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消防団の≪留守≫

  防災訓練3


 「地区の皆様にお知らせします。今日、明日の二日間、消防団が旅行のため地区を離れます。火事を起こさないよう特段の注意をお願いいたします」
防災無線から、こんなアナウンスが流れた。この時季の≪恒例≫と言ってもいい放送である。この地域の防災や安全を担う消防団は、多くが果樹農業の若き担い手。ブドウの収穫にメドを付けた消防団は、この時期、一泊二日の慰安旅行をするのだ。万一の場合に対処しなければならない消防団だって≪人の子≫。年に一度の息抜きのひと時である。





 消防団は、言わずと知れた民間部隊。いわゆる有志による任意の組織である。もちろん、これとは別に自治体が受け持つ「自治体消防」がある。消防団が法被組とすれば、こちらはれっきとした制服組。厳密に言えば、火事現場における「指揮権」など、この二つは根本的に異なる。




 県下に先駆けて自治体消防が出来た甲府地区の場合、当初は、両者が火事現場で、しばしばトラブルを起こした。法被組の消防団は地元部隊がゆえに現場への到着が早い。当然、放水を始める。一歩遅れた自治体消防は放水の指揮権を主張して法被組とぶつかるのだ。消火栓の整備の遅れもあって放水の調整は消火の効率化の観点から無視できないことも確か。


防災訓練2


 そんな過渡期を経ながらも自治体消防の確立によって都市部においては制服組に消火・消防業務が委ねられ、法被組はどんどん姿を消したのである。しかし、地方は今でもちょっと違う。人口や世帯の密度は大きく違い、そればかりでなく山付きの集落をも抱えるので、自治体消防は物理的にも財政的にも«小回り»が利かないのだ。勢い、地域で編成された消防団、いわゆる法被組に業務を委ねざるを得ない。委ねるというより«頼る»と言った方がいいかも知れない。




 この地方の場合、山梨、甲州の両市が一部事務組合方式で広域の自治体消防を持ち、地域の消防団と力を合わせながら、任務にあたっている。広域消防本部は地域の消防団、つまり«法被組»には頭が上がらない。裏を返せば、法被組の協力なくして広域的な地域の万一の場合に対処できないのである。行政と民間の協調体制は、どうにかうまくいっている。


防災訓練4


 しかし、肝心の消防団はどの地域も押しなべて、団員の数を減らし、地域によっては存続の危機にさらされている所も少なくない。ただでも減少する人口形態に加えて、若者たちの都市部への流出。本音で言えば、消防団という従来型の組織活動に拒否反応を示す若者だっていないでもない。


防災訓練


 そこで、この地区が考え出したのが「消防協力隊」。地域にいる人たちが75歳までみんなで務める仕組みだ。«区行政»の先頭に立たなければならない区長の下で区長代理(副区長)を本部長とした組織を作った。多くが日中も地元にいる農業従事者である。参謀は各地区の組長。「自分たちの地域は自らで守ろう」。協力隊の法被も作った。約40人のオジサンたちは6つの班に分かれて毎月一度、現役消防団の指導で消防車の操法や放水訓練も欠かさない。それが一朝有事の場合の対処策なのだ。




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教師とお医者さん

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 「先生」。森昌子のヒット曲ではない。政治家、作家、演出家、作曲家、作詞家、建築家、落語家…。世間ではおよそ○○家と呼ばれる方々を「先生」とお呼びする。タレントさんや歌手、役者さんだって、ある程度の名声を築けば、これまた「先生」。世の中に「先生」は、あっちこっちに溢れている。藪睨み癖の田舎オヤジに言わせれば、「先生」は、ちょっと言葉を変えて気軽に使う敬語のようなものかも知れない。




 人間、一生のうちで必ず、または何らかの形でお世話になるのが学校の先生とお医者さん。この両者は誰しもが躊躇することなく「先生」と呼ぶ。学校の先生は人間が成長する過程で最も大切な教育・教養を授けてくれる人。片やお医者さんは、時として命まで預けなければならない人だ。多くの人が、この両者には逆らうことをしないのも確か。




