七草粥と飲ん兵衛

 うちのかみさん、外国旅行から帰ったばかりの時、しみじみと、こんなことを言った。


 「お父さん、やっぱり私は温かいご飯味噌汁漬物、それに焼き魚でもあれば十分。パンやステーキの生活はうんざり。なにもなかったらお茶漬けでたくさんよ」


ごはん


 私だってそう思う。次々と出されるボリュウムたっぷりのご馳走よりも、そんな淡白な食事の方がいい。日本人の胃袋に合っているのかも知れない。しかし、人間とは浮気で贅沢な動物。そんな質素な食生活が続くと、また・・・。かみさんは言うのである。




 「お父さん、たまには美味しいものでも食べに行きましょうよ。今度、あそこに出来たレストラン、美味しいお肉を食べさせるそうよ」


肉


 おいしそうな料理を目の当たりにすると、私は不思議とあるブレーキが頭をよぎる。「太ったら困る」。ただ、食べ放題だとか、只だったら話は別。そこが貧乏人の性(さが)で、あとで反省することを知りながら、欲で食べてしまうのである。見ていると、悲しいかな、うちのかみさんも同じ。貧乏人の女房だ。ここで私とちょっと違うのは「太ったら・・・」などと、その時点では全く考えないらしい。結果でしか考えないのが女?




 お正月。なんとはなしの正月気分と親しい友やお客さんの来訪も手伝って、やっぱり飲み過ぎ、食べすぎ。年末までプールに行くなどしたダイエットの努力も水の泡。普段、家では計ったことがないが、健康ジムでは必ず乗ってみる体重計が恐ろしい。そんなメタボ人間はさて置き、日本人の食生活の知恵と工夫はすごい。食べ過ぎたり、飲み過ぎたりする時期の後には七草粥のような薬膳料理を食べる習慣を作る。夏の暑い時期、つまり土用の丑の日には鰻を食べて精力をつけ、暑さを乗り切ることを考え、冬至にはカボチャを食べる。食べ物ではないが、ゆず湯の習慣もある。

うなぎ


 スズナ、スズシロ、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ。ご存知、春の七草である。何も決め事ではないが、なぜか書物などではその順序をセリ、ナズナから始め、スズナ、スズシロで結ぶ。私は覚え易い語呂と日常の食卓で馴染み易いものの順、つまりスズナ、スズシロ、セリ、ナズナ・・・の順で言うことにしている。七語調だから覚え易い。言うまでもなくスズナは大根、スズシロは蕪。セリもお馴染みだ。


七草

 「ところで、お母さん、秋の七草って知っているか?」



 「え~と、ハギでしょう・・・」。そのあとが出てこない。春の七草は知っていても、秋の七草は案外知らない。自らのために、ここでおさらいすると、秋の七草とはハギ、オバナ(ススキ)、クズ、ナデシコ、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ。万葉の歌人・山上憶良が「萩の花 尾花葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花」と詠んだのに由来する。この歌に7つの花が詠み込まれているが、最後の「朝顔が花」はキキョウという説である。因みに、秋の七草の覚え方は「お・す・き・な・ふ・く・は」がいいそうだ。




 春の七草と秋の七草。秋のそれがいかにも風情があるのに対し、春のそれはいかにも現実的。花より団子である。飲み過ぎ人間には七草粥は飛び切りのご馳走だ。




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ゆく年くる年

 門松


 大晦日からお正月。何事もないように時は流れるのだが、一年中でもこの時が最も新鮮で、心が改まる時期でもある。新しい年を迎えるスタイルは人さまざま。共通しているのは来る年こそはいい年でありますようにと願う気持ちだろう。嫌なことは全て忘れ、新しい年へ心を新たにする。



大石神社

 我が家では家族揃って菩提寺に参り、除夜の鐘を突いた後、近くの神社に初詣をする。大石神社と言って250段近い石段を登ると、その名の通り直径30m以上もある奇岩に囲まれた社がある。無住の神社だから地域の人たちが交代で管理しているのだ。長く、急な石段を登るのが年々きつくなる。若い時とは違う。残念だが、歳は正直に反応するのだ。


