長屋の八さん、熊さん

火消し_convert_20130203110403



 「火事と喧嘩は江戸の華」。よく考えれば、少々、乱暴な表現だが、江戸庶民のあっけらか~んとした日常が垣間見えて面白い。「火事と喧嘩を面白がるなんて不謹慎」と真面目なお人からは叱られそうだが、火事や喧嘩が今も昔も人を興奮させる何かを持っていることだけは確かだ。「なに言ってやんでえ~」。べらんめえ調の口調の裏に些細なことは拘らない気っ風が伺えるのだ。




 江戸の人たちは火事を見て、単に面白がっていた訳ではなく、想定する現場付近の友や知り合いの安否を気遣い、また、近くで喧嘩が起きれば、その善し悪しを無意識ながらも判断。“裁判官”の役割も果たしたのだろう。表現のイメージから今の日本人にはない江戸庶民の、あっけらか~んとした明るい日常の雰囲気が伝わって来る。




 寄席が好きで,ひと頃は東京に行って時間があれば新宿の末廣亭、上野の鈴本演芸場の木戸をくぐった。最近はご無沙汰だからその存在は定かではない。が、今でも時折行く浅草では、演芸ホールに飛び込んでは落語を聞く。登場するのが長屋の家主と店子(たなこ)の八っさん、熊さん。そのやり取りが面白い。どこか間が抜けた、八っさん、熊さんと長屋の家主が小気味のいい人間臭さを演出し、のどかな庶民生活を彷彿とさせるのだ。



末廣亭_convert_20130203110240
末廣亭


 その落語の世界から一歩飛び出せば、味気ない現実がある。理屈、理屈…。八っさん、熊さんもいなければ、長屋の家主もいない。良い悪いは別に、ひとたび体罰事件が起きると茶の間のテレビは四六時中、学校や先生、教育委員会を血祭りに上げる。「違った角度から見ているメディアもあるはず」。そんな救いを求める思いをよそに、どのチャンネルもみんな同じ。コメンテーターと言われる先生方も、もっともらしく口をそろえて関係者をバッシング。一人くらい、見方を変えたコメントを発してもいいのに…。




 「申し訳ありませんでした」。関係者はすぐに謝る。謝り方のパターンもみんな同じ。それならハナからやるなよ。深々と頭を下げる人たちの心の内には、きっと釈然としないものがあるはず。でも、それを言ったらしっぺ返しが怖い?その後の決まり文句は「第三者委員会を設けて…」。今では“不祥事”とセットの言葉は“第三者委員会”なのである。




 メディアの姑息はまだある。小さな言葉尻を捉えて大騒ぎする風潮である。メディアと丸ごと言ったらいけないか?メディアに携わる一部の人たちかも知れないが、平気でそんなことをする。「失言」という言葉尻が政治家の首まで飛ばす。若い記者達の中には、それを仕掛けようと虎視眈々としている者もいると言うから、なにをか況んやである。




 「未曾有」を読み間違って袋だたきにあった総理大臣だっている。いわゆる失言で首を取られた大臣だけでもここ数年間で片手では済まない。一般国民も、それを当たり前に受け止め、面白がって見ているのだ。今や内閣を組閣する時、暴力団との関係など私生活の中での隠れたスキャンダルのほか、この「失言」を最も恐れるのだという。




 もちろん、ジョークでは済まされない失言もある。でも、ジョークとして笑い飛ばす“ゆとり”だってあっていい。江戸の文化が花開いた元禄の時代から300数十年。ひとたび火事が起きれば丸焼けになった木造長屋もなくなり、そこに住む、はっさん、熊さんもいなくなった。いるのは“お利口さん”ばかりだ。



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見方を変えたコメントを発してもいるのが一人います。 ブログ記事の貼り付けで失礼します。

体罰を加える側の論理

タイトルが物騒だが、問題となっている教育者・指導者を擁護するという話では無い。どちらかと言えば 究明 真実の事が明るみに出ないと繰り返されるから取り上げてみた。

 大凡 ある一定の年齢に達した人は、体罰というものを受けていると思う。対象は親・教師・上級生・又職場の上司・・・ 体罰を苛めと捉えるとほぼ全員が被害者となる。導く・仕込む・伝えるという事柄は絶対的なマニュアルが有るわけでは無い。体で覚えさすのが一番早く効果が有る。

 級友の苛めによる自殺という痛ましい事件が起こって以来 体罰の問題も苛めの部分を大きく取り上げて、同列に取沙汰されている様だが 少し違う様な感じがする。

 親が家庭内で躾をしなくなった様に思う。社会も子供に「よその子供も含めて」大人の責任に於いて見守り 見守り育てるという心の余裕が無くなった様だ。自由は不干渉から齎(もたら)されると考える人も多い。苛めや体罰を受けた時 逃げ場とか受け皿が有った様にも思う。

 子供が脆弱になったという事は考えるべきでは無い、逞しく育て上げる事が大人の責務と思うからだ。

 体罰を加えた人達は例外なく自分たちも同じように体罰を受けた人達で有ろう 自分を育ててくれたシステムを露ほども間違っていたとは思っていないだろう。只時代の規範が大きく変わっている事を気付かなかったという事だう。悪しき連鎖が切れるだろうか? 

