別れと火葬炉の扉

 残念なことだが、人間、出会いがあれば、その一方で必ず別れがある。それが親や兄弟、親しい友だって同じ。人間が背負わされた宿命なのである。


葬儀


 つい先頃のことだが、菩提寺の和尚が逝った。享年78歳。晩年、病床にあったとはいえ、ちょっと早い旅立ちだった。このお寺さんとは浅からぬ関係だったから、総代さんらと共に旅立ちの全ての儀式に立ち合った




 お寺さんの場合、それが宗門の本山であれ、末寺であれ、住職の座に就く時には在家、つまり一般家庭を「宿」として、改めて「山」(寺)に入るのである。この儀式を入山(晋山)式といい、その「宿」をこの辺りでは「親」と言っている。我が家は代々、その「親」を務めている。浅からぬ関係とは、そのことだ。




 お寺さんだから葬儀はお家芸。とは言っても実際の舞台回しをするのは檀家や組の人達。つまり一般の人達だ。どんな葬儀もそうだが、結婚式などお祝い事と違って突然やって来る。準備期間もなければ、心の準備もない。みんなバタバタするのが常。でも蛇の道は蛇。お寺さんの葬儀のノウハウを持つ葬儀屋さんと言うのがあるのだそうで、そのスタッフが、いわゆる≪おくりびと≫の役割をこなすのである。


納棺



 もちろん、葬儀の一切は自分のお寺。一般には、山梨でも片田舎に至るまで、斎場が整備されたから、葬儀の全てを、その斎場と葬儀屋さんにお任せすればいい。このシステムになって久しい。葬儀の仕方は、かつての自宅葬の場合と大きく様変わりした。




 菩提寺の和尚の一連の葬儀に立ち合って、お葬式の原点を省みたような気がした。ご遺体が≪おくりびと≫の介添えを得ながら庫裏の座敷に集まった親族の手で棺に収まるまでは一般と同じ。そこから先の儀式は全て本堂が舞台。そこで読経する僧侶の数も一般とは格段に違う。厳かに粛々と行なわれていくのである。このお寺さんは曹洞宗の末寺で、400前後の檀家を持つ。先代は神奈川県鶴見にある総本山・総持寺のナンバー3、ナンバー2を務めた。


葬儀2


 ただ棺は、一度は外に出なければならない。荼毘にふすためだ。霊柩車に乗って境内を出、火葬場でお骨となって再び寺に戻るまでは一般の仏さんと同じ。集骨、骨上げと呼び、箸を使ってのいわゆる≪箸渡し≫をする。これが仏教のやり方なのだ。


箸渡し


 人間、それが肉親、知人を問わず、死に直面した時、誰しもが言い知れない寂しさに襲われる。その節目は死というものに遭遇した瞬間から始まって、棺に納める納棺の時、仏が霊柩車で自宅を離れる時、そして火葬場の炉に収まる瞬間だ。感情を押さえ切れずに棺にしがみ付いて泣く人たちも多い。誰だって別れたくはない。




 でも人間とは不思議なもの。火葬炉の厚い扉が閉まった途端、なぜか諦めにも似た気持ちになるのだ。自分もそうだが、ましてや集骨、骨上げになって泣いている人はまずない。人との別れの最後は火葬炉の扉かもしれない。




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勝負師の言葉

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 かつては現役の勝負師であり、今は若い勝負師の卵をを束ね、育てる立場にある相撲部屋の親方の言葉には、一つ、一つ説得力と重みがあった。そんなことを言ったら失礼だが、決して歴史を重ねた名門部屋でもない高田川部屋の親方と話していて、そう思った。高田川親方(元関脇・安芸乃島関)は、当年41歳だという。私と並べてみてはいけないが、年齢的には、親子に等しい。しかし、残念ながら私の方が«脱帽»だ。言うこと、成すこと、つまり客人への接し方、弟子たちの教育など相撲部屋の管理に関わる考え方。何よりも「なるほど」と思わされたのは、弟子たちに対する愛と鞭の使い分けだ。




 「言葉で分からなければ、ぶん殴ります。蹴とばしもしますよ」


 その一方で、努力や正攻法の結果には、負けても褒めてやる、という。仮に、私なら、弟子が負けて帰ってきたら「しっかりしろ!」と、やみくも叱ってしまうだろう。ところが、この親方は「セオリーにのっとった相撲を懸命に取ったのなら、仮に負けたとしてもいい」のだという。「きちっとした相撲を取ることを覚え、身に着ければ必ず明日がある」と、信じているのだ。「正攻法」、「セオリー」。ある将棋界の師匠からも、そんな話を聞いたことがある。


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 私達お客の世話をしたり、部屋の雑用をしているお相撲さんの顔や、振る舞いを見ていると、一人ひとりが、みんな、あどけなさが残っている。身体こそ大きいが、考えてみれば、みんな10代から20代前半の若者ばかり。そこには、一般に、その年代にありがちな「引きこもり」も、ましてや「いじめ」もない。そんなことをしたら、親方や、おかみさんは絶対に許さないだろう。親方は師匠(先生)であり、かみさんは、お母さんなのだ。




