内視鏡とアニサキス

病院

 人間ドック、内視鏡、病院。こんなキーワードを耳にした時、私は必ず、と言っていいほど、ヘンな体験を思い出す。もう何年も前のことだ。甲府市内のある社会保険病院で、人間ドックを受診した時のことである。いつものように手術台のような硬いベッドに横になり、黒い管の胃カメラを飲み込んでゲエ~、ゲエ~しながら脂汗を掻いている時だった。




 「あれ困ったわ。コレなあ~に。これなあ~に。いやだ~」





 私の検査を担当してくれた若い女医さんは突然、大声を上げて、動転しはじめたのだ。結果的には、私の胃袋に、それが一匹であるかニ匹であったかは分からないが、アニサキスという虫がうごめいていたのだ。自分の立場も場所も忘れて動転してしまったのだから、この女医さん、はじめて見たアニサキスによほどびっくりしたのだろう。

 

 そのこと自体は分からないでもない。でも、腹にカメラを突っ込まれて苦しい思いをしている私にとってはたまったものではない。女医さんの内視鏡を持つ手は小刻みに震えていた。これをお読みになっている皆さんには、その双方の光景が容易に想像できよう。




 私は、ただ唖然とするばかり。何が起きたかすら分からない。それを聞いてみようにも太い内視鏡の管を口から突っ込まれているので、口も聞けないのだ。内視鏡室では何人もが検査を受けていた。私と同じようにみんなが、何が起きたかも分からず、カメラの管をくわえたまま「いったい何事が起きたのだろう・・・」と思ったに違いない。



胃1

 当然のことながら、何人もいる先輩医師が黙って見ているわけはない。いかにもベテランらしい医師がすっ跳んで来て、今にも検査を放り出しそうな女医さんに言った。



 「先生、これアニサキスと言うんです。初めてでしたか。あとで取り出して患者さんに見せてあげてください」




 アニサキスという寄生虫の名は、このとき始めて知った。恐らく、一生忘れる事の出来ない名前だ。鯖やホタルイカなどに寄生する虫で、マグロなどにもいるのだそうだ。口の悪い仲間によると、寿司屋さんの舞台裏では、このアニサキスをピンセットで取り除く光景だって決して珍しくない。鯖を酢でしめるのは、ひとつにはこのアニサキスを退治するためだそうだ。因みに、人間の身体に入ったアニサキスは胃酸でやがては死滅するという。




 先輩の先生に、落ち着くよう言外に促された女医先生はやっと平静を取り戻したのか検査を再会。しかし下手くそは変わらず、カメラの管を私の胃袋の中で押したり、引いたり・・・。




 やっと検査が済み、拷問から開放されたような気分でベッドを降りた。ホッとしながら検査の所見を丁重に尋ねた。医者に悪態は損。結果は「異常ありませんね」。「ところでアニサキスは?」。「ああ、あれ。いないわ。カメラを抜く時、落としてしまったのかしら・・」


エコー
 

 これにはまだオチがある。すべての検査を終えて人間ドックの会計窓口に行くと「あなたは治療費がありますので本会計の窓口へ」と言うのである。アニサキスを除去したと言うのだ。検査と治療。検査の帰りにアニサキスを連れ帰ったのは立派な治療だという。そうだとしても俺、アニサキスの顔なんか見てねえんだけどなあ~。なんだか腑に落ちなかった。





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メタボ人間とビール

ビール


 「お父さん、昼間から、飲むの、止めたら・・・」

 山梨県地方もここ連日、30度を超す猛暑続きだ。畑仕事から帰り、汗びっしょりの身体をシャワーで流し、昼飯を食う。その前のビール一杯がなんと旨いことか。サラリーマン時代、会社帰りによく行ったビヤガーデンの生ビールよりはるかに旨い。当然のことながら、夜も飲むのだから、昼間は飲まない方がいいに決まっている。


トマト



 仕方がなくやる農作業の一方で、頭の隅では「汗をかき、身体を使うことで、多少なりともダイエットが出来、メタボの改善に繋がれば・・・」と、淡い期待もあるのだ。そんな私の心のうちを見透かしている女房だから、ブレーキをかけるのは分かりすぎるほど分かる。