   大石神社       
      
 
 NHKは恒例の紅白歌合戦を終えると、流れるように、これまた恒例の番組「ゆく年くる年」に。全国の寺社仏閣を結んで、新年を迎える各地の表情を伝えるのである。テレビから流れる除夜の鐘の音に暮れ行く年を身体に感じながら防寒の身支度をして初詣に出かけるのだ。厳松山信盛院まで車で2~3分。




 参拝者が代わる代わる鐘を突く。寒い。鐘楼前の広場では赤々と大きな焚き火が。未明の夜空には満天の星が光る。いつもと同じようにある空だが、ゆく年くる年の夜空はいつものそれとはなぜか違って見える。焚き火を囲みながら振舞われる甘酒がうまい。寒風にさらされたからだが温まる。「明けましておめでとうございます」。会う人ごとに新年の挨拶を交わし「今年も宜しく・・・」。ほとんどが顔なじみだ。




 除夜の鐘は大晦日から元日に掛けての古くからの慣わし。煩悩を鐘に託して打ち払う。その数は108つ。私達は、面白がってと言ったら不謹慎だが、みんなで思いのままに突いている。しかし、正しくは大晦日のうちに107回を突き、年が明けたら最後の108回目を突くのだそうだ。しかも、そのペース配分も大切で、1回目から大晦日分の107回と新年の108回目までが均一になるのが正式だという。しかも鐘を突く力のバランスも強弱を交互にするのが作法だそうだ。「ゆく年くる年」のテレビに登場する全国の名刹から流れる除夜の鐘は、恐らくそんな作法にのっとっているのだろう。


鐘

 108つ目の鐘が鳴るとお正月。新しい年の始まりだ。一般家庭では少なくなったが、会社、官庁の玄関先にどんと居座る松飾り。「松竹梅」が誰の目にもお正月の到来をいやが上にも印象付ける。言うまでもなく「松竹梅」はおめでたいものの代表格。モノの本によれば、松と竹と梅は「歳寒の三友」と言われ、この三つが一枚の絵に描かれているものを「三友図」という。


松飾り

 さて、この三つの順序。昔から松・竹・梅の順で、これをイレギュラーして言う人はいない。その理由は単なる語呂という説もあれば、最初のは、季節によって葉っぱを落とす竹や梅と違って厳寒にも強く、いつも緑を蓄えるからだという説も。まあ、そんなことはどっちでもいい。お正月は、また旨い酒が飲める。2日は母校(日川高校)の同級会だ。卒業以来、欠かさず開いていて、50回目を迎える。懐かしい友との酒が楽しみだ。




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喪中の挨拶状

喪中


 「お父さん、○○さんのお母さんがお亡くなりになったんだそうですよ。今からでも、ご挨拶にお伺いしなきゃあ・・・」



 女房がポストに届いた「喪中」の挨拶状を私の手元に持ってくる。



 「喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」



 文面はみんな同じだが、こんな挨拶状が11月に入れば毎日のように届く。もちろん、ほとんどが葬儀・告別式に弔問しているので心当たりがあるのだが、中には、この挨拶状で初めてご不幸を知ることもある。特に友の奥さんのご実家のご不幸の場合、知らせがなければ知る由もない。そんな時、早々に文(ふみ)をお送りしたり、お悔やみに駆けつけたりする。この場合、決まり文句のような言い訳を伴うのだ。「知らないこととはいえ・・・」。



喪中2



 この挨拶状は文言の通り、喪中であることを知らせ、予め年賀状など新年の挨拶をしないことを伝えるのだ。≪ブク≫を被らせてはいけない、という配慮からである。その習慣がどこにもあるかどうかは分からないが、ここ山梨ではある意味で年末を控えての風物詩でもある。人々が年賀状を書き始める前に発送することは言うまでもない。




 毎年、年賀状を交換している親戚、友人、知人など親しい人達を対象にする人もいれば、葬儀・告別式への参列者全員に出す場合もある。昨年の年賀状の控えではなく、香典帳を基にした、いわゆる儀礼的な発送だ。その場合、かなりの枚数になるから、作業も大変。時期が制約されているので、年賀状のように明日、明日と先送りは出来ない。




