病院内のドラマ

f4f8373b4b309355eae4dba91347a291_s_convert_20170307223433.jpg


 ある総合病院の外来患者の待合室。朝から席を埋めた、大勢の患者に交じって、診察の順番を待ちながら、ふと思った。




 「一見、何事もないように、と言ったらヘンかも知れないが、毎日が決まったように過ぎて行く病院。一皮むけば、良くも悪くも、様々なドラマが展開されているのだろうな…」


38dccd8cf6cfdf8f1dd216416d061a55_s_convert_20170307223630.jpg


 例えば、今、自分がいる内科外来の待合室。みんな黙りこくって座っているが、病の種類も症状、厳密に言えば、その緊急性だって違う。回復に向かっている人はいい。でも重い病を抱えた患者の心の内は複雑だろう。「一刻も早く呼んで(診察をして)くれないものか」。そう思っているに違いない。診察までに1時間、2時間待ちは当たり前。やっと順番が来たと思っても診察時間は3~4分から5~6分。待ち時間とのギャップが大きいだけに何とも腑に落ちない気分にも陥るだろう。




 階が変わって入院病棟。ここだって様々だ。入院期間の長短は別に、闘病を乗り越え、花束片手に退院していく人もあれば、今なお必死の思いで病と闘う人もいる。入院患者ひとり一人の症状や病状だって異なる。中には《明日をも知れない》患者さんだっているはずだ。取り巻く、医者や看護師、家族の胸中も、また様々。


9cb0ca6abf121eaa292991f9c9dc3b8b_s_convert_20170307222953.jpg


 病院の中を歩いているのは主役の患者さんばかりではない。当然のことながら、その患者さんを治療する医師、サポートする看護師や技師たち…。入院患者を気遣う家族や見舞客もいる。医師ら医療に携わる人たちや事務職の人たちは白衣や制服で、入院患者も病室着だから、すぐ分かる。ただ、外来患者や入院患者の家族、見舞客などは区別がつかない。




 医療の場でありながらも病院とは不思議な所で、他にも様々な人たちが行き交っているのである。製薬会社のセールスマンもいれば、葬儀社の人だっている。「葬儀社の人」というと、病気を治療する病院には不似合いだが、現実には絶対必要な役目を担う。《万一の場合》の応急的な措置や搬送など、その家族をサポートする欠かせない存在でもある。手際のいい措置をしないと、少なからず入院患者に心理的な影響を与えてしまうからだ。




 私には忘れられない出来事がある。義父(女房の父親)が入院。末期の胃癌だった。93歳で亡くなったのだが、その症状は重く、手術も不可能。最後は連日、のたうち回るほど苦しんだ。痛みがひどかったのだ。見るに見かねてナースセンターに跳んで、医師の目を見詰めて言った。「先生、あのままでは可愛そうだ。何とかしてくれないか…」と。




 医師は言った。「あなたは自分が言っている意味が分かっているんですね」。「もちろんです」。医師も私の目を見て言った。「そうでしょうね。実の子供さんは女性ばかり。あなたでなければそんなことは言い出せませんよね。お爺ちゃんは長くもっても後4~5日。正直言って私も同じことを考えましたが医師として、それを率先することは出来ませんでした」。
  薬(注射)で痛みを和らげてやることは患者の《最期》を意味する。ウソのように痛みを訴えなくなり、笑顔すら見せた。その一日後、本当に安らかな顔で逝った。判断は今でも間違いなかったと思っている。ひと時であっても、安らかな時間を与えてやれたからだ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


不整脈(心房細動)

6c58c0d4d82087bd2951fbf42e063de0_s_convert_20170304223951.jpg


 「あなたの行き付く先は、心筋梗塞か脳梗塞だよ。注意しなきゃあ~」


 かかりつけの親しいドクターは、事もなげに言った。


 「脅かさないでくれよ。縁起でもない…」


 「注意しなきゃあ~」の一言が付いているとはいえ、当事者にしてみればショッキングな言葉だった。心筋梗塞とか脳梗塞という言葉自体、私達、医学や医療に全く知識がない者でも、重大に受け止める。ドキッとするのである。そう言えば親父も心筋梗塞で逝った。