ビール2


 「いくら汗をかいたって、ビールを飲んじゃったら元の木阿弥。ダイエットになんかなりませんよ。まったくっ・・・。意志が弱いんだから・・・」




 その通りだ。内心、そう思うし、私の身体を気遣う女房の心の内をありがたくさえ思う。しかし、私の口を突いて出る言葉は違う。




 「バカ言え。シャツを搾るほど汗を掻いているんだから、ビールの一本や二本、どうってことねえよ。第一、お酒は旨い時に飲むのが一番なんだよ」




 ヘンな理屈である。日曜日で勤めが休みの時なんか、娘も一緒になって


 「お父さん、お母さんの言う通りよ。言うこと聞かなければダメよ。お父さんの体考えているんだから・・・」




 なぜか娘にいわれると弱い。女房のブレーキより効く。タバコのブレーキと同じだ。



ジャガイモ


 自分では、汗を掻く、と言うのだが、一日中でも日差しが最も強い昼日中に野良仕事をするなど、愚のごっちょうなのだ。しっかりした農家は、今時だと午前4時ごろの夜明けを待って畑に出て、暑くなる前の8時、遅くも9時には引き上げてくるのである。





 「こんな暑い時に畑にいたら身体に毒ですよ」




 いつも近所の人から注意を受ける。注意と言うより笑われるといった方がいいかもしれない。しかし、ぐうたらオヤジ、長い間のサラリーマン時代のくせが簡単には抜けないのである。夜更かしなら何時だって平気。だが、早起きとなると、からっきしダメなのだ。勢い、ちゃんとした農家が半日分の仕事を終えて帰ってくるころから、こちらはようやく畑に。暑い最中の仕事、と言う悪循環である。「ええ~い、これもダイエットのためだ」とばかり、ペットボトルの水をがぶがぶ飲みながら頑張るのだ。


プチトマト


 農村地帯でも夕方や夜、ウォーキングをする人達が増えている。肥満防止やダイエットのためだ。糖尿病の改善を狙っている人もいる。機械化が進み、農業もかつてのように力の仕事ではなくなった。畑に行くのは軽トラック、除草や耕運も機械。買い物など普段の用事はもちろんだ。実は田舎の人間ほど歩いていないのである。メタボの量産は田舎から、と思えるくらいだ。俺のやり方は、一足早く原点に・・・などと悪あがきをしてもみた。






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仲間の死

菊

 親しい仲間が逝った。享年69歳。癌だった。手術と入退院を繰り返しながら癌と闘った。必死だっただろう。桃や葡萄など広い果樹園も一部を人に委ね、栽培面積を縮小した。行く末を案じたのだろう。それがまた痛々しい。それでも暗い顔は微塵も見せずに畑にも出、仲間たちとも明るく振舞った。


葡萄畑


 そんな人柄の男だったから、地元にいる特に同級生達は、入院中も自らの仕事の合間を縫って農作業を補った。「うちのことなんか、心配するな。そんな心配より、治療に専念することだよ」。みんなで励ました。しかし、不敵にも癌は強かった。日ごとにこの人の体を蝕み、最後は骨と皮といってもいいほどに肉体まで食い尽くした。


インゲン


 この人には、これまでも身の回りに相次いで不幸が襲った。早くに愛する奥様を亡くし、二人兄弟の弟も何年か前に亡くした。この弟さんは三つ違いで、私と同ない歳だった。どうしてこうも不幸は集中攻撃するのか・・・。この世には神も仏もないのか。





 それでも男手ひとつで一人娘を育てて嫁がせ、二人のお孫さんにも恵まれた。自らの行く末を覚悟しながらも愛らしいお孫さんに目を細め、可愛がった。心の中ではこのお孫さんの成長をもっともっと見届けたかったに違いない。それもふびんでならない。


光


 告別式。仲良しトリオのうちの一人が弔事を読んだ。自他共に認める無二の親友だったこの人は「俺は○○ちゃんと呼ばせてもらうよ」と祭壇の遺影に語り掛け、在りし日の思い出や、その人柄を切々と話した。




