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表情豊かな海

海


 「海は広いな 大きいな・・・・」
ご存知、童謡「海」の一節だ。子供の頃よく口ずさんだ。「松原遠く 消ゆるところ・・・」と歌い出す、やはり海をテーマにした文部省唱歌もある。





 童謡や文部省唱歌ばかりではない。クラッシックにだってあの有名なショパンの「大洋」のように海をテーマにした曲は世界にも多い。日本の歌謡曲だって同じだ。海をテーマにした歌は、恐らく山よりはるかに多いだろう。人間の海への憧れがそうしたに違いない。



海2

 私は、このが大好きだ。周囲を山に囲まれた山梨の片田舎に生まれ育ったせいなのか、海への憧れは人一倍強い。内陸に住む人間の≪ないものねだり≫なのかもしれないし、あるいはコンプレックスの裏返しかも。





 娘が小さいころは、なかなか取れない勤めの休みをやり繰りして伊豆や湘南へ海水浴に出かけた。若い頃は、ガールフレンドと海を見に何度もドライブしたことも。おっと、このブログ、女房に覗かれてもいけないので、あえて注釈をつけておく。「若い時」だ。


デッキ2

 今度の大西洋―パナマ―太平洋クルーズもそれへの憧れのひとつにほかならない。昨年6月のアラスカ、一昨年のハワイ6島のクルーズに次ぐ、私たち夫婦にとっては第3弾の海の旅である。前2回は8日間、今回は15日間。海への憧れもさることながら、ホテルを移動しなくても済む船の旅は、ものぐさ人間にはうってつけなのである。


デッキ

 レストランでのちょっと早いディナーで、シャンパンやワインを飲み過ぎた時、船の中の遊びに飽きた時、決まって7階のデッキや13階、14階の甲板に出た。海風を吸うためだ。そんなこともあろうと、成田空港で買い込んで来た何冊かの本もデッキの椅子に寝っころがって読んだりもした。サングラスをした白人や黒人も、やはり同じことをしていた。



プールの前で  

 船は次の寄港地まで二日も三日も走り続けることもある。見えるのはただでっかい海と抜けるような青い空だけ。そんな海や空を見ていても少しも飽きない。飽きるどころか、時を忘れるほど面白いのだ。海と空は、その時々、その節目が分からないように表情を変えるのである。





 海。青いと思っていたが、大間違い。ある時は青く、ある時はエメラルドに。藍より青い時もあるし、どす黒い海に変わることもある。同じ青、同じ黒といってもみんな微妙に色合いを異にするのだ。太陽光線の強弱や角度によっても変わるし、風によっても表情を変える。船のスクリューにかき回され、それにピタッと合った光線を浴びれば、エメラルドに。光線の角度によって、えもいわれぬエメラルドグリーンにも変わる。もちろん朝の顔と、昼間や夜の顔も違う。


海へ  

 星空の下での航行もいい。夜のデッキに立つとちょっぴり肌寒いが、どす黒く、不気味でさえある海とは対照的に、今にも降って来そうな無数の星が。誰だってロマンチックになる。「南十字星はどこだ?」と、独り言のようにつぶやくと、隣にいた女房が「お父さん、見えるわけ、ないじゃん。ここは北半球なのよ」。つい勘違い。女房のおっしゃる通りだ。


 ※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


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船のパイロット

船のパイロット   

 パナマ運河は、アメリカからその管理運営権を勝ち取ったパナマ政府にとって、まさにドル箱に違いない。運河を通してもらう経費は半端なものではない。航行する船に乗り込んで船内アナウンスをする広報担当嬢によると、この運河で働く職員はざっと9,000人。この人数から類推しても、いかに経費がかかるか、おおよそ見当がつこうというものだ。運河の構造や歴史をアナウンスするこの担当者も運河の職員の一人なのである。大西洋―カリブ海―パナマ運河―太平洋の航路を持つ客船だから、運河を紹介するアナウンスくらい自前でやればいいのに、と思うのだが、港湾労働者の掟なのだろう。