 心房細動が見つかったのは4~5年前の人間ドック。腰の靭帯手術などもあって、ここ2年ほどサボったものの、ドックは女房と二人して毎年受けている。担当の医師は、一日も早い治療を促す一方、知り合いの専門医に紹介状を書いてくれた。以来、毎日、朝晩の二回、薬を飲んでいる。血液の凝固を防止する、いわゆる血液をサラサラにする薬だという。


ab1a763d2b0ecb5710f80db8e0a56ad5_s_convert_20170304223614.jpg


 「心房細動」という疾患は、一般に言う「不整脈」。文字通り、心臓が規則正しく脈を打たず、時折、脈打ちをサボってしまうのだ。規則正しく血液を送り出さない、と言った方が分かり易い。心電図を見せてもらえば、素人でも一目瞭然。心臓から正しく血液を送り出さないから、前の血液が凝固する危険性が高まり、その血栓が心臓に飛びつけば「心筋梗塞」、脳ならば「脳梗塞」を惹き起こす可能性が大きいのだそうだ。




 人間ドックとは、上手いネーミングをしたものだ。身体全体を検査。さらにオプションで申し込めば、規定(法定?)の検査項目以外でもピンポイントで検査してくれる。車の定期車検と同じで、お金はかかるが安心。車検と違って、人間ドックは自治体からの補助があるのがいい。規定外の検査が値段的に高いのは、その適用から除外されるためだ。




 薬を欠かさないのはむろん、一定の期間をおいて診察を受ける。血液検査を始め、心電図、胸のレントゲン撮影など様々で、時間もかかる。診察までの待ち時間も長い。市内の総合病院なので、待合室では知り合いにもよく会う。




 「どこが悪いの?」


 「心房細動でねえ。もう長く通っているんだよ」




 私のような患者は結構、多い。中には血管にバルーンを入れる手術や、ペースメーカーを入れたという人もいた。同級生が20人ぐらい集まる月に一度の無尽会でも、話が《健康》に及ぶと「オレも心房細動で病院に通っているんだよ」と。




 「お酒は控えなければダメ。カロリー過多になるんです。心房細動に限らず、あなたの様々な疾患の原因は太り過ぎ。その元凶は、お酒ですよ」


 運動不足の上に、カロリーの摂り過ぎ。「♪これじゃ、体にいいわけないさ…」。歌の文句じゃあないが、「♪分かっているけど…」である。脂肪肝や高脂血症…。そればかりではない。糖尿病や痛風などいくつかの《予備軍宣告》を受けている。朝晩の薬の量が、だんだん増えている。気遣ってくれた義妹からの「薬ケース」が手放せない。1週間ごと丹念に朝、昼、晩に分けた薬をケースに入れ「忘れないように」飲むのである。 




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


チドリ足の酒

18b2094b9bf6df604d3623d53aeb92cc_s_convert_20170303214556.jpg


 大したお酒の量ではなかった。恐らく4合程度だっただろう。先輩に自宅まで送っていただき、車を降りて家に入ろうとするのだが、足がもつれてフラフラ。「これがチドリ足…」。お送りいただいた先輩に何とか礼を言い、家に入ったのだが、迎えに出た女房は「お父さん、どうなさったの…」。無理もない。女房と一緒になって40数年。こんなことは一度もなかった。「このくらいの酒で…」。歳のせいか。それとも体調のせいか。酔っ払いながらも、自らの不甲斐なさをつくづく感じた。「やっぱり歳のせいかなあ~…」。




 隔世遺伝なのか。お酒をこよなく愛した母方の祖父譲りで、私もお酒が大好き。こう言うと大げさに聞こえるかも知れないが、若い時分は《浴びるほど》のんだ。決して自慢できる話でもなければ、人様に大きな声で言えることでもない。ただ祖父を見ていて「酒の飲み方とはかくあるべきだ」と若いながらも思ったことがある。「飲まれるな」と言うこと。


e7d4f74b1c3ede4dadebab640de0653c_s_convert_20170303214943.jpg


 今考えれば、祖父の年齢は80前後の歳だっただろう。お酒は、きちんと燗を付けさせ、猪口でゆったりと飲む。つまみにも拘った。そんな祖父を見ていて、若造ながら燗に拘り、徳利や猪口に拘った時期もある。「カラスミ」を覚えたのもこの頃。仕事関係の会議で金沢や佐賀に行けば、九谷焼や有田焼を買って帰った。なけなしの安給料をはたいての自分としては《密かな道楽》であった。




 「オイ、大事にしてくれよ。オレのお気に入りだからな…。(値段が」高かったんだぞ」


 「分かっていますよ」。そんな女房の返事が終わるか、終わらないうちに台所から聞こえて来た音は「ガチャ~ン」。説明するまでもない。不思議なことに、大事に思っているものほど、紛失したり、簡単に壊してしまったりするものだ。「バカヤロー。大事に扱え、と言ったばかりじゃあないか」と、一度は叱ったものの、壊れてしまった徳利が戻ってくるわけでもない。《後の祭り》とは、このことだ。




