墓所の風景

墓


 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。



風紀2


 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


墓2_convert_20130408100312


 中央のいしぶみには大きな文字で「孝順」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。




 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。





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ありがとうございました!


和尚さんの話

和尚さん_convert_20130510131754


 「今ある物を大事にする。それは失った物を取り戻す事よりずっと簡単な筈。でも私たちは、その“今ある物”を大事にしているだろうか…」


 山梨県の「峡東地区明るい社会作り運動協議会」の総会の後、記念講演した和尚さんは「行持報恩」と題したお話しの中で、こんなことを言った。



和尚さん2_convert_20130510140110



 その言葉をお聞きしていてふと考えた。自らの日常に重ね合わせて“急所”を突かれた気がしたのである。人間、今というものを空気のように見過ごし、その一方で過ぎ去ったものや失ったものに執着していないか。郷愁だったり、愛着だったら、まだいい。でも和尚さんが言うように“今”を大事にしなかったら“明日”がないことは確か




 乱暴な言葉とお叱りを受けることを覚悟で言わせていただければ、市井には「死んだ子の歳を数える」という言葉がある。いつまでもクヨクヨすることの例えを言うのだが、過ぎ去った過去に拘って生きるより、「これから」を見据えながら前向きに生きることの方がいいに決まっている。




 「明るい社会作り運動協議会」は全国的な組織。環境の浄化や青少年の育成、福祉や平和など幅広い分野で活動している。新入学児童に「黄色い帽子」を贈る交通事故防止キャンペーンは、学校や社会に定着した。数年前から同協議会の役員を仰せつかり、末席を汚している。一方、その総会で講演した和尚さんは山梨市にある曹洞宗のお寺さん「龍石山永昌院」のご住職。このお寺さんは甲斐の武将・武田氏ゆかりの名刹である。



永昌院2_convert_20130510135953



 和尚さんは神奈川県鶴見の総持寺と並ぶ曹洞宗の本山、福井県・永平寺での修業時代を振り返りながら、こんなお話も。永平寺は曹洞宗の僧侶なら一度は門をくぐる修行道場だ。




 「(雲水の)修行は毎日が朝も暗い3時(夏)、または3時半(冬)から就寝時間の夜9時まで。小さな手桶半分の水で歯磨きを含む洗顔で身支度を調え、一日が始まる。そこにある一滴の水も大事にし、不自由の中に身を置く。座禅も日課の一つ。座禅は自分と向き合う時間だ。そこでは誰もが自分の心の中で自らを制御することの難しさに直面する」




 座禅であれ、何であれ、人が日常のどこかで、心を落ち着けて自らと向き合うことの大切さを言外に説いた。




 このお寺さんでは毎年8月、夏休み中の子供達を集めて座禅会を開いている。地域ではなかなかの好評。無邪気ながらも子供達は座禅の中に「何か」を掴んでいるのだろう。永昌院は甲府盆地の東部・果樹地帯を一望出来る高台にあって、御坂山塊を前衛にした富士山が真正面に見える。


永昌院_convert_20130510132400



 「あんな素晴らしい環境で座禅を組んだら人間、心が洗われるよなあ~」。夕餉の晩酌をしながら、凡人は凡人らしく、そんな話をしたら、我が女房殿


 「そうよ。お父さんのような人は、座禅でも組んで、自分を見つめ直し、改めなければダメよ。この夏は永昌院さんにお邪魔してカツを入れていただいたら…」


 何時もの事ながら一言多い。でも言っていることは、まんざら間違ってはいない。



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墓所の風景(再)

墓


 その人が建立した墓所甲府盆地を一望でき、その向こうに富士山の雄姿が望める湯村山の中腹にあった。春といっても頬をなぜる風はまだ冷たい。なにしろ小高い山の中腹だし、そこから見渡す見事な眺望のせいもあってか、その風は一層爽やかだ。墓所建立の竣工法要に参列した人達が誰ともなく「いい所ですねえ」と、つぶやいた。




 もう60年以上も前、富士山麓に程近い御坂山塊の麓の片田舎から、山梨県の県都・甲府に出てきて運輸業を興した。この人の手腕、力量がモノをいって、会社は着実に業績を伸ばす一方、人柄、人望が手伝って、次第に山梨県経済界の重鎮としての座を不動なものにした。80歳になったのを機に県内の中小企業を束ねる経済団体の会長職を退き、後進に道を譲った。