自衛隊

 海の港には、一般には知られざる≪掟≫がある。それぞれの港にいるパイロットと、そのパイロットの指示に従って船を押すタグボートの存在だ。空の港・空港で飛行機が勝手に離発着できないのと同じである。飛行機はいかなる事があっても管制塔の指示を受けて航行しなければならないのだ。飛行機のパイロットには離発着の裁量権はない。


タグボート


 飛行機の機長に当たるのが、言うまでもなく船では船長。大海では船の航行の一切を指揮するが、港への入港、また出港は全てその港のパイロットに指揮を委ねるのである。パナマ運河もそうだが、港の沖合いまで来ると、どこからやって来るのか、モーターボートの男が船に乗り込む。港のパイロットである。モーターボートは航行中の船のデッキにピタリと張り付き、パイロットを乗り込ませるのだ。港を出港する場合も同じで、船を沖合いまで出すと、迎えに来たモーターボートで航行中の船から帰って行くのである。


 

 掟と言うより、港の安全管理上、欠かせないシステムなのだ。パイロットは港の隅々まで熟知している。次々にやってくる船舶を安全、的確に港に迎え入れ、また沖に出すのだ。その秩序を崩し、万一、港の中で事故やトラブルでも起こしたら、大混乱を招くばかりか、場合によっては港としての機能を失うことになる。スエズ運河で起きた大型貨物船の座礁事故は、港湾関係者にとって≪信じられない≫事故だろう。


船のパイロット2

 パイロットの指示で船を動かすのがタグボート。パイロットを乗せたモーターボートと前後してやって来て、船の両側にピタリと付いて押して行くのである。入港にしても、出港にしても全ての船舶は、この2艘のタグボートに全面的にお任せ。見ていると、こんなに小さな、たった2艘のタグボートのどこにそんな力があるのだろう、と思うほど大きな船を自在に操るのである。




 船が桟橋に接岸、ブイにロープがかかると、パイロットの任務は終わる。タグボートもどこかに姿を消す。出港の場合は、港のはるか外の沖合いまで誘導、Uターンするのだ。船はだんだんスピードを上げ、さらに沖へと進んでいく。パイロットはそのスピードを上げる船から巧みにモーターボートに乗り移って帰って行くのである。

船のパイロット3


 客船であれ、軍艦であれ、船の航行指揮はブリッチ(船橋)で執る。そのブリッチは船首の一番高いところにあって、実際に船を動かす操舵室は別の部屋。つまり、ブリッチから操舵室に指示が流れて船は動くのだが、恐らく、入港、出港時は港のパイロットとタグボートにその全てを任すのだろう。タグボートは、いわば操舵室の役割を果たすのだ。


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陸のタグボート

ボート

 PANAMA KANALは中央アメリカのパナマ地峡を横断して、カリブ海と太平洋を結ぶ運河である。具体的にはカリブ海側のクリストバルという港から太平洋側のバルホアという港までの全長82kmの水路を言うのだ。




 閘門式を採用しているのが特徴。つまり、カトゥンの三段式の閘門、ペトロ・ミクルの一段式閘門、ミラプロレスの二段式閘門で構成されている。分かり易く言えば、閘門は船舶を高低差の大きい水面で昇降させる装置。二つの水門で仕切られた、いわばプールのような閘室を駆使して船を標高27メートルの丘陵に持ち上げ、また下ろしていくのだ。



陸のタグボート


 順を追って説明すると、2,500人を超す乗客と約1,200人の乗員を乗せた船は、カリブ海側の港・クリストバル港から運河を11km航行、川をせき止めて造った人造湖・カトゥン湖へ入る。そこからパナマ地峡の背骨ともいえる丘陵地帯を掘削して造ったクレプラ掘割へ。次いでペトロ・ミゲルの閘門で船は、標高17mまで下げられ、さらにミラプロレスの閘門で海水面まで下げられるのだ。そこから約13㎞航行すると太平洋側のバルホア港に着くのである。この間の所要時間は約8時間。


陸のタグボード2

 一番の見所は、閘門と呼ばれる扉で仕切られ、水が増えたり、減ったりする水路を船が航行する瞬間だ。往復だろう何本かの水路があって、私たちの船の隣の水路では、3艘のヨットと、それほど大きくないタンカーが同じように太平洋方向に静かに移動していた。

