孫娘の涙の要求

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 その昔、体制に対する要求や抗議はムシロ旗。直訴を禁じる時代もあった。今はゼッケンやプラカードを掲げてのデモや座り込みに変わった。国会議事堂周辺や沖縄の基地周辺で、テレビに映し出される光景だ。アジ演説のスタイルも変化した。その舞台裏も一皮むけば面白い。本音と建前。奇奇怪怪の場面だってあるかも知れないし、聴くところによれば「えっ?ホント」という現実もある。




 一方、家庭という一番小さな社会にも《抗議行動》はある。これも考えようによっては奇奇怪怪。愚痴や、些細なことに文句を言う女房の《抗議》には、ビクともしないが、幼い孫娘の《抗議》や《要求》には弱い。この四月で4歳になったばかりだが、デモならぬ泣き声と涙で、自分の要求を貫徹することを覚えた。


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 「女の涙には弱い」と言った、どこかの総理大臣がいたが、私は孫娘の涙の抗議には心ならず弱い。最近は、あっちこっちに、この泣きの抗議、要求が目立つようになった。知恵の一つだろう。ショッピングセンターに連れて行き、おもちゃ売り場の前を通りかかると、「あれ欲しい」。むろん値札が読めるわけがないから、お値段との《相談》は関係ない。




 「あれはねえ、飾り物で売ってくれるものではないんだよ」


 貧乏人の貧乏人たる由縁。咄嗟に孫娘の要求を交わそうとするのだが、敵もさるもの。泣きの抗議ばかりか、その場に座り込み。ついには何千円もするおもちゃを買わされるハメに。「泣いたらダメ」と《教育的指導》も効き目無し。「泣く子と地頭には勝てない」。




 茶の間では日常茶判事。さすがに、いぶかしがる母親(娘)をよそに、孫娘の言うなりになる婆(女房)。その気持ちは爺だって分かる。でも…。




 「お母さん(婆)、ご飯の前に(孫娘に)チョコレートやスイーツなど、やったらダメじゃないか」


 「そうよ。お爺ちゃんの言う通りよ。お婆ちゃんは何でも、この子の言うことを聞いてしまうんだから…。そんな習慣、つけられたら困るわよ」

 
 「でも、欲しがっているんだから…。可愛そうじゃあない」


 私も本当のことを言うと、孫娘の喜ぶ顔を見たいのだが、そこは、グッと堪えて「ご飯を食べてからにするんだよ」と戒め、婆やママには「泣いてせがんだら、言うことを聞くんじゃあない」とも言う。しかし、本音は、その反対だ。

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 昔から「年寄り(に育てられた)子供は3文安」という。可愛さのあまり幼い子供の言うなりになるからで、子供を真に育てている親は、それを心良し、と思ってはいない。




 甲府盆地の東部3市(山梨、甲州、笛吹)で構成する峡東地区明るい社会づくり運動協議会の総会で「家庭における親・祖父母の役割」と題して記念講演した東京家庭教育研究所の鷲山佐和子氏は、こんなことを言った。




 「子供に《我慢する心》を教えることも大事。子供はそこから成長していく」


 子供に我慢、とは酷にも思えるが、言われてみれば、その通り。それが爺婆の役目だ。




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孫娘のチャレンジ

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 茶の間と言うより、家中が賑やかになる時がある。甲府に住む孫娘がやって来る日だ。パパやママに連れられて来るのだが、むろん、週末。パパの勤めもさることながら、孫娘も、この4月から幼稚園に。年少さんだ。その合間を縫ってスポーツ教室にも。ママである娘に言わせれば「この子も結構、忙しいのよ」。




 車の後部座席に設えられたベビーシートから解き放たれた孫娘は、家に入るなり「婆、こんにちは」。爺の言葉が出ないのが、ちょっぴり気に食わない。でも、近頃は爺を加えてくれる。そんなことが、また嬉しくもあり、可愛くもある。70も半ばを過ぎたのに、今もなお、たわいもない気持ちが抜けない自分に、ふと、情けない気分になったりもする。




 子供の成長は早い。来る度に«大人»になって行く。裏を返せば、自らが歳を重ねるレールの上にいることも意味する。それは兎も角、子供の好奇心とは凄い。子供たち同士は、もちろん、大人の言動にも、ことごとく興味を持つのである。スマホをやっているパパやママの動きにも関心を持つし、カメラだって同じ。