 祖父に影響された、お酒の飲み方も、何時しか「コップ酒」に。コップ酒、と言うと、何かしら品性を問われそうだが、どうして、どうして。第一、飲酒量が分かっていい。家で飲む時には、これに限る、とさえ思っている。しかも、燗にこだわることなく、《常温》で飲むようになった。「お酒の本当の味はこれだ」。今ではお酒は常温に限る、と思っている。自分もあと何年かすれば祖父の年齢になる。困ったことに、その自覚は全くないのだ。




 「チドリ足」とは、よく言ったものだ。交互に運ぶ足が中へ中へと入ってフラフラになるのである。「酒飲みが今更…」と、おっしゃるだろうが正直言って《このくらいの酒》で、こんなことはなかった。強がりではない。それどころか言いようのない自信喪失を覚えた。




 「チドリ足」の、そもそものきっかけは夕刻から開かれた母校(高校)に関わる会議の後、「まだ夕飯前。寿司でもつまんで帰ろう」と、言うことになって4~5人連れで校門前の寿司屋へ。ここが問題で、根っからの酒好き人間が飲まずにいられるわけがない。「車、置いて行けばいいじゃない。オレが送ってあげるよ」。その言葉に調子に乗ったのが運の尽き。それより何より、かつて経験したことのない「チドリ足」は痛烈な《反省材料》だ。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


結婚のお披露目

IMG_0465_convert_20170301215836.jpg


 「式」と一口に言っても様々。シーズン的には卒業式もあれば、入学式、入社式も。起工式や竣工式、結婚式やお葬式もある。この内、ない方がいいに決まっているお葬式を除けば、ほとんどがお祝い、つまり「寿ぎ」の儀式だ。その時を契機に人々が新しい人生へ決意を新たにし、人それぞれに生活のパターンを変えて行く。お葬式だって当事者(故人)にしてみれば、《人生の終わり》の儀式。一方、遺族にしてみれば、二度とない《別れ》の儀式なのである。




 入学式や入社式は「迷い」と「選択」の末の儀式であり、起工式や竣工式は,将来をしっかり見据えなければならないばかりか、予算・お金との《相談》だって伴うから、やはり大きな決断がいる。マイホームであろうが事業所の社屋、工場も同じだ。共通しているのは、お葬式の当事者(故人)を除いて、すべての関係者が人知れない《気配り》をしている点である。




 先日、結婚式を挙げたばかりの若いお二人の《お披露目》の宴にお招きを受けた。新郎・新婦はICT関連企業での社内結婚で、会社も住まいも東京。山梨に住む新郎のご両親は、距離と時間を伴う東京への招待を気遣い、改めて山梨でのお披露目を設定したのだ。


IMG_0388_convert_20170301220001.jpg


 宴のざっと2か月前、ご両親は若い二人を伴って、新婦の紹介方々、招待者のお宅を回り、お披露目への出席を促した。当日は会場となるホテルまでの送迎バスを用意。宴の席での食べ物や飲み物、引き物などの、きめ細かい気配りは言うまでもない。




 男女二人の子供を持つ施主のご両親は昨年、娘を嫁がせ、今度は長男の嫁取り。二人の子供を文字通りの《社会人》にしてホっとしただろう。招待者に「お礼の言葉」を言う父親。目を閉じ、時折、声を詰まらせた。分かる。同じ子を持つ親として、そのお父さんの心の内が分かり過ぎるほど分かる。


IMG_0471_convert_20170301220125.jpg


 息子さんの海外勤務(英国)が7年と長かったせいもあって、ご両親は「婚期が遅れては…」と、気を揉んだ。英国を拠点にフランスやドイツなどEU諸国を股に、飛び歩いている息子さんをよそに親とは、そんなものなのだ。賢明な息子さんだから、口にこそ出さないまでも、そんな親の気持ちはハナから分かっているに違いない。




 ご実家、つまり山梨のご両親はブドウやサクランボを大きく手掛ける果樹農家。それとは裏腹に祝辞を命ぜられた私は、こんなことを言った。


 「今は(田舎の果樹園のことなど忘れて)東京で精いっぱい仕事に打ち込むことが大切。それこそが、あなた方お二人の未来を拓く道だ。ご両親の願いでもある」




 「田舎のことなど忘れていていい」と、言外に言ったのである。ご両親もこのことは良く分かっていて、かつて国鉄マンだったお父さんは、二人の子供を《片付けた》ことをきっかけに果樹園の縮小を試み始めた。お父さんはもう喜寿。