   その場面はちょうど最後の閘門、つまり太平洋側の港の海面水位まで下げていく瞬間だから、プール状の水路の水はどんどん吐き出されていく。船は見る見る水路の底に沈んでいくのだ。その水位が海面とひとつになったところで、観音開きの分厚い鉄の扉が開いて、船は何事もなかったように海水面に出て行くのである。





 ここでの船は自力での航行はしない。水路の両側には電車のレールのようなものが敷かれてあって、そこを機関車のようなものが両側から等距離に船と繋いだロープで引っ張り、慎重に誘導するのだ。タグボートについては次回、改めて触れるが、このレールの上から誘導する両側の機械は、いわば≪陸のタグボート≫みたいなものだ。


陸のタグボード3


 もちろん、専門的な呼び名があるのだろう。船内アナウンスの広報担当者は当然、この事にも触れているのだろうが、英語を聞き取れない日本人、いまさら地団駄を踏んだところでどうにもならない。


船

 私たちが乗った船は、このパナマ運河を航行する最大級の大きさなのだろう。船体と水路の両側のコンクリート壁の間は1m足らず。≪陸のタグボート≫は、そのどでかい船体を両側のわずか1本のロープで、事も無げに運河を渡してしまうのである。水路のコンクリート壁に船体の一部と言えどもこすろうものなら、船は万事休す。そこに立ち往生せざるを得なくなるのだ。

 
 パナマ運河は中東のスエズ運河と並んで世界の海のバイパス。大小を問わず世界の船がひっきりなしに航行するのである。造った人達のロマンもさることながら、運行を管理する人達のロマンも平凡な私にも伝わってくる。


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パナマ運河の感動

パナマ運河2

 感動した。思わず拍手したくなった。どでかいホテルのような客船が山の上の人造湖から流れる水をせき止めた運河を次々と渡って、標高約27mの丘陵を越えて別の海に出るのである。大西洋・カリブの海から82㌔、そこはもう太平洋だった。ざっと100年前にやってのけたアメリカ人の開拓魂の逞しさと男達のロマンに思いをはせる一瞬でもあった。




 カリブ海を挟んで大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河。PNAMA CANALだ。完成が1913年というから、その計画を思い立ったのはさかのぼって1800年代。今のような重機もなかった時代、アメリカ人は人力で大西洋と太平洋を繋げてしまうという途方もないことを思い立ったのである。山のてっぺんに人造湖を作り、その両側に掘割の運河を作った。



パナマ運河3   パナマ運河4


 当時、大西洋と太平洋を行き来するには南アメリカの南端をぐるりと廻るしか方法がなかった。それへの船舶の所要日数はさっと65日。それを、わずか8時間に短縮したのだ。経済効果ひとつとっても計り知れない。


 マラリア、黄熱病。その舞台裏でさまざまの苦難と犠牲があったことも事実。一方で、その利権を巡って隣接国の紛争やアメリカを中心にした関係国の綱引きが行なわれたのも無理はない。経済効果にとどまらず、軍事戦略まで絡むのだから、一口には言い表せない複雑は歴史があったのだろう。





 北アメリカ大陸の南端、フロリダのマイアミを出港した船は、大西洋を航行、細長く横たわるキューバ沖を這うように進んでカリブ海へ。途中、南米・コロンビアに寄った後、このパナマ運河を渡るのである。出港から4日目の午後。船内アナウンスはパナマ運河航行を告げた。マイアミからロス・アンゼルスまで15日間のクルージングのいわば第一のクライマックスなのだ。


パナマ運河5  

 ある者は自分の部屋のテラスから、ある者は7階のデッキや13階、14階の甲板から一斉に外を。誰ともなく歓声が上がり、みんな思い思いにデジカメのシャッターを切った。船はタグボートに両側を押され、ゆっくりと進んでいく。閘門と呼ばれる堰に入ると、また別の機械が。その間、船内アナウンスは運河の構造や建設、完成までの歴史を説明する。




 アナウンス嬢は船の職員ではなく、運河の広報担当職員だ。走行中の客船に、どこからともなく、やって来た一艘のモーターボートが沖あいでピタリと張り付き、広報担当者を乗せるのだ。この広報担当は運河を渡りきり、太平洋の沖あいに出ると、また走行中の船からモーターボートに乗り移って帰っていくのである。