 両者の違いは、それなりに定められた教材の有り無し。学校の先生には教えるべき教科書があるが、医者には当然のことながら、それがない。決定的なのは、医者は患者が相手を選ぶことが出来るが、学校の先生は、教えてもらう子供たちに選ぶ権利が与えられていない。良くも悪くも担任は一方的だ。人の一生に関わること、と難しく考えれば、子供たちにとっては「当たり」、「外れ」があるのかも知れない。




 75歳を過ぎ、後期高齢者と言われるようになったオジサンたちには、学校の先生には全く縁がなくなった。その代わり、お医者さんとの縁は増えるばかり。肩、腰や心臓などの循環器…。体のあちこちに故障が目立ち、お医者さんに行く回数がだんだん増えてきた。




 待合室で自らの診察を待ちながら、「まだか、まだか」と思う一方で「お医者さんのご苦労」も実感する。毎朝、決まった時間に診察を始め、昼食は午後の1時、2時は当たり前。待ち時間の長さに辟易としながらも、そのご苦労に頭が下がる思いもするのだ。


先生


 ひとたび、急患が現れれば、夜の夜中でも病院に駆け付けなければならないだろうし、そのためには晩酌も酒宴のお酒だって節制しなければならない。救急患者を前にお酒臭い息を吐きながらメスを握ることはむろん、患者と向き合うことすら出来まい。オジサンのようなお酒一つ節制できないズボラ人間には到底務まらない職業だ。




 一方、学校の先生。モンスターピアレントとか呼ばれるお父さん、お母さんはどんどん増え、教師を震え上がらせる。ひとたび、ゲンコツの一つもくれようものなら、やれ、パワハラだのと、かしましい。モンスターピアレントは学校に留まらず、教育委員会にまで飛び込んで、コトを増幅させもする。その反動が怖い。親身になって叱ることすらしない先生が増えることは火を見るより明らかだろう。オジサンたちが子供の頃は、学校で先生にゲンコツをもらったことを親に話でもしたら「お前が悪いからだ」と、またゲンコツ。




 でも、総じて先生はいい。同窓会であれ、同級会であれ、先生は必ず招待され、そこでは「おいコレ」、「おい○○」が通用する。教え子が60、70の歳を重ねていてもだ。教師はいつまで経っても先生。ひるがえって他の職業では、ひとたび職場を去れば、教師(元)のように絶対にお呼びはかからない。やっぱり、教師は≪聖職≫なのか?





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ハラスメント

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 「オジサン、女の子の体、障ったでしょう。それ、セクハラだよ」


 小学校5年生の女の子が目をむいて噛みついてきた。甲府市も中心部に近い愛宕山の一角にある県立少年自然の家のキャンプ場での出来事。8月も始まったばかりの暑い日のことであった。暑いというより、「猛暑」と言った方がいい。




 山梨ユネスコ協会とユネスコみどりの会が野外の共同生活を通じて子供たちの相互理解と、交際理解を図ってもらおうと50年以上、毎年欠かさず開いている恒例行事。場所こそ違え、山梨市を中心に思い思いに参加した小学校高学年の子供たちが、交流する場である。




 指導者は主催の両組織のメンバーと、それを補助するカウンセラー役の高校生。主催者の構成メンバーはなぜか教育者のOBが多い。開催場所の選定はむろん、プログラムや万一の場合の救急医療体制など5月ごろから会議をもって準備を整える。


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 この日の猛暑は半端ではなかった。主催者はウオーキングなどを伴う野外プログラムを変更、同キャンプ場に近い科学センターに設けられたプラネタリュームの観賞に切り替えるなど緊急措置を取った。それでも熱中症と思える症状を訴える子が出た。




 「私、吐きそう」


 小学5年生の女の子が、それは気持ち悪そうに訴えた。「熱中症だ」と直感した指導者は、すぐさま病院への手配をする一方、近くにあった椅子を並べて寝かせ、背中をなぜてやったのだ。


 「吐きたかったら、吐いてもいいんだよ」




 口の近くにビニール袋を用意して、背中をなぜてやった。セクハラ騒ぎは、そこでの出来事。「大丈夫か?…。大丈夫だよ。すぐお医者さんに連れて行ってあげるからね」。そんな賢明な応急措置をするオジサンたちを前に「セクハラ」を指摘する女の子は、何もしようとせず、ただ、ののしるだけ。険悪なムードすら感じさせた。