葡萄9月


 お祝いの言葉の中では、こんなことも言った。「この若いお二人が私たちの年代になった社会は、どうなっているのだろうか。恐らくICT産業が中核を担い、社会や生活の機能を大きく変え、そのICTも含めて新郎がその一端を覗いた国際間のグローバル化も進んみ、地球丸ごと一つになって行くのだろう。出来ることなら、もう一度、若いお二人の時代に戻りたい…」とも。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


言葉の同化

富士山_convert_20110225000018


 職場を持たず、田舎に引き籠ってしまうと、行動範囲はむろん、接する人たちの数も、だんだん限られて来る。地元の地域や市内、市外では主には県都の甲府市くらい。ましてや旅行を除けば、他県に出る機会もめっきり減った。なくなったと言った方がいい。江戸の昔から東(江戸、東京)を見て生活して来た山梨県人は、100キロ前後の距離があるにしても東京は、身近な存在。その東京ですら、だんだん《足》が遠くなる。歳を取った証拠だろうか。思いついたとしても、億劫になるのだ。




 甲斐の国と言われた時代を含めて、戦国の武将たちが群雄割拠した頃、この地の人々は、押しなべて《西》、つまり「京」(京都)を見据えて生活していた。結果的には上洛を試みながらも失敗した武田信玄がその一例。所詮は水飲み百姓だった私たちの祖先も、その布石とも言える数々の戦に駆り立てられただろうから、庶民だって《西》に無関心でいられた訳ではないはずだ。もっとも、民・百姓は、その日の暮らしに汲々としていたのだろう。




 それが江戸幕府の開府・徳川政権の樹立以降、人々の目も含めた意識全般が《東》に変わったのである。ファッションも言葉も東京(江戸)に少なからず影響された。その生活パターンに大きな一石を投じたのが昭和50年代の中央自動車道の開通であった。名古屋を中心とした近畿地方、大阪を中心とした関西に道(高速道路)が開けたのである。


8abf0f79c4cb430c929fe5ad196c748b_s_convert_20170227221945.jpg


 山梨県人は、日常の生活でも経済や文化の面でも思考回路を変えざるを得なくなったのだ。現に山梨県内の観光地には近畿や関西地方ナンバーの車が増え、物流はむろん、様々な面で、東と西の融合が顕著になっている。今進んでいるリニア中央新幹線計画は、それに、さらに拍車をかけるだろう。実用実験線は試験段階をほぼ終え、実用、開通に向けてまっしぐら。その起点駅となる東京・山手線の品川-田町間では新駅の建設が始まる。沿線はトンネル部分が多いので、予算的裏付けがあれば、工事のピッチは上がる。




 交通網の整備は、確実に人々の交流を円滑にしてくれる。このブログでも前に書いたが、昨年暮れ、全国高校ラグビー選手権大会の母校(日川)の応援で大阪・花園球場に行ったが、山梨からの所要時間は6時間。それも途中、トイレ休憩や食事時間を加味しての時間だ。同球場は東大阪だから、こちらから見れば大阪も外れに近い。


日川ラグビー_convert_20161230081945


 「オオ、久しぶりじゃあないか」


 バス5台で乗り込んだ山梨からの私たちを迎えてくれた関西在住の先輩たち。みんな立派な?大阪弁を使うのである。そう言っては失礼だが、甲州弁丸出しだった人たちである。


 「大阪弁、上手になったじゃあないですか」


 「そうかね…」と、前置きしながらも、こんなことを言った。


 「自然にそうなるもんだよ。第一、言葉は、その地域や人と人との接点。《郷に入らずんば郷に従い》さ。そんなことを考えなくたって、そうなるものさ」


 英国での7年間の転勤生活を終えて日本に戻って来た近所の若者が言った。「営業のテリトリーでもあるEUなど近隣諸国も歩いた。少なくとも英語には不自由しなくなった」。地方の方言も外国語も、言葉とはそんなものかもしれない。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


世界の方言

f283fb77b7a8f8a499506e8446a3eab9_s_convert_20170224211451.jpg

 
人口が僅か85万にも満たない小さな山梨県でさえ、その地方、地方で、微妙に言葉が違う。方言や言葉の《なまり》だ。もう故人となられたが、甲府の郊外とも言える竜王という町の出身で、衆参の国会議員や地元の町長をお務めになった方がいた。




