冬に向かう里の秋

もみじ_convert_20101205223620


 里の秋は、どんどん深まって行く。深まるというより冬へとバトンタッチしているのだ。街路樹のイチョウ並木は黄色い葉っぱをハラハラと風に落とし、我が家の植え込みのカエデも紅葉の盛りを通り過ぎた。常口の前を東西に伸びる3尺程度の細い古道沿いに垣根代わりに植えられた山茶花が「今度はこちらの出番」とばかり開花し始めた。秋は山から里へ。ついこの間まで紅葉狩りの行楽客で賑わった山間の渓谷は人影をなくし、もはや冬のたたずまいである。自然界は季節の移ろいを見事に表現してくれる。


山茶花_convert_20101205223708


 紅葉を織り成す代表格は、何と言ってもカエデであり、ナナカマドウルシだろう。とりわけナナカマドは鮮やかだ。ナナカマドは火に燃えにくい木だそうで、七回も釜戸に入れないと燃えないことからその名が付いたという説がある。ウルシなどと共に真っ赤に染まり、周囲の松や杉など常緑樹と、これまた見事なコントラストを見せるのだ。


もみじ2_convert_20101205223801


 「もみじ」という植物はない。一般に「もみじ」と言われるのはカエデだ。このカエデにもさまざまな種類がある。我が家にも大小10本近いカエデがあるのだが、それぞれがみんな違う。真っ赤に色付くものもあれば、深紅や淡い赤、茶色っぽいものもある。それぞれが独自の色合いを表現するのである。初夏、若葉の色合いもまた異なる。ほとんどが緑の葉を付けるのに、まるで黄金色の葉っぱを付けるものもあるのだ。




 逆から言えばカエデは「もみじ」とも言われ、紅葉を「もみじする」とも言う。可愛い赤ちゃんの手を「もみじのような手」などという。若い女の子達は紅葉したカエデの葉っぱを栞代わりにする。カエデは古来、人々の心や生活に深く溶け込んでいる。料亭の会席料理にしばしば添えられるのもこのカエデ、つまりもみじだ。街路樹のイチョウが落とす銀杏も茶碗蒸しの具の定番。


イチョウ_convert_20101205223910


 イチョウが葉っぱを落とす頃になると、なぜか東京・永田町のイチョウ並木を思い出す。国会議事堂と衆・参議員会館の間を走る街路樹である。この辺りを毎日、仕事で歩き回っていた若い時分のことである。35~6歳、東チョン時代であった。品川に近い泉岳寺にある知り合いのホテルで仲間たちとしこたまお酒を飲み、朝帰りした。出勤にはちょっと早いが、なにせ単身赴任。そのまま仕事場に直行。地下鉄国会議事堂前で降りると、そのイチョウ並木の下で通勤途中のOLたちが競うように銀杏を拾っているのである。場所が場所。OLたちは国会職員や議員秘書だ。あっという間に落ちた銀杏は跡形もなくなる。


国会議事堂_convert_20101205222706


 「へえ~、こんな所に銀杏のなる木があったのか」。普段、何気なく歩いていた街路で再発見させられた思いだった。ご存知のようにイチョウは全てが銀杏を付けるのではない街路樹は一般的に実を付けないイチョウを植える。実が入り、落ちた銀杏は表現し難い異様な臭いを放つ。これが嫌われるのだろう。でも珍しさが先行するのかOL達はなんのその。「この銀杏、美味しいですよ」とお訪ねした議員事務所の秘書さん。「これは首相官邸から何本目のイチョウの木の下から拾ってきたものだね」と言ったらびっくりしていた。ともかくお陰でこの街路のイチョウで実を付ける木を今でもみんな覚えている。





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


冬への助走 里の秋

4df04458e82d28eaedc89de43639492b_s_convert_20171205130909.jpg



 街路樹のイチョウ並木は、黄色い葉っぱを次々と落とし始め、我が家の植え込みの落葉樹も何時の間にか葉っぱの数を減らし始めた。紅いもの、黄色いもの。一口に言ってしまえば、それまでだが、その二つでは割り切れない微妙な色の違いを見せるカエデ。晩秋と言うのか、初冬と言うのか、そんな中途半端な時季の樹々の表情は多彩であり、また風情もある。