パナマ運河1


 説明によれば、パナマ運河は二重のコンクリート壁と導水管からなる代表的な閘門式の運河。水深は一番浅い所で14m。幅は33~109m。川(チャグレス川)をダム(カトゥン・ダム)でせき止めて、水面標高27mの人造湖(カトゥン湖)を設け、その丘陵(ゴールド・ヒル)地帯の両側に深さ14メートルの掘割を造ったのである。




 分かり易くいえば、閘門式といわれる仕掛けのプールに乗って、徐々に山に登り、また降りていくのである。へえ~、よくこんなことを考えたもんだ、と感心せざるを得ない。詳しくは次回にお話しすることにしよう。


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カジノの友達

 街  

 「ヤマーダサン オゲンキデスカ」

 カリフォルニア州サンディエゴの町のど真ん中で後ろから駆け寄ってきた5~6人の若者達に声お掛けられた。白人や東南アジア系の男達に混じって黒人の女性もいる。みんな親しみを込めてニコニコ笑っている。



 「オオー、アイム ファイン サンキュー、エブリバデー ハウアユー」




 旧知の友たちに会ったような気持ちになった。継ぎ足しの英語、英語なんてシロモノではないが、この若者達としばらく話した後、それぞれと握手して別れた。




 私の脇で、ハトが豆鉄砲でも食ったような顔で私を見詰めていた女房が言った。


 「お父さん、知り合いなの?でも、こんなアメリカの真ん中で、外人の知り合いに出会うなんて、不思議ね。こんなこと、あるのかしら」


カジノ#12860;

 「お前はバカだなあ。こんな所に俺の知り合いがいる訳ねえじゃねえか。ハワイでの日本人だったらいざ知らず、ここは白人どころか、スパニッシュの方が多いところだぞ。第一、外国人に顔馴染みなんかいるはずがねえよ。カジノだよ、カジノ


カジノ


 このブログをお読みの方々は、ここまでだったらまだお分かりにならないかもしれないが、女房は私のタネ明かしをすぐ理解した。


船

 15日間にわたった大西洋―パナマ―太平洋クルーズのフィナーレを明日に控えた5月2日の昼下がりだった。豚インフルエンザの発生で、アカプリコなどメキシコ2箇所の寄港をすっ飛ばしての、計画外の寄港地・サンディエゴだ。ざっと2,500人の乗客は、3日ぶりに船を降りて事実上、最後となった一日を思い思いに楽しんだ。


カジノ#12861;

 この日は土曜日。約1,200人の乗組員には曜日は関係ないのだが、この寄港地では昼間営業が出来ないのか、カジノのデーラー達も街の散策を楽しんでいたのだ。私の「カジノだよ、カジノ」の一言を簡単に飲み込んだ女房は



 「そうだよね。お父さん、船に乗ってから毎晩、カジノ通い。きっとカモみたいなお客さんだもの、カジノの人たちとも親しくなるはずよね」



カジノ4

 皮肉たっぷりだ。でもその通り。毎晩、毎日、ギャンブル好きの人たちで賑わう船のカジノで、英語をしゃべらない、いや、しゃべれないのは自慢じゃあないが俺一人。デーラー達にとっては≪手の掛かる存在≫に違いない。勝負に強くもなく、ただ一人の日本人だから、目立つに決まっている。名前だって覚えない方がおかしい。 


カジノ#12853;

 事実、私がカジノに行くとデーラー達はニコニコしながら一つ覚えのように「ヤマーダサン、オゲンキデスカ」と声を掛け、ある時期からゲームの要領を教えてくれたりもした。それを見ている白人や黒人、その≪中間≫のお客達もフランクで、いつしか言葉が分からなくてもお友達に。レストランやプール、ボウリング場でも声を掛け合うようになった。



プール

 カジノは、洋上ではフリーに営業するが、港に停泊中はクローズになることが多い。寄港地の国や州でカジノが禁止されている所は営業できないのだ。ギャンブルとは関係ないが、7階の廊下の両側にずらりと並ぶ免税店も、接岸中はシャッターを下ろすのである。