 それによると、身の回りを相次いで襲った不幸、その上、自らにも襲い掛かった病魔との闘いにも愚痴ひとつ漏らさなかった。いつも明るく振舞い、周りの仲間達を気遣った。古めかしい言葉かもしれないが、義理人情にも厚かった。「気遣うのはお前ではなく、むしろ俺達だったのに・・・」。そんな故人は息を引き取る数日前、この人の手を握り、弱々しい声で「俺はもうだめだ。あとを頼む。みんなを・・・」と言った。手にはもう力がなかったと言う。無二の親友が読む弔辞は参列者の涙を誘った。


空


 たまたま時期を同じくしたのだが、この告別式の翌日、別の友人の父親が逝った。こちらは98歳だった。69歳の告別式とは対照的だった。年齢差は親子ほどもある。同じ弔辞の中でも「天寿をまっとう・・」という言葉が。人間誰しも、かくありたいと思うのだが、そうはいかないのがこの世の常。




 「人間、60歳を過ぎれば、後先の順番はないんですよ」



 うまい事を言った人がいた。そう思いたくはないが確かにそうだろう。仏教用語で「諸行無常」という言葉がある。人の寿命は神様しか分からない。ただ言えるのは、その人間がどう生きたかなのだろう。寿命の長短だけではない。仲間や周囲を愛しみ、仲間達からも愛された69歳の男を送りながらそうも考えた。


1


 梅雨の季節は真っ盛り。その後には暑い夏が待っている。みんなが健康で、仲良くありたい。それが若くして逝った友に報いる道だ。行とし生きるものの鉄則だ、と思っている。





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病院内のドラマ

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 ある総合病院の外来患者の待合室。朝から席を埋めた、大勢の患者に交じって、診察の順番を待ちながら、ふと思った。




 「一見、何事もないように、と言ったらヘンかも知れないが、毎日が決まったように過ぎて行く病院。一皮むけば、良くも悪くも、様々なドラマが展開されているのだろうな…」


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 例えば、今、自分がいる内科外来の待合室。みんな黙りこくって座っているが、病の種類も症状、厳密に言えば、その緊急性だって違う。回復に向かっている人はいい。でも重い病を抱えた患者の心の内は複雑だろう。「一刻も早く呼んで(診察をして)くれないものか」。そう思っているに違いない。診察までに1時間、2時間待ちは当たり前。やっと順番が来たと思っても診察時間は3~4分から5~6分。待ち時間とのギャップが大きいだけに何とも腑に落ちない気分にも陥るだろう。




 階が変わって入院病棟。ここだって様々だ。入院期間の長短は別に、闘病を乗り越え、花束片手に退院していく人もあれば、今なお必死の思いで病と闘う人もいる。入院患者ひとり一人の症状や病状だって異なる。中には《明日をも知れない》患者さんだっているはずだ。取り巻く、医者や看護師、家族の胸中も、また様々。


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 病院の中を歩いているのは主役の患者さんばかりではない。当然のことながら、その患者さんを治療する医師、サポートする看護師や技師たち…。入院患者を気遣う家族や見舞客もいる。医師ら医療に携わる人たちや事務職の人たちは白衣や制服で、入院患者も病室着だから、すぐ分かる。ただ、外来患者や入院患者の家族、見舞客などは区別がつかない。




 医療の場でありながらも病院とは不思議な所で、他にも様々な人たちが行き交っているのである。製薬会社のセールスマンもいれば、葬儀社の人だっている。「葬儀社の人」というと、病気を治療する病院には不似合いだが、現実には絶対必要な役目を担う。《万一の場合》の応急的な措置や搬送など、その家族をサポートする欠かせない存在でもある。手際のいい措置をしないと、少なからず入院患者に心理的な影響を与えてしまうからだ。




 私には忘れられない出来事がある。義父(女房の父親)が入院。末期の胃癌だった。93歳で亡くなったのだが、その症状は重く、手術も不可能。最後は連日、のたうち回るほど苦しんだ。痛みがひどかったのだ。見るに見かねてナースセンターに跳んで、医師の目を見詰めて言った。「先生、あのままでは可愛そうだ。何とかしてくれないか…」と。




