「天才」と石原慎太郎

田中角栄


 幻冬舎出版の「天才」という本を読んだ。石原慎太郎が田中角栄をモデルに、彼になりきって、一人称で書いた小説だ。言うまでもなく石原は小説家であり、政治家。学生時代に「太陽の季節」で芥川賞を受賞、後に政治家となって運輸大臣や東京都知事も務めた。




 「太陽の季節」は映画化され、慎太郎は弟の石原裕次郎を銀幕に導いた。野球界の王貞治、長島茂雄と同じようにスーパースター・石原裕次郎を生み出すきっかけとなったのである。後に裕次郎の妻君になる北原三枝は、この映画に次いで制作された「狂った果実」がご縁だった。私なんか、そんな裕次郎の映画に魅せられ、学校をサボって見歩いた世代の一人。根っからの裕次郎ファンだったのである。




 一方、田中も言わずと知れた我が国の総理大臣経験者。最後は日本に激震を走らせたロッキード疑獄で、「宰相の犯罪」として法の裁きを受けながらも「闇将軍」と揶揄され、政治の裏舞台に君臨した。ロッキード事件は、もう40年も前の出来事だから、事件そのものを知らない世代も多いだろう。小説「天才」は、ロッキード事件を書いたものではない。政治家・田中角栄を、その生い立ちも含めて描いたものだ。




 「天才」を読んでいて「おやっ?」と思ったところが随所にある。その第一は石原が田中を極めて好意的に描いている点だ。石原は時の権力・田中政治と真っ向から対立した政策集団「青嵐会」の中心的な人物。自らも本の中で「田中に弓を引いた男」と書いている。当時、ことある度に繰り返した派閥抗争などという泥臭い政治力学ではなく、政治に対する考え方、言ってみれば政治哲学が全く違う二人なのだ。


石原慎太郎


 実は、この石原さんとは、何度かお目に掛かってお話もしたことがある。国会担当をしていた34,5歳の若造の時分だった。国会議事堂、と言うより衆議院第一議員会館と目と鼻の先に「十全ビル」というのがあって当時、青嵐会の座長をしていた山梨県選出の代議士・中尾栄一の私設事務所があった。そこが石原ら青嵐会メンバーのたまり場になっていたのである。むろん、石原も今より40歳も若い精悍然とした政治家であった。石原や中尾たち青嵐会の強者達は予算委員会であれ、どこであれ、真正面から田中政治に食いついた。国会に近い地の利のいい中尾の私設事務所は、その策略会議の場でもあったのだ。




 中尾の事務所の表札には「中尾」の「な」の字もなく、あるローカルCATV局の表札が架かっていた。そこには美人で、聡明な秘書さんがいて、青嵐会の強者達の世話もしていた。その秘書さんはある大学の経営紛争に巻き込まれた気の毒な人であった。ここでは、そんなことに触れない方がいい。兎に角、石原は精悍であるばかりか、貴公子然としていた。




 小説の「あとがき」が面白い。小説本体の田中一人称の書き方と違って、むろん、ここは石原の考えを綴っている。「面白い」と言ったのは、石原が小説の標題にしたように、田中を「天才」と位置づけ、「田中角栄のような政治家が今の世にこそ必要だ」と述べていることだ。「田中政治」の根幹は「日本列島改造論」に象徴される。高速道路網計画や新幹線構想を打ち出し、地方の公共事業推進を奨励した。このことも「あとがき」で書いているが、この「あとがき」が何と16ページにも及ぶ。そのタイトルは文字通り「長い後がき」。そこに綴られた石原の本音部分が、また面白く、興味深い。(敬称略、次回に続く)




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


more...

万歳の明暗

 こんな言い方をしたら叱られるかも知れないが、師走の「政治ショー」は終わった。街角はむろん、テレビを囲んだ茶の間を巻き込んで日本中が大騒ぎした総選挙が幕を閉じた。でも、もう一騒ぎしないと年は越せない。3年3ヶ月ぶりに政権を奪還した自民党が安倍首相のもとで内閣を発足させ、名実ともに新政権を樹立して一区切りだ。




 選挙開票の真っただ中で、「万歳」を叫び、その余韻もさめやらないまま登院の準備をする先生達。その一方で永田町の議員会館事務所を引き払う落選組。師走の寒空の下で繰り広げられた政治ショーの舞台裏は悲喜こもごも。「猿は木から落ちても猿だが、政治家は落ちたら只の人」。ある老政治家が残した有名な言葉だが、まさにその通り。自ら選んだ道とはいえ、心中はお察しする。


