雪の下の大根(再)
一昨日降った雪を乗せていた木々が、綿帽子を落として軽くした枝を、初春の風に静かに揺らしている。庭の植え込みのあちこちには春の淡雪が冷たく光り、石の門柱の向こうに新しい雪をいただいて光る富士山が悠然と浮かんでいる。前衛の御坂山塊は雪の薄化粧を徐々に落とし、風交じりの逆光にうす黒くたたずんでいた。
私の家は上流に出来たダムの影響で流れを乏しくした笛吹川の高台にある。目線の下に不規則に浮かぶ住宅の甍はまだ残雪でまぶしい。いつもはやってくる小鳥は、今日は見えない。犬に引かれて散歩する老人が門柱の向こうをいつものようにのんびりと歩いてゆく。窓越しにボ〜っと外を眺めていた私と目が合ったのか小首を下げて通り過ぎて行った。
「大根、お宅にはもう無いでしょう。食べてください。あるいはお宅にもあるかなあ・・」
門柱の前の小道の一段下がったところで、畑仕事をしていた近所の奥さんがニコニコしながらやってきた。両手に二本ずつ大きな大根を吊るしていた。畑といっても3畝足らずの小さな面積だが、ナスやキユウリ、トマト、白菜、ジャガイモ、ほうれん草など季節に合わせて何でも作っている。ご主人は私より3つ下の66歳だから、この奥さん、60歳を超えているのだろう。実家は非農家だというが、野菜つくりも手馴れたものである。
「ここに嫁いでもう30年以上経つんですもの。お義母さんが生きている頃、手取り足取りで教わりましたからね」
私が顔を合わすたびに「よくやりますね」と褒めると照れくさそうでいて、まんざらでもなさそうな顔つきでにっこり笑う。この時期、畑は大根など秋野菜の名残りと、ほうれん草くらいのもの。多くの農家は秋にいったん抜いた大根を土にいけて保存するのだが、この奥さんは抜かずに土や藁をかけて霜から守るのだそうだ。確かに大根は少しも傷んでいない。我が家も、今年、この奥さんに見習ってみた。
桃の節句を迎えたというのに冷たい風がほほを刺す。
「いつもいつもすみませんね」
「いえいえ、そんなことはありません。いつも、お世話になっているんですもの・・・」
そんな会話の後、しばらく世間話をしていた奥さんは「それじゃあ・・・」と言って、踵(きびす)を返した。そんな後姿に女房が「ちょっと待って・・・」と、声をかけた。
「奥さんねえ、これ頂き物の京都の漬物なんですよ。ご主人と味を見てくださいよ」
「嬉しいわ。私、これが大好きなんですよ。でも、高い大根になっちゃいましたね」
この山梨市の田舎から見れば都会だろう、サラリーマン時代、甲府に住んでいた頃にはなかった光景であり、会話だった。いつも≪普段着≫。素朴な会話、素朴な近所付き合いの中に言葉に表せない温もりがある。
甲府から私の実家に戻って6年半。田舎生活を敬遠していた女房もすっかりとまでは行かないまでも地域に馴染んだ。野菜作りの手ほどきを受けたり、枯露柿作りも覚えた。逆に、食事会や趣味の講座への案内も。田舎の隣近所のコミュニケーションには味がある。
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