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子供は疲れを知らない?

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 6歳になったばかりの孫娘を見ていて、こんな小さな体に、なんで、あんなにバイタリティーがあるのか、と不思議にさえ思う。スマホやタブレット端末で遊んでいたと思ったら、私が野良仕事で疲れ、昼寝しているベッドをトランポリン代わりに跳ね回り、女房が趣味に描いている油絵にも興味を持って絵筆を執ろうとするのだ。庭を舞う蝶々を追い回して駆け回るのも«朝飯前»。台所でママが料理をしていると、それにも手を出そうとする。




 なんでもかんでも首を突っ込もうとするのである。好奇心も旺盛なのだ。だから子供は成長するのかも知れない。一日中、動き回って疲れると思いきや、どうやらヘイチャラ。疲れの一かけらも見せない。




 「明日も、幼稚園があるんでしょう」。黙っていれば夜も何時でも起きている。その代わり、一旦寝付けばバタンキュー。朝まで一度も起きない。寝顔を見ながら女房と「このまま、どこかに連れて行かれても気付かないよなあ~」と、顔を見合わせるほど、深く眠るのである。寝ていても布団を蹴ったり、寝返りも。健康の証だろう。無意識だ。




 それが証拠にディズニーランドやスキー場にパパやママに連れられて行く時も、朝が早いので、眠ったまま車に乗せられて行く。もちろんパジャマ姿。現地で、それなりの着替えをするのだそうだ。自分が子供の頃を振り返ってみれば、昼間は近所のいたずら小僧たちと遊びこけ、夜はバターンキュウ―。もちろん、遊びは全て外。夜は布団を濡らす寝小便まで。今と比較できない当時の栄養事情や室内の温度管理の差もあったかも知れない。


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 先頃、東京家庭教育研究所の鷲山佐和子さんの講演を聴いた。役員の末席を汚している「明るい社会づくり運動協議会」の総会での記念講演。鷲山さんは「子供に学ぶ家庭教育~伝わるふれあい してますか?~」と題して1時間ちょっと話してくれた。その中で、こんなことを…。


 「子供は疲れを知らない。(中略)勉強は後からついて来る。子供には遊びこそが大事だ」と。




 因みに「明るい社会づくり運動協議会」は、新入学児童の交通事故防止などを狙いに「黄色い帽子」を贈る運動など、いわゆる「明るい社会づくり」と取り組む民間団体。毎年、総会に因んで、さまざまな講師をお呼びし、お話をお伺いする。




 「子供は遊びこそが大事」。孫娘の日常をオーバーラップしながら妙に納得した。しかし、現実の家庭教育の在り様にいささか疑問も。ウイークデーの孫娘の一日。朝9時過ぎ、園児バスが家の前に。午後は3時半前に同じように戻る。問題はこの後。日替わりで、塾やスポーツ教室、ピアノなどのレッスンに行くのだそうだ。




 恐らく、このパターンは小学校、中学校、高校と内容を変えながら続くのだろう。サラリーマンは一定の時間と仕事さえ済ませば、後はフリー。カフェでコーヒータイムも取れば、赤提灯や麻雀荘にも。そんなパパたちをよそに、子供達は忙しい。同情したくもなる。でも、それって違うのだという。今時の子供たちは「当たり前」に受け止めているのだそうだ。




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孫娘とスマホ

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 「お爺ちゃんはチビちゃんに甘いんだから…。スマホやタブレット端末は、隠しておかなければダメよ。目を壊しちゃうわよ」



 週末にママと一緒にやって来ては、それに飛びつく孫娘を尻目に女房が、そっと耳打ちするように言う。


 確かにそうだ。6歳になったばかりの孫娘は、5歳になるかならない内からスマホなどの、電子機器に興味を持ち、我が家に来るとテーブルの上に転がっているスマホや、特に見易いタブレット端末と夢中になって遊んでいる。それ自体、悪いわけではないのだが、夢中になるあまりなのか、目を近づけ、食い入るように向き合っているのだ。




 女房が言うまでもなく、目にいい訳がない。この種の電子機器は画面のコントラストが強い。パパやママも家では見せないようにしているらしく、特に娘であるママは«爺じの甘さ»に渋い顔。目に悪いことぐらい私にもよく分かっている。