 この方は、というより、この地域では「ぞ」と「ど」を違えるのである。「雑巾(ぞうきん)を「どうきん」と言い、「どうぞ」を「どうど」、「全然(ぜんぜん)」を「でんでん」と言うのだ。つまり、「さ行」と「だ行」が入れ替わってしまうのである。このほか山梨県では「ございます」を「ごいす」と縮めたり、「ら」抜き言葉も。「帰られない」を「帰れない」、「考えられない」を「考えれない」と言った具合である




 方言や、言葉の「なまり」は、なにも日本ばかりではない。あの大きな国土を持つ中国や米国。地方によって言葉が変わらない方がおかしい。サラリーマン現役の若い時分、仕事と絡みで中国を半月余り旅したことがある。上海、北京、西安、杭州、蘇州、桂林…。むろん、私に中国語が分かる訳はないので、言葉は通訳のお世話になる。


e68d2d7b02cc7b77212f09b4b6ea4d2d_s_convert_20170224210859.jpg


 終始お世話になる通訳は北京(標準語?)からの現地通訳だ。上海はむろん、西安、蘇州ぐらいなら、なんとかなるが、桂林となると、その通訳さんも、さすがに音を上げる。言葉が分からないのだと言う。中国人同士、通訳が通訳に頼らなければならないのである。桂林は、標準語を使う?首都・北京から見れば、ずっと西。ベトナムに近い。顔も中国ではなく、ベトナム人の顔といっていい




 一方、米国。と言うより英語圏。私は職場をリタイアした後、2年に一度、少なくとも3年に一度の割合で外国旅行をして来た。現役時代は、仕事、仕事で、何処にも連れて行ってやれなかった女房への、いわば「罪滅ぼし」でもある。移動や宿泊に手のかからないクルーズ旅行に味を占め、このところずっと船の旅ばかりだ。クルーズは幾つかの国にまたがるが、船内の言葉は、みんな英語。ざっと1,500人の乗員とは別に、3,500人もの乗客がいるのだから、乗客の人種もまちまち。ほんの少し、とはいえ、私たちのような日本人もいれば、中国人(台湾)や韓国人も。ほとんどが米国人や欧州人だ。


船  


 船内アナウンスや、各種の手続き、ショーに至るまで、船内はみんな英語。「世界の公用語」ということだろう。その英語。そこで戸惑うのは英語と一口に言っても、イングリッシュ・イングリッシュではなく、アメリカン・イングリッシュなのだ。例えば「ジェントルマン」を「ジャルマン」、数字の「20」を「トゥエニー」、「40」を「フォーリー」という。つまり文字にした場合の「t」を発音しないのだ。




 私たちが学校で習ったのはイングリッシュ・イングリッシュ。記者会見などに出て来る米国のトランプ大統領も「ジェントルマン」ではなく、「ジャルマン」と、発音している。数字も含めて、これらは言葉の入口だから、すぐ慣れるのだが、ただででも語学力がない私なんか、いわゆる「ブロークン」(方言や、なまり言葉)になったらチンプンカンプンだ。恐らく、同じ英語でも地方へ行けば比べものにならないほど言葉は変わって来るのだろう。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


方言の味

富士山_convert_20120706104053


 若者言葉とか流行語と違って、その地方、その地方に伝わって来た方言には、言うに言われぬ味がある。一方で、難解なものもあれば、それぞれの聴く立場、立場で違和感を覚えるものもある。しゃべる側、話す側に立てば、それが全くの自然であり、心地良いのだ。




 方言を大きく分ければ、関西弁と東北弁が代表格? むろん、方言の分類は、そんな単純なものではなく、その地方、地方でみんな違う。一口に関西弁と言っても大阪弁もあれば、京都弁もある。神戸に行けば、また違う。大阪と東京に挟まれた名古屋には、これまた、れっきとした名古屋弁・河内弁がある。東北弁と言ったって福島弁もあれば、青森や秋田、山形…。微妙どころか大きく違うのである。標準語と言われる東京は、その集積地。




 山梨は、もちろん甲州弁。山梨は時に関東という枠組みに組み入れられたり、中部という枠組みにされてり…。そんなことはともかく。長野、山梨、静岡には「な・や・し言葉」と言って、共通の方言・イントネーションがある。「な・や・し言葉」とは、長野、山梨、静岡の頭文字を取ったもので、「すら言葉」、「じゃん言葉」が、その代表格。