 木枯らしと言うには、まだ実感が沸かない風に揺られ、三枚、四枚と葉を落としていく落葉樹。まだ紅葉の域にはあるとはいえ、流石にひと頃の鮮やかさはなくなった。あと一週間、10日もすれば、全ての葉っぱを落とし、丸裸に変身するのだろう。ひと頃までは紅く、黄色く燃えていた周囲の山も茶色の枯葉になったばかりか、枯れ木に変化を見せ、こちらは見るからに寒々しい冬の佇まい。私たちが住む里へと季節のリレーを終えている。



1473316cd79119fbe05b28ab920aa6ce_s_convert_20171205131326.jpg


 植え込みで、一足早く葉っぱを落とした百日紅やザクロ、カリン、杏子…。畑の柿やリンゴ、ブドウも次々と葉っぱを落としている。こちらは篤農家と、そうでない農家との違いは、くっきり。篤農家のブドウ棚は、確実に葉っぱを落とすのが遅い。それだけ木に勢いがある証拠だ。肥料の施しなど日ごろの管理の良し悪しの表れで、私のような素人でも周りを見渡せば一目で、その違いが分かる。





 樹々の勢いの良し悪しは、来年の収穫に影響を及ぼすことは言うまでもない。街路樹にせよ、植え込みにせよ、ブドウやモモのように果実の収穫とは関係のない樹木だって同じこと。施肥や土壌によって落葉は前後する。イチョウやケヤキの街路樹。紅葉はむろん、次々と葉っぱを落とす様は、晩秋、初冬の寒々しさを演出、それはそれなりに風情をもたらすが、沿道のご家庭やオフィス取っては、どちらかと言えば厄介者。毎日、掃除を強いられるからだ。




 4反歩ほどのブドウ園(ピオーネ)を全て切り、«百姓もどき»を決め込んだ私にも、その後の除草や、野菜作りは残されているし、母屋やお蔵を囲んだ表と裏の植え込みはいつも通り管理しなければならない。それにブドウ園の跡地とは別に甲州百目や富有、御所など結構の広さの柿畑も二か所ほどある。こちらは、もう、とっくに葉っぱを落として丸裸。



葡萄畑1



 果樹地帯のこの辺りは枯露柿の産地でもある。ところが、今年は«裏年»なのか、天候不順の影響なのか、原材料となる甲州百目などが不作。もちろん、富有など柿全般だ。我が家の
畑も例外ではなく、しっかり実る前に黄色くなって落ちてしまった。僅かに残った柿の実は「子守り柿」として小鳥の餌に。それでも剪定作業はしなければならない。




 剪定は夏の間に伸びた徒長枝の切除が中心。むろん木づくりが狙いであることは言うまでもない。毎年のことだが剪定は梅や杏子、百日紅の木から始め、カリン、ザクロ、葉を落とすのが遅いカエデなどの順に進めて行く。梅は早咲きのものは蕾を膨らませているので、剪定の時期としては遅いのだろう。




 落葉樹の中で一番特異なのは柏の木。この木だけは葉っぱを枯らしながらも一枚たりとも落とさない。春になり新しい芽吹きを待つのである。「逞しい子供に育って欲しい」。端午の節句に用いられる「柏餅」の由来はそこにある。柏の木の生命力に因んだものだろう。



.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!



喪中の挨拶状

喪中


 「お父さん、○○さんのお母さんがお亡くなりになったんだそうですよ。今からでも、ご挨拶にお伺いしなきゃあ・・・」



 女房がポストに届いた「喪中」の挨拶状を私の手元に持ってくる。



 「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」



 文面はみんな同じだが、こんな挨拶状が11月に入れば毎日のように届く。もちろん、ほとんどが葬儀・告別式に弔問しているので心当たりがあるのだが、中には、この挨拶状で初めてご不幸を知ることもある。特に友の奥さんのご実家のご不幸の場合、知らせがなければ知る由もない。そんな時、早々に文(ふみ)をお送りしたり、お悔やみに駆けつけたりする。この場合、決まり文句のような言い訳を伴うのだ。「知らないこととはいえ・・・」。



喪中2



 この挨拶状は文言の通り、喪中であることを知らせ、予め年賀状など新年の挨拶をしないことを伝えるのだ。≪ブク≫を被らせてはいけない、という配慮からである。その習慣がどこにもあるかどうかは分からないが、ここ山梨ではある意味で年末を控えての風物詩でもある。人々が年賀状を書き始める前に発送することは言うまでもない。




 毎年、年賀状を交換している親戚、友人、知人など親しい人達を対象にする人もいれば、葬儀・告別式への参列者全員に出す場合もある。昨年の年賀状の控えではなく、香典帳を基にした、いわゆる儀礼的な発送だ。その場合、かなりの枚数になるから、作業も大変。時期が制約されているので、年賀状のように明日、明日と先送りは出来ない。