選挙_convert_20121221091036


 「日本国憲法第7条により衆議院を解散する」


 衆院議長のその一言を合図に一斉に起立して「万歳」を叫んだ480人の先生達。あれから1ヶ月。当たり前の事ながら明暗を分けた。特筆すべきは8人もの閣僚の落選。内閣の半分が討ち死にしたのだから、前代未聞の出来事である。市井の私たち、ちょい悪“雀”どもが「大臣も地に落ちたものだ」と罵っても反論すら出来まい。



 「お父さん、国会という所はおかしな所ね。無理矢理、解散されたのに、どうして万歳、万歳と嬉しそうに叫ぶの?一人一人の国会議員の先生達は、本当は解散などして欲しくはないんでしょう?」



 茶の間で、国会解散を伝えるニュースを見ていた女房が独り言のように言った。



 「あの万歳には“ふてくされ”もあるようにみえるよなあ~。それはともかく、解散国会の万歳には諸説あって、来るべき選挙戦に勝ち抜いて再び、この本会議場に戻ろう、つまりそんな願いを込めての気勢というのが、どうやら一般的らしい。いつからかは定かではないが、歴史は古く旧憲法下の帝国議会から続いている衆議院解散時の伝統だそうだ」



 「へえ~、でもピ~ンと来ないわね…」



 日本人は「万歳」が大好き。忘年会や新年会の座敷でも最後の締めは万歳。間もなく迎える元日の拝賀式でも「この一年、皆様にとって…」と、やっぱり万歳。結婚式や竣工式でもそうだ。「三本締め」とか「一本締め」という“締め方”もあるが、やっぱり万歳の方が…。「一本締め」は「関東の…」と、前置きするくらいだから関東地方特有かも知れない。


万歳_convert_20121221115529


 「万歳」は、お隣の中国や韓国、北朝鮮でも。その国の新聞報道を伝えるテレビで、ちょいちょいお目に掛かる。元はといえば“本家”はそちら。中国などを旅した時、街角の看板でしばしばお目に掛かる。「万歳」は中国からの“輸入品”なのだ。

万歳2_convert_20121221115717


 衆院選開票日の夜、当選を伝えられた先生達は、支持者達の「万歳」の嵐の中で平身低頭。「国家、国民のために…」、「党や国の有り様を変え、皆さんの生活を…」と、まるで天下を取ったように大見得を切る。「本当にそんなことが出来るの?」と、茶の間で冷ややかに観ている“観衆”を尻目に選挙戦を熱く戦った支持者達は「万歳」に沸いた。その一方の陣営は…。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

本末転倒

人々2_convert_20110316205528


 テレビを点ければ、やれ新党がどうの、第三極がどうの、とかしましい。


 「お父さん、政治ってどうなってるの?わたしなんかにや~さっぱり分からないわよ。銀行や生保の合併と同じね。お父さんは生い立ちや、それぞれの考え、順序だってみんな言える?」


 女房は藪から棒に言った。


 「オレに分かるわけ、ねえじゃねえか」


 女房のみならず、私だって「どうなってるの?」と言いたいくらいだ。原発、TPP、増税…。政府・与党を除けば総じて反対。原発に到っては経済政策との絡みや国民の電気料という名の経済負担などそっちのけで、反対、反対。その裏にはなんとなく作られたオバケのようなポピュリズムに乗って「勝たんかな」が、見え見え。堂々と将来に向けた原発政策を掲げ、論ずることが怖い? 


人々_convert_20110316205104


 しかし、訳も分からない“ポピリュズム”に陥ったら…。選挙に勝つため?の各党の思惑、戦略だから百歩譲って、これもいい。政治家の離合集散。これも“先生達”の保身の術だから気持ちも分からないでもない。




 でも、ちょっと待てよ。「政治主導」、「官僚支配の打倒」、「霞ヶ関との戦い」。政治家先生が党派を超えて口をそろえていらっしゃる、この言葉。ちょっとおかしくありませんか。政府を担っている民主党でさえ同じことを言う。




 財務省、外務省、国土交通省、厚生労働省…。いわゆる霞ヶ関は今も昔も内閣・行政府の事務局、事務部隊のはず。「官僚支配の打倒」も「霞ヶ関との戦い」も、全くの本末転倒。国権の最高機関にいらっしゃる衆参両院の先生方が言う言葉ではない。主客転倒ともいう。