 「見てもいいから、目を離して見るんだよ。そうしないと、度の強い眼鏡を掛けなければモノが見えなくなってしまうよ」


 「度の強い…」などと言う言葉は分かるはずがないが、一旦は目を離すものの、やがては元の木阿弥。同じことを繰り返すのである。女房が言うように一旦は目に触れないように隠しておくのだが、「お爺ちゃん、アレは?」と、物欲しそうに言われると、つい情にほだされて与えてしまうのだ。

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 それにしてもIT時代と言うのか、電子機器時代と言うのか、今の子供たちはすごい。誰が教えた訳でもなければ、むろん、仕様書を読んだ訳でもないのに、そこそこ、それらの機器を使いこなして遊んでいるのである。




 「70歳も違う私に分からないのに、なんで、あんなチビちゃんに分かるのかしらねえ…」


 女房はしみじみ言う。舌を巻く、と言った方がいい。昔から「習うより慣れろ」とはよく言ったものだ。遊びながら、いじりながら«新しい発見»をし、«本質»に迫ってしまうのである。理屈は全く関係ない。大人は理屈から考え、物事に向き合うから、面倒臭くなったり、敬遠してしまうのかも知れない。好きなアニメ動画がどこにあるかも、何時の間にか探してしまう。まさに「習うより、慣れろ」だ。理解の有無は兎も角、大人のゲーム遊びにも…。




 時代が違う、と言ってしまえばそれまでにしても、私たちが子供の頃は、ゴボー鼻をすすりながら庭で缶蹴り遊びや、ピー玉遊びでもしているのが関の山だった。ところが今、あらゆるものが電子化され、IT機器は家庭の中はむろん、巷にゴロゴロ。子供たちの遊びや周囲にアナログ機器を見つけることすら難しくなった。




 これからの子供たちはIT機器と共存し、空気のように、それらと融合して行くのだろう。「アナログおじさん」などと言う言葉自体がなくなり、人間が開発したロボット・AIに支配される皮肉な時代が来るのかも。いずれにせよ孫娘が私たちの年齢になった時代は、「お爺ちゃん」には想像だに出来ない。今を生きる誰にも予見できないのかも知れない。




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お爺ちゃんと孫娘

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 自らが歳を取っていることには気づかないが、子供の成長の速さには驚かされる。自分のことから先に言えば、「気付かない」のではなく、「気付きたくない」だけのこと。一方、その孫娘はこの4月10日で6歳になった。幼稚園の年長さん。来年は小学1年生だ。




 「お爺ちゃん、ボツボツ、ランドセルの注文をしなければいけないわね…」


 「入学は来年のことだろう。もう、注文するのか?」


 「そうよ、今じゃあ、1年前に色やサイズまで指定して作ってもらうんだってよ。チビちゃんは紫がいいんだって…」


 女房と、そんな会話を交わした。女房は自分のことのように嬉々として話す。




 甲府にいる孫娘は、ほぼ週に一度、パパやママと一緒に山梨市の田舎にやって来る。そのリズムが崩れ、一か月も合わないと、心持にせよ身体も大きくなり、身のこなしも違ってくるような気がするのである。子供の成長はそれほど早い。それよりも何よりも、その顔を見るのが何よりも嬉しいし、第一、家の中がいっぺんに明るくなる。我が家では、孫娘はちっちゃな王様だ。


 ゆるキャラと


 冷やかし半分だろう。女房がいつも、こんなことを言う。


 「お爺ちゃんが笑うのは、チビちゃんが来た時だけですねえ…」


 確かにそうかもしれない。女房と二人っきりだと一日の会話は、大体決まり切っている。そんな意味では、孫娘は名実ともに我が家の「活性剤」でもある。




 「お爺ちゃん」。考えようによっては不思議な言葉だ。孫娘から言われるのは当然。でも、娘や女房もそう言うし、言われても何の抵抗感もない。言葉自体が持つ意味合いが違うにせよ、我が家以外の所で「お爺ちゃん」と言われたら、返事もしなければ、むしろ「バカヤロウ」と思うに違いない。