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世界のリゾート地

マイアミ海5

 えもいわれぬエメラルドグリーンの海と背を分けるように大きな弓状に水平線まで延びる白浜。その広い白浜を挟んで海の反対側に何本も林立するビル。ホテルだろうかマンションだろうか。それともコンドミニアムか。その間に間に高い椰子の木が。ハリウッドのマフィア映画にでも出てきそうな広い屋敷の豪邸も見える。まるで絵葉書のような光景だ。

マイアミ4


 ここなら半袖のカラフルなシャツにサングラス、スーツなら薄手の白が似合いそうだ。弓状の浜辺は、私たち関東の人間が湘南や伊豆の海岸で見るそれとは大違い。真っ白く、どこまでも伸び、その白さと空の青さ、海のエメラルド色が見事なコントラストを見せていた。ハワイのワイキキもいいが、スケールはそんなものではない。

マイマミ2


 船からは一人一人のナイスバディーは見えないが、恐らく想像に難くないだろう。水平線まで続く白い浜辺では、表情こそ見えないものの沢山の人達が太陽に裸をさらし、のんびりと夏のバカンスを楽しんでいた。静かに大西洋の沖に向かう船から飛び降りて、ナイスバディーがいっぱいだろう、その白浜に行ってみたい衝動に駆られた。




 私たちは海に近い空港に降り、そこから程近いホテルに一泊、そのまま船に乗ってしまったからマイアミの街そのものはつぶさに見ることが出来なかった。しかし、ここはハワイと共に世界のリゾート地。ハワイをしのぐとも言われている。ハワイでもそう思ったが、こんな所で第二の人生を過ごせたらなあ~と、儚い夢が頭をよぎったりもした。


マイアミ5

 日本人にとってはマイアミよりハワイのほうが身近なリゾート地なのだろう。ハワイは成田からは、ざっと6,000キロ、空路8時間足らずの距離。それに比べマイアミは、少なくとも時間、距離共にその倍近くあるだろう。現に私たちはハワイからロス・アンゼルス経由で10時間以上かかった。日本の飛行機と違ってサービスが悪いノースウエスト機での10時間は、乗換えがあったにせよ、いささかうんざりしたものだ。




 マイアミの浜辺はどうであったか分からないが、帰りに再びワイキキに寄ってみると、いるいる。白人達と比べると一回りも、ふた回りも小さいが、ナイスバディーの日本の若者達が大はしゃぎで波に戯れていた。大西洋のマイアミからパナマ運河を経て太平洋を北上、ロス・アンゼルスまで15日間のクルージングを終えてホノルルに戻ったのは5月3日。日本のゴールデンウイークの真っ只中だから無理もない。日本、いや山梨はこの頃からずっと雨だったらしいが、ワイキキの空はいつものように抜けるような青さだった。


ハワイ

 ワイキキと並ぶハワイの観光スポットといえば、アラモアナショッピングセンター。ここにも日本人はいた。私は日本でもそうだが、女房のショッピングのお供は、まっぴら御免こうむっている。どうして女というヤツは、こんな表現をしたら世の女性からお叱りを受けるかもしれないが、買い物となるとこんなにも嬉々とするのか。この歳になってもまだ分からない。




 「お父さん、嫌なら、そこで待っていてね」


 お世辞にも普段、それほど機敏に動くでもない女房が目を輝かせて飛び回るのだ。


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エメラルドの海

マイアミ海2   

 やがては紺碧の海に変わるのだが、マイアミの海はエメラルド色だった。エメラルドグリーンといった方がいいかもしれない。4月19日午後4時、ざっと2,500人の乗客と1,000人を超す乗員スタッフを乗せた豪華客船「NORWEGIAN」は、動いていることすら分からないほど静かにマイアミの港を出港、15日間のクルウジングのスタートを切った。





 さすが北アメリカの南端、午後4時といっても日差しは強い。しかし焼き付けるような暑さではなく、全く爽やかだ。涼しい風と混じって心地いい。表現の仕様がないほど美しいエメラルドグリーンの海に、デッキに出ていた乗客は一様に歓声を上げた。隣にいた女房も同じように感激したのだろう。