国会議事堂


 主の言うことを聞かない使用人、部下は一般にはあり得ない。内閣総理大臣は行政府の長。その行政府、つまり内閣の仕事を分担する大臣は、それぞれの担当分野の長なのだ。




 「政治主導」。当たり前の事。その当たり前の歯車がどこで狂ったのか。「政治主導」という言葉は、よく考えたら民主党政権が言い出した新しい言葉。政権交代した民主党は「よう~し、オレ達が霞ヶ関を変えてやる」と、すごんで見せた。




 ところが、おっとどっこい。「変えれるものなら変えてみろよ」。霞ヶ関からそんな声が聞こえてきそう。それもそのはず。3年数ヶ月の民主党政権中、総理大臣は3人目。霞ヶ関の現場を預かる大臣は「改造」という“洗礼”を受けるから、その任期はもっと短い。「私は素人です」。何処かの大臣が言ってひんしゅくを買った。




 この大臣、正直ですよ。1年足らずで、内政はおろか外交、果ては防衛まで理解し得たらスーパーマン。政治家先生が「政治主導、政治主導」とハナから粋がること自体がどだい無理。そのために「事務局」の霞ヶ関があるのであって、官僚のしっかりしたレクチャーを受け、それを基に判断を下すのがトップたる大臣の取るべき姿。




 分からないのに「オレがやるからいい」と言ったら、部下は「それならやってみろよ」と言うに決まっている。巨大なシンクタンク・霞ヶ関をしっかりと動かさなかったらこれこそ税金の無駄遣いだ。官僚は、“一夜限り”の政治家と違ってキャリアですものね。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

一番を目指さなくてどうする

事業仕分け3


 「一番でなければいけないんですか?」。この言葉、このフレーズはテレビを見ていた国民にインパクトを与えた。政府がやって見せた事業仕分けで、その筋の官僚を相手にズバリ切り込んむ事業仕分け人の民主党のご婦人が天下り官僚に浴びせた言葉である。理屈抜きの、その痛快な切り込みに拍手を送った人もあれば「なんとご粗末なことを・・・」と、いぶかしげに受け止めた人も少なくないはずだ。




 このフレーズを生んだ事業仕分けという名の≪ショー≫は科学技術の開発関連。さすかに科学者は黙っていなかった。すかさず記者会見して真っ向から反論した。そこに並んだ科学者は当時、ノーベル化学賞を受賞したばかりの学者さん達だから、これまたインパクトは十分。結果的にはどうやらこちらに軍配が。


事業仕分け2


 日本人は何故か東大生や東大出身者を「頭のいい人」の代表のように決め込み、憧れを抱く一方で、それへの反発を心のどこかに隠している。そんな東大出身者が主流を占める官僚を心のどこかで快く思っていないのだ。人々の東大コンプレックス、官僚コンプレックスの表れなのだろうか。政治家は「政治主導」の名の元に力でその官僚を押さえつける。




 判官びいき。そんな人たちが事業仕分けという≪法廷の被告席≫に座っているのだから≪傍聴席≫の国民は、理屈なんかどっちでもいい。厳しく切り込めば切り込むほど痛快に思い、拍手もしたくなるというもの。もちろん、事業仕分けは事業の中身や予算の使われ方を赤裸々にし、ムダを省くのが狙い。そこに政府のパフォーマンスが見え見えとしても「無駄の排除」に反論の余地はない。テレビでやって見せる事業仕分けは一部分なのだが、私達は全てに事業仕分けのメスを入れてくれているような錯覚に陥って拍手してしまう。だからこのオバサマだって勢いヒロインにも。参院選の結果も見えようというもの。


事業仕分け


 でも「二番ではいけないいんですか?」の切り込みには、私のような凡人でも、「このオバサン何言ってるの」と首を傾げたくなる。誰でもが分かっているように日本は国土が狭く、資源もない国。それをカバーして生きるには一般的な技術もさることながら、特に科学技術の開発に力を入れなければならないことは絶対条件。その場合、一番を目指さない科学技術の開発なんてあるのだろうか。一番を目指しながらも結果的に二番だったり、三番だったりするのだ。逆に言えば一番を目指さなければ二番も三番もない。