 ここで言う「お爺ちゃん」は年齢ではなく、「続柄」による呼び方。でも不思議なことに、女房や私の娘であるはずの孫娘の母親までもが「お爺ちゃん」と呼ぶのである。「子供は社会の宝」という。家庭にあっても同じで、むしろ、一つ屋根の下では、幼さなければ幼いほど、その存在感は大きいのだ。不思議なことに、そんな「ちっちゃな王様」が小学校、中学校、ましてや高校と、大きくなるにつれて、何時しか「王様」の地位を失う。




 振り返ってみれば、40数年前、今は孫娘の母親である娘が生まれた時、私もいつしか自分の親父やおふくろのことを「お爺ちゃん」、「お婆ちゃん」と呼んだ。最初は「お爺ちゃん」と呼ばれて、キョトーンとしていた親父の顔を今でも覚えている。年齢的にも今の私とほぼ同じぐらいだった。




 家庭を離れて世間で言う「お爺ちゃん」、「お婆ちゃん」。高齢化社会とか長寿社会と言われるようになった今、イメージ的にも、その捉え方は大きく違って来た。私も対象者の一員なのだが「老人クラブ」のメンバーと言われることに、無性に抵抗感を覚えるのである。今年の秋には喜寿を迎える。よく考えれば「老人」と呼ばれて不思議ではない年齢なのだが…。




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パソコンの功罪

ペン


 「ペンを取る」とか「ペンを走らせる」という言葉は「ダイヤルを回す」と同じように、最早、死語になりつつある、パソコンが普及がそうさせた。同じ意味合いの「筆」は一足早く、少なくとも我が家の日常からは姿を消した。電話はボタン式になって久しい。




 ヘンな表現だが、文字を書かなければならない人ほど「文字を書かない」。それを生業とする作家や新聞記者たちである。「書く」から「叩く」。原稿用紙に向かうのではなく、パソコンに向かってキーを叩くのだ。役所や会社で書類作りに携わる人だって同じだろう。




 こうしてブログを“書き”、パソコンに“遊んで”貰っている暇な人間ですら、日常で文字を書くことが縁遠くなっている。あるとすれば年に一度の年賀状と、お中元やお歳暮など友や知人からの贈り物に対するお礼状くらいのもの。お礼状は電話やメールで済ませてしまうことが多いので、あえて言えば、年賀状ぐらいのもの。その年賀状だって今やパソコンがやってくれるのだ。


年賀状



 文字の文化を支えたのは、紛れもなく筆であり、ペン・万年筆であった。しばらく経ってボールペンが開発されて、これに取って代わった。もちろん、鉛筆の存在は欠かせないし、子供達の間ではシャープペンが。シャープペンやボールペンには、サンリオのキティちゃんなどの人気キャラクターが施され、ファッション性をも備えるようになった。それほど顕著では無いにしても筆やペン・万年筆にも、もちろんデザイン性はあった。シャープペンは、その芯の性質から子供達が「丸文字」と呼ばれる字体をも生み出したと言われている。



ペン



 いずれも文字を形成するツールとして、それぞれの場面にあわせて役割を果たして来たのである。署名や記録の手段、そのためのツールとしては、筆や万年筆がその役割を担い、鉛筆やシャープペン、ボールペンは、それを補完するラフなツールであったように思う。




 パソコンの登場は、そんな文字文化を根本からひっくり返してしまったのである。筆であれ、万年筆やボールペン、鉛筆であれ、これまでの文字を書くツールの形態が決まって棒状で、しかも手に持って書いたのに対して、こちらはキーを叩くだけの動作に


キーボード



 それだけではない。パソコンという“革命児”「ペンダコ」という言葉も死語にしてしまった。ペンダコは作家や新聞記者のように文字を沢山書く人の証であり、勲章のようなものでもあった。主には右手中指の第一関節付近に出来るのだ。しかし、今や過去の遺物。そんなものがあったら若い方々からは笑われるに違いない。