 嫌な世の中になったものだ。もしその少女が指摘する「セクハラ」が相当するとすれば、苦しむ孫娘のような子供の背中一つさすってやれないことになる。今度の事象をムキになって考えようとは思わないが、世の中全般に過敏になり過ぎていないか。ひと頃、テレビのチャンネルをひねれば、やれセクハラだの、パワハラだのと、「いい加減にしたら…」と、言いたくなるような番組がいっぱい。




 番組に呼ばれるコメンテーターの評論家先生たちは、誰もがもっともらしく解説し、番組は矢面に立たされた人を«追い込む»まで執拗に繰り返す。そんな光景を目にすれば、大人のみならず、子供だって影響されるに決まっている。現代人は、ひと頃のように「あら?エッチねえ…」とか、「いい加減にしたら…」といった≪寛容な心≫をなくしてしまったのか。




 セクハラ、パワハラ…。世の中にハラスメントと称する行為?は41種類もあるのだそうだ。その前提条件は対象になった人が「不快と感じたら」成立するのだとか。お互いを許し合えない。全く、嫌な世の中になったもんだ。人間、もっと大らかだったはずなのに…。




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季節の移ろいと狂った?地球

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 長い間、日本列島周辺に居座ったり、弱まったりしている秋雨前線。ぐずつき模様の天気の合間に秋空が。季節の移ろいは正直だ。猛暑、猛暑と言って日本列島のみんなが額の汗をぬぐい、みんなで泣き言を言っていた、ついこの間がウソのよう。朝晩はむろん、日中の気温も、どんどん下がり、寝具もタオルケットから薄手とは言え、ダウンに変わった。




 畑や道端には赤やピンクのコスモスが花開き、上空には赤とんぼが。アブラゼミはむろん、ミンミンゼミやヒグラシの鳴き声は止んで、陽が落ちれば鈴虫などの虫の音が聞こえ始めた。いやが上にも秋の到来を実感させられる。


コスモス


 果樹地帯を標榜する農家は、ブドウの収穫にラストスパート。巨峰、ピオーネなどの従来種に変わって登場した人気品種のシャインマスカットが好調で、生産農家の表情は明るい。幸い、甲府盆地は大きな台風被害を免れ、農家は胸をなでおろしているのだ。


葡萄9月


 あとひと月もすれば、畑の柿やリンゴも実り、庭先のザクロやイチジクも食べられるようになる。ニワウメは既に終わった。カリンがボツボツ黄色くなり始めた。人間は、暑いだの、寒いだのと文句タラタラで一年を過ごすが、自然界は黙々とその姿を変え、知らぬ間に装いを変えていく。窓越しに見える富士山に初冠雪を見るのも、そう先ではあるまい。


富士山


 今年の日本列島は、誰が考えても異常だ。梅雨が一か月も早く上がったと思ったら、猛暑、猛暑の連続。その合間を縫って相次ぐ台風の到来。西日本を中心に集中豪雨をもたらし、そのショックが冷めやらない所へ、北海道では大地震が。




 びっくりしたのは台風のコースが例を見ない≪逆さ回り≫をしたことだ。日本列島を直撃する、しないは別に南太平洋で発生して北上、途中で進路を変える台風は、西から東へと進むものだと思っていた。しかし、太平洋上で迂回、列島に上陸して東から西へと旋回したのである。8月中に21個もの台風が発生した年も珍しい。西日本一帯での集中豪雨、北海道での地震被害。東北では先に地震と津波による甚大な被害を受けた。何とか被害を免れている列島のど真ん中・関東、東海地方。その«静けさ»が不気味でもある。




 台風や集中豪雨、地震など自然界の異変には、理屈好きの人間どもも悔しいかな手も足も出ない。そんな自然界の下で、やれパワハラだの、セクハラだのと、チマチマ騒いでいる。「失言」という名の≪揚げ足取り≫も後を絶たない。自然界から見れば、「人間、小さい、小さい」。メディアに携わっていらっしゃる皆さんは、どうお考えか?…。