 「ワシらの相撲部屋に入って来る連中は、みんな≪やがては≫横綱を夢見ているんです。でも、この世界・勝負の世界は、そんなに甘いもんじゃない。怪我もすれば、能力の限界だってある。でも、そいつ等を支えてやるヤツがいなけりゃあいけないんです」


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 かつて、お話をさせていただいたことがある高砂部屋の尾上親方・後の高砂親方の、そんな言葉を思い起こした。角界は、いくつもの部屋に分かれた≪相撲一家≫なのかも知れない。親方は、もうとっくに故人となられたが、当時、東京・東十条に大衆向きと料亭風のちゃんこ料理屋を持っていた。




 そこで働いているのは、見るからに若いお相撲さんばかり。厨房で働くのも、料理をテーブルに運ぶのも、みんな大男の若者。可愛いお嬢さんもいなければ、職人技の板前もいない。「ちゃんこ料理」の看板が掛かっているので、なんとなく理解させられるのだが、もし看板がなかったら、誰だって違和感を感ずるに違いない。厳しい稽古に耐えながらもフンドシを外して土俵を去り、浴衣一枚になった若者たちはみんな生き生きしていた。


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 子供の虐待や子供間のいじめ。それを苦にした自殺。私は人権擁護委員を仰せつかっている。そんな事案に直接、間接を問わず、関わることがあるのだが、その解決策のヒントが角界にもありそうに思えた。(次回へ続く)


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墓所の風景

墓


 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。



風紀2


 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


墓2_convert_20130408100312


 中央のいしぶみには大きな文字で「孝順」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。




 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。





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 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。



風紀2


 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


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 中央のいしぶみには大きな文字で「孝順」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。




 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。





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和尚さんの話

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 「今ある物を大事にする。それは失った物を取り戻す事よりずっと簡単な筈。でも私たちは、その“今ある物”を大事にしているだろうか…」


 山梨県の「峡東地区明るい社会作り運動協議会」の総会の後、記念講演した和尚さんは「行持報恩」と題したお話しの中で、こんなことを言った。



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 その言葉をお聞きしていてふと考えた。自らの日常に重ね合わせて“急所”を突かれた気がしたのである。人間、今というものを空気のように見過ごし、その一方で過ぎ去ったものや失ったものに執着していないか。郷愁だったり、愛着だったら、まだいい。でも和尚さんが言うように“今”を大事にしなかったら“明日”がないことは確か




 乱暴な言葉とお叱りを受けることを覚悟で言わせていただければ、市井には「死んだ子の歳を数える」という言葉がある。いつまでもクヨクヨすることの例えを言うのだが、過ぎ去った過去に拘って生きるより、「これから」を見据えながら前向きに生きることの方がいいに決まっている。




 「明るい社会作り運動協議会」は全国的な組織。環境の浄化や青少年の育成、福祉や平和など幅広い分野で活動している。新入学児童に「黄色い帽子」を贈る交通事故防止キャンペーンは、学校や社会に定着した。数年前から同協議会の役員を仰せつかり、末席を汚している。一方、その総会で講演した和尚さんは山梨市にある曹洞宗のお寺さん「龍石山永昌院」のご住職。このお寺さんは甲斐の武将・武田氏ゆかりの名刹である。



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 和尚さんは神奈川県鶴見の総持寺と並ぶ曹洞宗の本山、福井県・永平寺での修業時代を振り返りながら、こんなお話も。永平寺は曹洞宗の僧侶なら一度は門をくぐる修行道場だ。




 「(雲水の)修行は毎日が朝も暗い3時(夏)、または3時半(冬)から就寝時間の夜9時まで。小さな手桶半分の水で歯磨きを含む洗顔で身支度を調え、一日が始まる。そこにある一滴の水も大事にし、不自由の中に身を置く。座禅も日課の一つ。座禅は自分と向き合う時間だ。そこでは誰もが自分の心の中で自らを制御することの難しさに直面する」




 座禅であれ、何であれ、人が日常のどこかで、心を落ち着けて自らと向き合うことの大切さを言外に説いた。




 このお寺さんでは毎年8月、夏休み中の子供達を集めて座禅会を開いている。地域ではなかなかの好評。無邪気ながらも子供達は座禅の中に「何か」を掴んでいるのだろう。永昌院は甲府盆地の東部・果樹地帯を一望出来る高台にあって、御坂山塊を前衛にした富士山が真正面に見える。


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 「あんな素晴らしい環境で座禅を組んだら人間、心が洗われるよなあ~」。夕餉の晩酌をしながら、凡人は凡人らしく、そんな話をしたら、我が女房殿


 「そうよ。お父さんのような人は、座禅でも組んで、自分を見つめ直し、改めなければダメよ。この夏は永昌院さんにお邪魔してカツを入れていただいたら…」


 何時もの事ながら一言多い。でも言っていることは、まんざら間違ってはいない。



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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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