 確かにパソコンは便利だ。しかし、そこから流れ出す文字はみんな画一的。当たり前だが、手書き文字が醸し出す個性は言うに及ばず、味のひとかけらもない。女房はよく言う。



 「お父さん、パソコンはいいよね。いくら字が下手くそでも分からないものねえ…」


 似た者夫婦。考える事は同じだ。


 ソフト会社は筆文字を作ったり、さまざまな字体を作ってくれてはいるものの、所詮は人工文字。いくら知恵を絞り、工夫を凝らしたとしても人間一人一人が持つ個性を創造することは出来まい。パソコンは日本の文字文化を雪崩のように変えていく。人間はいつの間にかそれが当たり前と受け止めていくのだ。



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言葉狩りと銃規制

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 振り返って、子供の頃、どう考えても、よく勉強をした人間とは言えないが、歴史の教科の中で「刀狩り」という時の政権が試みた制度を教わったことを覚えている。反乱や謀反を抑え込む手段であった。権力者側にしてみれば体制を守る有効な手段であったに違いない。




 米国を中心に欧米諸国で頻繁に起きる銃による無差別テロ。その悲惨さを見る度に「なんで銃の所持を規制しないのか」と、思ってしまう。権力者が行った「刀狩り」とは、性格が違うにしても、銃規制をしっかりしたら、少なくとも銃による犯罪は減るだろうに、と思うのは私だけではないはずだ。




 そう単純には対処出来ない国情もあることも知らない訳ではない。そこには治安の在り様とか産業界との関わりも無視できないこともあるのだろう。単純に考えれば、銃がなければ銃による犯罪は起こらないし、麻薬がなければ、それに関わる犯罪やトラブルもない。




 我が国には銃刀の所持を規制する法律があるので一般人の銃や刀の犯罪は極めて少ない。一方、麻薬は暴力団などが人間の潜在心理に付け込んで暗躍するせいで、後を絶たない。捜査の矢面に立つのは、いつも芸能人どまり。捜査の手は、肝心の«根っ子»には届かないのが実情。銃犯罪と違い、現象として表に出にくいので、実際の麻薬犯罪は深く静かに潜伏、むしろ拡大しているのかも知れないのだ。ルートはほとんど外国、と言われている。




 刀や銃、麻薬は兎も角、茶の間のテレビや毎朝の新聞で、よく目にするのは「刀狩り」ならぬ「言葉狩り」。大臣の、いわゆる失言問題だ。最近では「忖度発言」も加わって、かしましい。やれ「政治家としての資質を問われる」、「忖度して利益誘導を図ったのでは」と、私たちが「選良」とお呼びする国会議員の先生方が青筋を立ててお叱りになる。主には野党の先生方。仕掛けるマスコミもマスコミ。発言の「切り取り報道」は増々、横行する。



 「政治は言葉」。確かに、言葉は大切。でも「失言問題」、「忖度発言」しかり。言う(発言)方も言う方だとしたら、それをしつこく追及する方もする方。挙句の果ては「巨大与党のおごり」とまで言う。

 ちょっと待てよ…。巨大与党にしてしまったのは誰?野党の皆さん方の不甲斐なさがもたらした結果ではないのか。少なくとも失言の追及や言葉の揚げ足取りで政権交代など望めないことぐらい、茶の間でアホ面してテレビを見ているオジサンにも分かる。




 少子高齢化、それに連動する人口問題や人々の生活に直結する経済問題、人口の都市集中の一方で、疲弊の一途をたどる地方、さらには絶対に無視出来ない外交問題…。「選良」と言われる先生方に本気で考えていただかなければならない課題は山ほどある。政府が言う「地方創生」一つとっても名ばかり。選良の皆さん、本当にやる気あるの?




 私たち田舎に住む者しか分からないのか、地方にはあと何年も経たない内に地域としての「体」さえなさなくなる過疎地域があっちこっちにあることをご存じか。マスコミの尻馬に乗る?言葉狩り。私たち市井の人間が期待するのは、そんなことではない。政治の優先順位を考えた施策の実施であり、そのための法制化である。このままでは国民が淡くも期待する政権交代可能な二大政党など夢のまた夢?結局、墓穴を掘っているのは誰でしょう…。




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村八分」の逆現象?