マイアミ海  


 「お父さん、綺麗だね。こんな海、見たことないよね。写真撮ってよ。写真・・・」



 まるで子供のようにはしゃいだ。私は、そのエメラルドグリーンの海をどこを見るともなく真っ直ぐ眺めながら、女房との新婚旅行、南紀白浜の海を思い出していた。その時も、これほど見事なエメラルドグリーンではなかったものの、その素晴らしさに感動したものだ。




 私が28歳、女房が26歳。もう38年、いわば40年も前のことだ。昭和45年1月。この頃、日本列島の真ん中・山梨からの新婚旅行といえば、この南紀白浜あたりがせいぜい。思い切って足を伸ばしたとしても九州・宮崎くらいだったのだろう。それから間もなくハワイ、グアム、そしてアメリカの西海岸、東海岸、ヨーロッパと日本人新婚旅行のエリアは世界に広がっていくのだが、その時分は海の向こうなど思いもよらなかった。



マイアミ海4  

 大学を出て社会人となったのは昭和40年。通勤の足といえば50ccのバイク。仕事の足も同じだった。中古のマイカーを持てたのはそれから数年後のことである。昭和45年といえば、今の天皇が美智子さまとご成婚されてちょう10年。東京五輪を経てわが国は高度成長路線を走り、3C(カー、クーラー、カラーテレビ)などという言葉が生まれた時代だった。





 新婚旅行の足は女房が花嫁道具の一つとして持って来たマークⅡ。 富士・河口湖に一泊、その足で山中湖から籠坂峠を越えて東名高速に乗り、京都、大阪、南紀へと向かったのである。エメラルドグリーンの海は、ドライブ中に見た、恐らく白浜か勝浦あたりの太平洋だ。その海は私たちがこれからパナマ運河を経て、やがて見る中南米の海と繋がっていたと思うと感慨深い。やや傾きかけた冬の柔らかい日差しに照らされて、きらきら輝くエメラルドの海が40年経った今も瞼の奥に鮮明に焼きついている。


マイアミ海7

 「お父さん、ダメじゃない。早く写真撮ってよ」


 同じように見たはずだが、40年も前の南紀の海や、まして新婚旅行のことなどみんな忘れてしまっているのだろう。女というヤツは現実的で、およそロマンなどというものは持ち合わせていないのだ。ただ目の前のものだけを見てはしゃぐ女房の声を聞くともなく聞きながらそんな事を思った。


マイアミ海6

 「早く、早く・・・」。振り向いて見た女房の顔は丸々太り、ウエストも大きなお尻とほぼ同じだった。そういう自分も出っ張ったお腹をデッキの手すりに引っ掛けていた。


マイアミ   

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出会いの不思議

プール  

 「はじめまして・・しおんです。素敵なところにお住まいですね。私はスキーの指導員をしていたので未だに山を見ると滑りたくなります。毎年、元旦はフジテンスノーリゾートで富士山を見ながら初すべりです。昔、スポーツブランド商社だったので私もアメリカのコロラドのロッキーの山の中(VAIL)に2年住んでいました。(後略)」


 

 人の出会いとは不思議なものだ、とつくづく思った。これはブログでお知り合いになった「しおん」さんから頂いたコメントだが、そのちょうど前日、米・コロラド州のコロラドスプリングのご婦人から山梨の私の自宅に一本の電話を頂いていた。

 
出会いの不思議3


 このご婦人は女房と二人して加わった大西洋―パナマ―太平洋クルーズ中に知り合った3組の夫婦連れグループの一人である。3組ともご主人はアメリカ人。ご夫人達はいずれも日本人だった。座間の米軍キャンプなどで知り合って結婚、アメリカに渡って、もう4~50年の歳月が経つという。


出会いの不思議2  
 「ジャパニーズ?」


 船の13階のプール脇にあるオープンの展望サロンで、何やら英語で話していた夫婦連れに話しかけたら、3組のご夫人達は一斉に私の方を向いた。そのうちの一番若そうなご婦人が口を開いた。