 ひと頃、テレビのチャンネルを回せば、どこも競うようにスポーツ界のハラスメント問題を取り上げていた。大相撲やアメフトから始まり、レスリングやボクシング、体操…。軒並み俎上に挙げる。そこで解説する評論家先生たちは、決まって、もっともらしいことを言い、番組司会者は「これほど国民的にも大きくなった問題を…」とやる。




 問題を煽り、大きくしているのは自分たちであるはずなのに。テレビを点けてウンザリしているのは、ひねくれ者のオジサンばかりか?自然界の猛威や仕業に手も足も出ない人間。もっともらしい後追い理屈の評論家先生を自然界は、あざ笑っているに違いない。




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孫の幼稚園と敬老の日

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 「お父さん、今日はチビちゃんの幼稚園に行く日ですよ。チビちゃんたちが敬老の日を祝ってくれるんだって…」




 74歳なる女房は朝からソワソワ。普段は面倒臭がり屋の私だって、まんざらでもない。二人は孫娘とママを乗せて甲府市酒折町にある幼稚園へ。親バカならぬ爺バカ、婆バカが可愛らしい孫の手を引いて次から次へと。幼稚園の構内には、恐らくいつもとは違った活気と賑わいが醸し出されていた。




 ママや爺婆まで従えた孫娘は、ちょっぴりはにかみながらも元気いっぱい。園舎の前の広場で、はしゃいでいたチビッ子たちは幼いながらも≪勝手知ったる我が家≫とばかり爺婆の手を引いて年長組、年中組、年少組に分かれて教室へ。壁には子供たちが描いたいかにも愛らしい絵がいっぱい。床には園児用のちっちゃな椅子が半円形に並んでいた。半円が空いた片隅には大きなピアノが。我が家の孫娘は5歳。年中さんだ。


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 「今日はお爺ちゃんや、おばあちゃんに元気な、みんなを見てもらおうね」




 20代後半と思しき女性教師が「♪大きなクリの木の下で」をピアノ伴奏を交えて子供たちの遊戯をリードしたり、お爺ちゃんやお婆ちゃん相手の「じゃんけんゲーム」などを見事に誘導していく。

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 遊戯は10時から11時までの1時間。ざっと10のプログラムにお爺ちゃんお婆ちゃんは目を細めて大喜び。目に入れても痛くない孫の演技に拍手喝さい。自らも孫と一緒の遊戯を童心に帰って楽しんだ。この幼稚園は私立大学の付属幼稚園。大学生も応援に駆けつけて先生の≪補助役≫を務めていた。




 「待機児童」が社会問題化している東京など都市部をよそに山梨では、園児集めに躍起。山梨と言うより日本の地方と言った方がいいかも知れない。ただでも進む人口減に加えて、若者の都市への流失。どの幼稚園、保育園も「人集め」に腐心。行政管轄下の保育園はともかく、私立の施設には≪食うか食われるか≫の死活が懸かっているのだ。




 広範囲に園児バスを運行しての、子供達の送り迎えは当たり前。年に何回かは対象児の父母を招いての説明会で特徴をアピールしたり、運動会や学芸会、給食会などにも親を招待して親子交流を図るなどあの手この手。親に留まらず、爺婆まで配慮しての「敬老行事」も、その一つ。一義的には子供たちに敬老精神を養うのが狙いであることは言うまでもない。


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 そんな努力も実らず、閉園に追い込まれる幼稚園も珍しくない。全体のパイが小さくなるのだから、言葉は悪いが、子供の奪い合いは当然。「地方創生」。政治家先生はよくこの言葉を口にする。しかし具体策を示さず、≪口だけ≫。その間に都市と地方の格差は広がり、肥大化して様々な問題点を露呈する都市部の一方で、地方はどんどん疲弊していく。




 「日本列島改造論」の田中角栄が、今となっては恨めしい。石原慎太郎が書いた「天才」など田中政治を見直す著書が目立ち、売れているのも、はっきり言って頷ける。石原は現役の衆院議員時代、「青嵐会」をリード、田中政治を真っ向から批判した人物だ。あの「ロッキード事件」がなかったら、日本列島に地方創生の≪ブルドーザー≫が動いたかもしれない。




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平等なのは「時間」だけ?