風景



 「あの人も・・」「この人も・・」。今年はお葬式が多かった。少なくても10件や20件ではない。年々その数が多くなるような気がする。このお葬式にお伺いする数は、人それぞれの交友関係のバロメーター。一般とは少々性格を異にするが、政治家は大変だなあ、と思ったことがある。「私なんか少ない方」と言う、ある県議会議員の場合、その数は350件を超すと言う。平均すれば、毎日、1件の割合でお葬式を廻っていることになる。




 法律で政治家の寄付行為は禁止されているとはいえ、お葬式の香典は古くからの慣行であるばかりか、相互扶助的な意味合いもある。手ぶらで弔問するわけにもいくまい。大きなお世話かもしれないが、その経費だけでも大変だろう。大政治家ならいざ知らず、県議会議員や市議会議員など、献金のような政治資金がほとんどない地方政治家の場合、頭が痛いはず。全く大きなお世話。選挙のためだから仕方がないか・・。



富士



 喪中の挨拶状が一段落する頃になると師走。一年が経つのがなんと早いことか。仕事に追われ、毎日を慌しく過ごしていた現役時代の方が一年が長かったような気がする。今年の幹事さんは手回しがいい。とっくに新年会(クラス会)の案内状が舞い込んだ。窓越しに見える富士山も下界に降る一雨ごとに雪化粧を厚くする。庭の柿の木も日に日に葉っぱを薄くしている。地面に落ちた枯葉がカラコロと音を立てて転がる。こうしてパソコンを叩く足元も冷たくなった。師走になると時間の経つペースはどんどん速くなる。一日送りにしていた年賀状だって書かなければならない





.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


マツタケとカジノ

朝顔

 11月も半ばになったというのに、我が家の庭では、まだ朝顔が咲いている。その目と鼻の先ではダリアや紅白の山茶花が。言うまでもなく山茶花は冬の花だ。私は朝顔に夏の花のイメージを抱いているから、なんとなく違和感を覚えないでもない。その近くでは菊が。こちらは「菊薫る秋」というから晩秋の域でもタイムリーだろう。


花1     菊


 9月の終わり頃だったか、このブログで我が家の朝顔を紹介させて頂いた折、「その朝顔は西洋種」とコメントでお教えいただいたことがある。でも、昨年と比べると、開花している期間が長い。私のような凡人には詳しいことは分からないが、気象の変化とも微妙に関係しているのでないかと思ったりもした。夏場、あまり蝉が鳴かなかったり、秋になって、なぜか虫の音が聞けなかった。いつもの年なら庭の植え込みで、スズムシやマツムシ、コオロギがうるさいほど鳴いた。一方、この辺りばかりでなく、キノコも全国的に不作だという。秋の味覚のトップバッター松茸も、その煽りを食った。お陰で市場価格も高騰しているという。こちらは夏場の天候不順がもろに響いたことは間違いない。





 「あいつなんかに高い松茸など食えっこない」。そんな計らいをしてくれたかどうかは別に、親しい友が沢山の松茸を届けてくれた。


マツタケ


 「高価なものを、しかも、こんなに沢山、済まんなあ~」


 「これねえ~、韓国産なんだよ。国産だと高くて手が出ねえものなあ~」




 この友達は山梨市内に社屋を構える建設会社の会長。息子さんに社長職を譲った心のゆとりもあってか、毎月のように韓国に行く。ハマっている、と言ったら失礼だが、目的はカジノ。ひと頃、羽田空港のハブ化問題がクローズアップされた。その羽田から韓国には飛行機が飛んでいるので、山梨からでもソウルは近い。羽田までは道路がすいてさえいれば車で2時間足らす。そこからは空路だから、たいしたことはない。


カジノ


 私もカジノは大好き。この友達と何度かソウル郊外のウォーカーヒルに足を運んだ。いつも日程は2泊3日。大統領府の青瓦台や明洞の市場、焼け落ちる前と後の南大門も一度見ればいい。夜は美味しく、安い焼肉や海鮮料理など韓国の食を楽しみ、時間を惜しむようにカジノにどっぷり浸かるのだ。ソウルのウォーカーヒルは、中国のマカオ、アメリカのラスベカスとともにファンなら誰でも知っている。カジノの一大拠点だ。ルーレットもあれば、各種のカードゲーム、さらにスロットなど、さまざまなマシーンも。一晩中でも遊びには事欠かない。友もそうだが、私はカードゲーム派。ファイブカードなど時にはポーカーゲームもするが、ほとんどがブラックジャックだ。面白い。でも結果は・・・。