富士山2_convert_20120706104635


 例えば、「そうずら」は「そうでしょう」、「行くじゃん」は「行きましょう」。体系的に言うなら「ずら」は、いわば念押し的な要素が多く、「じゃん」は、行動を促すような場合に、よく使う。今では若者たちの間で全国広く使われ、その意味合いも幅を持つようになって来ている。ただ、若い人たちは方言を使わなくなった。背景にはマスメディアがある。




 「な、や、し言葉」は、長野、山梨、静岡三県の交流が源と言えないだろうか。むろん、そこには地理的な要素があって、その交流という観点に立てば、「な、や、し」の中間「や」、つまり山梨が双方への架け橋になった、と見るのが自然のような気がする。交流とは物を媒介とした人の交流を意味する。




 日本列島、東西に細長い国だから、国土面積の割には東と西の距離があるし、その上、国土の70%近くが山林原野。山で生活圏が遮断されていたので、今のように交通網や情報網が乏しかった時代は、なおのこと、その土地、その土地の方言だって育ったはずだ。一口に方言と言っても、言葉自体の違いばかりでなく、《なまり》は、言葉の中身の省略だってある。




 そればかりではない。朝鮮半島など近隣国との人の交流がもたらした言葉もあるだろうし、鹿児島弁のように藩(薩摩)政策?によって生まれたものもある。もう50年も前の話だが、学生時代、鹿児島は指宿出身の友がいた。その男が郷里の友達と電話しているのを耳にして、まるで、どことも知れない外国語を聴いているような不思議な気分になった思い出がある。全くチンプンカンプン。藩政策が、それだけで理解出来たような気がした。




 「方言、結構じゃあないか」と思っている私なんか、普段、方言丸出し。仲間からは、「甲州弁は言葉が荒い」と、よく言われる。これに対して、同じ方言と言っても京都弁は、何故か綺麗で、耳障りもいい。女性がしゃべると、何とも言えない「色気」すら感ずるのだ。ところが「荒っぽい言葉」に慣れた私から見れば、男性の京都弁はいただけない。(次回へ)




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


友からのカレンダー

28234b94a27b62b8792e3a6fc798a0b1_s_convert_20170221205450.jpg


 月日の経つのがなんと早いことか。そう感ずるのは歳のせいかも知れない。ついこの間、元日・新しい年を迎えたと思ったら、三が日や七日正月、十四日正月(小正月)は、あっという間に過ぎ、節分や立春も過ぎて、短い2月もぼつぼつ終わる。12枚綴りのカレンダーも2枚目を破らなければならない。一年の6分の一が過ぎることになる。




 「甲府盆地に春を告げる」と言われる節分会の「大神宮祭」、長い伝統を誇る「十日市祭り」や「厄よけ地蔵尊祭」も終わった。寒い、寒いと言いながらも陽は一日一日と長くなり、日差しもなんとなく変わって来た。庭の梅も蕾を膨らませ、早咲きの梅は花を開いて、その下では水仙が芽を出した。あっという間に桜への季節へとリレーして行くのだろう。


芽


 過ぎ去る月ごとに一枚、一枚破って行くカレンダー。我が家には、それが沢山ある。大相撲の地方巡業(地方場所)の勧進元などに携わる友からの大相撲のカレンダーやロータリークラブでご一緒する家電店の社長から頂いたもの、割烹旅館や建設会社を営む友からのものもある。朝に夕に、様々な顔を見せる富士山の写真や、見事な日本画を題材にしたもの等々。大相撲のカレンダーは横綱・白鵬や稀勢の里など人気力士が。中には海上自衛隊の護衛艦や潜水艦など船のカレンダーもある。




 一風変わった船のカレンダーは、海上自衛隊で活躍、南極観測隊の先導にも何回も携わったことがある高校時代の同級生からだ。船を12か月、月捲りにしたものと、一枚のカレンダーにまとめたものの2種類。贈り主の、この男は月捲りのものには、それぞれ船の解説・説明を付けてくれた。「へえ~、なるほど…」と、新しい知識を授かるのだ。




 30数年間の海上自衛隊での生活はダテではない。船のことも、海のことも知り尽くしている。それに南極観測隊にも関わっているので、こちらも詳しい。一連の功績が認められて叙勲も受けた。海上に留まらず、陸や空の防衛にも詳しく、ミサイル防衛の実態にも話が及ぶ。彼に言わせれば「日本のミサイル防衛など、能力は、まだまだ子供同然」。