風景



 「あの人も・・」「この人も・・」。今年はお葬式が多かった。少なくても10件や20件ではない。年々その数が多くなるような気がする。このお葬式にお伺いする数は、人それぞれの交友関係のバロメーター。一般とは少々性格を異にするが、政治家は大変だなあ、と思ったことがある。「私なんか少ない方」と言う、ある県議会議員の場合、その数は350件を超すと言う。平均すれば、毎日、1件の割合でお葬式を廻っていることになる。




 法律で政治家の寄付行為は禁止されているとはいえ、お葬式の香典は古くからの慣行であるばかりか、相互扶助的な意味合いもある。手ぶらで弔問するわけにもいくまい。大きなお世話かもしれないが、その経費だけでも大変だろう。大政治家ならいざ知らず、県議会議員や市議会議員など、献金のような政治資金がほとんどない地方政治家の場合、頭が痛いはず。全く大きなお世話。選挙のためだから仕方がないか・・。



富士



 喪中の挨拶状が一段落する頃になると師走。一年が経つのがなんと早いことか。仕事に追われ、毎日を慌しく過ごしていた現役時代の方が一年が長かったような気がする。今年の幹事さんは手回しがいい。とっくに新年会(クラス会)の案内状が舞い込んだ。窓越しに見える富士山も下界に降る一雨ごとに雪化粧を厚くする。庭の柿の木も日に日に葉っぱを薄くしている。地面に落ちた枯葉がカラコロと音を立てて転がる。こうしてパソコンを叩く足元も冷たくなった。師走になると時間の経つペースはどんどん速くなる。一日送りにしていた年賀状だって書かなければならない





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柿の当たり年

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 人間とは勝手なものだとつくづく思う。ついこの間まで「暑い、暑い」と言って閉口していた人間が、今度は「寒い、寒い」である。それだけなら、まだいい。「やっぱり暑い方がいいよなあ」という。「オレ、風邪に弱いんだよ。風邪を引かないだけでもいい。やっぱり夏の方が…」。いいかげんな私なんか憚る事なく、そんなことを言ってしまう。
 



 今年の秋は短かった。夏の猛暑、残暑がいつまでも尾を引いたためだ。「暑いですねえ」。そんな言葉がつい先頃までの挨拶言葉であった。それが、わずか2ヶ月あまりで、一転。「寒いですねえ」。甲府盆地では空っ風が吹き始めた。その間には確かに“秋”もあった。何時ものように木々は紅葉し、もみじを装った。


紅葉



 しかし、それもつかの間。赤く染まった木々はどんどん葉を落とし、あられもない格好に。ただ、実を付けている果実はしっかりと存在感を保っている。柿や林檎。その柿や林檎を野鳥は黙って見ていない。熟れた果実を虎視眈々と狙っているのである。


柿1



 狙われる側もしたたか。裸になった木に橙色の実をさらすは品種によって、しっかりと“渋“を蓄え、鳥たちの餌食にならない。「甲州百目」や「はちや」という品種。主には枯露柿に用いられる品種だが、これもむろん、熟れれば渋が抜ける。ただ、熟れて“ずくし”になってしまったら枯露柿の用を足さなくなる。つまり、鳥の攻撃を受ける前に収穫されてしまうのである。




 今年は、その柿が当たり年。枯露柿用の「甲州百目」や「はちや」ばかりでなく、生食用の「富有」や「大秋」、「御所」など全ての柿が大当たり。だから柿という柿は、だぶつき気味。収穫されないまま木の上で“野ざらし”になっている柿もいっぱいだ。柿だけでなく全ての果物に言えること。生らせ過ぎると実は小粒になる。勢い、商品価値を落とす。



枯露柿



 どうやら今年は、鳥たちにとって餌には事欠かない。「ワッハッハ、ワッハッハ」の年なのである。人々は、ただでも全ての柿を採ってしまうようなことはしない。「守り柿」とか「木守柿」と言って木に何個かの実を残す。収穫への感謝であり、自然への感謝。そればかりではない。鳥たちへの人間達の思いやりなのである。




