嫌な世の中

子供  

 電話のベルが鳴った。咄嗟に受話器を取った私は
「はい、○○ですが・・・」




 当然の電話への応対だ。それを聞いていた女房が、電話が済んだ後、



 「私も、おかしいと思うんだけど、最近じゃあ、電話がかかってきても、こちらは、モシモシだけで、自分を名乗らない人が多いんだってよ」



 「どうしてだ?」




 「決まってるじぁない。悪いヤツがいて、間違い電話を装って悪用するからよ」




 なるほどと思う一方で、ヘンな世の中になっちまったもんだ、と改めて思った。


電話

 電話を悪用する常套手段は、このところ頻繁に被害が出ている振り込め詐欺だ。繰り返される振り込め詐欺の被害。それを防止するため、毎日のように、これまた繰り返される防災無線による啓発アナウンス。誰だって身構えたくなる。

 


 裏を返せば人を信じなくなるということだ。時にはある間違い電話にしても「もしかしたら・・・」と悪い方に勘ぐってしまいかねないのである。普通なら「間違いました。大変失礼いたしました」「いえ、いえ、どういたしまして」で済むところが、そこに猜疑心を残せば後味が悪いものになるのに決まっている。もちろん、振り込め詐欺など悪いヤツは沢山いるわけではない。


電話2

 悪意の電話は論外で、単純な間違いにしても、当たり前のマナーさえみんなが心得ていれば、猜疑心は沸かない。人間だから誰だってダイヤルの仕間違いはあるだろう。その時に一言の侘びもせずにプツンと電話を切ったりするから、相手に不快感を与えるばかりか、その猜疑心まで誘発してしまうのだ。




 大人が間違い電話に一瞬、身構えるくらいならまだいい。困ったもんだ、と思うのは子供への教育だ。親も学校の先生も、子ども達に「知らない人に声を掛けられても、黙っていろ」とか「知らない人に声を掛けるな」と教える。万が一の毒牙から子ども達を守る手段だが、そう教えられると子ども達は、人を疑うことばかりを覚えることになる。


子ども

 一方で、挨拶をしろ、と教える。子ども達は面食らうに違いない。大人たちが設ける街角の挨拶運動を促す標語塔が白々しく映る。考えてみれば、全ての動物が本能的に、この猜疑心とか警戒心というヤツを持ち合わせている。自分を守る手段なのだ。しかし、必要以上に猜疑心や警戒心を植えつけたら子ども達はいったい・・・。万一、子どもが事件に巻き込まれたらどうする、と開き直られたら返す言葉がないのだが・・・。


子ども2


 人間が元来、持ち合わせている防衛本能。それに輪を掛け、ことさらに警戒心や猜疑心を植えつけたら子ども達の心は歪むに違いない。「万一、事故が起きたらどうする」という言葉の裏側に、学校や地域の≪事なかれ主義≫が潜んでいたら、これこそ主客転倒だ。それはともかく、ひとつ言えるのは、大人が物事に過剰に反応し過ぎると、純粋な子ども達に悪影響を及ぼしかねないことだけは確かだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「山梨情報」をクリック いただけると励みになります。
にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ

新バナー  ← 「甲信越情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!


スポンサーサイト

comment

管理者にだけメッセージを送る

No title

コメント失礼します。
子供たちの間での
陰湿ないじめを
よく耳にしますが
これも社会の有り様を
反映しているのでしょうね。

日帰り観光で
時々山間の温泉を利用させて頂くと
地元の方は誰彼となく挨拶していきます。
きょろきょろしている私が恥ずかしいくらいです。


テンテンさん

 私たちが普段、何気なく言う「都市化」という言葉の裏側で、どんどん人間関係や、その絆が損なわれていっているような気がします。私たちが住む田舎でも、その傾向はどんどん忍び寄っているような気がします。
 素朴な田舎、素朴をとり得にした人間、そんな田舎はいったいどうなって行くのでしょうかね。

No title

 論語の素読をさせるのは如何でしょうか?

http://plaza.rakuten.co.jp/camphorac/diary/200904060000/

考えて見ると 今の子供たちは親や特定の人以外 大人と接する機会が余りにも少ないのではと考える。亡くなった白川静先生が 論語や孝教 四書五経を訳判らずでも良いから子供の時に叩き込む必要を声を大きく語られていた。 これらは全て大人の智恵の凝縮されたもの 長い歴史に朽ちることなく伝えられてきたもの 必ず氷が解けるように身に付くものですと仰っていた。ピーターパン症候群とか云う大人になりたくないという若者が沢山いる。 大人の世界を垣間見せると云うのは大きい話だ ソフィアの出前授業が何時までも続く事を願ってやまない。


論語

学びて思わざれば、すなわちくらし、思いて学ばざれば、すなわちあやうし。

(意味:本を読みあさるだけで自分の思慮を怠ると、物事の道理が身につかず何の役にも立たない。
逆に思いを巡らすのみで本を読んで学ばなければ、独断的になり危険だ。)


過ちて改めざるを、これ過ちという。

(意味:人はだれでも過ちを犯すが、過ちを犯したことに気づきながらもそれを改めようとしない、
これこそが本当の過ちである。 )

この二つだけでも 子供の時に身につければ、可也の処世訓になる。今の子供より昔の子供の方が 大人の智恵(知識では無い)を身に付けていたように柳居子思う。

柳居子さん

 柳居子さんのおっしゃる通りだと思います。子供たちというより、親や周りがいけないのでしょうね。口を開けば、勉強しろだの、あれは危ない、これも危ない、と小さな箱に入れてしまうから、・・・。
 子供は勢い、知識だけは大きくなるものの、知識の裏づけとなる体験がどこかに行ってしまう。おのずと頭でっかちで、思考のアンバランスな人間や人の傷みも分からないような人間が多くなってしまうのではないでしょうか。
 個というものを尊ぶ風潮の中で、自己主張だけはどんどんする、そんな子供たちが親になっていますからねえ・・・。学校でも地域でもトラブルが増えるのは、考えてみると当然かもしれません。
ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!