身近に迫るイノベーション

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 「お父さん、あのアナウンサーの人たち、お化粧がヘンね。嫌に白っぽいじゃあない」
茶の間で夕餉の晩酌をしながらテレビのニュースを見ていた私に向かって女房が、何気なく言った。カメラはニュースを伝える男女二人のアナウンサーを時々、アップで捉える。確かに二人の顔は、不自然に白っぽい。答えは簡単。局の担当美容師の化粧の仕方がヘタだっただけのこと。





 高画質化するテレビの進化は怖い。以前には見抜かれなかった化粧の善し悪しまで極めてリアルに捉えてしまうのである。4K だの8Kだのとアナログ人間には、詳しい理屈は分からないが、どんどん画質が進化していったら、人間の毛穴まで映し出してしまうのだろう。昔のような「どうらん化粧」は、とっくに通じなくなっているし、ほんの些細なごまかしをも許されなくなるに違いない。




 画質もさることながら、テレビは形や、様々な形態まで、いつの間にかガラリと変えた。社会の進歩とは裏腹に、年を追うごとに故障が出て来る人間が、病院(医院)の待合室や、その後の薬局で何気なく眺めているテレビはみんな壁に掛かっている。茶の間のテレビだって同じで、ちょっとした脚に乗っているだけ。画面が「ジージー」音を立てて波打ち、大きなお尻をしたブラウン管時代は遠い昔のこと。みんな忘れた。

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 茶の間のテーブルの上にはiパットやスマホが。そのいずれにも様々な機能が搭載されているので、テレビに飽きたら、それで遊べばいい。時折鳴る電話も紐付きの加入電話ではなく、スマホだ。加入電話はどんどん数を減らしている。街の公衆電話は言うまでもない。こちらは«絶滅»の時期もそう遠い先ではあるまい。




 様々な業界、というよりすべての業界と言ってもいい。そうした業界の心臓部を担っているのがIT・ICTの世界だ。そのイノベーションは行き着く所を知らない。各種の業界の中で、勢いは、まさに独り舞台といった感にも見える。貧乏人は、すぐに«稼ぎ»に関心を向けるのだが、マイクロソフト社のビル・ゲイツ氏しかり、世界の長者番付の上位は、このIT・ICT業界を引っ張る人たちである。ビル・ゲイツ氏はアマゾンの創業者ジェフ・ベソス氏にトップの座を譲った。この業界だって生きるか死ぬかの«戦争»を繰り広げている証だ。




 ママのスマホやiパットで無邪気に遊ぶ孫娘。5歳にも満たない幼児が、誰に教わるともなく、遊びながらに使い方を覚え、お気に入りのアニメ動画を探す。黙っていれば、一日中、遊んでいるのである。その知恵?にはびっくり。70以上も違う孫娘に文句なく脱帽だ。それよりも子供たちを、どこまでも惹きつけて止まない開発者に頭が下がる。
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 ただ、このスマホやiパットの画面は、極めてコントラストが強い。大人の私だって目が疲れるのだから、子供の目にいい訳がない。「目を離して見るんだよ。そうしないと、いまに牛乳瓶の底みたいな眼鏡を掛けなければならないようになるよ」。スマホなどの普及は、データ的にも子供たちの視力を低下させている。IT・ICTのイノベーションの裏では、逆手に取った犯罪ばかりか、人間の生態にも変化をもたらすのか。





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「応援節」とボロ市

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 「♪…ボロは着てても~心は錦 どんなものにも恐れ~はせぬぞ…」


 その昔、学生たちが歌った「応援節」の一節。例えば大学の街とも言ってもいいほど、その数が多かった神田では、歌は「ここ~はお江戸か神田の~街か~…」で始まる。歌の前には口上ともいえるセリフが付く。この「応援節」は、神田に留まらず、多くの大学で、その地域(街)に置き換えて歌われ、全国の高校にも波及して行った。




 歌の真髄はバンカラで、純粋な学生気質であった。元々この歌の発祥は関西の近大だという。それが大学の街と言われた東京・神田に飛び火、日大や、中大、明大で歌われるようになって全国に広がったという説が有力。著作権は発祥の近大にある、とも言われている。