風紀2


 自らの人生に、ひとつの区切りをつけたのだろう。墓所建立の法要を済ましての、おときの席で、大勢の来賓を前に「やっと念願が叶ってホッとした」と、自らの80年の来し方を振り返った。その顔は経済界の重鎮でも、企業を率いる会長の顔でもなかった。一人の年老いた柔らかな人間の顔に戻っていた。




 「建設中も大勢の人が見に来てくれたんですよ」と、控えめながらもこの人が言うように、墓所は掛け値なしの立派なもの。広く囲んだ玉垣の中には中央に大きないしぶみと、その両側に石塔が。左側の石塔にはこの人の戒名が、やはり健在の奥様のものと並んで刻まれている。もちろん、お二人の戒名の一字は紅。「慶徳院和山宗睦大居士」。戒名の一字「大」がこの人を誰にも分かるように物語っている。


墓2_convert_20130408100312


 中央のいしぶみには大きな文字で「孝順」の二文字が刻まれている。墓所建立法要のあとの、おときの席で、この「孝順」を揮毫した臨済宗向岳寺派の管長と、墓所建立の施主であるこの人は、それぞれの立場で、この言葉の奥深い意味を説いた。いつの世にあっても普遍な親や先祖への敬い、感謝、畏敬の念・・・。みんなが頷いた。


孝順


 管長は、挨拶の中で、こんなことも話した。

 「最近の風潮として≪個≫を重んずるあまりに人と人との絆がどんどん弱くなっている。例えば、一番小さな社会である家庭を見ても≪個≫を優先し、親子や家族の絆が希薄になって、そこから家庭内暴力など、さまざまな問題を露呈している」




 そんな僧侶のお話を拝聴しながら「確かに」と頷いた人は多かっただろう。≪個≫を尊重することは決して悪くない。しかし、それが一人歩きすると「自己虫」がどんどん増える。身近な日常でも度々出っくわす「自己虫」。これからの日本は、いったい・・・。




 ところで戒名。この人のそれに、さりげなくというか、重々しくついている「大」の一文字には大きな意味がある。この人の人となりを見事に表しているのだ。社会への貢献もさることながら、広い意味での先祖を敬い、お寺、宗門への貢献度がその基調になっているのだ。権力の象徴でも、ましてやお金でもない。その人がどう生きたかにほかならない。霊園の大小を問わず「大」とか「殿」の文字がつく戒名は少ない。





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時代の皮肉

 時代は繰り返されるのだろうか。それとも結果的に皮肉になってしまったのだろうか。文藝春秋創刊90周年記念号と銘打った最新号が特集したエッセイ欄で、宇野千代の「もしあのとき」と並んで掲載されていた松下幸之助のエッセイ。宇野の「もしもあのとき」が「昭和五十二年十一月号」なら、こちらは「昭和四十一年六月号」とある。


松下幸之助2



 松下は「デマ」と題して1ページ半ほどのスペースで書いている。


 「(前略)最近の我が国では、たとえば政府の高官や一部の人のちょっとした言動によって、株価が上下することがしばしばあるようだ」




 つい先頃の総選挙で大勝、次期政権を再び担うことになった自民党の安倍晋三総裁は日銀法改正でのデフレ脱却を訴え、結果的に株価を上げ、円安を導いた。その発言から10日あまり、安倍氏は国会で首班指名を受けて内閣総理大臣のポストに就くのだが、松下がエッセイで書いた「ちょっとした言動によって株価が上下した」ことは46年もたった今も変わりはない。




 松下は46年前、こんなことも言っている。


 「これは何処の国においても多少はあるようで、それも妙味かもしれない。しかし、政情が安定し、経済がしっかりとした自立性を持った国では、こうした傾向は比較的少ないのではなかろうか」


松下幸之助



 衆院選で、政権を担う自民・公明両党が安定多数を確保したとはいえ、参院は与野党の勢力が逆転。いわゆる“ねじれ国会”だ。我が国は決して「政情が安定」という状況にはない。松下がこのエッセイを書いた昭和41年当時は、自民党が単独政権を誇っていた時代。政権構造的には、今と違った。




 松下のエッセイ「デマ」は、何処からか流布された「松下危篤」のデマ。駆けつけて来た新聞記者とのやりとりをユーモラスに書きながら「世間というものは面白いものだ。好むと好まざるとに関わらず、この世の中ではデマやウワサというものがある程度の力を持っている」と。デマは松下電器の株価の操作を狙ったものであることは言うまでもない。