 「あなた、日本人?奥さんと二人だけで来たの?元気いいわねえ。この船、2,500人以上お客さん乗ってるけど、日本人誰もいないよね。あなた方、度胸いいわ」


出会いの不思議5

 神奈川県の町田市出身だというこの奥さんは72歳で、まるで江戸っ子のような口調で話す。カイゼル髭を蓄えたご主人が兵役の後、警察幹部を経て、今は悠々自適の年金生活であること、3人のご婦人が町のスポーツジムで知り合い、家族くるみの付き合いをしていること、標高が高くて雪が多く、日本からのスキーヤーも多いコロラドスプリングのことなどを話してくれた。


出会いの不思議4

 この奥さんによると、兵役が志願制度のアメリカでは兵隊さんへの待遇は恵まれているようで、この人のご主人は現在、50万ドル以上の年金をもらっている。20年以上の兵役をした人たちは医療費もタダ。中にはベトナム戦争に行ったというご主人もいたが、この人達には年金額がさらに上乗せされる仕組みになっているのだという。




 アメリカはいうまでもなく不況の最中。こうした高待遇を当て込んで、兵役志願の若者達も増えているのだそうだ。オバマ大統領のイラク撤退とアフガンへの軍の増派政策。その裏側での若者志向の一端を見た思いだった。コロラドに住んだ、という「しおん」さんのコメントはひょんな所で私たち夫婦のアメリカ弥次喜多道中に結びついた。



不思議な出会い2


 洋上で出会ったコロラドの人達ご夫婦の、ご主人達はいずれも在日経験があるせいか、みんな親日的だった。もちろん日本語は話せない。でも、私の継ぎ足しとも言える英語に一生懸命答えようとしてくれた。日本人の奥さんとの間に生まれた子供、そして何人ものお孫さんもいる。家庭では日本語が消えたという。私たちと久しぶりに聞く日本語がたまらなく懐かしそうだった。 

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お土産のチョコ

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 旅に出て何時も迷うのが土産選び。それが国内であろうが、外国であろうが同じ。親しい友やご近所の人たちの顔が浮かぶ。性別も違えば、年齢も違う。もちろん、嗜好や趣味も異なる人たちへの土産。迷わない方がおかしい。




 洋の東西を問わず、お土産物屋さんには「これでもか」と言うほどの商品が並ぶ。むろん、売る側からすれは、そこを訪れる客筋を見ながらの商品陳列であることは言うまでもない。一方、お客の側からすれば、だからこそ、迷うのだ。よく考えたら、単なる目移りだけではない。何時も財布の中身と相談しているのである。


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 向こう3軒両隣。旅行など家を空ける時には、必ず声を掛けて出掛ける。野良猫とはいえ、棲み着いてしまった3匹もいる。その世話だってお願いしなければならない。麻雀仲間もいれば、酒飲みの友もいる。そのお一人、お一人の顔が浮かぶのだ。麻雀仲間には、面子が揃わず困っているかな、そんな心配も。




 え~い、面倒だ、などと言ったら叱られるが、正直言って、そんな気持ちになり、まとめ買いのチョコレートやTシャツに。最終的には無難の選択肢に落ち着くのである。外国で日本人のツアー客が歩くコースは大同小異。立ち寄る、と言うより、旅行会社に連れて行かれるお土産物屋さんも同じ。お店側もその辺を心得ていて、日本語で語りかけ、買い物を誘導する。普段の買い物習慣から日本人は物の値段を“こぎる”事をしないからお店側も楽だろう。



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 まずチョコレート。アーモンド入りもあれば、クリームが入っているものも。味だってその国、地方によって微妙に違う。だからお土産。私は、なぜか、ハワイのチョコレートが好き。甘みがなんとなく柔らかい感じがするのだ。とにかく、チョコレートは大人にも子どもにも、男性にも女性にもあう。




 一方のTシャツ。これも結構、ポピュラーな土産の一つ。ただサイズは考えなければならない。当たり前だが、体の大きさはみんな違う。M。L。LL。贈る相手の顔だけでなく体格好まで考えなければならないのだ。MとかL.万国共通なのか。我が国でお目に掛かるサイズと一緒ならいいのだが、それが違っていたら…。欧米人に比べて体が小さい日本人。知識のない私のような人間は、そんなところまで気を回さなければならないのである。