神田神保町


 学生の街と言われた東京・神田は、大学が次々と郊外に引っ越して、その様相を変え、そればかりか「古本屋の街」と言われた神保町も様変わりした。確実に大学移転のあおりを食った。今の神保町には、かつての面影はない。

 あれほど沢山の古本屋が軒を並べて、よくも商売が成り立ったものだ、とだれもが思ったものだ。兎に角、お目当ての書籍が安価で手に入るものだから、貧乏学生にとっては福音。思わぬ掘り出し物の書籍だって手に入ることも珍しくなかった。いわゆる«神保町の消滅»は当時を知る人にとって一抹の寂しさを残す。




 歌の文句に出て来る「ボロを着てても」とか「心は錦」、「紋付き袴」、「六寸高歯」、ましてや「母校のためなら…」などという言葉や気質は、現代には似合わない。でもオールド派には、得も言われぬ郷愁がある。先頃、山梨市民会館で開かれた高校同窓会支部の懇親会で、往年の応援団が、この「応援節」を披露。会場を埋めた100人を超す同窓は見事な「振り」を見せる«応援団長»に合わせて歌った。その顔はみんな青春時代にタイムスリップしていた。




 東京・世田谷には「ボロ市」の愛称で親しまれる「市」があるという。どこの局か定かではないが、その賑わいと「市」の魅力を特集で伝えていた。放送によると、12月と1月の年2回、二日ずつ(いずれも15日と16日)、代官通りを中心とした通称「ボロ市通り」で開く。歴史は古く、安土桃山時代に遡るというから伝統の祭りだ。


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 沿道には700を超す露店が並び、骨董から、おしゃれな雑貨、食品に至るまで何でもあって、目利きには«掘り出し物»もいっぱい。お客さんは近郷近在に留まらず、欧米や東南アジアなど外国人も、どんどん増えているという。ここでもインターネットが媒介、「ボロ市」は、国際色まで強めているのだそうだ。

ボロ市2


 アイデアを凝らした新製品に留まらず、骨董など古き技法を駆使した伝統工芸品は、古き「学生歌」や「応援節」のように、どこかで慕われ、その命を繋ぎ、後世に伝えられて行くのだろう。一方で、古いものを捨て去ろうとする風潮だって隠せない。

 第一、「ボロ」などという言葉は今の子供達には通じないし、母親だって衣服の「ボロを繕う」ことすらしなくなった。道具となるミシン、針や糸に至るまで家庭の中から姿を消しつつある。

 身の回りが全てに「使い捨て」の風潮をエスカレートさせている。その歯車はもう変えられないのか…。ただ、若者たちがわざと穴を開けて履くジーンズは影を潜める«ボロ»への新たな憧れなのだろうか?…。




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心に染みる童謡

雨宮知子


 今年は「童謡100年」だという。1918年(大正7)創刊の児童雑誌「赤い鳥」が「童謡」という言葉を世に出した。老若男女・子供から大人まで、誰でもが口ずさみ、忘れることの出来ない歌。私のような«音痴人間»でも、自然に口ずさめるばかりか、年齢を超え、時代を超えて歌えるのが間違いなく童謡だろう。




 童謡歌手・雨宮知子さん。山梨県は笛吹市一宮町の出身。「郷里で歌うのは9年ぶり」というコンサートを聞かせていただいた。会場は同町の「いちのみや桃の里ふれあい文化館」。実は、雨宮さんとは昨年12月、人権週間に因んだ全国中学生人権作文コンテスト山梨県大会の表彰式(甲府地方法務局・山梨県人権擁護委員連合会主催)のアトラクションに出演いただいたのがご縁。「もう一度、聴いてみたい」と、思っていた矢先のステージだった。



 プログラムは15分のインタバルを挟んでの2部構成。1部では「早春賦」、「朧月夜」「やさしい時間」、「ピアノSolo♪」「♪みんなでうたおう♪」、「カラー・オブ・ザ・ウインド」。2部は「ピアノSolo♪」、「みかんの花咲く丘」、「かあさんの歌」、「七つの子」、「15夜お月さん」、「さとうきび畑」、「折り鶴」。うち「ピアノSolo♪」は終始伴奏を務めた栗原正和さん。