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 人権が尊ばれ、その大切さが叫ばれる今、「村八分」などと言う言葉は死語になった。あるとすれば小説の世界でしかない。江戸の頃から何時の時代まであったのかは知らないが、日本のあちこちに、そんな風習が残っていたことは確か。その理由が何であったかはともかく、地域社会の中で、特定の人や家庭をボイコットするという、非情な風習だった。むろん、そこには、それなりの地域コミュニティーとの因果関係があったことも事実だろう。でも、このような非人道的な«人としての阻害»は到底、許されるものではないことだけは確か。




 「村八分」。つまり八分の制裁だから、残る二分は何か。「火事」と「葬式」だという。いくら日常生活の上で制裁を加えても、火事が起きたり、人の死という不幸があったの場合、地域はこぞって応援したというのだ。「村八分」という、言葉の上では非情な制裁の一方で、二分という、人間としての情けは残しておいた。




 ひとたび火事が起きれば、みんなで消火に駆け付け、後始末にも手伝った。不幸が起きれば、みんなで葬式を出してやり、野辺の送りもしてやったという。「村八分」という非情で、差別的、辛辣な言葉の一方で、二分という限られた「範囲」とはいえ、近隣社会の「情」を残していたのである。それが、どんな環境にあろうと、人としての最低限のモラルであったのだろう。




 時代は下って元号が「平成」から「令和」に代わろうとしている今、地域コミュニテーは、大きく変化していることも事実。しかも、その勢いは、時と共に加速して行くようにも見える。火事は自治体消防に任せればいいし、お葬式だって家族だけで済ます動きも珍しくなくなった。いわゆる「家族葬」だ。




 「火事」の場合、自治体消防がカバーする地理的な問題や、財政面から地方、特に山間部では民間の消防団に頼らなければならない現実があるものの、その消防団は地域の人口減少も手伝って、弱体化する一方。いずれは地域コミュニテーが関わる問題ではなくなる。




 何よりも地域コミュニテーに変化をもたらそうとしている要因は「個人主義」の風潮。それがいいか悪いかの問題ではなく、「村八分」などと言う言葉が存在した時代と今は、その在り様が全く逆転してしまったのである。「自己虫」などと言う言葉さえ生まれ、特に都市部では「隣は何する人ぞ」は、当たり前だとか。その風潮は地方にも伝播しつつあるのだ。




 拙ブログで「家族葬」に関わることを書いたら、京都にお住いのRさんから、こんなコメントをいただいた。お顔は存じ上げないが、ブログでの交流はほぼ毎日。どうやら年齢もそれほど変わらない、いわば同世代の方だ。




 「…。家族葬は誰もが長生きするようになった(時代の)必然。惜しまれて、この世を去るのは、ある程度年齢的な限界があるのでは…。亡くなったご本人を知らない人ばかりの会葬は遺家族への義理に(過ぎない)…」




 なるほど、と考えさせられた。でも私は、葬儀とは故人の霊を弔う場だけではなく、憔悴するご遺族にお悔やみの心を伝える場でもあると考えている。そんなコメントを返した。兎に角、地域に関わる様々な事象への人々の受け止め方、考え方は世代を問わず変化し、多様化する。




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樹々の芽吹き

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 庭の植え込みから隣接の公園・地域の「ふれあい広場」に移植した河津桜は、一足早く堂々の葉桜に。近くに何本もある枝垂桜は、今が満開。ソメイヨシノはハラハラと散って花としての峠を越した。牡丹桜は、まだ、特徴ともいえる重厚感を保っている。



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 一口に「桜」と言っても、それぞれが織りなす風情は、またさまざま。人間に早伸びの子もいたり、遅伸びの子がいるように自然界の全てが、それぞれが持ち合わせた特性で動いて行く。気温の違いなど環境によっても、微妙であったり、大きくも異なる。だからこそ、人の眼に、人の心にバリエーションをもたらすのだろう。




 一足早く葉桜に変わって久しい河津桜は、甲府盆地の、もっと言えば埼玉県に近いと言った方がいい、この辺りでは開花時を例にとっても、ちょっと違和感がないでもない。もう十何年も前、女房と伊豆方面を旅した時、僅か1mぐらいの苗を買ってきて、庭の植え込みの隅に植えたのが始まり。ソメイヨシノなど、この辺りの桜とけた違いに早く咲き、葉桜に。




