もう一つのオリンピック

 通称、鳥の巣の聖火台の火が消えて、17日間にわたった北京オリンピックが幕を閉じた。新聞やテレビの熱狂的ともいえる報道合戦も終わり、日常に戻った。その同じ舞台で9月6日からパラリンピックが開幕する。やはり4年に一度、オリンピック会場で開かれるもう一つのオリンピックだ。
パラリンピックロゴ 

 北京オリンピックの開幕を真近かにした8月2日夜、地区の公民館で、そのパラリンピックに出場するアスリートの壮行会が開かれた。主役のアスリートは、走り高跳び鈴木徹選手。開会式で日本選手団の旗手を務める。

☆鈴木徹選手のHP☆


 山梨市の片田舎にある公民館2階の座敷は、鈴木選手を励まそうと集まった地区の代表約40人で埋まった。壮行会の看板も手作り。会費は持ち寄り500円である。ペットボトルのお茶で乾杯し、市長が贈った日章旗と市旗にみんなで激励のサインをした。



 主催者は地区の体育協会と社会福祉協議会。司会者の合図で、この日の主役・鈴木選手が入場してきた。私は初対面だった。でっかい。座敷の鴨居をくぐるように入ってくる鈴木選手は見るからに明るく、逞しかった。片っ方が義足だが、その歩きっぷりも身のこなしも健常者と少しも変わらない。



 主催者や市長、体協会長らの挨拶が続く。それに応える鈴木選手の挨拶は爽やかだった。次々と激励の挨拶をする関係者は「勝つ」とか「メダル」といった言葉を一切使わないのである。障害者であることを気遣ったのだろう。なんとなく違和感があった。これに対して鈴木選手は「自己の記録を更新して・・・」と。オリンピック選手と全く変わりない迫力に満ちた挨拶に、それまでの歯切れの悪い激励をぶっ飛ばすように拍手が沸いた。


 地元の岩手小学校から山梨北中、私立の駿台甲府高校に進み、ハンドボールの主力選手として活躍した。そして筑波大学への推薦入学も決まった。ところが鈴木少年は卒業間際、交通事故で右足をもぎ取られたのである。ここからが鈴木少年の真骨頂。へこたれるどころか、ハンドボール復帰へ食い下がった。ここで出会ったのが走り高跳びのマットだったという。走るトレーニング中での偶然の出会いだった。跳んでみた。



 そのマットが運命を変えた。その時、当時の日本記録150cmを上回る165cmを跳んだ。その瞬間からパラリンピックを意識、ハンドボールと決別した。そして半年後にはシドニーパラリンピックの日本代表に選ばれて、178cmを跳び6位。4年後のアテネでは180cmを跳んでやはり6
位に入賞。世界のトップアスリートの仲間入りを果たした。自己記録は2m。

オリンピック観客


 この間、家族の導きもあって、優れた義肢装具士や走り高跳びの日本記録保持者を育てた指導者との出会いもあった。これが鈴木選手の今を支える力になったことも間違いない。しかし、それより確かなのは自らの何事にもへこたれない強靭な精神力だ。



 健常者こそ鈴木選手のような障害者に学ばねばいけないと思った。健常者の勘違いしたいたわりや同情。健常者こそが障害者に見えたかもしれない。鈴木選手は言う。「走り高跳びは唯一失敗して終わる競技」。言外にそこからがまた新しい出発であり挑戦 だと言った。

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Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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