 医師は言った。「あなたは自分が言っている意味が分かっているんですね」。「もちろんです」。医師も私の目を見て言った。「そうでしょうね。実の子供さんは女性ばかり。あなたでなければそんなことは言い出せませんよね。お爺ちゃんは長くもっても後4~5日。正直言って私も同じことを考えましたが医師として、それを率先することは出来ませんでした」。
  薬(注射)で痛みを和らげてやることは患者の《最期》を意味する。ウソのように痛みを訴えなくなり、笑顔すら見せた。その一日後、本当に安らかな顔で逝った。判断は今でも間違いなかったと思っている。ひと時であっても、安らかな時間を与えてやれたからだ。




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不整脈(心房細動)

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 「あなたの行き付く先は、心筋梗塞か脳梗塞だよ。注意しなきゃあ~」


 かかりつけの親しいドクターは、事もなげに言った。


 「脅かさないでくれよ。縁起でもない…」


 「注意しなきゃあ~」の一言が付いているとはいえ、当事者にしてみればショッキングな言葉だった。心筋梗塞とか脳梗塞という言葉自体、私達、医学や医療に全く知識がない者でも、重大に受け止める。ドキッとするのである。そう言えば親父も心筋梗塞で逝った。




 心房細動が見つかったのは4~5年前の人間ドック。腰の靭帯手術などもあって、ここ2年ほどサボったものの、ドックは女房と二人して毎年受けている。担当の医師は、一日も早い治療を促す一方、知り合いの専門医に紹介状を書いてくれた。以来、毎日、朝晩の二回、薬を飲んでいる。血液の凝固を防止する、いわゆる血液をサラサラにする薬だという。


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 「心房細動」という疾患は、一般に言う「不整脈」。文字通り、心臓が規則正しく脈を打たず、時折、脈打ちをサボってしまうのだ。規則正しく血液を送り出さない、と言った方が分かり易い。心電図を見せてもらえば、素人でも一目瞭然。心臓から正しく血液を送り出さないから、前の血液が凝固する危険性が高まり、その血栓が心臓に飛びつけば「心筋梗塞」、脳ならば「脳梗塞」を惹き起こす可能性が大きいのだそうだ。




 人間ドックとは、上手いネーミングをしたものだ。身体全体を検査。さらにオプションで申し込めば、規定(法定?)の検査項目以外でもピンポイントで検査してくれる。車の定期車検と同じで、お金はかかるが安心。車検と違って、人間ドックは自治体からの補助があるのがいい。規定外の検査が値段的に高いのは、その適用から除外されるためだ。




 薬を欠かさないのはむろん、一定の期間をおいて診察を受ける。血液検査を始め、心電図、胸のレントゲン撮影など様々で、時間もかかる。診察までの待ち時間も長い。市内の総合病院なので、待合室では知り合いにもよく会う。




 「どこが悪いの?」


 「心房細動でねえ。もう長く通っているんだよ」




 私のような患者は結構、多い。中には血管にバルーンを入れる手術や、ペースメーカーを入れたという人もいた。同級生が20人ぐらい集まる月に一度の無尽会でも、話が《健康》に及ぶと「オレも心房細動で病院に通っているんだよ」と。




 「お酒は控えなければダメ。カロリー過多になるんです。心房細動に限らず、あなたの様々な疾患の原因は太り過ぎ。その元凶は、お酒ですよ」


 運動不足の上に、カロリーの摂り過ぎ。「♪これじゃ、体にいいわけないさ…」。歌の文句じゃあないが、「♪分かっているけど…」である。脂肪肝や高脂血症…。そればかりではない。糖尿病や痛風などいくつかの《予備軍宣告》を受けている。朝晩の薬の量が、だんだん増えている。気遣ってくれた義妹からの「薬ケース」が手放せない。1週間ごと丹念に朝、昼、晩に分けた薬をケースに入れ「忘れないように」飲むのである。 




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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