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 ママ友がSNSでわが子のメッセージ動画を送ってくれば、ママの助けを借りるにせよ、「メッセージ、ありがとう」と、お返しの交信をする。ママや婆(女房)が台所で昼飯や夕餉の料理をしていると、そこにも手を出したがるのだ。「包丁を使うから、ここは危ないのでダメよ」と、戒めてもチャレンジ、チャレンジ。調理台に背が届かないものだから子供用の椅子を持って来て料理に《参加》したがるのである。




 「その顔はなんだ?」。孫娘の顔を見たら口の周りは真っ赤。眉毛は太く真っ黒。ママのお化粧道具が入ったポーチを持ち出して《お化粧》してしまったのだ。まるでピエロのよう。流石に鏡を見る知恵までは備えてはいない。みんなで大笑いしたのだが、子供は大人のやることを、みんな見ていて真似するのだ。考えようによっては怖い存在でもある。


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 ふと70年前の自分を思い起こした。確かな記憶は何一つない。平々凡々に生きる《鼻たらし小僧》であったことだけは間違いない。テレビもなければ、スマホどころか電話もない。車だって同じ。今でこそ、どこの家庭でも一つや二つは転がっているファミコンだってあるはずがない。日常に今のような変化がないので記憶に残る刺激そのものがないのだ。




 時代は戦後も間もない頃。貧乏ながらも子沢山。4人5人は当たり前で、7人8人の兄弟も珍しくはなかった。ICT(情報コミュニケーション技術)などという言葉は存在すらせず、人々は、ただ《食べる》ことが精いっぱいの時代であった。そんな時代と比べれば、今の子供たちを取り巻く環境は月とスッポンほど違う。総じて情報量。ITやICTが子供たちを変えた。車や飛行機が行動範囲を広げた。食べ物に贅沢を言う飽食の時代でもある。




 車の渋滞と喧騒。人々が大移動するゴールデンウィークには、パパやママに連れられて国内はむろん、海外にも飛んで行く。子供たちばかりではない。情報化社会は人々を知らず知らずのうちに未知の世界へ誘導する。アナログ世代の人間と違って、子供たちはその情報を空気のように受け止め、同化してゆく。孫娘のチャレンジは、その片鱗に過ぎない。




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孫娘とチャンネル争い

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 いい歳をして、お恥ずかしい話だが、孫娘とテレビのチャンネル争いをする。孫娘は間もなく4歳。どこの子供も同じだろうが、アニメやおとぎ話、むかし話が大好きで、茶の間のテレビを食い入るように見ている。親馬鹿チャンリンならぬ、婆馬鹿チャンリン。女房は、孫可愛さに、ことある度に孫が喜びそうな幼児番組を録画しておくのだ。




 爺の私は「相棒」など好きなドラマやクイズ番組くらいで、普段、そんなにテレビを見る方ではないが、家にいる時は昼と夕方のニュースは必ず見る。そんな時に限って孫娘と≪バッティング≫するのである。


プリンセス


 甲府にいる孫娘は、週に一度は親に連れられて山梨市の我が家にやって来る。田舎家だから家の間取りも広いし、庭や、その周りも広い。飛び回って遊ぶことには事欠かない。でも昼と夕方の食事時は居間に。お恥ずかしい孫娘とのチャンネル争いは、主には、この時。




 「お爺ちゃんがニュースを見るんだからね」


 この時ばかりは女房(婆)も応援してくれるのだが、≪敵≫もさるもの。「ダメ…」。絶対に譲らないのだ。食い入るように観ていたアニメなどのお気に入り番組を中途で遮られるのだから、考えてみれば怒るのも無理もない。




 茶の間であろうが、飲食店の店先であろうが、テレビは≪空気≫のような存在で、観ているとか観ていないに関係なく点いていることが多い。そんなテレビに普段、見向きもしない孫娘なのに、子供向けの番組が流れると、間髪を入れずに反応し、一人食い入るように見入るのである。