  空


 「唯一、本当の意味で平等なのは時間だけとちがうかな」(「ナニワ金融道」青木雄二=1945-2003=漫画家)




 毎朝読む新聞(山梨日日)の1面の片隅に「今日の言葉」という欄があって、その3面に識者が書いた≪解説≫が載っている。青木雄二の「今日の言葉」は数日前の掲載だが、その解説を小説家の阿川大樹は、こう綴っている。




 「生まれながらに与えられたものも、生きているうちに得られるものも、決して平等ではない。そんなのは不公平だと憤っても、平等なものに変えることなど誰も出来ない。幸福な人にも不幸な人にも時間は同じように与えられ、同じように流れている。そして、その時間をどう使うかを決める自由がすべての人に平等に与えられている。どんな境遇にあろうと、それぞれ瞬間を生きて、それを続けなければならないことに変わりはない」



 確かにそうだ。「人間、みんな平等だ」とか「平等でなければいかん」と叫んでみたところで、所詮はしょうがない。阿川が言うように、唯一与えられた「平等の時間」をどう使うかだ。考えてみれば、この「平等に与えられた時間」だって人間、一生というスパンで考えれば、これまた違う。100歳を超えるまで長生きする人もいれば、若くして命を落とす人もいる。せんじ詰めれば、この世の中に「平等」などと言うものはない、と言ってもいい。




 先日、親しい友が逝った。私より2つ下の74歳だった。ユネスコ活動を通じた50数年来の友であった。そんな仲間が9組。今でも毎月1回、奥さんを同伴で食事会を開き、飲食を共にしながら交友を温めている。




 突然、といってもいい別れだった。彼は行政マンで、最後は山梨県庁の局長まで上り詰めた努力家。定年退職後は家業でもある桃、ブドウなど果樹栽培に熱心に取り組んでいた。




 「オレねえ。肺癌だって。レベルは2~3。薬剤師の娘の勧めで、当面はサプリによる治療をするつもりさ…」




 ショックを隠して半ばアッケラカーンと話した。7月5日の食事会の席でのこと。それから20日後、心臓の具合が悪くなり、突然、入院。病院に見舞うと「体調を整えて、心臓の細くなった血管にバルーンを入れる手術をするのだそうだ」と、酸素マスクを外して、こともなげに言った。あとで考えれば、いい顔を見せたかったのかも知れない。病室がナースセンターの脇だったことも気になった。




 まさかの訃報が届いたのはそれから20日足らず。入院から、ちょうど1か月目の8月25日。死因は心不全だった。自宅に弔問に駆け付けた時、冷たくなった友は、むろん何も言わなかった。狐につままれたような友の突然の死は、今も信じることが出来ない。




 9月5日。定例の食事会。冒頭、みんなで黙祷を捧げ、あっけない別れを改めて惜しんだ。幹事役の私は、生前の交遊に涙ながらお礼の言葉を述べた奥さんに、また、同席の皆に「あの世に言った人間は二度とこの世に戻らない。今を生きる仲間たちが元気で精いっぱい頑張ることが大事だ」と言った。人間に与えられた時間も、やっぱり平等ではない。




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ホームレスは不労者

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 子どもの頃、しばしば、浮浪者がやって来た。当時、この辺りは今のような果樹地帯の形成には程遠く、米麦養蚕の貧しい農村地帯だった。そんな農業形態は戦後の昭和20年代はおろか、30年代後半の高度経済成長の足音が聞こえて来る頃まで続くのである。米麦は供出制度があり、養蚕が大切な現金収入の手段、といった時代であった。ちょっと注釈をつけるとすれば、その養蚕の衰退が果樹への転換の引き金となり、今の果樹王国の形成を導いた。日本の養蚕の衰退、消滅は安い韓国産生糸の出現だったことは誰でも知っている。