 論語 為政(いせい)篇 読み解きを子供たちに課しては如何か 簡単に死を選ぶことは出来ないのだ 人と生まれたからには生き続けねばならないのだという精神の涵養に資するところ大と柳居子は思う。

吾(われ)、十有五(じゅうゆうご)にして学に志す
三十にして立つ
四十にして惑わず
五十にして天命を知る
六十にして耳順(したが)う
七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)をこえず

(私は十五才で学問に志した)
(三十で自立した)
(四十で迷わなくなった)
(五十で天命を知った)
(六十で他人の意見を素直に聞けるようになった)
(七十で、欲望のままに振る舞っても、ハメをはずすことがなくなった)



やっぱり、いましたね

> 見方を変えたコメントを発してもいるのが一人います。 ブログ記事の貼り付けで失礼します。
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> 体罰を加える側の論理
>
> タイトルが物騒だが、問題となっている教育者・指導者を擁護するという話では無い。どちらかと言えば 究明 真実の事が明るみに出ないと繰り返されるから取り上げてみた。
>
>  大凡 ある一定の年齢に達した人は、体罰というものを受けていると思う。対象は親・教師・上級生・又職場の上司・・・ 体罰を苛めと捉えるとほぼ全員が被害者となる。導く・仕込む・伝えるという事柄は絶対的なマニュアルが有るわけでは無い。体で覚えさすのが一番早く効果が有る。
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>  級友の苛めによる自殺という痛ましい事件が起こって以来 体罰の問題も苛めの部分を大きく取り上げて、同列に取沙汰されている様だが 少し違う様な感じがする。
>
>  親が家庭内で躾をしなくなった様に思う。社会も子供に「よその子供も含めて」大人の責任に於いて見守り 見守り育てるという心の余裕が無くなった様だ。自由は不干渉から齎(もたら)されると考える人も多い。苛めや体罰を受けた時 逃げ場とか受け皿が有った様にも思う。
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>  子供が脆弱になったという事は考えるべきでは無い、逞しく育て上げる事が大人の責務と思うからだ。
>
>  体罰を加えた人達は例外なく自分たちも同じように体罰を受けた人達で有ろう 自分を育ててくれたシステムを露ほども間違っていたとは思っていないだろう。只時代の規範が大きく変わっている事を気付かなかったという事だう。悪しき連鎖が切れるだろうか? 
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>  論語 為政(いせい)篇 読み解きを子供たちに課しては如何か 簡単に死を選ぶことは出来ないのだ 人と生まれたからには生き続けねばならないのだという精神の涵養に資するところ大と柳居子は思う。
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> 吾(われ)、十有五(じゅうゆうご)にして学に志す
> 三十にして立つ
> 四十にして惑わず
> 五十にして天命を知る
> 六十にして耳順(したが)う
> 七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)をこえず
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> (私は十五才で学問に志した)
> (三十で自立した)
> (四十で迷わなくなった)
> (五十で天命を知った)
> (六十で他人の意見を素直に聞けるようになった)
> (七十で、欲望のままに振る舞っても、ハメをはずすことがなくなった)

やっぱり、いましたね

 腑に落ちないと思っていたのは私だけと思っていました。メディアの軽薄さ、と言ったら言い過ぎかも知れませんが、場当たりであったり、刹那主義であるような気がしてなりません。自分たちも若い頃、そうであったかと思うと、ゾッとします。
 評論家、といわれる先生方がメディアの番組企画の意図を“先取り”?その心の底では“化け物”のような大衆を意識しているような気がしてなりません。人間は、理屈だけでなく、心・精神が重要な部分を占めることを、みんな知っているのですが…。
 今の日本人は、新聞やテレビの論調を何の疑問もなく飲み込み、行動に反映しているような気がしてなりません。自分で考えないのです。疑問を感じないのです。それが選挙という重要な行為にも反映しているような気がするのです。恐ろしいですよねえ…。
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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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