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 ざっと300席のホールは超満員。20代の若者から40代、50代、60代、70代…。中には幼い子の手を引いた80代のお爺ちゃんも。第1部の「♪みんなでうたおう♪」では「花の街」や「「どこかで春が」、「どじょっじょふなっこ」、「春の川」、「ちょうちょう」、「うれしいひなまつり」、「花」などを、ステージと客席が一緒になって歌うのだ。そこには年齢の垣根もジェネレーション・ギャップもなかった。




 童謡の良さはそこにある。歌謡曲や次から次へと生まれて来るニューミュージックとは、また違った味わいと、魅力が。世代間交流の懸け橋になっているのだ。童謡は日本の四季折々の自然や、どこにでもある生活の一コマを綴っている。そこには自然ばかりでなく、人やモノへの愛も込められているのだ。だから、世代を超えて人の心を打つのかも知れない。日本の伝統文化と融合した新しいコンテンツを創造している、と言ってもいい。

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 聞けば雨宮さんは、私とおない年の父親を早くして亡くした。このコンサートの舞台裏には、人知れず雨宮さんを我が子のように親身に気配りしていた男がいた。私と同じ人権擁護委員を務めている方で、昨年12月のアトラクション・ステージもこの人の尽力があった。土地家屋調査士を生業にしながらも、歌唱にも少しは«うるさい»男なのだろう。




 雨宮さんは第2部の冒頭、自らが作った「~おはなしエプロン~『ももいちろう』」を披露。ご存知、一宮町は桃の生産量では日本一。その桃をテーマにした自作童話の語りである。童謡は不思議と絵画や文芸、芝居ばかりでなく朗読にも融合することを知らしめた。




 童話画家のお姉さんが手掛けた、という可愛い桃の絵をあしらったコスチュームがよく似合う。20分余りの語りが、コンサートの中に見事に溶け込んでいた。世代を超えて歌える童謡は、そのすべての人たちの心の持ち様を浄化する魔力をもっている。童謡を歌いながら悪いことが出来る人間は日本の何処にも絶対にいまい。‘




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節目と人間

ランドセル


  会社や学校には始業時があれば終業時もある。学校の場合、入学式があって卒業式がある。私達の日常生活を時間的に見ても、一日の始まりと終わり、一週間、一ヵ月、一年といった具合に「節目」がある。一年は1月~12月の暦年で言ったり、学校のように4月~3月の年度で言ったりもする。会社は上半期、下半期、さらに細分化して第一四半期、第二四半期といった具合に1年を4分割、売上や業績を整理したり、チェックしたりする。学校の場合も最近では2学期制に移行する所も出ているが、多くは3学期制だ。



 誕生日も節目のひとつ。生きていれば毎年同じ日に誕生日がやってくる。その瞬間にカチっと年齢の時計が廻る。可愛いわが子やお父さん、お母さんの誕生日をささやかなケーキを囲んで祝う家族もあれば、グループで賑やかに祝うケースもある。年老いてくれば、その誕生日が素直に喜べない事だってあるかもしれない。人生の悲哀というか複雑な気分になる事だってあるだろう。 昨夜もたまたま誕生日だった親しい仲間とそんな話をした。




 人間が没すれば一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌といった具合に周りの人がそれなりの法要をしてくれる。もちろん、この回忌は1年ごとにあることは言うまでもないし、仏教では七日、七日が基本。いずれにしても人間、生きていようが、没して仏になろうが、それなりの節目を迎え、重ねて行く。風雪に強い竹にも節があり、樹木には年輪がある。人間も自然界も、みんな節目の中で生きているのである。一年や一日の時間は太陽と地球の関係から作り出したものであり、人間はその中に二十四節気なるものをも当てはめた。
 
 とてつもなく大きく、黙って何事もないように動いている自然界はともかく、さまざまな節目に対する人間の受け止めよう、接し方はこれまたさまざま。サラリーマンは一週間の仕事の疲れを癒したり、自らや家族とのレジャーのための週末を楽しみにし、子供たちは学業から解放される夏休みや冬休みが楽しいはずだ。間もなく春休みがやって来る。 




 私のように勤めをリタイアして、いわゆる「毎日が日曜日」の人間にとっては週末なんか関係ない。曜日だって考えなくてもいい。考えるとすれば、曜日で設定してある無尽会や、地域やグループの会合だけ。多くは日時での約束事が多い。生活の中で月末も月始めも、何の意味も持たないのだ。





