成田の別れ

 「世話になったなあー。いい思い出になった。おかげで、双方の先祖の墓参りも出来た。有難う。本当に有難う」


 「また来てよ。今度は別の所を案内するからね」


 「この歳じゃあ、一年ごとに長旅は無理になる。お前達、二人でハワイに来いよ。そう遠くないうち じゃないと駄目だぞ」

  
 「そんなことはないさ。春がいい。来年の春はどう?」


空港2


 成田空港の出発ロビーのエスカレーター脇にあるJALファミリーサービスルームの時計は午後8時20分を指していた。従兄弟達老夫婦がハワイに帰るJOO72便のフライト時間の10時までにはまだ時間があるが、見送りに来た私達夫婦が山梨にとんぼ返りする高速バスの最終便まで、あと10分しかない。


 二組の夫婦は握手した。抱き合った。握手する手にも、抱き合う肩にも力がはいった。老夫婦の目には涙が光っていた。


空港


 思えばアッという間の17日間だった。86歳と84歳になるこの老夫婦が成田空港に降り立ったのは9月16日。以来、我が家に滞在しながら、二人の先祖の墓参りはもちろん、それぞれの親しい友との再会、ミセスの幼馴染の病院への見舞いも果たした。二人とも生粋の日本人だが、米国籍パスポートを持って日本にやって来る。当たり前だが、それがなにか違和感として写るのである。


 ミスターは大学時代とそれを前後した一時期を除いて86年のほとんどがアメリカでの暮らし。話す日本語もどこかたどたどしい。日本を敗戦に追い込んだあの太平洋戦争の後も母国に米軍属として進駐したのである。20代の前半だった。日本進駐の大部分は神奈川県の横浜に程近い戸塚にあった米軍の物流基地勤務だったという。

アメリカ国旗

 その物流基地は日本全国に何万と進駐していた米軍と、その家族の生活物資を一手に賄う一大基地。進駐軍は東京などの大都市を中心に全国各地に駐在しているから、毎日、貨車やトラックで配送をするのだそうだ。もちろんそこの管理は米軍属。その下に優秀な日本人スタッフと従業員が働いていた。



 そのスタッフの一人がかつての上司の訪日を聞いて、私達夫婦の招きもあって埼玉県の所沢から遠路我が家にやってきた。従兄弟と三つ違いの83歳だという。今でも英語はぺらぺら。立場こそ違え、混乱の一時期を共に過ごした二人の老人は昼食をはさんで夕方まで思い出話に花を咲かせた。その顔は20代の若き日にタイムスリップしていた。従兄弟のミセスは結婚する前まで日本の映画女優として活躍していた。故人となった船越英二ら映画人との知故も多く、このミセスも加えた3人のあの日、あの時の話題は尽きなかった。

及川千代  


 成田で、目にいっぱい涙をため、私達と別れるとき、二人の脳裏には始めて見た富士山5合目のあの雲海も焼きついていただろう。諏訪湖や横浜・中華街、それに山中湖への宿泊旅行も思い出の一つだろう。「いつまでも長生きしてくれ」。そんな気持ちで手を振った。


空港3


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やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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