 今では移植した公園で幹も太くし、10m近い大きな木に育った。葉桜に変わったが故に、今も花を残す周囲の枝垂れ桜やソメイヨシノの間にあって、ひと際、存在感すら漂わせている。常緑樹の松や、生け垣になっている山茶花などに「初夏」は感じないが、若葉の河津桜には、否応なく、それを感じ、季節の移ろいを身近なものにしてくれるのである。




 一足早く堂々の葉桜に変身した河津桜の一方で、植え込みの樹々も一歩一歩「衣替え」の準備を急いでいる。花の先発・梅は一足早く緑の若葉を出し、楓も何時か知らぬ間に芽を吹いて来た。その足元では黄色や白の水仙が。よく見るとその花から花へと真っ白い蝶々が渡り歩いている。目には見えない口で蜜を吸っているのだろう。これだって初夏への移ろいの一コマだ。


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 楓、と一口に言っても幹の太さも違えば、背の丈も違う。ここで面白いのは芽吹き方や芽吹き時の色。ポピュラーな緑もあれば、赤や深紅のものも。詳しいことは分からないが、種類そのものが違うのだろうから当たり前としても、その様は興味深いし、第一、人の目を間違いなく楽しませてくれる。植え込みの樹々だから全てが葉っぱっを落とした冬の間に他の樹木と一緒に剪定を施しているので、樹の形も整っている。




 果樹王国・山梨。とりわけ甲府盆地の東部に当たるこの地方は桃の一大産地。桜を追っかけて咲いた桃の花が一面をピンクの絨毯に織りなしている。そのピンクの絨毯は、気温差から平地を次第に山へと昇って行くのである。その合間、合間には黄色い菜の花も。自然界が織りなす、この時季の大きなキャンパスは、言葉に例えようがない。ピンクの花が緑の若葉に変わるまでには、まだ合い間がある。

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 庭の植え込みや身近な風景から目を転じて周囲の山々を望むと、真っ白く雪を冠った富士山はむろん、前衛の御坂山塊も«音なしの構え»。沈黙を守ったまま。しかし、山の樹々だって芽吹きの準備に余念がないはずだ。「山燃ゆる」は小説の世界。一般的には「山萌ゆる」だ。初夏特有に周囲の山々が淡く萌え出す時期も間近だろう。




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片付け上手は捨て上手?

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 時折、テレビに登場する、いわゆる「ゴミ屋敷」。その姿を赤裸々に追うカメラの眼線は、周囲の非難の声を前提にしていることは、むろんである。「ゴミ屋敷」とはよく言ったものだ。ゴミの山は、玄関口はもちろん、庭先や、公共の場でもある道路まではみ出している。カメラは家の中までは入らないが、推して知るべし。余計なお世話かも知れないが、この家の主は、どのようにして家の中に出入りし、寝起きをしているのだろうか。他人(ひと)事ながら、心配になる。




 ところが、当の«主(あるじ)殿»はインタビューのマイクに向かって、「これ、みんな、私の宝物なんだよ」と、周囲の非難の声も、どこ吹く風。最後には「オレの勝手じゃあないか。お前ら、うるさいんだよ」と、悪態まで言ってのけるのだ。使い終えたペットボトルや紙コップ、鍋、窯、布団や毛布、缶ビールの空き缶、段ボール、自転車や古タイヤ…。ないものはないと思えるほど。中には食べかけのコンビニ弁当まで。




 テレビだから悪臭は伝わってこないが、そこから周囲に放たれる悪臭も容易に想像出来る。目を背け、鼻をつまむ近隣の方々の気持ちは遠く離れた茶の間でテレビを見ている«お気楽男»にも分かり過ぎるほど分かる。皮肉な言い方をすれば、周囲の眼とか声にお構いなく生きることが出来る人は«幸せ»かも知れない。