 米国、ソ連を核とした東西冷戦の時代は、とっくに終わり、逆に核を失った世界は、経済はむろん、外交、安全保障など、あらゆる面で《地殻変動》を起こしている。まるで休火山が次から次へと活火山となり、地球のあちこちで噴火をもたらしているようなものだ。テロが各地で起きたかと思えばEUのように離脱が起きたり、経済破綻で混乱する国も。




 経済面、軍事面での中国の台頭は目覚ましく、公海を埋め立てての領土主張や軍事基地?造りまでやってのける。韓国とも絡む尖閣諸島問題もしかりだ。東京都の小池知事の「都民ファースト」ではないが、世界全体が「自分ファースト」、「自国ファースト」に変わって来ているようにも見える。日本でも蔓延する個人主義の延長線上にも見えないか。




 カレンダーの友は、そんな国際背景をも見据えているのだろう。「平和ボケ日本」を、しばしば口にする。「世界の警察官」を標榜していた米国は、新政権で態度を一変、《自国ファースト》に転じたかに見える。《立場上》、戦艦とは言わない海上自衛隊の護衛艦群をカレンダーで観ながら「平和とは何だ」を考えさせられた。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


暗号メール

1d959902e097abb7165ff6da0c19dc4d_s_convert_20170219133839.jpg


 メールに絵文字は、今や当たり前になった。ソフト会社は、奇抜で面白い絵文字をどんどん提供してくれる。ハートマークがあるかと思えば、泣き顔や笑い顔も…。いっぱいある絵文字を若者たちは自由に、というより空気のように使いこなす。絵文字で会話すると言ってもいい。その操作は決して難しいものでも何でもない。文字を打ち込むのと同じだ。




 絵文字とは便利なものだ。例えば、相手に「愛」を伝えるのに、へたくそな表現で綴るより、ハートマーク、一つでいい場合だってある。それをいくつか連ねたら、愛の深さを伝えることが出来るかも知れない。悲しい時、落ち込んでいる時、嬉しい時だって同じ。便利性は言うまでもなく、単純にも見える絵文字を最初に考え、思いついた人のアイディアには敬服さえする。




 むろん、絵文字の《氾濫》に首を傾げ、異を唱える人だって決して少なくない。主には私のようなオジサン世代だろうが、若者たちに好まれる絵文字だって、《その時代》の文化の一つ。自分は使いこなせないし、使うことすら躊躇う(ためらう)のだが、その面白さ、便利さは、分かり過ぎるほど分かる。その一方で、こんな《文化》?が氾濫したら、日本の文字文化は,一体、どうなって行くのか、と柄にもないことを考えたりもする。




 「えっ?オジサン知らないの?」


 絵文字どころか、暗号文字の存在だ。暗号と言えば、オジサンたちは、あの日米開戦に使われたという「ニイタカヤマノボレ」や、スパイ映画に登場するヤツくらいに思っている。でも、そんな大そうなものではない。若者たちが最早、日常的に使っている通信手段。スマホやケイタイの数字、つまり電話ダイヤルと併用する文字を数字のままでの通信だ。




 スマホやケイタイを会話手段として使う場合、当然、ダイヤルを使う。そのダイヤルは、一方で、文字通信のツールでもある。一般的なメールが、それだ。メールの文字が数字だけと考えればいい。例えば「1」は「あ」、「2」は「か」「3」は「さ」…。「い」は「1-2」、「う」は「1-3」とすればいい。「愛してる」は「1,1-2、3-2、4-4、10-3」ということになる。




 「こうするとねえ、仮に親にメールを覗かれても、少なくともメールの内容が分からないんだよ。一事が万事さ」


 もちろん、遊び感覚だろうが、若者たちは上手いことを考える。この若者たちに同調するとすれば、遊び感覚が新しい知恵を生み、新しいモノを開発するきっかけになって行くのかも知れない。侮ることなかれ。若者の知恵だ。




 前に、文字や文章の短絡化について書いた。漢字だってそうだ。漢字のご本家・中国は、あの文化大革命で、漢字の簡略化(略字化)を図った。例えば「雲」を「云」、「技術」の「術」を「ホ」といった具合。その文化大革命を主導した毛沢東は一方で農業の振興策として「農業は大連に学べ」と言った。時が経ち漢字のご本家・中国が「漢字は日本に学べ」という時代が来るのかも…。略字で覚えた中国人が《本当の》漢字を知らなくなることを意味する。時や時代は良くも悪くも文化や人々の習慣まで変えてゆく。