遠藤


 僅
か4歳足らずの子供だから、大人のような知恵がある訳はない。本能とも言える≪動物的≫な反応だろう。裏を返して、そんな番組やストーリーを組み立てる大人たちは凄い。子供たちの心理を読んで、≪虜≫にしてしまう。そんなアニメや童話作家に脱帽させられる。最近では、タブロイド端末にも興味を持って観ている。目を近づけて観るのが心配だ。




 テレビやタブロイド端末に限ったことではない。人の≪観方≫だって知っている。我が家にも様々な人が来る。ご近所の方もいれば、私や女房の友人・知人、親戚の人だっている。そんなお一人、お一人と孫娘を見ていると面白いことに気付く。私たち大人が見て、みんな同じなのに、ある人には直ぐになつき、すぐに心を許してハイタッチをしたり、抱っこまでしてもらっている。




 反対に敬遠とまではいかないまでも、それに近い行動をとる相手もいるのだ。私なんか、後者の方で、大人気なく、ちょっぴりガッカリしたり、僻みたくもなる。子供は血縁とか、他人とかの区別はなく本能的に、その人を見極めているのだ。




 多分、子供に好かれる大人に悪い人はいない。子供とは面白い≪動物≫である。孫娘がその《本能》から脱して、やがては色々のところに気遣いをする時も来るのだろう。自分が歳を取るのは実感しないが、子供は日に日に成長する。嬉しくもあり、寂しくもある。




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遊具と子供

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 山梨の県道や市道道を車で走っていると、あっちこっちに子供たちのための遊園地が目に付く。その場所は神社やお寺の境内だったり、公園や、地域がそのために設けた広場であったり。生い立ちも違えば、環境や大きさも異なる。




 我が家の植え込みの向こうにもある。もう15年以上も前、地域の「ふれあい広場」として、当時の梅畑をお貸しして特設した広場の一角。広場はお年寄りのゲートボール場に使ったり、様々な催しに使う。防災訓練の会場にもなれば、むろん、大震災など災害時の緊急避難場所にもなる。いわば多目的の広場だ。


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 遊具の定番と言えば、ブランコや滑り台、鉄棒、ジャングルジム…。赤や青、黄色など子供たちが飛びつき易いようにカラフルなペイントが施してある。視覚的にも子供たちに馴染み易いような≪演出≫をしているのだ。ここでの主役は言うまでもなく幼児。少なくとも小学生だったら低学年生。むろん幼い子にはお母さんやお父さんが。誰もがほほえましい光景をイメージする。その時間帯は週末が中心である。




 ところが、その週末。遊園地に子供たちの姿がない。その原因は、地域に住む私達にはピーンと来る。地域に≪主役≫であるべき子供がいないのだ。少子化の波は、まず田舎を直撃、地方をまるで津波のように襲っている。山梨の人口は82万人台にまで落ち込んだ。




 学校は卒業式を終わって、間もなく入学式のシーズンを迎える。私の「部落」、と言ったら難しい人には「差別用語」と叱られるかも知れないので、「地区」または「行政区」と置き換えるが、全部で60戸。今年も小学校への新入学児童はゼロ。「ゼロ行進」が続いている。旧村地区で見ても少子化現象は顕著で、小学校の統廃合問題が行政の俎上に上り始めた。今年度末現在で、この小学校の全校児童の数は、たったの36人。私たちが子供の頃の1クラスにも満たないのである。お隣の町では昨年春、3校を一つに統廃合した。




 保育園も推して知るべし。山梨市内では今年度も1,2の公立保育園が閉鎖に追い込まれる。東京など大都市にお住まいの方だと「え?ウソ…」と、首を傾げるかも知れないが、これホント。公立保育園のように≪甘いこと≫?を言っていられない私立の幼稚園は、広範囲に送迎バスを巡回させるのはむろん、入園前、対象年齢の親子を招いて無料の体験教室を開くなど、あの手この手、至れり尽くせりの勧誘合戦。それでも定員を充足出来ない幼稚園が。経営面での「頭痛の種」は想像に難くない。


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 茶の間のテレビを点ければ、国会の予算委員会中継が。東京など大都市で社会問題化している保育園からあふれ、就園出来ない子供たちの対策を議論している。この≪ギャップ≫はひど過ぎる。地方に子供を産む若者たちがいないわけではない。道路や下水道などインフラ整備の遅れや、少ない働き場所…。自ずと若者たちは都市部へと流れてしまうのだ。