 柿は“年成り”をするという。当たり年の翌年は「違い年」と言って、少量の実しか付けない。この現象、単なる反動ではない。前年、生らせ過ぎのせいで勢力が衰えて実を付けない、と言うだけではない。




 柿や林檎は小枝の先端に実を着ける。収穫の時、その小枝ごと取ってしまうので、豊作の時ほど、“生り芽”を少なくしてしまうのだ。脚立などを使って手で取れる木はいい。大きな木の場合、竹竿の先をハサミのようにして枝ごと折ってしまうので、必然的に“生り芽“が少なくなると言うわけ。


枯露柿



 特に枯露柿用の柿は紐で吊して天日干しをするため、紐にかける部分の小枝が必要になるのだ。柿の剪定は、葡萄などのそれと違う。私は子どもの頃、それを知らずに見よう見真似の剪定をして笑われたことがある。(次回に続く)




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花より団子

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 子供は綿菓子が好きらしい。孫娘は露店のオジサンがザラメの砂糖を機械で回転させながら、ふわふわの綿菓子を手際よく作る様に、どうやら興味津々。ママの拘りもあって作ってもらった晴れ着を着ての七五三詣でより、ずっと楽しいらしい。なんの変哲もない機械で、あっという間に、綿菓子を作ってくれるのだから、大人だって見ていて面白い。




 「へえい!500円!」。露店のオヤジは、子供が喜びそうなキャラクターを印刷したビニール袋に自分の口で空気を吹き込んで突っ込んだ綿菓子を渡してくれた。正直言って、「こんなものが500円もするの?」と、思うのだが、孫娘の喜ぶ顔を見れば、値段などどっちでもいい。親馬鹿チャンリンならぬ、爺馬鹿チャンリンである。


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 武田神社への参拝の後は、娘たちが用意して置いてくれた甲府市内の寿司屋さんの座敷での昼食会。人気の寿司屋さんとあってか、二階に幾つか設えられた小奇麗な座敷はどこもいっぱい。一つ一つの座敷が、やはり七五三詣での家族連れで埋まっていた。




 「ママ、この着物、脱ぎたい…」




 孫娘は大勢の参拝客に圧倒された七五三詣でから解放されて、そんなことを言った。「親の心、子半分」とは、よく言ったものだ。自らが3歳の時、祖父に贈ってもらった着物を、今風に作り変えて着せた、拘りの晴れ着も3歳の子には、窮屈でしかなかったのだ。


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 座敷には寿司をメーンにしたコース料理が並ぶ。ビールやお酒も。むろん、お子様用のコースも用意するのだが、ここからは、いつの間にか《主役交代》。それまでの《主役》だった孫娘は「花より団子」。晴れ着から普段着に着替えて綿菓子へ。一方の爺たちは、孫娘を忘れたわけでもないのだが、こちらも「花より団子」。可愛い孫娘を《おかず》に、お酒も進んだ。




 盃を置いて、ふと、孫娘を見たら、それまでママや婆がカメラ代わりに使っていたスマホやタブレットを使って楽しそうに遊んでいる。もちろん、操作の仕方が分かっての遊びではない。目の前に特別に用意された《お子様用》の食べ物にも見向きもしないのである。


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 そんな光景を目にしながら、自らの子供の時代を思い起こした。スマホやタブレットがなかったのは言うまでもないが、目の前のご馳走には兄弟が競うように飛びついた。食べる方が先。兄弟も多いから、のろまをしていたら、なくなってしまうのだ。それも、今あるご馳走とは比べ物にならない粗末なものだ。大げさに言えば、口に入る物は何でも食べた。




 「これ、食べてから遊ぶのよ」




 ママの誘いや注意も孫娘にとっては上の空。大きく膨らんだ綿菓子を平らげた後だから、テーブルの上のご馳走も見向きもしないのである。1週間に一度とはいかないまでも孫娘はパパやママに連れられて、私達爺婆のところにやって来る。勢い、私たちの顔もほころぶ。そして「これを食べろ、あれを食べろ」だ。よく考えたら、飽食と言われる時代と、少子化の縮図が我が家にもあった。この孫娘がオレたちの年齢になった日本は、いったい、どんな社会になっているのだろうか。そんなことは誰にも分かるまい。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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