カジノ2


 「お父さん、いい加減になさったら。クルーズで船に乗れば、毎晩、カジノに入りびたり。陸(おか)に上がれば今度はソウルですか。そんなお金があるならみんなで美味しいものでも食べた方がいいじゃない。バカばっかりしているんだから・・・」



 詳しいことは話さないが、かみさんはバカな亭主の行状くらい、先刻ご存知。でも、女房と二人して友から頂いた韓国産の松茸を頂きながら、内心、またソウルが恋しくなった。


カジノ#12853;  


..ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


薔薇のトゲ

薔薇1


  ハナから読めないならまだしも、読めるけれども、いざ書いてみろといわれれば書けない漢字は案外多いものだ。その一つが「薔薇」である。「林檎」もそうだろう。でもパソコンとは便利なもので、キーさえ叩けば一発で出してくれる。なにも軽い頭を使って覚えなくていいから、また困る。私なんか一生書くことが出来ない字の一つかもしれない。
薔薇4


 薔薇は日本人にとって桜と共に馴染み深い花。童謡や流行歌にも歌われ、小説や映画、ドラマにもしばしば登場する。日本では「花」といえば「桜」。花の代表格だが、これも日本だけ。しかし「薔薇」は世界的。日本語訳がそうしたのかもしれないが、あの有名な「野ばら」もあれば、「薔薇が咲いた 薔薇が咲いた 真っ赤な薔薇が・・・♪」と誰もが口ずさみたくなるようなものや、ちょっと渋い水原ひろしの「黒い花びら」なんて歌もある。


紅い薔薇


 人間に愛されながらもトゲがあるのもこの花だけ。「美しいものにはトゲがある」などと美しい女性に例えられることもある。「お前にはトゲがないからいいよなあ~」。冗談交じりに喧嘩を売られたとも知らない、うちのかみさんは「何なの?それ・・・」と、キョトンとしながらも、その意味を知って「失礼しちゃうわ。まったく・・・」。



 そのかみさんが植えた薔薇が庭の植え込みのあっちこっちで今が盛りとばかり咲いている。赤、ピンク、橙。大輪のものもあれば、比較的小さいものも。それぞれ咲いている期間は結構長い。種類によっては、これから夏、秋、さらに冬の寒い時期まで咲く薔薇だってある。一年中、楽しめるのだ。よく見ると満開だったり、もう峠を過ぎた花の隣で次々と蕾をつけるのである。


薔薇2



 三分咲き、五分咲き、八分咲きと徐々に花を開いて、春の柔らかい風に吹かれてハラハラと一斉に散ってしまう桜とは違って風情こそないが、そこはかとない重厚さがある。「薔薇」は「ばら」のほか「そうび」とか「しょうび」とも読む。今6月の誕生花で、俳句で言えば夏の季語。ただこの花は不思議な花で「冬薔薇」(ふゆそうび)となると冬の季語になる。季語では≪二重人格≫なのだ。世に多いブスのひがみ。美人の女性にオーバーラップして使われるのもそのためだろう。ラテン語ではRosa。ローズピンクというように色の代表としても使う。クレオパトラの薔薇の硬水は有名だ。
 薔薇の種類は100種類にも及ぶという。我が家にだって、よく見たら10種類以上もの薔薇がある。いずれも、かみさんが、いつももように後先かまわず、行き当たりばったりに植えたものだが、花を付けているうちはいい。いくら無粋者の私だって美しい花を愛でる目ぐらい持っている。


薔薇3


 でも、これほど頭に来る、というか腹が立つヤツはない。花を落とした後だ。当然のことながら秋から冬場にかけて植木の手入れをする。この時、シャツやズボンならまだしも手足まで傷だらけにさせられるのだ。薔薇のトゲは半端ではない。それなりの注意はしているのだが、ことごとくに邪魔をするから正直、頭に来るのである。悔し紛れに剪定鋏で・・・。そこからご想像の夫婦喧嘩。「どうして切ってしまうのよ」。目を剥いて怒るのだ。トゲがあるのは美人だけと思ったら、うちのかみさんにもでっかいトゲがある。そんなかみさんも植え込みから薔薇を切り取って来ては 居間などの花瓶にいけている。女である。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!