 事業仕分け人のこのオバサンの口をついて出たこの言葉。実は日本のあっちこっちに顕在化している。例えば、小中学校の運動会。100m競争など全ての競技に一番、二番の順位をつけない学校が増えているのだそうだ。「子どもたちを差別してはいけない」という≪先進的な先生≫の考えが優先された末の現象だという。


事業仕分け4


 そんな風潮の中で育った人たちから見れば事業仕分け人先生が口にした言葉はむしろ正論かも。しかし、子供達から、人間から競争意識をもぎ取ったら・・・。むしろこの方が怖い。学校という社会を離れれば大なり小なり競争は付きまとう。人間は本来、動植物と同じように生存競争の中に生かされているのだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!

本音と建前

恩賜林


 「私だったらこの広大な山林原野を今、国・政府が困っている基地に貸しますね。もちろん、条件付。基地の誘致で、過疎化する麓の地域を再生するきっかけを作るんです。沖縄の普天間基地移設問題で今、政治が揺れています。反対運動が前面に出ていますが、そこには必ず地元住民の本音と建前があるはず。世論として表に出ているのは建前と、もっともらしいマスコミや文化人といわれる人達の声。本音は基地がなくなっては困る人たちも多いし、徳之島(鹿児島)のように本当は基地を持って来たい人達もいるんですよ・・・」


恩賜林2

 
 ここは山梨県と埼玉県の県境にまたがる奥秩父山塊の山梨県側の一角。こんな話をしたのはこの一帯の山林を保護する「金峰前山恩賜県有財産保護組合」の元組合長。年恰好は80歳前後。同組合はこの一帯の山麓にある山梨市と甲府市の一部地域で構成されている、れっきとした特別地方自治体である。先頃、今年度第一回の組合議会が招集され、この日は組合執行部と議会合同の現地視察が行なわれたのだ。



恩賜林4

 
 視察に加わったのは今年度、新たに選出された議員と私のような監査委員など組合役員に任命された人達の、いわば新人研修。執行部と議会側、合わせて約20人が揃いの法被姿で参加。1,400haにおよぶ持ち山をいくつかのポイントから一日がかりで視察した。「私だったらこの山林原野を・・・・基地に貸しますね」と、本音とも冗談ともつかない口っぷりで話した元組合長は、この日の案内役。広大な山の隅々まで熟知しているようで、つづら折れの凸凹道を車で走り、その要所要所で歴史的な経緯も含めて説明した。




 通称「恩賜林組合」。都会にお住まいの方なら聞いたこともなければ、縁もゆかりもないだろうが、明治の時代、天皇から御下賜された県有地の保護団体。山の植林や下刈りなど、その保護、保全と管理をしているのである。山梨県は県土の約75%が山林原野。その多くが、この恩賜林、つまり県有地だから、その総面積は概ね見当がつくだろう。山梨県には64の恩賜林組合があって、それぞれのテリトリーで保護・管理の活動をしているのだ。


恩賜林3


 その中で最も大きなのが富士吉田市ほか2カ村(山中湖村、忍野村)恩賜林組合。ここは特異な組合で、管理区域内に自衛隊の「北富士演習場」を抱えている。日米の地位協定に基づき米軍の演習にも使わせている。いわゆる基地を抱えているのである。今は平静を保っているものの、かつては基地を巡る賛否が県政を揺るがし、「県政の分水嶺」とも言われた。その一方では莫大なお金が恩賜林組合や地元市村に落ちているのだ。事実、「防音」の名で小中学校の校舎は整備され、さまざまの公共施設や周辺道路も立派になった。




 基地がない世の中の方がいいに決まっている。しかし、国や地域が抱える現実を無視しているばかりにもいくまい。「私なら・・・」。恩賜林組合元組合長の冗談とも本音ともつかない言葉の裏には、いくばくかのリスクを背負っても最大公約数の「地方、地域の利益」を考えなければならない「現実」がある。「平和ボケ」したり、便利な生活を享受出来る都会にお住まいの方なら、この本音は分かるまい。どの道どこかに設けなければならない基地の誘致で、財政や雇用、関連ビジネスの創出を考えようとする本当の気持ちなのだ。




ブログランキングに参加中です。  
 ↓この下の「
甲信越情報」をクリック いただけると励みになります。
新バナー

にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログ 山梨情報へ  ← 「山梨情報」 こちらも応援よろしくお願いします


ありがとうございました!
ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!