 「お父さんねえ、お土産、日本にいて何処の国のものでも買えるんだってよ」


 「バカ、お前、今頃、知ったのか。そんな仕組み、とっくからあるんだよ。政治家のように選挙目当てに大量の土産を用意しなければならない人たちにとっては便利さ。商売人だって、そこを見逃す筈は無いじゃあないか。便利は便利さ。でもオレ達はそれをしたくないね」


 「そうだよねえ。誠意が無いもんねえ…」


 「土産というのは、その額の大小ではなく、誠意の印なんだよ」


 土産物とは不可解なもの。その国で造られていると思いきや…。生産、製造がとんでもない所の国だったりする。「メイド イン チャイナ」。いっぱいだ。

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飛行機のサービス

飛行機


 「お父さん、ビジネスクラスって、ゆったりしていていいわね」


 我が女房、年甲斐もなく、無邪気に、こんなことを言う。飛行機に搭乗する時、大半を占めるエコノミーの乗客はビジネスクラスのエリアを通って座席に着く。そのエリアが飛行機の前方にあるのだから仕方がない。しかも、搭乗の順番もビジネスクラスが優先。



 女房がひがんで?見せるのも無理もない。エコノミークラスとビジネスクラスは“月とスッポン”とまでは行かないまでも、明らかに違う。狭い座席シートに押し込められて見れば、誰だって実感する。亭主の私だって同じ気持ちだが、そこは、その…。所詮、対価を支払っていないのだから仕方がない。


アリタリア



 今度の旅で乗った飛行機はアリタリアン航空。イタリアの航空会社だ。ズバリ言わせていただければ、サービスが悪い。日本の航空会社・日航や全日空とすぐ比較してしまうのだが、言い出しついでに言わせていただければ、機内でのキャビン・アテンダントの立ち振る舞いだ。食事など中味の良し悪しは、それぞれが支払う航空運賃との絡みなので仕方がない。自らが覚悟すべきことで、文句を付ける筋合いではない。


 

 成田からローマへの直行便。行きも帰りも13時間前後を要する。二度の食事と飲み物のサービスが。アテンダントは狭い通路を二人一組、食事や飲み物を積んだコンテナを引いてやって来るのだが、「お前、手を出せよ」と言わんばかり。しかも、私語を聞きながらの作業だから、ミスも起きる。お膳(食事セット)をひっくり返したり、つまんで渡すパンを落とすのも平気。そんな時にも私語は続き、ミスを詫びる素振りもないのである。




 「ビア-?」(ビールはありますか)に対しても「ノン」の一言。言葉や習慣の違いと言ってしまえば、それまでだが、なんとも素っ気ない。日本語なら、日本人なら、「ノー」の後に「ごめんなさい」とか「すみません」(イクス キューズ ミー)の一言がつく。その二人のアテンダントは、体の大きいオジサンとオバサン。愛嬌など微塵もない。いかにも“客室乗務員”だ。


ビール



 日本の航空会社なら私語を聞きながらの機内サービスなど、およそ考えられないだろうし、もし、そんなことをしたら飛行機から降ろされてしまうに違いない。今は「スチュワーデス」という言葉が使われなくなったが、日本人の頭の中には優れたスチュワーデスのイメージが定着している。笑顔や言葉を中心とした立ち振る舞いなどが、しっかり教育されていた。少なくとも欧米に通ずる語学だって堪能。だから若い女性達にとっては、あこがれの職業であり、ステータスでもあった。




 日本の空から「スチュワーデス」という言葉が消えて、もう何年も経つ。あの「ジェンダーフリー」とか言うなんとも教条的なヤツのせいだろうが、「客室乗務員」などという味もソッペも無い言葉に置き換えるより、オジサン達は「スチュワーデス」のイメージでいて欲しいと思うのだ。そうすればエコノミークラスに乗らなければならない人間だって空の旅が楽しくなる筈である。


※再掲載=「クルーズ船の旅」シリーズ」


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 職場を離れた後は«農業もどき»で頑張っています。傍ら、人権擁護委員やロータリー、ユネスコなどの活動も。農業は«もどき»とはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定もします。でも高い所が怖くなりました。
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