 私だけかもしれないが、曜日にとどまらず、さまざまな「節目」がだんだん薄らいでいくような気がしてならない。例えば、年の瀬やお正月。なんとなく慌しく、お正月を控えてウキウキする心の持ちようもないし、お正月だって普段とそれ程変わらない。晴れ着姿に着飾った子供たちの羽根突きや正月を寿ぐ獅子舞もどこかに行ってしまった。デパートやスーパーも年中無休だから「初売り」もなくなった。そんなお正月も、あっという間に過ぎ、2月も間もなく終わる。 


羽子板


 節目の行事もさることながら、気温の変化も人間の感覚をあいまいにしているかもしれない。地球規模の温暖化は二十四節気の一つ一つまで、そのイメージを微妙に狂わせている。私のようなズボラな人間には気候的にも習慣的にもやっぱり節目が必要だ。





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統計の説得力と魔力

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 統計数字がもたらす説得力と人々を飲み込む信頼性は「魔力」とも言える力を持つ。例えば、マスコミや政府機関などが行う世論調査だ。その結果は往々にして世論まで動かしてしまうのである。全国民を対象とした調査のサンプルは、ざっと3,000。回答率はいつも半分に満たず、せいぜい1,200~1,300どまり。国民の0・001%程度の数字だ。




 「統計学とはそんなもの」という。門外漢の私たちは、それを認めざるを得ないが、ちょっと疑問に思うのは調査の仕方。つまり、今や定番になった電話調査だ。かつては住民基本台帳から、一定の法則・ルールに沿って調査対象者を選択。設問の仕方も面接方式だった。これがいつしか電話方式に。これも1対1の対話ではなく、コンピュータによる設問。だから電話に出る人を住民台帳方式のように指定していない。




 我が家だけだとは思わないが、電話に出るのは往々にして女性が多い。我が国の人口構成からすれば、やや女性が多いものの大きくは、男女比率は半々。しかし、女性の電話応対が多いとすれば、データ結果が女性の考え・意識に傾斜するのは当たり前。そこに誤差は生じないのか。もちろん、面接方式の調査の場合も、質問者の口調、果ては人相まで回答者に微妙な影響を及ぼす、という実証分析もあったという。




 電話方式であれ、面接方式であれ、肝心なのは設問の仕方。どのように問いかけるかだ。答えを誘導するような問いかけだったとしたら、結果は言わずもがな。私たちは、調査結果をそのまま受け止めているのだ。

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 もう一つ、新聞の報道の仕方。例えば、一つの事象に対する「賛成」と「反対」があったとする。見出しを「賛成」の立場で取るのと「反対」でとるのとでは、私たち読者の受け止めようは、大きく違うのだ。単純な私なんか、新聞が大見出しで伝えれば、額面通りに受け止めてしまうのである。それが「世論」となってしまうとしたら怖い。




 マスコミは、ある意味、魔物だ。新聞やテレビ、特にテレビのワイドショウなどで繰り返し、繰り返し報道されると、オジサンのような単純人間は、それを、いつしか重大問題のように受け止め、そこでの論調を自分の考えのように受け入れてしまったりもする。




 放送する側は、する側で「日本中で注目を集めた…」という。よく考えたら自分たちが繰り返し大騒ぎしてそうしたものなのに…。むろん人の受け止めようによって異なるだろうが、日馬富士の暴行問題に端を発した、大相撲の大騒ぎがいい例。毎日毎日、まるでキャンペーンとも思えるように番組を組まれたら、いやが上にも«事»を過大に捉えてしまうのも必然。でもウンザリする。「いい加減にしたら!」と、感じたのはオジサンだけだろうか。相撲協会に同情したくもなる。




 先日、ロータリークラブのIM(インター・シテイ・ミーテング)で日本総合研究所主任研究員の「山梨県の活性化」と題する講演を聴いた。終始、統計データに基づく話。「う~ん、いかにも…」。説得力がある。

 講師先生はデータを示す度に聴衆全員に1・2・3の指合図で、その受け止めようを問い掛けるのだが、これが不思議。客観データに基づく話なのに、その受け止め方、感じ方の答えは、みんなマチマチだった。つまり、数字やデータの積み重ねは、時として人々を暗示にかける証拠なのかも…。そもそも人間は数字に弱いのか…。





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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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