 社会資本の投下は大都市集中型となり、その反動を被るのは地方。大都市と地方の格差は広がる一方。≪格差の輪廻≫≪格差の循環≫を、どこかで断ち切らないと…。「選良」と呼ばれる議員の先生方、≪揚げ足取り≫の議論も結構だが、これ大丈夫でしょうかねえ…。




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おばあちゃんの失敗談

一宮浅間神社


 世の中にはそそっかしい人はいるものだ。当のご本人によれば、このおばあちゃんは正月もまだ初々しい3日、2人のお孫さんを連れて、甲斐の名刹・一宮浅間神社に初詣した。ご主人も一緒。可愛いお孫さんの手を引いて境内へ。この神社は甲府の武田神社や住吉神社、昇仙峡の金桜神社などと並んで山梨では初詣の名所である。境内は新春を寿ぎ、新しい年がいい年でありますようにと願う善男善女や家族連れで賑わっていた。本殿に手を合わせ、おみくじを引いて新しい年を占う。お孫さんを中心にした、ここまでは何の事はないただの初詣の光景だ。





 そそっかしいおばあちゃんの行状はここから。この神社には、ご神木というほどではないのだろうが、有名な「夫婦梅」というのがある。本殿の裏のほうにあって、→印のガイドがある。おばあちゃんは二人のお孫さんを伴って→印の方向に。あった。立派な枝ぶりの梅の木?が。その梅の木を大切に覆うように金網が囲っていた。この金網を神社のシンボルともいえる「夫婦梅」保護のため、と信じて疑わなかった。


夫婦梅  

夫婦梅

 夫婦梅は浅間神社本殿北側にあり、ひとつの花から二つの実を結ぶ。
祭神の御神徳により子授けの霊験があると伝えられ、参拝祈願して梅の実を請うものがある。
神社では毎年旧暦4月の第2亥の日に梅折の神事を行い収穫する。



 おばあちゃんは、その大きな金網の中の「夫婦梅」に向かって目をつむり、手を合わせた。おばあちゃんに促された2人のお孫さんも可愛い手を合わせて従った。おばあちゃんは手を合わせながら、酒好きなご主人や目の中に入れても痛くないほどのお孫さん、娘さん達夫婦、今年95歳になる年老いた姑の名前を頭の中で一人一人なぞりながら「みんなが今年一年、健康でありますように・・・」と、一心に祈った。正直な気持ちだった。




 お孫さんは小学校5年生と1年生。上の子が長く手を合わせるおばあちゃんに向かって幼いながらも半信半疑に、こう言いかけた。





 「おばあちゃん、この梅、花を咲かせないの?なんだか枯れているみたいだね・・・」




 そんなお孫さんの言葉が終わるか終わらないかの時、一足遅れで追いかけてきたおじいちゃんは神妙な顔つきで手を合わせる奥さん達の姿にびっくり。




 「おい、おい。それは鳥小屋だよ・・・」



 おばあちゃんは、その瞬間、顔から火が出る思いだったと言う。金網の中に尾長の鳥であれ、なんであれ一匹でもいれば何の事はなかったのだが・・・。


鳥



 そんな笑い話のような話は「3人会」と言う酒席の場だった。高校時代の同級生、夫婦同伴で年に3~4回酒席の懇親会を開く。もう10年近く続いている。一人は山梨の信用組合の理事を10 年ほど前、定年で退いた。今では私と同じ「毎日が日曜日」。もう一人は甲府市内のデパートの役員を退いた後も、請われてサラリーマン生活を延長したが、しばらくして卒業。「おめでとう。ご苦労さん。この3人会、今度はちょいちょい開けるなあ~」。3人の奥さん方も一緒に盃を交わした。話題のおばあちゃん。おばあちゃんと言っても私達の同級生の連れ合いだから65歳前後か、それ以下。人柄もよく、綺麗なご婦人だ。日本舞踊もやる。「私はあの時の事を考えると恥ずかしくて・・・」。せっかち屋さんの失敗談は、その夜の格好な酒のつまみになった。二次会はそんなことを忘れて、いつものようにスナックでカラオケを。




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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