝えて来た女子社員に言った。入れるとすれば赤ではなく、聴衆席からは水と区別がつかない白ワインだが、ハナから冗談と思い込んでいるのだから答えはひとつ。ワインの産地・山梨へのリップサービスくらいに受け止めたのだ。





 そうと鬱が激しいご性格とお見受けした。前の晩、甲府市内のホテルの座敷で懇談の場を持ち、お酒をご一緒した。飲むほどに愉快な先生で、面白い話がポンポン飛び出すのである。その一方で、精神科医らしい人間の心理を突いたこんな話も。




 「私ゃあねえ、プロ野球のセ・パ両リーグの選手を長男、二男、三男と言うように、その位置づけで分析したことがあるんです。そうしたら面白いことが分かりました。九つのポジションの中で、長男がいないポジションがあるんです。どこだと思います?」
 


 「さて・・・」




 セカンドですよ。セカンド。このポジションはショートを含めたサード側にも、またファースト側にも気配りをしなければならない。一般論で言っても、昔から≪長男の甚六≫というように、長男は二男や三男と比べ周りへの気配りがヘタなんですねえ」


野球


 「もうひとつ、人の笑いを誘う商売、つまり、漫才師なども同じ。長男というのはその生い立ちから言って、どちらかと言うと堅物で、無器用。人に笑われるようなことは嫌うのです。その点、二男の場合、上を見たり、下を見たり、いわゆる柔軟性に長けているんです。半面、長男が多い職場は銀行。堅物にはうってつけです」




 一つ一つが長男である自らに置き換えても頷けた。今の歳になったら、水差しの水とワインの機転くらいは利くのだが・・・。少子化が進む日本。一人っ子にも長男と同じことが言えそう。天国のモタさんは何と言っているだろう?




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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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