 たまたま文藝春秋のエッセイ欄で“顔を合わせた”宇野と松下。この二人には、共通した事業家としての顔があった。言うまでもなく松下は我が国を代表する大実業家。一方、宇野は、もちろん小説家であり、随筆家だが、着物デザイナーという事業家の側面をも持っていたのである。


宇野千代



 しかし、この二人の“生き様”は月とスッポンほど違う。小さな町工場から身を起こし、「世界の松下」を築き上げた松下。努力の人であり、やがては政治や経済にアイデンティテーを示した。彼が起こした松下政経塾は、政治の世界に一歩一歩根を張り、大きなインパクトを与えているのだ。片や、宇野は自由奔放に生き、普通の人たちから見れば破天荒な生き様をさらした。でも二人に共通しているのは、人生を真正面から生き、それぞれの哲学を世に示したことだろう。中でも私は奔放で、あの破天荒な宇野の生き様に憧れる。生半可ではない生き様が好きだ。




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宇野千代の生き様

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宇野千代


 文藝春秋の創立90周年特集号に再掲載された宇野千代の「麻雀エッセイ」に共鳴して電話してきた男はM(松本)氏といって勝沼ぶどう郷の一角にある旧家の御曹司。親譲りの特定郵便局長を定年(65歳)で辞め、今は“隠居”の身。やはり勝沼に住む高校時代の同級生の手伝いと指導を受けながらぶどう作りの“真似事”をしている。指導者はK(海沼)氏というのだが、こちらは一町七反もの葡萄園を耕すぶどう作りの本格派。




 これに私と、今は清涼飲料販売会社の社長を息子に譲って会長に退いたY(吉原)氏が揃うと何時でも面子が出来る。宇野が文藝春秋に書いた麻雀エッセイ「もしあのとき」によれば、宇野の麻雀の“師”は広津和郎だが、こちらのM氏は元はといえばK氏の“師匠”。ところが自らが言うように「いつしか力は“弟子”と逆転してしまった?」。




 そんなことはともかく、宇野がエッセイで書いている通り麻雀は面白い。宇野が言うように「80歳になっても」恐らく私たちは麻雀をしているだろう。健康であれば、のことだが…。ただ、私と同じ麻雀大好き人間のM氏。宇野と違って毎晩はおろか、「週2回」も絶対にやらない。それに今でも午前零時がタイムリミット。頭で時間配分をし、健康を度外視した遊びをするようなバカなことはしないのだ。マイペースなのである。


麻雀2



 「お父さんはバカですねえ。こんな夜中まで麻雀をやって…。特に、寒いこの時期。風邪でも引いたら大変ですよ。体を壊さないでくださいよ」




 私は女房から何時も小言を食う。女性は総じて勝負事は嫌いらしい。ところが宇野は「こんな面白い、人生的な遊びを知らない人のことを、可愛そうだと思う」と、言っている。私だって、そう思う。恐らくM氏だってそうに違いない。




 宇野の面白い生き様は麻雀ばかりではない。男性遍歴だ。結婚しては別れ、また結婚。それを繰り返したのである。エッセイ「もしあのとき」で明かしているだけでも尾崎士郎、東郷青児が。このほか、エッセイの中では触れていないが、初婚の人は確か、義母の甥。その人とはすぐに別れるのである。




 社会人としての事実上の出発は、学校の代用教員。そこで同僚の教員と関係、それがバレて“首”。人間とは分からない。そのことが宇野の人生を分けたかも知れない。小説を志し、「脂粉の顔」で文壇にデビュー、次々とヒット作を飛ばすのである。

宇野千代3_convert_20121227094526  


 宇野の生き方は普通の人たち?から見れば破天荒。その生き様を小説やエッセイに反映していくのである。私は今でこそ本など面倒くさくてよほどのことがない限り読まない。「歳だよ」とお笑い召さるな。高齢化社会を鑑みて文字をどんどん大きくしてくれている新聞は苦にならないが、小さい文字の本は正直言ってくたびれる。




 でも若い頃は宇野の破天荒とも言える生き様が面白くて、彼女の小説や随筆を面白がって読んだ。明治、大正、昭和と生きた宇野。「生きてゆく私」は宇野の代名詞とも言っていい自伝小説。破天荒な生き様を見せながらも日本芸術院会員にもなった人だ。文化功労者にもなっている。そんな人が今の平成の世にいるだろうか。M氏が文藝春秋を読んで電話して来た訳が分かり過ぎるほど分かる。(次回に続く)




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プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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