 パソコンに向かって、そんなことを綴っていることを知らない女房が私の晩酌と夕餉の後始末をしながら、こんなことを。


 「お父さん、パソコンの両脇の書類や雑誌の山を片付けないと、今に崩れますよ。まったく…。何度言っても分からないんだから…」




 「ゴミ屋敷」などと他人様のことを、非難しながら綴っている自らに気付いて瞬間、ハッとした。女房が言うようにパソコンを挟んで両脇には各種の会議資料や、通知文書、雑誌、興味を引く記事が掲載された新聞などが山となっている。年の勢も手伝って最近、読書量はウソのように減ったとはいえ、時折買ってくる本も。両側に設けた本棚が満杯のため、これも書類の山へ。




 女房が言うように、その都度、始末すれば山とならないのだが、「後で参考になる」とか「忘れないために」などと考えて、積んで置くのである。とどのつまり、積み重ねたものは役に立ったためしがないのだが、それを繰り返すのだ。よく考えたら「ゴミ屋敷」の偏屈オヤジと、本質的には変わらない。人間が持ち合わせる«性(さが)»かも知れない。




 亭主の世話を焼く女房にしたって同じこと。嫁入りの頃からのものも含めて、何本もある箪笥の中の着物やジャケットは、まさに「箪笥の肥やし」。考えれば、毎日目に見える机の上の書類の山よりひどい。何かの折に「どうせ着ないものならタンスごと捨ててしまえ」と言ったことがある。普段、目に見えないので、箪笥の中に何があるかも完全に忘れている。




 積んだり、仕舞い込んだものは総じて使わない。ズボラな私たち夫婦に限らず、人間多くはそんなものだろう。片付けの秘訣は捨てること?かも知れない。これ、ホント…。





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薀蓄のある?言葉

 「いればうるさい、でも、いなきゃ寂しい」

女房のさりげない一言だが、言い得て妙。大げさだが、薀蓄すら感ずる。亭主とは、また、夫婦とは、よく考えてみればそんなものかもしれない。


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 この言葉は、今は家を空けることなど以前と比べればめっきり少なくなったのだが、それでも仲間との一泊二日、二泊三日の小旅行、飲酒運転が出来ないので宿泊形式でする忘年会や新年会、それに、時折はもつれ込んでしまう徹夜マージャン、そんな時の女房のちょっとした台詞だ。




 若い頃というか、サラリーマン現役時代は、そんな事を言ったり、ましてや感心したりしている心の余裕や暇はなかった。朝起きれば決まった時間には家を飛び出し、帰宅する夜も遅い。時には午前様だって珍しくない。それが当たり前だから、正直言って家も女房も省みたことはほとんどなかった。


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 仕事が終われば、仲間と居酒屋へ。仕事をめぐって青臭い議論もすれば、上司や先輩を酒の肴に愚痴も言う。はしごの先に行き着くところはマージャン荘。そこから先はお決まりの午前様。家で待っている女房達はともかく、自分たちにとっては格好のストレス解消策だった。そんな事を繰り返していても疲れなかったし、逆に生き生きしてさえいた。もちろん、振り子のような規則正しい人間もいないわけではない。が、そんなバカなサラリーマンが多かったことも事実。


サラリーマン


 こんなことを言ったら世のお父さん、お母さんから白い目で見られ、ひんしゅくを買うかもしれないが、ここで白状すれば、一人娘が顔を見るたびに、大きくなるのがよく分かった。仕事柄、朝や昼、夜が不規則だから、幼い娘の顔を見ることが少なかったからだ。娘側から見れば、私は時々来るどこかのおじさんみたいなものだったのかもしれない。


子供


 こんな事があった。娘が幼稚園の頃だっただろうか。ある日曜日、娘が友達の家に行ったら、そこには、お友達のお父さんがいて、子ども達と一緒に犬小屋を作り、一緒にインスタントラーメンを食べた。それが、うちの娘にはびっくりするほど特別の事に映ったのだろう。家に帰った娘は母親である女房にそのことを話したという。




 ハッとした。これじゃあいけない、と思った。それからは、時間を見つけては少なからず娘と遊ぶことを心掛けた。休みをやりくりして海にも行った。運動会や幼稚園の父親参観にも顔を出してやった。その時の、娘の嬉しそうな顔を今でも忘れられない。その娘が今では1児の母となり、このブログ作りやパソコンの先生の一人でもある。その子供、つまり孫娘は今月(4月)10日で6歳になった。