 浮浪者のことを、この辺りの人たちは「お乞食(おこんじき)」と呼んだ。子供心にもいかにもぴったりの言葉だと思った。汚い身なりで、物乞いをして歩くからだ。服ともいえないボロボロの布をまとい、日焼けした浅黒い顔は、剃刀なんか何日も当てないから、髭ボウボウ。お碗片手におこぼれに預かりそうな家を回るのだ。その風体こそ違うが、歳末、僧侶が修行の一環で行なう「托鉢」に似ている。そんな托鉢を例えにすると坊さんに叱られるが、なにしろ「お乞食」「浮浪者」という言葉がぴったりだった。


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 世の中全体、戦後の貧しい時代だから、子ども達だって、今のような恵まれた身なりや食生活をしていたわけではない。貧しい農家の経済がそうさせたのである。でも親達は無し無しのお金をお碗に入れてやり、お米をも持たせた。そんなうしろ姿を見たのか、子供たちも、これこそ無し無しの小遣いの中からニ円、三円と恵むことを覚えた。ウキウキと心を弾ませて行く祭りのお小遣いが30円、40円の時代である。




 ところが、ある時、その「お乞食」の本領を見透かしてしまうような出来事に出っくわした。学校からの帰り道、川べりの林で仲間と道草を食っている時のことだ。物乞いをしていた「お乞食」がそれまで着ていたボロボロの服を小奇麗なスーツと着替え、それを風呂敷に包み、颯爽と自転車で立ち去るではないか。髭はそのままだが、髪には丁寧にクシを入れているのだ。子供心にも「この詐欺野郎め」と思ったものだ。




 それからうん十年。わが国は経済大国と言われるようになった。よく考えるとホームレスはいるが、物乞いをする「お乞食」はいなくなった。そのホームレスの一人とワンカップの冷酒を飲みながら話した。東京・隅田川の川っ淵に自ら設けたダンボールやビニールシートの小屋を根城にする浮浪者だ。たまたまかもしれないが、出合ったホームレスは脱サラ男。「堅苦しい会社勤めが嫌になった」という50男だった。「俺たちゃあ、何不自由なく暮らしている。決して強がりなんかじゃあねえ」と言い「自由が財産だ」とも言った。


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 このホームレスは「みんな自分自分。他人のことは分からねえが、大なり小なり、みんな同じだと思うよ」とも言う。子どもの頃、出合った「お乞食」と今の「ホームレス」。呼び名こそ違うが、共通した言葉に置き換えるとしたら「不労者」。これこそまさにぴったりの言葉だ。文化人とか評論家と呼ばれる人たちは、もっともらしく政治の貧困だとか、社会構造の欠陥を指摘する。でも何の事はない。平和ボケ日本の落とし子なのではないのか。分かり易く言えば、仕事嫌いの「不労者」だ。




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宝の山

 そう言えばホームレスが集団で歩いている所なんか見たことがない。東京・隅田川の川っ淵で知り合ったホームレス男が言うように、それが習性のようにみんな一人で行動している。昭和30年代、東京の上野に近い「山谷」に集まって暴動を起こした労務者とは違う。その暴動は、職を求めての一揆だった。 



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 「どうしてかって?そんなの分からねえよ。俺の場合は、人と話をすることなんて面倒臭くなっちまった。この川っ淵にいる連中、みんな行動パターンが違うんだ。それぞれが宝の山(ゴミ置き場)を持っているし、メシを食う(捨てたものを拾って食べる)レストランや料理屋も違う。言ってみりゃあ、独自のテリトリーを持っているのさ。みんなメシのタネだから大事にするさ。穴場を人に教えるようなことは、誰だってするもんか」




 「そりゃあそうだよなあ・・・」



 「ダンナねえ、ダンナたちゃあ、俺たちを蔑んで見たり、時に生活に困っているだろうと同情もしてくれるようだが、俺たちゃあ、ダンナたちが考えているほど困っちゃあいねえ。欲しいものがあればなんでも手に入る。前にも言ったが、手に入らないのは家と棺桶ぐらいのものだ。宝の山のゴミ置き場を二つ、三つ回れば、いいのさ」