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


言葉の短絡化

67f26379f4c1a594b2442ba57b26aa28_s_convert_20170217221938.jpg


 時代や歴史の事象を回顧する場合、その時のニュースが引き合いに出て来ることがある。自分の当時の生き様と重ね合わせて、不思議な懐かしさを覚えるのだが、そのニュースを伝えるアナウンサーの語り口調。「へえ~、《あの頃は》は、あんな、しゃべり方だったのか…」。時代と共に知らず知らずの《言葉》の変化に気付かされる。




 《言葉》としたのは、語り口調にとどまらず、用語も含めてのこと。例えば、映画の時代劇や時代小説に出て来る、武士や公家の言葉。映画や小説として向き合っているから、何の違和感も生じないが、もし、これを今の日常に当てはめたら…。言葉は人間の思考回路まで変えながら《進化》?して来たのである。




 そんな新しい言葉の発祥は、メディアの力であったり、タレントさんのさもないギャグ、スポーツ選手の咄嗟の感激表現などさまざま。「ガッツポーズ」は、ボクサー「ガッツ石松」に因んだものだし、「超○○」は水泳選手の北島康介の感激表現が発端。甲子園を舞台にした夏の高校野球報道でしばしば登場する「アルプススタンド」や「銀傘」などという言葉はマスコミが生み出した。


北島_convert_20170217222329


 若者たちが生み出したものも多い。ジェネレーションギャップかも知れないが、若者たちが次々と生み出す新しい言葉。その共通点とも言えるのは、言葉の短絡化。「超○○」の「超」もその一例かも知れないが、その他にもいっぱいある。言葉を短かくするばかりでなく、アルファベット、それも二文字ぐらいで一つの用語表現をしてしまうのである。




 Na(ナトリューム)、Ca(カルシューム)、Mg(マグネシューム)、…。果てはNh(ニホニューム)。言わずと知れた元素記号だ。若者たちは、この元素記号さながら、一つの用語を作ってしまう。DJ(ディスクジョッキー)くらいは古い短絡用語だから分かるが、JKとなったら、もう分からない。最近になって知ったのだが「女子高校生」の短絡語だそうだ。こんな言葉は、次々生まれるのだろうが、私なんか、仮にどこかで聞いたとしても、すぐに忘れてしまう。ジェネレーションの違いを思い知らされるのだ。




 「文章(用語)の短絡化は日本の文字文化を壊しかねない」


 定かな文言は覚えていないが、この拙ブログをお読みいただいている京都にお住まいの柳居子さん「柳居子徒然」から、こんなコメントをいただいたことがある。確かにそうだ。少なくとも私を含めた《ある年齢》以上の人たちは、そう感ずるに違いない。しかし、言葉とは不思議な生き物。忘れられ、使われなくなって消えて行くものもあれば、生き残って「広辞苑」のような辞書に載って、やがては一般に《認知》されるものもある。大衆が何気なくでも使っていれば、それが「当たり前」の言葉として大手を振って一人で歩いて行くのだ。




 タレントさん、いや、それを操るプロダクションが仕掛ける漫才やコントのギャグ。多くはテレビなどのメディアによって育てられるのだが、これだって一世を風靡したようでも、いつの間にか消え去ってゆく。しかし、若者たちが《無作為》、《無造作》に作り上げる新語・短絡語はまるで冬草のように根が強く、逞しい。(次回へ続く)




.ブログランキングに参加中です。  
 ↓クリック いただけると励みになります。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】

ありがとうございました!


ランキング参加中です!
人気ブログランキング【ブログの殿堂】
おきてがみ
プロフィール

やまびこ

Author:やまびこ
 悠々自適とは行きませんが、職場を離れた後は農業見習いで頑張っています。傍ら、人権擁護委員の活動やロータリー、ユネスコの活動などボランティアも。農業は見習いとはいえ、なす、キュウリ、トマト、ジャガイモ、何でもOK。見よう見まね、植木の剪定も。でも高い所が怖くなりました。
 ブログは身近に見たもの、感じたものをエッセイ風に綴っています。

最新記事
カテゴリ
最新コメント
FC2カウンター
ブログ成分解析
ブログランキングならblogram
検索フォーム
月別アーカイブ
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

全国からアクセスありがとう!

ジオターゲティング
最新トラックバック
アルバム
リンク
忍者ツール
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
RSSリンクの表示
FC2ブログジャンキー

「アクセス数が全然伸びない…」そんな悩みをブログジャンキーが解決します!