 夢中と言ったら大げさかもしれないが、そんな若かりし時期、女房だって「いればうるさい、いなきゃ寂しい」なんて、感傷的なことを言っている暇もなければ、余裕もなかっただろう。そうとは思いたくないが、歳をとった証拠かもしれない。それに、甲府での生活から一転、田舎生活のせいかも。それにしても、夫婦とは空気のようでいて、空気ではない妙なものである。

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初夏への序奏

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 桜が散り始める頃になると桃の花が咲き始め、甲府盆地は一面がピンクの絨毯の様相を見せる。桜と言ってもこの時季、ソメイヨシノもあれば枝垂桜もある。彼岸桜や八重桜はひと足早く散った。ソメイヨシノが淡いピンクとすれば枝垂桜のそれはもっと濃い。花そのものも重厚だ。花は散る。「散る桜 残る桜も 散る桜」 。


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 今年は桜の開花が,
ちょっと遅れたせいもあって、いつもならその後を追っかけるはずの桃の花がほぼ一緒に花開いた。ご存知の方はご存知。桃の花は桜のピンクより色合いはずっと濃い。枝垂桜のピンクよりもだ。窓越しの庭先ではシバザクラが赤に近い小粒なピンクの花をいっぱい咲かせ、その隣では何という花か知らないが、白い花を可憐に咲かせている。細い葉っぱはニラのそれによく似ている。葉っぱの臭いも同じだ。



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 ピンクの絨毯の向こうに眼をやれば、前衛の御坂山塊の向こうに富士山が。真っ白い雪をかむっている。先日、里に降った雨も3,000m級のそこでは雪。下界の春爛漫をよそに一人、厳冬を装っている。ピンクの絨毯の間に間に真っ白いスモモの花が。盆地の東部一帯、一面の桃園にあって、ちょっとしたアクセントでもある。上空にそびえる富士山の雪とピンクの絨毯、その所々に点在する白いスモモ畑のコントラストがまた絶妙。 富士山から南西に眼をやれば、まだ雪を戴く南アルプスが、日増しに柔らかさを増す陽光に光る。


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 スモモやブドウもさることながら甲府盆地は、言わずと知れた桃の産地。果樹農家は桜の花を愛でる暇もなく、その授粉作業に追われる。農協などを通じたり、それぞれが用意した花粉を元に桃の花一つ一つに受粉して行くのである。花に埋もれながらの作業だから傍目には優雅だが、お花見気分とは違って、こちらは飯の種。家族総出の作業に追われるのだ。




 昔は、こんな煩わしい授粉作業などしなかった。しなくてもよかった。花から花へと飛ぶ蜂がいつの間にか、その役割を果たしてくれた。ところが、その蜂がいなくなった今、人間様が自らの手でするよりほかはない。いわば自業自得。人間達が農薬の使用で蜂を皆殺しにしてしまったのだから仕方がない。農家は無駄花を取り除きながら花の一つ一つに丹念に花粉をつけて行くのである。授粉が済んで、実を結べば摘粒の作業が待っている。



 岩手地区というのだが、甲府盆地東部のちょっと高台に位置するこの辺りは桃というより、サクランボの産地。甲府の市街地を挟んで盆地の西部に位置する南アルプス市の白根地区と並ぶ一大産地なのだ。その植生から山梨はサクランボ栽培の南限。本場・山形との気候的なタイムラグを生かしての戦略が功を奏して押しも押されぬ産地としての地位を確立した。



さくらんぼ3_convert_20110412204248

 特に、山付きの傾斜地一帯には白いビニールハウスが広がり、その中では真っ赤に実を膨らませながら間もなくやって来る出荷期を待っている。こちらは春爛漫を通り過ぎてもう初夏のたたずまいである。23~4日頃には初出荷を向かえ、京浜地方などからの行楽客がサクランボ狩りに繰り込む。露地物のサクランボも、これを追いかける。露地のサクランボも白い花を付け始めた。ハウス物を皮切りに初夏にかけてのサクランボシーズンが幕を開ける。



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Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

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