隅田川東京タワー


 「今使っている毛布が汚れて、取り替えようと思えば、もっといい毛布があるし、ビニールシートの小屋を補強しようと思えばそれもある。中に敷く絨毯だって転がっている。これを運ぶのに自転車が欲しいと思えば、これだって簡単。こんなものは持って来ても置く所がねえから困るが、大型家具の箪笥やソファーだってある。冬場、寒い時にはガスコンロを探すんだ。使い残した携帯用のガスボンベイだって捨ててあるから暖を取るのに十分。俺たちゃあ煮炊きはしないけど、お茶くらい沸かそうと思えば、それも出来るぜ。俺はもう読まねえけど、暇つぶしに本の一冊も読む気になりゃあ、それも出来る。マンガ本から小難しい学術書まで何でもある。時にゃあ、金庫だって落ちている。これだけは、俺たちには必要ねえがねえ・・・。風呂? 銭湯に行くくらいの小銭、たばこ銭と同じよ」




 ホームレスのオヤジは浅黒い顔をほころばせ、ニコリと白い歯を見せた。我が家では日常、ゴミ出しはかみさんの役目。しかし、車で走りながら見かける粗大ゴミ置き場の光景を頭に浮かべて、ホームレスのこのオヤジの話が一つ一つ頷けた。「日本という国はいい国さ」。二人でワンカップの冷酒を飲みなら交わす言葉の節々に出てくるこの言葉は、もっともらしく言えば、平和ボケし、物を平気で粗末にする私たちへの痛烈な皮肉だ。


隅田川2



 政治の世界では子供手当てや高校授業料の無償化などが議論され、実現している。その一方で街のあちこちにあるゴミ置き場に転がる真新しい勉強机や子供用の自転車・・・。カバンやランドセル、参考書や辞書だってある。ゴミ置き場を「宝の山」というホームレスオヤジの目には政治が真面目くさってやっている政策がどう写っているのだろう。あと3ヶ月もしないうちに師走がやって来る。NPOや行政は「ホームレス対策と救済」の名の元に今年も日比谷公園などで炊き出しをしたり、手当ての支給をするのだろう。善政ぶった、こうした動きに当のホームレスたちは「シャバのヤツらバカだねえ」と笑っているかも?




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日替わりメニュー

 ホームレス男は物好きにも東京・隅田川の川っ淵くんだりまで押しかけていった、まあ変わり者の私に話を続けた。


 「俺たちゃあ、言ってみりゃあ、日替わりメニューで三度のメシを食っている。夜を中心にして一週間の食事計画を立てるのさ。今日は寿司、明日はフランス料理、あさっては中国料理といった具合にね。そんなものに飽きたら和食だって食う。昼間は前日の夕方確保しておいたコンビニ弁当。これはなかなか店ごとに捨ててくれないから見つけるのに苦労するんだよ。朝?これも一流のパン屋さんの裏口に行けば売れ残りとはいえ、真新しい、しかも、うまいパンが手に入る。牛乳やお茶など飲み物は、コンビニなどの売れ残りで十分。言っとくがねえ、これも一流の店を狙うのがコツさ」




 「もちろん、上げ膳据え膳でこんな上等なものを食っているわけじゃあねえ。くどいが、一旦は捨てたものだ。店側にしりゃあ、俺たち社会のクズのような人間でも、腹痛でも起こされて、開き直られたりでもしたらかなわんもんな。だから俺たちが欲しがっていることが分かっていても、一旦はポリバケツに捨てるわけさ。でも人間、捨てたもんじゃあねえ。同じ捨てるにも、そっと置くように捨ててくれるんだ。ありがてえじゃあねえか。そんな時、顔でニコッと笑って心の中で手を合わせるのよ」


屋形船隅田川


 「これもくどいがねえ。プライドというものが、ちょっとだってあったらそんな技、つまり、いくら真新しいといったってポリバケツのものを食うことなど出来ねえよなあ。俺たちゃあ当たり前だが、レストランに行ったり、それどころか三度のメシを食うカネなんかねえ。プライドなんかクソくらえさ」




 「でも、プライドをかなぐり捨ててしまったら人間寂しいねえ。そうは思わんのかい?」



 「そんなの温ぬく生きているダンナたちの言い分さ。第一、そんなものがあったらホームレスは出来ねえし、やっちゃあいねえ。まあ、惰性がねえといったらウソになるが、みんな結構、当たり前にやっているのさ。強がり言っているわけじゃあねえけど、俺の場合、こんな生活、そこそこ楽しんでいるんだよ」




