諸刃の剣
ハエ。たかが一匹だが、その存在は気になるものである。こうしてパソコンをたたいているデスクの周りであれ、食卓の周りであれ、いっ時でも早く捕まえて、すりつぶしてやりたくなる。
これが女房や娘だったらもっと大騒ぎだ。躍起になって追い回すのである。そうなると、たかがハエ一匹、そんなにむきになることもあるまいに、と思うのだが・・・。
そういえば我が家でもとんとハエを見かけなくなった。だから、たかが一匹のハエがやたらと気になるのだ。ふと、子供の頃を思い出した。今もそうだが、私が育ったのは秩父多摩国立公園(現在は秩父多摩甲斐国立公園)に程近い山梨県山梨市の片田舎だったから、ハエなんか全く珍しくなかった。むしろ、それとうまく付き合っていたと言った方がいい。部屋の天井からはハエ取り紙がぶら下がり、どこの家にもハエタタキと言うヤツがあった。
ハエの量たるや天井からのハエ取り紙や人の手で叩くハエタタキで成敗できるシロモノではない。ちょっとうかうかしていると、茶碗の白いご飯は、ハエで真っ黒。
白いご飯といっても麦飯だが、とにかくそれを追い払って食べるのである。若い方々ばかりでなく、たいていの人たちは、そんな話を聞いただけで「わあっ、汚い」
と、目をそむけるだろうが、40年前、50年前の農村地帯はそうだった。
農家だから、どこの家でも牛や豚、ヤギなどの家畜を飼い、堆肥置き場を作る。子供たちはウサギやハトを飼った。トイレも水洗であるはずがない。周り中がハエの温床だ。しかし、昭和30年代半ばごろから、それまでの米麦、養蚕の農業形態は桃、葡萄などの果樹へと急速な勢いで転換して行った。同時に堆肥や豚の糞、いわゆる有機肥料は化学肥料に代わった。また冷蔵庫が普及し始め、牛乳がそこに入るようになって、ヤギが姿を消し、子供たちも少子化と勉強優先からか、ウサギやハトとの付き合いと決別した。
こうした農村の生活様式の変化がいつしかハエを減らした。さらに、追い討ちをかけたのが果樹園への農薬の散布である。しばらくすると、これに除草剤が加わった。食卓という食卓、また台所などいたるところを我がもの顔で席巻していたハエどももたまりっこない。今では都市部より、農村部のほうがハエが少ないのである。
ハエばかりではない。カだって同じだ。もっと決定的なのはブヨ。主に野良に居たブヨには農薬は致命的な決定打だった。ハエやカ、ブヨなどは農薬の標的ではないのだが、果樹の病害虫駆除のあおりを食った、いわば犠牲者なのである。犠牲者はこればかりではない。ハチだって同じだ。農薬はさまざまの虫を殺し、地中のミミズまで少なくした。
ご存知、山梨は桃の一大産地。甲府盆地がピンクのじゅうたんに変わる頃、農家は人手を惜しんで、人工授粉に取り組む。ほとんどいなくなってしまったハチを頼りにするわけにはいかないのである。皮肉な現実だ。ハエやカがいなくなったのは確かにいい。むしろ快適になった。
しかし、その代償はけして小さくない。文明とは諸刃の剣。どんな形にせよ、どこかで犠牲者が出る。人間の英知で、それを避けることは出来ないものなのか。
これが女房や娘だったらもっと大騒ぎだ。躍起になって追い回すのである。そうなると、たかがハエ一匹、そんなにむきになることもあるまいに、と思うのだが・・・。 そういえば我が家でもとんとハエを見かけなくなった。だから、たかが一匹のハエがやたらと気になるのだ。ふと、子供の頃を思い出した。今もそうだが、私が育ったのは秩父多摩国立公園(現在は秩父多摩甲斐国立公園)に程近い山梨県山梨市の片田舎だったから、ハエなんか全く珍しくなかった。むしろ、それとうまく付き合っていたと言った方がいい。部屋の天井からはハエ取り紙がぶら下がり、どこの家にもハエタタキと言うヤツがあった。
ハエの量たるや天井からのハエ取り紙や人の手で叩くハエタタキで成敗できるシロモノではない。ちょっとうかうかしていると、茶碗の白いご飯は、ハエで真っ黒。
白いご飯といっても麦飯だが、とにかくそれを追い払って食べるのである。若い方々ばかりでなく、たいていの人たちは、そんな話を聞いただけで「わあっ、汚い」
と、目をそむけるだろうが、40年前、50年前の農村地帯はそうだった。 農家だから、どこの家でも牛や豚、ヤギなどの家畜を飼い、堆肥置き場を作る。子供たちはウサギやハトを飼った。トイレも水洗であるはずがない。周り中がハエの温床だ。しかし、昭和30年代半ばごろから、それまでの米麦、養蚕の農業形態は桃、葡萄などの果樹へと急速な勢いで転換して行った。同時に堆肥や豚の糞、いわゆる有機肥料は化学肥料に代わった。また冷蔵庫が普及し始め、牛乳がそこに入るようになって、ヤギが姿を消し、子供たちも少子化と勉強優先からか、ウサギやハトとの付き合いと決別した。
こうした農村の生活様式の変化がいつしかハエを減らした。さらに、追い討ちをかけたのが果樹園への農薬の散布である。しばらくすると、これに除草剤が加わった。食卓という食卓、また台所などいたるところを我がもの顔で席巻していたハエどももたまりっこない。今では都市部より、農村部のほうがハエが少ないのである。
ハエばかりではない。カだって同じだ。もっと決定的なのはブヨ。主に野良に居たブヨには農薬は致命的な決定打だった。ハエやカ、ブヨなどは農薬の標的ではないのだが、果樹の病害虫駆除のあおりを食った、いわば犠牲者なのである。犠牲者はこればかりではない。ハチだって同じだ。農薬はさまざまの虫を殺し、地中のミミズまで少なくした。
ご存知、山梨は桃の一大産地。甲府盆地がピンクのじゅうたんに変わる頃、農家は人手を惜しんで、人工授粉に取り組む。ほとんどいなくなってしまったハチを頼りにするわけにはいかないのである。皮肉な現実だ。ハエやカがいなくなったのは確かにいい。むしろ快適になった。
しかし、その代償はけして小さくない。文明とは諸刃の剣。どんな形にせよ、どこかで犠牲者が出る。人間の英知で、それを避けることは出来ないものなのか。