 「この隅田川の川っ淵にいる連中、みんな同じなのかい?」



 「そうだと思うよ。みんな自分、自分。付き合いなんかねえから分からんが、そうでなきゃあ生きていけねえもんな」


夕焼け隅田川2


 「今飲んでいるタバコはどうするんだい?」




 「これだけは誰も捨ててはくれん。仕方がないからお金を出して買うのさ。そのくらいのカネ、朝ゴミ置き場をひと回れば、すぐ作れる。ダンボールやビールの空き缶さ。これ、そこそこのカネになるんだよ。これも蛇の道は蛇。俺たちのようなヤツらを相手に商いをする業者がちゃんといるんだよ。ゴミ置き場は俺たちにとっちゃあ貴重な宝の山さ。なんでも手に入る。ないのは≪家と棺桶≫くらいのもの。日本は贅沢な国だと、つくづく思うね」。(この続きは次回で)




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栄養過多のホームレス

隅田川アサヒビール本社

 初めはけげんな顔で私を見、ポツリ、ポツリと、しかも面倒臭そうに話していたホームレスのオヤジが、だんだん饒舌になった。



 「みんな、俺たちを犬、猫以下に見るどころか、まるで汚いものでも見るように遠巻きに通り過ぎるのに、ダンナも変わっているねえ。こんな隅田川の川っ淵まで好き好んで来るんだからねえ・・・」



 「あんたに変わり者呼ばわりなんかしてもらいたくねえね。恐らく、そこそこの給料を貰っていた会社を飛び出し、その上、女房まで捨ててホームレスをやっている、あんたにねえ・・・」




 まあ、そんなことは、どっちでもいい。お互い、気を許したせいか、それとも3合近いワンカップの冷酒を飲んだせいか、見知らぬ者同士がいつの間にか友達のような会話をしていた。「普段、他人と話すことなどほとんどない」と自らも言うホームレス男。隅田川下りで船の上から見て興味を持ったとはいえ、山梨くんだりからノコノコとやって来たヘンな男。やっぱり変わり者同士に変わりはない。だからこそ気心が通じ合うのかもしれない。


隅田川東京タワー


 「ところでメシのことなんだけど、毎日どうしているんだい。カネだってあるわけねえし・・・。人ごととは言え心配になるよ」



 「ダンナ、やっぱり俺たちのこと、なんにも分かっちゃいねえな。三度のメシ寝起きをする場所の確保は、俺たちが何をさて置いても考えなければならないことさ。それが出来なきゃあホームレスは出来ねえんだよ。そうでなきゃあ、日本中からホームレスは消えちまうよ。蛇の道は蛇。俺たちホームレスはホームレスで、みんな知恵が働くんだよ」



 「へえ~、そんなもんかねえ・・・」


隅田川


 「ところでダンナ、この一週間、どんなもの食った? 寿司食ったかい?フランス料理や中国料理食ったかい? 俺たちゃあ、そんなもの年中、食ってるぜ。みんなと言ったら言い過ぎだが、この隅田川の川っ淵に巣を食う俺たちの同類は、大なり小なりうまいものを食っているはずだ。お陰で俺は、このところ栄養過多になっちまった・・・」




 「稼ぎもねえ、あんたらに、そんなこと出来るわけねえじゃあねえか」




 「それが出来るんだよ。蛇の道は蛇といっただろう。レストランや料理屋、それも高級のねえ・・・。コンビニだって行く」




 「高級レストラン? 料理屋?」




 「俺たちゃあ、予め高級と思われるレストランや料理屋の裏口を回ってみるんだ。そうすりゃあ、そこで何時、どんな物を、どう捨てるかが分かる。翌日からその時間に合わせて行くのさ。しっかりしたレストランや料理屋ほど、その時間に狂いはねえんだ。それを存分に頂くんだ。前にも言ったろう。プライドさ。これだけは捨てなきゃあ出来ねえ技なんだぜ。日本はいい国さ。消費期限とか賞味期限というヤツがあって、食べ残しじゃあねえ、真新しいものを目の前で捨ててくれるんだ・・・」(この続きは次回で)




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おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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